30半ばにして、脳トレの一環として始めてみた論理学に
興味を抱き、時間のあるときに勉強を続けていこうとして
いる者です(数学とは縁のない私立文系卒です)。一日
1~2時間であれば、読書時間を確保できます。

これまでに、入門の入門として下記の書籍を読みましたが、
今後のステップアップとして、ご推奨の論理学に関する
書籍があればご教示下さい。

・入門!論理学~野矢茂樹著
・論理学~野矢茂樹著
・論理学入門~三浦俊彦著

とても興味のある本としては、
 ・論理学をつくる~戸田山和久著
が気になっていますが、当方、読書速度が遅いため、分量に
圧倒され挫折する可能性が高いです。

既述の通り、「脳トレ」の一環として学習し始めたので、当面の
ところ(半年以内)目標としては、論理学の中級程度(が、どの
レベルか解らずに書いております)をおいてみたいと考えております。

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A 回答 (2件)

参考に成った様で良かったと思っています。



 古本の「スーパー源氏」:http://sgenji.jp/ で「論理学」で検索したところ、356件もの関連書籍が有りました。また、Amazon でのは、検索結果2,995件でした。
 どちらも、手軽に注文が出来て確実にお手元に届きます。「スーパー源氏」の場合は、注文すると「本」が届いてからの後払い(コンビニやゆうちょ銀行から)で、Amazon は、送料無料で様々な決済方法が有ります。(既にご存知かとも思いますが)

 お近くに図書館が無ければ、こうした方法が良いかと思います。基本は、「買って読み込む」:「自分のモノにする」(内容を)です。曖昧さを許さない「強い意志」が必要です。

 ただ、目的が「脳トレ」だと...「論理学」では、あまり面白くは無いのでは...
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    • 1
この回答へのお礼

古書の検索サイトを教えて頂きありがとうございました。
実は、「スーパー源氏」のようなサイトがあればいいなと
思っていたところなので、二重に嬉しいです。

Amazonは、以前よく利用しておりましたが、手元に
商品が届くと、何かと気になることが多かったので、
(当方、神経質ではない性格なのですが…)
現在はレビューを参考するのみに留めています。

>ただ、目的が「脳トレ」だと...「論理学」では、あまり面白くは無いのでは...
どうなんでしょう、初心者レベルの位置にありますので、
中級レベルを目指して、少しずつ勉強していくことは
モチベーションも適度にあって、いい刺激になるかと
思っています。飽きたら、別のカテゴリの勉強します(笑)。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/19 08:15

 「入門書」は読まれているようなので、次のステップは、「概論」「通論」に成るかと思います。


 お近くに図書館が有れば、出掛けてみて「相談」して「図書館書士」の方に聞いてみては如何がでしょうか?

 何でも同じですが、「基礎」を徹底的に遣ってみては?
例:基礎論理学 竹内 昭 著 発行年 1977年 判型 A5判 体裁 上製

 以上、参考に成ると良いのですが...
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    • 1
この回答へのお礼

ありがとうございます。

近所の図書館で論理学関係の本が少なく(市内の
図書館も同様です)、困っているところです。
取り寄せられる蔵書は既読のものしかありません。

>何でも同じですが、「基礎」を徹底的に遣ってみては?
はい。基礎が大事だと思うので、お勧め頂いた書籍を
参考にいたします。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/18 12:26

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Q野矢茂樹『「論理哲学論考」を読む』(ちくま学芸文庫)

野矢茂樹『「論理哲学論考」を読む』(ちくま学芸文庫)
を読んでいるのですが、どうにも理解できない部分があります。
(ちなみにいわゆる哲学は素人です。のため、『論考』を読んでも討ち死にです。)

『論考』における要素命題の独立性と野矢氏が?言うところの解説なのですが、

 『論考』ではある要素命題から他の要素命題が導かれること、
 あるいはある要素命題が他の要素命題と矛盾しあうということが説明できない。
 むしろ積極的に、要素命題はお互いにそのような論理的な関係に立たないことを主張する。
 『論考』のこの主張を「要素命題の独立性」と呼ぼう。(p.145)

とあります。そしてその「要素命題の独立性」の解説として、

 一般に、命題Aから命題Bが帰結するとき、
 命題Aの真理領域は命題Bの真理領域に含まれている。
 また、命題Aと命題Bが両立不可能なとき、
 命題Aの真理領域と命題Bの真理領域は共通部分を持たない。(p.150)

とあります。ここまでは理解できるのですが、直後の、

 それゆえ、二つの命題AとBが相互独立であることは、両者の真理領域が
 共通に重なる部分と重ならない部分とをともにもつこととして捉えられる。(p.150)

とあるのですが、
なぜこれが要素命題の独立性と言われるのかが理解できません。

ここでの解説は「一般に」とあるので、これは『論考』そのものからではなく、
p.150の引用の最初のふたつをそれぞれ「包含関係にあること」「両立不可能」とすると、
みっつめの引用はそれ以外の可能性として「重なる部分もある」しかないため、
これを「独立性」と考えているのでしょうか?
重なる部分があるのになぜ独立と捉えることができるのでしょうか?


 
 

野矢茂樹『「論理哲学論考」を読む』(ちくま学芸文庫)
を読んでいるのですが、どうにも理解できない部分があります。
(ちなみにいわゆる哲学は素人です。のため、『論考』を読んでも討ち死にです。)

『論考』における要素命題の独立性と野矢氏が?言うところの解説なのですが、

 『論考』ではある要素命題から他の要素命題が導かれること、
 あるいはある要素命題が他の要素命題と矛盾しあうということが説明できない。
 むしろ積極的に、要素命題はお互いにそのような論理的な関係に立たないことを主張...続きを読む

Aベストアンサー

原本を知らないため、的外れな回答になるかも知れません事、ご容赦願います。

命題Aが「pならばqである」といった真理を記述していたとします。
命題Bが「rならばsである」といった真理を記述していたとします。

>>> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%96%E7%90%86%E5%8C%85%E5%90%AB
論理学における「P ならば Q」は、「P でない、と Q である、の少なくとも一方が正しい」の短い言い換えなのである
<<<
ですから、

命題Aは
p q p→q
真 真 真
真 偽 偽
偽 真 真
偽 偽 真

命題Bは
r s r→s
真 真 真
真 偽 偽
偽 真 真
偽 偽 真
となります。

命題Aと命題Bが「独立している」を「互いに導き出され得ない」と定義すれば、

命題1:「命題Aならば命題B」ではない
かつ
命題2:「命題Bならば命題A」ではない
となるでしょう。

すなわち、
命題1:「命題Aが偽、と命題Bが真の少なくとも一方が正しい」を否定
かつ
命題2:「命題Bが偽、と命題Aが真の少なくとも一方が正しい」を否定

言い換えると
命題1:「命題Aが真、かつ、命題Bが偽」
かつ
命題2:「命題Bが真、かつ、命題Aが偽」

であり、命題1と命題2とは重なり合いません。

しかしながら、命題Aと命題Bとは重なり合う部分を持っていても矛盾しません。

原本を知らないため、的外れな回答になるかも知れません事、ご容赦願います。

命題Aが「pならばqである」といった真理を記述していたとします。
命題Bが「rならばsである」といった真理を記述していたとします。

>>> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%96%E7%90%86%E5%8C%85%E5%90%AB
論理学における「P ならば Q」は、「P でない、と Q である、の少なくとも一方が正しい」の短い言い換えなのである
<<<
ですから、

命題Aは
p q p→q
真 真 真
真 偽 偽
偽 真 真
偽 偽 真

命題Bは
r ...続きを読む

Q論理学の入門書

こんにちは。質問させて頂きます。

現在大学一年生で、哲学を勉強しています。まだ専門的な事は学んでいません。

先日特に理由は無いのですが、ウィトゲンシュタイン(特に論理学の部分)に興味を持ち、永井均の「ウィトゲンシュタイン入門」を読みました。

お恥ずかしい事に半分も内容をきちんと理解する事が出来ませんでした。(「入門」なのに・・・・)

というわけでこんな私でも読みやすい論理学の入門書と、ウィトゲンシュタインの入門書はありますか?

是非ご教授願います。回答お待ちしております。

Aベストアンサー

いきなりウィトゲンシュタインに手を出す方が、どうかしてるぜ(ブラックマヨネーズ)。読みやすい論理学の入門書としては、例えば次の本があります。すでにご存知かもしれません。

野崎昭弘 『詭弁論理学 (中公新書 448)』

また、次も読みやすい本で、論理学というか擬似科学などを取り上げています。

マーティン・ガードナー(原著)、市場泰男(翻訳) 『奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF)』

ネットのQ&Aサイトの哲学カテゴリーなどを覗くと、変な哲学もどきが横行してますよね。上記の本を読めば、そんなしろものに引っ掛かりにくくなるでしょう。

Q「論理学」または「科学哲学」のお勧めの入門書

論理学に関しては、できれば、アリストテレス的な演繹的分野だけでなく、
ベーコンやミル的な帰納的分野も学びたいです。



当方、論理学も科学も哲学も初心者です。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

私の持っている本の中から下記のものがよろしいかと思います。

論理学・・「論理学入門」下記参照
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4313350055.html

哲学も初めてということなので、哲学全般に関して平易に描かれた本が
よろしいかと思います。

哲学・・「分析哲学入門」 5分冊になります。
ちょっと高くなりますが、これを読めばおおよその哲学の輪郭が理解できると思います。
下記参照
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%95%AA%90%CD%93%4E%8A%77%93%FC%96%E5

Q【アメリカの哲学者のチャールズ・サンダース・パースの】「探究の論理学」という書籍を探しているんですが

【アメリカの哲学者のチャールズ・サンダース・パースの】「探究の論理学」という書籍を探しているんですがどこで買えますか?

Amazonでチャールズ・サンダース・パースと検索するとパース・ジェイムズ・デューイという人が出て来ます。別人ですよね?

どこに探究の論理学という本があるんでしょうか?

和訳されてないのでしょうか?

探究の論理学は書籍名ではなく何かの章、項目にあるのでしょうか?

Aベストアンサー

お探しの本は、デューイの「行動の論理学 探求の理論」のことではないでしょうか?
「パース・ジェイムズ・デューイ」は一人の人物ではありません。
チャールズ・サンダース・パース,ウィリアム・ジェームズ,ジョン・デューイの三人はアメリカを代表するプラグマティズムの哲学者です。

Q論理学とは?論理とは?

29歳勤務医です。
基本的な推論の体力や根気はあるので、ちゃんと読みますからできるだけ詳しく教えて下さい。

1。論理学の目標は何でしょうか?
~~学というのは例えば
医学であれば、ヒトの生物学的な知識、叉その人体への応用とか
数学であれば数や図形に関して正しい規則の発見と証明とか。
こんな様に実際的な目標や手段がはっきり分かれば良いのですが、論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?

2。また、他の学問が論理的なのは良いのです。論理的とは論理学において正しいということですよね。論理学は論理的に話をする前に「論理」の正しさはどういうように扱っているのでしょうか?論理とは何なのでしょうか。
直感的に正しいものが論理なのですか?論理は受け入れるしかないのでしょうか?
論理的である事に基礎をおいた学問はみんな直感的にしか正しさは示されていないのでしょうか?
数学で言う定義や公理のようなものは論理学には存在するのでしょうか?もしあるのなら知りたいです。
三段論法とかは証明できるのでしょうか。
自分で証明しようとしても当たり前すぎて出来ません。

3。教えてgooの物理の板で質問して仕入れた知識なのですが、現代物理学の最先端では同一の仮定から同一の結論が導き出せない事も有るかも知れないそうです。(具体的には全く同じ初期条件で宇宙を仮定しても時間と共に違う結果になる?そうなのです)そういう最新の科学の進歩によって古典的な論理学が退却を余儀無くされているのはホントですか?

本屋さんの論理学のコーナーの本は多くが、推論のトレーニングみたいな事をやっていて、このもやもやした気分には全然答えてくれません!

参考文献も挙げて頂ければと思います。
宜しくお願いします。

29歳勤務医です。
基本的な推論の体力や根気はあるので、ちゃんと読みますからできるだけ詳しく教えて下さい。

1。論理学の目標は何でしょうか?
~~学というのは例えば
医学であれば、ヒトの生物学的な知識、叉その人体への応用とか
数学であれば数や図形に関して正しい規則の発見と証明とか。
こんな様に実際的な目標や手段がはっきり分かれば良いのですが、論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?

2。また、他の学問が論理的なのは良いのです。論理的とは論理学にお...続きを読む

Aベストアンサー

最初から参考文献の話になりますが、以下の議論は
みすず書房から出ている
エドムント・フッサール著 立松弘孝訳 「論理学研究」
に全面的に拠っています。
全4巻構成で、訳書の第1巻が原書の1巻に相当し、第2~4巻が原書の2巻に相当しますが、
特に第1巻で論理学の位置付けについて、当時の論理学の基礎付けの中心的立場だった
心理学主義との対決を通して議論されています。
訳書2~4巻は哲学的認識論が中心で、現象学研究と言う点では
こちらのほうが重要なのですが、さしあたり読まなくてもいいでしょう。

古典中の古典とは言え100年前の本です。
また、フッサール自身「形式的論理学と超越論的論理学」というより研究が進んだ本を後年著しています。
こちらは未読ですし、その他に分析哲学の立場からも無視できない議論があります。
その辺りについては私は詳しくは知りませんのであしからずご了承ください。


さて、論理学の目標となると、これは理論学ということになります。
そもそも、学問は、数学にせよ物理学にせよ、または医学にせよ、
それぞれ固有の研究領域がありますが、単に個々の諸事実を集めただけでは
学問とは言うことはできません。学問へと昇華されるには、体系的統一が必要です。
その統一はいかに与えられるか。「すべてのAはBであり、XはAである、故にXはBである」
というような推論形式に従い、与えられた認識から基礎付けをしつつ新しい認識に従うとき、
初めて体系的統一が生まれ、学問が可能になります。
このとき、個々の学問の内容に関わるのではなく、内容抜きの純粋形式を問題にする
理論的学問が成立し、これが論理学であるわけです。
論理学の課題は学問一般が可能であるための条件を提供することにある、と言えましょう。
ですから、論理学は応用されれば学問論としても成立します。
(西洋哲学で「論理学」と言うと、狭義の論理学だけでなく学問論や認識論まで
意味が広がることが少なくありません。学問的伝統と言ったところでしょうか)

この理論学から出発して、規範学の基礎として論理学は使われます。
規範学とはなにか。例えば「AはBであるべし」という主張は、
「BであるAのみが善きAである」という形式に転換できます。
このときこの推論には価値評価が伴っています。
「善い技術」と言う規範的命題を言明するときに、
私たちは「善い」技術についてなんらかの概念を持っていなければなりません。
「BであるAのみがCという諸性質を有する」という理論命題に、
「Cの肯定的価値評価」が生じれば、それは「AはBであるべし」という規範命題の形を取ります。
規範学にはなんらかの理論的諸真理が必要であり、
よって、規範学の土台には理論学が存在しなければなりません。
理論学としての純粋論理学が、諸学問に土台を提供する、ということになります。

数学で言う定義や公理を論理学に求めるとすれば、
同一律「AならばA」、矛盾律「Aかつ非Aではない(Aまたは非Aのどちらかである)」、
排中律「Aまたは非A」等を挙げることになるのでしょうか。
これら論理学の定理は、それ以上さかのぼることができません。
「前提として不可欠であり、しかも循環無しに互いに還元できない公理」まで
さかのぼり、そこから三段論法等の諸定理を整備するのが純粋論理学の課題でもあります。

これで3以外の問いにはひとまず答えられたでしょうか。
3に関しては私はまったくの無知なので今回の返答は控えさせていただきます。


Q. 論理学って一体何を目標として、何を手段としているのでしょうか?
A. 目標は、それ自身では真でも偽でもない理論的真理を整備し(純粋論理学)、
他の諸学問が正当であるための基礎付けを与えるなどすること(規範的論理学-純粋論理学の応用)です。
そのための手段が、諸定理や公理系です。

Q. 数学で言う定義や公理のようなものは論理学には存在するのでしょうか?
A. 主だった定理には上述の同一律等があり、これらは公理系から導出されます。
これは適当な論理学の入門書に当たってみればよいと思われます。

Q. 「論理」の正しさはどういうように扱っているのでしょうか? 論理とは何なのでしょうか。
A. 「AならばA」はそれ以上遡行が不可能なことが明証的に把握されえます。
そこから出発し、循環無しにはそれ以上さかのぼることが不可能で、
そこから外れるとあらゆる証明が意味を失うような、
すべての理論に統一を与える純粋法則、それが論理とでも言えましょうか。



以下補足。
「~学が他の学問に基礎を与える!」というようなこういう立場は
いわゆる「基礎付け主義」と言って、実はそれほど評判がよくありません。
(ではなぜ紹介したのか、と言われると、基礎付け主義の絶対確実な知識は存在する、
という立場に、反論があるのも承知で個人的に共感があるからです。
個人的好みをこういった議論に介入させてまことに申し訳ありません)
こういった基礎付け主義に対する分析哲学の立場からの議論を含み、かつ比較的易しい本として
戸田山和久著 「知識の哲学」 産業図書
がお勧めできます。
フッサールの論理学研究は相当難易度が高いので、まずはこちらを当たってみるのもよいでしょう。
いずれにせよ、論理学の立場についてはいまだにこれぞという結論は出ておらず、
もっとも優秀な哲学者たちが日夜頭をひねっている、というのが現状です。

最初から参考文献の話になりますが、以下の議論は
みすず書房から出ている
エドムント・フッサール著 立松弘孝訳 「論理学研究」
に全面的に拠っています。
全4巻構成で、訳書の第1巻が原書の1巻に相当し、第2~4巻が原書の2巻に相当しますが、
特に第1巻で論理学の位置付けについて、当時の論理学の基礎付けの中心的立場だった
心理学主義との対決を通して議論されています。
訳書2~4巻は哲学的認識論が中心で、現象学研究と言う点では
こちらのほうが重要なのですが、さしあたり読まなくてもいいでし...続きを読む


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