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童謡 「うみ」 の3番の歌詞をご存知ですか?

♪ 海に小舟を浮かばして 行ってみたいな よその国~


「小舟を 『浮かばせて』 」 が 文法的にかなっているのではないでしょうか?
私はずっと、「浮かばせて」だと思ってたのですが、先日 NHKの番組内で
「浮かばして」と歌われ、画面下の歌詞も そういう表記で驚きました。

作詞は 林 柳波さんです。

方言的なアレで そんな歌詞になったんでしょうか?
または別の意図が?

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A 回答 (3件)

原文では「浮かばして」です。


事情については、下記URLに詳しいです。

http://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/doyobook/doyo …

この回答への補足

ご提示くださったURL中の文に、

「作詞者の林柳波は苦心の末に、三番の歌詞に幼子の言葉「ウミニ オフネヲ ウカバシテ、」という優しい表現を入れました。これが、当時の検定を通る重要なポイントでした。林柳波の時代へのメッセージ、特別な言葉です。したがって、現代の人が「オフネヲ ウカバシテ」では笹舟のようで、「ウミニ」というのと結びつかず、この二行は変だと思われるのはもっともでしょう。 」


・・・というくだりがあります。

ハッキリ言って、意味判りませんでした。
 が・・・・

上代(奈良時代)の文法に、助動詞「す」 を見つけました。

「尊敬」を示し、活用は 「四段活用型」です。
「さ・し・す・す・せ・せ」。

連用形が「し」。

「浮かばして」 → 「お浮かばせになって」。

つまり、大戦前夜ころの時代の作詞者は、 「あるヤンゴトなき方」 の手によって浮かべられた船・・・ということを 暗に含めてたのではないでしょうか?

それを考慮して、先のURL内の 他の文章を読んだら、かなり納得できました。

かなり回り道をしましたが、「浮かばして」に込められた 作者の想いが伝わっってきたような気がします。

補足日時:2011/08/05 22:39
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

やはり、「?」 だったんですね。

> 文部省が、「ウカバシテ」を「うかばせて」に直して掲載したことにより、詩が持っていた力が失われて平凡なものになりました。

・・・私は凡人ですので、
「浮かばして」 を 「浮かばせて」 へ変更することによる、「詩のチカラの壊失」 がわかりません。

>作者の林柳波も井上武士も昭和四十九年に亡くなるまで現役で頑張っていたから直さなかったのです。

・・・これが最も大きい理由だったんですね。
回りも 「オカシイ」 と判っていても、見て見ぬふり・・・。

直さなかった・・・のではなく、「直せなかった」。
御大が存命の間は。

偉大な作詞家だったようで、影響力も強かったんですね。

お礼日時:2011/07/03 19:15

面白いご質問ですね。

関西で生まれ育ちました。♪海に御船を浮かばして~は
なにも抵抗がありません。

その訳を考えてみましたが、食べさせたら>食べさしたら、遊ばせたら>遊ばしたら

寝かせたら>寝かしたら、とか、食べさせてあげる。>食べさしたげる。
あそばせてあげる。>遊ばしたげる。靴を脱がせてあげる>くつぬがしたげる。
こう云ういい方に馴染んできました。
しえきのせる「させて」が「さして」になまる。

このように転化するのは、関西弁の特徴かもしれません。

作詞された林 柳波先生は関西以西のご出身ではないかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
お礼が遅くなり、もうしわけありません。


・・・実は私も全く同じことを考えたんですよ!

「浮かばせて」 → 「浮かばして」 は、「方言」 なのでは? と。

私は中部地方(岐阜県 飛騨山間部) ですが、やはり 「~せて」を「~して」と言うことがあります。
飛騨地方の言葉は、上方(かみがた・近畿地方)の言い回しが残ってる場合が多々あります。
アクセントは関東系なのに、語彙は古い上方・・みたいな。

林柳波先生は群馬県のかたですので、それが当てはまるかどうか・・・。
ましてや、大戦前夜あたりの国民学校に使われる楽曲。
検定・検証も厳しく、「方言」での歌詞はナイなと思ったしだいです。



その後、文法をよく調べてみました。

「~せる」 という、「使役の助動詞」 、古くは「す」 という言葉でした。

フツーに活用させれば、「下二段活用」なので、「浮かばす」は、
「浮かばせ」 になるものです。

ところが、連用形で 「浮かばし」。

連用形で「し」となり、終止形が「す」な語。

・・・ありました。
普通、古文語文法は 平安中期ごろの言葉を中心に考えられてます。

それをさかのぼり、上代(奈良時代)まで行った時のに見つけました!

「す」の連用形が「し」な語。

「尊敬を表す助動詞、『す』 」 です。

浮かばす → 浮かばし


つまり、船を 誰かヤンゴトなきかたが「お浮かべあそばし」た ・・・んですよ!

そういう船で、行ってみたいんですね、「よその国」!!

大戦前夜ころに作られた「うみ」。
検閲厳しい国民学校向けの楽曲。

作詞者のこころが垣間見えた気がします。

かなり迷い道しましたが、こんな考えにたどり着きました。
いかがでしょう?
  

お礼日時:2011/08/05 22:26

はじめまいて。



実はこれどちらも正しい。「浮かばして」も「浮かばせて」。
ただしオリジナルは「浮かばして」

当時『ウタノホン』は、一・二年生の国定教科書で、
文字は「漢字とカタカナ」で表記され、
タイトルも「ウミ」と記されています(→『うみ』と改訂)。
その後、昭和五十五年、学習指導要領改訂の際、

三番の「ウカバシテ」が「うかばせて」に改められました。

「ウカバシテ」だと、五段活用他動詞「浮かばす」の連用形で、
「行かせる」を「行かす」、「散らせる」を「散らす」などと、
自動詞が他動詞化した一つになります。
「うかばせて」となれば、五段活用自動詞「浮かぶ」に使役助動詞「せる」
を付けた言い方と考えられます。改定後も、永きにわたり教科書に掲載されました。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなり、申しわけございません。


>「ウカバシテ」だと、五段活用他動詞「浮かばす」の連用形で、
「行かせる」を「行かす」、「散らせる」を「散らす」などと、
自動詞が他動詞化した一つになります。

・・・ 助動詞 「せる」 の古い形、使役の 「す」 ならば、下二段活用なので、
「行かす」の連用形は 「行かせ」 になりますよね?
「せ・せ・す・する・すれ・せよ」

「浮かばす」 ならば、「浮かばせ」 が本来の活用かと。
しかし、「浮かばして」。 連用形で 「し」 。

そこで、「す」 の連用形が 「し」 である場合を検証?してみました。

・・・ 上代(奈良時代)での使用法にありました、尊敬の助動詞「す」。
四段活用型です。
「さ・し・す・す・せ・せ」

それで「浮かばす」を活用させると、連用形で 「浮かばし」になります。
現代語訳すれば、「お浮かばせになって」。

そこにナゼ「尊敬」の意味をもたせてるか?
だれが「浮かばせてる」のか?

ようやく、(なんとなく) 解ってきた気がします。
この歌が作られた時代・背景を考えると・・・。

お礼日時:2011/08/05 21:55

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Q「早春賦」の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「早春賦」の歌詞を読んでいますが、古典文法が入っているので、理解できなくて困っています。特に理解に苦しんでいるところは次の三箇所です。この歌をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか。

 歌詞の参考ページです。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/sousyunfu.htm

1.「歌は思えど」
2.「さては時ぞと 思うあやにく」
3.「春と聞かねば 知らでありしを
  聞けばせかるる 胸の思いを
  いかにせよとの この頃か」

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もきのうも 雪の空  
今日もきのうも 雪の空
 
川や池に張っていた氷は解け始め、そこに生えている葦も芽をふき始めてきています。
さあ、いよいよ春が来たと思いきや、そんな思いとは裏腹に現実は厳しく、昨日も今日もまだ空はどんよりして雪が舞っています。

3.春と聞かねば 知らでありしを  
聞けば急かるる(せかるる)胸の思(おもい)を  いかにせよとの この頃か 
いかにせよとの この頃か

暦の上ではもう春になったのですと聞かされてなければ、まだ春だとは思わなかったのに、聞いてしまったので、もう、春が待ち遠しくなってしまい、季節の移り変わりさえ遅く感じ、春よ早く来いという待ち焦がれる思いをどう晴らしたらいいか判らないくらいである。

1)歌は思えど
⇒歌おうと思ったけれど。

2)さては時ぞと 思うあやにく
⇒さては時(春が来た)と思うが、その気持ちを打ち消すかのように、(まだまだ雪が降っている。)
⇒いよいよ春が来たと思ったのだが、折悪しくまた今日も雪が舞って来てしまった。(春はまだなのか~)

★あや‐にく【▽生憎】
《感動詞「あや」+形容詞「にくし」の語幹から》

1.[副]意に反して不都合なことが起こるさま。
あいにく。
折悪しく。

2.[形動ナリ]目の前の事柄が、予想や期待に反していて好ましくないさま。

意地が悪い。
不都合だ。間(ま)が悪い。
予想以上に厳しい。過酷だ。

この歌は難しい歌ですよ。
全体に伝わってくるイメージは明瞭ですが、字句の説明は非常に難解です。自信ありません。

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もき...続きを読む

Q手遊び唄「おべんとうばこのうた」の正しい歌詞を教えてください。

私の記憶にある歌詞は、以下のとおりです。

これっくらいの おべんとばこに
おにぎりおにぎり ちょいとつめて
きざーみしょうがに ごまふりパッパ
にんじんさん ごぼうさん 
あなーのあいたれんこんさん
すじのとおーったふーき

先日の保育園の親子遠足でバスの中でこの唄をみんなで歌った時、
私の聞いたことのない歌詞がでてきてびっくり!
例えば、「さくらんぼさん」とか出てきました。
他にも微妙に違っていました。
先生や子供たちはもちろん、他のお母様方もみんな同じ歌詞で歌っていました。
私の記憶違いもあると思いますが、
私は、全く違う遠い地域の出身なので、
地域性の違いで歌詞が微妙に違うのか?などと考えたりしましが・・・?

みなさんの知っている「おべんとうばこのうた」の歌詞を教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは、

『おべんとうばこのうた』は地域差は勿論ですが、
特に世代間ギャップが大きいと思います。

私の世代以上(30以上)では

(2)ニンジンさん (3)さんしょう(山椒)さん
(4)シイタケ(椎茸)さん (5)ゴボウさん
あな~の開いたレンコン(蓮根)さん
すじ~の通ったフ~キッ(蕗)

だったのですが、今(20歳以下)は山椒の代わりにサクランボさんが入るのが主流のようです。
これは『おかあさんといっしょ』効果でしょう(^^

でもイメージしようとするとなんかおかしいんですよね、サクランボ・・・
おかず入れてる途中にデザート入れないだろう!!!なんて思ってしまいます。
逆に昔の歌詞はオニギリと筑前煮のような煮物を詰めているように想像できます。
まぁいまどき山椒の実を云々なんていっても分からないでしょうか

Q70歳代から80歳代 知っている歌

グループホームで働いていますが、歌が好きな方が何人かいらっしゃいます。

70歳以上の方は、どんな曲をご存知ですか?また、介護職をされている方は、レクの時間でどんな曲を歌いますか?童謡、歌謡曲なんでもいいので教えてください。また、無料、安価でCDや歌詞が載っている本など教えていただければありがたいです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://takurou.co-site.jp/ikoi/

http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/warabe.html#top

上記のサイトを参考にしてみてください。

Q滝廉太郎の「花」の歌詞の意味を教えてください。

滝廉太郎の「花」の歌詞の意味を教えてください。
古い言葉なので、分からない語句があります。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こういう注釈でいいでしょうか。個人的解釈です。

春のうらゝの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとふべき

「舟人が」→舟人の
「櫂のしづくも花と散る」→(舟人の漕ぐ)櫂のあげるしずくが花のように散っている
「たとふべき」→たとえることができるだろうか(たとえられない)  
 ※「べき」→連体形「べきか」の省略ではないかとの解釈

見ずや あけぼの露浴びて
われにもの言ふ櫻木を
見ずや 夕ぐれ手をのべて
われさしまねく青柳を

「見ずや」→見てないの?(いや、見なくてはいけませんよ) 
 ※全体的に対句の倒置法、「見ずや」は、それぞれ「櫻木」、「青柳」にかかる。
 →見てないのですか? 夕暮れどき、自分においでおいでと手招きするような青柳を
 ※浅田真央をまだ見てないの? の使い方と同じ解釈

錦おりなす長堤に
くるればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の
ながめを何にたとふべき

「錦おりなす」→様々に花が咲き乱れているようす
「くるればのぼるおぼろ月」→日が暮れたら昇る(満月)のおぼろ月
 ※参考:蕪村の「月は東に日は西に」
「げに」→実に、ほんとうに
「千金の」→千金の価値がある(ほどすばらしい)
 ※参考:蘇軾の「春宵一刻値千金」

こういう注釈でいいでしょうか。個人的解釈です。

春のうらゝの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとふべき

「舟人が」→舟人の
「櫂のしづくも花と散る」→(舟人の漕ぐ)櫂のあげるしずくが花のように散っている
「たとふべき」→たとえることができるだろうか(たとえられない)  
 ※「べき」→連体形「べきか」の省略ではないかとの解釈

見ずや あけぼの露浴びて
われにもの言ふ櫻木を
見ずや 夕ぐれ手をのべて
われさしまねく青柳を

「見ずや」→見てないの?(...続きを読む

Q「さくら さくら」の歌詞の意味は?

さくら さくら
弥生の空は 見わたすかぎり
霞か雲か 匂ひぞ出づる
いざや いざや 見に行かん

「霞か雲か」というのは桜を指しているのでしょうか?(比喩)
それとも「弥生の空は」とありますので、雲のことを指しているのでしょうか?

比喩だとすると桜が空に輝いているということでしょうか?
空に輝いているのであれば、どこにいても見えますので、「見に行かん」がおかしくなります。
わざわざ「見渡すかぎり」といっています。

それとも地には桜が、空には雲が美しく輝いていると解釈してよいのでしょうか?
「匂ひぞ出づる」の「匂ひ」は、生き生きとした美しさなどが溢れることですが、雲や霞に「匂ふ」などと表現はしないと思うのですが。
すると「桜が匂ふ」という解釈になります。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ここで使われている「空」は、「目の前に広がる空間」という意味で、「景色・風景」と同義です。したがって「霞か雲か」は、遠くに眺める桜の花を意味します。

この歌には、もう一つ歌詞があるのはご存知ですね。

さくら さくら 
野山も里も 見渡す限り
霞か雲か 朝日に匂ふ
さくら さくら 花盛り

こちらの歌詞では、「霞か雲か」が桜花を指しているのは明らかです。

「さくささくら」の歌詞には、面白い歴史があります。よろしければ、こちらのサイトをご覧ください。

http://www.k-press.net/music/indexmusic0404.html

Q老人ホームでする夏祭りにちなんだ歌謡曲

老人ホームでする夏祭りにちなんだ歌謡曲を教えてください。
できれば60歳~100歳の方が知っている曲がいいです。

Aベストアンサー

私が以前勤めていた認知症病院では毎日『青い山脈』でした。
高齢者が生き生きしてきますよ。オススメです。
あとは『りんごの唄』

Q童謡「赤とんぼ」の季節はいつでしょうか?

「赤とんぼ」の歌詞の季節はいつなのか教えてください。
歌詞の1番にでてくる赤とんぼは秋で、2番にでてくる桑の実は6月ごろ初夏の季節です。
この歌は秋の歌だと思っていたのですが、違うのでしょうか?

Aベストアンサー

その通り、秋でいいんじゃないでしょうか。

この童謡を四番までたどり、ふたたび一番に返ってみます。するとこれは全体が一続きになっていて、しかも円環しているように読めることに気づきます。

すなわち作者はまず、赤とんぼを見た(竿の先にとまっているのを見たのか、夕焼け空を背景に群れをなして飛んでいるのを見たのかはひとまず別にして)。そして幼いころに背中におぶさって(負われて。「追われて」でないことに注意)赤とんぼを見たことを思い出すのです。あれはいつの日のことだったろうかと。

そういえば別の日には桑の実を摘んだこともあったっけ。小さな籠いっぱいに。季節は違うが、あれも同じ幼いころの思い出である。
一番の終りの「いつの日か」と二番の終りの「まぼろしか」は呼応しあっています。あれこれ思い出した代表が桑の実だったのでしょうか。

こうして三番でふたたび赤とんぼの思い出に返り、作者を背中におぶっていた「ねえや」のことを懐かしみます。お嫁に行って音信も絶えてしまったが、今どうしているだろうかと。

四番で、赤とんぼが、ぽつんと竿の先にとまっています。

以上、このように「赤とんぼ」を中心にうたわれていますので、赤とんぼが群れて飛びはじめる季節、初秋がふさわしいと思います。秋は夕焼けのきわだって美しくなる季節でもあります。

その通り、秋でいいんじゃないでしょうか。

この童謡を四番までたどり、ふたたび一番に返ってみます。するとこれは全体が一続きになっていて、しかも円環しているように読めることに気づきます。

すなわち作者はまず、赤とんぼを見た(竿の先にとまっているのを見たのか、夕焼け空を背景に群れをなして飛んでいるのを見たのかはひとまず別にして)。そして幼いころに背中におぶさって(負われて。「追われて」でないことに注意)赤とんぼを見たことを思い出すのです。あれはいつの日のことだったろうかと。

そ...続きを読む

Q童謡「花嫁人形」の歌詞の解釈

1.きんらんどんすの 帯しめながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
2.文金島田に 髪結いながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
3.あねさんごっこの 花嫁人形は 赤い鹿の子の 振袖着てる
4.泣けば鹿の子の たもとがきれる 涙で鹿の子の 赤い紅にじむ
5.泣くに泣かれぬ 花嫁人形は 赤い鹿の子の 千代紙衣装

1と2で泣いているのは人間の花嫁でしょうか?「帯しめながら泣く」は人間にしかできませんよね。
4で泣くのは、人形遊び(あねさんごっと)をしている子供でしょうか?
それとも全て主体は「花嫁人形」なのでしょうか?題名がそうですし。それにしては5で「泣くに泣かれぬ花嫁人形」とあるので混乱してしまいます。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 NO1です。訂正(笑)

1・2が今まさに結婚式を迎えようとしている人間の花嫁ですね。

3・4・5がその花嫁を模した花嫁人形です。

 結婚という最高の幸せのはずなのに、どうして花嫁さんは泣くのだろう。
この結婚式ごっこをしている花嫁人形も本当は泣きたいんだろうなぁ。。。
しかし、衣装が紙で出来てるので、泣けば衣装は汚れるし、破れてしまう。
本当は泣きたいはずなのに(人形だからってことではなく)紙の衣装だから泣くのを我慢してるんだろうなぁ。。。


 ってことではないでしょうか。
 

Q「わかりづらい」  と  「わかりずらい」

「わかりづらい」  と  「わかりずらい」
漢字にすると(判り辛い、解り辛い)なのかと思います。

「わかりづらい」が正しいとおもって使っていたのですが、
最近「わかりずらい」もよく目にします。

二者択一だったら皆様はどちらを使うべきですか?

アドバイスを頂きたいと思います。

Aベストアンサー

goo 辞書より

づら・い 【▽辛い】
(接尾)
〔形容詞型活用([文]ク づら・し)〕動詞の連用形に付いて、その動作をすることに困難を感ずる意を表す。…にくい。
「老眼で辞書が見―・い」「読み―・い本」「無愛想で話し―・い」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

ずらい
検索結果に該当するものが見当たりません。
キーワードを変更して再度検索をしてみてください。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%BA%A4%E9%A4%A4&jn.x=29&jn.y=11&kind=jn&mode=0

私は辛い(つらい)→づらい、と考えて「づらい」を使っています。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

goo 辞書より

づら・い 【▽辛い】
(接尾)
〔形容詞型活用([文]ク づら・し)〕動詞の連用形に付いて、その動作をすることに困難を感ずる意を表す。…にくい。
「老眼で辞書が見―・い」「読み―・い本」「無愛想で話し―・い」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

ずらい
検索結果に該当するものが見当たりません。
キーワードを変更して再度検索をしてみてください。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%BA%A4%E9%A4%A4&jn...続きを読む

Q「夏の思い出」の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「夏の思い出」という唱歌の歌詞を読みましたが、理解できないところがあるので、質問をさせてください。

 歌詞の全文はこちらでご覧ください。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/natsunoomoide.html

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。

2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。

3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いているのでしょうか。野の小径ですか。それとも水のほとりなのでしょうか。分からなくなりました。

4.「夢見て咲いている水のほとり」とはどのような意味でしょうか。句読点がないので、混乱しています。誰が夢を見たのでしょうか。作詞者自身ですか。第二段落の中の「夢みて匂っている水のほとり」もこれと同じような理由で、よく理解できません。句読点を入れていただければ助かります。

5.「花のなかに そよそよと ゆれゆれる 浮き島よ」とはどのようなことを指すのでしょうか。なんか省略が多すぎるような気がします。風情を壊してしまって申し訳ありません。具体的な情景をつかみたいので、説明していただけないでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

 日本語を勉強中の中国人です。「夏の思い出」という唱歌の歌詞を読みましたが、理解できないところがあるので、質問をさせてください。

 歌詞の全文はこちらでご覧ください。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/natsunoomoide.html

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。

2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。

3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いている...続きを読む

Aベストアンサー

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。
⇒正解です。
⇒夏が来るたびに思い出すのは、遠い空の下にある尾瀬沼のこと。
その尾瀬沼は霧が深く、野の小径を歩いていくと、その霧の中に何かぼんやりとやさしい影が浮かんでくるのです。そう、水芭蕉の花が咲いているのです。まるで水のほとりで夢でも見ているかのように咲いているのです。


2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。
⇒正解です。
⇒上記の説明でお分かりのように、見えてくるのは「水芭蕉のやさしい影」です。


3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いているのでしょうか。野の小径ですか。それとも水のほとりなのでしょうか。分からなくなりました。
⇒歌詞の中にある「尾瀬」という沼の「水のほとり」です。
尾瀬沼のすばらしい景色をご堪能ください。

http://www.towabank.co.jp/oze/oze97/oze97.html

4.「夢見て咲いている水のほとり」とはどのような意味でしょうか。句読点がないので、混乱しています。誰が夢を見たのでしょうか。作詞者自身ですか。第二段落の中の「夢みて匂っている水のほとり」もこれと同じような理由で、よく理解できません。句読点を入れていただければ助かります。

⇒「夢見て咲いている、水のほとり」
⇒読んで字の如し「水芭蕉の花が夢を見ているかのように静かに美しく水のほとりに咲いている」
⇒「水のほとりに、夢見て咲いている」が倒置されてます。
⇒「水芭蕉」を擬人化して「夢を見ているかのように咲いている」と表現しています。

第二段落も同じです。
「水のほとりで、夢を見ているかのように匂っている」
⇒「夢を見ているかのように」という表現は、「水芭蕉の純白の可憐な花が、そっとやさしく咲いている様」を【純真で汚れの無い小さな子供が、スヤスヤとやさしく、そして幸せそうに眠っている様】に喩えているのです。


5.「花のなかに そよそよと ゆれゆれる 浮き島よ」とはどのようなことを指すのでしょうか。なんか省略が多すぎるような気がします。風情を壊してしまって申し訳ありません。具体的な情景をつかみたいので、説明していただけないでしょうか。
⇒省略はありません。
⇒下記のURLをご覧下さい。
⇒「水芭蕉」は沼地にあるところでは点々と、あるところでは何本かが寄り添って、またあるところでは道のように連なって、さらにあるところでは花たちが集まって島のような塊となって咲いているのです。水の中に咲いている様子が「浮き島」のように見える水芭蕉もあるのです。

【浮き島】のイメージが下記の写真で解るといいのですが・・・。
http://www.page.sannet.ne.jp/moris/oze.htm

質問文の1.
【辞書で調べましたが、見つけませんでした。】
⇒【見つけることが出来ませんでした】
⇒【見つかりませんでした】
⇒【探せませんでした】
⇒【探すことが出来ませんでした】
⇒【見当たりませんでした】
⇒【辞書で調べましたが載っていませんでした】
★「見つけませんでした」は、ご自分の意志で見つけなかったという意味になり、「探しても見つからなかった」という意味とは違ってしまいます。

質問文5.
【なんか省略が多すぎるような気がします。】
⇒「なんか」ではなく、もし使うのであれば「かなり」とかになります。しかし、ここではそのような言葉を使うのではなく、「この文章は省略されたものが多すぎるような気がしています」などの方が、質問文としては良いでしょう。

歌詞はメロディーに当てはめ、音符に乗せることなどが優先され、倒置法が用いられていたり、省略されたり、妙な造語が出てきたり、擬態語が使われたりします。さらには、歌詞独特の擬人法が駆使されていたりして、詩自体の文意が解りにくくなっていることが多いですね。

頑張ってください。

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。
⇒正解です。
⇒夏が来るたびに思い出すのは、遠い空の下にある尾瀬沼のこと。
その尾瀬沼は霧が深く、野の小径を歩いていくと、その霧の中に何かぼんやりとやさしい影が浮かんでくるのです。そう、水芭蕉の花が咲いているのです。まるで水のほとりで夢でも見ているかのように咲いているのです。


2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。
⇒正解です。
⇒上...続きを読む


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