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法律の問題で論じるとはどういう意味でしょうか?
国語の辞書で論じる について調べると、筋道を通して説明するという意味と自分の意見を展開するという意味の二つが有りましたが、どちらの意味でしょうか?
説明せよ 述べよ という問題とは明確に違う意味なのでしょうか?
(自分の法律のレベルは今年の宅建に合格したレベルです。選択式のみの力で法律に関係する文章を書いたことはありません。)

不特定物売買への民法570条へ適用について詳しく論じなさいという問題がありますがどう手をつけていいのか全くわかりません。
本屋さんで色々立ち読みしてみたのですが、「あてはめは慎重に」とか、「問題提起は毎回必要なわけではない」など知らない言葉でいっぱいです。

瑕疵担保責任では 法定責任説 契約責任説 という考え方があって、
法廷責任説では原始的な瑕疵のみで、不特定物の場合は債務不履行の問題になる・・・・。 というようなことは本で読んだんですが・・・・。

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A 回答 (3件)

論文式試験の出題の話かな?という前提で話をするよ。

説明の都合上、引用順を変えるよ。

>筋道を通して説明するという意味と自分の意見を展開するという意味の二つが有りましたが、どちらの意味でしょうか?

両方。つまり、「自分の意見を筋道を通して説明すること」。

>説明せよ 述べよ という問題とは明確に違う意味なのでしょうか?

違うけど同じ場合もある。
「説明せよ」というのは通常は、単なる事実の羅列であることが多いんだけど、意見全くなしということは滅多にないので通常は多かれ少なかれ「論じる」部分がある。それに「自分の意見を説明する」こともあるけどこれはまさに「論じる」のと同じことだしね。いわゆる「一行問題」というのがこれに当たる。つまり、法制度とかを説明させることを中心にした問題。これは「説明」が中心だ。
「述べよ」というのは通常は、「説明せよ」「論ぜよ」とかを全部ひっくるめた意味合いで、つまりは「問題文を読んで、説明すべきところは説明し、論じるべきところは論じろ」とまあそんな意味合いだと思えばいい。これは大体、各法制度とその解釈の総合問題である「事例問題」に多いかも知れないけど説明問題でも使うな。解釈中心の問題は「論ぜよ」となるかも知れないけど、事例問題でも使う。
結局、こういう言葉を厳密に使い分けているとは限らない。だからそんなに細かく気にすることはない。

まあ重要なのは、論文式試験では、
「(1)出題意図に沿って(2)問に対する答えと(3)そこに至る論理を(4)自分の採用した(5)他人(学者、判例など)の有名な意見を元に(6)筋道を立てて(7)採点者に解る様に説明すること」
だよ。質問の文言が「論じる」だろうが「説明」だろうが「述べる」だろうがそれは重要ではない。重要なのは、その質問が何を答えさせたいのかとその答えを求める出題意図は何かを読み取ること。

>あてはめは慎重に

これはさ、法律問題の解決は、「事実に法律に適用する」ということに他ならないんだけど、そのときどういうやり方をするかを知らないと解らないよ。
一般には、法律は要件効果体系であり、要件を満たすと効果が生じるという体裁になってんのね。そこで要件と効果というのが大前提で要件に当てはまる事実というのが小前提でその結果効果が生じることが結論と捉えるの。これを法的三段論法と言うよ。法適用の基本だ。三段論法ってのは有名だね。
人は死ぬ(大前提)
ソクラテスは人である(小前提)
よってソクラテスは死ぬ(結論)
ってやつ。
解りやすいから刑法で説明しよう。
199条に殺人罪の規定がある。
人を殺した者は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役に処する
とある。
人を殺したら死刑または……という刑罰を科すよってのが大前提。
そこで、ある人が人を殺したという事実が小前提。
そして、その「ある人」に死刑または……という刑罰を科すというのが結論。

ここで、幾つか問題になることがある。民事訴訟が解ると簡単なんでちょっと説明すると、民事訴訟の理論というのは4段階モデルを基本にしているのね。上から順番に、
1.請求
2.法律上の主張
3.事実上の主張
4.証拠
という風になってるの。
請求というのはつまり、「原告が何を判決として求めているのか」という話で、具体的には「金いくら支払え」とか「どこそこの土地を引渡せ」とかそういう結論部分。法律効果を具体的なものにしたと思えばいい。
法律上の主張というのは、請求を根拠づける法律の規定のことだと思えばいい。請求を認める根拠として法律はこう定めているのだという主張ね。
事実上の主張というのは、さっきの小前提に当たる事実。つまり、請求の内容になっている法律効果が発生するために必要な法律要件を満たす事実を主張すること。
そして最後の証拠というのは、事実上の主張で主張する「事実」があったかなかったのかを示す証拠のこと。
民事訴訟では、この4段階を基本に、
「証拠を元に事実を認定する」(事実認定。これは証拠を評価して事実を認定するという作業)
「認定した事実を当てはめるべき法規範を明らかにする」(規範定立)
「認定した事実を規範にあてはめる」(あてはめ。これは「事実」を法的に評価して法規範に当てはまるか当てはまらないかを判断する作業)
「法律効果として結論が出る」(請求を認容するか棄却するか)
という作業をするのね。
そこで試験では証拠の評価は問題にするのは無理なので問題にしない。つまり、ある事実があったという前提で話をする。だから、いわゆる事例問題では事実は問題に書いてある。規範定立をしてそこに事実をあてはめるあてはめというのを丁寧(慎重じゃないね。丁寧と言うべきだ)にやることが必要というのはここでの問題なわけだけど、つまりは、「問題の事実を遺漏なくさらって、丁寧に評価した」ということが重要ってこと。
ちなみに問題によっては事実が書いていないことがある。その場合には、その事実についてどうするかは出題意図にもよるが、概ね、「その事実がないと考えればそれだけで結論が出るというのであればないものとして扱う」、「その事実がないと結論が出ないが、ある場合とない場合に分ければ結論が出るというのであれば場合分けをする」と思えばいい。それ以外の事実が書いてないことはほぼあり得ない。書いていない事実は基本的には存在しないとして良いし、存在しないでは結論が出ないときは場合分けをすると思っていれば良い。

>問題提起は毎回必要なわけではない

まあ、これは論理を展開する際に問題の所在を示さないと何を論じているのか解らないからまず問題の所在を示せという話で、逆に言えば「何を論じているのか解りきっている場合にまで問題の所在を示すのはただの馬鹿」と言っているだけだよ。これは法律とかに限らず、あらゆる場合に同じ。プレゼンやるのに「何が問題か解らない」ならそれを示すべきだし、「何が問題かは解ってる」のなら示す必要はないってだけ。法律特有じゃなくて常識で考えて良い話だよ。

例えば、
瑕疵担保責任の適用範囲について、まず前提としてその法的性質が問題となる
とか書いたとしよう。これが問題提起。つまり、法的性質によって瑕疵担保責任の適用範囲が変ってくるから法的性質が問題なんだという問題の所在を示しているわけ(この問題提起が良いか悪いかは出題と論理展開による)。だけど、出題が「法的性質を論じた上で」という条件がついた問題だったらこんな問題提起をしたらただの馬鹿。まず法的性質を論じるのは当り前だから問題提起など不要。ここまで極端でなくても、問題の事実が要件を満たすことが明らかな場合などにはその事実がどの要件に該当するかを述べるに当たって、「何とかの要件を満たすかどうかが問題となる」なんて問題提起はしない。明らかな時はさらっと「これこれの事実は何とかの要件を満たす」で十分。この場合、同時に「あてはめ」の問題でもあるけど、そんなに事細かに事実を評価する必要もない。その意味では、あてはめにおける問題提起はあてはめの丁寧さと関係すると言ってもいい。

>不特定物売買への民法570条へ適用について詳しく論じなさい

これは知らなきゃ書けない。
論文式試験の問題ならば、瑕疵担保責任の法的性質に二つの有力な説があって、それぞれの内容と論理的帰結が異なるわけだけど、自分がどっちの説を採用するかという立場を明らかにしてその内容を書くってことだろう。
質問の出題意図がこれだけだと読みきれないけど、「詳しく」とあるところからすれば、採用しない方の説も挙げて批判するという必要があると思うよ。
単純に二つの有力な説があってそれをただ説明するだけじゃ駄目だ。
あくまでも自分の採用する説を中心に論じつつ、異説の批判を織り込むと言うやり方をすべきだろうね。
書き方は色々あるけど、
瑕疵担保責任の適用範囲が法的性質によって変わるのでその法的性質が問題であること。その法的性質を「自分が」どう捉えるかを書くこと。そしてどういう結論(不特定物売買に対して適用があるのかないのか)になるのかを書くこと。
これが最低限必要だ。
その上で、他の説があること。その説だと何が問題なのかというのを織り交ぜて書けば良い訳だ。
具体的な回答は長くてとても書けないから、参考文献を示すよ。

早稲田経営出版の「論文基本問題 民法120選」新保義隆 Wセミナー編著

この本は、民法の全範囲について基本問題を120個ほど用意して答案例を出した本だけど、答案をどう書けばいいかの参考には良いと思うよ。「瑕疵担保責任」を索引で調べてその答案を探せばいい。

ちなみに判例は特殊(ま、個人的には法定責任説の亜流でしょくらいにしか思っていないが)なので無視してもいいと思うけど、判例自体は知っておいた方が良いよ。
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 法学的に論じるとは、法律や判例に基づき解釈していく過程を言います。


 例えば、憲法25条の生存権について論じよがあるとしよう。憲法25条の生存権は医療福祉や環境などの下位法に連動している。環境基本法や循環型社会形成推進基本法や各種リサイクル法や各種公害対策法という体系にある。憲法→環境基本法→各種公害対策法がある。大気汚染防止法や水質汚濁防止法や騒音規制法などの公害対策法は環境基本法の下位法にあたる。つまり、上位法とは憲法や基本法の分類で、下位法とは各種対策法である。
 以上が成文法の分析である。
 判例法とは裁判所の判例である。環境法で言えば、判例法は大阪国際空港騒音訴訟が挙げられる。その空港騒音訴訟は、一審(地裁)は原告の勝訴、二審(高裁)は原告逆転敗訴、三審(最高裁)が差し止めであった。つまり、地裁のみが原告の訴えを認め、住民の健康問題を侵害していることを認めた。しかし、高裁や最高裁は住民の訴えを却下した。
 つまり、大阪国際空港訴訟は国の勝訴であった。だから、2009年の近畿三空港の伊丹空港の住民訴訟の考え方で、国が敗訴した認識は歴史的認識の誤りである。だが、最高裁による和解があったのも真実だ。
 つまり、判例分析も法的に論じることになります。
 その他、慣習法の分析。慣習法とは道徳や常識の事で、倫理といえる。例えば、男子大学生が女性のスカートに手を入れ、女性が「痴漢」と叫び、ある中年の男が注意したら、その男子大学生が中年の男を殴る蹴るの暴行をし、中年の男に全治3週間の怪我を負わせた。
 その場合、中年の男は注意しただけで過失はない。しかし、加害者の男子大学生は女性を痴漢し反人間的な行為をし、さらに注意した男性に重傷を負わせ残酷さまである。つまり、その男子大学生に重い懲役をするのがいい。そういう考え方である。

 それは、あくまで例えばです。
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法律って「~をしてはならない」とか「~をしなくてはならない」という感じで具体的に何がダメとか何をしなくてはならないとかって詳しく記載がないですよね?(細則などがある場合もありますがそれは考えないとして)



だから法律に照らし合わせて何か判断する場合、たいていの場合が「~と判断する」「~と解釈する」というように「~だろう」と判断することが多いですよね?

法律相談番組でも答えが分かれるようにトラブルがあった場合、それを法律に照らし合わせて違法だとか合法だとかそういう判断をするのはあくまでも「推測」にしか過ぎないわけです。

じゃあ、どうすれば確定するのかといえば「裁判」なわけです。

「裁判」の場合、必ず異なる2つの見解(原告と被告のそれぞれの主張)について争われますよね?そして裁判官が最終的に白黒つけるわけです。

だから法律の問題で論じる・・・というのは「筋道を通して説明するという意味と自分の意見を展開する」のどちらも正しいのです。

でもその意見が「正しいかどうか」はこの場合、関係ありません。

自分の意見を述べるから論じるわけです。答えが決まっていることであれば「説明」できますが、答えはないから説明できないんです。

「民法570条へ適用について詳しく論じなさい」という問については自分なりにどう解釈するか、法定責任説と契約責任説の2つの説があるとするなら自分ではどう考えるかを書きなさいということでしょう。
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