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A 回答 (14件中1~10件)

簡単に「時間の~」と問いを始められてますが、科学(原理)的には


「時間」性の本質は1つのものではなくなっています。
物理的には、反応前後の逆転であるし、現象的にはエントロピーの
増大だし、認識論的には意識だし、宇宙論的には宇宙の膨張でもある。
どの「時間」をお考えですか?

「時間」についての問いは、たいがいそうした『時間』の何を問うて
いるのかを明確にせずに、質問の確定まで回答者に丸投げして
しまっている、まともに答えることは不可能なものなのだ。
要するに、「何だか分からないものが、どのようなものか分からない」
という、正しく答えるのには長い道筋が必要な問いなのだ。

量子的観点から、時間と空間の関係について、「無の潜在としての
認識可能性の“断面”の移動=自我仮説(記憶=時間)に対する、
相補的な時空仮説(予測=空間)の発生」と端的に言ったところで、
現象的時間を意識している質問者には意味不明で、たとえば;

1.時間の不可逆性は、一般的(統計力学的)には「エントロピー増大」とされるが、微視的(本質的)にまで通用する不可逆現象としては、宇宙の膨張=不確定性(h)で相殺すべき空間の増大=不確定性の収束(cの減少)。
即ち各時点で、原理的レベルで異なる定数によって成る=異なる認識可能性を一つの軸(自我同一性)にするところに、時間性は依拠している。

2.全ての環境認識は、認識体の感受表面における量子相互作用(光だけでなく、音や触覚のような運動量の交換や、味覚や嗅覚のような化合物の反応も、最終的には量子相互作用であり、その“向こう”にある媒質の違いに過ぎない)である。
そこにおける、光や音のような情報性(先行感覚)に対して、触覚や味覚のような実体的感覚の蓄積を相関させる、即ち経験(時間的記憶)による予測(空間的広がり)として、時空は生じている。

3.存在の実態において、現象表面的には静止していても、細胞レベルでは新陳代謝し、分子は振動し、原子レベルでは回転し、という具合に、現象階層性を遡るほどに、より高速で運動しており、スーパーストリングやM理論といった“究極の理論”においては、量子相互作用=光速に至っている。
光速で運動する物体は時間が経過しないという事からいえば、宇宙の発生は階層現象表面性に付随して派生するものであり、原理的には宇宙の果てのビッグバンの壁と“瞬間相互作用”でつながっている=現象表面的時空仮説に対する“光の風(量子相互作用)”=認識可能性における無の射影として、存在性は発生している。

4.無の無限性(確率的存在を無限に詰め込むと、存在確率の山が平坦になって無と等価)の潜在としての認識可能性の仮説的移動の相殺としての量子相互作用=光速に対して、その時空仮説における階層現象表面的に生じる非光速性の、超光速(エネルギーが虚数になる=相互作用(自乗)においてマイナス=時間軸逆行と等価)領域を過去とし、光速以下を未来として、「自己(現在=光速)からの過去(超光速)と未来(光速下)の対発生」という構造が成り立つ。

5.過去(経験)による未来(予測)による仮想的現在において存在性が生じる時、その超光速(光速下と超光速領域を分ける認識体はブラックホールと相同)における時空軸の転換において、仮想的延長において直交基底をなす時間軸(過去の経験)と空間軸(未来の予想としての空間的広がり)は同一軸であり、即ち、存在性の本質をなす不確定性原理における二対の相補性、「位置(S)と運動量(位置の時間的変化St)」「時点(T)と質量(時間的相対運動Ts)」は、本質において同一軸であって「相補的」ではなく、仮説的相補分化における仮想的現在への延長において生じているということだ。

6.こうした条件を認識した上で、相対性理論の規定する四次元時空の方程式を見ると、時間項がマイナスになっていて、時間軸と空間軸の等距離点に“ライトコーン(量子相互作用)=0の広がり”、という界面原点が生じることも納得できる。
時間軸は、自我仮説性が持ち込んだ“余分な軸”であり、それによって生じた時空仮説に対して、相対性理論における光速限界や量子力学における相補的不確定性は、無の射影としての補完的なものなのだ。
原理的に無であるとは分からないことが、有限性を生じている=存在の本質なのだ。

基本的な内容だけでも、こうした認識論から素粒子論までの幅広い(それも等価性による再解釈を伴う)理解が必要であり、「時間」についての問いは、それを行う者を選ぶ、と言えよう。
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この回答へのお礼

降参#

というわけで進む道さがします
今ドコ3
#ルドルフとイッパイアッテナ
#ルドルフといくねこくるねこ
#ルドルフともだちひとりだち
重ねて謝
絨毯爆撃謝
謝謝謝謝謝謝
1どこいけばいいんでしょうか1

お礼日時:2011/03/30 20:27

 「時間」を科学しようという人がいて、また感覚で掴もうとする人がいる。


 私は学がないので感覚派。

 科学的に解明するのは手遅れでも、感覚的にとらえるのならまだ間に合うかも。
 「時間の対義語は何」なんて着想は私なんかには思いつきません。
 だから私にとっても新鮮な疑問ともなり、そして考え、自分の言葉で表現してみようと思ったわけです。

 でも使いたい言葉は身に付けねばならず、また「思索」も言葉に由らざるを得ないので、漠然とではありますが初心者レベルでの知識は学んでいます。

 その感覚でとらえる「時間」は解答No.3さんの考えに近いかも。

 感覚は動物としての本能が元にあるように思いますが、理性は人間にのみ備わった能力であり、動物としての本能とは質が違うように思います。

 という事は、理性的に受け止められたとしても、動物的本能から生まれる感覚的理解がもたらす“心の安定”を得るのは難しいのではないでしょうか。

 理屈の世界は“理屈の攻防”という世界を生み出してしまうから。
 それは、精神が安定しないという事の現れ。

 ☆ 感覚でトライしてみましょう。

 

 

 

 

 

 
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この回答へのお礼

SHA 謝 
驚いたことに回答番号#3さんの内容も理解に至りません 
感覚で取り扱えるようになれますかね
謝印加

お礼日時:2011/04/01 11:10

 だって、時間が、なかったならどうやって我々は存在するんですか?


 空間だってそうです。
 この宇宙が存在するという事は、時の流れと共に。

 時と云うものがないという事は、言葉に置き換えれば“一瞬”
 その一瞬に、どうやって宇宙が存在できるのでしょうか。

 存在とは時間と共に、と、考えてみませんか。
 存在=継続、あるいは時間の流れ、その流れそのものが無を有にする。
 
 時間が有るという事は、物事の現象の現れ。
 時間が無いという事は、物事の現象も無い。

 時間の対義語は、時間が無い、という事。
 だから、時間の対義語は無。

 回答ナンバー5の「あ」は、その一瞬を表現したもの。

 

 
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この回答へのお礼

わたくしの能力では納得にいたりません
#4のpsytexさんの回答によると考えるのは手遅れな気も
とことん突き詰めて取り組むべきでした三才から
んで
いまはどうすればよいですか

お礼日時:2011/04/01 07:52

#11の木造米虫さんへ



>なんでも機械のディジタル表示をそのまま報道すりゃあ良いってもんじゃないね。

そう言えば昔の卓上コンピューターのマッキントッシュの仕様に、この機械は3,333m以上の高度では使わないようにとか何とか書いてあった記憶がある。3,334mじゃあ駄目なんだそうだ。どうしてそうかと言う、1万フィート以上は駄目だと言う文章を翻訳したらしい。1万フィートが何メートルかどうかあたしにゃ知んから上の数字は間違ってるかも知らんが、ディジタル表示をそのまま報道すりゃあ良いってもんじゃないちゅうことを皆さんに納得してもらえる例にはなるんだろうね。
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この回答へのお礼

元気ですか

お礼日時:2011/03/31 17:39

>オーダー・エスティメイション(桁数評価)という専門語で呼んでんだから。



これは良いですね。物理学者以外にもこの考え方を普及せななりませんね。

今回の原発事故で、日本各地の環境放射線の測定値が発表されているのですが、これが酷いんです。有効数字4ケタなんて必要ないのに、マイクロシーベルトの単位で、小数点以下4桁表示してどうするねん。市民が知っておく必要があるのは、マイクロシーベルト単位であればオーダーだけで十分でしょうが。もっと、難癖付けさせてもらえば、測定器毎の誤差検定なんてやってんのかい?

情報開示は必要なことですが、なんでも機械のディジタル表示をそのまま報道すりゃあ良いってもんじゃないね。
人間系のインテリジェンスってものを欠いている。

学生時代にテキサスインスツルメントから関数電卓が出ていたが、とても買えなかったから、計算尺を使ったね。最後の計算尺世代で、今や絶滅危惧種だ。計算尺を使ったおかげで、世の中は対数目盛で成り立っているちゅうことが感覚的に判った。今の子供達は、計算尺を使う必要が無いので、ディジタル目盛が真実を表していると誤解しちゃうんだろうね。

いつぞや、日本人は科学的リテラシーが高いと言った記憶があるが、一部訂正させてもらいます。
日本のマスコミを除いて、日本人は科学的リテラシーが高い。
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この回答へのお礼

良い文章かとおもいます

お礼日時:2011/03/31 17:38

時間の対義語は何



○ 割と難しい設問ですね。結論から先に言えば時間の対義語は「静止」でしょうかね。
時間を考える上で、理解のために用いる例えは、映画館の例ですね。
スクリーンの中の主人公たちとそれを見る観客。映写機を回す技術者。スクリーンの中の主人公は自由に動き回りスクリーンという時空のなかで生きていますね。時間とは、空間とは、人生とは、と考え、喜怒哀楽があり人生の全てがスクリーンの中ありますね。スクリーンの中では時間と空間は不可分の存在ですね。
さて、それを観ている観客はスクリーンを見て泣き笑いをしていますね。でも映写機が止まれば静止画ですね。主人公は止まったまま。これで終りとなれば真っ暗。スクリーン内の時空も何も失せてしまいますね。
つまり、時間とは映写機が回っているということですね。空間とは光がスクリーンに投影されているということですね。このように時間と空間は独立事象なんですね。
そういう意味で時間の対義語は「静止」というわけです。これはスクリーンの中の主人公たちにはわからないようになっていますね。スクリーンの中から一歩でて観客席に座った者しか判らないのですね。
スクリーンの中の主人公たちがどのようにスクリーンの中の世界を語ろうとも、理論だてようとも所詮、スクリーンの中の話でしかないのですね。
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この回答へのお礼


#4のpsytexさんがすごいお答えなのでわたくしは考えることを放棄することも含めて思案中です
静止ですね
広辞苑第六版で時間を瞬間視しました
LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH THIRD EDITION で TIME を調べようとしてくじけました
身の丈にあった生き方をおしえて下さい

お礼日時:2011/03/31 17:36

#8の木造米虫さんへ



>物理学の上級の免状をもらったからって良い家が建つわけでもないが

あんたどこまでもズジズシと本質を突いて来るね。その通りだ。物理屋は物なんて作ることにさらさら興味がない。だから、物理屋に家なんて建てさせちゃ駄目だよ。物理屋は何時も桁数だけで考えているんだ。だから、一間は約1.8mなんて考えない。一間は1mのオーダー(桁数)であり、10mのオーダーでもなく、0.1mのオーダーでもないと考えられるようにならなくちゃ一人前の物理屋じゃない。だから物理屋にとっては1mも2m同じ長さだ。そんなもんに家なんか作らせたら、まあ想像が付くだろう。だから、物理屋には決して金勘定はさせないようにしておくんなさいよ。

余談だが、そんな桁数計算が上手いってんで、あんたの他の所の質問にも出ていたフェルミ推定ってのが言葉になってんだね。でも、この言葉は物理屋には馴染みがない素人言葉だと思うよ。こんな計算法はフェルミなんかが出て来るずっと前から物理屋では、オーダー・エスティメイション(桁数評価)という専門語で呼んでんだから。

も一つ蛇足だが。

>2.物理学方面ってのはえらく難しい言葉を使うねぇ。

あんたも知っての通り、難しい言葉を使ってるから話しが簡単に解るようになってんだね。あんただって、あちらじゃガキでも解るフランス語が難しくて物になんなかったって言ってたじゃんか。
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この回答へのお礼

ぷりん
なんだかよくわかりません
ぷりん

お礼日時:2011/03/31 17:27

#2です。



>「名前はまだない」は間違いだが、木造米虫でえくには物理学の上級編の免状を与えてしんぜまっせえ。

物理学の上級の免状をもらったからって良い家が建つわけでもないが、Cyototu先生のお目に留ったのは嬉しいですよ。

免状拝受の感想:
1.手前が考える程度の事はみな先人が考えちゃってるんだねぇ。
2.物理学方面ってのはえらく難しい言葉を使うねぇ。

ありがとうございました。
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この回答へのお礼

達者で生きてください
-0q
+l3
-5t

お礼日時:2011/03/31 17:25

#2の木造米虫さん



吾輩は「光速/距離」である。名前はまだない。

でかした。やっぱあんたただの大工じゃないね。実はこれには名前があるんじゃよ。「振動数」と言うんじゃ。そして、物理学の専門用語によると、時間に対する「フーリエ共役」な物理量を振動数と言うんじゃ。「共役」とはある意味での「逆」と言うことを正確にしたものなんじゃ。また、位置、すなわち空間にフーリエ共役な物理量を波数と呼んでおる。互いにフーリエ共役な量同士を掛けると、1、即ち物理的次元を持たない無次元量になるんじゃ。人によっては、2πと言う無次元量にすることも在る。

その掛け算に物理的な次元を持たせて、それが丁度「作用変数」と同じ物理的な次元を持たせるように互いに共役、即ち逆な関係を持たせるように、振動数に作用変数を掛けたものを「エネルギー」と呼び、波数に作用変数を掛けたものを「運動量」と呼んでいる。そして、その場合の共役量のことを、物理学では「正準共役量」と呼んでいる。

この作用変数の大きさは何でも良いんだが、それを特別にプランク常数と呼ばれる作用変数に限ることにすると、それが量子力学を導き出すんじゃ。

だから、「名前はまだない」は間違いだが、木造米虫でえくには物理学の上級編の免状を与えてしんぜまっせえ。
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この回答へのお礼


理解できませんでした!

お礼日時:2011/03/31 17:17

 “時間”の対義語は“無”



 “時間”は“存在”の必須条件
 在る、という事は継続。
 その“継続”とは時間。
 
 “存在”は“時間”と共に。

 時間が“無”であることを“一瞬”と表現した場合、その“一瞬”に“物”は存在できず。
 だから、一瞬は“物”としては“無”

 一秒でも、時間があれば、その一秒間だけ“存在”と云うものは“在る”

 時間=存在、あるいは現象。
 
 時間の反対語は、無。

 
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この回答へのお礼


日本語としては分かりやすいですけどなにか溝をかんじます
psytex
さんの回答がずば抜けているのでなんともいえません
謝s

お礼日時:2011/03/31 16:50

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Q価値空間とはどんな空間か

 
価値は一つではなく様々であるとの視点を出発点とします。
そこでまず価値は計ることができるのかと考えてみた。
計ることができるのであれば価値は比較可能なものとなる。
もしも価値が比較可能であるなら、価値には大小関係が成立している訳で、それ故一つの空間を構成すると考えることが出来ましょう。
それはどのような構造の空間なのか。
その空間は何次元なのか。
そして価値を計ることが出来るとすればそれはどのような物差しによって計るのか。
 

 

Aベストアンサー

価値の尺度としてとりあえず
(1)規模(影響力)
(2)稀少性(それをできる人間が何人いるか)
(3)気持ち(誠意の程度)
(4)労力(使ったエネルギーの程度)
(5)犠牲(それにより失ったもの)
みたいなものを考えつきました。
こんな要素から総合的に価値の大きさを客観的に判断できたらいいですね。

Q全ての物事に、意思や意味はあるのか?

最近ずっと疑問に思っている事があります。
人は生まれた時点での性格や、能力、容姿などは、本人の意思など関係なく決まっていますよね?
そして、どうやって成長して行くか?という部分に関しても、両親や、周囲の環境など、赤ん坊に決定する事は出来ません。

こういった事は人以外の生物にも言える事ですし、
全ての物質に関しても同じです。

例えばですがオリンピックの何かの競技で、金メダルを取った人がいるとします。
大抵の人は、その人のは努力家だ、才能を持った人だ、と褒め称えると思いますが、本当にそうでしょうか?
実際努力したのは事実ではあるし、特別な才能を持っているのも確かだとは思いますが、そこに本人の意思はあるのでしょうか?
誰よりも努力したいと思うように生まれ、または、成長過程でそう思えるようになる事。
そのスポーツをどこかで知り、取り組める環境にいる事。(これは、その人の性格に見合った成長できる環境あるかという事です。)
生まれつき、そのスポーツを行うのに適した身体を持っている事。
そういった事に本人の意思など存在しないのでは無いでしょうか?

このように考えると、全ての人や、生物、物事は、ただそうあるべくして、そうあるだけで、意味など無いのでは無いかと思ってしまいました。

個人的には、今の考えに間違いを感じ無いのですが、それだと人生がつまらない物に感じてしまいます。
なので、どなたか私の考え方が論理的に間違っている、と指摘して頂けないでしょうか?
もしくは、他にも筋が通ったこんな考え方があるなど、教えて頂けないでしょうか?

最近ずっと疑問に思っている事があります。
人は生まれた時点での性格や、能力、容姿などは、本人の意思など関係なく決まっていますよね?
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こういった事は人以外の生物にも言える事ですし、
全ての物質に関しても同じです。

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Aベストアンサー

大変興味深く拝読しました。なぜ大変興味深かったのか?というのは、私自身も、かつて、質問者さんとまったく同じことをずっと考えていたから、です。

私は今は40代後半ですが、質問者さんと同じことを初めて考えるようになったのは中学生の時です。もしかすると、質問者さんは、まだ10代の若い方なのかも知れません。

質問者さんの場合は、質問というよりも、ある種の「主張」だと考えます。その主張を、私なりに要約させて頂くと、以下のようになるかと思いますが如何でしょうか?

「各個人が達成できる事柄というものが、生得的な能力、さらにその生得的な能力を生かせるだけの生得的な性質(努力出来る事も含めた性格)および生まれ出でた環境によって決定される以上、各個人が達成できる事柄というものは既に決定してしまっている。そうであるならば、その各個人が何かを達成したとしても、それは既に決定されていた事である以上、なにかを達成するという事柄が人生の目標とはなりえない。それは目標ではなく、”そうであった”というだけの意味あいでしかない。」

と、そういう事ではないでしょうか。

さらに、触れられていないのですが、この世界で非常に重要なファクターとして、「確率論的な偶然性」が存在します。偶然の作用によって、どれだけ優れた資質を持ち、どれだけ優れた環境に置かれ、どれだけ優れた人間性をもっていたとしても、その達成できる事柄にはどうしても限界が生じてしまいます。(逆に、偶然の作用によって、あまり優れた資質がなかったとしても、素晴らしい成果を上げることもあります。)

そうである以上、質問者さんのおっしゃる通り、「ある人、ある物が、その達成できる事柄によって価値が定められるのであれば、その人、その物の存在そのものは、その達成できる、または達成できた価値によって定まるため、そこにはその人、その物の存在自体は関係が無くなってしまう。」という結論になろうかと考えます。

私は40数年生きてきましたが・・・残念ながら、その点に関しては、質問者さんのおっしゃる通りです。私の人生、質問者さんの人生、そういったものを、達成できる価値の観点から考えれば、なんらの意味もないし価値もありません。それは、すべての人、物について、なりたつとしか考えられません。

つまり、「何か価値のあることを行えるかどうかは、本人やその物の存在そのものとはなんらの関係が無いのではないか?」という事については、まさに、その通りです。

ただし、

ただし、だからと言って、「人生がつまらないものとなる」わけではありません。それが、質問者さんと同様の思考を、30年以上してきた私の感想です。質問者さんの意見の前半部分は、その通りと考えますが、結論部分に問題があると考えます。「そのように考えることから、人生がつまらない、という結論は導き出せない」ということです。

私が考えるに、「人生で何を成しえたかによって人生の面白いつまらないが決定する」という考え方ほど、つまらない考え方はありません。なぜなら、何を成しえたとしても、その人にとっては、それは必然であり、その必然が人それぞれ決定されている以上、例えばAさんの成しえた事とBさんの成しえた事を比較したとしても、そこにはAさんの存在そのもの、Bさんの存在そのものの価値など、なんら反映されていないから、です。

そして・・・さらに、一歩、考えを進めてみてください。


質問者さんにしろ、私にしろ、その人が思っているその人自身、言い換えれば、「その人の存在そのもの」などと言うものが、果たして実在しているのでしょうか?

質問者さんが思っている自分自身、私が思っている私自身、そのようなものは・・・所詮は、「幻想」なのでは無いですか?

私がそういう事を考え続けて、さらに最近の神経科学的研究の進歩によって理解できた事、それは、

「私など、所詮は幻想であり、道端に転がっている石のように実在する存在ではない」

という事です。

ではなぜ、そのような幻想が存在するのか?そこを考えて見て下さい。答えはそこにあると、私は考えていますし、私は、私の人生を、思いっきり楽しんでいます。私の人生は、とても興味深いものですし、そして私の周りの人々、世界の人々にとっても、その人生は、とても興味深いものであるだろう、と、そう考えます。

さて、私の書いたものでは納得がいかないでしょうから、以下に参考図書を記載します。興味があれば、ぜひ読んでみて下さい。

「エゴ・トンネル 心の科学と「私という謎」」トーマス・メッツィンガー著 岩波書店

「脳が作る倫理 科学と哲学から道徳の起源にせまる」パトリシア・S・チャーチランド著 化学同人

「The Tell-Tale Brain: A neuroscientist's quest for what makes us human」V.S.Ramachandran著 Norton(邦訳もあります。脳の中の天使、という題名です。)

最後に・・・「科学的に説明して下さい」との点についてですが、申し訳ない事に、「意義」や「価値」を問うこと自体、科学的ではありません。「科学的」とは、「その姿を解明する事」です。自然界には、人間の考えるような、なんらの価値も意義もありません。あるのは、「自然界の姿」だけなのです。

大変興味深く拝読しました。なぜ大変興味深かったのか?というのは、私自身も、かつて、質問者さんとまったく同じことをずっと考えていたから、です。

私は今は40代後半ですが、質問者さんと同じことを初めて考えるようになったのは中学生の時です。もしかすると、質問者さんは、まだ10代の若い方なのかも知れません。

質問者さんの場合は、質問というよりも、ある種の「主張」だと考えます。その主張を、私なりに要約させて頂くと、以下のようになるかと思いますが如何でしょうか?

「各個人が達成できる事柄...続きを読む

Q意志(意思)とモチベーションと行動力について

自分でもなにが疑問なのかハッキリつかめなくいます。

最近私は目標を持っていましても、自分のことを『モチベーションが低い』と思うことがしばしばで、例えば成功者のことを知ると同時に『この人はモチベーションが高い』と思い、その人のメルマガなどを拝見していましても、その人は他の人から『なぜそんなにモチベーションが高いのですか?』という質問を受けているんです。

そういうこともあり私は『やっぱり私はモチベーションが低いんだ』と思い、モチベーションを高くするような工夫をしてみましても、時が経つにつれモチベーションが低くなってしまいます。
目標内容や目標達成を信じる心に問題があるのかもしれないといろいろ考えてみたんですが、いくら考えてもそれは問題がないように感じています。

モチベーションにこだわっている時は、私は意志という言葉とは無縁で、気が向かなければ『明日にしよう』と思い、『私はモチベーションが低いんだ』と自分で思い込みがちだったんですが、そもそも行動力=モチベーションと思い込んでいた私が間違いでなのでしょうか?

簡単に言うと、私は目標に対して行動力、本気度が薄く感じています。
とにかく本気にもなりたいし、行動力を維持したいのですが、なかなかうまくいきませんし、なぜそうなりたいのになれないのか原因がわからずにいます。
最近はモチベーションどうこうよりも意志を使うか使わないか、ただそれだけのことかもしれないと思ってきているのですが、まだモヤモヤが残っています。
モチベーションが高ければ、意思も使いやすいといったらなんですが、多少苦なことであっても、舵取りしやすく、同じ努力でも好きな努力というような感じにもなりますが。
混乱してきました、なにかモチベーションや意思などについてもお聞きしたいです。

自分でもなにが疑問なのかハッキリつかめなくいます。

最近私は目標を持っていましても、自分のことを『モチベーションが低い』と思うことがしばしばで、例えば成功者のことを知ると同時に『この人はモチベーションが高い』と思い、その人のメルマガなどを拝見していましても、その人は他の人から『なぜそんなにモチベーションが高いのですか?』という質問を受けているんです。

そういうこともあり私は『やっぱり私はモチベーションが低いんだ』と思い、モチベーションを高くするような工夫をしてみまして...続きを読む

Aベストアンサー

モチベーション・・・私も低いです。行動力も無いです。
以前は周りの頑張っている人たちを見て、妙に焦りを感じたりしていましたが、人それぞれペースというものがありますから、今では自分のペースでいいやと開き直っています。
最低限やらなければならないことをしたら残りの時間は自分の好きに使えばよいと思いますよ。
(なので、私にとって、働いたり選挙に行ったりすることは免罪符の役割も負っています)

なお、私は
意志=何かをやりとげようとする気持
モチベーション=何かをやりとげるための動機付け
行動力=何かをやりとげる具体的な行動を取る能力・才能
と解釈しております。
大きな動機は自分で恣意的に作るのはなかなか難しいのではないかと思います。

Q「記憶とは時間と空間の横断面である」と言ったのは誰ですか?

ずいぶん前に目にした文章に
「記憶とは時間と空間の横断面である」(←うろ覚え)
というようなことが書いてあったのですが、
誰が言ったものか、正確にはなんと言っていたのか思い出せません。
原文は英語だったかもしれません。
「横断面」という単語は確かに出てきました。
お分かりの方、教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>記憶の変化も時間かなあと思います

なるほど
記憶の変化は何によって起こると思いますか?

Q似たような言葉である ”自由意思” と ”自由意志” とは、(本来)どのような使い分けがあるのですか

似たような言葉である ”自由意思” と ”自由意志” とは、(本来)どのような使い分けがあるのですか?

Aベストアンサー

意思は、自分の考えや思いのことです。例えば次のように使います。

・彼は大学に行く意思はないようだ。

これを簡単に言い換えてみると、彼は大学に行く考えがないらしい。

意志とは、ある行動を「する!」とを決意して、その気持ちをキープしようとする積極的な心の持ち方を意味します。個人の中ではっきりと決定された意向、意図をあらわすものですね。例えば次のように使います。

・彼はなんとしてでも大学に行くという意志を持っている。

これを簡単に言い換えてみると、彼はなんとしてでも大学に行きたいらしい。


例文で見たように、意思は「考え」という言葉で置き換えられるのに対して、意志には「~したい」という強い感情がはいっているのがわかるはずです。

http://manapedia.jp/text/1453


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