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物語の序破急に関しての質問です。
ネットで見ていると、序破急を起承転結と同じと捕らえている方、起承転結が四段構成であるのに対して、三段構成で展開が急な構成であると捕らえている方、起承転結が構成の話であるのに対して序破急は物語の緩急を指していて、はじめはゆっくり、最後は素早くという話運びのテクニックであると捕らえている方の三通りの意見がありました。
実際はどうなんでしょうか?
教えて下さい。

A 回答 (1件)

序破急について辞書を見てみると、



http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BD%F8 …

と、多くの意味があります。

さらに見ていくと、
*楽曲上の速さであるというもの、
*導入部-展開部-終結部という脚本構成上の区分であるというもの、
*演出上の区分とするもの(序は事なくすらすらと、破で変化、急は短く躍動的に演じる)の大きく分けて三つに分けられるように思います。

「序破急」は、古来から日本の芸能全般に渡って用いられてきた理念でしたが、その領域によって(舞曲、能、連歌など)微妙に異なるものであったようです。
それがそうした意味の多義性となって表れたと考えられます。

物語の構成上の分類として、どの使い方が正しく、どの使い方が誤用である、とは言えないと思います。
構成をどのようにとらえるか(三部として見るか、四部とするか、あるいは五部とするか)に正解がないように、これも分析する側によるのではないでしょうか。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BD%F8 …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
多様な意味があるようですね。
参考になりました。

お礼日時:2003/10/04 14:28

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Q俳句の表現技法

今、私は、
俳句の大意、表現技法、季語などを調べています。
そこで水島秋桜子さんの
『滝落ちて群青世界とどろけり』について
表現技法以外は分かったのですが、
表現技法がどうしても分からないのです。
誰か分かる人教えてください。お願いします!

・・あと表現技法ということ自体が
全体的によく分からないので
時間があれば
1から説明していただけるとありがたいです。
たくさんあってすみませんがお願いします!!!

Aベストアンサー

No2です。

>切れ字ですね?

そうですね。

ところで、一つの俳句に使われる表現技法は一つだ、と思い込んではいませんか?いえいえそんなことはないんですよ。全く技巧的な表現がみられないものもあれば、たくさんの技巧が使われているものもあります。

事実、この有名な句は、人によってはテクニック遊びだと批判する人もいるくらい(そんな人は極々少数で、実際には水原秋櫻子の代表作とされていますが)技巧的なんですよ。

この俳句は、目を閉じても、情景をまざまざと美しい色で思い浮かべることができますよね?それは何が根拠かな?

また、表現技法だけでなく大意にもかかわるのですが、次の部分をどう訳しましたか?「群青世界とどろけり」
 群青が世界に とどろいたことだよ
 群青世界が とどろいたことだよ
どうとるかで使われている表現技法も変わってきます。と言うよりも、使われている表現技法のうけとり方で、意味が変わってくるというか……。

この句は研究家が多いので大筋でこう考える……というものがあるようですが、俳人に表現の自由がある以上、読み手にも自由に読み取り想像する自由があります。あからさまな間違いでなければ、色々発想していいんですよ。自分なりに考えてみてくださいね。


※例えば、室生犀星の有名な詩に有名な次のフレーズがあります

「ふるさとは遠きにありて思うもの」

この故郷について、室生犀星の研究家で実際に親交があった学者先生が、『都会で、幼少の頃に良い思い出のなかった作者が、その心境を詠んだ(現実には故郷に戻っていない)』と解釈したために、長くそのように思われていたのです。
ところが最近では「よしやうらぶれて異土の乞食になるとても帰るところにあるまじや」を踏まえて、
『実際に故郷に帰ってきてみれば、厄介者扱いされて辛いことばかりだ、こんなことなら都会で故郷の事を懐かしんで悲しんでいた方がどんなによかったか…』と訳すことが主流になっています。

つまり、偉い学者が言うことがいつも正しいとは限らないのです。あなたなりの解釈をしてみましょう。


ところで、豆知識ですが、この句の季語はどうとらえましたか?
実は、この句が発表された当時、この句で季語とされているものは、季語の扱いをされていませんでした。
だって年がら年中そこに存在するものでしょう?
夏の季語として周知されるようになったのは、この句が発表され絶賛されたからだと言われています。そうでなければ、この句は「季なし」のルール破りと思われていたかもしれません。
自由律俳句で有名な山頭火なら俳句の季語なしは当然でしょうが、水原秋櫻子はそうじゃないですからね。

No2です。

>切れ字ですね?

そうですね。

ところで、一つの俳句に使われる表現技法は一つだ、と思い込んではいませんか?いえいえそんなことはないんですよ。全く技巧的な表現がみられないものもあれば、たくさんの技巧が使われているものもあります。

事実、この有名な句は、人によってはテクニック遊びだと批判する人もいるくらい(そんな人は極々少数で、実際には水原秋櫻子の代表作とされていますが)技巧的なんですよ。

この俳句は、目を閉じても、情景をまざまざと美しい色で思い浮かべること...続きを読む

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Aベストアンサー

俳句の妙味を味わうには、二章一句、ニ物衝撃を理解するといいでしょう。

★二章一句で二物を衝撃させる句
1つの句の中で、2つの別々のイメージをぶつけ、その微妙な(つかず離れずといいます)関係を味わうというのがあります。2つのイメージが相乗効果を発揮し、絶妙な味わいが生まれたりします。

花の雲鐘は上野か浅草か (松尾芭蕉)
桜が咲く時期の曇り空。これが1つの章。鐘の音が聞こえる。これがもう1つの章。その鐘は上野か浅草か。ボーンという金の響きと、花の雲のどんよりとした感じが、えも言えぬ世界を描き出しています。

菜の花や月は東に日は西に (与謝野蕪村)
菜の花が咲いている。これが1章。そして空の光景。これが2章。菜の花という地上の眼前の景。そして、月が東、太陽が西(ということは夕日)。広大な空の景。それがぶつかり合って、衝突していますね。

これと同じように、
待春(たいしゅん)のーーー1つの章
真四角でない豆腐ーーー別の章
この2章が衝突している、しかも呼応しているーー
これでわかりますか? 春を待つ気分ーーそれとみずみずしい、しかも角のないような(丸いとまでは言っていませんが)豆腐ーーこの2つが衝突していますね。

以上、補足説明でした。

俳句の妙味を味わうには、二章一句、ニ物衝撃を理解するといいでしょう。

★二章一句で二物を衝撃させる句
1つの句の中で、2つの別々のイメージをぶつけ、その微妙な(つかず離れずといいます)関係を味わうというのがあります。2つのイメージが相乗効果を発揮し、絶妙な味わいが生まれたりします。

花の雲鐘は上野か浅草か (松尾芭蕉)
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Q万葉恋歌に同じ種類の恋物語を紹介してください

最近万葉恋歌を読んだ、ほんとに大好きなんです。何回読んでもまだ読み足りない。同じ種類の物語を紹介してください。
よろしくお願いします。

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万葉集の後を慕って、和歌を集めたという、古今和歌集で活躍する、在原業平の東くだりの物語である、”伊勢物語”。あるいは、時代が下って、新古今和歌集での第一の歌詠みである西行法師の”山家集“は、万葉集と同じように、詞書も長く、物語として読むことができます。

万葉集がお好きなら、”古事記”を歌物語として読むことも可能です。

どの人の、どの歌に心惹かれたか、教えていただけると、嬉しいですね。とても興味があります。

恋歌では、

人言を  繁み言痛み  おのが世に

         いまだ渡らぬ     朝川渡る  (但馬女皇女 巻2:116)

が、私のお気に入りです。

結局は、ふられてしまうようですが、鮮烈な歌です。

Q俳句、短歌の季語について

俳句、短歌の新人賞に応募しようと思うのですが、作品中に季語が使われていない句もいくつか、含まれているのですが、その場合はどうなるのでしょうか。
俳句、短歌には必ず季語を入れねばならないのでしょうか。
また、季語を手っ取り早く調べる方法があれば教えてください。

Aベストアンサー

塾の国語の教師をしております。

新人賞に募集しようとしている方にチャチャを入れるのは気が引けるのですが……。

季語についてですが、
季語を原則入れなければならないのは「俳句」だけだということをご存知ですか?
短歌には季語は入れなければならないという原則はありません。
もちろん入っていたら×ということもないですけれど。

つまり、同じ「恋」を詠むにしても、
俳句だと季語との兼ね合いを考えて内容を考えなければなりませんが(恋の始まり=「芽吹く」「山笑う」など)、
短歌では季語との兼ね合いを考えなくても良いということです。ぶっちゃけキチンと体裁が整っていれば、今の気持ちを素直に詠んでもOKということになります。

現在かなりの「短歌入門」「俳句入門」などの本が売られていますので、
「歳時記」も持っていないのであれば、
一緒に購入されてみてはいかがでしょうか?

Q源氏物語と平家物語比較

こんばんは。社会人になって古典に目覚めだしたものです。
私は恥ずかしいことに、中学校くらいまで、源氏物語は源平の戦い、
の源側を書き綴ったものと思い込んでいました。作品を知ったら、
拍子抜けしました。一方は小説、一方は軍記、、。

ところで、上記二大作品について中国人にどちらが日本では評価されているか、と聞かれました。私と同じように考えていたそうです。読者層では前者のような気がしますが、
それぞれのジャンルが異なるので、単純比較できません。

そこで、人格形成、という点ではどちらがより影響の度合いが高いか、という観点で比較してみたらどうかと思いました、ちょっと強引な基準設定ですが、、そう仮定すると、「平家」を選んでしまいます。

私もほとんど読んでいませんが、、「平家」に惹かれています。
平家琵琶の演奏を聴くとなおさら没頭しそうです。

Aベストアンサー

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだけで謙虚な気持ちになるということもありますが、何よりもまず頻出する「死の語り」が平家を推す最大の理由です。

「常々、彼(司馬遷)は、人間にはそれぞれその人間にふさわしい事件しか起らないのだという一種の確信のようなものを有っていた。これは長い間史実を扱っている中(うち)に自然に養われた考えであった。同じ逆境にしても、慷慨の士には激しい痛烈な苦しみが、軟弱の徒には緩慢なじめじめした醜い苦しみが、という風にである。」(中島敦『李陵』)

これと同じことは「死」についても言えると思います。(ちょっと断っておきますが、ここでいう「死」とは、間近に迫まる避けられない死を意識したときの人間の態度や身の処し方のことです。ぽっくり死ぬとか苦しんで死ぬとかいう死に方の意味ではありません)
よく「死に様(ざま)にはその人の生き様が容赦なく現れる」などと言いますよね。確かにガンの闘病記や終末期医療に携わる人たちの本から、死を間近にひかえた患者さんたちのありようを窺うと、なるほどと実感される言葉なのですが、平家を読んでいてもやはり同様の印象を受けることができます。

もちろん平家は史書ではなく叙事詩に分類される古典ですから、「作者」が(死を記録するのではなく)死に様を描くことによって人物を色付けているとも言えるでしょう。また作者が此岸や彼岸にうるさい中世の人間であってみれば、そう考えるほうが自然だとも言えそうです。
しかしそれならばなおのこと、侍や悪僧の死に際にみられる人間模様がこの古典の読みどころとして際立ってくるのではないかと思います。
言うまでもなく、作者は死に様にその人物像を集約しようと努めるはず、だからです。

「人間は刻々に死につつあるので、別に、死という特定のものがあるわけではない。刻々の死を終える時があるだけだ。従って、刻々の死を意義あらしめるためには、刻々の生を、最善を尽くして生きねばならない。それを全うした者にのみ、よき“終わり”がめぐまれる」(新潮45・編『生きるための死に方』・野口晴哉という整体の先生の言葉)

もともと生き様が反映されやすい死に様、そして作者(小林秀雄風に言えば「個人を越えた名手」)が健筆にいっそう力を込めたであろう死に際、それが頻出する古典が平家物語である、というのがお題目を念頭に置いた上での私の見方です。
この観点から結論を述べますと、様々な死のあり方(文学的に気取れば「運命のうねり」とでも言いましょうか)を通して、その対極でもあり背中合わせでもある自己の生き様に目を向ける習慣を獲得することが、おしゃるところの「人格形成」に通じるといえば通じるのかなあと考えます。
そのようなわけで平家かなと。


ちなみに私が真っ先に思い浮かべる死に際は「先帝御入水」における平知盛の次の振舞いです。

さる程に、源氏の兵(つわもの)ども、平家の船に乗り移りければ、水手楫取(すゐしゆかんどり・=船頭水夫)ども、或いは射殺され、或いは斬り殺されて、船を直すに及ばず、船底に皆倒れ臥しにけり。新中納言知盛の卿、小船に乗つて、急ぎ御所の御船へ参らせ給ひて、「世の中は今はかうと覚え候。見苦しきものどもをば、皆海へ入れて、船の掃除召され候へ」とて、掃いたり、拭(のご)うたり、塵拾ひ、艫舳(ともへ)に走り廻つて、手づから掃除し給ひけり。女房たち、「やや、中納言殿、軍(いくさ)の様はいかにやいかに」と問ひ給へば、「ただ今、珍しき東男をこそ、御覧ぜられ候はんずらめ」とて、からからと笑はれければ、「何でふただ今の戯(たはぶれ)ぞや」とて、声々に喚(おめ)き叫び給ひけり。【角川文庫版より】

文字通り修羅場なわけですが、このぎりぎりの場面での船内清掃とは妙な行動ではあります。しかし一方で、遺体の清めや死装束・死化粧の施し、あるいはまた、末期ガンを告知された人がするであろう身辺整理、そういったことを想起させる行動ではないでしょうか。
清めた船が「御所の御船」ですから、そんな寓意が込められているのかもしれませんね。
ともかくも、死を、一族の滅亡を目の前にした男が、修羅場でとっさにみせた「死に支度」に武将としての品格を感じさせ、印象的です。

この場面、頼山陽の『日本外史』では漢文らしい簡潔さでこう記されています。

義経、乗輿の在る所を知り、軍を合せて疾(と)く攻む。知盛及ち帝船に赴く。諸嬪迎へて状を問ふ。知盛大に笑つて答へて曰く、「卿(けい)ら当(まさ)に東国男児を睹(み)るべきのみ」と。一船皆哭す。知盛手づから船中を掃除し、尽く汚穢物を棄つ。時子及ち帝を抱(いだ)き、相ひ約するに帯(おび)を以てし、剣璽(けんじ)を挟(さしはさ)み、出でて船首に立つ。帝時に八歳、時子に問うて曰く、「安(いづ)くに之(ゆ)くか」と。時子曰く、「虜(りよ)、矢を御船に集む。故に将(まさ)に他に徙(うつ)らんとするなり」と。遂に与(とも)に倶(とも)に海に投じて死す。【岩波文庫版より】

逆に饒舌な『源平盛衰記』ではこん感じです。

さる程に源氏の兵共、いとど力を得て平家の船に漕ぎ寄せ漕ぎ寄せ、乱れ乗る。遠きをば射、近きをば斬る。竪横散々に攻む。水手(かこ)・かんどり、櫓を捨て、梶を捨て、船を直すに及ばず、射伏せられ、切り伏せられ、船底に倒れ、水の底に入る。中納言は、女院・二殿などの乗り給へる御船に参られたりければ、女房達、「こはいかになり侍りぬるぞ」と宣ひければ、「今はともかくも申すに詞足らず。かねて思ひ儲けし事なり。めずらしき東男共をこそ御覧ぜんずらめ」とて打笑ひ給ふ。手(てづか)ら自ら船の掃除して、見苦しき者共海に取入れ、「ここ拭(のご)へ。かしこ払へ」など宣ふ。「さほどの事になり侍るなるに、閑(のどか)なる戯言かな」とて、女房達声々をめき叫び給ふ。【新人物往来社】

ついでにハーンの『耳なし芳一』から。

More than seven hundred years ago, at Dan-no-ura, in the Straits of Shimonoseki, was fought the last battle of the long contest between the Heike, or Taira clan, and the Genji, or Minamoto clan. There the Heike perished utterly, with their women and children, and their infant emperor likewise―now remembered as Antoku Tenno.

何か長いんですけど、三人しか回答してなのでご勘弁を。

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだ...続きを読む

Q【俳句】宮内庁の天皇皇后両陛下のお歌に応募する俳句が出来たんで添削してください。 「天下春 慶雲昌光

【俳句】宮内庁の天皇皇后両陛下のお歌に応募する俳句が出来たんで添削してください。


「天下春 慶雲昌光 菊花寿」

どうですか?

天皇陛下を盛大に褒めちぎった俳句ですけど!

菊と天皇家を掛けてます。

Aベストアンサー

「菊」が秋の季語なので「天下春」とは相容れない。

Q栄花物語と源氏物語の万葉集について

栄花物語 月の宴には、
昔、高野の女帝の御代、天平勝宝五年には、左大臣橘卿、諸卿大夫等集りて、万葉集を撰ばせたまふ
と孝謙天皇の勅撰とありますが、

源氏物語 梅枝には、
嵯峨の帝の古万葉集を選び書かせたまへる四巻
と嵯峨天皇が撰んだとも読めるようにあります。

このほぼ同時期に書かれた二つの物語の相違はどう解釈されているのでしょうかお教え下さい。

Aベストアンサー

>栄花物語と源氏物語の万葉集について

「栄花物語」の記述については一昔前は妄説の類いとして無視されていたのですが、近年「万葉集」19巻の成立に関して橘諸兄(左大臣橘卿)以下が大伴家持に命じて、19巻のもとになる資料を提出させたのではないかとの説が出ており、再評価されているのが現状です。なお、「万葉集」の詞書に年が書かれている和歌の中の最後の歌は、天平勝宝五年(752)の7年後の天平宝字3年(759)の因幡国庁での大伴家持の歌ということも関連します。
「源氏物語」のほうは、嵯峨天皇が古万葉集から抄出(書き抜き)させ、4巻にまとめたものと考えられています。もともと万葉集の原型の巻数については15巻説から数十巻説まであり、現在の20巻になるまでに紆余曲折があったと考えられ、また、一度に完成したのではないとの説が有力ですが、4巻は少なすぎ、後代の勅撰集が20巻というのも万葉集に倣ったとされていますから、「源氏物語」の文を万葉集の成立を記述したものとは考えられていません。

以上、参考程度に。

Qいろんな俳句、教えて下さい。

表題の通り、いろいろ俳句を教えて下さい(爆)
文学的な俳句でもいいし、オモシロネタな俳句や
日常の疑問について思わず頷いてしまう様な俳句、
語呂が俳句に近いような格言・川柳的なモノでもかまいません。

とにかく沢山の俳句を集めていますので、ご助言よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

歳は人にとらせていつも若恵比寿
蛸壺やはかなき夢を夏の月
石山の石より白し秋の風
美しや障子の穴に天の川
芭蕉

散る桜残る桜も散る桜
裏を見せ表を見せて散るもみじ
どちらも良寛の辞世の句という俗説があります。
真偽は色々語っているサイトがありますので
興味があれば探してください。

露の世は露の世ながらさりながら
一茶辞世の句

耕運機盛りのゲンゲ裏返す
作者失念。

一日も捨てる日もなし梅の花
栗田樗堂

糸瓜ぶらり夕顔だらり秋の風
秋の蝿追えばまたくる叩けば死ぬ
正岡子規

逝く空に桜の花があれば佳し
三波春夫

顔抱いて犬が寝てをり菊の宿
高浜虚子

蝉時雨子は担送車に追ひつけず
石橋秀野

他にも沢山ありますがまあこんなところで。

Q伊勢物語「芥川」に関する疑問

伊勢物語の芥川に

ゆくさき多く、夜もふけにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥におし入れて、男、弓・やなぐひを負ひて戸口に居り。はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。

という部分がありますよね。
この鬼っどこから入ってきたんですか?男は入り口で見張っていたんですよね。てことは女は密室に居たわけですよね?鬼は何処から・・・。

それからもうひとつ、このさらわれた女は、男におぶられながら「あれは露ですか?」とかって訊ねるでしょ?これが歌の伏線だって言うのはわかるんですけれど、でもさらわれた女が悠長に「露が・・・」なんて言ってる場合なんでしょうか?

この二つの点が疑問です。
いろいろとサイトを覗いてみましたが、現代語訳自体が意味不明すぎます(笑)。
これって教科書に載っているらしいのすが、・・・こんなことならきちんと授業を受けておくんでした・・・(笑)

Aベストアンサー

 「鬼一口」と呼ばれ、古典の教科書にもよく載っている段です。

鬼は、外からきたわけではなく、このあばら屋にもともと住んでいたのです。

それから、逃げている途中で女が「あれは何?」と言うのは、
確かにさらわれている最中、悠長な言葉ですが、これは、それだけ彼女が屋敷の中で
大切に育てられた身分の高い女である、ということを示しています。

俵万智さんの『恋する伊勢物語』(ちくま文庫)を読んでみてください。
「殺し文句は永遠に」という章に、この段も取り上げられています。


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