30半ばにして、脳トレの一環として始めてみた論理学に
興味を抱き、時間のあるときに勉強を続けていこうとして
いる者です(数学とは縁のない私立文系卒です)。一日
1~2時間であれば、読書時間を確保できます。

これまでに、入門の入門として下記の書籍を読みましたが、
今後のステップアップとして、ご推奨の論理学に関する
書籍があればご教示下さい。

・入門!論理学~野矢茂樹著
・論理学~野矢茂樹著
・論理学入門~三浦俊彦著

とても興味のある本としては、
 ・論理学をつくる~戸田山和久著
が気になっていますが、当方、読書速度が遅いため、分量に
圧倒され挫折する可能性が高いです。

既述の通り、「脳トレ」の一環として学習し始めたので、当面の
ところ(半年以内)目標としては、論理学の中級程度(が、どの
レベルか解らずに書いております)をおいてみたいと考えております。

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A 回答 (2件)

参考に成った様で良かったと思っています。



 古本の「スーパー源氏」:http://sgenji.jp/ で「論理学」で検索したところ、356件もの関連書籍が有りました。また、Amazon でのは、検索結果2,995件でした。
 どちらも、手軽に注文が出来て確実にお手元に届きます。「スーパー源氏」の場合は、注文すると「本」が届いてからの後払い(コンビニやゆうちょ銀行から)で、Amazon は、送料無料で様々な決済方法が有ります。(既にご存知かとも思いますが)

 お近くに図書館が無ければ、こうした方法が良いかと思います。基本は、「買って読み込む」:「自分のモノにする」(内容を)です。曖昧さを許さない「強い意志」が必要です。

 ただ、目的が「脳トレ」だと...「論理学」では、あまり面白くは無いのでは...
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この回答へのお礼

古書の検索サイトを教えて頂きありがとうございました。
実は、「スーパー源氏」のようなサイトがあればいいなと
思っていたところなので、二重に嬉しいです。

Amazonは、以前よく利用しておりましたが、手元に
商品が届くと、何かと気になることが多かったので、
(当方、神経質ではない性格なのですが…)
現在はレビューを参考するのみに留めています。

>ただ、目的が「脳トレ」だと...「論理学」では、あまり面白くは無いのでは...
どうなんでしょう、初心者レベルの位置にありますので、
中級レベルを目指して、少しずつ勉強していくことは
モチベーションも適度にあって、いい刺激になるかと
思っています。飽きたら、別のカテゴリの勉強します(笑)。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/19 08:15

 「入門書」は読まれているようなので、次のステップは、「概論」「通論」に成るかと思います。


 お近くに図書館が有れば、出掛けてみて「相談」して「図書館書士」の方に聞いてみては如何がでしょうか?

 何でも同じですが、「基礎」を徹底的に遣ってみては?
例:基礎論理学 竹内 昭 著 発行年 1977年 判型 A5判 体裁 上製

 以上、参考に成ると良いのですが...
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    • 1
この回答へのお礼

ありがとうございます。

近所の図書館で論理学関係の本が少なく(市内の
図書館も同様です)、困っているところです。
取り寄せられる蔵書は既読のものしかありません。

>何でも同じですが、「基礎」を徹底的に遣ってみては?
はい。基礎が大事だと思うので、お勧め頂いた書籍を
参考にいたします。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/18 12:26

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Q大学哲学科の論理学と倫理学について

哲学科で論理学と倫理学どちらを学んだほうがより論理能力をつけることができるでしょうか?

ここで注意してもらいたいのが
確かに論理学と倫理学どちらも論理能力は身につきはするでしょうがここで問題にしているのは、「どちらがより論理能力をつけることができるか?」です。
大学ではどちらも大差ない、優劣なんて決められないなどは回答になりません
そこを了解してもらえるようお願いいたします。

・ここでは論理学側と倫理学側の主張から、その中での疑問についてお答えしてもらうようお願いいたします

1、論理学で「論理的に正しく考えるにはどうしたらいいか」、ということを研究したほうが複雑な論理方法や論理のルールを身につけられて結果倫理学をやるよりもより論理的に考え、整理し、相手に伝える力が身につく
2、論理学はやらないが倫理学で実践的に論理を使い、実践的に論理能力を養っていくほうが論理的に考え、整理し、相手に伝える力が身につく

1、についての疑問は
・「論理的に正しく考えるにはどうしたらいいか」を研究し、複雑な論理方法や論理のルールを身につけたからと言って論理的に思考する能力がつくとはいえるのだろうか?
論理学の成果を利用して、多様な主題について検討し研究し、議論していったほうが論理能力は身につくのではないだろうか?
2、についての疑問は
・「論理的に正しく考えるにはどうしたらいいか」を研究し、複雑な論理方法や論理のルールを身につけていったほうが論理について詳しくなる=論理に強くなるのではないだろうか?
論理学の成果を利用しているだけでは論理能力はつかないのではないだろうか?



回答のほうよろしくお願いします

哲学科で論理学と倫理学どちらを学んだほうがより論理能力をつけることができるでしょうか?

ここで注意してもらいたいのが
確かに論理学と倫理学どちらも論理能力は身につきはするでしょうがここで問題にしているのは、「どちらがより論理能力をつけることができるか?」です。
大学ではどちらも大差ない、優劣なんて決められないなどは回答になりません
そこを了解してもらえるようお願いいたします。

・ここでは論理学側と倫理学側の主張から、その中での疑問についてお答えしてもらうようお願いいたします

...続きを読む

Aベストアンサー

旧帝大の博士後期課程でフランス哲学を学んでいるものです。


>哲学科で論理学と倫理学どちらを学んだほうがより論理能力をつけることができるでしょうか?


私は論理学だと思います。
論理学は、人間が物事を理解する枠組み(認識)となるものです。私たちにとって論理形式が真理を持ちうるからこそ、思考できるとも言えます。論理学にも「数論理学」や「形式的論理学」、「超越論的論理学」などそもそも論理がなぜ成立するのかを根本的に問う領域もあります。

倫理学は、人の「正しさ」を見出すとても大切な分野ですが、この学問だけで、論理能力が著しく高くなるとは思えません。難易度も桁違いに論理学が難しいです。

ただ、両者はどちらも現代哲学のトピックスですが、需要としては「倫理学」の方に分があります。正しい論理よりも、例えば、教師の倫理観を高めるにはどうしたらよいか、などの方が世間的には重宝されるのです。

Q論理学……「論理の双対性」について

お世話になります。

掲題の件、論理回路の項に軽く記載されており、気になったので
調べてみたのですが、よく解りませんでした。

Wikipedia >>>>>
命題を論理式として表したとき、論理和 ∨ と論理積 ∧ とをすべて入れ替え、全称記号 ∀ と存在記号 ∃ とをすべて入れ替えたものをもとの論理式の双対といい、入れ替えて得られた命題をもとの命題の双対命題と呼ぶ。双対の双対はきっちり元に戻る。
元の論理式が証明可能ならばその双対の否定が証明可能であり、ある論理式の否定が証明可能ならば、その論理式の双対が証明可能になる。
<<<<< http://goo.gl/vmSxI

ある論理式の構成要素すべてについて反対の記号へ置き換えたものを
双対と呼び、更に当該双対命題について、反対の記号へ置き換えると
元の式に戻る、という意味かと思うのですが(間違っていたらご指摘ください)、
これ自体に何の意味があるのでしょうか?

書籍では記号が多用されており、イメージがつかみにくかったので、
少しレベルを下げて、ご教示いただけると助かります。

宜しくお願いします。

お世話になります。

掲題の件、論理回路の項に軽く記載されており、気になったので
調べてみたのですが、よく解りませんでした。

Wikipedia >>>>>
命題を論理式として表したとき、論理和 ∨ と論理積 ∧ とをすべて入れ替え、全称記号 ∀ と存在記号 ∃ とをすべて入れ替えたものをもとの論理式の双対といい、入れ替えて得られた命題をもとの命題の双対命題と呼ぶ。双対の双対はきっちり元に戻る。
元の論理式が証明可能ならばその双対の否定が証明可能であり、ある論理式の否定が証明可能ならば、その論理式の...続きを読む

Aベストアンサー

文章だけだと非常にわかりにくいことこの上ないですが、
実は小学校高学年から中学生にかけて算数の授業でやったはずの
『ド・モルガンの法則』のことですよね。

そんなもん知らん!というのであれば
四角の中に丸を二つ書いて色付けをする『ベン図』を
書けば、あああれか、と思い出すんじゃないでしょうか。
ベン図に適当に色をつけてみて、色が付いている部分を残さず言及できるなら
それは色がついてない部分を言及しているのと同じ、というやつです。


で、何に使うの?というと、上記のベン図の場合、
色が付いている部分への言及と色が付いていない部分への言及が同じなのですから
論理上、簡単に表現できるほうへ言い換えてもよい、ということになります。


算数では三日月のや弧の面積の計算のように、
計算しやすい方への書き換えを認めていますよね。
なんちゃらの定理~は、実はこういう外側から攻めて証明したものが多いです。

述語の活用でも、言いやすい方や短く表現できる方を選択してもよい、
あるいは、例外を全部証明することで本題の証明としても良い、ということでもあります。
(もちろんこの法則の前提と同じく、全体が明らかな場合に限るんですけど。)

さらに派生として、無限の場合はどうなるか、とか
哲学の研究分野としては論理否定(不合理)の場合には何が起きているか?
というネタもありますねー。

文章だけだと非常にわかりにくいことこの上ないですが、
実は小学校高学年から中学生にかけて算数の授業でやったはずの
『ド・モルガンの法則』のことですよね。

そんなもん知らん!というのであれば
四角の中に丸を二つ書いて色付けをする『ベン図』を
書けば、あああれか、と思い出すんじゃないでしょうか。
ベン図に適当に色をつけてみて、色が付いている部分を残さず言及できるなら
それは色がついてない部分を言及しているのと同じ、というやつです。


で、何に使うの?というと、上記のベン図の場合、
色...続きを読む

Q【論理学】オススメの独習用書籍を教えて下さい

30半ばにして、脳トレの一環として始めてみた論理学に
興味を抱き、時間のあるときに勉強を続けていこうとして
いる者です(数学とは縁のない私立文系卒です)。一日
1~2時間であれば、読書時間を確保できます。

これまでに、入門の入門として下記の書籍を読みましたが、
今後のステップアップとして、ご推奨の論理学に関する
書籍があればご教示下さい。

・入門!論理学~野矢茂樹著
・論理学~野矢茂樹著
・論理学入門~三浦俊彦著

とても興味のある本としては、
 ・論理学をつくる~戸田山和久著
が気になっていますが、当方、読書速度が遅いため、分量に
圧倒され挫折する可能性が高いです。

既述の通り、「脳トレ」の一環として学習し始めたので、当面の
ところ(半年以内)目標としては、論理学の中級程度(が、どの
レベルか解らずに書いております)をおいてみたいと考えております。

Aベストアンサー

参考に成った様で良かったと思っています。

 古本の「スーパー源氏」:http://sgenji.jp/ で「論理学」で検索したところ、356件もの関連書籍が有りました。また、Amazon でのは、検索結果2,995件でした。
 どちらも、手軽に注文が出来て確実にお手元に届きます。「スーパー源氏」の場合は、注文すると「本」が届いてからの後払い(コンビニやゆうちょ銀行から)で、Amazon は、送料無料で様々な決済方法が有ります。(既にご存知かとも思いますが)

 お近くに図書館が無ければ、こうした方法が良いかと思います。基本は、「買って読み込む」:「自分のモノにする」(内容を)です。曖昧さを許さない「強い意志」が必要です。

 ただ、目的が「脳トレ」だと...「論理学」では、あまり面白くは無いのでは...

Q論理学と倫理学について

さきらから同じような質問をしてすいません
どうして私がさっきから倫理学と論理学についてしつこく質問しているのかというと
私は元々この相対主義化、ニヒシズム化してしまった現代を疑問に思いつつも、虚無化してしまっている自分を憎くも感じていました。
私には自身が生きていくために不可欠な羅針盤がありません。
というか作ろうとも思ったことはありませんでした。 
いままでそれにまったく、疑問にも思わず日々を送ってきました。
そして私には今問わなければならない課題が山のようにあります
・常識とは何なのか?
・何のために働き、何のためにお金を稼ぐのか?
・私は何を基準に善と悪をより分けているのだろうか?
・自分の意思を問うこともなしに周りに同調し、誰が作ったのかもわからないルールや法律の信託のままに生きる私に価値はあるのだろうか?
・自由や幸福、正義とはなんだろうか?
そして私はこれらを追求することができる学部が大学にあると知り、その倫理学という学部にいくことを決めていました。
しかし大学のシラバスをよく見てみると生命や環境や社会などあまり私の疑問に思っていることを深く追求しているような大学はありませんでした。
それによくよく考えてみたらこの問いは自分で考えることができるし、大学の講義を聴いてそれで納得してしまうのであればそれはもはや虚無化してしまっているではないか、と疑問も出てきました。
そう、私が大学にいけばこの問いの答えが見つけられると考えていた時点で根本から間違っていたのです。
大学の講義で知識を手にれても答えは出ません。
自分にあった講義があるかないかではないのです。
講義を聴くのが目的ではなくそれを論理的に自分で思考するのが目的なのです。
自分で考えてこそ答えは導き出せるのです。
ですから私は倫理学にいくのではなく哲学に言って論理学を学ぶべきだと考え、
そのことについて質問したのが論理学と倫理学についてでした。
そこでここまで踏まえてもらった上でもう一度答えていただきたく質問させていただきました
大学で論理学と倫理学どちらを学ぶべきでしょうか?
質問していいものかとも思いましたが専門家の意見が聞きたく結局質問させていただきました
迷惑かけますが回答のほうよろしくお願いします

さきらから同じような質問をしてすいません
どうして私がさっきから倫理学と論理学についてしつこく質問しているのかというと
私は元々この相対主義化、ニヒシズム化してしまった現代を疑問に思いつつも、虚無化してしまっている自分を憎くも感じていました。
私には自身が生きていくために不可欠な羅針盤がありません。
というか作ろうとも思ったことはありませんでした。 
いままでそれにまったく、疑問にも思わず日々を送ってきました。
そして私には今問わなければならない課題が山のようにあります
・常識と...続きを読む

Aベストアンサー

No5です。

>厳密に書くことが一つありました。
論理能力というのは、「思考する際の(正しい)道筋」「誰もが納得できる考え方」
といったような哲学や議論、日常の物事を深く考える際に使う論理能力のこと(うま
く説明できませんが、、、)であり、数学や科学で使う論理能力とは違うということ

 ここでの回答は上記のような論理能力を磨く際に論理学は倫理学より最適である。と
いうことだったのでしょうか?
すいません説明が足りてなくて。
もしよければもう一度同じ質問を投稿しますのでそこで教えてもらってもよろしいで
しょうか?

以上のご質問をいただきましたので、お答えします。
質問者さんのおっしゃる論理能力とは「日常の物事を深く考える際に使う論理能力」ということですが、これを含めて論理学と述べさせていただきました。
哲学では、質問者さんが考えておられる論理能力の基盤として「日常」を捉える能力を問う「認識論」、「日常の物事を深く考える」方法論として「解釈学」や「存在論」、「分析哲学」等があります。つまり、質問者さんが「考えたい論理学」と「一般的な論理学」とは異なっています。
このような意味で、哲学の分野で質問者さんの考え方に一番近いのは他の回答者さんが述べていたように「臨床哲学」だと思います。

臨床哲学は、比較的新しい哲学の分野で、まだ分野としての認知も低く学べる大学は少ないと思われます。臨床哲学では、哲学の理論を日常の物事に当てはめて解釈するのではなく、日常から理論を作っていこうとするものです。
実は私は哲学の専門家ではなく、幼児教育の専門家です。しかし、この新しい哲学の考え方が「ある日常」に対して哲学することを受け入れるようになったので、異なる分野の哲学専攻の博士課程に入学して学ぶことができています。そして、臨床哲学の基盤は、「日常をあるがままに観取する」という現象学の手法(超越論的論理学)が有効的だと考えられています(対極は分析哲学でしょうか)。

先の回答で示しましたように、社会の価値が相対化し、虚無に陥るニヒリズムは、価値(もしくは生命)の破壊と創造という世界のダイナミズムの人間的な受容の仕方なのかもしれません。この「無」に対して、個々人が解消することは困難だとされています。大抵は、「デカダンス(荒廃)」に陥ってしまいます。デカダンスは、快楽主義に進行しますが、世界を自分とって「心地よい」か「悪いか」という二文法で分けてしまうと他者を対象としてしか見れなくなり、それこそ究極の個人主義と排他主義が蔓延することになります。戦前のナチスドイツが典型的な例です。

哲学を日常から出発すること、または、日常から哲学が生まれること、この際の、「思考する際の(正しい)道筋」「誰もが納得できる考え方」は、哲学では「明証性」、「必当然明証性」などと呼ばれています。この明証性をどのように導き出すかには、様々なアプローチの仕方があると思いますので、いろいろお調べになり質問者さんの納得される哲学に出会うことが大切かなと思いました。

陰ながら応援しております、がんばってください!

No5です。

>厳密に書くことが一つありました。
論理能力というのは、「思考する際の(正しい)道筋」「誰もが納得できる考え方」
といったような哲学や議論、日常の物事を深く考える際に使う論理能力のこと(うま
く説明できませんが、、、)であり、数学や科学で使う論理能力とは違うということ

 ここでの回答は上記のような論理能力を磨く際に論理学は倫理学より最適である。と
いうことだったのでしょうか?
すいません説明が足りてなくて。
もしよければもう一度同じ質問を投稿しますのでそこで教えてもら...続きを読む

Q論理学とは?論理とは?

29歳勤務医です。
基本的な推論の体力や根気はあるので、ちゃんと読みますからできるだけ詳しく教えて下さい。

1。論理学の目標は何でしょうか?
~~学というのは例えば
医学であれば、ヒトの生物学的な知識、叉その人体への応用とか
数学であれば数や図形に関して正しい規則の発見と証明とか。
こんな様に実際的な目標や手段がはっきり分かれば良いのですが、論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?

2。また、他の学問が論理的なのは良いのです。論理的とは論理学において正しいということですよね。論理学は論理的に話をする前に「論理」の正しさはどういうように扱っているのでしょうか?論理とは何なのでしょうか。
直感的に正しいものが論理なのですか?論理は受け入れるしかないのでしょうか?
論理的である事に基礎をおいた学問はみんな直感的にしか正しさは示されていないのでしょうか?
数学で言う定義や公理のようなものは論理学には存在するのでしょうか?もしあるのなら知りたいです。
三段論法とかは証明できるのでしょうか。
自分で証明しようとしても当たり前すぎて出来ません。

3。教えてgooの物理の板で質問して仕入れた知識なのですが、現代物理学の最先端では同一の仮定から同一の結論が導き出せない事も有るかも知れないそうです。(具体的には全く同じ初期条件で宇宙を仮定しても時間と共に違う結果になる?そうなのです)そういう最新の科学の進歩によって古典的な論理学が退却を余儀無くされているのはホントですか?

本屋さんの論理学のコーナーの本は多くが、推論のトレーニングみたいな事をやっていて、このもやもやした気分には全然答えてくれません!

参考文献も挙げて頂ければと思います。
宜しくお願いします。

29歳勤務医です。
基本的な推論の体力や根気はあるので、ちゃんと読みますからできるだけ詳しく教えて下さい。

1。論理学の目標は何でしょうか?
~~学というのは例えば
医学であれば、ヒトの生物学的な知識、叉その人体への応用とか
数学であれば数や図形に関して正しい規則の発見と証明とか。
こんな様に実際的な目標や手段がはっきり分かれば良いのですが、論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?

2。また、他の学問が論理的なのは良いのです。論理的とは論理学にお...続きを読む

Aベストアンサー

最初から参考文献の話になりますが、以下の議論は
みすず書房から出ている
エドムント・フッサール著 立松弘孝訳 「論理学研究」
に全面的に拠っています。
全4巻構成で、訳書の第1巻が原書の1巻に相当し、第2~4巻が原書の2巻に相当しますが、
特に第1巻で論理学の位置付けについて、当時の論理学の基礎付けの中心的立場だった
心理学主義との対決を通して議論されています。
訳書2~4巻は哲学的認識論が中心で、現象学研究と言う点では
こちらのほうが重要なのですが、さしあたり読まなくてもいいでしょう。

古典中の古典とは言え100年前の本です。
また、フッサール自身「形式的論理学と超越論的論理学」というより研究が進んだ本を後年著しています。
こちらは未読ですし、その他に分析哲学の立場からも無視できない議論があります。
その辺りについては私は詳しくは知りませんのであしからずご了承ください。


さて、論理学の目標となると、これは理論学ということになります。
そもそも、学問は、数学にせよ物理学にせよ、または医学にせよ、
それぞれ固有の研究領域がありますが、単に個々の諸事実を集めただけでは
学問とは言うことはできません。学問へと昇華されるには、体系的統一が必要です。
その統一はいかに与えられるか。「すべてのAはBであり、XはAである、故にXはBである」
というような推論形式に従い、与えられた認識から基礎付けをしつつ新しい認識に従うとき、
初めて体系的統一が生まれ、学問が可能になります。
このとき、個々の学問の内容に関わるのではなく、内容抜きの純粋形式を問題にする
理論的学問が成立し、これが論理学であるわけです。
論理学の課題は学問一般が可能であるための条件を提供することにある、と言えましょう。
ですから、論理学は応用されれば学問論としても成立します。
(西洋哲学で「論理学」と言うと、狭義の論理学だけでなく学問論や認識論まで
意味が広がることが少なくありません。学問的伝統と言ったところでしょうか)

この理論学から出発して、規範学の基礎として論理学は使われます。
規範学とはなにか。例えば「AはBであるべし」という主張は、
「BであるAのみが善きAである」という形式に転換できます。
このときこの推論には価値評価が伴っています。
「善い技術」と言う規範的命題を言明するときに、
私たちは「善い」技術についてなんらかの概念を持っていなければなりません。
「BであるAのみがCという諸性質を有する」という理論命題に、
「Cの肯定的価値評価」が生じれば、それは「AはBであるべし」という規範命題の形を取ります。
規範学にはなんらかの理論的諸真理が必要であり、
よって、規範学の土台には理論学が存在しなければなりません。
理論学としての純粋論理学が、諸学問に土台を提供する、ということになります。

数学で言う定義や公理を論理学に求めるとすれば、
同一律「AならばA」、矛盾律「Aかつ非Aではない(Aまたは非Aのどちらかである)」、
排中律「Aまたは非A」等を挙げることになるのでしょうか。
これら論理学の定理は、それ以上さかのぼることができません。
「前提として不可欠であり、しかも循環無しに互いに還元できない公理」まで
さかのぼり、そこから三段論法等の諸定理を整備するのが純粋論理学の課題でもあります。

これで3以外の問いにはひとまず答えられたでしょうか。
3に関しては私はまったくの無知なので今回の返答は控えさせていただきます。


Q. 論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?
A. 目標は、それ自身では真でも偽でもない理論的真理を整備し(純粋論理学)、
他の諸学問が正当であるための基礎付けを与えるなどすること(規範的論理学-純粋論理学の応用)です。
そのための手段が、諸定理や公理系です。

Q. 数学で言う定義や公理のようなものは論理学には存在するのでしょうか?
A. 主だった定理には上述の同一律等があり、これらは公理系から導出されます。
これは適当な論理学の入門書に当たってみればよいと思われます。

Q. 「論理」の正しさはどういうように扱っているのでしょうか? 論理とは何なのでしょうか。
A. 「AならばA」はそれ以上遡行が不可能なことが明証的に把握されえます。
そこから出発し、循環無しにはそれ以上さかのぼることが不可能で、
そこから外れるとあらゆる証明が意味を失うような、
すべての理論に統一を与える純粋法則、それが論理とでも言えましょうか。



以下補足。
「~学が他の学問に基礎を与える!」というようなこういう立場は
いわゆる「基礎付け主義」と言って、実はそれほど評判がよくありません。
(ではなぜ紹介したのか、と言われると、基礎付け主義の絶対確実な知識は存在する、
という立場に、反論があるのも承知で個人的に共感があるからです。
個人的好みをこういった議論に介入させてまことに申し訳ありません)
こういった基礎付け主義に対する分析哲学の立場からの議論を含み、かつ比較的易しい本として
戸田山和久著 「知識の哲学」 産業図書
がお勧めできます。
フッサールの論理学研究は相当難易度が高いので、まずはこちらを当たってみるのもよいでしょう。
いずれにせよ、論理学の立場についてはいまだにこれぞという結論は出ておらず、
もっとも優秀な哲学者たちが日夜頭をひねっている、というのが現状です。

最初から参考文献の話になりますが、以下の議論は
みすず書房から出ている
エドムント・フッサール著 立松弘孝訳 「論理学研究」
に全面的に拠っています。
全4巻構成で、訳書の第1巻が原書の1巻に相当し、第2~4巻が原書の2巻に相当しますが、
特に第1巻で論理学の位置付けについて、当時の論理学の基礎付けの中心的立場だった
心理学主義との対決を通して議論されています。
訳書2~4巻は哲学的認識論が中心で、現象学研究と言う点では
こちらのほうが重要なのですが、さしあたり読まなくてもいいでし...続きを読む

Qρ|お礼を投稿するタイミングについて の質問ですが 言語学と論理学とそ

ρ|お礼を投稿するタイミングについて の質問ですが 言語学と論理学とそれ以外の観点で回答を下さることを期待して フィロの皆様にQです
 ・ 
ω|さまざまな方々たるiD様より ご応答反応ご文章をたまわり お礼分の作成という 命題に取り組む時となりました 
 ・ 
σ|すぐれた回答には すぐれたお礼分を との思いから ついつい自分の能力以上の 作文をしようとし 時間だけを経過させてしまいます 
 ・ 
δ|アンスワに対するサンキュの気持ちを応答速度と文章内容を両立させて編み上げるための 方法論などをご教示ください 
 ・ 
∫|ハウツー タクティクス マヌーヴァ セオレム メソッド ストラテジ プロシージャ エトスプラスSやさしいビジネス英語S講師 
 ・ 
£|この段落は転+結 <参照>δ<参照終>が転+結です 
 ・ 
#|追伸 ほかの四つの質問に対するお礼文は一週間 考えてから投稿します iD停止 こうざ凍結 書込み禁止 ない限り kITあるとも 明るい【rISE】現出【eMERGE】あぴあらんす 
 ・ 
ダブルシャープ|追伸の追伸 わかりやすい文章を との御意にもかかわらず これはnGかな と自覚はしているものの 引っ込み思案は よくないとの観点から 画像添付します  精神状態の写し と思ってください

ρ|お礼を投稿するタイミングについて の質問ですが 言語学と論理学とそれ以外の観点で回答を下さることを期待して フィロの皆様にQです
 ・ 
ω|さまざまな方々たるiD様より ご応答反応ご文章をたまわり お礼分の作成という 命題に取り組む時となりました 
 ・ 
σ|すぐれた回答には すぐれたお礼分を との思いから ついつい自分の能力以上の 作文をしようとし 時間だけを経過させてしまいます 
 ・ 
δ|アンスワに対するサンキュの気持ちを応答速度と文章内容を両立させて編み上げ...続きを読む

Aベストアンサー

あなたのセンス、わたしは嫌いではありません。
文を書くのに時間はかかるかもしれませんが、
あなた自身が書くのを楽しめることが理想ですね。
それ以上のことは、気にしなくてよいのではないですか。

Q論理学について

 こんばんは。

 最近、論理学の入門書を読ませて頂いたのですが、これらの本がとても面白かった為、論理学への興味が高まりました。

 そこで放送大学等の通信制の大学で論理学を学べないものかと考えているのですが、送って頂いた大学の資料を見ても「論理学科」は存在しません。
 また、読んだ書物はどれも同じような内容にも拘らず、著者の経歴は皆バラバラで、哲学科の方、数学科の方など様々です。

 いったい論理学はどのカテゴリーに属すのでしょうか?
 教えて下さい。宜しくお願いします。
 
 もしかしたら見当違いの質問をしているのかも知れませんが、当方「オツムのデキ」が余りよろしくない為、大目に見てやって下さい。ぺこり

Aベストアンサー

論理学は数学と密接な関係を持っています。

しかし、伝統的な大学の分類では、
論理学は哲学科に含まれます。
哲学なので、学部としては文学部に入ります。

つまり、やっていることは理科系的だけど、
大学の組織としては文学部哲学科の一部なのです。
それで、論理学は、
数学から入ってきた人がいたり、哲学から入ってきた人がいたりするのです。

論理学の講座は、
哲学の講座の中にあると思います。

Q論理学について

今、大学で論理学の講座をとっています。(といっても、教養科目としてですが)記号演算(?)をやっているのですが、なかなか証明問題が解けません。なにか、解くコツやポイントがあれば教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

証明問題がうまく出来るようになるのは第一に数多く沢山の問題を解くこと。

次に裏技なんだけど、仮定→結論の順に証明を書くのではなく、逆に結論→仮定の順に証明を書いてみること。つまり、証明というのは普通は一般的な命題から特殊な命題を導き出すことだから、逆に考えて特殊から一般を出す方が易しいのさ。

論理というのは筋が通っているかどうかだから、どっちから書こうと証明として筋が通っていればOKなんだ。実はこれは昔大学で論理学の先生が講義の時に使っていた方法で、その場で証明を書き出して、証明が行き詰まると下から(結論から)書いて結局繋げちゃうというワザを使っていたんだね。

Q数学? 哲学? 論理学

子供が大学では論理学を勉強したいということなのですが、
相談されても、私に論理学に知識がないので教えて下さい。
論理学を学ぶために、哲学科に進もうと考えているようなのです。
前からパラドックスに興味があり、数学の哲学にも興味がわき始めたよようですが、
親の目から見ても、文系というより数学が好きで得意だと思います。
実際、大学の数学科で論理学の勉強は深く勉強できるものなのですか?
また、論理学を勉強するためには、数学と哲学どちらがより良いと思われますか?
学校案内なども取り寄せて見たのですが、よくわかりません。
また文系理系の進路選択もありますので教えて下さい。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 お子様は、高校生とお察しします。私が数学科を出たのは、お子様が生まれる前のことですので、今とは状況が違うかも知れませんが、一応、私が大学に行っていた当時の数学科の状況をコメントします。
 数学の論理学というと、数学基礎論という分野の一部、記号論理学、もしくは数理論理学と呼ばれる分野のことでしょうが、この分野は、異色の分野でして、大学数学科で学部生に教えている大学は、少ないと思います。恐らく、たまたま、その大学で数学基礎論の先生がいて、基礎論の講座を開いているということでないと、難しいでしょう。あったとしても、まあ、そういう講座もあるというだけで、大学の数学の中心は、あくまでも代数学と解析学になるだろうと思います。
 ただし、数学基礎論のうち、集合論という分野は、さわりだけは、必修となっている大学が多いでしょう。
 論理学を学びたくて、数学科に進学するのなら、それぞれの大学に、そういう講座があるのかを調べるべきでしょうが、あったとしてもポツンと一つという感じかも知れません。基礎論の教授がいれば、質問は出来るというレベルでして、No1の方が、おっしゃられているように、実際の勉強は、自分ですることになるだろうと思います。
 なお、申し訳ありませんが、哲学科のことは、知りません。あしからず。
 

 お子様は、高校生とお察しします。私が数学科を出たのは、お子様が生まれる前のことですので、今とは状況が違うかも知れませんが、一応、私が大学に行っていた当時の数学科の状況をコメントします。
 数学の論理学というと、数学基礎論という分野の一部、記号論理学、もしくは数理論理学と呼ばれる分野のことでしょうが、この分野は、異色の分野でして、大学数学科で学部生に教えている大学は、少ないと思います。恐らく、たまたま、その大学で数学基礎論の先生がいて、基礎論の講座を開いているということで...続きを読む

Q論理学

哲学というより論理学の質問なんですが・・・

「すべての行為は、規則に従う事によって、始めて可能となる」(規則に従わなければ、どの様な行為も不可能である)

という命題には矛盾があるらしいのですが、何故だか分かりません!
どなたか教えてください!

Aベストアンサー

私は#3さんの意見から
>「すべての行為は、規則に従う事によって、始めて可能となる」
が真であるならば、「規則を作るという行為」も規則に従わねばならない。
と、すると「規則を作るという行為をする行為」も規則に従わねばならない。
ならば、「規則を作るという行為をする行為をする規則」を作る行為も規則に従わねばならない。
そうすると、「規則を作るという行為をする行為をする規則を作る行為」も規則に従わねばならない。
で、あるならば、「規則を作るという行為をする行為をする規則を作る行為をする規則を作る行為も規則に・・・・・
・・・以下略
しかし、有限の時間内に無限の行為はできない。
=この命題は矛盾している、だと思います。

この命題は「(否定を含む)自己言及命題」に類するもので、本来は解なしでも良いと思うのですがね。
他にも「すべての規則には例外がある」という規則←もし、「 」内が正しければ「 」内の規則にも例外がある=例外の無い規則もある、事になって自己矛盾します、という物があります。
命題の中に否定文を含むものは要注意なのです。

参考になれば幸いです。
「もし参考にならなかったら、この回答文は全て無視してください」←ん?

私は#3さんの意見から
>「すべての行為は、規則に従う事によって、始めて可能となる」
が真であるならば、「規則を作るという行為」も規則に従わねばならない。
と、すると「規則を作るという行為をする行為」も規則に従わねばならない。
ならば、「規則を作るという行為をする行為をする規則」を作る行為も規則に従わねばならない。
そうすると、「規則を作るという行為をする行為をする規則を作る行為」も規則に従わねばならない。
で、あるならば、「規則を作るという行為をする行為をする規則を作る行...続きを読む


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