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小学生から、最近まで、、結構仲良くしている幼なじみの友人がいます。
私はいまだ、独身なので、老後のことを考えると、不安に思うことも多々あるのですが・・・
まあ、なんとか、毎日を過ごしています。

仲良かった友達と、最近ぎくしゃくすることが、ありました。
私は、いつか結婚できたら良いな~ムリなら別にいいやの感覚で、今日まで、独身です。
が、友達は、女性は結婚し、子どもを産み、ご主人にやしなってもらい、好きなことをするのが幸せと昔から考えていたようです。

なので、私のことを結婚もできないと、いつも上から目線で見ていました。
たまに、結婚することと、しないこと、どちらが幸せなんだろうとはいうこともあるのですが。

そして、今はちょうど、結婚した子ども達の受験時期です。
私は結婚していないのだから、子どももいません。

子どもが、受験で良い学校、志望校に合格できた場合は、自慢かな?と思うほど話を聞かされることって多いですよね。
でも、彼女の子どさんは、志望校にすすめなくて、すべりどめっていうのでしょうか、その学校に進学することになりました。

学校の評価は、私が受験していた頃とは変わってるところも多いです。
なので、そうなの~としか私には返事のしようがないのですが・・・

話を聞いていると、これは言い訳だなと思ってしまうのです。あまりに饒舌過ぎるのです。

志望校に難関大学の名前を出し、すべりどめの学校も、受験するだけ無駄だと思っていたので、少しでも、試験を受ける時に、交通費がかからないようにと、自宅から近いところにしたとか、志望校一本で合格できる実力があるので、他の学校の受験対策なんて必要ないし・・・と受験前には言っていました。

ところが、実際は、志望校がダメのようでした。
他の学校の合格対策を何もしていなかったのに、、合格できるなんて奇跡って塾の先生にも言われたの~と
また、自慢?言い訳?のはじまりです。

幼なじみと思って、付き合いも長かったのに、なんか、上辺だけの付き合いだったのか、それとも、私と話をしていて、優越感に浸りたかったのか・・・
友達と思っていたのに、悲しくなりました。

私は、友達として縁を切りたいと思っているのですが・・・
私にも、なにかひがみのようなものがあるのかなと、思ってしまって。

長文になりましたが、、貴方はこんな時、そうされますか?

A 回答 (2件)

友達って、難しいですよね。

女性の場合は特に・・・。

学生の時はみんな同じような状況なのに、10年、20年経つと環境とか
境遇とかが女性の場合は、かなり違ってきてしまうんですよね。

結婚している人、していない人・・・。
子どもがいる人、いない人・・・。
仕事をしている人、していない人・・・。

私も多くの友人と疎遠になりました。
しかも、今年初めて大学時代からの友人と縁を切ることを決めました。
縁を切ることにした友人は、私のことを思いやるとか、私の身になって
考えるとか、そういうことを一切してくれず、自分の思い込みのみで私の
ことを責めるようなことを二度も書いてきたので、「もういい。」、そう
思いました。

ただ、ずっと続いている大切な友人もいます。
その友人達は、私のことを考えてくれています。私のことを大切に思って
くれている気持ちが伝わってくるので、たとえ環境や境遇が違っても、私も
その友人達を大切にしたい、そう思います。

ht218 さんの文章からは、そのお友達に対するひがみのようなものは
感じられませんでしたよ。ht218さんにとって、そのお友達がお互いに大切に
思い合えるお友達なのかどうか、一度ゆっくり考えてみられるといいのかも
しれませんね。

ht218さんの憂鬱が解消されますように・・・。
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この回答へのお礼

ありがとうございます、

幼なじみと話をするのですが、彼女と話をしていて羨ましいと思ったことがないのです。
はじめは、昔良く言った負け組みのひがみからなのかな?と思っていたのですが。どうもそうではないみたいと、だんだんと思うようになりました。
それも、彼女にとっては、屈辱的に思えたのかもしれません。

彼女のほかにも、学生の頃から仲良くしている友達や、昔、会社の同僚だった友達と話をすることはあります。
そういう時、たわいない話のなかにも、なるほどとか、へ~とか自分のためになるというか、得るものがあるのですが、幼なじみと話している時は、噂話とか、誰々が今こんなことになって大変みたいよとか、後味の悪い思いになることが多いのです。

私の、家庭も一時期、トラブルがあったことがあるのですが、その話についても、当事者でもないのに、自分の意見をおしつけられたことがあります。

もう、良い年齢にお互いなっているのですから、縁をきるというこを考えても良いのかもしれませんね。

お礼日時:2013/03/12 02:34

友人さんにとって大切というか


あなたの存在は貴重なはずと
思いました。
当たり前でも無くさなきゃ
気がつかない大切な事ほど
実際は
甘えていたりするようです。

友人さんの普段の人との
付き合いは神経使うのかも?
もし普段から周りとの
人間関係に心を許せないとしたら幸せとはいえなそうです。

母親として他人から見られる
それだけの日常生活を過ごしているならば
他人は評価や
判断の基本にするのは
自分の一つであるはずの
『母親』が
全てになりやすいそうです

志望校に行くのは本来
子ども
その進路や大事な将来であるはずの受験は
志望校に合格する事だけが
大事になるらしくて
それは自分の評価や価値に
直結するみたいです
自分の存在価値までを失敗してしまいことで危うくすると本気で
信じて疑わないと
読んだことがあります

自分を否定されるような感じだろうと思います。

母親ではない自分になれるはずの
あなたとの時間に救われている
そんなことも見失うのは
本当に残念ですね

少し距離や時間おいて
友人さんが本来の
幸せである家庭と自分に
向き合えたらよいかも
しれませんね
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ご回答を拝見している時に、思いだしたのですが。
幼なじみが結婚した当初は、彼女も働いていて、良く話をしていました。
子どもができ専業主婦になり、一戸建てに転居した頃から、だんだんと合わないなと思いだしたような気がします。

幼なじみとは、小、中学校が一緒だったのですが、高校から別々の進路をとるようになりました。
幼なじみが転居した先で、中学、高校と一緒だった友達と偶然近くになり、一緒に遊ぶように遊ぶようになったと言っていたのですが・・・
その友達というのが、とても美人で、いつもコンプレックスを感じているというようなことを、良く言っていました。

もしかして、私には言えるけれど、言えないというような毎日を送っていたのかもしれません。
私も、幼なじみに対して羨ましそうに思ったことがなかっただけに、私にも言えなくなってしまったのかもしれません。

そういう、価値観?のズレのようなものが、原因なのかもしれないです。

難しいですね・・・

お礼日時:2013/03/12 02:53

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