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神をどんなに信じ、崇め奉っても、不幸なことが起こらないとは限りませんよね?
例えば、愛する人が死ぬとか、自分が事故に遭うとか。

その時が突然、もし来た場合にクリスチャンの方はどう思うのですか?
裏切られた気持ちに似たようなものを感じるのでしょうか?
神は「乗り越えられない試験は与えない」と考え、
前向きに考えようとしたとしても、
「なんで、どうして」って、気持ちになりそうな気がします。
キリスト教に興味があって、投稿しました。
道徳的に素晴らしいことばかりなので、私も信仰したいと考えています。

A 回答 (2件)

興味があるなら勉強してください。


聖書の何処にも「神を信じれば不幸なことはおきない」なんて新興宗教のようなことは書かれていません。
それに「神は乗り越えられない試練しか与えない」なんてドラマでしかない事も書かれては居ませんよ。
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こんにちは。

カトリック信者です。

幼いころに両親が離婚し、また若い時に母を亡くすなど辛い思いをしてきましたが、
下記の詩を知った時、あのとき、ひとりではなかったのだと嬉しくて泣きました。

辛くても悲しくても、わたしはひとりではない、
いつも主である神がいっしょにいてくださる、
そういった歓びが、クリスチャンにはあると思います。

もちろん、なんで、どうしてと問いかけます。
問いかける相手がいることも幸せかもしれません。


「あしあと」作者不明

ある人がある夜 夢を見た
海辺を主と共に歩いている夢

見上げれば大空 浮かぶのは
過ぎてきた人生の様々な場面

ひとつひとつ場面が浮かび上がるたびに
砂浜にくっきりと刻まれるあしあとは二人分

そのひとつは彼のもの
もうひとつは主のもの

大空のドラマが終わるとき
すべてを振り返り 彼は気づいた

悲しみでつづった場面では あしあとは一人分
ほかには見えない

主よ 一番あなたが必要だったとき
主よ いったいどうして
ひとりぼっちになさったのですか
ああ苦しく 辛く さびしかったあの頃

大切な愛する子よ
目を伏せて泣く彼に主は語られた
温かく やさしく なつかしい
その声は かたくなな心を開く

一人分のあしあと それは愛の証し
彼のものではない確かなあしあとは主のもの
主はおぶってくださった その尊い背中に
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