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「碓氷嶺の南おもてとなりにけりくだりつつ思ふ春のふかきを」この詩に使われている
技法(修辞技法)や訳、内容を教えて下さい。

A 回答 (1件)

白秋はしばしば軽井沢を訪れ、そこで有名な「落葉松」という詩をも詠んでいます。



これは、軽井沢から碓氷峠を越え、横川にいたる街道をたどったときに着想した歌の中でも、一等人口に膾炙しているものではないでしょうか。
歌意については、「碓氷峠の南側に至ってからというもの、標高が下がるにつれ、より春の深まりを体感せずにはいられない(それにつけ、峠の向こう側は......)」ということではないでしょうか。

なお、取り立てて指摘するほどの修辞的工夫が施されているとは思えませんが、碓氷嶺の屹立する南面に視線を向けたり、「ぬ」と「けり」の助動詞を連ねたりすることで、もはや引き返すことの出来ないほどの標高差を降ってきたことがより強く印象づけられるのではないでしょうか。

さらには、碓氷峠の南側を「春の深き」と詠むことで、北側の軽井沢が春まだきの中にあことがおのずと連想されると言えなくもないですよね。

その点では、川端康成の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の逆バージョンと考えられなくもないような気がします。
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Q北原白秋のうた

白秋の「碓氷嶺の南おもてとなりにけりくだりつつ思ふ春のふかきを」の訳をできるだけ具体的に教えて下さい!お願いします!

Aベストアンサー

いい歌ですね。
下のページ見てきました!
直接は行けないみたいなので、上のディレクトリから行ってみました。

 - - - - - - - - - - - - - - -

(うすひね)
碓氷嶺の南おもてとなりにけりくだりつつ思ふ春のふかきを

晩春の碓氷嶺の南面を一人で下りながら、あたりの景色を眺めやり、しみじみと春の深まりを感じて
いる作者の姿が目に浮かぶ。

- - - - - - - - - - - - - - - -

「南おもてとなりにけり」とあるところから、
作者は碓氷峠を北面?から越えたのだと思います。
碓氷峠を越えて南側に出て、そこを下って行くわけですね。
そうすると、山国のことですから、標高が下がるにつれて春の気配が濃くなっていく、
ということではないのでしょうか。

Q俳人としての北原白秋について

北原白秋は童謡や詩人として有名な印象があるのですが
俳人としてのなにかの話をご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください。
以前、「俳人としては優れなかった」というような文章を読んだことがあるのですが…

Aベストアンサー

 
以下は記憶で記すことです(インターネットのページで調べるのなら、「北原白秋 俳句」とでも入れて、以下の Google で検索すれば、色々出てくるでしょうし、そこに記されていることを繰り返しても仕方ないことだとも思います)。

白秋は「邪宗門」で詩人として鮮やかな作風でデビューし、次々に詩集を出して、新しい境地を開き、大詩人になったとも言えます。ただ、白秋の詩人としての名声が高すぎて、彼が色々な文芸活動を行っていたことは、あまり印象にないようです。

童謡の歌詞を書いたのはよく知られていますが、彼は「マザーグース」も日本語に訳しています。無論、彼一流の詩になっています。

白秋は、「邪宗門」で、隠れキリシタンなどを題材に取り上げたぐらいで、かなり国際意識があり、日本の文芸の行く末のようなことをまじめに考えていました。

俳句を作りはじめたのは、確か名声が確立した後で、詩を書くよりも、晩年は俳句の創作にいそしみました。弟子か友人が、すでに名声を得ている先生が、あまり認められることもない俳句の創作に没頭するのは、惜しいのではないか、というようなことを述べたとき、白秋は、「自分が頑張らなければ、誰が頑張るのか」というようなことを返答したそうです。

「俳句第二芸術論」と時代が重なっていたのかどうか、いまよく分かりませんが、白秋は日本の伝統文芸の一つとして俳句を高く評価していて、これを再興隆せねば、廃ってしまうという危機感を持っていたようです。

白秋は高名な詩人であり、その彼が、義務感のように創作を続けたのですから、俳人としての評価、その作品の評価は、どうであったかという疑問があります。別の仕事で名声を持ちながら、同時に俳人としても高名な人もいますから(折口信夫がそうです)、白秋の俳句は、やはり、俳人としての才能に彼があまり恵まれていなかったのだとも考えられます。

>Google
>http://www.google.com/
 

参考URL:http://www.google.com/

 
以下は記憶で記すことです(インターネットのページで調べるのなら、「北原白秋 俳句」とでも入れて、以下の Google で検索すれば、色々出てくるでしょうし、そこに記されていることを繰り返しても仕方ないことだとも思います)。

白秋は「邪宗門」で詩人として鮮やかな作風でデビューし、次々に詩集を出して、新しい境地を開き、大詩人になったとも言えます。ただ、白秋の詩人としての名声が高すぎて、彼が色々な文芸活動を行っていたことは、あまり印象にないようです。

童謡の歌詞を書いたのはよく...続きを読む

Qテスト直前なのに、短歌の区切れがわかりません………。

短歌の句切れ、どのように見分けたらよいのかがわかりません。
感動の助詞(けりなど)がなかったら『句切れなし』なのでしょうか?

以下の句の句切れ、自分で考えても理解できず、家族や友人に聞いてもわからないと言う返事しか返ってこなく、
ネットで調べてもよくわからないので困っています。
どうぞよろしくお願いします。

・防人に 行くはたが背と 問ふ人を 見るがともしさ 物思もせず(防人歌)
・多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの児の ここだかなしき(東歌)
・君待つと 吾が恋ひをれば 我がやどの すだれ動かし 秋の風吹く(額田王)
・近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ(柿本人麻呂)
・うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思えば(大伴家持)

すべて万葉集で、とても一般的な句なのだそうですが、よくわかりません。どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「句切れ」とは、和歌や俳句において、意味の上でいったん切れるところです。
以下のような場合があります。

1、切れ字のあるところ。
「切れ字」は、「や」「かな」「けり」など。俳句の項目で調べると分かります。でも、松尾芭蕉は「全て切れ字」とも言っていて、本質的には奥の深いもので、一概に「これが切れ字」とは言えません
↑「けり」は「詠嘆の助動詞」です(「助詞」ではない)。

2、係り結びの結んであるところ。
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結ぶ。

3、終止形や命令形で言い切っているところ。

4、体言止めで言い切っているところ。
ただし、体言で句が終わっていても、そこへ「を」「に」などの助詞を補ってあとの句へ意味がつながるような場合は、ここを句切れとは考えません。

5、倒置法のあるところ。

6、呼び掛け法のあるところ。

韻文の場合、芸術的に感心できませんが、一応、「解釈(分かりやすい現代語に訳す)」をしてみると、句切れも分かるかと思います。

*防人に・・・
あの九州の警備兵として徴兵されていくのは誰の旦那さんかしらね、と訊く人を、見ることのうらやましさと言ったらないよ。なんの悩み事もなくて(あの防人は私の夫なのだよ、私には危険な国境に夫を送り出すという悩みがあるのだ)。
→「ともしさ」が体言止めで、意味的に倒置法なので四句切れです。

*多摩川に・・・
多摩川に晒して作る布を見ていた。その「さらす」という音でふと思い出したが、さらにさらにどうしてあの子がこんなに恋しいのだろうか。
→「多摩川にさらす手作り」までは、「さらさらに」を導くための「序詞(じょことば)」で、和歌の解釈としては内容的な意味はなく、「手作り」は体言止めで、二句切れです。

*君待つと・・・
恋人のあなたの訪れを待って私があなたを恋い慕っていると、私の家の簾を動かして、あなたの代わりに秋の風が訪れ、あなたはまだ来ないのだった。
→順当な流れのうちに結句まで言い切っている歌で、句切れなし。ちなみに、古今集以降だと、「秋風」を「飽き」との掛詞(かけことば)と考えて、恋人の訪れがないのを、恋人とが自分に「飽き」たからだ、と、別れや失恋を暗示するのですが、万葉集だとそこまで読むのは深読みと考えられるでしょう。単に季節がほんとに秋だっただけ。女心の寂しさは詠み込まれているけど。

*近江の海・・・
琵琶湖に夕方立つさざ波に群れ遊んでいる千鳥たちよ、お前が鳴くと、私はひどくしみじみと悲しくなって、昔のことが偲ばれてならないよ。
→「夕波千鳥」を呼び掛け法と考えても、単なる体言止めと考えても、いずれにせよ二句切れ。

*うらうらに・・・
うららかに照っている春の陽射しに雲雀が空高く舞い上がり、私の心はいっそう悲しいなあ。一人ぼっちで物思いに耽っているので。
→「心悲しも」の「も」は、上代特有の助詞で、詠嘆を表すので、ここで切れて四句切れ。春の憂愁(メランコリー)を詠い、万葉集としてはかなり進んだ、中古的美意識をもって詠んだ歌。雲雀の楽しそうなさえずりと、自分の憂鬱な物思いとの対比。

万葉集の和歌には、二句や四句の偶数で句切れのある歌が多いのです。
五七/五七/七
と「五七」のリズムが強調されるので、「五七調」と呼ばれます。
(古今集以降の和歌は、初句や三句の奇数句で句切れのある歌が多く、五/七五/七七と「七五」のリズムが強調されて、「七五調」と呼ばれます)
五七調の和歌は、五音という軽い上半身を、七音という重い下半身でしっかりと支えるので、歌体が安定し、堂々とした力強い響きをもたらします。
七五調の和歌は、反対に、七音という重い上半身が、五音という軽い下半身の上に乗っかる格好になるので、歌体はふらつき、なよなよとした流麗な流れの良い歌になります。

「句切れ」とは、和歌や俳句において、意味の上でいったん切れるところです。
以下のような場合があります。

1、切れ字のあるところ。
「切れ字」は、「や」「かな」「けり」など。俳句の項目で調べると分かります。でも、松尾芭蕉は「全て切れ字」とも言っていて、本質的には奥の深いもので、一概に「これが切れ字」とは言えません
↑「けり」は「詠嘆の助動詞」です(「助詞」ではない)。

2、係り結びの結んであるところ。
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結ぶ...続きを読む


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