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1926年10月にかけて発生したという「魔女事件(山脇雪子)」について教えてください。

A 回答 (1件)

「魔女事件」というと一体何事か、と思うかもしれませんが、佐藤春夫が山脇雪子という女性と半年余り関係をもった、というだけの話です。



このラブ・アフェアの相手である山脇雪子をモティーフに、佐藤春夫は「魔女」という一連の詩を書きます。だからこのことは「魔女事件」と呼ばれるのです。たかだかの常時がどうして「事件」なのかというと、この前に「小田原事件」というのがあるからです。

佐藤春夫は大正六年、二十五歳のとき、六歳年長の谷崎潤一郎と出会います。当時、谷崎は千代子と結婚三年目で、生まれたばかりの長女がいました。

初期の谷崎はエドガー・アラン・ポーにあこがれ、「悪魔派」を標榜し、当時の文学の主流だった自然主義とは無縁の、耽美的、反道徳的な作品を発表する作家でした。その狷介な性格もあいまって文壇からも孤立し、理解者もいなかったのです。そこへ自分の作品を愛好し、しかも遠慮なく鋭い批評を浴びせかけてくる青年が現れたのですから、谷崎の喜びはどれほどのものだったでしょうか。ふたりの友情はたちまち深まっていきます。

一方、谷崎の妻、千代子は、従順で穏やかなひとがらで、どんな仕打ちをされても黙って我慢するという女性でした。それが谷崎の目には「彼女の存在が一つの悲しい音楽になった」と映り、「色彩の強烈な、陰影のない華麗な文章を志していたあの頃の僕には、彼女の奏でる悲しい音楽が……甚だ禁物であったからだ」(谷崎潤一郎『佐藤春夫に與へて過去半生を語る書』)として、冷酷なエゴイストとしてふるまうことが、「悪魔主義的傾向」をもつ芸術家としての義務であるように感じていたのです。

そこへ佐藤春夫の登場です。何の落ち度もないまま夫にステッキで殴り倒されるような千代子に対して、佐藤はいつも騎士的にふるまいながらも同情します。そうして千代子もまた、佐藤に惹かれるようになる。

そうして大正九年、以前から続いていた谷崎と千代子の妹のせい子との関係が千代子の知るところとなります。このせい子は、のちの『痴人の愛』のナオミのモデルとなったと言われる、大柄な美人で、しかも当時、別の若い男と恋仲である、というような女性でした。

谷崎はこのせい子と少なくとも一時期は結婚するつもりで、千代子に離婚を言い渡していました。そうして佐藤は当時同棲していた女優の米谷香代子と別れ、千代子に自分の思いを打ち明けます。

千代子はこれをきっかけに、谷崎との離婚を承諾し、佐藤と結婚することを決意、谷崎もそれを了解するにいたります。ところが翌年三月、谷崎は土壇場で決心を翻して離婚をとりやめ、佐藤と絶交したのです。このことをのちに谷崎は当時住んでいた小田原の地名を取って「小田原事件」と呼ぶようになります。

絶交後の佐藤は、有名な「秋刀魚の歌」が所収された『殉情詩集』や『都会の憂鬱』『侘びしすぎる』などの作品を書いて、自分の千代子への思いを謳いあげます。そうして花柳界にいた、少女の頃の千代子の面影のあるような、小田中タミと結婚します。

谷崎も「小田原事件」を『神と人との間』という作品にするのですが、佐藤も谷崎の「嘘」に抗議し、なるべく事実に近いかたちで描こうと、『この三つのもの』という小説の連載を始めます。

ところがその連載中、佐藤自身に恋愛事件が起こります。谷崎にたいする批判と非難が、そのまま自分に返ってくるような出来事に巻き込まれてしまったのです。その相手が山脇雪子です。

山脇雪子についてはわたしも詩集『魔女』と、未完の『去年の雪いまいづこ』を通してしか知らないのですが、それによると、嫁ぎ先から離婚して、上京して、幼なじみの妻子ある男の囲い者となっているような女性だったようです。教育はないけれど、本も読み、字も美しく、手紙も書けた女性だったようで、佐藤も最初はそれほどの気持ちでもなかったのですが、タミの焼きもちがひどく、そのことでかえって夢中になっていったらしい。

佐藤にとってこの恋愛は、まさに谷崎と義妹せい子の恋愛を、自分が生き直しているような経験でした。そうして、「三十五六になつた男の心持は、二十臺ではわかりにくい。僕はかう氣がついて見るともう以前の、終生消えまいとまで思込んだ怨恨は根こそぎどこかへ行つてしまった。時が經つにつれて復活してゐた友情ばかりが残つてゐる」と、自分が谷崎に対して無理解であったことを詫びる手紙を書き、和解を求めます。こうして谷崎と佐藤の友情は復活するのです。

ただの情事が「事件」となったのは、友情が途絶えることになった出来事が「小田原事件」と呼んだのに対し、復活することになったきっかけがこの山脇雪子との情事だったことから「魔女事件」と称せられるようになったのです。
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この回答へのお礼

回答者殿にはたまたま知っていた偶然かもしれませんが受け取る側にとっては予想外の過去最高の回答でした。ありがとう。

お礼日時:2013/09/07 13:12

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