「物理学」崇拝
は物神崇拝と言えるでしょうか?

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A 回答 (20件中1~10件)

敢えて用語をお借りするなら、


「物理学」は【物神性】の適切さの調査の手段だと言えますので、
それ等への「崇拝」は等号で結ばれ得ません。
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私は拝んでいませんが、物質主義でありました。

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物理学の専門家でも関係者でもないのですが、


崇拝は希望を失わずに居れると同時に、
「騙されるかもしれない可能性を捨て去ってしまうこと」ですね。
疑わ(え)ない、疑うべきさえも。

真摯な態度にさえも映りますが、
庇護を頼んでの不真面目な態度にも映ります。

それでも仕方がないのです。
諦めれば、自分から負けを認めることになるし
少欲者が享受する自由より、信じることで与えられる自由も増すのですから。
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私は、物理化学専攻ですので


物理学はある程度分かりますが
物理学は(というかあらゆる科学は)
崇拝するものではなく、研究や利用を
するものです。

頭のいい人ならば、逆に
物理学を利用して神の存在を
証明できるかも知れません。
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>現実の、のりこえが志向されるか、現実からの逃避へと片寄るか、それが分かれ目になりそうなのですが。



それなら心配はいらんのじゃないかな。

現実ってのは、決してそれから逃避しきれるもんじゃあないからねぇ。
のりこえを志向し、志半ばで寿命がつきる、ってのが一番人気のコースですよ(笑)。
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もし宜しければ、質問の背景などがありましたらお伺いしたいところです。

それを観て、僕にお応えできるのであればお応えしたいと思っております。

現段階では、僕は「物理学」崇拝が物神崇拝と言えるかどうかは分かりません。ですが、面白くもあり不思議な現象をよく見かけます。

数学者に、1が何であるかを尋ねてみますと応えれません。
答を知らないんです。

経済学者に、お金が何であるかを尋ねてみますと応えられません。
答を知らないんです。

哲学者に、考えが何であるかを尋ねてみますと応えられません。
なのに、考えているんです。

それと同じような事が起きています。

物理学者に、物が何であるかを尋ねてみますと応えられません。
答を知らないんです。

n5f7g3さんは、そうした現象と出会われたでしょうか?
とても不思議で面白い現象です。
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ファッション物理学においてコンピューター・デムパ系の#12です。


感受面から今回の質問には不向きであると脳内に伝達され
シナプスと電気的活動および脳内断絶によって
空間軸は収束にむかったので、回答をキャンセルしたいと思います。

物理学崇拝しているとおもわれる先生がお見えになったので、詳しく質問してみればなんらかの答えが出ると思います。
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>物理はジグソーパズルみたいなものだと思います。



って言ってる方があったので、それに関連した話しをしましょう。もう十数年前に、日本で外国からノーベル賞受賞者やその他の分野でそれに匹敵する方達を招待して、一般人向けの講演会が開かれたことがあります。私はそれを聞きに行ったんですが、講演が終わって著名な物理学者の方とMITの著名なコンピューターサイエンスのお二人が特別に日本人記者団に対して記者会見をしました。その時に、ひとりの記者が、先生方が科学の学問を続けられる動機は何ですか、と聞きした。そしたら、コンピューターサイエンスの先生が、始めに答えて曰く、

「私にとって科学って言うのはジグソーパズルを解くみたいなものだ。始めのうちは何が出てくるか解らないが、段々と形が出来上がって来るときの楽しさったらない。その楽しさが私の科学を続ける動機だ」

私はその時、ふーん、この人は自分が人よりも頭が良いことを確認したいのか。きっと、俺はこんなことを解くとこが出来るんだぜ、お前には出来ないだろう、って考えているのが楽しくて仕様がなくて、それが動機になってんのかな、って思いました。

次に、物理学者でした。曰く、

「私にとっての科学を続けて行く動機は不満です。皆さんは、これで良いと言っている。しかし、私にはまだ何か本質的なことが欠けているようにしか思えてならない。その不満を何とか解消したいと言うのが、科学を続けて行く動機なのです」

私は、この言葉を聞いたときに、こりゃ凄い、始めの先生とこの先生の動機の違いには月とスッポン、大人と子供、雲泥の差があると思いました。

では何が本質的に違うのか。始めの先生は、与えられた規則を疑うのではなく、その規則の枠内で如何に効率よくその規則を当てはめられるか、と言うことに興味の中心が行っているようです。

一方の物理学者は、与えられた規則に満足していない。何とか適切な規則を見付けなきゃならんとやきもきしているのでしょう。

別な言い方をすると、始めの先生は大変優れた官僚なんですね。官僚が一々規則を作り直してたんじゃ、世の中迷惑する。そうではなくて、与えられた規則や枠の中で、誰よりも効率よくそれを適用することができる能力が要求される。そして規則を疑ったりそれに挑戦することに関しての能力は、官僚の能力としては好ましくないどころか、害にすらなる。

今回の原発の問題だって、文系出身の役人のトップ達が一番始めに考えていることは、今度の問題が起こったときに彼等が原発の運営に当たって、何処かで法律違反をいていなかったかどうか、チャンと規則を守っていたかどうかに付いてですね。法律さえ守っていたのなら、その役人達は何のお咎めもないので、今回の問題でどれだけ国民が多大な迷惑を蒙っているかどうかなんて、お役人の関心事じゃありませんね。与えられた公理体形に従って、どれだけそれに無矛盾に行動が出来たか、と言うのが最大の関心事です。

一方、物理学者は政治家なんですね。世の中を見て、それが巧く動くようにするにはどのような規則を作ったら良いかを考える能力が要求される。そして、より優れた規則を創り出せる人がより優れた政治家と判断される。すなわち、官僚とは全く正反対で、そんな才能を持っていたら官僚としては全く失格である能力を、政治家は要求されている。だから、政治家が法律や公理体形がどうのこうのじゃなくって、例えば今回の原発の問題でも、国民の迷惑をどう取り除くためには、どうしたら良いのか、その場合に障害物があるときにはどの規則を無視して、どのような新しい公理体形を導入しなくてはならないのか、と考えるのが政治家の能力ですね。

まあ私の世界観にも依っているのでしょうが、私は、この二人の先生を比べたとき、官僚よりも政治家の方のが桁違いに優れているのだと、その時思いました。
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物理学愛好家で一般人でファッショナブルな俺です。


物理はジグソーパズルみたいなものだと思います。
始めから何もヒントがないと、難しすぎるので
使えそうな理屈をもってきて、あてはめてみる。
それでうまくいけばおもしろいし、さらに他にも使えるかどうか
理屈をこねくりまわしてみる。

おもしろいに尽きるんじゃないでしょうか。
崇拝するほどのものではない気がします。
お菓子を食べながら、物理的においしいなどとは考えないからです。

俺の物理の始まりは、なぜ船は浮くんだろうとか、
炭酸水はなぜ泡が出るんだろう・・・不思議だな・・・
程度のことだったなぁーと、いま思い出しました。
崇拝というより、自己満足でしょうか。
または、アキバ系というべきか。
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>例えば、中学生や高校生の頃の頃なんかはどうだったでしょう?



その頃は、物理学者にはあこがれたな。長じて立派な物理学者になっておる自分の姿を想像して、ナルシシズムってんだっけ? 末は博士か大臣か、ってのと同じで、内容はどうでもよくて、外形的に偉い人に成りたかったんだろうね。

その後、物理学に使う言葉が数学だっちゅうことが判明して、しかも、その数学が子供ころに得意だったもんとは毛色が違っておるらしい事に気づいて、じゃあ大臣の方を目指そうかとも思ったが、結局どちらにもならなかった。今のところね。

つまり、本当に物理学をやっている訳でない素人が物理学の世界をあこがれるってのはあるかもしれないですね。
隣の芝は青く見えるということで、素晴らしい学問なのかなあ、なんてね。それって崇拝の領域に成りますんかいな?

この回答への補足

現実の、のりこえが志向されるか、現実からの逃避へと片寄るか、それが分かれ目になりそうなのですが。

補足日時:2011/04/28 21:13
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この回答へのお礼

>崇拝の領域に成りますんかいな?

実は私も今ちょっといろいろな人の著作を読んで調べているところなんですが、時間がかかってどうにもならない状況なんです。
だから問い詰められると何もお応えできなくなっちゃうんですよ。
何か情報がありましたら是非教えていただきたいところなんですが?

お礼日時:2011/04/28 20:33

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