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創価学会信者が神道まで否定するのはなぜでしょうか?

創価学会信者の知人がいます。
一緒に祭などには行きますが、鳥居をくぐって本殿でお参りすることはしません。
なぜかと尋ねてみると、創価学会には本尊があるから云々と言います。

どうやら日本の神と外来の仏との区別がよくついていないように思えますが、創価学会の信者の方々は皆、こういう考えなのでしょうか?


そもそも日本の神とは土地、民族、国などを護るものであって、個人の悩みは解決しません。
山や海などの自然の幸、連綿と続く歴史、そのような自然の営みの上に人間社会が成り立っていることを自覚し、敬意や感謝の念を持つことが神道の意味であります。
個人的な細かい単位での悩みや救いの解決は、仏教やキリスト教のような外来の宗教の仕事です。
神道はそれとは畑が違っており、日本が外来の宗教を受け入れてこられた理由もそこにあるわけです。

外来の宗教は国を越えてやって来る時点で、本来の土地との繋がりは薄れます。
そのため、人間の生き方や倫理や救いを説くような、どの土地でも対応可能なものにモデルチェンジします。

一方で神道は、日本からは離れていませんので、あくまで土地や自然に対する感謝・敬意に立脚しており、グローバル化仕様の宗教のように『教え』を説くことはしていません。

もし創価学会が自らの畑を飛び越えて、神道との共存共栄までもを否定しているのであれば、これは日本という国を否定していることにも繋がらないのでしょうか?

国、土地、民族、自然、祖先、靖国の英霊、天皇、そういうものに対する敬愛の念を担う神道を、生き方、悩み、倫理、救いを説く個人メソッドでしかない外来宗教が否定しているのだとしたら、それはかえって人間の本来的な繋がりを破壊することにもならないのでしょうか?

詳しい方のご回答をお待ちしております。
よろしくお願いします。

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A 回答 (16件中11~16件)

ANo.2です。

たびたび失礼します。
お礼ありがとうございました。

ご質問者様の疑問点が良く分かりました。
ご質問者様は、神道は一般的な意味での宗教としては捉えてないと言うことですね。
その感覚はわたしも良く分かります。確かに、わたしも神道には宗教とは違った印象がありますし、人間の精神的な歴史として神道には多く共感するところがあります。宗教と言うより、文化という感じでしょうか。
ご質問者様が神道の信者であると思ってしまったので、ちょっと回答はずれてしまいました^^; すいません。

まあそれでも、神道はあくまで日本の文化の一部分に過ぎないので、日本という国を否定しているというのは言い過ぎだとは思います。文化は変わるものですし、普遍でなければいけないというわけではないですから。
まあその点において、ご質問者様が神道を宗教と捉えていないにしても、神道というものを人に強要してしまっている趣は感じます。人によっては神道は宗教と捉えている以上、ひとつの宗教を人に強要するのはあまり良いことではないとは思います。

ただ、ひとつの宗教を非難したりするのは良くないことなので、創価学会だからどうだという結論は申し上げませんが、もし彼らがご質問者様の神道の捉え方を理解できれば、別に拒否しなくなることもあるんじゃないかと思いますよ?
理解できればの話ですが・・・

彼らが拒否するのは、神道を仏教と相違する宗教として捉えているからだと思います。他宗教を拒否する度合いは違うと思いますが、まあ創価学会の場合はその度合いが強いのでしょう。
創価学会は単純な宗教としてだけでなく、ひとつの組織として成り立っていますから、多くの人間を統率する上でも自身の宗教を絶対的なものとして扱ってしまった方が効果的というのもあると思います。
その善し悪しは別として、創価学会にはそういう一面があることは確かだと思いますね。

ご参考まで。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

そのとおり
『宗教と言うより、文化という感じ』
ですね。

庶民は村の神々を崇めて暮らして来ましたし、戦国武将は天皇から認められた将軍を目指しはしたが、決して自らが神になろうとはしませんでした。
人間の上に神がおり、そのもとで営む。その概念が文化となり、歴史となったのだと思います。

ヒトは集団行動性動物ですので、シンボルやボスなどの絶対者を作り、その下に集まって生きて行く習性があります。
神学者のルドルフ・オットーは著書『聖なるもの』において、自然と対峙したときに、何か厳かで、人間よりも遥かに大きなものを感じ、神秘や恐れの感覚が生じることを『ヌミノーゼ』という言葉で表しています。
ヌミノーゼのような絶対他者の存在を感じるのは、おそらく人間の本能なのでしょう。
その本能によって、人間が連綿と築いてきた歴史は、まさに自らの基盤でもあると思います。

何度か書きましたが、外来の宗教は人間の具体的な苦しみや悩みを救う『教え』は持っていますが、外来ゆえに、神道の分野である土着のアイデンティティについては担えません。
創価学会が神道を否定したり、また『神道の分野もこちらのご本尊が包含している』と言うのであれば、それはいかなる考え方によるものなのか。
それを純粋に疑問に感じたので、質問してみました。

当然、あれだけの大きな宗教団体ですから、その辺りの理論構築もなされているでしょうしね。

ですので、私としては神道を強要してもいませんし、あくまで見解を書いて、皆さんの意見を待っていたまでです。

何か仙石官房長官の国会答弁のように、結論まで大回りをしてしまい、すみません
f^_^;

お礼日時:2010/11/09 16:18

学会の方は、いろいろなところに学会の建物があり、そこに参っているのだと思います。



私の話は噂で聞いた話なのですが、、、

学会の方たちは、みんな他の所で参ることはありませんし、足も踏み入れないそうです。

なぜなら、自分たちのお参りをするところがあるからだそうです。

学会だけを信じて、他のものを信じないからだと思います。

また、選挙の時になると公明党を応援します。

それがなぜだか知りたく、学会に入ってみた方もいます。

ですが、出るのが大変だったそうです。

学会については、【そういうところもあるんだな~。】程度に思っておくのがいいと思いますが……
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

それではまるで一種の全体主義のようですね。

他をシャットアウトすることで存在するものほど危うく儚いものはありません。

人間はものを知り、自分の頭で考えてこそ深みを増すものだと思いますが、疑念を挟む余地を消し、考えるという行為をやめてしまったら、人間である意味がないような気がします。

熱心な宗教信者というのは、上から与えられた教えをコピーペーストのように振り撒くだけのマシーンのように見えたりすることが多いですよね。
私にはああいう姿を見ると、人間としての死を感じてしまいます。

お礼日時:2010/11/08 23:07

ANo.2です。


お礼ありがとうございました。

>サッカーファンが野球を否定しているようなものかな(笑)

そのとおりです!
あまりに上手な例えだったので思わず回答させていただきました(笑)

わたし自身、創価学会も良く知りませんし神道も良く知りません。
はっきり言うと宗教というもの自体に歴史的な興味があっても精神的な共感はあまりありません。
そういう無宗教人間から見えると、神道は「明治政府の押し付けた虚像のようなものではなく、集落の民が、自分たちを育む郷土に対して愛着を抱き、自然のサイクルの中の一つとして存在していることを意識して、全体に感謝するところから始まっている」なんてことすら気にしたこともないです。
それは、神道を深く学び共感している人だからこそ知っている事柄であって、一般の無宗教な人がそこまで考えて神社に行くこともないように思います。創価学会に入っている人なら、尚更なんじゃないでしょうか?

確かにわたしは神社に初参りにも行きますしお葬式でお経も詠みます。ですが、はっきり言ってこれらはわたしにとって単なる「習慣」であり宗教じゃありません。宗教という意識がないから、複数の宗教的な習慣が共有できているだけのように思います。

例えば、神道に信者がお葬式でお経を詠むって言うのはあり得ないでしょう。
これはその人が神道を宗教として捉えているからです。創価学会であれなんであれ、ひとつの宗教をちゃんと宗教として信じる人が他の宗教の習慣を拒否するのはいたって自然な反応かなとわたしは思いますよ。

もっと言えば、仏教・キリスト教などの外来の宗教と日本の神道とではそもそもの担う役割が違いジャンルが違う、という考え方自体が「神道」の考え方なのかなって気がしますね。
例えば、わたしは正直ご質問者様の言っていることはあまり良く分かりません。そのような「教え」を知らない無宗教のわたしにとっては、宗教は宗教だからです。また、何かしらの宗教の信者である人々にとっても、やはりジャンルなんて関係なく宗教は宗教と思っていると思います。
そもそも、ジャンルが違う宗教は共存できる、という考え方そのものが「神道」の教えなんだろうなという感じがします。

つまり、ご質問者様は宗教的な考えに捕らわれずに考えていると思いながらも、すごく宗教的な考え方にとらわれ、それを他宗教の信者に押しつけてしまっているわけです。
「仏教と神道はジャンルが違うんだから、別に仏教徒でも神社を拒否することはないじゃないか」というのは、あくまで神道信者の言い分でしかないんです。
それは、結局神道の教えを強制してしまっているだけです。

心から宗教は自由と感じているのであれば、これは気にすべき問題じゃありません。
受け入れるかどうかはそれぞれの自由です。それを疑問に思ったり間違いだと思った時点で、神道を人に押して付けてしまっていることになってしまうと思います。

ご参考まで。
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この回答へのお礼

たびたびのご回答ありがとうございます。

私は毎年伊勢神宮に行き、靖国神社へも参拝し、また地元のお祭りにも参加します。
しかし私自身は、神道を何かの宗教として捉えたことはありません。
神道は、郷土愛の延長にある愛着や敬愛の念が元であり、仏教のように何か具体的な悩みの解決を教示してもらうわけではありません。
そのような悩みや救い、また生き方を手取り足取り教えてくれるのは『宗教』だと思っています。

私は哲学が好きなので、自身の悩みについては自分の頭で考えるので、考えずに教えを信じることで救われようとする宗教にはあまり価値を見出だせません。

では、神前で何を拝んでいるのかというと、それは『現実』そのものだと考えています。

今は自然界の連鎖だとか、そういうものが科学的に言われているので分かりやすいかも知れませんが、全体の中の自分を感じようとしているのです。

自然のサイクルの中に人間が存在している事実。
コミュニティの中に自分がおり、また自分がコミュニティを支えているという関係性の事実。
国家と市民としての関係性。
人との縁。
…etc
そうしたものを『全体と自分』というテーマに置き換えて捉える一つの手掛かりとして、神というものがあるのだと思います。

お祈りすれば叶えてくれるような非科学的なスーパーマンが神ではありません。
今でこそ科学が発展し、自然界全体からみたサイクルも理解されてはいますが、昔はやはり山の神や海の神がいて、その恵みに感謝をし、人間より大きな絶対他者(神、自然)を肌で感じる形として神が必要だったのでしょう。

神=自然界
であるのです。

人間は苗を植える。
その苗が育つのは、人間の力ではなく、太陽や雨などの恵みである。
そして、育ったものを人間がいただき生き延びる。
よって、自然のお恵みに対しては感謝を忘れない。

そういう関係性を常に認識し、全体から自分を俯瞰して『現実』を捉えるような視点が神道の源なのだと思っています。

科学が発達した現在、神道は衰退しています。
しかし、全体の中の自分という視点を失っては、集団行動性のヒトという動物は危機に瀕します。
地図を持たず、俯瞰して自分の位置を確かめられなければ、方角も分からずにさ迷い、アイデンティティも見失うでしょう。
個人主義、核家族、プライバシー云々で人の連帯がズタズタになり始めている近年、伊勢神宮を始めとする寺社めぐりをする若い人が増えたりもしているそうです。
そのような傾向を見ると、やはり現実を捉える視点としての神様は、多少なりとも必要なんだろうなと、ちょっとは考えてしまいますね。

お礼日時:2010/11/08 22:20

こんにちは。



私も質問者さまと同様の考えです。私も親しい知人が学会人です。

創価学会と言うよりも、日蓮上人が排他的であったのが理由かなと思います。釈迦の教えである「法華経信仰」ですからね。日蓮は親鸞と仲が悪かったようで、現在も創価学会と浄土真宗はお互いを認めていませんね。親鸞もやや排他的です。親鸞の教えは「阿弥陀仏による浄土信仰」です。浄土真宗もまた、神社へのお参りは良しとしていません。結婚式も七五三も仏前式を勧めてきます。


ただ、やおろずの神を信仰する古来からの信仰と、現在の神道はすこーし違うのですよ。現在の神道の多くは明治時代からです。廃仏毀釈ですね。国が政策として神道を強要したわけです。靖国神社がその代表だと思います。
古い神社で山そのものがご神体というところもあれば、靖国のようなところもあるわけですね。
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。

そのとおりですね。
日本における神道というものは、山そのものを御神体とするような考えから生じてきたものだと思います。

私は靖国へも行きますし、天皇陛下の一般参賀にも行きますが、明治新政府が推し進めた神道は、やはり作りものでしかないような匂いがします。
それは、国民全体からするとごく一部でしかなかった武士階層の出身者主導で作り出した神だからであり、やはり庶民が自然界から感じ取っていた神とは温度差があったと思います。

現代に生きる私は、武士のような生き方をするわけでもなく、また当時の庶民ような村社会に生きているわけでもありません。
多くの情報を知り、歴史を知られる立場にいます。
これまでのいろいろな社会層の神を総合し、その中から共通する普遍的な感覚を抜き出して、神と感じるしかありませんね。

日本の八百万の神は、感謝する対象ではあるけれども、個人の悩みの解決はしないし何も救いません。
逆に外来の宗教は、悩みは解決するけれども、土地や民族は護りません。
畑が違う二者なのに、畦を越えて一方を良しとしないというのは、よく分かりませんね。

お礼日時:2010/11/08 19:54

詳しい彼らの考え方ははっきり言って良く分かりませんが、歴史的に見ると創価学会の前身である創価教育学会の創立者である牧口常三郎と戸田城聖は、第二次世界大戦下の当時の政府の国家神道を強く拒否し逮捕され、牧口にいたってはそのまま獄死しています。


創価学会信者が、神道を拒否するのはそのような歴史背景があるのではないでしょうか?

まあ、私から見れば、神道もまた宗教のひとつでしかなく、神道を否定したからと言って「日本という国を否定している」とは思いません。
宗教は自由ですから、はっきり言って共存を肯定しようと否定しようとその人の自由だとわたしは思います。別にひとつの宗教のみを信じる人がいても良いと思いますし、複数の宗教を信じる人がいても良いと思います。共存共栄というのは、あくまで別に他の人が信じることまでは否定しないという意味であって、自分が信じるかどうかは自由であるべきでしょう。
創価学会を信じろと強要するのは余計なお世話だと思うように、神道を信じろというのも余計なお世話だと思います。

ご参考まで。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

もちろん信仰は自由ですし、内発的動機によらなければ意味がありません。
どちらも信じない人もいれば、その逆の人もいて当然だと思います。


しかし、創価学会の例を知り、同じジャンルではないのになぜ否定するのかが気になってしまいました。
仏教・キリスト教などの外来の宗教と日本の神道とでは、そもそもの担う役割が違います。
前者が母ならば、後者は父のようなもので、もし創価学会が神道を否定しているとしたら、それは子供に対して
『母を愛するならば、その証として父は敬うな』
と言っているようなもののように思えてしまいます。
サッカーファンが野球を否定しているようなものかな(笑)



尤も、明治新政府が国を強化する政策の一貫として神道を利用し、行きすぎて様々な悲劇が生まれたことも否定はしません。
その犠牲になったのが創価学会の祖であるとすれば、自分が痛い目に遭った神道を否定することも、人間の感情ですからあるでしょう。

ただ、そもそもの神道は、明治政府の押し付けた虚像のようなものではなく、集落の民が、自分たちを育む郷土に対して愛着を抱き、自然のサイクルの中の一つとして存在していることを意識して、全体に感謝するところから始まっています。

神道というと、近代の戦争が部分的に切り取られて曲解されることが多いので、いろいろと難しいのですけどね。

お礼日時:2010/11/08 15:43

基本的に、アクティブな宗教は他の宗派と相容れる事はないでしょう。


教義の面で共存共栄なんて有り得ないですね。それは創価学会だけとは限りません。

ただ、その場にいっても手を合わせない等、そのあたりの判断はさまざまですよ。
第一、創価学会員なんてたくさんいますが、皆が同じ行動ではないです。
少なくとも、俺の知人は手を合わせないだけで、そういった場所行っていますよ。

八百万の神と言われるほど、神の種類はたくさんあります。
「神道」の全てが靖国の英霊や天皇とは結びつかない。

第一、靖国は戦争を正当化するための詭弁でしかない。
その結果、惨敗し、自国の民衆を大量死させました。
質問者は、神道をもう一度学びなおした方がいいと思いますよ。
土着の神々と異なり、国家神道は明らかに政治が宗教を利用しただけです。
古代エジプトの太陽神の方が、よほど健全ですよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2010/11/08 23:21

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Q創価学会と神道の関係

実弟より結婚を考えている彼女ができたと紹介を受けましたが、彼女は創価学会2世でした。
彼女の両親は離婚、お母さんとの二人暮らしです。
お母さんは毎日お経を唱え、集会に参加する熱心な信者です。
私は既婚で、お義父さんは神主をしてます。
実家は浄土宗ですが、神道に嫁ぐときは反対はありませんでした。
しかし、弟の彼女の宗教には渋い顔をしています。
もし、弟が創価学会に入信しても、両親の葬儀や法要は浄土宗で行えるのでしょうか?
また知人から、創価学会と神道は仲が悪く、熱心な創価学会信者だったら縁を切られると聞きました。
本当に、縁を切られるのでしょうか?

Aベストアンサー

こんばんは。

私の元夫が学会2世でした。
両親の反対を押し切り結婚しました。
私たちの場合は嫁入り=先方の宗教に入るという暗黙の了解みたいなのがあって、結婚と同時に私も入信しました。
当初は愛する人が信じているものだから・・と一生懸命勉強もしましたが、生まれたときからその環境にいる人とは違い、ギャップに悩み、教えに納得が行かず、離婚しました。
ご存知とは思いますが、学会は生活の中に宗教があるのではなく、宗教の一部に生活があるのです。

折伏(しゃくぶく=ひらたくいうと学会に入信させること)をすると自分や家族が幸せになるという考えがあって、その考えが広がって選挙や機関新聞の購入の勧誘をするのです。
選挙の時には真夏にもかかわらず妊娠中で大きなおなかを抱えながらいろんなところに頼みに行ったことを覚えています。
毎日何人に選挙のことを頼めたか幹部の人から電話がかかってきてノイローゼになりました。

普通に生活している人には想像できない世界ですよ。
もし弟さんが入信されたら冠婚葬祭がある限りもめると思います。
神道に限らず仏式、その他の宗教は邪教、邪宗と呼ばれ一切受け付けてもらえません。
私たちは結婚式だけは私の実家のことも考慮してもらい、バブリーな時代に当時めずらしかった人前式で行いました。
娘のお宮参りも学会の会館で行いました。
もちろん子供のためのクリスマスなんてできませんでしたよ。
今までの自分の常識が常識でなくなることに耐える覚悟があるか今一度弟さんに確認された方がいいと思います。愛情だけでは乗り越えられないこともあるのですから。。

うちは男性側が学会でしたから、ゴリ押しでもうちの実家も黙認していましたが、反対ならそういうわけにもいかないと思いますよ。
結婚前によく話し合いをされることを望みます。
私のような後悔をしないためにも・・

こんばんは。

私の元夫が学会2世でした。
両親の反対を押し切り結婚しました。
私たちの場合は嫁入り=先方の宗教に入るという暗黙の了解みたいなのがあって、結婚と同時に私も入信しました。
当初は愛する人が信じているものだから・・と一生懸命勉強もしましたが、生まれたときからその環境にいる人とは違い、ギャップに悩み、教えに納得が行かず、離婚しました。
ご存知とは思いますが、学会は生活の中に宗教があるのではなく、宗教の一部に生活があるのです。

折伏(しゃくぶく=ひらたくいうと学...続きを読む

Q創価学会って実際、なんですか?(長文です)

婚約した途端、彼に家族全員創価学会だと告げられました。

隠されていた事がかなりショックでしたし、私は創価学会についてよく知りません。
でも、結婚するなら入信するよう、彼の家族は言っています。

私がショックで、彼が脱会してくれなければ、結婚をやめるというと、しょうがないね、と言われました。
彼は熱心な学会員ではないらしいのに、です。

私の家族は浄土真宗(一応)ですが、彼が創価学会ということについても何も反対していません。

ただ、友人知人が、もし私が入会するなら、私とはもうつき合えない、と言います。人に聞いてみても、創価学会に対して良い感情を持つ人はいないようです。

私自身、学会には色々矛盾を感じています。
でも、彼にそこを聞いても、世間の間違った思い込みだと言われます。

私は仏教には関心があるのですが、創価学会も仏教なんですよね?
それなのに、私には学会員が何を信仰して、何を目的としているのか
さっぱりわかりません。
学会員に聞いても、よくわかっていないようなのですが…
しかも仏教の教えについて批判さえしています。

それでは、創価学会とは一体なんなのでしょう?

そして、どうして非学会員のほとんどが学会を毛嫌いするのでしょう?

学会の方、非学会の方、両方の意見が聞きたいです…

婚約した途端、彼に家族全員創価学会だと告げられました。

隠されていた事がかなりショックでしたし、私は創価学会についてよく知りません。
でも、結婚するなら入信するよう、彼の家族は言っています。

私がショックで、彼が脱会してくれなければ、結婚をやめるというと、しょうがないね、と言われました。
彼は熱心な学会員ではないらしいのに、です。

私の家族は浄土真宗(一応)ですが、彼が創価学会ということについても何も反対していません。

ただ、友人知人が、もし私が入会するなら、私と...続きを読む

Aベストアンサー

困りましたね・・・
現在私は学会員ではありませんし、過去会員だったこともありません。そもそもが宗教自体に頼ろうとは思っていないので、将来も恐らく入信しようと思うことはないでしょう。
ただ、過去自分が担当していた仕事上のお付き合いから、中央のかなりの地位の方々や地方組織の然るべき方、また一般の会員の方々に至るまで、様々なお立場の方々を存じ上げておりましたので、投稿させていただきました。
仕事でしたので、かなり冷静に見つめてきたつもりです。
長くなりそうですが、お付き合いください。

創価学会は日蓮正宗各寺の信徒団体(各寺檀家の、寺をまたいだ横のつながり)だったものが、異様に大きく膨れたものです。本来の教義についてはNo.5様のおっしゃるとおり、オウムのような悪い考えではありません。どちらかというと、むしろ世界の平和を求めている宗教です(と、彼らは言っています)。
歴史的にはそもそも「日蓮」自体が排他的だったそうですし、「日蓮正宗(大石寺)」は「日蓮宗(身延山)」と袂を分かち日蓮の教えを正しく受け継いだはずですが、本来、日蓮正宗寺院の檀家であった創価学会は本山(大石寺)のご僧侶とも袂を分かち、もう10年位前に破門になっています(学会の仕切る葬儀には僧侶がいません)。
つまり、本来の日蓮正宗からも離れ、特定の個人崇拝になって、ますます排他的・独善的になっているということです。

私は仕事上のお付き合いでしたので、部外者の目で内部のことを見聞きする機会がとても多くありました。守秘義務がありますので、ここでその一つひとつを例示するわけには参りませんが、特定の個人とその周辺を中心にした組織の仕組みには、私個人としては首肯できないものがありました。No1様のおっしゃる「巨悪」が真実かどうかは存じませんが、さもありなんと思うところがあるのは確かです。

逆に、日常生活レベルではいいこともあります。
毎日朝晩、正座して背筋を伸ばして腹から声を出してお題目(南無妙法蓮華経)を唱えれば、冬場に風邪を引きにくくなる程度のご利益はあるのではないでしょうか。まぁこれは冗談です。
学会では地域の会員達の集まり(各地の「会館」で行われるものと、もう少し狭い範囲の「地域の世話役」の自宅で行われるものとがあります)が頻繁に行われます。
組織も年齢、性別や職業(学生・主婦含む)で複合的になっていますので、複数の会合に出席することもあるようです。
昨今隣近所のお付き合いも減り、また、2世代3世代が一緒に暮らす大家族ではなくなりましたので、年寄りの知恵の伝承もなされず、例えば子育てをするヤングミセスにも苦労が多いと聞きますが、学会の地域での会合に出ることにより、フラストレーションが解消される、例えば子育ての先輩の知恵が伝承される、困った時に助け合える、何よりも同じ価値観を持つ仲間がいるなど、町内会やご近所付き合い的な効果により、彼らはとても明るい生活を送っています。

学会員は、それぞれ「仕事」と「家庭」の他に、地域社会でも熱中できる対象を持っているわけですから、それはそれで幸せなんだろうな、ちょっとうらやましい人生かもしれないな、などとふと思うことがあります。

これを、「だまされている」というのは簡単です。でも、これが宗教なのです。
創価学会に限らず宗教は皆そうなのですが、信じない人から見れば全く理解できません。価値の尺度が異なるので、私たちの判断基準と合わないのです。
インチの物差し(学会)とセンチメートルの物差し(一般)ではゼロ以外に一致する個所はありません。
偶然2本の定規の線がそろう所もあります。そこが一般社会との窓口です。
ですが、ゼロからの長さは同じでもインチとセンチですから、お互いに相手の尺度で測らなければ、やっぱり何だかよくわからないのです。
お香典を全部持っていってしまうのも、インチの世界に入って見れば、地元組織として一種の互助会的に対応していると言い換えることも出来ます。

一般に毛嫌いされるのは、「あなたのため」と、学会の考えを強要するように感じさせるからです。実は彼ら一般会員は善意なのですが、センチの領域に入ってこようとしないからです。
これは最初に書いた日蓮自体の排他的な歴史の流れと、第二次大戦中の弾圧への反動もありますが、昭和40年代ごろの全国的に行われた強引な折伏(これにより大きな組織になった)が、「学会は・・・」という評価を定着させてしまったことが大きいでしょう。

試しにインチの世界に入って見れば(1~2ヶ月一緒に活動して見れば)ひょっとすると何か分かるかもしれません。
ただ、No1様ご指摘のような、裏と表までは見分けられないでしょうが・・・
いやなら戻ってこられるうちに戻ってくればいいのですが、おそらくその時は彼とはお別れしなければなりません。きっと「金縛り」から逃れる時のように、思い切った動きが必要でしょうから・・・。みんな良い人たちだし、結構楽しいし、このままでいいやと思えば、あなたには新しい世界が開ける代わりに、今のお友達とは縁遠くなる可能性があります。

今の状態のままで結婚なさっても、ご両親が熱心な学会員であればいつかは入信することになるか、さもなければ価値観の相違に耐えられなくなるかのいずれかのような気がします。

困りましたね・・・
現在私は学会員ではありませんし、過去会員だったこともありません。そもそもが宗教自体に頼ろうとは思っていないので、将来も恐らく入信しようと思うことはないでしょう。
ただ、過去自分が担当していた仕事上のお付き合いから、中央のかなりの地位の方々や地方組織の然るべき方、また一般の会員の方々に至るまで、様々なお立場の方々を存じ上げておりましたので、投稿させていただきました。
仕事でしたので、かなり冷静に見つめてきたつもりです。
長くなりそうですが、お付き合いくだ...続きを読む

Q創価学会の人かどうかの見分け方を教えてください。

事情で、創価学会の人とできるだけ関わりたくありません。
(詳しくは書きませんが、かなり迷惑を被っています。)
これからいろいろな人と知り合いになると思いますが、
創価学会の人かどうか見分け方がありましたら、
知っておきたいです。

ちなみに自分なりに考えたのが、
・どこの新聞をとっているか聞く
・どんなスタイルの結婚式を挙げたかを聞く
(神式、キリスト教式だと大丈夫かも)  です。
最近知り合った人には、さりげなく聞いてみて一安心でした。

たまたま私の知り合った人が熱心すぎる人だっただけで、
学会の人全てを否定しているわけではありませんが、
この事にかなりナーバスになっていますので、
学会の方はお気を悪くされないで下さいませ。
あと、学会の批判ではなくて、見分け方のみご回答願います。

Aベストアンサー

学会会員です。比較的簡単な見分け方は.

1.死者がいないのに(紙製の)仏壇を持っている
2.木製の仏壇の場合は.つくりが派手(他の宗派の場合には.分家したときに作った仏壇をいつまでも使いつづけるので.結構古い物が転がっています)。
3.お守り.破魔矢.熊手.達磨等の縁起物を持たない・買わない(私のような例外もいますが)
4.命日など家族で遠距離の墓参りに行く。(近所の宗派の方は.命日の近くの都合のよい日に出かけます。)
5.若い人のばあいには.「宗教の話をする」。今の若い方々は.宗教関係に興味を持たないのが大多数ですから。
6.夕方特定の遊びまわるわけでもないのに集まる(勉強買いです)。若い方の場合には.酒飲んでカラオケで騒ぐのが普通ですが.これをしない場合です。
7.宗教(日蓮)関係のわけのわからない本がある。

Q無宗教なんですが神道と仏教どちらがいいでしょうか。

無宗教なんですが神道と仏教どちらがいいでしょうか。日本人なら黙って神道!!!ですか?

Aベストアンサー

文科省の調査によると、神道の信者は1億1千万で
仏教徒は9千万だそうです。
つまり、だぶっている人が多い、ということです。

神道は先祖を想い、自然が好きだ、というだけ
で信者になれる宗教です。
信者という自覚すら不要の宗教ですから、質問者さん
もすでに神道の信者である可能性が高いですよ。
だから、今更神道に入る必要も乏しいかと思います。

戦前、戦争をやるために造った神道はいわば人工的な
神道で、本来の神道ではありません。
本来の神道には教義も教典もありません。
自然は人間よりも偉く、自然と対立するのでは
なく共存、調和すべきもの、と考えます。
それだけです。

これに対して、仏教は教義も教典もあり、人間の生き方
モノの考え方など、色々勉強になります。
しかし、現実の仏教は堕落しておりまして、
葬式専門の、ハイエナ産業になっております。
独学するならともかく、入信してもお金を取られるだけで
得るものは少ないと思います。

Q創価学会と神社

創価学会では、神道や神社についてどう教わっているのでしょうか?
ネットで見た話だと、神社に近づくと吐き気を催すなどと言っているようなのですが…
どなたか詳しい方がいらっしゃったら、ご教示頂けないでしょうか。
以上、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

No.4.です。

別の回答者が、「因みに、こういった人により場所により場合により教義の端々やルール・タブーの一部がコロコロと変わるのは、新興宗教の類では良く見かける光景だったりします」とコメンントしていますので、思い出したことを少し・・・。
創価学会第二代会長であった戸田城聖氏は、「以前に言っていたことと現在やっていることが違う宗教は、邪教である」と指導しています。
創価学会は、正に、それですね。
創価学会が発行していた重要書籍に「折伏教典」というのが在るのですが、その内容は、現在の創価学会の主張とは、かなり、異なっています。
その典型が、「本尊」に対する認識です。
以前は、「世界一の宗教である日蓮正宗の御本尊こそが、われわれが信奉する対象であるる」旨、主張していましたが、日蓮正宗に破門されてからは、この主張は破棄されました。
破門された後は、池田名誉会長は、「折伏教典」で言っていたことなど、信濃町(=創価学会本部)の犬にでも食わせたのか、「御本尊なんて、みんな同じです」「どれも、同じです」と言っています。
見事な豹変ぶりです。
「じゃ、『折伏教典』に書いたことは、何だったの?」と言いたくなります。
多分、破門される前には日蓮正宗から下付されていた「御本尊」が、破門された後は下付してもらえなくなったので、あのような都合のいい言い訳を言い出したのでしょう。

創価学会のこの変化は、新しい学会員たちや若い学会員たちには分からないでしょうね。
また、信濃町(=創価学会本部)も、そうした学会員たちに知られないよう、手を打っています。
「折伏教典」を密かに集めて処分し、学会員たちの眼に触れないようにしている、とのことです。
内部の学会員からのこの告発を知った僕は、「今、『折伏教典』の値段は、幾らするのだろう?」と、検索してみました。
「折伏教典」は遥か以前に絶版になっていますが、古本屋などには在ったので、その値段から、創価学会の『折伏教典』対策が分かるだろう」と思ったのです。
すると、案の定、「折伏教典」の値段は、相当、高くなっていました。
僕が見た時は、安い古本屋で5000円、一番高い古本屋では「8万4000円」でした。
これが何を意味しているか・・・。
古本も市場原理で価格が決まります。
古本市場に多く出回れば安く、少なければ高くなります。
「折伏教典」がこれほどの高価格なのは、それだけ、市場に少ないことを示しているのです。
市場に少ないのは、なぜか・・・。
内部アンチの学会員が告発している、「創価学会が密かに集めて処分している」という話が浮かんできます。

創価学会は、「折伏教典」に限らず、以前の出版物で都合の悪いものは、密かに集めて処分している、ということです。
学会員は勿論、一般の人の眼にも触れないようにしているのでしょう。
何しろ、創価学会は、以前と現在とでは、言うこともやっていることも異なってきていますからね。
殆んどの学会員は知らないのではないでしょうか?
特に、若い学会員や新しい学会員たちは・・・。

早く、目を覚まし、このカルト教団から抜けてほしいですね。
池田名誉会長が「我が師」と仰ぎ、尊敬する、戸田城聖第二代会長の定義でも、創価学会は邪教ですからね。
「以前に言っていたことと現在やっていることが違う宗教は、邪教である」
                         創価学会第二代会長 戸田城聖

No.4.です。

別の回答者が、「因みに、こういった人により場所により場合により教義の端々やルール・タブーの一部がコロコロと変わるのは、新興宗教の類では良く見かける光景だったりします」とコメンントしていますので、思い出したことを少し・・・。
創価学会第二代会長であった戸田城聖氏は、「以前に言っていたことと現在やっていることが違う宗教は、邪教である」と指導しています。
創価学会は、正に、それですね。
創価学会が発行していた重要書籍に「折伏教典」というのが在るのですが、その内容は、現...続きを読む

Q創価学会の人と結婚した後の事

 過去の質問を読んだのですが、結婚した後の事が詳しく知りたいので、質問させていただきます。

 結婚相手はかなり熱心だけど、自分は学会嫌いという方、イヤな事、予想していたのとは違った事など、結婚した後のお話をぜひ教えてください。それを元に、彼氏(かなり熱心な学会員・その親は熱心ではないが学会員)や私の親(学会嫌い・私もですが)と話し合いたいのです。
 申し訳ありませんが、不確かな話はご遠慮ください。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

私の夫はいわゆる2世、私は非学会員です。
意外にこのような立場の方がおられないようなので、出てきました。

結婚して7年、未入会の子供も2人います。
私は結婚するにあたって、「入会の強制はしない。子供は本人の意志でない限り
入会させない。」という約束をとりつけました。

それでもやっぱり、いろいろありますよ。
夫は全然熱心な活動家ではないのですが(そこがTsukimiさんとこと違う)、
学会を信じていることには変わりないようです。
創価大学出身のため、友達もほとんど学会員ですし。

まず、地域の婦人部の訪問が必ずあると思って下さい。
美術展、衛星同時中継、座談会など、いろいろな活動に誘われます。
これをニコニコしながら断るのも、結構疲れます。
ご主人の実家が近いなら、義父母に誘われるのも必至です。
さすがの私も、これは断れません。 (ToT)

あと、選挙のたびに公明党に入れてくれと頼んできます。
「お友達にもお願いしてね」とまで言われます。(もちろん、お願いしませんが。)
投票したい人がいないから棄権しようと思っても、電話や訪問で「投票した?」
と聞かれ、「してない」と言おうものならお迎えが来ます。
車で投票所まで送迎されます。
たぶん、選挙の棄権はご主人も認めないでしょう。

次に、財務と呼ばれる寄付。
毎年、冬のボーナスの頃やってきます。(笑)
ご主人のお小遣いで出してくれるなら問題ありませんが、
家計から十万単位で「出してくれ」と言われたときには泣きたくなりました。

うちはこんなものですが、Tsukimiさんとこはもっと大変だと思います。
熱心な学会員さんなら、朝晩の勤行をするでしょう。
結構うるさいのでご近所に気を遣います。
家を会合の場所に使われることもあるでしょう。
自分は信心してないのにお茶出しをしたり、時には皆に折伏されたりして
ほとほと嫌になるかもしれません。
もちろん、ご主人のお休みの日は活動の時間に当てられ、
Tsukimiさんと過す時間はあまりとれないでしょう。
さらに、ご主人が学会員であるという理由で、ご近所から意味もなく
嫌われる可能性もあります。

かなり、脅してしまいました。
引いてしまったでしょうか。
他の回答者の方が「真の学会員」という発言をされてましたが、
そのような方はかなり稀だと・・・。A^^;)

ただし、本当に彼を愛し信じているなら、やっていけるかもしれません。
自信がないなら、やめておいたほうが無難かもしれません。
私はちょっと後悔してる気味・・・。

あ、お葬式だけでなく、結婚式や家を建てるとき(地鎮祭)など何かにつけて
学会方式の選択・非選択を迫られますよ。

私の夫はいわゆる2世、私は非学会員です。
意外にこのような立場の方がおられないようなので、出てきました。

結婚して7年、未入会の子供も2人います。
私は結婚するにあたって、「入会の強制はしない。子供は本人の意志でない限り
入会させない。」という約束をとりつけました。

それでもやっぱり、いろいろありますよ。
夫は全然熱心な活動家ではないのですが(そこがTsukimiさんとこと違う)、
学会を信じていることには変わりないようです。
創価大学出身のため、友達もほとんど学会員ですし。...続きを読む

Q創価学会、勧誘するとどんなメリットが?

手取り17万の創価学会会員の男性(30歳)が、手取り11万の私(25歳)を
勧誘して入会させると、彼にはどんなメリットがあるのでしょうか?
あと私の少ない給料でも学会員としてやっていけるのかと疑問に思いました。

Aベストアンサー

沢山の人を勧誘(折伏)し学会員を増やしてゆき、どんどん上納金(お布施)を献上すれば、彼は学会の幹部となりランクがあがってゆく可能性があります。
そして、池田大先生にだんだん近づいてゆき、活動や経済面での見返りが得られるかも知れません。
しかし、この団体は、学会員の方が一般人を勧誘する時は奇麗事ばかり並べ、幸福を追求する清廉潔白な宗教団体であり、入信しないと不幸が訪れるとか、ひどい時には地獄に落ちる等と言って来ることがあります。

私も子供の頃、父が死んだ時、学会員の人が3人訪れ「仏壇を捨てないから不幸が訪れたのです、今すぐ捨てなさい」と言って、祖先伝来の仏壇を持ち出し、母が泣いて仏壇にしがみつき、親戚の人達がこれを見かねて、棒を振るって学会の人達を追い返したのを思い出します。その時学会員の人達は「お前達は地獄は落ちるぞ」と捨て台詞を残して帰っていったのがトラウマとなって今も脳裏に焼きついております。

今でも、脱会した人達の話を聞くと、この団体に入会したところ勧誘人数のノルマを与えられたり、お布施の額によりランク付けをされたりし、その業績によって上級幹部へと上がって行くそうです。まるでオーム真理教とネズミ講を足して2で割った様な団体であったと言っていました。
そして、入会するまでは、ひつこく貴方の幸せのためだと言って美辞麗句を並べ、お布施をしたり、聖教新聞をとることを約束すると、「今後貴方はより幸せになれます」と言って褒め称え、その後彼らは知らん顔をしているそうです。
そして、選挙が近づくと、また、笑顔で親しく近づいて来て、「公明党の○○候補を入れてください」と言って投票所まで車でつれて行き、帰る時も「○○候補を入れましたか」と、ひつこく聞かれたそうです。

学会に入会するのは自由ですから、貴方が決めることです。しかし後悔しないためにも皆さんの意見やネット等をよくご覧になってから決めてください。
もし、入会してから自分の意に沿わなくて、脱会したいと思いになった時は、嫌がらせを受けることもありますので、その時は「被害者の会」にご相談されることをお勧めします。

参考URL:http://www.toride.org/

沢山の人を勧誘(折伏)し学会員を増やしてゆき、どんどん上納金(お布施)を献上すれば、彼は学会の幹部となりランクがあがってゆく可能性があります。
そして、池田大先生にだんだん近づいてゆき、活動や経済面での見返りが得られるかも知れません。
しかし、この団体は、学会員の方が一般人を勧誘する時は奇麗事ばかり並べ、幸福を追求する清廉潔白な宗教団体であり、入信しないと不幸が訪れるとか、ひどい時には地獄に落ちる等と言って来ることがあります。

私も子供の頃、父が死んだ時、学会員の人が3...続きを読む

Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで...続きを読む

Q公明党、創価学会の天皇観

前からずっと疑問に思ってきたのですが日本最大の宗教団体である創価学会とそこから送りこまれた公明党ですが国政では野党から現在与党に入り国政を担っていますがこの政党、団体は例えば反共産党等は現在も色濃く出ていると思います 気になったのが天皇についてです、創価学会の池田大作名誉会長や公明党は天皇に対してはどのような意見、感情を持っているのでしょうか?

Aベストアンサー

創価学会壮年部の者です。
私は「池田名誉会長」でも「公明党議員」でもありませんので、名誉会長はじめ一人一人がどの様な意見・感情を持っているのかは分かりませんが、、、

小説「人間革命 第2巻」には、池田名誉会長が創価学会に入信になるきっかけの「座談会」の様子が書かれています。その中で戸田会長は池田青年の

「天皇をどうお考えですか?」という質問に対して、、、、

「仏法からみて天皇や天皇制の問題は特に規定すべきことではない。代々つづいてきた日本の天皇家としての存在を破壊する必要もないし、だからといって、特別に扱う必要もない。天皇も、仏様から見るならば同じ人間です。凡夫です。具体的に言うなら、今日、天皇の存在は日本民族の幸、不幸にとって、それほど重要な要因ではない。時代は大きく転換してしまっている。こんどの新憲法を見てもわかるように、主権在民となって、天皇は象徴という立場になっているが、私はそれで良いと思っている。」という回答をされています。

天皇であれ、天皇家の人々であれ、要は「一人の人間」の枠を超えてはいないのです。
当たり前の話ですが、人間を超えていたらそれこそ大変な話ですよねぇ。

創価学会壮年部の者です。
私は「池田名誉会長」でも「公明党議員」でもありませんので、名誉会長はじめ一人一人がどの様な意見・感情を持っているのかは分かりませんが、、、

小説「人間革命 第2巻」には、池田名誉会長が創価学会に入信になるきっかけの「座談会」の様子が書かれています。その中で戸田会長は池田青年の

「天皇をどうお考えですか?」という質問に対して、、、、

「仏法からみて天皇や天皇制の問題は特に規定すべきことではない。代々つづいてきた日本の天皇家としての存在を破壊する...続きを読む

Q創価学会の断り方

こんにちは、私の近所は創価学会の人が多いのですがココの所ずっと学会の青年部?の人が「集まりがあるので行きませんか!」とか「幹部会があるので~」とか「衛星中継があるので一緒に~」としつこく誘ってきます。
誘いの時は断れば良いだけですが下手したら一時間延々に「信心すればどんな夢でもかないます」とか「御本尊様は~」などと気持ち悪い位熱心に話をしてきます。
私からしたら興味の無い話しを1時間も聞かされるのは気持ち悪くてたまりません。
からと言ってご近所付き合いもあるので下手にキツク断れません。
この様な場合どの様に断ればよいのでしょうか?
ちなみに「キリスト教なので」と適当に答えましたが無意味でした。。。涙

Aベストアンサー

ご心痛お察しします・・・大変ですね~~~

うちの親も昔とてもしつこく勧誘され、ご近所というだけでなく
もうちょっと込み入った人間関係があったために
とうとう創価学会に入会しました。

入会したらしたで、大変なんですよね。
やっぱり普通の人達がただ仕事(選挙と勧誘)させられる為だけに集まってるだけですから
いじめがあったり、陰口があったり、オカルトめいた話があったり・・・。
絶対入会しないほうがいいですよ。

さて、断り方ですが。
相手はあなたが迷惑がっていることは承知のことと思います。
それでも「いやな顔されたぐらいで負けるな」との指導がありますから
少々断ったぐらいでは、何度も来るでしょう。
その時に、しょうがないかーとか、このぐらいとか、お付き合いだし・・・
と考えて交流を続けていると、相手の要求は際限があるりませんから
いつまでも心苦しい思いをすることになります。

この際、相手は非常識な人なのですから真っ当なお付き合いは諦めて
全て断っていくしかないです。本当に付き合ってたらキリが無いですよ。

言い訳を考えて「忙しい」「体調が悪い」と言うのも手ですが
こういうのは、すぐにねた切れになりますし、嘘を付く訳ですから
こちらの精神衛生上もよくないです。

やっぱり、誘われるたびに「興味がありません」
「(あなたの信仰を否定するつもりはありませんが)宗教を変えるつもりはありません」というしかないですね。

私は「興味がない」で押し通しました。
私を集会に誘ってくる人はいい人ではあったんですが
しつこいのが難点でした。
とにかく断って、部屋に入ってしまうことです。
さすがに部屋まで追っかけてはこないでしょうから・・・。
(追っかけて入らないでと言うのに入ってきたら、警察に電話ですね)

何かにつけ理由をつけて誘ってくるかもしれませんが
用心することです。
(本を貸してあげると言われて付いていったら、集会ということもありました)

いい人でいると詐欺やタカリ等、世の中人を食い物にする人が沢山いますから
感情的にならずに、しかし毅然と断るべきだと思います。
大変でしょうけど、非常識なのはあちらですから、がんばってください。

ご心痛お察しします・・・大変ですね~~~

うちの親も昔とてもしつこく勧誘され、ご近所というだけでなく
もうちょっと込み入った人間関係があったために
とうとう創価学会に入会しました。

入会したらしたで、大変なんですよね。
やっぱり普通の人達がただ仕事(選挙と勧誘)させられる為だけに集まってるだけですから
いじめがあったり、陰口があったり、オカルトめいた話があったり・・・。
絶対入会しないほうがいいですよ。

さて、断り方ですが。
相手はあなたが迷惑がっていることは承知の...続きを読む


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