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以前、以下のような昔話を聞いたのですが、ネットで調べても出てきません。ご存知の方、真相を教えてください。

明治、大正時代、東京に電話が敷かれるようになった。
最初は官公庁や自治体のみだったが、次第に民間にも電話網が開放されるようになった。
そのとき、三越と高島屋が先を争って電話の敷設を申請した。
三越は、念願かなって百貨店として最初の電話申し込みに成功し、「電話番号 一番」を手に入れ、三越との競争に敗れた高島屋は「電話番号 三番」しか手に入らなかった。
 三越に敗れた高島屋は悔しくて仕方がない。そこで妙案を思いついた。「電話番号 三番」の権利書を持って三越を訪れた。
「やあ三越さん、三越さんなら電話番号は当然”三番”にするべきですよ。
ちょうどよかった。他所に取られないようにウチが押さえておきましたから。これ差し上げます。」
といって「電話番号 三番」の権利書を差し出した。
 すると気のいい三越は
「それはどうもありがとう。じゃ、代わりにこれを」
と「電話番号 一番」の権利書と交換してしまった。
 こうして高島屋はまんまと「電話番号 一番」を手に入れたが、三越も屋号にふさわしい「電話番号 三番」を手に入れたので不満はなかった。 めでたし、めでたし。

たしかバスガイドさんからこんな逸話を聞いた記憶があるのですが、同じ話を知っている方、経験談を教えてください。

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A 回答 (2件)

う~ん、私もどこかで聞いたことがあるのですが、


話の出所を思い出せません^^;
私の場合、バスガイドさんではないです。
すごく気になる~!
回答にならずごめんなさい。

因みに私は35歳、よく日本橋三越と高島屋に買い物に行っています。
どこで聞いたんだろう?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
あなたも聞いたことあるんですね
私もどこで聞いたのか覚えていませんが聞いた記憶があります。
もしかしたら冗談話として出回っている話なのかもしれませんね。

お礼日時:2009/11/04 13:40

電話の開通は明治32年


ダイヤル1番は東京府庁、2番は逓信省、3番は司法省です。
一般には全く復旧せず、商人を集め説明会を開いたが
商売は対面販売でそんなものは不要とされた、
商売で電話を引くようになったのはずっと後で
遺族の家庭からの普及が先でした。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/11/04 13:39

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