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私はいわゆるお一人様、孤独に行動してます。正直気楽な反面周りの目も、周りが群れていると、いつもの見下し(友達いないのかよ)にあい鬱陶しい等メリットデメリット感じています。
群れないと、力をもつ(政治でもあれは団体になって発言力をもたせている)ことが出来ないし、多分非社交的だと社会に出たら揶揄されるかもしれません。
日本人は西洋人に比べ団体意識、団体から排除されるのを極端に恐れれる、ベネディクトが著作『菊と刀』で指摘するように、「正しいか正しくないかよりも、自分の属するグループの意向を重視するといいます。身近な例では、高校生が先輩や仲間のための席を奪取しお年寄りに譲るのを無視したり、周りに言いがかりをつけ席を無理やり作るなど、グループのさもなくばKY(空気読めという意味の俗語)などといってグループから排除される。これは大人にも当てはまると思います。 しかし西洋においても同じではないかとおもうんです。つまり、西洋人も、単独行動を恐れ、窮屈さを我慢しつつ群れて、一応の安心を確保し、一方で群れていない孤高な人を馬鹿にするのではないでしょうか?所詮は孤独と排斥を恐れる、むしろ、人間皆の弱さではないですか?(ちなみに西洋人も同じという疑問は西洋の事情を知って言っているわけではありません。でも、同じなんじゃないかという、質問です。)
長文ですが、海外事情をご存知でしたらぜひ教えてください。

A 回答 (4件)

「おひとりさま」って、孤独でいることではないのですよ。


一人で過ごしたい時に一人の時間を楽しみ、友人や家族と一緒に楽しみたい時にはみんなと楽しむ。
それができてこそのお一人様でしょう。
おひとりさまは、楽しむものであり、我慢したりデメリットを感じてまでするものではないです。
ましてや非社交的な人にほんとうの「おひとりさま」の楽しみはわからないですよ。



当然、日本以外の国でもみんな群れますよ。

そのくくりは仕事であったり、宗教であったり、人種であったり、所属政党であったり・・・。
近所のコミュニティ、学校の仲間、サークルの仲間等々、日本とかわらないでしょう。

特に宗教に関しては、外国出身の方と話すときは非常に気をつかいます。
日本は信仰の自由があり、堂々と「自分は無神論者だ」と口にできる国ですが、こんな国は稀でしょう。
日本人からみれば同じ宗教と思っても、宗派が異なると席を同じくすることさえ嫌がられる場合もあります。
(まったく異なる宗教を信仰している人間は大丈夫なのだから不思議です)

ただ、日本にくらべて「ひとりで過ごしたい時間」をとても理解してくれます。
(これも国によってものすごく差はありますが)

質問者さんは学生さんでしょうか?

社会にでれば本当の意味で「孤高の人」になることは無理なのですから、集団vs個人というような捉え方はされないほうがいいのではないかと思いますが・・・。

人間、嫌でも何らかの集団のなかでないと生活できないのですから。
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うーん、全ての外国人を並べて判断することはできません。

中国人や韓国人、インド人、エジプト人、ケニア人、イタリア人、イギリス人、アメリカ人、ブラジル人、それぞれに考え方は違います。

ただ、白人(ヨーロッパ人)については、彼らの本質は「狩人」だなと思います。
以前、動物番組で狼が集団で狩りをするところを見ました。私は狼に追われる鹿をドキドキしながら見ました。あっ、やられる、あっ、もうダメだ、ってね。日本では動物番組で狩りのシーンを流すと必ず「可哀相だ」という抗議の電話がくるそうです。つまり、我々日本人は狩られる側から見ているということ。
実はその狼の狩りの画像を撮影したのはイギリスのBBCのスタッフでした。彼らは撮影しながら「イヤッホゥ!」と奇声をあげていました。そして、狼が鹿を取り逃した(そのシーンで私はホッ、としましたが)場面でまるでゴールを外したサッカー選手を見るように「ワーオ!」と声をあげ、スタッフ同士で「惜しいところだったなァ」と言い合ってました。そうです、BBCのスタッフは狼側に立って見ていたのです・笑。
単独行動を恐れて群れるという行動は、白人どころか韓国人や中国人やフィリピン人でもやりません。とにかく外国では、人を押しのけてでも自己主張する奴が「アイツは頭がいい」と評価されます。
私はアメリカの大学で研修を受けたことがありますが、日本では余計な一言が多くて煙たがられる私が、アメリカでは「とてもじゃないけどこんなタフな環境は耐えられない」と思いました。大学の教師は、とにかく自己主張して「私は優秀です」というような態度を取る人間を評価します。自己主張しないと「アイツはやる気がない」と思われて容赦なく見捨てられます。やる気がある奴には確かにチャンスは必ず与えられるけど、結果が出せないとダメな奴だと捨てられます。だからかの国では、失敗しても失敗してもへこたれずにチャレンジし続けられることが求められます。「もう私はダメだ」なんていっても誰も助けてくれないんですよ。「私は立ち直るためにはこういう手助けが必要だ。だから、こういう手助けをして欲しい。そうしてくれれば私は立ち直る」といえば案外惜しみなく手を貸してはくれるんですけどね。
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「おひとりさま」って、30歳以上のシングル女性を指す言葉なんですが…。



転じて、結婚する予定もなく老後を迎えるであろうシングルの男女に使われるようになりましたが、質問者さまは少し意味を勘違いされているような気がします。


質問とは関係ない内容ですみません。
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海外情勢は詳しく知りませんが


人間は弱い生き物ですので基本集団行動が自然の摂理でしょう
集団であったために狩ができ、稲作ができ社会ができた
そのなかで単独行動は自然界なら死に直面するに等しい事です
恐れて当然なことなのではないでしょうか

人間社会においては死に直面はしませんが
なんとかそこに入らなければ生活ができません
孤独に行動しているつもりでもそこは社会の中
人は一人では生きてはいけません

西洋の個人主義は
その人の能力をそれぞれ評価しようというもので
孤独な人が認められているということでもありません

孤高にも種類がありますよね
道を究めて回りがついていけない人と
ちょっとずれている人
馬鹿にされるのは後者だけですが
後者が道を究めると前者になるわけです
イチローの振り子打法が顕著な例ですかね

まぁ馬鹿にする、見下すというのは集団心理みたいなものです
一人では何もできないのは皆一緒
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