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1961年就任のアメリア35代大統領ジョン・F・ケネディーはベトナム戦争に本格介入してパナーム爆弾、クラスター爆弾、枯れ葉剤の使用も認める。
その前のホーチミンはアメリカに「イギリスから独立したアメリカにフランスから独立したいベトナムに理解を」書簡を送っていますが、アメリカは無視
何故アメリカはベトナム戦争にのめり込んだのか?
いまいちわかりません。

質問者からの補足コメント

  • うーん・・・

    近代史は勉強不足なので、よろしくお願いします。

      補足日時:2018/03/21 16:34
  • うーん・・・

    アメリカに親書を渡したホーチミンにアメリカがロシアより先に味方していたら?

      補足日時:2018/03/21 19:40
  • うーん・・・

    フランスからの独立戦争に中国ロシアより先にアメリカが支援していたら?

      補足日時:2018/03/21 19:58

A 回答 (3件)

アメリカがフランスの代わりに交代したきっかけこそ反共ですが、当時のアメリカのコンセプトは一言でいえば”やられたら、やりかえせ”でした。

なので小さな蟻一匹に大砲撃つような意識でいました。ただ朝鮮戦争の体験(死者を顧みない突撃など)から、政府自体は及び腰でした。ですから継戦中も、ベトナム政府への軍事顧問という立場を崩しませんでした。

 そこへ戦争で儲けられると考えた連中が画策した結果、”トンキン湾事件”が起きます。のちに明らかになるまで共産勢力の挑発と思われたこの事件をきっかけに、やられたらやり返す式の兵力増派が始まります。

 その結果当時の主役だったベトコンにかわり北ベトナム軍が中心になり、ロシアや中国の支援を受けて次々と近代兵器が投入せれるようになります。
(この辺りの事情は小説ですがベトナムへ3度の出征をしたF-4のパイロットMark Berentの小説に詳しい。
https://www.amazon.com/Wings-War-5-Book/dp/B00XM …

 結果、加速度的に近代兵器には近代兵器、ゲリラには歩兵戦闘へとあらゆる戦略ピラミッドの全レイヤーにおいて対応する戦闘システムが活動するようになります。
 戦略ピラミッド=最上位は「核戦争」最下位は「歩兵戦闘」にいたる計画と兵器体系。それが立体的に層をなすので、ピラミッドの形になる。この時のアメリカはほとんどオールラウンドに力を投射できたので、敵対勢力に対しては、この戦略ピラミッドに対応する敵対勢力のピラミッドを想定し、それぞれの状況に対応する戦力を投入する。(たとえばスナイパーに対応するアンチスナイパーの考え方はこの頃にできた。最上位の核戦争では、きちんと整理されたのはレーガン政権下のSDI計画の頃。)

 戦術レベルで考えても、相手より高い位置が優位なのは明確なので、さまざまな効果を目指して空からの兵器を投入する。
 太平洋戦争時、立木のような日本兵の隠れ場所をなくすために艦砲射撃を行ったのと同じ。あまり正確ではないが、パナーム爆弾、枯れ葉剤は隠れ場所をなくす効果を期待したのだろうし、戦車を破壊できるクラスター爆弾はおそらく北ベトナム軍の輸送トラックや戦車を狙ったものだろう。

 それとケネディ政権では現場の状況がトップに伝わらなかった可能性がある。そのため跡を継いだジョンソン政権以後、ホワイトハウスは軍の行動に事細かく(…この橋は狙っていいが横の道路はダメ、とか…)指示を出した結果、軍の行動が大きく制限され、結果として北ベトナム側の進出を大きく許すことになった。

 さらに、なぜホーチミンが親書を出したかと言えば、北ベトナム側の認識に甘さがあったから。それ以前にもチェコ動乱、ハンガリー動乱で政府へ反旗をひるがえした人たちがイメージしていたアメリカは、”英国からの独立を戦い抜いた国”であり植民地主義への抵抗者、少数のために戦う自由の戦士(クルーセイダー)でした。そして戦う彼らが想像したのは、”自由を求めて戦うわれわれ”をアメリカは支援してくれるはず、という夢想でした。
 
 ですから大戦の傷を負ったロシアも、内戦で混乱した中国もあれ以上は手を出せなかった。
 (中国の内戦にはアメリカが支援を行い、内戦収束後には蒋介石を通じて雲南省からの国民党の再侵攻を目指した。)
 そしてアメリカは共産主義の恐怖に怯え、結果、ICBMをのぞく、あらゆる戦力を投入することになったわけです。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなりました。戦後レジームで共産主義陣営と資本主義陣営に分かれましたが、共産主義国は、独裁格差で国民が苦しみ、資本主義を取り入れドイモイを成功させたのは、ベトナムぐらい、資本主義国も独裁者とポピュリストを生み出して、一部の国では言論の自由も侵害され、各国々の北朝鮮化「監視社会と国に逆らう者は、思想強制と死刑」。宗教原理主義化も心配ですね。

お礼日時:2018/03/29 17:00

何故アメリカはベトナム戦争にのめり込んだのか?


  ↑
あのときは、東西冷戦の真っ最中でした。

ベトナムが社会主義国になったら、周りのアジア諸国も
軒並み社会主義国になってします。
これをドミノ理論、といいます。

そうなったら、米国の利権が失われ、
ソ連の力が増す。
これは困る、ということです。

軍産複合体の圧力も加わって、のめり込んだと
言われています。


余談ですが。

ベトナム戦争に苦戦した米国は、ベトナムを援助して
いた中国の援助を止めさせる為、
国連から台湾を追い出し、その後釜に
中国を据える、という取り引きをやりました。

それまでは台湾が常任理事国だったのです。
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この回答へのお礼

うーん・・・

ベトナム独立戦争に中国やロシアより素早くアメリカが支援したらよかったのでは?

お礼日時:2018/03/22 19:18

ベトナムは元々、フランスの独立運動をしていましたが、そのホーチミンにソ連が支援したため、アメリカはベトナムが共産化する事を恐れて介入しました。



一国が共産化すると、周辺国も共産化するという事態が既に起きていたので、ベトナムの共産化を野放しには出来ませんでした。



「のめり込んだ」の意味が不明ですが、泥沼化した理由でしょうか。
それとも、「アメリカが、何故共産化の拡散阻止にのめりこんだか」でしょうか。


前者は、ケネディが早期の軍事介入を決断できず、しかも一切介入しないならいざ知らず、中途半端に介入したのが泥沼化した原因です。
後者は、ヘゲモニーをかけた争いです。当時は、アメリカがヘゲモニーで、ソビエトがチャレンジャーでした。ソビエトの挑戦を野放しにすると、アメリカはいずれヘゲモニーの座を追われます。それを防ぐために、チャレンジャーを排除するのです。
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この回答へのお礼

うーん・・・

ケネディがクラスター爆弾やパナーム弾、枯れ葉剤まで容認したのは、理解不能です。

お礼日時:2018/03/22 19:20

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