ジメジメする梅雨のお悩み、一挙解決! >>

いい季節ですね。
桜を詠んだ短歌・俳句はたくさんありますが
古典として有名なもの、また皆さんのお気に入りなどを教えてください。
超有名な歌でも 結構うろ覚えだったりしますので、ぜひこの機会にちゃんと覚えたいのです。よろしく。。。

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A 回答 (10件)

情景の美しさでは次の2つが気に入っています。



  ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ (紀友則)
  山里の春の夕暮れ来てみれば入相の鐘に花ぞ散りける (能因法師)

西行には花の歌が山ほどありますが,このちょっと皮肉な歌が好きです。

  花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがにぞありける

参考URL:http://www.wombat.or.jp/arumukos/unnk/unncssry/p …
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この回答へのお礼

「しづ心なく」は本当に言いえてますよね。私も好きです。あと、紹介いただいたURL、すごくいいですね。これからじっくり楽しみます!

お礼日時:2001/04/01 00:13

質問者の manager09 さんが書かれているように,


最初と2番目の回答に在原業平の歌があるのは象徴的ですね.

ご存知かとも思いますが,伊勢物語では業平の歌に対して
誰かが(身分が低いので名前が書かれていない?)
「散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき」
と返しています.

業平様は,桜が散るのがいやだからいっそ桜がなければいいなんておっしゃいますが,
それはないでしょう.
桜は散るからこそすばらしいんですよ.
この憂き世に不滅のものなんてないんですから.

というわけです.
業平は一本取られたのでしょうか?
それとも,そんな反論はとっくに予想していたのでしょうか?

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=34503
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。もう桜も散ってしまいますねえ(@東京)...。

短歌ならではのやりとりを教えていただいて、味が増した感じがします。

お礼日時:2001/04/05 20:34

○ 吉野山 こずゑの花を見し日より 心は身にも そはずなりにき



○ 花みれば そのいはれとはなけれども 心のうちぞ 苦しかりける

○ 散る花を 惜しむ心やとどまりて また来ん春の たねになるべき

○ 願はくは 花の下(もと)にて春死なむ そのきさらぎの 望月のころ

○ 春風の 花を散らすと見る夢は 覚めても胸の さわぐなりけり

                                         西行

花は恋 花は夢 花は死
都会の雑踏で 人に黙して 花を待ち 花を惜しむ そのこころは
胸に秘めた恋人との逢瀬 見果てぬ夢への回帰 そして死の準備

花の精たちの賛美歌に永遠を知る 人生半ばのmori0309でした。
(今日ならキザも大目に見てくださいます?)

○ 散る桜 残る桜も 散る桜 (良寛の辞世の句と言われています)
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この回答へのお礼

キザなんてとんでもない!
でも、同じ日本語なのに、どうして 俳句や短歌に浸かると「キザ」になるような気がするんでしょうね?言葉数が限られているせいでしょうか。濃度の高い言葉=キザ、ってことなのかな。

お礼日時:2001/04/05 20:46

○散る桜 残る桜も 散る桜 (良寛?)



 別離・愛惜・詠嘆・回帰・再生・循環・無限、、、いいですねぇ。

○敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山ざくら花 (本居宣長)

 大和心とはどのようなものかと人が尋ねたならば、朝日に
 照り映えている山桜の花のようなものだと、私は答えよう。

 この歌の誤解や先入観を晴らしたいです。
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この回答へのお礼

二度も回答いただいてありがとうございました。

宣長の歌への誤解??? 初めてこの歌に接した私にはその辺が分からないのですが、ともあれ最初に正論を教わってよかったです。

お礼日時:2001/04/05 20:42

 さまざまのこと思ひ出す桜かな



芭蕉です。
独りで見ていると、ほんとうにいろいろ思い出してしまいます。
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この回答へのお礼

今回 教わったものの中で、個人的に一番のヒットです。 さすが芭蕉! 芭蕉の他の句も眺めてみたいなあと思います。

お礼日時:2001/04/05 20:40

いにしへの 奈良の都の 八重桜



  けふ九重に 匂ひぬるかな


              伊勢大輔

余りにも有名でつまらないでしょうが、子供のときに百人一首で一番最初のほうに覚えたものです。
少し大人になってから、源氏物語かなにかを習ったときに「花といえば桜」「香りといえば梅」と聞いたので、桜で「匂ひぬるかな」なんだ~と思った記憶があります。
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この回答へのお礼

そうそう、百人一首で私も教わりました!あの頃は、桜の花に なんの感傷も持ち合わせていなかったんですが。
こうやって定番?として残っている歌ってのは、それ相応のよさがありますよね..。

お礼日時:2001/04/05 20:39

#3(NO169362)に追加です。


 花ざかりに京をみやりてよめる
 見わたせば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける
 素性法師 古今和歌集

ですが、桜だけ咲いているのより桜と緑が混ざっている方が絶対にきれいだと思いますのでこの歌も好きです。
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この回答へのお礼

へえー、これは知らない歌でした。
緑がまざった様子もいいですねえ。。。

お礼日時:2001/04/01 00:08

ねがはくは花のしたにて春しなんそのきさらぎのもち月の比


西行法師 新古今
はやはり忘れがたいです。でも花って本当に桜なんでしょうかね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。これ、下の句を思い出したかったんですよ! 
桜の下には死体が埋まっている、っていいますよね。それ聞くたびに、この歌を思い出したりして。桜の下で死ぬってのと埋まってるってのは別物ですけどね。

お礼日時:2001/04/01 00:02

世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし  (在原業平)


                      古今和歌集 春歌 

・・・・・散り際が鮮やかだからこそ桜って気になるんでしょうね。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。
最初のお二人が同じ歌、というのはなんだか象徴的ですね。この歌は有名なだけでなく、この季節の人の気持ちを言いえているってことなのかな...。

お礼日時:2001/03/30 20:29

桜を見ると私が思い出す和歌は、在原業平が詠んだ



世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

(この世の中に、もしもまったく桜というものがなかったならば、
春を過ごす人の心は、さぞのんびりと落ち着いたものであったろうに)

です。出典は「伊勢物語」です。古今和歌集にもおさめられています。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。
この歌の英訳が載っている本を持っているのですが、
If there were no such thing as cherry blossoms in this world, in springtime how untroubled our hearts would be!
「のどけからまし」をuntroubledというあたり、けっこういい訳だなと思いませんか?(でも、やっぱり限界ありますよね。。日本語でないと)

お礼日時:2001/03/31 23:59

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Q芭蕉の桜の句

お世話になってます。
今度は俳句の背景について、また教えてください。
松尾芭蕉が伊賀上野で詠んだらしいのですが、

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という一句です。

茶道の師匠に教わり、確か「同じように見える桜も毎年違う花をつけ、自分も桜を見るたびにいろいろな思い出がよみがえる」というような意味だったと思います。でもこれ、かなりうろ覚えなので、この歌の詠まれた背景を詳しくご存知の方いましたら、教えてください。
ちなみに、伊賀の方では、この歌にちなんだ干菓子(桜型の軽いおせんべいのような)もあるそうです。「さまざま桜」とかいう名前で…

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

正しくは、
「さまざまの事おもひ出す桜かな」
です。

伊賀上野は現在の三重県上野市で、芭蕉の生まれ育った地です。
芭蕉が中年になり、江戸から伊賀上野へ帰ったところ、旧藩主の下屋敷に招かれて数十年ぶりに花見をしたところ、辺り一面が昔のままで、花を見るや昔の色んな事を思い出し、感慨無量の気持ちを詠んだとされます。
この旧藩主というのが藤堂良忠という人で、俳人でもあり、芭蕉の若いころから交流がありました。この時はすでに病死していて、藤堂良忠の子・良長がこの花見を催した人とされています。

この歌にちなんだお菓子があるのは知りませんでした。
調べて見ると紅梅屋というところが販売しています。
参考URLをどうぞ。

参考URL:http://www.koubaiya.com/contents/contents_frame.htm

Q世の中にたえて桜のなかりせば…

『世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし』の返歌である『散ればこそいとど桜は愛でたけれ…』
の後半部分と詠み人の名を教えて下さい。

Aベストアンサー

伊勢物語の歌ですよね.
「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
は在原業平ですね.

返歌の方は
「散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき」
ですね.
確か,桜を見ながら惟高親王はじめみんなで(身分を問わず)酒盛りしたときの歌で,
たぶん身分の低い人の歌だったので,作者を書いていなかったような.

今,手元に本がないので,記憶だけで書いています.
歌自体は間違っていないと思いますが.

Q有名俳人の有名な俳句を教えてください。

有名な句を調べています。
有名な俳人までは調べて見ましたが、有名な句ってどういうものがあるのでしょうか?よろしくお願致します。


■小林一茶
■高浜虚子
■種田山頭火
■正岡子規
■松尾芭蕉
・古池や蛙飛こむ水のおと
・夏草や兵どもが夢の跡

■与謝蕪村

Aベストアンサー

ざっとですが、

小林一茶

めでたさも中くらいなりおらが春
名月を取ってくれろと泣く子かな
我と来て遊べや親のない雀

高浜虚子

春の浜大いなる輪が画いてある
流れ行く大根の葉の早さかな     
蓑虫の父よと鳴きて母もなし

種田山頭火

分け入っても分け入っても青い山
もりもり盛り上がる雲へ歩む
炎天のレールまっすぐ
うしろすがたのしぐれてゆくか
しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

正岡子規

もののふの河豚にくはるる悲しさよ
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鶏頭の十四五本もありぬべし
痰一斗 糸瓜の水も 間にあわず


松尾芭蕉

松島や ああ松島や 松島や
秋深き隣は何をする人ぞ
旅に病で夢は枯野をかけ廻る
山路来て何やらゆかしすみれ草
閑さや岩にしみ入る蝉の声
五月雨をあつめて早し最上川

与謝蕪村

春の海ひねもすのたりのたりかな
菜の花や月は東に日は西に

あたりでしょうか(虚子や山頭火は好きな人でないとちょっと馴染みがないかもしれません)。

ざっとですが、

小林一茶

めでたさも中くらいなりおらが春
名月を取ってくれろと泣く子かな
我と来て遊べや親のない雀

高浜虚子

春の浜大いなる輪が画いてある
流れ行く大根の葉の早さかな     
蓑虫の父よと鳴きて母もなし

種田山頭火

分け入っても分け入っても青い山
もりもり盛り上がる雲へ歩む
炎天のレールまっすぐ
うしろすがたのしぐれてゆくか
しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

正岡子規

もののふの河豚にくはるる悲しさよ
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鶏頭の...続きを読む

Q大至急オリジナルの俳句・短歌を3つずつつくって!

俳句と短歌がぜんぜんつくれません><;;
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Q高校の現代文にあった桜の詩

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Aベストアンサー

こんばんは。

思いつくのは梶井基次郎の「桜の樹の下には」ですが、詩というよりも短編ですので違うかもしれません。
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新潮社のサイトに全文があります。

参考URL:http://www.shinchosha.co.jp/meisaku/lemon/html/kazy1101.html

Q春がテーマの詩をご存知の方!

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出来るだけ名の知れた人がいいのですが(受賞歴がある等)、有名無名に関わらず、春がテーマで素敵な詩をご存知の方教えていただけませんか?

Aベストアンサー

近代から現代にかけての詩の中からいくつか。
真っ先に思い浮かべるのが安西冬衛の次の一行詩の傑作です。
 
   春

 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。

http://uraaozora.jpn.org/poan2.html

宮沢賢治の詩「春と修羅」は私も大好きです。
これとテーマが似ていて、より直截的なのが室生犀星の「寂しき春」です。
http://uraaozora.jpn.org/pomuro2.html
また犀星には「春の寺」という、これまた有名な詩もあります。
終生の親友だった萩原朔太郎には「旅上」という、

 ふらんすへ行きたしと思へども
 ふらんすはあまりに遠し

と始まる、これも有名な詩です。
堀口大學は訳詩集『月下の一群』によって殊に有名です。
その中の一つ、ギー・シャルル・クロス「リュクサンブール公園で」は全詩引いてみましょう。
訳詩といいながら、これは創作詩と変わりないと思います。

 私は一人の小さな女の子を思ひ出す、
 それはリュクサンブール公園の五月の或る日のことだつた。
 私は一人で坐つてた。私はパイプを吹かしてた。
 すると女の子はじつと私を見つめてた。
 大きなマロニエの木陰には桃色の花がふつてゐた、
 女の子は音なしく遊びながらじつと私を見つめてた。
 女の子は私が言葉をかけてくれればいいがと思つてゐたのだ。
 彼女は私が幸福でないと感じたのだ、
 でも幼い彼女は私に言葉をかけることは出来なかつたのだ。
 榛(はしばみ)の実のやうに円い目をした女の子よ、やさしい心よ、
 お前ばかりが私の苦悩を察してくれたのだ、
 彼方(むかう)をお向き、どうして今のあんたに理解が出来ませう?
 彼方へ行つてお遊びなさい、姉さんが待つてゐます。
 ああ誰も治すことも慰めることも出来ないのだ。
 小さな女の子よ、何時かあんたにそれが分る日が来るでせう。
 その日、遠いやうで近いその日、あんたも今日の私のやうに、
 リュクサンブール公園へ、あんたの悲みを考へに来るでせう。

西脇順三郎「皿」も短い詩だし、大好きなので全詩引きます。

 黄色い菫(すみれ)が咲く頃の昔、
 海豚(いるか)は天にも海にも頭をもたげ
 尖った船に花が飾られ
 ディオニソスは夢みつつ航海する
 模様のある皿の中で顔を洗って
 宝石商人と一緒に地中海を渡った
 その少年の名は忘れられた
 麗(うららか)な忘却の朝

かなり難解なところのある詩ですが、前四行は皿の模様のことだと気がつけばわかりいいでしょう。
北海道生まれの伊藤整にも「雪解」とか「春夜」とか春の詩が多く目につきます。
丸山薫にも「白い自由画」「まんさくの花」など遅い北国の春の訪れをまんさくの花に託したいい詩がありました。
嵯峨信之「春雨」は抒情詩の典型のような詩です。

 ぼくが消えてしまうところが
 この地上のどこかにある
 死は時の小さな爆発にあって
 ふいに小鳥のようにそこに落ちてくるだろう

 その場所はどんな地図にも書いてない
 しかし誰かがすでにそこを通ったようにおもわれるのは
 その上に灰いろの空が重く垂れさがっていて
 ひとの顔のような大きな葉のある木が立っているからだ
 あなたは歩みを速めて木の下を通りかかる
 そしてなにかふしぎな恐れと温かな悲しみを感じる
 ぼくの死があなたの過去をゆるやかに横切っているのだろう

 春雨がしめやかに降りだした
 いますべての木の葉が泣きぬれた顔のように
 いつまでもじっとあなたを見おろしている

第二連最終行は詩特有の、かなり屈折した表現です。
ここで詩的ヴォルテージが最高潮に達しますが、春雨の詩にふさわしくあくまでしめやかです。

現代詩はいわゆる花鳥風月をほとんどうたわなくなっています。
なぜかというと、たぶん作るのがむつかしいからでしょう。詩は何より斬新さをもとめます。

近代から現代にかけての詩の中からいくつか。
真っ先に思い浮かべるのが安西冬衛の次の一行詩の傑作です。
 
   春

 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。

http://uraaozora.jpn.org/poan2.html

宮沢賢治の詩「春と修羅」は私も大好きです。
これとテーマが似ていて、より直截的なのが室生犀星の「寂しき春」です。
http://uraaozora.jpn.org/pomuro2.html
また犀星には「春の寺」という、これまた有名な詩もあります。
終生の親友だった萩原朔太郎には「旅上」という、

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Q桜にまつわるお話

ドイツ人の友達が桜が満開の時期に日本へ訪れるので、何か桜に纏わる日本のお話をプレゼント(単なるおしゃべりですが)して、緩やかで柔らかい日本の春の時間を共有したいなって考えています。

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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

桜の代名詞でもある『染井吉野』は、元は一本の木で繁殖力がないため、接ぎ木で増やすしかありません。つまり、今全国中で見られる染井吉野は全部クローンなのです。
って、あんまりロマンチックな話じゃないかもしれませんが、外国の方から見ると「とても日本的」かも。

あと『さくら』(1993年)という映画があります。
名古屋と金沢を結ぶ国鉄バスの運転手さんが一人で太平洋と日本海を桜並木で結ぼうとしたという実話を映画化したものです。
「篠田三郎 桜 バス」で検索してみると調べられます。

参考URL:http://www.sizenken.biodic.go.jp/pc/ikimono/thema/01/setsumei/sakura04.html,http://www.road.jp/~smatsu/History/Gifu-R156

Q桜をモチーフとする言葉

さくらやさくらんぼをモチーフとする言葉をください!
個人的に「桜色」が好きです。

直接「さくら」が入ってなくても、さくらを連想できるならかまいません。なるべく春という感じや入学式とかのストレートなものではなく、抽象的なのが好みです。もちろんつくってくださって大丈夫です。文字数は全角12文字前後だと助かります。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ははか【朱桜】…上溝桜(うわずみざくら)とも。
しゅうしきざくら【秋色桜】…江戸期の女流俳人秋色の句「井の端の桜あぶなし酒の酔い」に因む上野の枝垂桜。
ゆめみぐさ【夢見草】…桜の異称。かざしぐさ(挿頭草)、あだなぐさ(仇名草/徒名草)とも。
さくらしべ【桜蘂】降る…散った後にガクからシベも落ちて地面を赤く染める風情で、葉桜の季節を告げる。
はなづかれ【花疲れ】…桜狩りでの雑踏に気疲れもし、そもそも春であること自体がアンニュイを齎すもの。
さくらもみじ【桜紅葉】…他に先だって紅葉し早く散る。「紅葉してそれも散り行く桜かな」蕪村

Q「早春賦」の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「早春賦」の歌詞を読んでいますが、古典文法が入っているので、理解できなくて困っています。特に理解に苦しんでいるところは次の三箇所です。この歌をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか。

 歌詞の参考ページです。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/sousyunfu.htm

1.「歌は思えど」
2.「さては時ぞと 思うあやにく」
3.「春と聞かねば 知らでありしを
  聞けばせかるる 胸の思いを
  いかにせよとの この頃か」

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もきのうも 雪の空  
今日もきのうも 雪の空
 
川や池に張っていた氷は解け始め、そこに生えている葦も芽をふき始めてきています。
さあ、いよいよ春が来たと思いきや、そんな思いとは裏腹に現実は厳しく、昨日も今日もまだ空はどんよりして雪が舞っています。

3.春と聞かねば 知らでありしを  
聞けば急かるる(せかるる)胸の思(おもい)を  いかにせよとの この頃か 
いかにせよとの この頃か

暦の上ではもう春になったのですと聞かされてなければ、まだ春だとは思わなかったのに、聞いてしまったので、もう、春が待ち遠しくなってしまい、季節の移り変わりさえ遅く感じ、春よ早く来いという待ち焦がれる思いをどう晴らしたらいいか判らないくらいである。

1)歌は思えど
⇒歌おうと思ったけれど。

2)さては時ぞと 思うあやにく
⇒さては時(春が来た)と思うが、その気持ちを打ち消すかのように、(まだまだ雪が降っている。)
⇒いよいよ春が来たと思ったのだが、折悪しくまた今日も雪が舞って来てしまった。(春はまだなのか~)

★あや‐にく【▽生憎】
《感動詞「あや」+形容詞「にくし」の語幹から》

1.[副]意に反して不都合なことが起こるさま。
あいにく。
折悪しく。

2.[形動ナリ]目の前の事柄が、予想や期待に反していて好ましくないさま。

意地が悪い。
不都合だ。間(ま)が悪い。
予想以上に厳しい。過酷だ。

この歌は難しい歌ですよ。
全体に伝わってくるイメージは明瞭ですが、字句の説明は非常に難解です。自信ありません。

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もき...続きを読む

Q「願はくは花の下にて春死なむ・・・」の「花」は何の花?

願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ

という歌にとても心惹かれるものがあります。
たしか西行法師の作であったと記憶しております。

この歌に出てくる「花」とは何の花なのでしょうか?
今まで何となく桜だと思っていましたが、桜が日本人にとって最も代表的な花となったのは、もっと後の時代ではないでしょうか。西行法師の時代は「花」と言えば梅だったのではないかと思います。

そこで、月齢と旧暦の日付を調べてみたところ、今年は旧暦の2月の満月の日は新暦4月7日(旧暦2月17日、月齢15.36)でした。
となると、「花」はやはり桜なのでしょうか?

もう一つ、質問です。
「花は桜木、人は武士」という言葉が示すように、潔く散る桜を人の死と結びつける思想は、江戸時代の出てきたものと思っていました。しかし、この歌の「花」が桜であるとすれば、西行法師の時代に、すでに、桜を人の死と結びつける思想の源流があったと考えてよいでしょうか?

Aベストアンサー

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

奈良時代に中国から梅が入ってきた梅は、当時の貴族文化の中では主流になったのですが、外来文化の象徴でもあった梅に対し、古来から生活とともにあり、また民間信仰の対象でもあった桜は、平安時代が進むに連れて、ふたたび主流になっていったようです。
そうして947年には宮中の庭の正面に植えられていた「右近の橘左近の梅」の梅が桜に植え替えられたことなどにもあきらかなように、平安後期以降は、花といえば桜をさすようになります。

ご質問の西行の歌は、1190年のものですから、時期的にも桜であることに間違いはありません。

桜は古来から日本の民間信仰と深く結びついていました。
古事記や日本書紀にも登場する木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、この神は春の女神で豊穣をもたらすとされたのですが、桜の木はこの神の依り代とされました。

桜の開花に農作業が始まる時期を知り、その年の開花に作柄を占った。
こうして桜は農作業と深く結びつきつつ、信仰の対象でもあったのです。
桜の大木の下は一種の聖域となり、豊穣を祈るためのさまざまな儀礼や宴が、年中行事となっていき、今日に至るまで続いています。

一方で、桜に対する見方も時代によって少しずつ変わります。
平安末期には無常観とも結びついていき、さらに時代が下れば、能や歌舞伎での異世界や狂気にも通じていく。
質問者さんが上げられている、仮名手本忠臣蔵の詞は確かに江戸時代のものですが、桜はそれよりはるかに古来から、人々の生活に結びついており、それゆえに、さまざまに解釈されてきた歴史があります。

ここらへんの見方の推移は『ねじ曲げられた桜 ― 美意識と軍国主義 ―』(大貫美恵子 岩波書店)に詳しいので、もし興味がおありでしたら、ご一読ください。

ただ、西行のこの歌は、やはり西行個人の信仰と無関係にとらえることはできないでしょう。

>その如月の望月のころ

とは、釈尊が涅槃に入った(亡くなられた)とされる二月十五日のことです。

「これは死に臨んでの作ではない。死を目前にして西行がこう歌ったのではない。…しかしおそらく六十歳代の半ばごろ、死もいつかはやって来る、もうそれほど遠くはないかもしれぬと思うにいたった老西行が、おのれの死をこういう言葉で表現し、こういう情景の中に見つめ、希求していたことは間違いなく読みとりうるのである」(『西行』高橋英夫 岩波新書)

この本は、西行の生涯だけでなく、さまざまな西行伝説や、西行と芭蕉の関わりなどにもふれられていて、大変おもしろかったです。

以上、なんらかの参考になれば幸いです。

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

奈良時代に中国から梅が入ってきた梅は、当時の貴族文化の中では主流になったのですが、外来文化の象徴でもあった梅に対し、古来から生活とともにあり、また民間信仰の対象でもあった桜は、平安時代が進むに連れて、ふた...続きを読む


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