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哲学的な事を考えすぎて鬱になる事はあるのでしょうか。

最近、虚無主義(ニヒリズム)の考え方をする事が多くなり、人間が決めた法律や道徳に従っているのに嫌気が差したりします。
法律や道徳など、基準となる考え方が無いと社会が成り立たないのは分かっていますが、そのようなものを「洗脳」と考えてしまいます。

何にも洗脳されず、物事の本質を突き詰めたいと深く考えます。しかしこの世界に真理は存在せず、虚無の世界だと思うと気分が暗くなります。

しかしずっと暗い気分でいる訳ではなく、論理的に考えるのを止め、感情論だけで行動したりもします。
友人と遊ぶのは楽しいし、ご飯は美味しいし、普通の状態の時もあります。

しかしこの世界はそんな楽しい場所ではなく、「ただ原子が存在していてそれが物理法則に従って動いているだけの世界」だという事を思い出すとまた虚無感に襲われます。

A 回答 (8件)

哲学的なことを考えすぎて鬱になると云うのだから、№5のmokuzo100nenさんの云う偉大な哲学者には成り得ないはずで、だからこそ心配で心配で再回答?せずにはいられません。



じっさい現代は、そしてとくにこの日本の社会は規則・規則でがんじがらめになっているから、私も息苦しさを感じます。
いっそのこと、法律や道徳なんてものが生まれる前の原始時代に生きたいなんて思ったりしますね。

こうしてパソコンのキーを叩いていたりすると、どこから来るのでしょうか小さい虫がやって来たりします。暖かくなれば羽虫なども飛んできます。この小さな虫を”命(いのち)”と思って見ていると、とても不思議な気分になります。ちょっと指で触れれば簡単に潰れてしまうだろう小さな命。

集団生活の蟻を見ていても、本当によく活動するもんだなぁと感心してしまいます。

命は生きる事によって生命となります。
生きるにはそのためのチカラが必要です。
それ故に生命力と云う表現が可能なのです。

また、生命は生きることが《正》なので、生きる力が弱まればそれは《負》と捉えるべきで、虚無感はこの範囲に入るでしょう。

虚無感=むなしさ、ですね。

たぶん、まだご自身が何をしたらいいのか・何がしたいのかが、分からない・見つけられない、と云った状態ではないでしょうか。
まずはその目的・目標を探す事でしょう。

あの小さな虫でさえ「生きる」と云う目標を持っているのだから。
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宇宙という広大の部屋の中に目に見えない砂粒があって、そこには少しのカビ(人間)が寄生していた。

「俺の時代がきた!世界は俺のものだ」と騒ぐ傲慢なカビもいる。

世界は肉の塊が騒いでいるだけだった。



無から生まれ無へ返る。

みんな違ってみんな糞。

生きる事に意味は無く、人は自由の刑に処せられている。
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全ての人は物質で出来た肉の塊にすぎず、人は皆無価値であり等価値だ。


政治家だろうが、ニートだろうが、どちらも無価値であり等価値だ。

そして一度でも死んでしまえば、永遠の無が訪れる。

何年生きようが、その後に訪れる永遠の無と比較すればそれまで生きた年数は、相対的な、、、、、、0(完璧な無価値)となる。
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偉大な哲学者でメンヘラになったのは居らんから心配いらないよ。



数学者は、歴史上偉大な業績を残してメンヘラになったのがおるから、こっちは要注意。

あっ、哲学科の教授とか、教育サラリーマン諸兄に関しては、「哲学者」の範疇に入れておらんから、お間違えなきよう。
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虚無あるいは虚無主義について――生きるために――考え それが何で


あるかを突き止めるのが 哲学です。

虚無の底まで行って戻ってきてください。



虚無は 思想ではないですよ。

生きるからには 虚無はくだらんと思うか。
あるいは 思想だと思うなら むしろ虚無をすら突き止めて それを生
きることとは どういうことかを明らかにする。

さらにあるいは 《〈生きる〉ことはどうでもよい》という結論に達し
たなら そこから どうするかを考えその結論に従えばよい。でしょう。



世の中は モノだけの世界だと見るのは 唯物論ではなく 唯(ただ)
もの論と 昔から呼ばれています。
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ご飯を美味しいと思ってくれるこの体。


友人と遊ぶことを楽しいと思うこの心。

体を丈夫にしようと思う向上心。
心を丈夫にしようと思う向上心。

心は右向きと左向きの力の引っ張り合い。
例えれば綱引き、なのです。

ご自身の生命に力を!
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昔から、哲学的なことばかり考えていて、最後は自殺した人って多いと思っています。



論理的に考えても、「世界がこの世だけ」と思っていたら、「いくら努力しても、最後は死ぬ」と思えば、さっさと自殺するってのが当然の結論になります。
初期の釈尊の教えにも、「この世に生まれてくるのが悲しくて、赤ちゃんは泣く」なんてのもありますからね。
「今が苦しくとも、死んで極楽に行けば、楽しいですよ」っていう考え方も広まったくらいですからね。
後期の釈尊の教えになると、「この世」「あの世」を統合して価値観判定しているようですので、自殺推奨の教えにはなっていないと思いますけどね。
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それは真実の世界が…みえてないからだよ。


この世界には、真理が確かに存在している。
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Q哲学しすぎて鬱病になったんですが…

少し長くなります。
僕は高校時代、宗教にハマり、その反動から大学ではニーチェなどに傾倒して哲学書を自己流に読み漁りました。
大学では理系にいたのですが、哲学趣味が高じて卒業後は文学部哲学科に学士入学をしたいと強く考えるようになりました。しかし、親の反対や、哲学という学問としての不毛さを考えるにあたり、去年の夏(四回生)、周囲に流されるまま理系の大学院を受験することとなりました。
その際、将来を悩むあまりノイローゼになりつつ死ぬ気で勉強した僕は、入試が終わった次の日に急に、人生はなんて無意味なんだ…というネガティブな感情や漠然とした不安に急に襲われました。あの時はただひたすら時間が過ぎるのを待つしかできず、何をしていても死ぬのが怖いという感情しか持つことができませんでした。
冬まで我慢しても状況はよくならなかったので、病院に行ったところ鬱病と診断されました。薬のおかげでなんとか最近は、快の感情も感じられるようになったのでした。

しかしついさっき、去年の夏に鬱病を発病した瞬間がフラッシュバックしてきて、今にも押しつぶされそうになりました。
今現在、その感覚を紛らわすために質問を書いています。
単に蒸し暑くて去年を思い出したせいか、はたまた昼に読んだ、中島義道さんの『カイン』のせいか。
この感情が続くのなら様子を見てまた病院に行こうと思います。

うーん、結局何が言いたいのか自分でもわからなくなってきました。
つまり、皆さんは哲学的に悩みまくって、すごく虚無的な気分を感じたりすることはありませんか?そのときは何を思って気分転換していますか?
僕は、哲学の本なんて手を出すんじゃなかったと思ってしまうんですが、哲学をやってよかったことがあれば教えてください。

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Aベストアンサー

読んだ本がまずいですね。中島義道の『カイン』ですか。忘れましょう。カントはよいですが、中島はイケません。根性悪です。私は、あなたのように多くの本を読んではいないと思います。どうせ哲学から離れられないのなら、『眠られぬ夜のために』あたりにしておきましょう。

 哲学って、答えがないのが答えなんです。しかし、論理も必要とされますし、おおよその道筋はつけなくてはなりません。そこで無理をして、わからないことを、さもわかったかのように論じてしまうんです。詭弁って大昔から指摘されていますが、自分は他人の詭弁を指摘できても、自分の詭弁は自覚しにくいのです。誰もがその落とし穴にはまります。

 そりゃ、まったく考えないよりはいいですよ。でもね、確信的な成果を上げるときは、人は考えていないのです。なぜなら、知っていることを実行したにすぎないからです。何もできないのは、知らないからです。自分は知らない、それを知ることが大切で、あなたはそれに気づき始めたから悩むのです。そして、それでいいんです。

 かくいう私も、悩みばかりですよ。こうしてあなたに回答を書くことで、自分とも向き合えました。ですから、あなたには感謝しなければなりません。あなたもこうしてご質問をされたなら、誰かへのご回答で返してください。考えも少しはまとまります。それに、あなたは豊かな学識をお持ちじゃありませんか。人の役に立つにはと考えれば、必要以上に意識は自分に向きません。他のご回答もあなたの助けになるでしょうし、ご回答者自身のためにもなっているのです。

 誰もが悩みを持っていることは、このサイトを一望すればわかります。あなたがこうして悩みを打ち明けられるのは、大変正直でいいと思いますよ。誰もが、何も知らないのですから、知らないことを恥じないでください。少し、そこから離れましょう。

読んだ本がまずいですね。中島義道の『カイン』ですか。忘れましょう。カントはよいですが、中島はイケません。根性悪です。私は、あなたのように多くの本を読んではいないと思います。どうせ哲学から離れられないのなら、『眠られぬ夜のために』あたりにしておきましょう。

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Q鬱の人は心理学、哲学、宗教等に興味を持つのはなぜ?

こんにちは。

別件で質問させて頂いたのですが、ご回答頂いた中で正に自分自身がそうだと思ったけど、
なぜだろうともうことがあったので、あらためてご質問させて頂きます。

これまで、適応障害、鬱病、持続性気分障害、躁鬱病等々診断を受けてきた40前の男です。
社会人になり、理想を求め転職を繰り返してきましたが、その理想も何なのかよくわからず、
やりたいこともよくわからず現在も心療内科に通院中です。

ある質問の中で、
”昔鬱の方と話をすると必ず出てくるのは心理学、哲学、宗教、心の動きなどですとありました。”
まさに、自分もそのような本を探し読んでいます。

自分とは何か、やりがいとは何か、ただ生きているだけでも幸せとよく言われるが、
目標もなくやりたいことも分からず、何のために生きているのかよくわからなくなる。
そんなことを考えすぎているからしんどいんだろうなぁ、
もっと気楽に生きられればいいなぁと思ってはいるんですけど、結局何をしていても
こんな考えに戻っちゃうんです。

こういう自分みたいな人がカルト宗教とかいうものに騙されるのかなぁと思います。

なぜ、鬱の方は心理学や哲学や宗教に興味を持つのでしょうか?
やはり自分とは何かとか考えすぎているからでしょうか。

別の質問では、私自身はこれを解決するために通信講座でメンタルケア心理士とかなにか
心理学系の通信講座を受け、自分が寛解しないかなと考えています。
(これまで色々な病院に通っていて分かったことですが、自分の場合ですが、薬では治らないこと。
薬を飲んでいても改善した気がせず、色々変えても眠気など副作用が出るばかりでした。
考え方の問題で今はカウンセリングを受けてはいますが、言っていることは分かるのですが
どうも考え方を変えれるまでにはいきません)


同じような質問で申し訳ないのですが、
・なぜ鬱の人が心理学、哲学、宗教などに興味を持つのか
・またもし可能なら鬱を克服された方はどうされたのか
等アドバイスを頂ければ幸いです。

本当に日々の仕事も何とかいけている状態です。
いろんなアドバイス頂ければ幸いです。

こんにちは。

別件で質問させて頂いたのですが、ご回答頂いた中で正に自分自身がそうだと思ったけど、
なぜだろうともうことがあったので、あらためてご質問させて頂きます。

これまで、適応障害、鬱病、持続性気分障害、躁鬱病等々診断を受けてきた40前の男です。
社会人になり、理想を求め転職を繰り返してきましたが、その理想も何なのかよくわからず、
やりたいこともよくわからず現在も心療内科に通院中です。

ある質問の中で、
”昔鬱の方と話をすると必ず出てくるのは心理学、哲学、宗教、心の動きなどで...続きを読む

Aベストアンサー

わたしもうつ病の病歴があり、今は寛解しておりますけれど、
今度は体の病気でまた別の悩みです。


いまだに心理や宗教、精神世界のことはすごく興味もっていますよ。

よかったと思います。

考えに考えて、ある程度みえたものが、自分なりにあったんです。
自分が何に向かっているのか、人生をどうしたいか、
自分なりの答えが見えてきました。

もちろん、まだまだ旅の途中ですが、もうあの急な崖をのぼらなくていい。
考えていた時期は、一気に川を上る魚のような勢いが必要でした。

いまも病気でつらいですが、苦しもうと悩もうと、
安らかな気持ちが奥底にあるのを感じられるのはありがたいです。
今後多少のことがあっても、あまり動じないでいられるような気がしています。
肝がすわっている、と言っていただけることがあり、それがとてもうれしいです。


うつ病になったことは、
今思えば、物質中心の世界から、心の中の世界へと入るきっかけのようなものでした。


苦しまずに入れたらよかったけど、苦しかったです。


苦しみから逃れるため、状況を変える一時しのぎではなく、
最終的な安らぎをもとめての心の旅の始まりだったと思います。

逆に言えば、あれほどの心の苦しみを得ることがなければ、
私は心の旅を始めることはなかったんだろうと思います。

はげしい苦しみを通らずしてその道に入る人というのは、
最初からそういう風に生まれついたのでしょうね。




わたしは一時期キリスト教徒(プロテスタント)として教会に通った時期もありますが、
今はやめています。
当時クリスチャンの皆様、牧師さん、
トラウマから回復するためのプログラムなどのおかげで、
かなりよくなったと思っています。感謝しています。

でも、基本的にどの宗教も好きなので、考えた末、中立の立場をとることにしました。


自分のことばかり書きましたが、少しでも答えになっておればと思います。

わたしもうつ病の病歴があり、今は寛解しておりますけれど、
今度は体の病気でまた別の悩みです。


いまだに心理や宗教、精神世界のことはすごく興味もっていますよ。

よかったと思います。

考えに考えて、ある程度みえたものが、自分なりにあったんです。
自分が何に向かっているのか、人生をどうしたいか、
自分なりの答えが見えてきました。

もちろん、まだまだ旅の途中ですが、もうあの急な崖をのぼらなくていい。
考えていた時期は、一気に川を上る魚のような勢いが必要でした。

いまも病気でつらいです...続きを読む

Q自分と言う存在が怖いです。存在すること、死のこと。

漠然としているのですが…

たまになんで自分なんだ?って思うんですよね
自分は奇跡だけでは表せないほど凄く偶然で生きています
そして自分なんです…
多くの人が存在する中で自分…
100年前には存在さえしなかった自分
ちっぽけです…怖いです…

でも僕はこの世に生まれてきた事に関しては凄く良かったと思っています
まず、おいしいものを食べたり、寝たり、遊んだり
家族、友達と喋ったり、喧嘩したり、彼女とのんびりすごしたり
そして今年大学を受験する高校3年生です

こんな充実した生活を送りながらも常に上記の事が引っかかっていています…
今までにも何度か経験していたのですが、数日程度で治まりました…
しかし最近になり人生の体感時間は19歳で折り返しであると言うことを知りました
もう一年で19歳かぁ…高校生活も早かったなぁなどと考えていたら
再び考えてしまい治まりがつかなくなってしまいました…

ものすごく怖くて最近何も手につきません…

やはり一番は死後のことが気になりすぎているのでしょう
ホントに怖いです
なんで自分はこんなにも幸福なのに…と思ってしまいます…
地球全体の人間だけで見ても18歳まで生きるのも大変なことです
やはり幸福が消えるのがツライのでしょうか…
でも不幸でも僕は生きたいと思ってるのですが…

次に怖いのは自分です
他人というのは変わりは居ないとは言え当たり前ですが多数存在します
しかし自分自身はひとりです
エゴになりますが、自分が消えたときすべては無となります
自分の存在してきた意味がなくなるのです…
子孫を残そうが地球が消えたら終わりです…

明確な答えなどないのに考えてしまう…

そして今この文を書きながらですが
寝れない自分に彼女が「寝れるまでメールしよっか?」
と言う他愛無い一言に涙を流してしまう自分…(涙脆いので
何故涙なんてながれるのでしょうか…
感受性が高いのは誇れることだとは思ってるのですが…

あの世が明確にあるなら安心するんでしょうけど
無いに等しい…
脳が消えても、魂のようなものが残るという風な
近いものがあると信じていましたが
脳を傷つけただけで記憶も消えるし性格まで変わってしまう…
ものすごく存在して欲しいですけどね…

天国なんかにいけるとは思っていません
様々な生物の犠牲の元にある一人の人間ですし
悪いことだってしたこともあります…
地獄でもいいので存在してほしいし自分も存在したい…

文がバラバラになってしまってすいません…
さらに長々と…
もう胸が一杯で折れそうです…
落ちつかせることなんか出来るのでしょうか?

漠然としているのですが…

たまになんで自分なんだ?って思うんですよね
自分は奇跡だけでは表せないほど凄く偶然で生きています
そして自分なんです…
多くの人が存在する中で自分…
100年前には存在さえしなかった自分
ちっぽけです…怖いです…

でも僕はこの世に生まれてきた事に関しては凄く良かったと思っています
まず、おいしいものを食べたり、寝たり、遊んだり
家族、友達と喋ったり、喧嘩したり、彼女とのんびりすごしたり
そして今年大学を受験する高校3年生です

こんな充実した生活を送り...続きを読む

Aベストアンサー

>しかし最近になり人生の体感時間は19歳で折り返しであると言うことを知りました

誰だぁ、そんないいかげんな事を言ったやつは?。
人生の体感時間は、人生がある限り、だよ。
プンプン!(←なぜ怒る?)。

参考になるかどうか知りませんが。
私は君くらいのとき、一年間の半分をベッドの上で過ごしていました。
ある難病に罹ってしまったのです。
症状は結構深刻だったらしく(本人は以外にボケてるんだよね)手術も考えられたようですが、幸いメスは入れないで済みました。
恋人?、大学受験?とんでもない!!。
生きるのに精一杯、自分の身体と戦うのが日課でした。

でも、そのことを今は後悔してないんですよ。
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そのことがあるから、他人に「アドバンテージ」を感じないで済んでいるんですよね。
逆に言えば健康で、何でも上手くそれなりに行ったと仮定したとして、将来激烈な「生き残り社会」の中で揉まれていた可能性もあったわけです。
私には金品財産は大して無いですが「心の資産」があります。
そして「未来」に絶望しないという「柔軟性」があります。
私は今でも、成長途上です。

答えにはなってないかもしれないけど、人生は「ひとつ」じゃ無いんだよ?。
これからも「優しさ」は忘れないでいてね。
(44才、男)

>しかし最近になり人生の体感時間は19歳で折り返しであると言うことを知りました

誰だぁ、そんないいかげんな事を言ったやつは?。
人生の体感時間は、人生がある限り、だよ。
プンプン!(←なぜ怒る?)。

参考になるかどうか知りませんが。
私は君くらいのとき、一年間の半分をベッドの上で過ごしていました。
ある難病に罹ってしまったのです。
症状は結構深刻だったらしく(本人は以外にボケてるんだよね)手術も考えられたようですが、幸いメスは入れないで済みました。
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