真珠湾攻撃の日に空母3隻は湾にはおらず打ち漏らした事は良く聞きますが、この3隻を大破していたら歴史は変わったのでしょうか? 3年8ヶ月の太平洋戦争が4年になったのでしょうか?? 大勢には影響しなかったと思いますが、実際はどうでしょうか? 歴史にたら、ればで論じても仕方のないことですが、こうなった事には変わりないくらいのコメントでも頂けると参考になります。

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A 回答 (16件中1~10件)

>歴史は変わったのでしょうか?



その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられますが)、それと空母に所属する飛行隊も壊滅したと仮定しますが・・・
まず、最初の日本軍の真珠湾攻撃において空母を大破させたなら、日本軍は史実では行われなかった第二撃を行う可能性もあるかと。第二次攻撃を行わなかった理由の一つが敵空母の所在不明です。それが真珠湾で大破し、ましてや史実での戦果予測ではハワイの敵航空部隊も壊滅に追い込んでいる状況です。特に日本側の水平爆撃隊は損失機0でもありました。第二次攻撃を行いさらなる戦果を得たかもしれません。
それはともかく、当然、米国としては空母を大西洋から回すと考えます。

当時、大西洋には就役したばかりで訓練中のホーネット(1942年2月より任務開始)、レンジャー、ワスプ、ヨークタウンの4隻の大型空母がいました。
ただし、レンジャーは防御に問題のある艦であり、史実でも太平洋での戦闘は無理だと判断され主に大西洋で輸送、護衛、訓練、上陸支援などの任務につきました。1942年10月の南太平洋海戦で米国は無傷の大型空母が0隻となる「アメリカ史上最悪の海軍記念日」と米国側が言うほどの最悪の状況だったにも関わらず、レンジャーが太平洋に投入される事はなかった事から、真珠湾で空母3隻が大破してもレンジャーだけは大西洋で任務につくかと考えます。
なお、ワスプは史実では1942年に太平洋艦隊に編入されるまでは、マルタ島への戦闘機輸送任務を数回従事するなどしており、日本との開戦後、すぐに太平洋に投入するとすれば、その分、マルタ島の航空戦力が低下し、地中海を通る北アフリカ戦線のドイツ軍への補給路への攻撃がその分、和らぎ、ドイツ軍に多少有利な状況になるかもしれません。

そんなわけで、おそらくワスプ、ホーネット、ヨークタウンが太平洋に回されると考えます。
そして、ミッドウェー海戦までは史実と同じような展開になるのではないかと考えます。
そして珊瑚海海戦でも史実と同じように米国空母1隻が撃沈され、1隻が中破となり、ミッドウェー海戦になるかと思いますが、ここで仮定の上に推測でしかありませんが、真珠湾で大破した空母が修理を完了し戦線復帰。
米国は無傷の空母1隻に復帰した3隻の計4隻の空母で日本艦隊を迎え撃ちますが、問題は空母の航空部隊です。
史実では、ミッドウェー海戦での米空母部隊は訓練が完了していないパイロットまで作戦に参加させるほど切迫した状況でした。
今回はハワイ攻撃時に3隻の空母の航空部隊は打撃を受けているので、なおさら酷い状況かと思います。空母は戦線復帰しても技量の未熟なパイロットを多数使う事になり、この点において、日本側は非常に有利になるかと思います。

ただし戦争に絶対はありませんから、日本が史実通りミッドウェーで敗北する可能性も充分あります。
その場合は、やはり史実通りの展開となり敗戦の道を辿っていくかもしれません。

しかし、ミッドウェー海戦で勝利した場合は戦局が大きく動くかもしれません。
まず、ミッドウェーで米国側がパイロットの低い技量が災いして敗北し、空母が全滅したとして、日本軍が次に狙うのはハワイです。
これは史実でもミッドウェー海戦前に、9月以降を目処にしてハワイ攻略戦の準備命令が陸軍では既に出されています。
ですが、その前にインド洋が焦点になります。
史実では6月に北アフリカ要衝のトブルク要塞を陥落させたドイツ軍が勢いに乗っており、ドイツとイタリアからインド洋での通商破壊強化と有力な艦隊派遣の要請が来ていました。
この状況に日本もインド洋で潜水艦隊や水上艦部隊を派遣する命令を出し準備していましたが、ガダルカナルの戦いが生じ、インド洋での作戦は極少数の部隊に任される事になりました。
しかし、ミッドウェーで勝利すれば米国はハワイの防備強化と航空部隊、艦隊再建に忙しく、ガダルカナルへの反攻は行わないでしょうから、日本は史実で予定されていた通りか、それ以上の戦力をインド洋に投入して通商破壊戦を行うかと思います。

インド洋は連合軍にとって、北アフリカ戦線、ソ連へのレンドリース(ソ連への軍事援助で全体の約3割がインド洋を通りました)、ビルマ戦線、中国戦線への補給路であるばかりか、インドからイギリスへ戦略物資を運ぶ海上交通路でもありました。
もし、この海上交通路が阻害されれば、各戦線は崩れるかもしれませんし、イギリスは戦争遂行に大きく響くでしょう。
特にイギリスは1942年にはドイツのUボートの通商破壊戦により、穀物などの輸入量が低下し消費量が輸入量を上回り備蓄で何とか凌いでいました。また貯蔵していた商船の燃料も3ヶ月分を切っている危険な状況でした。これにインド洋でさらに大きな被害を被ればイギリスは持ち堪える事ができないかもしれません。
元々日本には政府上層部の言う「通商破壊戦により英国の死命を制し米国の態度を変える」「英米連合軍の弱点は英国にあると考えられる。海上交通を断ち英国を餓死せしめて英国を屈服せしむること最も捷径なり」「英国の屈服に際し之と直ちに講和する事なく英国をして米国を誘導せしめる」という、まず英国を叩き、それにより米国との講和へ持ち込もうと言う戦略がありました。これが実際に成功するかどうかはともかく、英国の死命は海上交通路にあり、もしインド洋を日本が制すれば、前述した各戦線に致命的であり、英国にも大打撃だった事でしょう。

また、日本の潜水艦隊は開戦時に南方とハワイ方面に大きく二分され作戦しており、ミッドウェーで勝利した場合も当然、インド洋だけでなくハワイ~米本土、オーストラリア~米本土間で通商破壊戦に全力をあげる事になるかと思います。
史実では大戦初期は日本の潜水艦も遠く米本土沿岸で暴れ周りましたが、戦局の推移とともにそれもできなくなりました。しかし、ミッドウェーで勝利し米国の大型戦闘艦艇も多くを沈めたとなれば太平洋で通商破壊戦に力を入れる事も可能になるかと思います。
そうなれば、米軍も大西洋にばかり護衛艦を投入するわけにもいかず、その分、大西洋のUボートが楽になり戦果を拡大し英国を一層苦しめる事になるかもしれません。

そして、太平洋ではハワイ攻略戦となりますが、日本の潜水艦の通商破壊戦がうまくいけば、ハワイの防備も思うようには進まないかもしれません。
攻略自体は制海権、制空権をとれれば可能かと思います。あまり陸軍の大兵力を投入できないでしょうが制海権、制空権を握れば圧倒的有利になります。フィリピン攻略戦やマレー攻略戦、ジャワ攻略戦でも日本軍は連合軍より兵力が少ないにも関わらず勝利したのは、そうした要素において勝っていたからです。

ハワイの失陥は米国にとり大きな衝撃となるでしょう。
そもそも開戦前の米国の新聞には「日本は我々を攻撃する事はできない。軍事的にも不可能な事だ。ハワイの基地にしろ日本艦隊の有効攻撃圏の外にある」と載っていたくらいです。
おそらく、ここで活気付くのが米国内の黒人などの有色人種です。
開戦時、米国は一つに纏まっていたかのように言われますが、実はそうでもありません。
第一次世界大戦で黒人は待遇改善、地位向上を目指し、戦争に積極的に協力しましたが終わってみれば何も実りはなく失望だけが残りました。その経験から第二次世界大戦に米国が参戦した時も、有色人種の間では冷ややかに戦争を見ている部分がありました。
また、大戦を勝ち抜くため軍の増強と軍需産業での人員確保に黒人も組み込まれますが、黒人のこれまでの不満を和らげ、また人手不足を解消するために、これまで働けなかった職場や地位に黒人が就きました。
それに反発したのが白人労働者で職場放棄や暴動を起こしています。黒人側も歴史的に差別されている事から当然不満と反発がありました。1943年だけでも全米47都市で100以上もの人種暴動が発生しています。これにより、軍需産業の生産にも影響が出ています。デトロイトの暴動では黒人が軍の武器庫に突入しようとしました。軍内部でも黒人対白人の暴動が発生しています。
暴動で逮捕された黒人指導者の中には「黒人は米国内の日本軍だ」「東条首相に日本の勝利を祈る」と言い放った人もいました。
日本の勝利がこうした米国内の不満分子である有色人種を刺激し、より一層、反政府運動を大きくするかもしれません。
もしそれが広がれば米国内は酷い紛争状態となり兵器や物資の生産は遅れ、生活用品の流通にも影響を及ぼし、市民の不満を更に募らせるかもしれません。ただでさえ戦争で食肉やバター、ガソリンや暖房用燃料等色々な物が配給で不足気味なのです。それが更に悪化したら・・・
そうなれば、米国は日本と戦うより先に国内問題を解決しなければならず、日本に有利な状況で講和という事になるかもしれません。

史実では、前述した1942年10月の「アメリカ史上最悪の海軍記念日」の後に、米国では上下両院議員選挙が行われましたがルーズベルトの民主党は51議席も減らしました。ミッドウェーで負け、ハワイも攻略されたら民主党はもっと大敗し、ルーズベルト政権ももたないかもしれません。
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 なんで「大破」なのかよくわかりません(撃沈じゃだめ?)が。

アメリカの能力だと大破では数ヶ月で戦列に復帰させちゃいそう。

 仮に真珠湾でアメリカの空母を撃滅できたとして、ミッドウェイ作戦の主目的がそもそも「真珠湾で討ちもらした空母の誘出・撃滅」だったので、ミッドウェイ海戦がおきていなかった可能性が高くなります。
 だとすると、機動部隊の主力はオーストラリアの離脱狙いのFS作戦に投入されたはず。そもそもミッドウェイ海戦の損害(艦載機250、搭乗員100数十名)よりも、FS作戦に伴う航空撃滅戦の損害(航空機1500、搭乗員数千名)のほうがずっと大きい。この理由のひとつは、陸上基地からの作戦距離が異常に長くて、航空機・搭乗員の疲弊を招いたこと。空母を集中投入できればこれがかなり軽減されるので、作戦は成功、比較的軽い損害でうまくいけばオーストラリアを連合国から脱落させることができたかも。

 とはいえ、1943年頃からエセックス級空母が続々投入(建造能力の差が200倍もあったわけじゃないが)されてくるわけなので、この後は空母の保有数の差は開く一方。加えて、そもそも航空機用の高オクタンガソリン(と添加剤)はアメリカしか産出・製造できませんでした。他の国の原油じゃどうも高オクタンガソリンはうまくできなかったらしいんですね。事実、ソ連やイギリスだってアメリカから供給されたからこそ大規模な空軍を運用できたわけで。アメリカからの供給が望めない(当然ですけど)日本としては、空母があろうがなかろうが、肝心の航空機に高オクタンガソリンを入れることができず、性能差は開く一方となります。
 実際に体力差が顕著になってきたのはこれ以降なんじゃないですかね。

 したがって、真珠湾でアメリカの空母を撃滅していようがなかろうが、43年以降の空母の数、航空機の性能差も開く一方で、結果的に結末はあんまりかわらなかったんじゃないかな。
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当時、真珠湾艦隊に所属していた空母はレキシントンとエンタープライズですので2隻です。


真珠湾攻撃でこの2隻を大破させたらどうなるかですが、戦艦と違い上層構造物は飛行甲板しかないので半年程で復旧するかと思います。ただしこの空白機関を埋めねばなりませんので、レンジャーとワスプを太平洋戦線に回す必要があります。よって来る珊瑚海海戦はレンジャーとヨークタウンが投入されてレンジャーが撃沈される事になるでしょう。次のミッドウェイではレキシントン・エンタープライズ・ヨークタウン・ホーネット・ワスプが投入されて南雲機動部隊は戦艦まで撃沈され、後方の主力艦隊までやられたかと思われます。

その後、ヨークタウン3兄弟が本土襲撃を行い、43年には敗北かと…
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もし真珠湾で空母を大破させていても アメリカの空母製造力は日本の200倍です


日本が空母一隻作る間にアメリカは3~5隻の製造が可能でした

仮に真珠湾ですべて沈めてもすぐに新造艦がお目見えしたでしょう
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実際の戦史で、太平洋上の米空母がたった一隻になるまで追い詰めた瞬間がありました。


1942年9月15日に伊19が空母ワスプを撃沈しましたが、この時点で、太平洋上の米海軍の可動空母はホーネットただ一隻です。
(サラトガ8/31被雷小破、エンタープライズ8/23第2次ソロモン海戦にて小破、ヨークタウン6/5ミッドウェー海戦にて沈没、レキシントン5/7珊瑚海海戦にて沈没)
この当時はガダルカナル争奪戦の最盛期でしたが、可動空母がたった一隻の米軍に対し日本が優位に立つことはありませんでした。
南太平洋戦線では既に米陸軍などの航空基地が建設されており、時すでに遅しだったとの見方もありますが、ひとつの事例です。
いずれにせよ、戦線が延びきった日本軍には小兵力でも対抗できるということです。

話を戻して、真珠湾で空母を撃沈していた場合、珊瑚海海戦やミッドウェー海戦は有利に進められ、ポートモレスビーやガダルカナル、ミッドウェーの攻略に成功していたかもしれません。あるいはニューカレドニア、ハワイ、アラスカダッチハーバー、ポートダーウィンまで触手を伸ばしていたかもしれませんが、ここまで拡大した戦線を維持することは当時の日本には不可能で、兵力が分散したことにより戦史よりももっと速いテンポで崩壊、敗戦に到ったかもしれません。
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真珠湾攻撃自体がやらせに近い。


あそこで戦果をあげても戦略的に
何の意味もない。戦局には何の影響も
ないから、何も変わらない。

仮にハワイを制圧できても、戦局には
大した影響はない。それぐらい兵力に
差がある。
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31代米国大統領フーバーは、ルーズベルトは、日本を


戦争に引きずり込んだ狂気の男、という所見を残して
います。
又、彼は、ルーズベルトは真珠湾攻撃を知っていた
とのメモも残しています。

ルーズベルトが知っていたから空母は無かった
のです。
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米空母を真珠湾で撃滅していれば、ガダルカナルを制圧しオーストラリアを連合軍から脱落させミッドウェーを落とすところまではいったかもしれません。


西太平洋を完全に制圧すればインドネシア日本間の輸送もスムーズになり石油不足もかなり改善されたでしょう。

それでミッドウウェーを落としハワイを攻撃というとkろまでは行くでしょうが、はたしてハワイを落とす事が出来たか、
この辺はかなり際どいです。
アメリカにはハワイ白人脱出計画もあり、結局ハワイを落としたところでいずれドイツを倒したアメリカがインド経由で西から攻めてくるように思えます。
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仮にハワイで壊滅的なダメージを与えることが出来たとすれば、


アメリカが体勢を整え直す前に
西海岸などに直接攻撃をしかけることも出来たでしょう。

後の風船爆弾で判明しますが、爆弾の破壊力云々ではなく、
米国にとっては、米国本土を攻撃されたというショックの方甚大です。
(今日まで、米国本土を攻撃した国は唯一日本だけですから。)

米国民は精神的に弱いところがあるために、意図的にプライドを高くしている雰囲気があります。
(余談ですが、宇宙開発でソ連に先を越されたことより、
「宇宙でぐるりと廻りを見渡したが、どこにも神はいなかった」と
ガガーリンが発したセリフの方が米国民はショックを受けたと言われています。)

なので、もしも西海岸に砲撃、空爆でもしかけていたら米国民が動揺して
外交ルートの復活を促進したかも知れません。
そうなれば日本はハルノートの内容を変更させて、
休戦に向けた交渉に入れたと思います。
(「敗戦」はプライドが許さないでしょうから、休戦、停戦が基本になるかと。)
休戦に持ち込めず、戦闘が継続した場合、戦争の期間は大して変わらなかったと思います。
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アメリカは、真珠湾攻撃と言うものが大きな引き金になったと言われています、空母の有無など時間的問題なだけです。


植民地の東南アジアでなく、アメリカのHawaiiと言う事で、国民全体が奮起したのが最大の敗因です。
何しろ物量作戦は半端では無かったわけで、最大の空母戦においても、飛び立った飛行機は、空母に着艦させずに全部海に着水させて、航空機の発艦を優先させた訳です、一方日本は限られた航空機しか無かったので、燃料切れの航空機を着艦させている間は、迎撃用の戦闘機が発艦できず、全ての空分が沈められたといった具合に、航空機を捨て駒にして、日本の空母を全滅した時点で日本の負けはほぼ決まったという位、アメリカの物量作戦の前にはいくら優秀な戦闘機や、軍艦があっても、意味を為さない、空母がなければ作るだけで、日本がアメリカ本土の造船場に攻撃を出来るわけでも無いですから、歴史的な違いは敗戦の時期が少しずれただけです。
もっともそれすら、原爆の投下時期に大きな差がある訳でもないですし、2発で駄目なら3発目と言う事ですから、数日間のズレだけです、又爆撃機は空母ではなく,ハワイからの長距離爆撃なので、空母の有無は関係ないです。
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Q真珠湾攻撃について

真珠湾攻撃について学校で習ったのは日本が闇討ちをしたと教えられましたが、米国側は事前に真珠湾攻撃の事を知っていたと言うのは事実ですか?事実だとしたら何故、日本が奇襲攻撃をしたと教えられるのですか?

Aベストアンサー

回答は出てると思いますが、蛇足を。
奇襲とは、相手が防御体勢を取ってない場合で、取ってる場合は強襲となります。

トラトラトラの電文は、攻撃開始前に淵田指揮官から打たれています。米軍が防御体勢を整えているかどうかが、大きな問題となるからです。勿論、攻撃の順番も変わります。奇襲の場合は、雷撃、急降下爆撃、水平爆撃の順ですが、強襲の場合は、急降下爆撃を先に行い、相手の対空砲火の鎮圧、基地機能の麻痺させることになるわけです。
ですから、トラトラトラでは、どれだけ相手に被害与えたかは、艦隊も大本営も解かってませんでした。
ただ、当時の航空搭乗員の技量を考えると、奇襲だとかなりの戦果が期待できることは確かでしたが。

フィリピンの航空基地は、真珠湾の攻撃報告を聞いて、戦闘機が上空に上がって迎撃体制を整えてましたが、台南基地が、霧のため離陸できず、かなり遅れてしまいました。
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しかし、真珠湾にあれだけの航空機で空襲されることは、予想外で、痛すぎる出血となったことは確かです。

回答は出てると思いますが、蛇足を。
奇襲とは、相手が防御体勢を取ってない場合で、取ってる場合は強襲となります。

トラトラトラの電文は、攻撃開始前に淵田指揮官から打たれています。米軍が防御体勢を整えているかどうかが、大きな問題となるからです。勿論、攻撃の順番も変わります。奇襲の場合は、雷撃、急降下爆撃、水平爆撃の順ですが、強襲の場合は、急降下爆撃を先に行い、相手の対空砲火の鎮圧、基地機能の麻痺させることになるわけです。
ですから、トラトラトラでは、どれだけ相手に被害与えた...続きを読む

Qミッドウェー作戦を中止し、4隻の空母から攻撃機を発進させ真珠湾で打ち漏

ミッドウェー作戦を中止し、4隻の空母から攻撃機を発進させ真珠湾で打ち漏らした石油タンクや損傷艦艇の修理施設を破壊しさらに大和と武蔵が艦砲射撃を加え真珠湾を壊滅させる作戦を行っていればどうなっていたでしょうか?

Aベストアンサー

 ほぼ100%の確率で失敗していると思います。
 日本海軍の艦載機は航続距離が長いですが、攻撃する為にはかなり近付く必要があります。厳重な警戒の中で空母が発見されずに近付く事は困難です。
 無事に戦艦が主砲の射程距離内に入る為には、航空機の攻撃が無い事が前提になります。ハワイの空港、空母が事前に全滅している必要がありますが、4隻の空母でそれが可能か疑問です。

 アメリカ軍の力を侮ってはいけません。

Qもしも、真珠湾攻撃をしなかったら・・・

太平洋戦争の発端は真珠湾攻撃と聞いています。
それでは、日本が真珠湾攻撃をしなかったら、日本はどのようになったのでしようか。
何が理由で、大国と戦争をしたのですか。

Aベストアンサー

 大東亜戦争(国際法上に於ける正式名称・East Asia War)の発端は真珠湾攻撃ではありません。ワシントンDC及びロンドンで米英蘭に対して日本が宣戦布告したのが発端です。
 この宣戦布告に基づいて真珠湾・フィリピン・マレーシアに同時攻撃を行いました。続いてインドネシアへの攻撃が行われます。
 もし真珠湾攻撃をしなかったらですが、米国太平洋艦隊が無傷だっただけのことです。米国国民が対日戦に賛同するかは微妙です。フィリピンを巡る戦いのために米国国民が2年も3年も戦争を支持するとは思えません。

> 何が理由で、大国と戦争をしたのですか
中国との戦争を止めるためです。米英が国民党政府をバックアップしていたのが判っていましたのでその供給元を戦争に引きずり出して彼らのアジアに対する影響力を排除しない限り安定がないと思ったから戦争したのです。

Q真珠湾攻撃のとき空母がいないのを知らなかった?

真珠湾攻撃のとき最大の攻撃目標だった空母が出航していていなかったわけですが、
空母がいる、いないという情報を持っていなかったのは何故ですか?
アメリカとはまだ戦争になっていない状況なので、スパイを送り込めば簡単にわかる情報だったのはではないでしょうか?
なにしろ空母は巨大ですから、港にいる、いないはすぐにわかったと思います。
それとも通信手段がなかったのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ハワイの者です

親や親戚から昔聞いた話ですが、

ホノルルの領事館に海軍軍人が外交官として駐在し真珠湾の諜報活動をしていました

しかしアメリカは日本の暗号を解読していたので真珠湾攻撃の数日前に空母は疎開させたそうです、その他の軍艦は停泊したままでしたが空からの攻撃はたいした物で無いと多寡を括っていたのでしょう

領事館から日本政府へ空母不在の報告は直ぐに送られましたが大作戦をその為に中止する事は出来なかったのです

Q真珠湾攻撃の資料について。

どうも。
現在、真珠湾攻撃について調べているのですが、アメリカ側から見た真珠湾攻撃という感じの資料というのは無いものでしょうか・・・。
もちろん英語版でもかまわないのですが、なかなかいい資料が見つけられなくて困っています。
もしご存知の方が居ましたら教えてください。
また、これは当時の日本軍側の資料なのですが、「なぜわざわざアメリカを攻撃しなくてはいけなかったのか。なぜハワイだったのか。」などの資料も出来ればほしいです・・・。
私の探し当てた資料には、真珠湾攻撃とは何か。しかかかれていなく・・・前景がわからないのです。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

この辺りの事情から入っていけば、なぜ真珠湾攻撃になったのかがわかると思います。
日本、イタリア、ドイツはインドで出会う約束をしていたのです。

参考URL:http://www.tabiken.com/history/doc/N/N350R100.HTM

Q真珠湾攻撃の最初の攻撃ポイントは?

レポートに協力してください。

真珠湾攻撃では、僕はてっきり港を一番に攻撃したと
思っていましたが、こんな一文を発見しました。

真珠湾攻撃のトリオの一角で愛知の99式艦上爆撃機が
ハワイのヒッカム飛行場に開戦第一弾を投下した。
とありました。

質問です。
1、上記の文は本当でしょうか?

2、違うならば、どこに最初に攻撃したのですか?

3、戦闘機についてですが、零戦は三菱を始め全国的な企  業ですが、愛知(愛知時計でいいの?)の99式も
  有名らしいですが、愛知時計は当時は全国的に
  有名だったのでしょうか?
  また、愛知時計ってどんな会社だったのですか?

Aベストアンサー

まず、最初にお詫びを2つ。

似たようなタイトルの複数の本を開いていたので、本のタイトルを間違えてしまいました。正しくは、

『日本航空機総集』(出版協同社。値段は↓を見てください。私が買った十数年前と値段は変わっていないみたいです。)
http://www.ships-net.co.jp/backs/kyodo/aviationj.html

手元の『愛知・空技廠編』の最後の方のページを確認したら、全7冊ではなくて全8冊でした。(私は第8巻を持っていないということになります。)
初版が1959年(『愛知・空技廠編』)、改訂版が1981年(同)発行なので、今でも売っているというのが正直言って驚きました。でも、第1巻、第6~8巻が載っていないということはもう在庫が残っていないということなのでしょうか?(それだと私が困る(笑))

また、ANo.#2の『彗星』は空技廠の設計で、『愛知』は生産のみでした。(『愛知・空技廠編』によると総生産機数は4型式1812機だそうです。)

さて、補足の回答です。

>ということは、艦爆隊はきちんと2発の信号弾を見たということなのですね。

そうです。

>では、日本の戦争の第一発は99式の
一発目を合図に攻撃開始したんですよね?

合図と言えば合図でしょうか。艦爆隊が攻撃を開始したのを見て、艦攻隊は慌てて攻撃を開始したようです。

>あと、パールハーバーって映画ありますよね。(2年くらい前)
>あれを、見ても信号弾の勘違いや、ヒッカム飛行場の攻撃が出ていますか?私は『パールハーバー』を観ていないので、

私も観ていないので、わかりません。

>そもそも、何で、時計を作るメーカーが飛行機や兵器を作る事になったか分かりますでしょうか?

『愛知・空技廠編』の『愛知時計略史』によると(以下抜粋)、

名古屋伝統の時計工業から始まった精密技術を基盤に、古くから海軍の信管・機雷・魚雷発射管等を作っていたことから、大正9年に、横須賀海軍工廠設計のロ号甲型水上機の生産を始め、それ以来海軍指定工場として、水上機・小型飛行艇の生産を引き受け、後に艦上爆撃機の大部分を引き受けるようになった

とのことです。当初、水上偵察機や飛行艇の開発・生産を行っていた『愛知』が、艦上爆撃機の開発・生産を行うようになったのは、大正末期にドイツのハインケル社と技術提携を結んだことが大きいようです。『愛知』製九四式、九六式艦爆は、ハインケル社が開発したHe50(実際には同社がわざわざ日本向けに改造したHe66)を原型にしています。

参考URL:http://www.ships-net.co.jp/backs/kyodo/aviationj.html

まず、最初にお詫びを2つ。

似たようなタイトルの複数の本を開いていたので、本のタイトルを間違えてしまいました。正しくは、

『日本航空機総集』(出版協同社。値段は↓を見てください。私が買った十数年前と値段は変わっていないみたいです。)
http://www.ships-net.co.jp/backs/kyodo/aviationj.html

手元の『愛知・空技廠編』の最後の方のページを確認したら、全7冊ではなくて全8冊でした。(私は第8巻を持っていないということになります。)
初版が1959年(『愛知・空技廠編』)、改訂版が1981...続きを読む

Q真珠湾攻撃のアメリカ軍の正確な死者数

表題のものについて知りたく思っています。

以前、テレビを見ていたとき、
アメリカの各地にいって原爆の被害を訴えていた方に、アメリカ人の女性が泣きながら「私の兄は真珠湾攻撃の時殺された、そんなことを言うならばホワイトハウスに言ってくれ」といっておりました。
幼い頃から、「はだしのゲン」等のドラマをたくさん見せられてきて私にとって、けっこうショッキングな映像でした。(もちろん軍人と民間人の違いというのはありますが)


「真珠湾攻撃はなかった」
「真珠湾攻撃はアメリカ軍が知っていて、わざと攻撃させた」
「自虐史観はウンヌン」
という議論はナシでできるだけ正確な事を知りたいです、お願いします。
また、民間人もまきこまれたのか、それも知っている方がいれば教えてくださ。

Aベストアンサー

死者は約2400人。民間人を含みます。
http://www.geocities.jp/torikai007/pearlharbor/shipimage.html

> もちろん軍人と民間人の違いというのはありますが

軍人と民間人の命の重さが違うということでしょうか。
殺した人数の多寡が問題なのでしょうか。
戦争の評価ってむずかしいです。

参考URL:http://www.geocities.jp/torikai007/pearlharbor/shipimage.html

Qなぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

僕は死ぬほど歴史が苦手で、ろくに勉強してこなかったことを後悔しています。

最近知ったのですが、真珠湾攻撃に参加した零戦パイロットの原田要(はらだかなめ)氏(97)は、真珠湾に米軍空母はいなかったと証言しています。

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?偶然にしては出来すぎではありませんか?

Aベストアンサー

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました。

エンタープライズは、ウェーク島に飛行機を運んでいた帰りに母港の真珠湾が襲われたので、日本艦隊を1隻で探していましたが空振りであります。6隻もいる空母機動部隊に一隻で立ち向かうのですから、温存どころか無謀に近い勇気があるものだと感心します。

航空母艦は英語でCarrier 単なるキャリアーです。文字通り飛行機運びをしていたわけですね。で、戦艦は大事に要塞地帯である真珠湾に温存されていました。

空母が温存、どころか、飛行機運びと修理していただけでです。運んでいただけですから攻撃能力もありません。

空母しか残らなかったので、空母でしか初期の戦争行動ができなかったのが真相で、珊瑚海ではレキシントンまで沈められてしまうし、ミッドウェイでは1隻が半分こわれた状態で使われています。

情勢はガダルカナルが終わるまでアメリカにとって決して楽ではありません。

陰謀とか空母を温存しておいたというウソがこの時代になっても大手をふって出てくるということこそ、歴史を学ぶ上でひっかかってはいけないホラ、都市伝説でしかないことを、見抜けるようになってください。

その証拠に、陰謀を言い立てる人は、証拠を出すことができません。ネタとしても、もう賞味期限切れでしょう。

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました...続きを読む

Q真珠湾攻撃の奇襲表現は、報道規制がある?

真珠湾攻撃から70年が経ちましたが、真珠湾攻撃は「奇襲」というのが、殆どのマスコミの一般的な表現です。
米国の陰謀説、誘導説等、色々な説がありますが、「奇襲」とは「正当な作戦」、「すぐれた作戦」、など、プラスにイメージしやすいと私は思います。

国際条約を破った、卑怯極まりない騙まし討ち攻撃を、「奇襲」と報道するのは、日本国が報道規制しているのでしょうか?

Aベストアンサー

報道制限は無いと思いますが、諸外国に配慮した報道だと思います。「奇襲攻撃」という表現があっても米国が交渉のテーブルに乗らなかったという表現はしないとおもいます。
 これは、幾つかの説があり、どれが正しいか現代でも判断できないのです。よって、マスコミも事実関係の報道にとどめ、自国に有利な説をあえて記載しない。韓○や中○と比べて紳士的な対応です。
「日本国政府はぎりぎりまで米国を交渉を続けたが、帝国海軍の先走りで真珠湾攻撃が行われ、先の大戦に至った」という説もあります。
 現代のように情報インフラが発達していなかった時代、ホンの数時間差の行き違いで開戦に至ったとの説もあります。
 Hiroshima・Nagasakiへの原爆投下についても、昭和天皇も「国際法上の大量虐殺兵器の利用はは遺憾」と敗戦の勅語で述べられています。
 
戦後、日本国は民主化国家があるべき姿だと米国にその将来を委ねたのです。共産主義にしたかったのであれば、連合国の一員であるソ連に助けを求めたでしょう。


総括:報道規制は無いとおもいます。米国の勧めた民主国家によって色々な意見も事由に発言できるようになったのです。「真珠湾奇襲」を語るには、その攻撃に至る日米の交渉やいきさつが大きく関わってきます。奇襲というのはどちらかといえば日本側が悪いという表現だとおもいます。しかし、現代の日米関係を鑑みると、米国の第一の友好国であり、米国民に対しての配慮ある日本の表現だとおもいます。日本が悪いとか良いとかいう論議以前に、現在の日米関係を考慮した表現だと思います。

報道制限は無いと思いますが、諸外国に配慮した報道だと思います。「奇襲攻撃」という表現があっても米国が交渉のテーブルに乗らなかったという表現はしないとおもいます。
 これは、幾つかの説があり、どれが正しいか現代でも判断できないのです。よって、マスコミも事実関係の報道にとどめ、自国に有利な説をあえて記載しない。韓○や中○と比べて紳士的な対応です。
「日本国政府はぎりぎりまで米国を交渉を続けたが、帝国海軍の先走りで真珠湾攻撃が行われ、先の大戦に至った」という説もあります。
 現代のよ...続きを読む

Q真珠湾攻撃

真珠湾攻撃の数時間前、米駆逐艦ウォード号が日本の特殊潜航艇を撃沈したという話を聞きました。
これは、ルーズベルト大統領の
「すでに日米交渉は終わった。これからは諸君の手で解決されなければならない」
との通告に基づいた攻撃だったそうですが、だとすると、先に攻撃を仕掛けてきたのはアメリカと云えるのではありませんか?
先に手を上げたほうが悪だなどと申すつもりはもちろんありませんが。

Aベストアンサー

下記にいろいろ詳しく書いてあります。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E6%B9%BE%E6%94%BB%E6%92%83#.E6.B5.B7.E6.88.A6.E3.81.AE.E7.B5.8C.E9.81.8E


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