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2009年9月27日、橋下徹氏の全面支援を受けて堺市長に当選した竹山修身氏が、
橋下徹氏を裏切って、
反旗を掲げることができたのは、
何故?

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A 回答 (4件)

タレント橋下の人気を利用する連中が集まって来ているだけなので、利用価値が無くなれば、そこに絆は無いのでしょう。

維新に人事を司る事のできる人材は無いのだと思います。公募した校長とかから、いっぱいセクハラ野郎とか問題児が出てしまっています。

維新も、社会党や民主党のように、他党を批判することで成長してきましたが、批判がメインで勝ち上がって来た政党というのは、味噌も糞もごっちゃになっているのだと思います。
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そりゃ、最初に切ったのが橋下氏の方だからです。



竹山氏が大阪府を退職して堺市長選に立候補した頃は、橋下氏は大阪都構想を口にしておらず、政令指定都市となった堺市が大阪府と協力して発展していくという主張でした。
ところが、わずか半年後に橋下氏は大阪府と大阪市の二重行政を根拠に大阪都構想を持ち出し、堺市との間には二重行政はないとしつつも、政令指定都市を残すのはおかしいからと解体を言い始めたわけです。

二階に上げておいて梯子を外すような真似をされたわけですから、従ういわれもなくなったわけです。
私見に過ぎませんが、今回の堺市長選挙に大阪府や大阪市の幹部職員を辞めての立候補がなかったのも、どうせ立場が変われば橋下氏も松井氏も、かつての協力者をあっさりと見捨てるのだということが周囲の人にも分かっているからではないかと思います。

この回答への補足

渡辺喜美・江田憲司バトル
を招いた不徳
を想起しました。

補足日時:2013/09/08 17:17
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この回答へのお礼

そうだったのか池上解説のように
良く分かります。ありがとうございました。

お礼日時:2013/09/08 17:14

それは橋下氏が有力政治家ではないからです。


橋下氏は圧倒的民意で当選を重ねましたが、あくまで一般人に人気のある人で、企業団体には大きな力はない。つまり自身のみを伸ばす力はあっても敵を潰したり、味方を伸ばす力はないのです。
先に行われた国政選挙を見てもよく解ると思います。

竹山氏は当時破竹の勢いの維新の力を使って当選を果たしましたが、政策方針が合わなくなったか、次期当選か危うく感じたか、維新を離れた方が得策と思ったのでしょう。
自民以下の老舗の政党なら、潰される可能性もあったでしょうが維新には相手を潰す力も暇もありません。

そして現在の構図になったのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2013/09/08 17:12

簡単に言えば、大阪府民は橋下さんに飽きたのです。


いわゆる「旬を過ぎる」です
http://thesaurus.weblio.jp/content/%E6%97%AC%E3% …
そうなると、府民はまじめな目で候補者を見ます。
そうするといかに維新というのがアレだったかが見えてくるのです。

ということで、勝算ありと思った竹山さんは独自路線に切り替えたのです。

まあ、いまだに大阪都構想なんてものを信じている府民はいないのに
実現するって息巻く市長は滑稽ですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2013/09/08 17:11

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