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お寺や神社めぐりがすきなのですが、山にあるところが多いきがします。
理由はありますか?

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A 回答 (10件)

様々な要因があり一つでは答えになりません。

なのでいくつか挙げていきます。
例えば昔は神仏習合で、多くの神社は坊さんが作りました。日光二荒山神社もそうですね。
坊さんは修行の場として山を使いました。山に登り、権現と称して神を祀ります。
そして麓に神社を作ります。要するにベースキャンプです。ベースキャンプは平地ではなく山の中腹ですね。

第二に村を守って貰うのに村を見上げるのでは守ってもらってる感がありません。やっぱり村を一望できる場所に祭ってこそでしょう。平泉の金色堂も昔は村を一望できました。

第三に古来より神は高千穂の嶺に降り立ち、山そのものが御神体であったりもしました。だから山頂がシンボルとなります。

第四に寺は社会から断絶して修行する場ですから村の中、特に歓楽街では修行に迷いが生じます。だから隔絶された高台を選ぶわけです。まぁ今でも街中の某宗本山の坊主はヘルスの回数券など持っていますから、やっぱり山の中に置くべきなんでしょうね。

あとは村を護る寺社が災害にあっては生きる気力も失ってしまいますよね。だから安全な場所に建てて、何かあったらそこを頼るということがあります。
東北では波分神社とか有名になりましたね。柴又帝釈天も「大雨が降ったら帝釈天に頼れ」という言い伝えがあるんですよ。

他にもあるでしょうけど、とりあえず思いつくのはこのくらいです。
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山地形は水源を形成しており、命の水、舟運の便の源として、縄文時代から高い山は信仰の対象とされていました。


記紀にはタカオカミ、クラオカミ(漢字変換不能)の神の名が見えます。
タカオカミは水源となる高山の、クラオカミは水源となって居る谷間の神とされています。
形の良い山や伝説に纏わる山体そのものを崇める山体信仰があります。奈良の三輪山、霧島山系の高千穂峰など各地に見られ、奄美地方にはウガンデ(オカミダケ=大神岳)と崇められる山々が各集落毎に存在します。
火山も火の神の山として尊崇されます。富士山などは代表的で、日本中から信仰されています。
今一つ、葬送儀礼に関する聖山が有り、多くは立ち入り禁止とか女人禁制とされてきました。弥生時代以降の下層民は、墓地を持つことが出来ず、往き来の不便な山地に遺体を置き去りにする鳥葬や風葬が行われ、その遺構が聖山として一般の立ち入りを禁じたものと思われます。それらには、後に仏教関連の山名が与えられているように思えます。奥宮は、奥津城の宮の意で、参拝に便利な新宮や拝所が出来た後も、奥宮とか本宮と呼ばれて尊崇されています。
山岳信仰による仏寺は、仏教伝来後のことです。聖山はそれ以前から存在したと思われます。
纏めると、
水源神信仰。山体神信仰。火山神信仰。祖先神崇拝。
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元々日本には特有の山岳信仰というのもありますが、神社・寺は山ではない所にもたくさんあると思います。


基本的にどの神社・寺にも共通して言えると思いますが、自然(森や大木)が豊かな所に多いと思います。これは「自然があったから、神社・寺が建てられた」のではなく、「神社・寺があることで、自然が開発から守られた」からです。昔は自然は当たり前にどこにでもあったのです。

日本にはかつて「合祀(数多くある神社を統一して減らす政策)」が積極的に行われた時期がありますが、これに大反対した知識人達が当時いたそうです。その理由の1つは、神社があることにより結果的に守られてきた自然(貴重な動植物や長樹齢の木)が、失われてしまうからです。20世紀初めの日本ではもうそんな先進的なことが考えられていたのですね。

現代日本においては、寺・神社は(信仰だけでなく)そういう意義もあると思いますね。何百年も大木や森を守っていくことは、それこそ神社・寺にでも頼らない限り、簡単なことではありませんから。
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>理由はありますか?


理由と言いますか、歴史的な経緯の結果です。

お寺の場合には、名称に山号と呼ばれるものが付いています。
比叡山延暦寺、東叡山寛永寺、経榮山題教寺etc
宗派の元締めのお寺を本山と呼びます。(本山、大本山、総本山)
これは中国の古いお寺が高地(山)に建てられていたことに由来します。
中国には古くから人里を離れて隠棲する場合に、山林に入るという習慣がありました。
仏教が渡来した後に、僧侶の修行の場(一人で瞑想する場)として山林が選ばれました。
まぁ~平地の草原では、簡単に他の人が来てしまいますし、砂漠では暑くてやってられません。
中国は大陸国ですから海岸には余り興味を持ちませんでした。

空海を始め中国に仏教の勉強に行った人たちが訪れたお寺がみんな山の中にありました。
帰ってきてから自分のお寺を建てるときに、中国流に山に建てました。
それ以来です。
奈良の法隆寺や東大寺、宇治の平等院などそれ以前のお寺はお参りがし易い平地にありました。

仏教よりも古い日本古来の信仰に、山は神霊などが住む聖地、と考える考え方がありました。
里人が亡くなると、祖霊となって山に住み里人を見守っていてくれる、という考え方もありました。
これ等の日本の神様は、人里へ降りてくるときに、依代というものに降りると考えられました。
空に向かってそびえる巨木や高いところにある巨岩などがこの依代とされました。
(これらは大概山の中にありました。神社の御神木は後から植えたものです)

あるいは、山や島そのものを神霊を中に含む体、すなわちご神体と考えることもありました。
あるいは滝をご神体としているところもあります。
もともとこのような考え方がありましたから、仏像が収まっているお寺を山に建てても抵抗感はありませんでした。

そのうちに、日本古来の神様も仏様も元はと言えば同じもの、という考え方が広がりました(神仏習合)
この考え方は千年近くも続き江戸時代まで続いていました。
江戸時代までは、お寺も神社も同じ境内にありました。
明治政府が、これを無理やり分けました。
現在の形態は、無理やり分けられた結果です。

ということで、仏様や神様などありがたいものは山の中にあるというのが極普通の姿になってしまいました。
冒頭のお寺の山号なども、平地のお寺でもここは山の中だと思えということでしょう。
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気のせいです。



もともと神社などは神域を持つため、
周辺に森などをもつケースは多いですが、

寺は基本的に住宅地のすぐ傍に建てるのが
基本ですから、禅宗や密教寺院のように
修業の場としての寺。だから山奥に建てる
というような必然性のない場合を除けば
街中にあるケースのほうが多いです。

ただ、寺の発祥として寺領としての山を
もっている大寺院は、観光客がたくさん集まる
有名寺院であるケースも多く、
そういう寺ばかりをみているから
そう思えるというのはあると思います。

街中のマイナーな寺院や神社を
探してみてください。山より多いです。
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もともとは、僧侶や神官は、俗世間から離れて修行をする立場の方々でしたからね。


山がその修行の場であったためだと思います。
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これは自分の勘ですので史実に即したものかどうかは確かでは有りませんが、自分はこのように思っています。


○農村部、災害に見舞われるときに比較的安全なある意味の避難場所的な意味もあった。東日本大地震(つなみ)でも残っている場所が確か、ありますね。
○立地条件として風水、あるいはそれに近い判断でそこに立てられた。 これは京都、奈良などの関西では普通だったようです。
○更にある種の 「エネルギースポット」として土地の人々が感じている場所だった。
○少しでも天に近いということから選ばれた。

山は人々が修行するのに適した ある種の自然エネルギーが有るといいます。 山伏など時代劇では悪役で偽の祈祷などをしている場面を見たことがありますが、元々は山に伏して自然と触れ合い、何かの境地を求めた良い人たち(?)と思います。
富士山を眺めたときに嫌な気持ちにはならないでしょう。何となく人間の心を揺さぶる何かを感じるのではないでしょうか。

質問者さんが疑問に思っていらっしゃる答えが上のどれかにあればいいですね。
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こんにちは


元々、山自体が信仰の対象だった、という事も有りますのであると思います
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 >理由はありますか?



 気のせいです。都心にも散在しています。小さくて気づかないかもしれませんが、よくみると山以外のところにもたくさんあります。
 大きいものが山にあるように見受けられるので、山に多いような気がしますが、京都とか行けば街中にたくさんあります。東京でも浅草寺とか明治神宮とか。
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平らな土地は、水田にし、お米を作るのが最優先だからです。


欧米の場合、かならずしも重用事項ではありません。
風景が日本と全く異なるのはそのせいです。
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