人気マンガがだれでも無料♪電子コミック読み放題!!

法華経と般若心経は、どちらの方が優れた経典なんでしょうか?
独断と偏見でいいので、教えて下さい。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

真理はシンプルです。



色即是空、空即是色  ← これだけです。

真理を理解するのに、万巻の聖典は不要です。

よって、
間違いなく、
軍配は、
般若心経にあがります。
分厚い聖典を広げて、
おれはこんなに理解してるんだぞ~
おれは聖典を知らないやつより、
一段高い所にいるんだぞ~
などと、思ってる輩は、偽者です。

分厚い聖典が必要と思っていたら、
釈尊自身が、それを書かれているはずです。
釈尊自身は何も書き表していません。
その理由は、

色即是空、空即是色 ← これしかないからです。

膨大な言葉の羅列は、
真理を歪め、
人心を惑わす。
そのことを、
釈尊は理解されていたのでしょう。

以上
    • good
    • 1

お答えさせて頂きます。

この2つの有名な仏教の経典について、私感を入れず「独断と偏見は無用です」書き留めます。五重の相対と言う有名な論理から、外道よりも内道勝れたり。小乗教よりも大乗教すぐれたり。権大乗教よりも実大乗教勝れたり。と言う事で法華経勝れたり。です。それから、法華経二十八品中本門十四品勝れたり。脱益の本門よりも下種益の法門勝れたり。以上です。「信じれば宗教で信じなければ哲学」
    • good
    • 0

どっちか、ひとつを選べといわれれば、法華経を私はとります。


理由は法華経には観音経が含まれているからです。
    • good
    • 0

般若心経は色々なお経のエッセンスで、法華経は1つの世界を説いているものだから比べようがありません。


物事には色々な側面があるのだから、一つの方向からだけ眺めていると偏った考え方になってしまいます。

法華経は、個という物はなく、一つの宇宙に守られている事を表しているし。
般若心経は心の開放を説いていると、私は考えています。
両方とも心のあり方を表しているものですが、その視点は大きく異なります。(結局は同じ事なんだと思います)

法華経はとてつもなく難解なので(お経自体にそう書いてある)、暗記できる手軽さという意味では、般若心経が良いのかも知れません。
    • good
    • 2

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q法華経の教えを簡単に言うと

1.生きとし生けるものは全て仏の心がある
2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう

この2点でしょうか?

どうぞ簡単に簡潔に教えてください m(_ _)m

Aベストアンサー

1.生きとし生けるものは全て仏の心がある
2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう

この2点でしょうか?

○法華経の主眼は、簡単に言えば、「1.生きとし生けるものは全て仏の心がある。」つまり、全てのものに仏生があるので、
三宝に帰依してしっかり修行をして仏性を磨いて今世を生ききれば、必ず来世、来来世あるいは未来世で菩薩になれる。という教えですね。言い換えれば、「2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう。」ですね。だから、2点でほぼ正しいのですが、菩薩への修行には、釈迦如来が実践したように、衆生伝道も含まれるのですね。これは菩薩が立てる四弘請願で明らかですね。簡単に言えば己を磨き、衆生を助ける「上求菩提下化衆生」ですね。
鎌倉期以降は「上求菩提下化衆生」が「上求菩提」と「下化衆生」型宗教に分かれてなにやらわからなくなってしまってますが、
1.生きとし生けるものは全て仏の心がある。
2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう。
3.学んだ教えを広めましょう。
の3点が本来的な主題ですね。仏教では正しく物事を観る、判断することを「正見」といいますがこれは「正信」つまり、正しい信仰を持つことと同じ意味ですね。
仏教では釈迦如来に帰依することが「正信」ですから、本尊は釈迦如来以外にはないですね。
釈迦如来を役割の違いで阿弥陀仏や大日如来と言い換えているだけですね。表現方法は寛容ですね。ということで仏教においては、弟子やお経は本尊には決してなりませんね。

1.生きとし生けるものは全て仏の心がある
2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう

この2点でしょうか?

○法華経の主眼は、簡単に言えば、「1.生きとし生けるものは全て仏の心がある。」つまり、全てのものに仏生があるので、
三宝に帰依してしっかり修行をして仏性を磨いて今世を生ききれば、必ず来世、来来世あるいは未来世で菩薩になれる。という教えですね。言い換えれば、「2.来世でなく今を正しくきちんと生きましょう。」ですね。だから、2点でほぼ正しいのですが、菩薩への修行には、釈迦...続きを読む

Q般若心経と法華経と先祖供養について

主人の実家が立正佼成会を信仰しております関係でお寺
さんと縁が切れてしまいました。
両家を祀るので私の親の位牌も入れてますが、全部自分達でお経から法事もするのですが、別居ですし信仰宗教自体に抵抗のあった私は一切活動をしてない状態です。
細木数子さんによると、嫁の実家の位牌も仏壇も持ち込んではいけないとありますが本当でしょうか?
般若心経がいいと聞きましたので、そのつもりでおりましたが
法華経の如来寿量品 第十六 
が、最大の功徳の品とされているそうで、唱題の
  南無妙法蓮華経   81画
厄を払い吉を積むと考えられているそうですが、実際の所
どちらがいいのか迷っております。
こじつけてしまえば般若心経はご先祖のために、法華経は
自身のためにいいような気が致します。
今の所どの宗派も関係ない自分だけの信仰ですので、いっそ両方唱えてもいいでしょうか?
今の所立正佼成会の総戒名が入っているだけでご本尊様が
ありません。
細木さんによると、仏壇には宗派は関係ないらしく、観音
様がいいという事ですが本当でしょうか?
私としましては、全宗派のご本尊さまがいらっっしゃる
曼荼羅がいいのではと思ったりしております。

市販のお経を吹き込んだテ-プ等がありますが、それを
流して練習しながらでも効果がありますでしょうか?

全くの無知で笑われるかもしれませんが、何とか自分なりに先祖供養がしたいと思っております。
仏さまに作法上失礼になりますでしょうか?
教えてください。宜しくお願いいたします。

主人の実家が立正佼成会を信仰しております関係でお寺
さんと縁が切れてしまいました。
両家を祀るので私の親の位牌も入れてますが、全部自分達でお経から法事もするのですが、別居ですし信仰宗教自体に抵抗のあった私は一切活動をしてない状態です。
細木数子さんによると、嫁の実家の位牌も仏壇も持ち込んではいけないとありますが本当でしょうか?
般若心経がいいと聞きましたので、そのつもりでおりましたが
法華経の如来寿量品 第十六 
が、最大の功徳の品とされているそうで、唱題の
  南無妙法...続きを読む

Aベストアンサー

曹洞宗の僧侶です。
基本的にお経は”まじない”でも祝詞でもありませんから、先祖供養用のお経ないしは先祖供養向けのお経というものはありません。お経を読むこと自体に功徳があるのですが、それは最初から「何々向けの」と決まっているわけではありません。お経を読んだ者が、先祖の菩提が円満であるようにと「回向」(振り向ける)ことによって、お経の功徳が先祖供養に向けられることになります。
ですから、般若心経でも法華経でもどちらでもかまいません。両方読んでもかまいません。

細木数子さんは、ある仏壇店とタイアップして相談者に仏壇を売る商売をされているので、その商売に都合の良いことを話されているようです。
細木さんが言うところのお墓や仏壇、位牌などに関するタブーには、なんらの根拠もありませんし、実際にそのようなことはありません。

ご本尊様さまについては、momochan0407さんがもう少しご自身の信仰を深められてから、その信仰に即したご本尊さまをお迎えされることをお勧めします。
曼荼羅には確かに数多くの仏様が描かれていますが、それが即「全宗派のご本尊さまがいらっしゃる」ということにはなりませんので、注意が必要かと思います。

お経を読むことは、それ自体がすでに功徳ですので、効果がある・ないという事とは無関係です。

曹洞宗の僧侶です。
基本的にお経は”まじない”でも祝詞でもありませんから、先祖供養用のお経ないしは先祖供養向けのお経というものはありません。お経を読むこと自体に功徳があるのですが、それは最初から「何々向けの」と決まっているわけではありません。お経を読んだ者が、先祖の菩提が円満であるようにと「回向」(振り向ける)ことによって、お経の功徳が先祖供養に向けられることになります。
ですから、般若心経でも法華経でもどちらでもかまいません。両方読んでもかまいません。

細木数子さんは、...続きを読む

Q般若心経を唱えてしまった!!

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその辺にいる霊がどんどんやってきてしまいます。あまりいい死に方をせずに成仏しないで浮遊している霊達が「もっと唱えてくれ~」と次から次へとやってくるのです。唱えるのをやめても霊達はまた般若心経を聞きたくてその場にとどまってしまいます。

ですから一般の方が般若心経を唱えるのは本当は怖いことなのです。防御系に強い菩薩の真言を奏上してその後内観という心の内を澄み切った愛情で満たしたうえでかくなる方法にて般若心経を唱えなくては霊にとってはまったく意味がございません。逆に霊を迷わす原因となります。

上のような文章をみて、どうしたらいいかこまっています。
まったくの素人です。般若心経をとなえてしまいました。しかも実家は浄土真宗なのに。。きいているあいだ、なんだか体がぐらぐらしました。
パソコンから、お坊さんがとなえたものも、聞いました。どうしたらいいでしょうか。こわいです。心を落ち着かせるために、写経をしようとおもっていたのですが、やめたほうがいいでしょうか。。アドバイスください。般若心経は邪を払ってくれると聞いたのですが、悪い霊をよびよせないで、安全な唱え方などはないですか。

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその...続きを読む

Aベストアンサー

悪い霊は、比較的に午前0時を過ぎて般若心教を唱えると出てくるような気がします。朝、太陽が昇ってから唱えるのが一番効果的に思えます。朝時間がなければ、風呂上りの体をきれいにして直ぐにやれば良いです。それから般若心教に宗派は余り関係ありません。仏教でも神道でも気にするような事はないです。仏教、神道、キリスト教等がどうしてできたとかを考えれば根本は同じです。それぞれの宗派に分かれて多少は、教えが違ってきてますが、根本が同じなので気にする必要はないです。

Q日蓮宗と創価学会の関係

先日初めて日蓮宗の葬儀に参列しました。
日蓮宗にあまり馴染みがなかったので、「教えて!goo」で日蓮宗を
検索したところ、「創価学会」とつながりがあることがわかりました。
具体的にどういう関係なのか教えてください。

あと、日蓮宗って仏教ですよね(違っていたらごめんなさい)
なぜ、仏壇の中に仏様がいらっしゃらないのでしょうか?

Aベストアンサー

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会なんですが、最初は創価教育学会といいまして、
宗教団体ではありませんでした。それが、道徳教育には宗教が必要だという考えもあって
日蓮正宗へ参加します。でもって袂を分かつんですが、日蓮正宗方の言い分は
邪流に走ったから破門なんですが、創価学会方の思いは「散々、貢がせておいて
いらなくなったらポイっかい」というものです。
なので、創価学会は寺院も坊さんもおらず、葬式も友人葬として学会員で行います。
日蓮正宗が学会を池田教といえば創価学会は正宗を日顕宗と呼んだりしています。
悪く言えば、しいたげられても尽くしてきたのに、必要がなくなったら
あっさりとフラれたときの逆恨みとでもいいましょうか、
聖教新聞なんかを見るとあからさまな攻撃記事がありますね。
共通点と言えば、双方とも何か言えば必ず反論してくるところです。

仏壇に仏像がない理由ですが
現在の仏像というのは仏教を広めるために他の宗教の神様が仏に帰依したという
考えのもとできあがったもので、本来、釈迦が説いたものには偶像という概念が
ありませんでした。日蓮大聖人もまた釈迦が説いた仏法への回帰を目指していたため
正統な日蓮系には偶像崇拝はないんですね。

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会な...続きを読む

Q般若心経はすべての宗派でもよいと思っていたのですが…

日蓮宗だけはちがうのでしょうか?
写経を納経したいのですが…

そして~
法華経を写経したいのですが、日蓮様が祭られている、〈例えば池上本門寺など〉でお経を購入できるのでしょうか?

Aベストアンサー

一般に写経といえば、般若心経といわれるように、京都の大覚寺などに書写のため訪れる人は年間に相当数に及びます。
般若心経を唱える宗派は、古くは奈良時代の南都仏教から、空海、最澄が伝えた密教(真言宗、天台宗)に加え、いわゆる禅宗三宗といわれる臨済宗、曹洞宗、黄蘗集などです。
しかし日蓮宗、浄土宗、浄土真宗といった鎌倉仏教諸派は、拠り所としている経典が違うため般若心経を唱えることはありません。
私は個人的に浄土真宗(門徒)ですが、同宗は浄土三部経といわれる阿弥陀経を中心とした経典を称えます。また日蓮宗は法華経を根本に据えるはずですね、
それらのお経の据え方の違いの大きくは、その時々の時代背景によるものとだけ申し上げておきます。
ただ、浄土真宗開祖の親鸞上人も日蓮宗開祖の日蓮上人も修行時代はどちらも比叡山(天台密教)に教えを請い、その遍歴の中から衆人の救済のために自らの解釈をお説きになったものと考えます。
お経とはそもそも、釈迦の言葉をお弟子さんたちが書き残したものです。
般若心経は数ある経典のなかでも、人々が生きるための知恵を纏めた大般若経600巻といわれる大経典のエッセンスといわれ、最も短く、もっともありがたいお経といわれています。
もちろん、上記の二大上人も勉強しているはずですし、称えているのは仏教に限らず神道の在家の方々も称えるそうです。
古くは、後奈良天皇の時代、世に疫病がはやったため同天皇が自ら般若心経を書写して諸国の神社に奉納したという話もあるくらいです。
生きるための心理を説いているので何物にも妨げられないということでしょうか・・・
日蓮宗の解釈を理解もせず軽軽には申せませんし、日蓮宗のお寺に納経するのはどうかと思いますが、日頃、般若心経を写経することは構わないのではと私は思います。
また、それぞれの宗派のお経のポピュラーなものはどこでも売っていますが、法華経や阿弥陀経などは大変な量となりますので、功徳を積むには達成感もあろうかと思いますが、よくお考えになってはどうでしょうか。
以上、私の解釈として自信ありでご回答させていただきます。

一般に写経といえば、般若心経といわれるように、京都の大覚寺などに書写のため訪れる人は年間に相当数に及びます。
般若心経を唱える宗派は、古くは奈良時代の南都仏教から、空海、最澄が伝えた密教(真言宗、天台宗)に加え、いわゆる禅宗三宗といわれる臨済宗、曹洞宗、黄蘗集などです。
しかし日蓮宗、浄土宗、浄土真宗といった鎌倉仏教諸派は、拠り所としている経典が違うため般若心経を唱えることはありません。
私は個人的に浄土真宗(門徒)ですが、同宗は浄土三部経といわれる阿弥陀経を中心とした経典...続きを読む

Q 「法華経」に違和感を感じてしまいました。

 「法華経」に違和感を感じてしまいました。
 私は、仏教に興味を持ち「スッタ・ニバータ」、「アーガマ」、「仏教の思想1~8」(角川ソフィア文庫)、「この人を見よ=ブッダ・ゴタマの生涯」(増谷文雄著)その他諸々の仏教関係の本を読み独学している者です。この度、現代語訳「法華経」(中村元著)を読んだ時に、かなりの違和感を感じてしまったのです。
 原始仏教の経典等からは、ブッダ・ゴータマは、仏陀であるけれども正しく「人間」であると感じられます。また、悟りを開くには縁起を良く理解し、四諦八正道を実践する事だと説いています。また、晩年自らの死を前にしては、自分も諸行無常の理から免れる事はないので、やがて死ぬであろう。しかし、死後は「法」を拠り所として、修行せよと弟子たちに語っています。
 しかし、「法華経」に登場する仏陀は、自分は「久遠仏」であり、過去、現在、未来において永久に存在する、とか。仏国土は永遠である、とか。法華経のみが真説であり、他の経は方便だ、とか。法華経を読んだり仏像を作ったり、礼拝すれば仏の慈悲により悟りを開ける、とか。甚だ原始仏教の内容とは矛盾しますよね。諸行無常なら、仏陀とて永遠の存在ではないし、諸法無我ならば、仏陀とて実体がないのではないでしょうか。
 よって、「法華経」は、仏陀を人間ではなく神格化して信仰の対象とすることによって、仏教の大衆化及び教団の強大化を目指すために当時の弟子達が創作したものではないのだろうかと考えるようになりました。悟りを開くには、難解な法を理解し大変な修行が必要と説けば、一般庶民には受け入れられませんからね。
 ここで、質問です。
 (1)「法華経」は、弟子の創作だと思いますか。
 (2)最澄、道元、日蓮などは、「アーガマ」等の原始仏教の経典を読む機会が無かったのでしょうか。
 念のため、言って置きますが、私は「法華経」は宗教的には優れた本だと思っていますし、法華経を信心している人を批判しようという意図は全くありません。

 「法華経」に違和感を感じてしまいました。
 私は、仏教に興味を持ち「スッタ・ニバータ」、「アーガマ」、「仏教の思想1~8」(角川ソフィア文庫)、「この人を見よ=ブッダ・ゴタマの生涯」(増谷文雄著)その他諸々の仏教関係の本を読み独学している者です。この度、現代語訳「法華経」(中村元著)を読んだ時に、かなりの違和感を感じてしまったのです。
 原始仏教の経典等からは、ブッダ・ゴータマは、仏陀であるけれども正しく「人間」であると感じられます。また、悟りを開くには縁起を良く理解し...続きを読む

Aベストアンサー

こちらのカテゴリーには専門家の方がたくさんいて、私よりも知識のある方からたくさんの回答がよせられると思いますが……。

(1)「法華経」は、弟子の創作だと思いますか。
仏教学を学んだ者の常識としては、『法華経』などの大乗経典は、釈尊の死後、弟子たちによって創作されたものとされています。つまり『法華経』それ自体を釈尊が実際に説いたということはないと思います。
ですが、全部が全部、弟子たちの創作かといえばそうではないと思います。
釈尊の教えを、弟子たちが極端にデフォルメしたものというふうに私は理解しています。

(2)最澄、道元、日蓮などは、「アーガマ」等の原始仏教の経典を読む機会が無かったのでしょうか。
機会がなかったというよりは、当時、政治や文化の面でお手本にしていた中国での“最新流行”の教義を学んだということでしょう。もちろん『阿含経』なども基礎知識として持っていたはずですが、それよりも広く人々を救ってくれる有り難い経典として『法華経』をとらえていたのだと思います。

中国ではすでに天台宗の教義ができており、釈尊が経典を説かれた順番を“五時教”(最初に『華厳経』、次に『阿含経』、『方等経典類』、『般若経』と説かれ、最後に『法華経』『涅槃経』が説かれたとする)に分けています。
実在する釈尊が実際にどういう順番で説いたか、歴史的に見るのではなく、思想の上で順番を決めて、結局、『法華経』が最後の最後に説かれた重要な経典だとしたわけです。

これがその当時の最新の教えだったわけですから、インドから歴史的にも地理的にも遠く離れた当時の日本人にとっては、中国の最新の教えが一番であるととらえていたのだと思います。
それが連綿と伝わって、今の日本の仏教が形成されたのではないかと思います。

明治以降、こういう歴史に反する仏教は本来の仏教ではないとする主張がなされ(大乗非仏説)、伝統的な仏教学と両立する形で、学問的には釈尊の時代に原点回帰する傾向にあります。

こちらのカテゴリーには専門家の方がたくさんいて、私よりも知識のある方からたくさんの回答がよせられると思いますが……。

(1)「法華経」は、弟子の創作だと思いますか。
仏教学を学んだ者の常識としては、『法華経』などの大乗経典は、釈尊の死後、弟子たちによって創作されたものとされています。つまり『法華経』それ自体を釈尊が実際に説いたということはないと思います。
ですが、全部が全部、弟子たちの創作かといえばそうではないと思います。
釈尊の教えを、弟子たちが極端にデフォルメしたもの...続きを読む

Q南無妙法蓮華経と唱えるお隣さんの宗派は?

マンションのお隣のご婦人が、この半年ほど毎朝毎晩かなり大きな声で
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、なむみょうほうれんげきょ~おおおお…」
で始まるお題目(?)を唱えています。
この後は普通に「○○ちゃん、●●ちゃんがいじめにあいませんように、
いじめに巻き込まれませんように…」といったお孫さん(?)達を
一日守って下さい、とお願いする文章が続きます。
毎日同じ内容で、お互いに窓を閉めていても半分以上の内容が
聞き取れるほど大声で唱えています。(同じ個所で必ず小声になったり
「あちょ~ん!」(と聞こえます)と高音で叫んだりもします)

最初のうちはそれぞれ10~20分程度だから、と気にならなかったのですが
半年以上聞かされるとさすがに「どの宗派だろう」と気になってきました。
創価学会はお題目を大声で唱える、と聞いた事があるのですが
「南無妙法蓮華経」だけを何度も唱えるのかと思っていましたが…。

これだけで判断できるものかわかりませんが、もしおわかりでしたら
教えてください。

Aベストアンサー

日蓮 を発祥とする宗教派閥です
日蓮宗以外にも 知られているのでは 日蓮正宗(創価学会)もあります
本門宗 本門仏立宗など たくさんあります
私の嫁の実家が 本門仏立宗で 木琴をたたきながら 木魚も叩き 浄土真宗の私にはやかましいと感じる御経です
御経の途中に 南無妙法蓮華経と 数分となえます
参考になれば 幸いです

参考URL:http://www.kosaiji.org/hokke/nichiren/honzan/taha.htm

Q天台宗の本尊は

天台智ぎ、妙楽、最澄は同じ本尊に同じお経を唱えていたのでしょうか

また本尊は仏像だと思うのですがどのような仏像でしょうか

よろしくお願いいたします

Aベストアンサー

「本尊」の定義とは、

ある宗派によって、本師・本仏として供養・礼拝する尊像のことであり、
一堂・一宇において供養される尊像の中心的なもの

であろうと思います。

ANo.2さまの回答は、このうちの「本仏として供養・礼拝する」対象という意味で「釈迦牟尼仏」とおっしゃったのだと思います。
たしかに広い意味では、各宗派の“本尊”は釈迦牟尼仏だとは思います。お釈迦様がいなければ、仏教はなかったわけですから、お釈迦様を尊崇しない宗派は仏教ではあり得ないとは思います。
が、“「釈迦牟尼仏」以外は本尊はいない”と言ってしまっては、各宗派が立てている教義がおかしくなってしまいます。

また、質問者さまが言われている「本尊」とは、延暦寺というお寺に祀られている本尊(実際に安置されている仏像)のことを聞いておられると思いますので、“「釈迦牟尼仏」以外は本尊はいない”などと言ってしまうと、質問の意味からはずれてしまうと思います。

東大寺は華厳宗で、『華厳経』の教主は毘盧遮那仏で、それを本尊として華厳宗という宗派を立て、高野山や東寺が本山の真言宗は、『金剛経』『大日経』を中心に、大日如来を本尊として教義を広めているのです。
東大寺や東寺その他、各宗派の本山と呼ばれるお寺でも、塔頭はたくさんあり、塔頭によって祀られている本尊は違いますが、本山の中心的なお堂(本堂なり金堂なり)には、その宗派が依りどころとしている仏さまが本尊として祀られています。

そこで、本題の天台宗ですが、ANo.1さまがおっしゃっているように、天台宗では特定の本尊を定めていません。
天台宗の中にはいろいろな教義(円教や密教、浄土など)があり、塔頭によって中心とする教義が違い、それによって本尊が決まっているようです。
ただ、その中でも、天台宗総本山比叡山延暦寺の中心といわれるお堂は「根本中堂」です。その根本中堂には最澄が手ずから彫ったといわれる「薬師瑠璃光如来」が秘仏として祀られています。
天台宗の密教では、薬師如来を重要視した、真言宗とは少し違った教義を持っているようです。

先にも言いましたように、天台宗は特定の本尊を立てていないので、あくまで、根本中堂に祀られている本尊が薬師如来であって、天台宗の本尊という位置づけではないのですが。


智[豈頁]や荊渓湛然が中国の天台山でどのような本尊に向かってどのようなお経を唱えていたかは、専門家ではないのでよく分かりませんでした。

「本尊」の定義とは、

ある宗派によって、本師・本仏として供養・礼拝する尊像のことであり、
一堂・一宇において供養される尊像の中心的なもの

であろうと思います。

ANo.2さまの回答は、このうちの「本仏として供養・礼拝する」対象という意味で「釈迦牟尼仏」とおっしゃったのだと思います。
たしかに広い意味では、各宗派の“本尊”は釈迦牟尼仏だとは思います。お釈迦様がいなければ、仏教はなかったわけですから、お釈迦様を尊崇しない宗派は仏教ではあり得ないとは思います。
が、“「釈迦牟尼仏...続きを読む

Q創価学会の方、南無妙法蓮華経について教えてください

創価学会の人に、毎日、南無妙法蓮華経を唱えれば道が開けるといわれております。

たとえ意味もわからずとも、ただただ、唱えて行けば御利益があると聞きましたが本当でしょうか?

たくさん唱えればそれだけ効果があるのでしょうか?

その方は「宇宙のリズム」だと言うのですが…・

教えてください。宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

創価学会 壮年部の者です。

>たとえ意味もわからずとも、ただただ、唱えて行けば御利益があると聞きましたが本当でしょうか?

本当です。

ただし、邪悪な願いは叶いません。
また、他人の不幸を願えば、返って自分自身に災いが降ってくるでしょう。


>たくさん唱えればそれだけ効果があるのでしょうか?

もちろんです。

しかし、日蓮大聖人は「ただの一遍でも唱える事でも、大きな功徳がある。」と仰っています。
それを沢山唱えれば、計り知れない功徳となるでしょう。


>その方は「宇宙のリズム」だと言うのですが…・

その通りです。
森羅万象の現象を、慈悲の功徳の方向へと導いていく“法”なのです。
これは、釈尊が法華経に現した“法”を、末法の御本仏である日蓮大聖人が、末法の衆生のために『御本尊』として現したものです。

また、日蓮が現したものだから、『日蓮宗』も一緒だと言われる方がおりますが、『日蓮宗』に伝わるものは日蓮大聖人よりの相続を受けておりませんので、同じ『南無妙法蓮華経』だったとしても全く粗法であり功徳はありません。全国には沢山の日蓮宗の寺院がありますが、そこに帰依しても何の功徳も得る事はできません。

では、『日蓮正宗なら良いのか』という事になりますが、日蓮正宗、法華講、妙観講等の信心でも功徳はありません。

細かくなり申し訳御座いませんが、同じ『南無妙法蓮華経』を唱えたとしても、唱えていく題目からして違うのですから、功徳があることはないでしょう。

今、日蓮大聖人の信心というものは、創価学会にしか流れていないのです。ここが大事な点です。

創価学会 壮年部の者です。

>たとえ意味もわからずとも、ただただ、唱えて行けば御利益があると聞きましたが本当でしょうか?

本当です。

ただし、邪悪な願いは叶いません。
また、他人の不幸を願えば、返って自分自身に災いが降ってくるでしょう。


>たくさん唱えればそれだけ効果があるのでしょうか?

もちろんです。

しかし、日蓮大聖人は「ただの一遍でも唱える事でも、大きな功徳がある。」と仰っています。
それを沢山唱えれば、計り知れない功徳となるでしょう。


>その方は「宇宙のリズム」だと言...続きを読む


人気Q&Aランキング