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短歌
 
やわらかに 柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに  
の意味(口語での)を教えて下さい 
大まかな背景も教えて頂ければ幸いですm(__)m

A 回答 (1件)

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この回答へのお礼

ありがとうございますm(__)m
 
他のサイトを探してませんでした本当にありがとうございました
     m(__)m

お礼日時:2010/12/26 13:16

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Qテスト直前なのに、短歌の区切れがわかりません………。

短歌の句切れ、どのように見分けたらよいのかがわかりません。
感動の助詞(けりなど)がなかったら『句切れなし』なのでしょうか?

以下の句の句切れ、自分で考えても理解できず、家族や友人に聞いてもわからないと言う返事しか返ってこなく、
ネットで調べてもよくわからないので困っています。
どうぞよろしくお願いします。

・防人に 行くはたが背と 問ふ人を 見るがともしさ 物思もせず(防人歌)
・多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの児の ここだかなしき(東歌)
・君待つと 吾が恋ひをれば 我がやどの すだれ動かし 秋の風吹く(額田王)
・近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ(柿本人麻呂)
・うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思えば(大伴家持)

すべて万葉集で、とても一般的な句なのだそうですが、よくわかりません。どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「句切れ」とは、和歌や俳句において、意味の上でいったん切れるところです。
以下のような場合があります。

1、切れ字のあるところ。
「切れ字」は、「や」「かな」「けり」など。俳句の項目で調べると分かります。でも、松尾芭蕉は「全て切れ字」とも言っていて、本質的には奥の深いもので、一概に「これが切れ字」とは言えません
↑「けり」は「詠嘆の助動詞」です(「助詞」ではない)。

2、係り結びの結んであるところ。
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結ぶ。

3、終止形や命令形で言い切っているところ。

4、体言止めで言い切っているところ。
ただし、体言で句が終わっていても、そこへ「を」「に」などの助詞を補ってあとの句へ意味がつながるような場合は、ここを句切れとは考えません。

5、倒置法のあるところ。

6、呼び掛け法のあるところ。

韻文の場合、芸術的に感心できませんが、一応、「解釈(分かりやすい現代語に訳す)」をしてみると、句切れも分かるかと思います。

*防人に・・・
あの九州の警備兵として徴兵されていくのは誰の旦那さんかしらね、と訊く人を、見ることのうらやましさと言ったらないよ。なんの悩み事もなくて(あの防人は私の夫なのだよ、私には危険な国境に夫を送り出すという悩みがあるのだ)。
→「ともしさ」が体言止めで、意味的に倒置法なので四句切れです。

*多摩川に・・・
多摩川に晒して作る布を見ていた。その「さらす」という音でふと思い出したが、さらにさらにどうしてあの子がこんなに恋しいのだろうか。
→「多摩川にさらす手作り」までは、「さらさらに」を導くための「序詞(じょことば)」で、和歌の解釈としては内容的な意味はなく、「手作り」は体言止めで、二句切れです。

*君待つと・・・
恋人のあなたの訪れを待って私があなたを恋い慕っていると、私の家の簾を動かして、あなたの代わりに秋の風が訪れ、あなたはまだ来ないのだった。
→順当な流れのうちに結句まで言い切っている歌で、句切れなし。ちなみに、古今集以降だと、「秋風」を「飽き」との掛詞(かけことば)と考えて、恋人の訪れがないのを、恋人とが自分に「飽き」たからだ、と、別れや失恋を暗示するのですが、万葉集だとそこまで読むのは深読みと考えられるでしょう。単に季節がほんとに秋だっただけ。女心の寂しさは詠み込まれているけど。

*近江の海・・・
琵琶湖に夕方立つさざ波に群れ遊んでいる千鳥たちよ、お前が鳴くと、私はひどくしみじみと悲しくなって、昔のことが偲ばれてならないよ。
→「夕波千鳥」を呼び掛け法と考えても、単なる体言止めと考えても、いずれにせよ二句切れ。

*うらうらに・・・
うららかに照っている春の陽射しに雲雀が空高く舞い上がり、私の心はいっそう悲しいなあ。一人ぼっちで物思いに耽っているので。
→「心悲しも」の「も」は、上代特有の助詞で、詠嘆を表すので、ここで切れて四句切れ。春の憂愁(メランコリー)を詠い、万葉集としてはかなり進んだ、中古的美意識をもって詠んだ歌。雲雀の楽しそうなさえずりと、自分の憂鬱な物思いとの対比。

万葉集の和歌には、二句や四句の偶数で句切れのある歌が多いのです。
五七/五七/七
と「五七」のリズムが強調されるので、「五七調」と呼ばれます。
(古今集以降の和歌は、初句や三句の奇数句で句切れのある歌が多く、五/七五/七七と「七五」のリズムが強調されて、「七五調」と呼ばれます)
五七調の和歌は、五音という軽い上半身を、七音という重い下半身でしっかりと支えるので、歌体が安定し、堂々とした力強い響きをもたらします。
七五調の和歌は、反対に、七音という重い上半身が、五音という軽い下半身の上に乗っかる格好になるので、歌体はふらつき、なよなよとした流麗な流れの良い歌になります。

「句切れ」とは、和歌や俳句において、意味の上でいったん切れるところです。
以下のような場合があります。

1、切れ字のあるところ。
「切れ字」は、「や」「かな」「けり」など。俳句の項目で調べると分かります。でも、松尾芭蕉は「全て切れ字」とも言っていて、本質的には奥の深いもので、一概に「これが切れ字」とは言えません
↑「けり」は「詠嘆の助動詞」です(「助詞」ではない)。

2、係り結びの結んであるところ。
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結ぶ...続きを読む

Q中2女子です。急いでます。石川啄木の詩についてで、よく分からず困ってます。

石川啄木の詩の
 (ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく)
の表現技法を教えてください。インターネットで私なりに調べて見たのですが、よく分かりませんでした。回答お願いします。

Aベストアンサー

 「急いでます」とのことですが、今頃はもう授業の最中で間に合わなかったかな。

 まず啄木のこの作品は「短歌」です。
 広い意味では、短歌も詩の中の1つの特殊な種類ですが、一般的には(入試などにおいても)普通の「詩」とは区別します。
 普通は「詩・短歌・俳句」というように異なる3つの種類として扱うのです。

 したがって、普通の場合に短歌を「詩」と呼ぶと、犬も動物に含まれるということで、「かわいい犬ですね」というところを「かわいい動物ですね」と言っているような感じがします。

 啄木の場合は(狭い意味での)詩も書いているので、中学生で「石川啄木の詩」をお読みになっているということで、いったいどんな「詩」かとても興味があったのですが、そうか短歌たったのか、という感じです。「ふるさとの」の短歌なら、非常によく取り上げられる教材ですね。

 短歌は「五・七・五・七・七」の5つのまとまりからなる31音でできた「詩」です。 ちなみに「俳句」は「五・七・五」の17音からなります。
 啄木のこの作品は決して「俳句」ではありませんので気を付けてください。

 「ひとごみのなかに」は本来7音の部分が8音ですから、「字余り」です。
 「破調」ではありますが、音数が少ない「字足らず」と区別する意味で「字余り」というのがよいと思います。

 短歌・俳句では、音数が制限されるので短くするために、わかりきったことは省略します。この歌でもたとえば主語は省略されていますが、短歌ではごく当たり前のことなので、特に注目すべき場合以外は「この短歌には省略法が用いられている」とはわざわざ言いません。この短歌でもわざわざ「表現技法」として取り上げるほどではないと思います。

 一首を言葉を補って現代語にすると、

 (わたしは)ふるさとの訛(が)なつかしい。(だから、わたしは)停車場の人ごみの中に、それを聞きに行く。

といったところでしょうか。

 したがって倒置になっている箇所はないと思います。

 「なつかし」は「文語(古語)」のシク活用(←高校で習います)の形容詞の終止形です。
 〔主語を表す〕格助詞の「が」は文語では省略されるというか、元々用いないことが多いのですが、ここも「訛」のあとに(対象を示す)「が」があると考えるとよいでしょう。
 「そを」の「そ」は「それ」に当たる文語(古語)です。「こ」(=これ)、「か」(=あれ)といった語も文語では使われます。

 上の現代語で「なつかしい。」としたように、「なつかし」のところで意味が切れて文の終わりになります。したがって「句切れ」は「二句切れ」です。

 「急いでます」とのことですが、今頃はもう授業の最中で間に合わなかったかな。

 まず啄木のこの作品は「短歌」です。
 広い意味では、短歌も詩の中の1つの特殊な種類ですが、一般的には(入試などにおいても)普通の「詩」とは区別します。
 普通は「詩・短歌・俳句」というように異なる3つの種類として扱うのです。

 したがって、普通の場合に短歌を「詩」と呼ぶと、犬も動物に含まれるということで、「かわいい犬ですね」というところを「かわいい動物ですね」と言っているような感じがします。
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Q日本の短歌

公務員試験の問題で与えられた短歌の作者を答える場面が出てきまして、答えはわかっているんですが、短歌の意味が気になっています。

のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳ねの母は死にたまふなり:斉藤茂吉

やはらかに柳あをめる
北上の岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに:石川啄木

幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく:若山牧水

邑山の松の木むらに、日はあたり ひそけきかもよ。旅びとの墓:折口信夫

よろしければ教えていただけないでしょうか。

Aベストアンサー

・斎藤茂吉『赤光』のなかの『死にたまふ母』にある短歌
一つ。「母の死」を見た彼のまなざしは、「母の死」を即物的な現象としか「知覚」していない。「のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて」という描写には、カメラのレンズが捉えるような瞬間しかない。その瞬間は、主観的な意味付け、つまり「知覚」に伴う「記憶」の主観的な選別を排除する。それは、単なる現実的瞬間である。彼の中にあった「母」という存在の「持続」は、「母の死」という「経験」不可能な「知覚」によって途切れてしまう。この「途切れ」こそが、「のど赤き…」という瞬間に露呈している。ここでは彼は、「母の死」の現実的瞬間に継起した、「経験」不可能な「知覚」に直面しているのだ。

・石川啄木
人間だれもが抱く望郷の情を歌ったもの
やわらかく柳の芽が青く色づいた北上川の岸辺が目に見えるようだ。いかにも思郷の涙をさそうかのようにという意味。
・若山牧水
寂しさが尽き果てる所にある、「安息の地」を求めて、旅を続ける牧水。空と海の一面の青色に染まることなく、凛として際立って漂う白鳥に、作者の憧憬の念を読み取ることができそうです。そうして、旅先で目にする物事に触発されながら、魂の赴くまま今日も旅をする

・折口信夫
村の近くにある山の松の木立に日の光が差し込んで、そこを明るく照らし出している。ひっそりと遙かな感じのたたずまいを見せる旅人の墓よ。

・斎藤茂吉『赤光』のなかの『死にたまふ母』にある短歌
一つ。「母の死」を見た彼のまなざしは、「母の死」を即物的な現象としか「知覚」していない。「のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて」という描写には、カメラのレンズが捉えるような瞬間しかない。その瞬間は、主観的な意味付け、つまり「知覚」に伴う「記憶」の主観的な選別を排除する。それは、単なる現実的瞬間である。彼の中にあった「母」という存在の「持続」は、「母の死」という「経験」不可能な「知覚」によって途切れてしまう。この「途切れ」こそが...続きを読む

Q石川啄木の「ふるさとの歌」について

中学の教科書に
「馬鈴薯のうす紫の花に降る 雨を思へり 都の雨に」
という石川啄木の短歌がでてきました。
父にそれを解釈してもらったところ、
下記の様なものになりました。

時代背景も有り、大多数の人間が馬鈴薯の花を見た体験もあり、
決して恵まれた環境ではない都会に出て雨に打たれたときに
この詩を見たときに、自分の体験と重ね合わせると言う事が
技術としての短歌だとしたらいわゆる「つかみ」が上手だという
ただこれだけなんですか?下敷き山藤章二の俳句の手練を思う。

Aベストアンサー

 
  何を質問されているのかよく分からないのですが、このうたの鑑賞を試みたいということでしょうか。
 
  >「馬鈴薯のうす紫の花に降る 雨を思へり 都の雨に」
 
  まず、馬鈴薯(じゃがいも)は、啄木の当時でも、すでに日本全国に出回っていたかも知れませんが、その「花」を見たことのある人というのは、あまりいなかったはずです。仮に、「黄金の稲の穂の……」だったら、一応、日本人の多くの人が見て知っていたでしょう。しかし、馬鈴薯の花は、特殊なものです。それは、馬鈴薯を栽培している地域の人か、それに関連する人しか知らないでしょう。
 
  だから、このうたの最初「馬鈴薯のうす紫の花」と読むと、「馬鈴薯」はともかく、「うす紫の花」はロマンティックで美しいと思います。それが馬鈴薯の花だとすると、珍しさもあって、異郷趣味的な美しさもあるでしょう。
 
  しかし、うたを読むと、明らかに、「馬鈴薯の花」と「都会」が対比的に出されています。馬鈴薯は、北海道か東北でしか栽培していないはずですが、それを知らなくとも、多くの人は、どこか異郷・田舎に咲く馬鈴薯のうす紫の花と、「都会」が対比されているということは分かります。
 
  「馬鈴薯」が何となくやぼったいですが、反対にこれが、土着の世界、田舎の郷愁、都会に対比された、「重みとしての感慨」を読み手に伝えるのです。どういう感慨かというと、「都会」に対比される、おそらく「田舎の故郷」への「郷愁」です。都会に住んでいて、雨が降るのを見て、あるいは経験して、ふと思い起こすのが、「馬鈴薯のうす紫の花に降っていた故郷の雨」であるというのです。
 
  これは、「美しく哀しみのある郷愁のうた」です。啄木の人生を知らなくとも、そういううたに読めますし、「悲しみのある郷愁の美しさ」が伝わって来ます。馬鈴薯の花を実際に知っている人に向けて書いているのか、知らない人に向けて書いているのか、知りませんし、どうでもよいのですが、少なくとも、圧倒的に多くの人は、見たことがないはずです。そのことは啄木も知っていたはずです。
 
  馬鈴薯という、どこかやぼったい物象と、うす紫の花というロマンティックで美しい物象の対比、そして、田舎である故郷に降る雨と、都会に降る雨の対比、この時、非常に美しく切なく、ロマンティックに、都会に住んで感じた故郷への「郷愁」の思いがうたに結晶化されていると云えるでしょう。
 
  参考URLに少し背景が記されていますが、そういう背景を知らなくとも、十分美しい、哀切な郷愁のうたです。
 

参考URL:http://www.bellmark.or.jp/column/010626.htm

 
  何を質問されているのかよく分からないのですが、このうたの鑑賞を試みたいということでしょうか。
 
  >「馬鈴薯のうす紫の花に降る 雨を思へり 都の雨に」
 
  まず、馬鈴薯(じゃがいも)は、啄木の当時でも、すでに日本全国に出回っていたかも知れませんが、その「花」を見たことのある人というのは、あまりいなかったはずです。仮に、「黄金の稲の穂の……」だったら、一応、日本人の多くの人が見て知っていたでしょう。しかし、馬鈴薯の花は、特殊なものです。それは、馬鈴薯を栽培して...続きを読む

Q石川啄木はどうしてふるさとを追われたのか?

啄木の歌、
 石をもて追はるるごとく
 ふるさとを出でしかなしみ
 消ゆる時なし

どうして石で追われるようにふるさとを出たのでしょうか?
なにか悪いことでもしたのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

決定的だったのは、父親の起こした不祥事だったと思います。
啄木の父、一禎は、故郷の渋民村で寺の住職をしていましたが、宗費滞納事件を起こし、寺を追われました。
啄木はその後も渋民村で代用教員をしていますが、その間も父の事件は村の大問題としてくすぶり続けます。そして、ついには父が家出をし、啄木の一家は離散状態になります。
啄木は、中学(旧制)時代にも学校で問題を起こして退学になったり、代用教員の直接の辞任理由もスト騒動だったり(ともに思想的な背景とともに、啄木の性格にも原因があったがあった)というように、父の問題以外にもいろいろな問題を起こしていますが、「石をもて追は」れたとまでいうほど、最も心に引っかかっていたのは、父親の問題であったと思います。


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