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あかりを点けましょ雪洞に... で始まる「うれしいひな祭り」。
昭和初期に作曲されて必ずしも古い曲ではないと思いますが、楽しいお祝いの歌がなぜ悲しい短調なのでしょうか?

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A 回答 (7件)

なぜ、と聞かれたら、作曲されたご本人に尋ねるしかないのでしょうが、想像はできます。



短調のメロディーがもの悲しい、というふうに感じられるのは、昭和でも、かなり後期になってからの人の感覚なのではないかと、わたしは個人的には感じております。

短調の響きそのものには、どことなく哀愁が感じられます。しかし、曲全体を通してとなると、どうでしょうか。

戦後の日本を勇気付けた「リンゴの唄」も短調でした。「青い山脈」も短調です。どちらもご年配からは、「あの音楽の軽快さと明るさに、力づけられた」という感想を聞きます。現在においても、短調の曲が悲しいという印象を受けるとは限りません。

また、「ひな祭り」には、わたしは、「みやび」を感じます。雅楽の雰囲気です。ひな祭りは古(いにしえ)からの祭り。ですから、日ごろは跳ね回っている女の子たちにも、この日は少し、みやびにかしこまってもらって、ちょっと大人の気持ちでお祭りを…。

そんな願いから、あのメロディーになったのではないかと思われます。この曲は、短調というよりは、日本音階の、陰旋法(みやこぶし)といったほうが適当のように思われます。

ピアノの伴奏より、琴や、鼓などをバックにしたほうが似合うと思いませんか?
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はじめまして☆こんにちわ☆


この間この曲についてちゃおっとしたエピソードを聞いたので回答してみました★

この曲の作詞者の方の娘さんは幼いころに亡くなられたそうで、その娘さんへの気持ちをこめて作詞されたそうです。そういう曲にこめた思いから短調で落ち着いた感じなのではないでしょうか?

確かなことは分かりませんが参考までに☆
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私もこの質問はとても素敵な質問のように思われました。

そのような質問を考え出すところが何故か素敵に思いました。・・・結局答えになってないのですが・・。短調の曲=悲しい、暗い、さびしい、などどちらかというと心にマイナス系の響きを与える印象が多いとは思いますが、逆に楽しい、嬉しい、愉快、・・など心がプラス系のものでも短調のものは沢山あると思うんです。ただ一つの曲はほんの数秒から、何分にもわたって作られているものがありますよね!自分たちの耳にする曲は、殆んどといっていいほどアレンジされているものを耳にします。コードネームとか、楽器の編成とか、音色の変化とか、テンポとか、ビートのノリとか・・・もっともっと考えればいろいろだと思います。あと、重要なのは曲の中で行われる転調というのも考えられます。たとえば、クラシックの名曲・・ベートーベンのの「エリーゼのために」などは短調ですが途中で一瞬長調になる場所があったりしています。更に・・かなり前になりますが、この曲をポップな8ビートに乗せてアレンジされた「キッスは目にして」などという曲は軽快さがあり、確かに短調がベースになってますが楽しい踊りたくなるような曲だったり、スマップの「夜空のムコウ」なども短調の種類の楽曲ですが、悲しい・・・というより切ないとか、素敵とか、綺麗とかに感じます。つまり・・・ひな祭り自体は「嬉しいもの」だけれども、この時代に作られた、子供たちが楽しくひな祭りで過ごしている様子を現している、何か懐かしいような、かわいらしいような、そんな感じがしませんか?短い曲なので、転調もしてないし・・。時代に合った楽しさ、嬉しさ、かわいらしさが出てるのだと思います。この曲を、いまどきのアレンジャーに頼んで、アップビートで、ノリノリにしたら、悲しいどころか「うるさいひな祭り」・・な~んてタイトルになっちゃったりして・・・(笑)へんな答えですみません。音楽は心の中に何かを感じさせてくれるものなので、この曲はこの時代のイメージが出ているような気がしました。
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「うれしいひなまつり」は短調といっても、いわゆる「ヨナ抜き」の短調で短音階の第4音が1回だけ、第7音(導音)は一度もでてきません、西洋音楽的な短調とは性格の異なるものです。



これはNo.2の方の回答にもあるように、日本音階の「陰旋法」の感覚を西洋音楽の語法に当てはめたものです。民謡に多い陽旋法を思わせる長調よりも、お琴などの上品な音楽を思わせる短調で作られているのは、むしろひなまつりにはふさわしいのではないでしょうか。
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この質問を読んでおもしろい視点だなぁと思って、自分なりに考えてみました。


私は、なんとなくですが、日本人の美意識がそうさせるのだと思います。
日本人は、西洋やアメリカに比べると、はかないものに美を感じる性格がある、と言われています。桜の花で花見をするのは日本人くらいだし、私たちは桜の花びらが風邪に吹かれて散っていくその瞬間にも美を感じることがあります。「さくらさくら」の歌も暗い調で書かれています(いつ作曲されたのかは調べていないので分かりませんが、もし大正や昭和の頃に作曲されていたなら西洋の音階のイ短調ですよね)。

あと「うれしいひな祭り」が短調で書かれたもう一つの理由として思い浮かぶのは、「日本らしさ」や「日本人の心」大切にしたのではないかな、ということです。
日本に西洋音楽が導入されたのは、明治時代の時で、明治維新の際に、初めて調性がある西洋音楽が伝えられました。それまでは、日本にハ長調だとか、ニ長調、イ短調、イ長調(シャープ3つの調とか)そういうものはありません。だから存在していたのは日本特有の音階(ドレミソラド)だけで、明るい調とか暗い調という概念はまだなく、日本の音階で書かれた音楽でした。
でも、明治時代の西洋音楽が伝わり、山田耕筰が西洋の音階を使った作品を数多く書き、その後、「日本人のアイデンティティとは何か」という問題が浮上し、琴や三味線などの邦楽器を使いつつ西洋の音階を用いるという「邦楽器が奏でる洋楽」が書かれるようになり、さらにその後その価値観が転換し、西洋の音階を用いつつ邦楽器や日本的な響きをを用いて音楽を書こうという「洋楽が奏でる邦楽」が書かれるようになり、それが今にまで続いています。
つまり、日本人は西洋音楽が導入されて以来、「日本人のアイデンティティ」について深く考え、西洋音楽を導入しつつ、日本らしさを失わないためにはどうしたらよういのか、ということを考えるわけです。
全て西洋化してしまったら、日本人のアイデンティティは失われてしまうので‥。
「うれしいひな祭り」が短調で書かれたのは、明治維新前に日本にあった日本の音階(ドレミソラド)のように、今の価値観から考えて暗いと感じるこの音階の特性と、日本らしさと何かということを考えて、西洋音楽に溶け込んで日本らしさが失われていかないように、あえて短調で書き、そのことで「日本人のアイデンティティ」を表現したのではないでしょうか。

と、音大生の勝手な想像なので、ご参考までに。
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子守唄でも短調が多いですね。


日本各地のお祭り行事における陽気で賑やかな祭囃子の笛のメロディだって、短調が圧倒的に多いと思います。
それに、雛祭りの歌をそのまま長調にしたら、とても変になりますよ。
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こんにちは。



 二番の歌詞からすると,この歌は妹が嫁いだ姉のことを思い出しながら,ひな祭りを迎えているシチュエーションの歌なんじゃないかと思います。
 この歌が作られたのは昭和11年ですので,妹がいまひな祭りに興じる歳だとすると,姉はまだ年端も行かない頃に嫁いでいったのでしょう。おそらく15歳か16歳くらいだったでしょうね。姉妹はいつも一緒に,ひな祭りを楽しんでいた。その姉の姿は,この家にはなく,妹一人だけのひなまつり。妹は,姉と一緒だったころのひな祭りを思い出し,官女の白い顔を見てふっと姉がそこにいるかのような思いにとらわれる。楽しい中に混ざった悲しい気持ち……短調が合うと思いませんか。
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この回答へのお礼

回答をありがとうございます。
なるほど、1番は導入部分で、核心は2番以降にあるわけですね。

お礼日時:2004/03/06 14:55

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Q童謡で短調の曲はどんなものがありますか?

試験対策で、童謡や子供向けの曲のメロディーのみの楽譜から、
長調と短調を見分けたいと思っています。
最初と最後の音、又は主音、属音、下属音から見分けられますか?
童謡などは圧倒的に長調が多いと聞きましたのが、
少数派の短調の曲にはどんな曲があるのでしょうか?
例えば、小さい秋見つけた、蛍の光、ひなまつり、
などは聴いた印象では短調っぽいのですが、どちらなのでしょうか?

Aベストアンサー

曲のメロディーのみの楽譜から、
長調と短調を見分けたいと思っています。
---------------------------------------
についてですが。
自分だったら、
C調とCm調の同主調。で考えてみると、

「主音」が、まず、気になります。
で、
「最初」の音は、必ずしも、主音ではありませんよね。

C調の場合は、ド。ミ。ソ。のどれかからスタートすることが多いので。
なので、

「★最後の音」が、「主音」である場合がほとんどです。
----------------
次に、
C調とCm調の違いは、
主音から

「★3度上の音」が、
「ミ」か「ミb」か・・・です。

ここが、違うので、同主でも、区別できます。
-----------------------------
試験が、「何調」なのか?
移調してあって、C調とCm調で、でれば、わかりやすいのですが、

もし、原曲のままだとすると、
めんどうですが、結局、

「★この2点」が、区別のポイントではないでしょうか?
どの調でも、考え方は、同じなので・・・

曲のメロディーのみの楽譜から、
長調と短調を見分けたいと思っています。
---------------------------------------
についてですが。
自分だったら、
C調とCm調の同主調。で考えてみると、

「主音」が、まず、気になります。
で、
「最初」の音は、必ずしも、主音ではありませんよね。

C調の場合は、ド。ミ。ソ。のどれかからスタートすることが多いので。
なので、

「★最後の音」が、「主音」である場合がほとんどです。
----------------
次に、
C調とCm調の違いは、
主音から

「★3度...続きを読む

Q日本音階はなぜ短調なのでしょうか

私の勘違いかもしれませんが、日本音階は短調だと思います。どうしてそうなったのでしょうか。

また、民謡やわらべ歌などは、その日本音階を汲んだ短調ですが、当然受け入れられる心理的土壌があると思うのです。なぜ日本人は古来より短音階に親和性があるのでしょうか。

その点私はあまり日本人的でありません。

Aベストアンサー

bossambaさん、いつもお世話になります。
今日は少しでもご恩返しになれましたらと思いました。

実は日本音階でいちばん歴史の古い雅楽から、長調と短調(もどき)はあったんですよ。
呂律がまわらない、という言葉の元になった呂旋法と律旋法がその一例です。

bossambaさんにすんなりおわかりいただけるように言うと、呂旋法はミクソリディアンで、律旋法はドリアンなので、ならば長調短調じゃないでしょう、と言われてしまいそうですが、大和民族の楽しい調、さみしい調、という観点ではこんなふうになってました。

わたしもジャズファンなので邦楽はちゃんとは知らない身分なんですが、いわゆる江戸時代以後の端唄俗曲のたぐいから終戦直後までの歌謡曲では部分転調的に明暗がくるくる入れ替わる作品も多いですよね。
(そういう現象を何と言うのか私も良く知らないんですが、ごめんなさい)
たとえば有名な「青い山脈」の「あーおーいーさんみゃー」の一節だけは長調風にひるがえったり、など…

これは私の勝手な想像ですが、民謡やわらべうたについては、飢饉で餓える苦しみや、乳幼児の死亡率の高さ、くちべらし、うばすて、などの止むに止まれない心情も多少は影響あるのかもしれないですね…。
単純に豊年満作を祈る内容だったりするといいんですが、わらべうたなどはドキッとするような恐ろしい内容であることを大人になってから知らされて、はあなるほどね…と自分なりに納得した気になったりしたものです。

日本人だけに短調のジャズがとても人気があるのもアメリカ人の不思議に思うところだったそうです。
(ソニー・クラークのレコードは本国ではさっぱり売れなかった、などなど…)

参考URL:http://www.d2.dion.ne.jp/~kaz/gagaku/word/word4.htm,http://sasakimikie.seesaa.net/

bossambaさん、いつもお世話になります。
今日は少しでもご恩返しになれましたらと思いました。

実は日本音階でいちばん歴史の古い雅楽から、長調と短調(もどき)はあったんですよ。
呂律がまわらない、という言葉の元になった呂旋法と律旋法がその一例です。

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Q短調など、悲しい曲はなぜ悲しいのか

心理学か音楽かとも思ったのですが、理系的な解釈が欲しくてこのカテゴリに質問します。よろしくお願いします。

悲しい曲はなぜ悲しいのでしょうか。

暗い絵がなぜ暗いのかは、何となく分かります。素人の私の勝手な解釈では、人間は昼行性の生物で季節とともに生きてきたので、動物に襲われる「夜」、食物の得にくい「冬」、あるいは「病気」・「死」などを連想させる主題、構図、色使いなどに、悲しさや暗さを感じるのではないでしょうか。逆に鮮やかな色使いは、花が咲き、実がなり、暖かな、春・夏・秋・昼・命を連想させるので明るく感じるのではないでしょうか。

でも、「音」はどうなのでしょうか。
ゆっくりとしたリズムは、副交感神経に作用して気持ちを沈静させるのかなあとも思うのですが、でも、和音とかメロディーラインとかの明るい・悲しいが今一つよく分かりません。

・小さい頃にテレビなどで悲しい場面に短調の曲が流れていたので、そのような曲に悲しいイメージを持つようになった。すなわち「すりこみ」である。
・たまたま、そのような周波数成分の音が、脳の悲しさをつかさどる部分に生理的・物理的に作用してしまう性質がある。
・ヒトの泣き声、あるいはイヌなどの「クゥウーン」という悲しみや危険を伝える声とマイナーコードの周波数成分が似ている。

などを考えたのですが、どれも思いつきで、学問的な基礎のない私には自信がありません。どなたか研究者の方など、説明していただけませんか。研究者以外の方でもいろいろ意見やお考えを頂けたら幸いです。

心理学か音楽かとも思ったのですが、理系的な解釈が欲しくてこのカテゴリに質問します。よろしくお願いします。

悲しい曲はなぜ悲しいのでしょうか。

暗い絵がなぜ暗いのかは、何となく分かります。素人の私の勝手な解釈では、人間は昼行性の生物で季節とともに生きてきたので、動物に襲われる「夜」、食物の得にくい「冬」、あるいは「病気」・「死」などを連想させる主題、構図、色使いなどに、悲しさや暗さを感じるのではないでしょうか。逆に鮮やかな色使いは、花が咲き、実がなり、暖かな、春・夏・秋...続きを読む

Aベストアンサー

まず短調、長調の違いをはっきりさせるべきではないでしょうか。

12平均律では、オクターブ(周波数が倍になる間隔)中に12の音が均等分布しています。つまり、ある音よりひとつ高い隣の音は、周波数で見れば12乗根倍の周波数を持っているということになります。
その12音のうちの7つから(ドからシのような)音階が作られます。1オクターブ上の基音を入れて8つの音、その相互間の「距離」が長短を分けるのです。

長音階では、基音から順に次の音までの「距離」が、次のように表されます。
全・全・半・全・全・全・半
(半:直前の音の周波数に対して「2の12乗根」を乗じる
 全:直前の音の周波数に対して「2の12乗根倍」の2乗を乗じる)
一方で短音階の場合には、
全・半・全・全・半・全・全
となります。
このような各音の間の関係は、いわば「構造」として変化しません。
基音から見て第3音までの「距離」が、長音階では「全・全」なのに対して、短音階は「全・半」と短くなっています。一般にはこの「欠落感、不足感」が短音階の「憂愁感」を生み出すものと解釈されています。

こういった音階の長短から受けるイメージが、文化に根ざすいわゆる「刷りこみ」なのかどうか、という問題ですが、必ずしもそうは言えないのではないでしょうか。
「刷りこみ」は次世代にその感覚(エートス)が受け継がれる理由にはなっても、「なぜそもそも短調が悲しい時、長調が楽しい時に使われるようになったのか」を説明していないからです。つまり世代間の継続を仮に説明できても、その起源、なぜそうなったのかという蓋然性とは無関係でしょう。

音の「高い・低い」という言葉と、(山などが物理的に)「高い・低い」という言葉は、多くの言語で共用されているそうです。山が高いことと音が高いことには実質的に何ら因果関係はないのですが、日本語やラテン系の言語を始め、世界の多くで共通しているということは、音の高低の認識イメージにある程度普遍なものがあることをうかがわせます。
また、メロディ理論の基礎で、音が「低→高」とつながると緊張感をもたらし、「高→低」となると緩和されますが、これは比較的世界的に一般の感覚だそうです。高い音は周波数が高い、つまりより高エネルギーであるわけで、自己の生命維持にとっていろいろな意味で有意な存在に対し、動物としての人間の反応が「緊張」を示すということはむしろ自然な反応ではないでしょうか。

一方、刷りこみ理論の例証として、子供たちの長短の音階に対する反応を調べる実験はよく知られていますが、常に信用性の問題が残ります。というのも、幼児は基本的に快・不快という原初的かつ個人的な情緒は発達が早いけれども、嬉しい・楽しい、悲しい・不安という、ある程度社会性を持つ感情はやや遅れて発達するからで、その感情を有するということ自体、ある文化の影響下にあることに他ならないからです。
逆に、例えば幼児向けのいろいろな音楽教室で、長短を理解させるために「ちょうちょ」など簡単な長調の歌をわざと短調にして子供に聞かせたり(あるいはその逆を)すると、一様に「死にそうなちょうちょ」「暗いちょうちょ」といった反応を幼児が示すそうです。
何百年も前の西洋音楽を聴いて、現代の日本人である私達がその意図に共感できることを考えても、ある程度長短のイメージは普遍的な部分があるのではないでしょうか、というのが私の考えです。
(全く素人なのにもかかわらず長くなって恐縮しております)

まず短調、長調の違いをはっきりさせるべきではないでしょうか。

12平均律では、オクターブ(周波数が倍になる間隔)中に12の音が均等分布しています。つまり、ある音よりひとつ高い隣の音は、周波数で見れば12乗根倍の周波数を持っているということになります。
その12音のうちの7つから(ドからシのような)音階が作られます。1オクターブ上の基音を入れて8つの音、その相互間の「距離」が長短を分けるのです。

長音階では、基音から順に次の音までの「距離」が、次のように表されます。
全...続きを読む

Q日本の童謡民謡はなぜ短調なのか

大体5音音階の、マイナーペンタトニックだと思うのですが、なぜ、メジャー系音階ではないのでしょうか?
なにか、飽き飽きしてこないでしょうか?
「付の砂漠」だの「母さんの歌」だの「ひなまつり」だの「さくらさくら」だの、短調はもうたくさんだ!と言う感覚にならなかったのかなーと思います。

というか、そういう音階で作るものだと言う図式ができていたのかもしれないですが、ではなぜ、発祥からして、短調様式が支配的だったのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
童謡や民謡にはあまり詳しくないのですが 童謡は長調の曲 たくさんあると思います。…おもちゃのチャチャチャ ぞうさん いぬのおまわりさん 汽車汽車しゅっぽっぽみたいな のんきな曲とか。民謡などもクラシックでいう短調とは 本質的に違って(旋法自体が違いますよね) 決して『短調』から受ける印象と同一ではなく 明るい印象や威勢の良いという印象の曲もたくさんあると思いますが。又童謡・民謡に対して非常に深い思い入れのある方々もたくさんいらっしゃると思います。ただ質問者様がおっしゃりたい意味もなんとなくわかりますけど。いわゆる日本独自の童謡民謡が 西洋文化においての類似したものと比較すると『ダサい』という印象は比較的多くの人が持つかもしれませんね。
私も国歌(は民謡童謡とは違いますが)を公(オリンピックなどの)の場で聴くと 日本国民ですから感動はしますが その後アメリカの国歌が流れたりすると やっぱり『かっこいいなぁ…日本の国歌はなんで こういう曲じゃないんだろなぁ』と 昔は良く思いましたもん。だんだん歳食って?くると こういう日本文化的な楽曲も 日本の歴史上必然的なものだったのかな…と それなりに受け入れる素地(ただ 老けただけかな(笑))もできたかな…と質問を拝見して 複雑な気分になりましたけど。…にしても 質問者様は本当に難しい疑問に立ち向かう 革命的ファイターだな…と感心致します。保守的な私は少し見習った方が良いかも…と反省しました^^;
最後に一つ。ヨーロッパでバロック音楽期の頃(オペラやオラトリオが盛んになった頃)日本は江戸幕府が成立し鎖国の時代に入り 島国の中をチョンマゲ姿で侍が往来していた事を想像すると 仕方ないよねぇ…としみじみ思うのです。バッハの頃は日本は暴れん坊将軍ですもん(笑)

こんにちは。
童謡や民謡にはあまり詳しくないのですが 童謡は長調の曲 たくさんあると思います。…おもちゃのチャチャチャ ぞうさん いぬのおまわりさん 汽車汽車しゅっぽっぽみたいな のんきな曲とか。民謡などもクラシックでいう短調とは 本質的に違って(旋法自体が違いますよね) 決して『短調』から受ける印象と同一ではなく 明るい印象や威勢の良いという印象の曲もたくさんあると思いますが。又童謡・民謡に対して非常に深い思い入れのある方々もたくさんいらっしゃると思います。ただ質問者様がおっしゃり...続きを読む

QMicrosoft Silverlight とは?

Microsoft Silverlight(マイクロソフト シルバーライト)とはなんでしょうか?

これは何をするソフトなのでしょうか?

削除していいものなら削除したいのです。

御存知の方、できるだけ簡単に教えて下さい。

Aベストアンサー

簡単に言うと、(殆どのPCに入っている)アドビのFlashPlayerに対抗して
マイクロソフトが開発した、動画表示機能。

Gyao!などでは、Silverlightが推奨環境になりつつあるようですが、
必要性を感じないなら削除も可、だと思います。

Q長調、短調ってなんですか

今さら恥ずかしくて聞きづらいのですが、長調、短調ってなんですか?
よくクラシックの曲名に付いていてもなんのことだかさっぱりわかりません。
長調、短調の種類や意味、存在理由、なぜ上りと下りの音階が違うのか、などどんなことでもよいので教えてください。

Aベストアンサー

ふたたびこんばんは。

楽譜を見ると、一番頭に#や♭がいくつか書いてありますが、あれの数で調が決まります。

#の数:調
1:ト長調
2:ニ長調
3:イ長調
4:ホ長調
5:ロ長調

♭の数:調
1:ヘ長調
2:変ロ長調
3:変ホ長調
4:変イ長調
5:変ニ長調 という具合です。

ところで、ハ長調とイ短調には#も♭も付きません。つまりある長調はある短調と兄弟みたいな関係になっています。これを「平行調」といいますが、どうやってキーを見分けるかと言いますと、#2でも回答しましたとおり、音階(スケール)がハで始まるときは長調、イで始まるときは短調となるのです。

大体、歌の始めと終わりの音はキーもしくはキーをルートとするの和音の構成音であることが多いので、その辺りで見分けますが、絶対これだ、という法則があるわけではありません。

楽器を演奏できるのでしたら、実際に旋律をなぞってみて、譜面に起こしてみると良いです。

そのときに、とりあえずハ長調と考えて採譜しますが、ある音に必ず#や♭つく事があります。その場合、その#や♭をまとめて楽譜の最初に付けると、その曲の調になります。

コードが弾けるのでしたら、最初のコードがその曲のキーと考えれば間違いありません。つまりCで始まる曲はハ長調、Amで始まる曲はイ短調という具合です。

ふたたびこんばんは。

楽譜を見ると、一番頭に#や♭がいくつか書いてありますが、あれの数で調が決まります。

#の数:調
1:ト長調
2:ニ長調
3:イ長調
4:ホ長調
5:ロ長調

♭の数:調
1:ヘ長調
2:変ロ長調
3:変ホ長調
4:変イ長調
5:変ニ長調 という具合です。

ところで、ハ長調とイ短調には#も♭も付きません。つまりある長調はある短調と兄弟みたいな関係になっています。これを「平行調」といいますが、どうやってキーを見分けるかと言いますと、#2でも回答しましたと...続きを読む

Q「いらっしゃいますか?」と「おられますか?」正しいのは?

 私は社会人歴7年、ひととおりのビジネスマナーはまあまあ覚えていたつもりなのですが、実は未だにちょっと分からないことがあります。

 例えば、仕事上で相手の会社に電話をかける際、はじめに目的の人物以外が電話に対応する場合のはよくあることですね。そしてその時、自分が用事のある人物に電話を取り次いでもらいたい場合、「○○さんはいらっしゃいますか?」と「○○さんはおられますか?」ではどちらが本当は正しいのでしょうか? それとも地域によってちがうのでしょうか?

 私は北東北在住です。振り返って思い出してみると地元の人たちで「おられますか?」を使うのを殆ど聞いたことが無い気がします。どちらかと言えば、他県、それも関西方面の人たちが「おられますか?」をよく使っていたような…。私は新社会人当時、関西の言葉を話す社員が多い会社にいたので、「おられますか?」は耳に馴染んでいて、今でもその時々によって「いらっしゃいますか?」と合わせて半々に使います。

Aベストアンサー

学校文法的に言えば、

敬語には尊敬語、謙譲語、丁寧語の三種類があります。
「おる」は謙譲語です。
したがって、これに尊敬語の助動詞「られる」をつけるのは間違いです。

ということになります。
私もそのように教えられた覚えがあります。

しかし、「おる(をる)」は元々謙譲語というより丁寧語であって、これに「られる」という助動詞をつけて尊敬の意味を表わすことは、何ら間違いではないと言う説もあります。
このことについて、説得力のある説明をしているサイトを見たことがあります。(↓)
これを読んでから、私も「おられる」は間違いではなく、学校文法が間違っているのだと思うようになりました。
文部省や国語審議会の言うことなど、学問的にさほど権威があるとも思えません。ただ、学校の試験などでどう答えるか、ということが問題ならば、彼らのいうことが金科玉条ですが。。。

参考URL:http://www.alc.co.jp/jpn/cls/ndm/gnsodan03.html

Q道路の白線・黄色線は「はみ出し禁止」?「追い越し禁止」?車線変更は?

道路の白線・黄色線について疑問に思っています。過去の質問を拝見しましたら、白・黄色の実線について
「はみ出し」を禁止している
「追い越しのためのはみ出し」を禁止している
「追い越し」を禁止している
との回答を眼にしました。

1)どの見解が正しいのでしょうか?


2)1)の回答にもよりますが、車線区分線としての白・黄色の実線の場合には、車線変更は禁止なのでしょうか?

「はみ出し」禁止であれば当然ダメでしょうが、「追い越し」禁止であれば車線変更は可能なような気がします。しかし、その場合は「追い越しのための車線変更」と「ただの車線変更」との区別がつかず、どこから違反とされるのかわかりません。

宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

少し噛み砕いて書いてみます。
(学科のテキストには明記されていないと思われるので)

◆白色実線の中央線

主に、片側に複数車線ある場合の中央線で、(原則として)絶対にはみ出し禁止。

(複数の車線があるため、駐車車両や道路工事などがあっても、中央線をはみ出すことなく回避できるから)

中央線が2本線で引かれている場合は、それが中央線であることと、はみ出してはいけないことを、より強調するため。

◆黄色実線の中央線

主に、片側1車線の道路に引かれており、追い越しのための右側部分へのはみ出しは禁止。

(道幅が狭いため、駐車車両や道路工事、また軽車両を追い越すなどやむを得ない場合には、中央線の右側へはみ出すことが出来る)

「追い越し禁止」の標識がある場合は、右側へはみ出すことはもちろん、はみ出さずに済む状況であっても、追い越しそのものが禁止されます。


次に

◆実線の車線境界線(白色・黄色とも)

実線部分では、車線変更そのものが禁止されます。白・黄色ともに。

※交差点(内部)と、その手前30メートル以内はもともと「追い越し禁止」場所ですから、仮に点線(破線)の車線境界線であっても、追い越しのための進路変更(車線変更)をすることは出来ません。
(優先道路を走行していて信号機のない交差点の場合は除外。←あまり考えなくて結構です)

テキストには、「追い越しが禁止される場所」として7項目の記載があると思います。
それらの場所では、追い越しをしようとして進路変更(車線変更)しただけでも違反行為と考えられます。

●「追い越しのための車線変更」と「ただの車線変更」との区別 について。

クルマはその速度に応じた車間距離を必要としますが、最低限必要な距離としては、前車が急停車した場合に追突しない距離と考えられます。
次に、追い越す動機としては、速度差があるため前車に対して、最低限必要な距離程度までに近づいてしまったから、という理由が挙げられると思います。
(勿論、急いでいる場合もあるでしょう)

追い越す意識(目的)があるかどうかという心理は、遠目には分かりませんが、車間距離がギリギリまで近づいていた場合には、意図していたと判断されるのではないでしょうか?
追い越す必要がなければもう少し車間距離を取るでしょうから。
特に速度を上げて接近していった場合には、その速度差から、追い越す意識があったと判断されると思われます。

現実的には、追い越しのための車線変更自体が違反行為となるケースが多いと思いますが、単純に追い越す意図があるかないか、を判断する材料はギリギリの車間距離か十分な車間距離か、また、前車と同じ速度であったか、速い速度で接近中であったか、だと考えます。

前車と十分な車間距離があり、速度も同程度の場合には、単なる車線変更と見なされると思います。

どうぞご安全に。(元、指導員より)

少し噛み砕いて書いてみます。
(学科のテキストには明記されていないと思われるので)

◆白色実線の中央線

主に、片側に複数車線ある場合の中央線で、(原則として)絶対にはみ出し禁止。

(複数の車線があるため、駐車車両や道路工事などがあっても、中央線をはみ出すことなく回避できるから)

中央線が2本線で引かれている場合は、それが中央線であることと、はみ出してはいけないことを、より強調するため。

◆黄色実線の中央線

主に、片側1車線の道路に引かれており、追い越しのための右側部分...続きを読む

Q「早春賦」の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「早春賦」の歌詞を読んでいますが、古典文法が入っているので、理解できなくて困っています。特に理解に苦しんでいるところは次の三箇所です。この歌をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか。

 歌詞の参考ページです。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/sousyunfu.htm

1.「歌は思えど」
2.「さては時ぞと 思うあやにく」
3.「春と聞かねば 知らでありしを
  聞けばせかるる 胸の思いを
  いかにせよとの この頃か」

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もきのうも 雪の空  
今日もきのうも 雪の空
 
川や池に張っていた氷は解け始め、そこに生えている葦も芽をふき始めてきています。
さあ、いよいよ春が来たと思いきや、そんな思いとは裏腹に現実は厳しく、昨日も今日もまだ空はどんよりして雪が舞っています。

3.春と聞かねば 知らでありしを  
聞けば急かるる(せかるる)胸の思(おもい)を  いかにせよとの この頃か 
いかにせよとの この頃か

暦の上ではもう春になったのですと聞かされてなければ、まだ春だとは思わなかったのに、聞いてしまったので、もう、春が待ち遠しくなってしまい、季節の移り変わりさえ遅く感じ、春よ早く来いという待ち焦がれる思いをどう晴らしたらいいか判らないくらいである。

1)歌は思えど
⇒歌おうと思ったけれど。

2)さては時ぞと 思うあやにく
⇒さては時(春が来た)と思うが、その気持ちを打ち消すかのように、(まだまだ雪が降っている。)
⇒いよいよ春が来たと思ったのだが、折悪しくまた今日も雪が舞って来てしまった。(春はまだなのか~)

★あや‐にく【▽生憎】
《感動詞「あや」+形容詞「にくし」の語幹から》

1.[副]意に反して不都合なことが起こるさま。
あいにく。
折悪しく。

2.[形動ナリ]目の前の事柄が、予想や期待に反していて好ましくないさま。

意地が悪い。
不都合だ。間(ま)が悪い。
予想以上に厳しい。過酷だ。

この歌は難しい歌ですよ。
全体に伝わってくるイメージは明瞭ですが、字句の説明は非常に難解です。自信ありません。

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もき...続きを読む

Q妊娠された方、受精時に感じた症状ってありますか?

いつも質問するた度に皆様から助けていただいて感謝しています。
私も子供がほしくて毎月生理が来てがっかりしている1人であります。あまりにも気持ちがモヤモヤするので、今回の排卵時に排卵検査薬を使って性行為をしました。まだ高温期4日目ですがドキドキしてます。
さて質問なのですが、妊娠された方の中で「私は受精が分かった!!」って方はいらっしゃいますか?例えばお腹の中がなんかムズムズ?するとか、軽い腹痛があったとか、いつもとは違う症状があった!とういう方いらっしゃいましたらぜひ回答お願いします。生理まで待てなくて、生理前に何か小さなことでも妊娠の可能性がわかったらいいな~と思っています。お願いします。

Aベストアンサー

♯5です。お礼拝見しました。
文字通りの<受精の瞬間>でよかったのですね。
今までの回答はほとんど着床~生理予定日までの頃の症状が書かれているようなので
<着床の瞬間>なのかなと思ってしまいました。たいへん失礼しました。

受精するのは射精後数時間以内ですよね。

> よく受精の瞬間が分かったって方いらっしゃるじゃないですか。

私のまわりでは聞いたことがありません。
すくなくとも着床までの症状は妊娠とは関係ないので、
結果妊娠していた場合にその頃の体の変化を結びつけて考えるのだと思いますが。


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