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シーア派によるアメリカ同時多発テロの経緯について

シーア派によってアメリカ同時多発テロが行われたと思うのですが、シーア派ができたのはアリーが暗殺されてからどのように形成されていき、その結果現在このようなテロを起こす集団になっていったというのはどのような経緯があったからなのでしょうか?

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A 回答 (2件)

アメリカ同時多発テロには、シーア派は関係していません。


同時多発テロを起こしたアルカイダは、スンニ派になります。
スンニ派は、4つの法学派からなり、アルカイダは、その中のハンバリー法学派の中の、ワッハーブ派に属します。
ワッハーブ派は、サウジアラビアの国教であり、ムハンマドの時代を理想とし、国や民族間の差異を認めません。
また、ワッハーブ派の考え方に反対する者には、徹底的な武力闘争を肯定します。
そもそもワッハーブ派は、ファナフィー法学派のトルコがカリフとスルタンの地位を保持していたため、トルコからのアラブ民族解放のための旗印として受け入れられたものです。
石油の収入で潤うサウジアラビアが、パキスタンにイスラム神学校を大量に建設し、そこにソ連の侵攻によるアフガニスタン難民を受け入れたことにより、そこからワッハーブ派の考え方をするタリバンが誕生します。
そのタリバンと、アフガニスタンでソ連軍と戦ったアルカイダが手を結ぶのです。
アルカイダは、湾岸戦争後、サウジアラビアに異教徒であるアメリカが駐留したことから、アメリカがイスラムを汚したとして、反アメリカ闘争に向かいます。

シーア派は、ムハンマドの死後選出された3人のカリフを認めません。
アリーだけがムハンマドの後継者とみなします。
そのため、アリーの支持者は、3代目カリフであるウスマーンを暗殺し、アリーをカリフにつけます。
それに対してウスマーンの一族であったウマイア家と戦争状態となります。
ウマイア家のウマウィアーとアリーとの間で、戦闘直前になって、和平が結ばれますが、その事に不満を持つ人達(ハワーリジュ派)により、アリーは暗殺されてしまいます。
ハワーリジュ派は、ウマウィアーの暗殺も試みますが、失敗し、ウマウィアーがカリフとなります(ウマイア朝)
アリーの支持者は、アリーの子フセインを擁して対立しますが、しだいに劣勢となってゆくため、メッカを脱出し、アリーの支持者の多いイラクに向かいます。
しかしその途中カルバラで、ウマイア軍に捕捉され、フセイン一行は唯一フセインの子アリーを除いて全滅します。
これにより、アリーの支持者シーア派は、スンニ派に敵対心を強めるのです。
その後シーア派は、次々に分裂をくりかえします。
現在のイランは、シーア派の中の12イマーム派と呼ばれる宗派になります。
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アルカイダはスンニ派系だそうですが、、、、


ちなみにウサマ・ビン=ラーディンは元々はワッハーブ派だそうです。
(サウジアラビア出身)

9.11テロやロンドンのテロにはエジプト人が加わっていましたが、
エジプトもスンニ派教徒が多い。
スペイン列車テロもアルカイダ系で、モロッコ人が含まれていましたがモロッコもスンニ派が多いと。
スンニ派が多数の国のほうが広いんじゃないでしょうか。
シーア派はイラン、イラクに多いです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC% …

何派であってもその派の人全員がテロリストになるわけではありませんので、「○○派がテロを起こす集団になった」わけでなく、「○○派の中からテロを起こす人々が出てきた」ということですよね。
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