痔になりやすい生活習慣とは?

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが ・・・

それと、海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか? 

もちろん、戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。

たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?

歴史書を読んでいて、ふと感じたので質問させて頂きました。

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A 回答 (11件中1~10件)

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。

第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では「イエス・サー」といいますが、海軍では「アイ・アイ・サー」といいます。かように「はい」という答えひとつでも違う言い方をしたがるほど陸軍と海軍はときに対抗します。いわんや航空機の仕様については他の方も回答されているように陸軍と海軍では要求するスペックが違いますから自ずと機種が違ってきます。
それは現在でもそうで、例えばアメリカ空軍が使うF-16と海軍/海兵隊が使うF-18は大きさといい性能といいよく似ています。大きな違いは、F-16が単発エンジン、F-18が双発エンジンという点です。一時期、海軍でもF-16を採用してはどうか、という声も上がったのですが、海上で活動することが多い海軍機はエンジンがひとつ故障(あるいは損害)を受けてももうひとつのエンジンで基地や空母までたどり着ける可能性がある双発機のほうがふさわしいとのことで海軍/海兵隊はF-18を採用しました。しかし実際は長年米海軍とお付き合いのあるノースロップ社の「ロビー活動」のたまものです。

合理的精神の塊であるアメリカ人でさえ空軍(陸軍)機と海軍機の統一ができません。ロバート・マクナマラが機種を統一しようとしてF-111という戦闘爆撃機を作りましたが、これは海軍と空軍の猛反対を押し切って強引に進められたものでした。海軍はよっぽど気に食わなかったのか、何かと理由をつけてちゃっちゃとF-111を退役させました。

今でも、ゼロ戦と隼とどっちが優れているか議論させたら答えは出ませんよ。カタログスペックではゼロ戦が優れていますが、ゼロ戦はかなりクセの強い戦闘機だったようです。じゃじゃ馬だったんですね。それに比べると隼のほうがはるかにマイルドで乗りこなしやすかったそうです。ゼロ戦はホンダ車、隼はトヨタ車みたいなもんだったのかもしれません。
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この回答へのお礼

有難うございました。
なるほど航空部隊は元々陸軍の偵察部隊だったんですね。 最初は地位が低かったんでしょうね。 多分、複葉機の時代かなと思いますが、最初はレンガとか石を上から投げつけて攻撃したと聞いた記憶があります。 ノンビリした時代ですね。
それはともかく、ゼロ戦と隼の違い、初めて知りました。 両機とも軍のシンボルみたいな機種ですから、すばらしい性能だったんでしょうね。 興味深いお話、有難うございました。

お礼日時:2007/06/22 13:59

例えば…



陸軍では軍医が白米至上主義だったので脚気で大量の死者を出したが、
海軍の軍医は麦飯を採用したので脚気で死ぬ兵士はいなかった。

陸軍と海軍が技術を共有するとメリットもあるが、統一した技術や
価値観に欠陥があった場合、バックアップとしての効果が働かない
デメリットの方が組織(国家)としては致命的だったからでは?
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この回答へのお礼

有難うございました。
両軍が統一すると、片方が間違っていれば全軍が間違う事になる。なるほど、そういう考え方も出来ますね。 

お礼日時:2007/06/22 14:21

まず、設立からして分かれています。


陸軍機と海軍機の違いは、別に性能だけではありません。スロットルの作動方式といったマニュアル面も違います。陸軍はフランス式で海軍はイギリス式なんですね。フランス式では、スロットルを開く(加速するとき)ときは手前に引きます。イギリス式では前に倒します。こんなところにも、違いがあります。
この違いは簡単で、陸軍はフランス機を輸入して研究したのに対し、海軍はイギリス機を輸入して研究したのです。つまり発足からしてすでに基礎が違います。

そして、統合されない理由は陸海軍が反目する仲であったからです。これは別に日本軍だけではありません。
イギリスも空軍と海軍で別個に作っていました。ただ、イギリス海軍航空隊は戦争直前の老朽化がひどく、さらに後継も、いわゆる戦闘機なのか偵察機なのかわけわからないといわれるようなダメ機体だったおかげで、いったんアメリカ海軍機を使う羽目になりました。しかし、どうせ使うなら空軍機であってもイギリス機がいい、ということでスピットファイアを海軍用にしたシーファイアが登場しました。イギリスの場合、海軍の開発した機体がことごとくポンコツだったのが、結果的に両方で使う機体を生み出しましたのです。しかし、海軍もしっかり自家製を作っており、偵察機などを就役させています。ちなみにイギリスにも、海軍保有の陸上航空基地は結構あります(ヨービルトンとか)。
アメリカも、今でもそうですが陸海軍別個です。なお、アメリカ海軍は海兵隊という、かなり大掛かりな歩兵組織を今でも保有しています。
結局、国の軍事予算は限られているわけで、その軍事予算を取り合うわけですから、仲がよいわけがないです。方や船をたくさん作りたいから予算をたくさんくれ、方や戦車をたくさん作りたいから予算をたくさんくれ、という具合です。
しかし、日本の場合はそれが輪をかけてひどく、陸軍が潜水艦つくったりなど、明らかに非効率的なことまでしていました。海軍も、陸上航空機(双発の爆撃機とか)を大量に作っており、なんとも非効率的ではありました。
ただ、性能面で言えば空母艦載機は「失速速度が低い」とか「低速度での安定性が高い」といった空母艦載機特有の必要スペックもあります。
また、陸軍の場合、あくまでソ連戦が主眼でしたので、海上航法もまともにできませんでしたし、その点では海軍が大型航空機を独自で作ったのも無理からぬことでしょう。

まあ、仲が悪かったのと、本当に空母戦力を大々的に使うとなると、やはり海軍独自の空軍を持ったほうが、機体としてもいいというのがあるんでしょうね。

また、あんまり質問と関係ないので言いたくないですが、性能面では、後期の連合軍の評価では、ゼロよりは隼のほうがずっと手ごわかったといわれています。パイロット技量などもあるのでしょうが、低空での性能は、隼の後期生産のほうが優れていたようです。
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この回答へのお礼

有難うございました。
海軍と陸軍では航空機のスロットル開閉の方向がまるで逆だったんですね。 という事は、たとえば海軍航空隊に所属するパイロットが陸軍の戦闘機を操縦する事は不可能に近かったかも知れませんね。 車でいえばアクセルとブレーキが反対についているのと同じでしょうからね。 それと陸軍が潜水艦を開発していたというのは始めて知りました。 どんな潜水艦だったんでしょうね。 そしてどんな戦果を挙げたんでしょうね。 とても興味深いお話、有難うございました。

お礼日時:2007/06/22 14:20

第二次世界大戦中、陸軍航空隊と海軍航空隊を保有したのは日米です。


全て空軍直轄したのが英独仏伊です。
現在は世界中どこでも空軍(陸軍航空隊の後身)と海軍航空隊という形になっています。

兵器の統一兵器で言えば、英軍のスピットファイア(空母搭載用のシーファイアがあった)などがありましたが、帯に短し襷に長しで実用兵器としては???だったといえます。
最近ではF4ファントムがありましたが、空軍が採用したところ空軍で使うには不具合が多すぎて独自にF4Eという改良をしました。

 日本では漫画や飛行機本で零戦はスーパー戦闘機のような言われ方をしてますが、それを駆使した坂井三郎は九六式の方が空中戦性能が優れていたと言い残しています。実際、緒戦では圧倒的優位にありましたが、米国が新型機を投入してくると零戦の欠陥が露呈(改良の余地がない、防弾性が悪い、製造性が悪い、機体が華奢)して苦境に立たされました。
 隼も歌でこそ有名ですが、実際はとんでもない欠陥機だったそうです。陸軍での実用機としては飛燕以降といえます。

 何故両者が共有の機体を作れないのかですが、海軍は基本的に艦載機ですので性能に制約があります。低速飛行能力などです。それらを追求すると機体に負荷がかかるわけですが、海軍としてはそれを排除するわけにはいきません。艦載機ですから。一方陸軍はそのような制約はありませんから使う発動機の限界まで性能を追求できます。ただしそれは機体が重くなったり、着陸速度が速くなったりします。それでは艦載機として使えません。下手に折衷案を採ると半端な機体になるのです。
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この回答へのお礼

有難うございました。
なるほど、両軍が求めるスペックが違いすぎるから統一した機種を作れなかったんですね。 海軍機は空母艦載を基本に考えられているから、それを陸軍でも使用できるように大きく改造するくらいなら、初めから陸軍機として別の機種を開発した方がベターだったという事なんでしょうね。 とても勉強になりました。

お礼日時:2007/06/22 14:13

太平洋戦争においては陸海の空軍並列は色々と問題を抱えていたのは事実ですが、結果論からすればさほどマイナスでもないと思われます。


同時期に空軍を創設していた国を見ると分かるのですが、航空機の開発において陸上で使用される航空機が優先され、海上航空戦力については後回しにされる傾向が強いのです。
これはドイツのような内陸国はもちろんの事、空母発祥の国であるイギリスでも同じ傾向を示しています。
(例えば第二次大戦においてイギリスの主力雷撃機であったソードフィッシュは旧式な複葉機で、日米海軍では大戦前にとっくに第一線を退いている筈の機体でした)
またそれ以外にも指揮連絡系統などで空軍と陸海軍との間で色々な問題が発生しています。
当時、急速に発展中であったが故に模索中であった空軍と他兵科との協調について、海軍と空軍を分けた事により、その協調に枠をはめてしまい、未だ完成していない海上航空兵力の運用に不都合をもたらしてしまったと言えるでしょう。
(勿論、この点は海上航空兵力だけではありません)
つまりヨーロッパより遙かに空海軍の密接な協調が必要とされる太平洋戦線においては、海軍航空隊の方がより有効に活用できたという側面もあるのです。
もちろん、だからといって陸海軍の航空部隊並列が正しかったと断言は出来ません。
強いていえば「第二次大戦時に関していえば大差は無かった」というところでしょうか。
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この回答へのお礼

有難うございました。
第二次大戦中は丁度航空機が戦力としての価値を認められつつある時代だったように感じました。 そのため国土防衛の手段としてどれが最も効果的な形になるか、どの国も暗中模索だったんでしょうね。 勉強になりました。

お礼日時:2007/06/22 14:09

官庁の縦割りの弊害ですよね。

こと国防という重要なもんだいでもこうなんだから、本当どうしようもない。
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この回答へのお礼

有難うございました。
官僚なんて今も昔も同じなんですね。

お礼日時:2007/06/22 14:00

陸海軍の航空兵器の統一。



陸海軍で航空機に求める性能が違うので統一は難しい。
現代の米軍でも、陸海空の三軍統一機種を一度は開発したが、微妙に帯に短し襷に長しとなり、別個開発になりました。

海軍が求めたのは、航続距離です。巨艦巨砲主義。巨砲がより遠くに、より大きな攻撃力をもたらすという思想ですから、航続距離の延長は、この意味では、海軍の航空戦力は正嫡子とも言えます。

遠方より来訪する敵戦力を壊滅させるというのが、日本海軍の基本思想であり、なるべく遠くから漸次敵兵力を減らしていく、その最終段階が日本本土であるとするならば、日本本土に海軍航空基地があってしかるべきであります。

根本的には、日本空軍が作れなかったと言うところに問題があるのですが、軍隊というのは非常に保守的。実証されていないものは信じないという体質があります。欧州諸国が第一次世界大戦で航空兵力の実態を知ったがために、早い段階で空軍を別にしましたが、日本は経験がなかったので、踏ん切りがつかなかった。
経験しても、なかなかそれまでの体制を否定するのは大変です。
よく、巨砲巨艦時代が終わったのに日本海軍は・・・それに比べてアメリカ海軍は学習した・・・とか言われますが、日本海軍が物資がすくないせいもあって、戦艦製造から空母製造にシフトしたのに対して、アメリカ海軍は、戦艦を造り続けていました。上陸作戦の最初における艦砲射撃しか効果がなくなったというのに。
そのくらい、慣用された戦略を否定するのは難しいのです。
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この回答へのお礼

有難うございました。
なるほど、海軍が求めるのは航続距離なんですね。たしかに燃料切れになれば海上に落ちるしかないので、陸軍機とは違うのは理解しやすいです。
ただ、どうなんでしょう、たとえば陸・海軍で基本設計だけを統一して、その後の艤装や燃料タンクなどを各軍の要求で調整する ・・ これだと経済的にも製造効率の面からもウンと改善されるように思うのですが、当時もは省庁の障壁は厚いでしょうし、軍としての面子の問題などあって実際には難しかったんでしょうね。
でも軍人の頭が固いのは日本だけじゃなかったようですね。

お礼日時:2007/06/22 13:46

なぜか、というより歴史的事実を書きます。



1)海軍機でも空母用の艤装をする場合としない場合で、折り畳み翼等の必要性は異なります。当然、海軍機でも非艦載機であれば、その辺の機構は無くてもかまいません。
2)例えば、96艦戦(ゼロ戦の一代前の傑作機)は、陸軍の競争試作に陸軍型の艤装をして望んだが、97戦に敗れた、と読んだ記憶があります。つまり、結果として違うにしても、最初からそれあり気ではなかったと解釈できます。他にもそのようなことはあったと思います。
3)陸軍の爆撃機である「飛龍」は海軍で「靖国」として用いられたことがあります(今ネットで調べたところ、単純に両軍採用というわけではないようですが)。
4)戦争末期には機種の統一について両軍で検討されていたはずです。具体的には思いつきませんでしたが。
5)機種の違いについては日本に限らず、米国においても全く同じ傾向です。例えばP-51は陸軍、F6Fは海軍。ヨーロッパ戦線に投入された機種と、太平洋戦線に投入されていた機種はかなり違いますし。単純に機種統一が合理的なわけではない、という一つの傍証となるかと思います。
6)イギリスはそういう意味で質問者様の考えに近いというか、スピットファイアの艦載機型のシーファイヤ、シーモスキートなんかを作っていたはずです。ただし、イギリスの空母なんぞあってないようなものであったことも理解しておくべきでしょう。
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この回答へのお礼

有難うございました。
海軍と陸軍が機種統一しなかったのは、何も日本だけじゃなかったんですね。 なるほど、興味深いお話、有難うございました。

お礼日時:2007/06/22 13:38

>海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか?


記憶が曖昧ですが、たしか渡部昇一さんの本にこの質問に役立つものがあったと記憶しております。
うろ覚えですが、海軍と陸軍は仲が悪かったのでそれぞれ独自に開発したと。
現在で言う官僚機構の弊害みたいなもののようとも…。

>それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 
>陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが
これは予算のバランスを取ったための結果ではないでしょうか。
現在から振り返れば、先の大戦は米国との戦いを最優先しなければならないと誰でも分かると思います。
ですから、予算も海軍が多く、陸軍は少ないでよいと思いますが、
現実は終戦まで五分五分であったと渡部昇一さんの本にあったと記憶しております。
これは「和を尊ぶ」日本精神の弊害かも知れません。

>戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは
>理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。
その通りで、まったく同意見です。
この点では、先の大戦では米国の方が合理的だったように思います。

>たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?
そうですね。
歴史に「たられば」は禁物ですが、ゼロ戦に統一してれば戦況はかなり長期間にわたり我が国に有利に展開し、終戦も早かったのでは思います。
まあ、これは外交がしっかりとできていると言う前提が不可欠ですが。
何でもそうですが、進む時よりも退く時に一番知恵が必要ですね。
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この回答へのお礼

有難うございました。
海軍と陸軍の仲は悪かったというのは聞いた事があります。 戦闘機の開発がバラバラで非効率的だったのは、この影響が大きかったんでしょうね。
でも、もし当時の陸軍がゼロ戦を採用していれば、戦況はかなり有利に展開していた可能性があるんですね。 興味深いお話、有難うございました。

お礼日時:2007/06/21 14:10

>海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか?


>戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しい

これに尽きると思いますけど

例えば、陸軍機の主目的は地上軍の直援(敵軍の地上部隊への攻撃と敵航空機からの自軍の防御)になります。
となると、航続距離や速度よりも、武装力を重視した機体になってしまう。

一方海軍機は、海上を長躯しての戦闘が想定されるので、航続距離や速力、短距離離陸能力などを重視した機体になってしまう。

当然、全ての性能をバランス良く設計すれば統一機も可能で、それも模索しないわけではありませんでしたが、今の様にコンピューターでシミュレーションする訳にも行かず、結局全体が中途半端で使いにくい機体になってしまうのがオチです。

これは、当時の日本軍だけの話でなく、今に至るまで各国で試行しては失敗する。の繰り返しでした。
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この回答へのお礼

有難うございました。
両軍が戦闘機に求めるスペックが違いすぎるのが大きな理由のようですね。 兵器の事はよく知らないのですが、多分これは今の軍隊でも同じなんでしょうね。

お礼日時:2007/06/21 13:48

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Q大日本帝国陸軍の航空機

去年から大東亜戦争のことを調べたりするようになり、最近では邦画で零戦を扱った作品が目立ちました。

海軍の航空機が関わった戦いはよく本など見るのですが、陸軍の航空機が関わった戦いに余り詳しくありません。

ノモンハン事件以降で陸軍航空機が参戦した戦いがあれば簡略に教えて下さい。

Aベストアンサー

確かに太平洋戦争における陸軍航空隊の活躍は地味ですよね。主に、マレー、ビルマ戦線方面で活動しました。
地味な理由は、南方戦線で米軍相手と戦わなかったからで、例えばあのガダルカナルの戦いに参戦した日本軍航空隊はすべて海軍航空隊でした。じゃあなんで南方戦線では陸軍航空隊は活躍しなかったのか。
・陸軍機は、海軍機に比べて航続距離が短かったから
とよくいわれますが、まあそれもなくはないですが、本当の理由はこれです。
・陸軍航空隊は、洋上飛行ができなかった
海の上を飛行すると地上に目標となるような地形が一切ないので、洋上飛行にはノウハウが必要です。そのノウハウが陸軍にはなかったのです。それで、戦線が米軍に圧迫され始めてから、「戦闘機が足りない」ということで、陸軍航空隊の一部が南方戦線に投入されることが決まったことがあったのです。
そしたら、大問題が発生しました。なんと南方の基地に向かう途中で「全機行方不明」になったのです。洋上飛行に慣れない陸軍航空隊は、移動だけで無駄に全機を失ったのです。

さて、ここで単純かつ強力な疑問にたどり着きます。
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Q99式艦上爆撃機は何故あんなに命中率が高かったのですか?

本屋で本を読んでて気になりました。
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実際99式艦上爆撃機とはどんな所で作られ、何故あの時代にあれだけの精度が出せたのですか?

Aベストアンサー

99式艦上爆撃機は昭和11年に海軍省から試作を命じられた中島と愛知の両メーカーが競作した航空機で、結果的には愛知が競作に勝利し昭和12年12月に試作第1号機が完成し、昭和14年に制式化されました。

当時愛知はドイツからの今で言うライセンス制作で、いくつかの艦爆機を作っていましたが、この99艦爆は日本独自のオリジナル設計による艦爆機で、これが日本における艦爆の嚆矢となった機体で、日本最初の全金属製の低翼単葉艦爆でもあります。

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QB29の迎撃に活躍した戦闘機

B29の迎撃に活躍して
最も多くのB29を撃墜破した戦闘機は何でしょうか?
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教えて下さい

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普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するようになります。小林照彦戦隊長率いる244戦隊は部品の補給、整備も行き届いていたため他隊に比べ稼働率も高く、また攻撃精神旺盛なためB29の迎撃に活躍しました。震天制空隊による体当たりをはじめ、通常の攻撃でもB29を撃墜しています。小林戦隊長自らB29に体当たりで撃墜し、生還するなど244戦隊は敗戦までに撃墜84機(うちB29 73機)撃破94機(同92機)と言う戦果を上げました。
 
 水冷エンジンについては工業力が追いついていないのを無理して使ったというのが一般的ですが、ただ単に今までの日本機のほとんどが空冷エンジンであったため整備員が不慣れであったと言う話も聞きます。同じく水冷エンジンの彗星を装備した芙蓉部隊は整備員の努力により高い稼働率を維持していました。
 
 B29の迎撃に必要な性能は高高度での飛行性能、速度、高い上昇力、加速性、火力など格闘戦性能より一撃離脱に適した機体が良かったと思います。

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するよう...続きを読む

Q旧日本軍はどうして潜水艦を強化しなかったのでしょうか?

第二次世界大戦もののDVDを観て思ったのですが、
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とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。
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海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

一方、米軍の潜水艦は日本軍のそれよりはるかに劣ります。
酸素魚雷の開発もまだでした。

米軍は、
潜水艦を3隻一組とする狼狽戦法で弱い輸送船団を襲う事に専念します。
彼らは、日本軍の海防艦が、殆ど使い物にならない木造船である事を知っていました。

日本軍は
駆逐艦を重雷装する事により重巡洋艦と匹敵する戦力としようとします。
重巡洋艦は、重雷装させ、戦艦と互角で戦える事を目標としました。

その結果、被弾に対しては極めて脆く火災、誘爆が多かったのです。

米軍は、無理な雷装や、無理な作戦より、
より効果的な運用方法を目指しました。

追い詰められ、
潜水艦に戦艦が沈められるようになると、
日本海軍も、もう終わりだな。
こう言う空気が流れます。

潜水艦に対する防御、発見方法、攻撃方法などが確定していないと言う、根本的な問題でした。

>とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。

潜水艦は、常に最前線に投入され、後方は無視されました。

>日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

上層部は、敵艦隊を攻撃する事しか頭にありませんでした。後方、補給よりも、最前線でした。
援護の無い、単独攻撃は、犠牲も大きかったようです。

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

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Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む

Q旧日本軍の戦闘機で最強のものは

なんでしょうか。P51と互角に戦えるやつ!

Aベストアンサー

補足で質問がありましたので再登場

雷電では、P51の相手は無理です
対B29がおもな仕事ですので、
敵戦闘機が来ると、
空中退避(要は飛んで逃げる)していました

もちろん、油断しているP51が居れば
上空からの一撃離脱は有効でしょうが、
単機でP51がうろうろしている状況は
考えにくいので、よほどの幸運がなければないでしょう。

震電等の試作戦闘機は、カタログスペックだけですので
(実機もありましたが)
本当の所はわかりませんが、互角に戦えたかもしれませんが
やはり、対重爆用の機体ですので、その辺りは考慮しなければならないと思います。

試作で比較するなら、
烈風やキ80シリーズと比較するべきでしょう。
これらはあたりまえですが、当然互角に戦える事を
前提に設計されています。

Q四式戦闘機、五式戦闘機、紫電改どれが最強だと思いますか?

四式戦闘機(疾風)、五式戦闘機、紫電改どれが最強だと思いますか?私は急降下速度と20ミリ機銃胴体装備の点で五式だと思うのですが・・・

Aベストアンサー

私の持っている本に、No.3の答えの記載とおなじで、「戦後の米軍の調査で日本の陸海軍戦闘機中で四式戦(疾風)が最優秀と評価された」と書かれています。
五式戦、紫電改の生産機数がそれぞれ約400機に対し、四式戦は約3300機と多く、実戦を経て改良が良くなされている為と思われます。
性能的にはたいした差はないでしょう。

Q日本陸軍はなぜ海軍より悪役にされるのですか?

海軍は真珠湾攻撃、ミッドウェー、カダルカナルなど攻勢終末点を越えた無謀な作戦ばかりして戦火を広げ、陸軍はそれに引きずられたそうですが。
また戦闘機の開発、思想では陸軍のほうが進んでいた。
(海軍格闘戦にこだわる。陸軍一撃離脱を取り入れる)

Aベストアンサー

前に
「帝国海軍について」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4902336.html
と言う質問があり、No.4で私が回答しています。
その中から今回のご質問「日本陸軍はなぜ海軍より悪役にされるのですか?」の答になる部分を引用しますと

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
戦後、陸軍が悪玉、海軍が善玉ということでイメージが定着しています。この理由は、

1) 海軍は「短期現役士官制度」「予備学生制度」で、現在で言えば「大学在学以上の青年」を短期間の教育後に士官とするしくみを作りました。
昭和15年以降は、大学を卒業したら何もしないと陸軍に二等兵として入営しなければならない状況でした。それから逃れる唯一の道である「短期現役士官制度」「予備学生制度」に応募・採用された学生は多数に上りました。
こうした「学徒士官」は「最初から士官に準じる待遇」で海軍に入り、戦争を生き残った人は中尉か大尉で一般社会に戻ったわけですが、海軍のことを悪く思うわけがありません。
そうした人の中で、著名な作家になったり(例:阿川弘之)、官界・実業界・言論界・学界で有力者となる人が多数出ました。こうした、社会に影響力を持つ人が海軍びいきであったことが現在にかなり影響しているようです。
特に、海軍予備学生出身の高名な作家である阿川弘之が
「山本五十六」「米内光政」「井上成美」
の「海軍三部作」をはじめとする多くの海軍関係の著作をものしたことは、「海軍の良いイメージ」を世の中に広げるのに役立ちました。
一方、陸軍の場合「大学在学以上」の人であれば、二等兵として入営しても約1年後には少尉になっているのが普通でした。「甲種幹部候補生」になった人です。「大学在学以上」の人は、特に問題がなければ「甲種幹部候補生」になりましたので、「大学在学以上」で陸軍に入り、戦争を生き残って兵卒や下士官で復員した人はそれほど多くはありません。この点で、海軍と大差なかったようにも見えます。
しかし、陸軍の場合は「甲種幹部候補生」になる前に必ず何ヶ月か二等兵として兵営生活を送らねばなりませんでした。これが「軍隊より監獄の方がよほど楽だ」というとんでもない苦しい生活でしたので、陸軍に入って戦争を生き残って中尉や大尉で復員した人も、「陸軍びいき」になる人は通常いなかったようです。

2) 昭和20年の時点で、健康な20歳以上の男子はほぼ全て陸軍か海軍に属していると言う状態でしたが、人数で言えば陸軍の方が圧倒的に多いです。そして、その多くは学歴がないため「幹部候補生」にはなれず、二等兵として入営して地獄の責め苦を最後まで受け、死なずに復員できたと言う人たちです。こういう人たちが「陸軍大嫌い」になるのは当然のことでした。

3) エリートの「大学在学以上」の人が「海軍びいき」か「沈黙」、一般庶民は「陸軍大嫌い」であれば、陸軍の味方をする人は
「元・陸軍の職業軍人」
程度です。
ただし、一般にこうした人たちは戦後は沈黙を守りましたので、世の中に聞こえるのは「海軍びいき」の声が圧倒的となります。

4) 陸軍にも宮崎繁三郎中将、山下奉文大将、今村均大将のように名将・智将として評価されている人はおりました。
また、開戦責任・敗戦責任が陸軍にだけあるわけではありません。
開戦時の東條英機首相(陸軍大将)は、自分の意思で首相になったわけでもなく、自分の意思で戦争を始めたわけでもありませんが、彼が首相になった時には既に「アメリカを相手に戦争する以外はない」状況でした。「東條首相と陸軍が積極的に戦争を始めた事実」はありません。
しかし、現在は
「太平洋戦争は陸軍が始めたもの。陸軍にはとんでもない連中ばかりいた」
という「常識」が成立してしまっています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「大東亜戦争の敗北についての海軍の責任」について良く分かる本として、

「太平洋戦争はなぜ負けたか」 別宮暖朗
http://www.amazon.co.jp/dp/4890632409/

「なぜ敗れたか日本海軍 (光人社NF文庫)」 是本信義
http://www.amazon.co.jp/dp/4769825250/

「大本営参謀の情報戦記(文春文庫)」 堀栄三
http://www.amazon.co.jp/dp/4167274027/

の3つを挙げます。

また、帝国海軍が、それなりに充実していた潜水艦部隊を有効に使用せず、まるで「鉄の壁にタマゴをぶつける」ようにして無駄に消耗させていったことが分かる本として

「本当の潜水艦の戦い方」 中村秀樹
http://www.amazon.co.jp/dp/4769824939/
をお勧めします。

4冊買ってもそれほど高くありませんので、ぜひお読みください。
いかに「海軍善玉・陸軍悪玉説」が事実と乖離しているのかが良く分かります。

前に
「帝国海軍について」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4902336.html
と言う質問があり、No.4で私が回答しています。
その中から今回のご質問「日本陸軍はなぜ海軍より悪役にされるのですか?」の答になる部分を引用しますと

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
戦後、陸軍が悪玉、海軍が善玉ということでイメージが定着しています。この理由は、

1) 海軍は「短期現役士官制度」「予備学生制度」で、現在で言えば「大学在学以上の青年」を短期間の教育後に士官とする...続きを読む

Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む

Q昭和10年時の軍事力ランキング

第二次世界大戦直前の1935年頃の軍事力を国別に順位付けしたらどのようになるのでしょうか?

自分の予想は下の通りです

陸軍力
1ドイツ2ソ連3アメリカ4日本5フランス6イタリア7イギリス

海軍力
1アメリカ2日本3イギリス4ドイツ5ソ連6フランス7イタリア

できれば根拠もいただければうれしいです

Aベストアンサー

付け足しです。1941年6月に関してはこうなるかと思います。
   陸軍
1・ドイツ(保有師団数・車両・航空機・経験で圧倒)
2・ソ連(保有師団数・車両・航空機はダントツ)
3・日本(動員中兵力と航空力が優れる。車両面では遅れ気味)
4・米国(保有兵力は少ないが、航空力は優れる)
5・英国(植民地大国の強み、兵力と車両保有数が優れる)
6・イタリア(兵力こそ多いが士気及び弾薬が枯渇)
番外・フランス(降伏したため植民地軍しかない)・中国(組織だっていない)
   海軍(カッコ内は建造中の数)
1・米国…戦艦17(10)・空母6(5)・巡洋艦及び補助艦が多い
2・英国…戦艦13(2)・空母7(3)・巡洋艦及び補助艦が多い
3・日本…戦艦10(3)・空母8(10)
4・イタリア…戦艦6(2)・空母(2)
5・ドイツ…戦艦2(1)・装甲艦2・旧式戦艦2・空母(1)・潜水艦多数
6・ソ連…戦艦3(4)・潜水艦多数
番外・フランス…戦艦5(1)・空母1(降伏したため評価不能)

44年7月になると
   陸軍
1・米国…工業力で車両・航空機がダントツ
2・ソ連…兵員の数と車両は多い
3・ドイツ…総動員体制に突入したため生産力が急上昇
4・英国…米国の援助で戦力が回復
5・日本…歩兵と航空機は多いが、車両が不足
番外…フランス(亡命政府)・イタリア(停戦後の再編成中)
   海軍
1・米国…戦力がダントツ
2・英国…ドイツ軍の潜水艦攻撃は収まり制海権を回復
3・日本…なんとか戦力を維持している状態
4・ドイツ…風前の灯
5・トルコ・アルゼンチン・ブラジル・チリ…戦争していない
番外…フランス(亡命政府)・イタリア(停戦)・ソ連(壊滅)

付け足しです。1941年6月に関してはこうなるかと思います。
   陸軍
1・ドイツ(保有師団数・車両・航空機・経験で圧倒)
2・ソ連(保有師団数・車両・航空機はダントツ)
3・日本(動員中兵力と航空力が優れる。車両面では遅れ気味)
4・米国(保有兵力は少ないが、航空力は優れる)
5・英国(植民地大国の強み、兵力と車両保有数が優れる)
6・イタリア(兵力こそ多いが士気及び弾薬が枯渇)
番外・フランス(降伏したため植民地軍しかない)・中国(組織だっていない)
   海軍(カ...続きを読む


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