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百人一首や古今集などに月が詠まれたものは数多くあるのに、星が詠まれたものは
特に百人一首の中には一首もないのですが、この違いはどうしてなのでしょうか?
私は、日本人は農耕民族なので早く打ちに帰って、星空を見上げることもなかったから
かな、とも思うのですが、もう一つはっきりとしません。
この件についてぜひご意見を聞かせてください。

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A 回答 (5件)

どの程度、和歌に登場する月と星の数が違っているか「二十一代集データベース」で比べてみたところ、「月」は4957件、「星」は70件で月は星の70倍以上でした。



ただし、「星」は「星合」(七夕の夜におりひめ星とひこ星が逢うこと)も含めれば「天体の星」ですが、「月」には「みな月」や「年月」といった「天体の月」以外の歌も少なからず含まれています。

そこで「月影」と「星影」で調べてみたら、409件対0件で「月影」の圧勝、「月の光」「つきのひかり」と「星の光」「ほしのひかり」で調べてみたら「月の光」が31件、「つきのひかり」が46件なのに対して、「星の光」はわずかに3件、「ほしのひかり」も4件で、これでも10倍以上違います。「ほしのひかり」が登場するのは以下の4首で、全部13世紀以降の和歌集の歌でした。

1.新勅撰和歌集(1235年)  
くもりなき 星の光を あふきても あやまたぬ身を 猶そうたかふ 

2.3.風雅和歌集(1346年)  
月や出る 星の光の かはるかな 涼しき風の 夕やみのそら 
月ならぬ 星の光も さやけきは 秋てふ空や なへてすむらん 

4.新千載和歌集(1359年)  
暁の ほしのひかりも ほのかにて 名残をしたふ 朝くらの声 

なおこの月と星が登場する頻度に大差がある理由につきましては、過去の質問の回答が参考になるかと思います。

参考URL:http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4767988.html
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この回答へのお礼

私はまだパソコン初心者なのでデータベースを使いこなすだけの技量がありませんので、ひたすらその結果に驚くのみです。ありがとうございました。
星の歌は、もうひとつ月の付け足しのような扱いのもあり、太陽に対する月の立場がまさに月と星になっているのかな。
参考のURLの情報もありがとうございました。

月をこそ ながめなれしか 星の夜の ふかきあはれを 今宵知りぬる

とても素敵な歌にも出会えました。これはまさに女性の感性ですね。
百人一首の中に入っていてもそん色のない美しい歌だと思うのに、なぜか入ってないのが残念。
月は秋を連想するけど、この星の詩は夏の夜に詠まれたような気がしますが、どうでしょうか。

お礼日時:2011/04/24 22:10

思うままに書いてみます。



万葉集の歌が詠まれた頃には、大陸文化の影響も大きく、星の歌なども、中国の伝説を下味にして詠まれたことでしょう。

しかし、人麻呂の”星の林、月の船”も、星は背景扱いで、あくまで主役は月の船です。月が星の間を漕ぎ渡るのを、切ない思いで見ていた。船は棺のことですので、儚くなってしまった人の面影を月の面に映してみたことでしょう。

時代が下って古今集の頃になると、もののあはれが京のみやこを覆い尽くします。移ろい行くものを美とする心です。ですから、散る花や、欠けてゆく月はことさらに愛されました。春は桜、秋は萩。雨の夜に雨雲の上にあるであろう月を想い、雨月などという言葉もできます。

清少納言が昴に言及していますが、彼女はいわゆる大陸かぶれで、当時の女性としては珍しい、乾いたウィットに満ちていたことは、枕草子を読めば、一目瞭然です。

繰り返しになりますが、日々変化し、人の心をはらはら、どきどきさせる月に比べ、一定不変の星は、日本人の心をつかむことができなかったのでしょう。たまに彗星が現れると、逆に凶兆として大騒ぎになったのはご存知のとおりです。

そういえば、落語に”お星様はいかがじゃ?”とお殿様。”星に様はいりませぬ。”と三太夫。”して、星めらは?”というのがありました。星めらだったのですね。
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この回答へのお礼

ユニークかつシニカルな趣のあるご説ありがとうございました。
なるほど、星は背景扱いでしたか。清少納言が大陸かぶれというのもはぁ、そうだったのかなと笑えました。
乾いたウィットね・・・本当にカラッと突き抜けた感じが私も好きでした。
移ろいゆくものへのあはれから、月への執着が生まれたのですかね。
星もまた季節によって夜空を彩る形が変わるのですけど、クッキリ隈なき月に比べて、星は何やらいつもごちゃごちゃと光っていて関心を引かなかったという見方は説得力がありますね。
確かに、星座に興味を持ち、一つ一つの星座の名前を覚えて初めて像を結んだけど、それまでは天に無数にごちゃごちゃと散らばるチカチカとした光の集まりでしかなかったです。
月を太陽の添え物として見ずに、月だけに特別な思いを寄せた日本人の美意識は光りますね。
満月を狼男の変身のもとにしたのとは全くかけ離れているようですね。
とても面白い想像が広がりました。

お礼日時:2011/04/27 21:35

百人一種にも一首は言っていますよ。



 かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける

ただ、天の川だ星だと直接言っていないだけです。

男の目からのみ詠まれていたかどうかも、何とも言えない歌もあります。前にあげた例で

2044: 天の川霧立ちわたり彦星の楫の音聞こゆ夜の更けゆけば
2047: 天の川川の音清し彦星の秋漕ぐ舟の波のさわきか

なんて如何にも情景描写のような歌でも、

 庭の松虫音(ね)をとめてさえ もしや来たかと胸さわぎ

なんて都々逸を比べると、相通じる物がないとも言えないような深読みも出来ないわけではありません。歌は生き物で、それを聞いている人によっていろいろ感慨が違うんじゃないですか。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
私も、その歌については、かささぎの渡せる橋というのが、宮中の階(きさはじ)の意味ではなくて、
カササギが白鳥座のことで、霜が、夏の大三角の間を流れる天の川を意味しているという説を見たことがあり、それが本当なら、雄大な歌だなあ、しかも星を詠んでいる!と感激したことがあります。
私の知らない多くの詩歌があったことを皆さんに教えていただいて感謝です。
百人一首の中に月の歌の方が多いのは、こうなると単に選者の好みと言うか感性と言うことなのでしょうかね。
金星を夕星(ゆうづつと呼ぶ感性もいいなと思います。

お礼日時:2011/04/24 14:23

万葉集で星に関する和歌(長歌は除く)をあるウエッヴサイトから取ってみました。

天の川も星ですのでそれを入れると大変な数になります。日本人も星空を見上げてたんですね。実はもう十歌ほどあるのですが、字数制限で載せられませんでした。

ただし天の川はどちらと言うと七夕の恋歌ですから、日本人は星を観測する民族と言うよりも恋する民族なんですね。日本人は何でも恋にしちまうようです。では三笠の山の星々をみて私も一首、

 天の川ふりさけみればかすかなるMIKASAの皿に映る星かも

恋と言えばやはり都々逸で

 おろすわさびと恋路の意見 きけば涙が星の数


0161: 北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて
1068: 天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ
1527: 彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし天の川原に霧の立てるは
1544: 彦星の思ひますらむ心より見る我れ苦し夜の更けゆけば
1686: 彦星のかざしの玉は妻恋ひに乱れにけらしこの川の瀬に
2006: 彦星は嘆かす妻に言だにも告げにぞ来つる見れば苦しみ
2010: 夕星も通ふ天道をいつまでか仰ぎて待たむ月人壮士
2040: 彦星と織女と今夜逢ふ天の川門に波立つなゆめ
2044: 天の川霧立ちわたり彦星の楫の音聞こゆ夜の更けゆけば
2047: 天の川川の音清し彦星の秋漕ぐ舟の波のさわきか
2052: この夕降りくる雨は彦星の早漕ぐ舟の櫂の散りかも
2075: 人さへや見継がずあらむ彦星の妻呼ぶ舟の近づき行くを
2076: 天の川瀬を早みかもぬばたまの夜は更けにつつ逢はぬ彦星
2086: 彦星の妻呼ぶ舟の引き綱の絶えむと君を我が思はなくに
2091: 彦星の川瀬を渡るさ小舟のい行きて泊てむ川津し思ほゆ
3657: 年にありて一夜妹に逢ふ彦星も我れにまさりて思ふらめやも


1518: 天の川相向き立ちて我が恋ひし君来ますなり紐解き設けな
1519: 久方の天の川瀬に舟浮けて今夜か君が我がり来まさむ
1522: たぶてにも投げ越しつべき天の川隔てればかもあまたすべなき
1524: 天の川いと川波は立たねどもさもらひかたし近きこの瀬を
1528: 霞立つ天の川原に君待つとい行き帰るに裳の裾濡れぬ
1529: 天の川浮津の波音騒くなり我が待つ君し舟出すらしも
1765: 天の川霧立ちわたる今日今日と我が待つ君し舟出すらしも
1996: 天の川水さへに照る舟泊てて舟なる人は妹と見えきや
1997: 久方の天の川原にぬえ鳥のうら歎げましつすべなきまでに
2000: 天の川安の渡りに舟浮けて秋立つ待つと妹に告げこそ
2001: 大空ゆ通ふ我れすら汝がゆゑに天の川道をなづみてぞ来し
2003: 我が恋ふる丹のほの面わこよひもか天の川原に石枕まかむ
2011: 天の川い向ひ立ちて恋しらに言だに告げむ妻と言ふまでは
2013: 天の川水蔭草の秋風に靡かふ見れば時は来にけり
2015: 我が背子にうら恋ひ居れば天の川夜舟漕ぐなる楫の音聞こゆ
2018: 天の川去年の渡りで移ろへば川瀬を踏むに夜ぞ更けにける
2019: いにしへゆあげてし服も顧みず天の川津に年ぞ経にける
2020: 天の川夜船を漕ぎて明けぬとも逢はむと思ふ夜袖交へずあらむ
2029: 天の川楫の音聞こゆ彦星と織女と今夜逢ふらしも
2030: 秋されば川霧立てる天の川川に向き居て恋ふる夜ぞ多き
2033: 天の川安の川原定而神競者磨待無
2042: しばしばも相見ぬ君を天の川舟出早せよ夜の更けぬ間に
2043: 秋風の清き夕に天の川舟漕ぎ渡る月人壮士
2045: 君が舟今漕ぎ来らし天の川霧立ちわたるこの川の瀬に
2048: 天の川川門に立ちて我が恋ひし君来ますなり紐解き待たむ
2049: 天の川川門に居りて年月を恋ひ来し君に今夜逢へるかも
2053: 天の川八十瀬霧らへり彦星の時待つ舟は今し漕ぐらし
2055: 天の川遠き渡りはなけれども君が舟出は年にこそ待て
2056: 天の川打橋渡せ妹が家道やまず通はむ時待たずとも
2058: 年に装る我が舟漕がむ天の川風は吹くとも波立つなゆめ
2059: 天の川波は立つとも我が舟はいざ漕ぎ出でむ夜の更け
2061: 天の川白波高し我が恋ふる君が舟出は今しすらしも
2062: 機物のまね木持ち行きて天の川打橋渡す君が来むため
2063: 天の川霧立ち上る織女の雲の衣のかへる袖かも
2067: 天の川渡り瀬深み舟浮けて漕ぎ来る君が楫の音聞こゆ
2068: 天の原降り放け見れば天の川霧立ちわたる君は来ぬらし
2069: 天の川瀬ごとに幣をたてまつる心は君を幸く来ませと
2071: 天の川なづさひ渡る君が手もいまだまかねば夜の更けぬらく
2074: 天の川渡り瀬ごとに思ひつつ来しくもしるし逢へらく思へ
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この回答へのお礼

まあ、何と膨大な天の川の歌が存在していたことに驚いています。
調べていただき感謝しています。ありがとうございました。
しかも星の歌もひこぼしのものが結構あるのですね。織女の歌より圧倒的に多いのは詠み手が
男性が多いので、自己を投影しやすかったことにもよるのでしょうか。
また、作者の性別は分かりませんが、女性歌人の歌は皆無のように感じるのですが、女性はあまり
星に感情移入しなかったのでしょうか。
星はすばる、と印象的な言葉で言いきった清少納言の感性が改めて光ります。
こんなにもたくさん星の歌があったことで改めて疑問なのは、それならなおのことなぜ百人一首の中に一首も選ばれてないのだろうということです。
もし、このことについてもご存じでしたら、教えていただければありがたいです。
私は百人一首が大好きなので。よろしくお願いします。

お礼日時:2011/04/23 21:42

 民俗学や考古学の世界では、古代エジプトの事例ですが、古代人の「死生観」を示す1つの表現方法としてピラミッドの中に描かれた壁画には船があります。

船は文字どおり川や海を渡る時に使うと同時に「現世と来世」を繋ぐ手段、として理解されてもいます。
 日本でも同様で古墳の壁画には船が描かれているケースはあり、古墳に葬られた人間がこの世からあの世に行くための手段との見解を読んだ記憶があります。
 さて「月」の話ですが、神話学の分野では古代人は「太陽と月」で死生観を表していて太陽は生、月は死をそれぞれ表し、具体的には天照(アマテラス)が太陽で月夜見(ツクヨミ)は月として表現とされています(この辺は『日本民俗文化体系』第2巻「太陽と月」-小学館刊行-に詳細な記述があります)。昼は太陽の光が差し込んで明るく、夜は逆に月明かりだけで他には何もない闇が広がっていることから生と死のイメージがあることも想像に難くありません。日食で昼間なのに真っ暗闇な世界に包まれたとしたら、古代の人々にとってそれはこの上ない恐怖だったのかもしれません。高貴な身分の人が没した時に使われる言葉として「お隠れになる」と言いますが、「死」=「何処かへ姿を消す」=「隠れる」として、もしかしたらこの辺りが語源かも知れません。また「月」は「尽き」と同じ音であることから、命が尽きることとイメージを重ね合わせたのかもしれません。古今集や他の和歌には「季節」の他に「恋」のような区分がありますがその中に「死」という部門はありません。百人一首の中にあったかどうかは定かではありませんが、死という直接的な表記は確か無かったのではないでしょうか。逆に愛しい人が亡くなってしまった悲しみや追憶を込めて月や船(それも天の小舟のような喩え)に乗って遠くの世界へと行ってしまったといった表現をしているのではないでしょうか。
 ただし中世の古典には「蟻通し大明神(ありとほしだいみょうじん)」の様に言葉の中に星を埋め込んでいるモノもあります(他にも『枕草子』の一節「星はすばる」との表現もあります。)
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
現世と来世をつなぐ船が描かれているのは興味深いですね。
エジプトの大河ナイルを渡るのはクレオパトラの乗ったような堂々とした船だったでしょうが、
日本の三途の川を渡る船は、矢切りの渡しのような子舟だったのではないでしょうか。
そう言えば月と船を読みこんだ和歌が一つだけあります。
柿本人麻呂の作と言うことですが、

天の海 雲の波たち 月の船 星の林に 漕ぎかくる見ゆ

月を船に見立てているのが印象的ですし、星が詠まれているのも本当に他にないので、ますます
どうしてなのだろうと興味がわいてきます。

お礼日時:2011/04/20 00:41

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Q日本の文学には「星」があまり出てこない気がするんですが、何故でしょうか?

西欧人は昔から「星」を題材にすること多かったのではないか、というイメージ(星座と神話とか・・・)があるのに対し
日本文学や神話の中で、太陽と月を除いた星が出てくるのをほとんど聞いた事がありません(思いつくのは七夕だけ)
花鳥風月、の中にも星は入らないし、星についての和歌や俳句も思いつきません
(と言ったところで、「佐渡によこたふ あまのがわ」を思い出しましたけれども、少ないと思います!)

これって、ただの私の思い込みでしょうか。
それとも何か理由があるんですか? 星が見えにくいとか・・・。

Aベストアンサー

確かにいわゆる日本の古典文学といわれるものには「月」はよく出てきますが、「星」はあまり登場しないように感じます。ただまったくないわけでもなく、万葉集と建礼門院右京大夫集の下記の歌は有名ですし、散文では清少納言の「枕草子」の「星はすばる…」もあります。

天の海に  雲の波立ち  月の船  星の林に 漕ぎ隠る見ゆ (万葉集)

月をこそ ながめなれしか 星の夜の ふかきあはれを 今宵しりぬる (建礼門院右京大夫集)

特に後者は詞書にこの歌を作った夜の星空を見た体験が詳しく書かれていて興味深いものがあります。現在のような夜間照明がない平安時代の「星月夜」(月が出ていないのに星の光が月のように明るい夜のこと)のすばらしさがしのばれますが、和歌の世界で星を詠んだ作品は月の作品と比べれば明らかに少数です。古代の日本(に限らず中国や朝鮮などもそうですが)では、天文現象は天が人間の住む世界に向けて発信したメッセージであるという考え方があり、このために「天文官」が何か異変はないかと夜空を見守っていました。星を題材にした文学作品が少ない背景にはやはりこの思想があり、古代人は星を単なる自然現象ではなく人に影響を与える「何か」の力があるものとして、星に畏れの感情を抱いていたのではないかと思います。

なおもっと広い視野で見れば、琉球の古典「おもろさうし」には「ゑけ 上がる 三日月や…」で始まる星が登場する美しい作品があり、海に生きる人たちにとっては星は航海に必要不可欠な大切なものであったことが想像されます。

文学に星が普通に登場してくるのはご質問の芭蕉の句が作られた江戸時代になってからでしょう。川柳などにも星を古代のように畏れの対象ではなく、人間に親しいものと見た佳作があります。

確かにいわゆる日本の古典文学といわれるものには「月」はよく出てきますが、「星」はあまり登場しないように感じます。ただまったくないわけでもなく、万葉集と建礼門院右京大夫集の下記の歌は有名ですし、散文では清少納言の「枕草子」の「星はすばる…」もあります。

天の海に  雲の波立ち  月の船  星の林に 漕ぎ隠る見ゆ (万葉集)

月をこそ ながめなれしか 星の夜の ふかきあはれを 今宵しりぬる (建礼門院右京大夫集)

特に後者は詞書にこの歌を作った夜の星空を見た体験が詳しく書か...続きを読む

Q星を詠った和歌

万葉集や、古今和歌集などに、月を歌った歌は、よく詠まれていますが、星だって、綺麗だし、昔からあったのに、和歌に星が歌われているのを、聞いたことがないのですが。私が知らないだけなのでしょうか?実際は星の歌があるのでしょうか?それとも、星は和歌では詠われなかったのでしょうか?もしそうなら理由が知りたいです。
宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

万葉集の中には、金星(夕づつ)と天の川を詠んだ二首しかないそうです。
http://www.home.cs.puon.net/ksyhon/WWW/HA200201.htm

GOO過去の質問
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=798105

壬生忠岑の歌(歌集)に
日くるれば山のは出づる夕づつの星とは見れどはるけきやなぞ
というのがあるようです。

星のことを“筒”といったのですね昔は。
古事記には筒の字がつく神もいますよ。

少ないのはどうしてでしょうね?
でも、古墳に北斗七星が描かれていたりもしますよね。
鑑賞するというより天文的な方が強かったのかもしれませんね。

全然関係ないんですが、数年前の、とある百貨店の
バレンタインのコピーを思い出しました。
黛まどかさんの作ったもので、うろ覚えなので
合っているかどうかかなり怪しいのですが
“夕づつの薄らピンク”みたいな感じでした。
(間違っていたらごめんなさい)
その時、夕づつとは金星のことを言うのだと知り
なるほど~と思ったのでした。

万葉集の中には、金星(夕づつ)と天の川を詠んだ二首しかないそうです。
http://www.home.cs.puon.net/ksyhon/WWW/HA200201.htm

GOO過去の質問
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=798105

壬生忠岑の歌(歌集)に
日くるれば山のは出づる夕づつの星とは見れどはるけきやなぞ
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  山里の春の夕暮れ来てみれば入相の鐘に花ぞ散りける (能因法師)

西行には花の歌が山ほどありますが,このちょっと皮肉な歌が好きです。

  花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがにぞありける

参考URL:http://www.wombat.or.jp/arumukos/unnk/unncssry/prl.html

Qこの世おばわがよとぞ思う望月の 歌の解釈 

「この世おば我が世とぞ思う望月の欠けたることもなしとおもえば」

この歌はたしか学生時代(小学校か中学校で)に習いましたが、
教師に教わった解釈は 満月のようになにも欠けた所がない、栄華を極めたワタシであることよ』というような自慢っぽいものでした。

しかし、ふと思ったのですが

『月が欠けることが無ければ、この世は自分のものだと思えるのに・・・』
という意味、とれるように思うのです。
満月を見て詠んだのではなく、ほんの少し欠けはじめた月をみて詠んだのではないかと。

作者の藤原道長は源氏物語のモデルと言われている人物でしたよね。
たしか光源氏は晩年、さみいしいというか、落ちぶれていくという結末ではなかったでしょうか。

栄華のなかにあって、ふと自分で何かを予感するような、そんな歌のような気がしたんですが・・。

今の国語の解釈ではどうなっていますか?宜しく御願いします。

Aベストアンサー

わたしも数年前に授業でならった時の解釈は、
「栄華を極めてこの世はわたしの世である まさに満月にかけた所がないように」
でした。
おそらく、現在の学校でも同じ様な解釈を教えていると思います。

ただ、わたしが調べた範囲では、こんなことがわかりました。
1)藤原道長は、30代くらいから病気を繰り返している。
2)「望月の歌」も晩年の病気と病気ので詠まれている。
3)「望月の歌」は、娘の威子が天皇の夫人となった時に読まれていて、
  同年に太政大臣を辞し、その前年に摂政を辞している。
4)「望月の歌」を詠んだ翌年には、出家している。

No3のkogotokaubeweさんの情報と以上の事を踏まえて、
質問者usiodonさんの解釈を敢えて採用するようにしてみるとこんな感じになります。
○病気が多くてそれは道長の悩みだったようで、
 病気がちの道長は晩年「糖尿病」だったそうです。
 自分個人の自信は失いかけていたかも知れません。
 また、「望月の歌」の前後で、役職を辞したり、出家してますから、
 自分の人生の事後処理モードに入っていた=欠けはじめた月の状態にあったとも
 取れます。
 「望月の歌」はそんな中で読まれているので、
 そんな本心の裏返し=強がりとして、酒の酔いにまかせて
 「いままさに栄華の絶頂にある」と詠んだ可能性はあると思います。

 それでも、出家後8年ほど生きていますので、役職は辞していても外戚政治で
 まだ権勢を奮っていたかも知れません。

質問者usiodonさんの解釈には共感できる点もありましたので
ちょっと余計な事まで回答してしまいました。

参考URLは、
「藤原道長の悩み」 http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub202.htm
です。

参考URL:http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub202.htm

わたしも数年前に授業でならった時の解釈は、
「栄華を極めてこの世はわたしの世である まさに満月にかけた所がないように」
でした。
おそらく、現在の学校でも同じ様な解釈を教えていると思います。

ただ、わたしが調べた範囲では、こんなことがわかりました。
1)藤原道長は、30代くらいから病気を繰り返している。
2)「望月の歌」も晩年の病気と病気ので詠まれている。
3)「望月の歌」は、娘の威子が天皇の夫人となった時に読まれていて、
  同年に太政大臣を辞し、その前年に摂政を辞し...続きを読む

Q「かしこみかしこみ申す」ってどういう意味ですか?

始めまして。日本語に趣味がある外国人です。
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という場面がありました。
なんか呪文みたいなものなんだろうと思いましたが、具体的にこれはどういう意味なんですか?
教えていただければ嬉しいです。
では、よろしくお願いします。

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「謹んで申しあげます」、「おそれながら、以上のことを申しあげます」という意味で拝むときのお題目。

「かしこみかしこみ申す」の「かしこみ」は、手紙の結びの「かしこ」と同じ意味とか。

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Q告白の返事が和歌でした

私は30代の男性です。大学は一流といわれるところを出ています。元は予備校の講師でした。職場の同僚女性は既婚で短大卒です。

先日、彼女とはお互いが気になっているが(たぶん)、彼女が既婚であるため踏み込まなかったのですが、ちょっとしたはずみで私が「私の気持ちをつたえたら君が困るだろうから気持ちを抑えているのに・・」と言ってしまい、彼女は「困るって言ったことないけど・・・」という返事でした。結局、告白したことになったのですが、彼女はその後他愛のないメールをよく送ってくるようになったのと、自分の写真を送ってくるようになったぐらいで特に変化はありませんし、告白の返事も3日ほどたちますがまだありません。

ところが、彼女は自分の気持ちを若で和歌で伝えようと決心し猛勉強していますと言うのです。古典には興味があったのは知っていましたが、失礼ながら彼女にはまともな和歌など作れないと思っていました。すると、明日会えないねとの私のメールへの返信が「会えなくても平気です」とあってその後になんと

「心いる かたならませば 弓張りの 月なき空に 迷わましやは」

と立派な和歌を送ってきたのです。私は冒頭にあるように、大学は一流といわれるところですし、専門は日本語です。おそらく彼女は私は和歌を理解できるとおもったのでしょう。実は専門は日本語の文法で文学が嫌いな私には苦しいのですが・・・

みなさん、彼女はなぜ和歌で気持ちを伝えようとしてるのか、単に既婚なので私と付き合えないので恋愛ごっこを楽しんでるのか、どう思われますか??和歌の意味がわからない方でも結構です。彼女お気持ちがよくわかりません。

私は30代の男性です。大学は一流といわれるところを出ています。元は予備校の講師でした。職場の同僚女性は既婚で短大卒です。

先日、彼女とはお互いが気になっているが(たぶん)、彼女が既婚であるため踏み込まなかったのですが、ちょっとしたはずみで私が「私の気持ちをつたえたら君が困るだろうから気持ちを抑えているのに・・」と言ってしまい、彼女は「困るって言ったことないけど・・・」という返事でした。結局、告白したことになったのですが、彼女はその後他愛のないメールをよく送ってくるように...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。

上記の和歌、どこかで見たことがあるなあ、と思いました。

よくよく思い出して調べてみたところ、「源氏物語」の「花宴」(第8帖)に、そのままの形で出ていました。

直訳は、
「真心のある方ならば、月のない空でもどこかに迷うことがあるでしょうか 迷わずに私のところに来るはずでしょうに」
「本当に気に入った方のもとにいらっしゃるなら、別の人のもとに間違って行ってしまうなんてあるだろうか」
といったところのようです。

申し訳ありませんが、質問者様の状況に合わせて考えるまでの頭は、私にはないようです。また、彼女の気持ちも推し量ることはできません。

お答えの参考にしていただければ幸いです。

Q「したためる」と「書く」の違いについて

 日本語を勉強中の中国人です。「したためる」は「書く」とどのように違うのでしょうか。「書く」の古風的な言い方でしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

【したためる】は古語辞典(岩波)には《シタタカと同根》とあります。
“抜かりなく”“しっかりと”準備する
ことだそうです。
ですので、走り書きのメモではなくて、誰かに送るためにしっかりと書いた手紙・文書に本来は使うのではないでしょうか。

「書く」の婉曲表現であったのかもしれません。

今は手紙や後に残すための記録を書く場合に、わざと古風に言う使い方としてしか使われていません。(東京地方)


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