アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

いつまでも憎いです。
私は中学生のとき、いじめられていました。自分ではいじめられる原因であるウザい性格などではなかったと思っています。ただ、気が弱く、クラスでいじられキャラとしてやられていました。そのいじりというものも私が気が弱いため抵抗できないのをわかってくると、エスカレートしていきました。最終的には、間違いなくいじめになっており、そのいじめの内容は本人達に知られると嫌なので書きませんが、人が人なら自殺してもおかしくないぐらいのもので、私も社会人になった今も精神科に通っています。
その中の主犯だけ、今でも許せません。私を執拗にいじめた彼さえ存在しなければ、周りの奴らもやってこなかったと思うし、主犯の彼にやられたことは他の奴らに比べて群を抜きます。
彼がなぜ私に目をつけたのかは、わかりませんが、非常にいいオモチャにされました。
彼にいじめられ、私は一般人が必ず持っている最低限の自信も尊厳も失いました。いじめられたせいで高校も定時制に通いました。いじめられていても勉強は出来る、それは甘えだ、というのはやめてください。確かに甘えです。ただ、当時は生きて学校に通うことで精一杯でした。家庭は厳格で学校を休むことは出来ませんでした。
私は彼に踏み台にされ、人生はめちゃくちゃです。彼と会わなければ、もう少しマシな人生だったのではと悔やんでも悔やみきれません。彼をこの間見かけたのですが、どうも噂では大手企業で勤めているそうです。
私は悔しくて悔しくて、忘れようと思っても忘れられません。彼に復讐がしたくて、彼に私より不幸になって欲しくて、ハラワタが煮えくり返っています。
ですが私も成人しており、いっぱしの社会人です。彼に復讐をしたところで、私の人生はさらにめちゃくちゃになります。
私のこの気持ちはどうしたらよいですか?
学校の中での犯罪行為は許されるなんて、
あまりに酷いです。人間の世界も所詮は動物、弱肉強食ということですか?私は弱者として虐げられていくのが当然ですか?

長文失礼しました。
お付き合い頂いた方、ありがとうございます。
よろしければ、私の気持ちに御助言ください。

A 回答 (4件)

イジメはひどい事ですよね。


実は、イジメはどこでもあります。誰でも一度はあるくらいあります。
ひどいものと、継続中でも本人しかわからないように小さな姑息性のある面白くないものとかあります。例えば、どちらがあなたにはひどいですか?と聞くと、おそらく今の自分の状況が最もひどいと感じていらっしゃると思います。それで間違いありません。ある時、テレビで近日間隔で放送された一般の外国人夫婦の事件を知りました。
夫が妻を地下へかなり長期間監禁暴行末には顔面をピストルで百発近く打ち、奥さん助けられてなんとか回復しているようでした。
他にも何件か似たような内容が続けて色んな番組で放送されました。
それまではやったらやりかえすしか周囲や相手は自分のこと理解出来ないと思っていましたが、どちらになっても最悪のパターンを知ることが出来たお蔭で人の理解を得て生きるより自分を見つめて生きようと思いました。それから、自分の正負の結果も愛おしく好きになるという事の為にそのもの事を全てきっかけにして、やりたいことを成果が出るように頑張りました。まだ完全とはいきませんが、ゆっくりとですが、周囲にいる嫌な行い等しか出来ない方々が何をやろうと信頼が傾き始め相手にされにくくなりました。それでも次から次へイジメのような内容は大なり小なりあります。
とにかく、自分が優雅な生活者だとして振る舞ってみることで、例えばおやつをイギリスの貴族風に食すところから始めて、その時間の為に1日頑張ってみる。その繰り返しです。事が起きたら必ず気品あればこう言うだろう、あの俳優ならこう言うと発言していくようにすれば自然と周囲も味方してくれます。結果が必ずしも出なくてもいつの間にか強く考えて病気から逃れられるとおもいます。
得意分野を高めてプロになるつもりで一歩踏み出す事を頑張ってみてください。新しい明日には古い今日があるらしいです。今日も明日も好きでいてね!
参考書としては、頑張らないから、うまくいく
言葉では多分徹子の部屋の佐藤浩市さんの回苦しみをけすには苦しみがいる。例えば蚊に刺されたあとでこっせつすると蚊に刺されたかしょは忘れてしまう。人間の能力の誤差。目もテレビ映像を誤差で流されているらしい。それらをよく知り活用したもの?他にケントMキースの逆説の10箇条がありますよよろしければご参考に!!一番早い方法は、自分の予定や用事学習余暇で埋め尽くして考えるすきをなくす事ですよ~。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに私が忙しく、順風満帆な人生を送れたのならば、あいつのことなんて忘れられるでしょう。しかし現実は酷く、私自身が苦境に立たされる度に、あいつなら卒なくこなしてしまうだろうと思ってしまうのです。あいつは、とても要領のよい人間でした。いつも自分があいつに負けていると思ってしまうのです。

お礼日時:2015/07/03 18:38

時々は誰でも思うし、今はあまり日数も浅いので忘れにくいと思います。


相手が上手でも、直接は魅力ではありません。
不器用でも可愛く女らしいとか、いろいろあります。
内容がひどいかは、実際何とも言えませんが 危険も考えて 繋がりを切るためにも 執着していてはいけません。

仕返しとは、あなたが全く動じず笑ってクラスや社会で一番幸せになることです。身体を大事にいつも自分の幸せな瞬間に囲まれることですよ(^.^)

鏡を見て、綺麗にメイクして可愛い笑顔で出かけるようにしてみたら、以外とそんな顔してたら難しいものです。そこでこれじゃいけないと思った時もう出発していたので本当はそれでいいのです。

初めは難しいけど時々でも試してみてください!
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに私の幸せは、あいつにとって気持ちの良いものではないでしょうね。
私も早く忘れて、私の幸せだけを追求し、あいつなんか眼中にも入らないような素敵な人生を送りたいです。

お礼日時:2015/07/03 22:51

私も学生時代に計6回ほど苛めに合いましたが、



結論から言うと苛めから逃れると言う事はできませんでしたね。

彼に出会わなければと言っておりますが、別の彼に出会ったと思いますよ。

初回をクリアしても次があるので、彼だけが特別じゃないんです。

慰めになるかわかりませんが、私の経験談などで別の人生というのをお話します。


私も、もうかなり良い年で、企業に勤めて管理者をやっていますが、普通に苛められますよ。

社会に出ても同様のケースが日常で沢山ありますし、最近私が受けたのは酷かった。

2年近く続きました。

その後3年ほど回復に時間が掛かりましたね。

円形脱毛症は出るは、

じっとしていても涙が出てくるとか、他の人が言っている話の内容が理解できなくなったり。

体調不良が続いて休みがちに成ったり。生活習慣も酷いもので、未だにどうにもできません。

とはいえ、慣れておりましたので、そうなるだろうと知っておりました。

なのであまり驚いてはいませんでしたね。

今では大分良くなりましたよ。


可笑しくなっているときは、恨みもしましたが、回復したあとは何とも思っていません。

苛めでメンタルが失調したとき、回復までの間は恨みを持つものです。



しかし、後で知る事になったのですが、その上司も他で同じ扱いを受けておりました。

それでも頑張って耐久していましたし、比較すると私のほうが早く弱音を吐いていたかなと思います。

自分が取り組んでいる仕事があって、これが上手く行かないのを上司のせいにしていました。

よくよく考えると上司とは無関係なのですが、上司からの不当な扱いをいいことに、それのせいにする。

こうした狡さがあって、味方をする人が減ったのだと思います。

これの前には自分に自信を持ちすぎて、迂闊であったという時期があります。

総じて、世の中に対していく準備がいい加減になっていた(子供の頃より)ようです。


学生時代を含めると、こうしたケースは何度も繰り返しております。

最初は幼稚園でした。次が小学校3年、次が小学校5年、次が中学1年、次が高校1年、次が大学院。

クラス中が全て敵になるという状況で、上の数くらいですね。

もっとあったのかな?もう思い出せない軽いものもありますが。

いずれも独力で対応し、最後は勝ち抜きました。

幼稚園の初回が一番ショックでして、いまでも覚えていますよ。これがいい経験でした。

ここに勝てたのは本当の偶然です。たまたま首謀者のパンツを下ろして、泣かすことが出来ましたw。

あっけなく相手が崩れてしまい、これで苛めが終わってしまった。

大変なショックと同時に大変重要な認知を得ました。

相手も同じ人間であり、弱点が同じであり、強いと思い込まないことが大事だと。


私の人生は苛めに備えるものでした。

記憶に残る長期的なもので、一番苦しかったのは小学校5年のときのかな。

明確に苛めるという意思が首謀者にあり、頭の切れる人で、成績も優秀。

良い人とされていて人気があり、先生や父兄の評判もいい。

彼は表に立たずに、番長みたいな暴力系の人を看板として選び、これを挿げ替えては指示を出していたのです。

この番長も「苛めるぞ」と脅されておりましたので、言う事を聞いていたわけです。

首謀者を潰すという単純な手が使えません。

相手はそれに対策しておりまして、何重にもとりまきを作り、

敵を侮るということもしません。手を抜かず私の動向に気を配っていました。

私の親友を説得し、スパイに仕立て上げておりました。

如何にしてこちらの手を潰し、心を折るかを考え、細心の注意を払って努力していたんですよ。


これに勝てたのは、苛められた経緯が良かった。

最初に苛められていた人がいて、苛めている人を注意して、被害者を守ったんですね。

ここからターゲットが私に移ったわけです。

ターゲットが私に移るのは分かっていて、嫌だったんですが守ったんです。

とはいえ、カーッとなって、その不条理に怒ったのは確かです。

こういう経緯で始まった場合、正義はこちらにあります。

当時は分かりませんでしたが、戦いが長期化すると、正義があるほうに徐々に同情があつまります。

私の知らないところで、相手側に不和が生じていたようです。

こうなりますと、苛めの協力者は「そろそろ辞めよう」と言い出します。

首謀者は、酷く自分がうらまれているのを知っていますから、「いまさら許されるはずがない」

と考えて、仲間を懲罰します。脅すわけです。

これに屈して、相手側の戦力がこちら側に流れ込んで来ました。

第三者にとっては、勢力の比率で優勢が決まるように見えるでしょう?

加勢する人が居た場合も、勝ちそうな方に味方をするはずです。

なので一度優勢劣勢がきまると、逆転不能に思えるのですが、そうではありません。

正義が無い場合。

例え優勢であっても、そちらの内部では、長期化に対する不満や不和が起きています。

(戦争の歴史についても、この視点で見てみましょう。必ずそうなっています。)

そろそろ辞めたいと言い出す人は、

相手側の中でも正義感を持つ人であったり、扱いが良くない人です。

首謀者側は懲罰するしか手が無い。私が考えてもそれしか良い手が思いつきません。

そこからこちらへ流入する人が増えてきました。

いったん数人集まると、そうやすやすと負けなくなります。

また、それぞれの人には「例え自分は弱くても、正義を選んだんだ」と誇りがあります。

本当に立派であるかどうかは別ですよ。経緯でそうなったのだと思います。

それでも事実ですから、嬉しくなって、皆が普段より頑張ります。


最後は逆転をして、終わりました。

当然ながら首謀者の方には、トドメを刺します。

私のほうもここまでで利口になっていましたから、相手にとって一番嫌なことをしました。

「君は正義を選べなかったけど、私は選んだ。だから許すよ。気にしないで。

 互いにそういう違いがあって、それは生まれて来た人それぞれだから」

その後の彼の一生に影響するだろうと思いましたが、それくらい頭にきていましたので。

彼はそのあと、会うたびに謝り続けていました。

強くて光り輝いていたはずですが、もう何の魅力もありません。


このとき私が知ったのは、正義とは合理性を持つ、約束された勝利なのだと。

勝つことがが決まっていると言う事ですね。

長期化させて耐久することが最も効果的です。

その間は苦しいのですが、必ず上記の経緯に成りますので、途中で諦めると勿体無いのです。

相手が苛烈になるのは、不利になっているからです。内部では先ほどの状態になっています。

冒頭で述べましたが、大人に成っても沢山あります。

国でさえ同じ事をします。


苛めを受ける準備として、ポイントが幾つかあります。

・苛めについては、これが始まる率が高すぎて、避けて通れない。
・初回はショックが大きいが、ここを乗り越えて先を見れるかは運次第。
・知らなければいけないのは、相手も人間の組織であり、同じ様に恐怖していることである。
・長期化すると言う事は、勝利が近づいているという事であり、最初からそれを狙うのが良い。
・ただ耐久するのではなく、第三者や敵対者に正義を訴えて、相手の不和を誘わないといけない。
・正義を貫いて耐久する姿勢が、本当の意味で相手の尊厳を傷つける攻撃となる。

人と争う準備として、ポイントがあります。

・どちらに正義があるのかはとても重要である。
・先に仕掛ければ必ず正義を失う。
・先に仕掛けた場合は、長期化する前に和解をする。必ず負けるからです。
・正義については当事者の感想ではなく、その組織の振る舞いで決まる。
・脅迫と言う行為を一回でもすると、正義を失う。何も言わずいきなり攻撃するほうがマシです。

組織化をするためのポイントがあります。

・弱者を仲間として味方に加えて、尊厳を守る。
 さきほどの脅迫行為を仲間がすると、正義を失い大敗するからです。
 そういう性質を持つ人を加えてはいけません。
・これまでのポイントを理解している人を頼る。勝つ戦いと知って、現状が不利でも乗ってきます。


これらは当事者以外に多くの人がいる場合に効力があります。

密室や接する人が少ないところ(学校とか職場)では、正義の効力が働きません。

そこで、普段から第三者が観察できるように自分を配置する知恵が必要です。

つまり、部活や委員会などに参加している人は、対象と成り辛い。

なっても、先ほどの戦い方が出来る。


最後に、

苛めが苛烈になるのは、耐えている人を見て、行為者が怖いと感じるからです。

これに気がつくと、憂鬱な気分が爽快な気分に変わり、頭が切り替わって作戦をたてられます。

しかし何度も経験しましたが、すぐには無理ですし、相手を恨んでしまいます。

これらを錯覚として捉え、絶望感や恨む快感に飲み込まれないようにするのが大事ですよ。

これは何度も練習(つまり苛めにあう)しないとコツがつかめません。

また、被害者であるというだけでは正義になりません。

被害者を守るという人が正義です。

状況により自分に正義が無く、単なる不条理で苛められている場合は、助かりません。

この場合は、必ず正義を代行する人を自分とは別に立てないといけません。

この人は必ず勝利します。

こういう仕組みを自衛のために知っておくことが大事だと思います。


以上、ご参考に成れば。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
私がいじめられたのは偶然ではなく必然である、彼がいなければもう1人の彼が現れる、というのは深いですね。
たしかに当時を振り返れば、謙虚にならなきゃ、優しくならなきゃ、と謙虚や優しさの意味を履き違え、謙虚になり過ぎた結果、自分に自信がなくなり、履き違えた優しさで殴られてもやり返すこともなく、これ以上にないサンドバッグに自らなっていました。
回答者様は仕返しがおわっているので、少し気が楽なのではないかと思います。回答者様の経験談は辛勝ですが勝っています。私は未だに負けています。1度でいいから、やり返すチャンスさえあれば、私も必ず忘れられると思うのです。

お礼日時:2015/07/07 00:07

No.3のものですが、私もそう思います。



多くの人が不条理に出会ったとき、怒りと憎しみを感じます。

そこで泣き寝入りをしてしまえば、一生後悔します。

そして憎しみに囚われ続ければ、第三者からは忘れなさいと、諭される。

しかし実際問題として、そんなこと(忘れられること)が出来るわけありませんよ。

合理性とは別に、自然な成り行きと言うものがあります。

どういう心境になるか体験してみれば、無理だと分かります。

負けたままでは心が晴れません。

そういう方すべてに対して、救いがあるとしたら? と考えて答えています。


まずは、

「彼に出会わなければ・・・」

ではなく、

「次に同じ目にあったら、こう戦おう」

と考えることだと言いたいのです。

忘れられないならば、次に対して備える。

それも合理性に基づいた対策として、知っておく。

これはとても健全ではないでしょうか?

さらに簡単に消えない思いならば、普通の人よりも優れているといえます。




「彼を許さない」

こうした気持ちは、戦いに勝利したとしても、消えないようです。

未だに、思い出すと腹が立ちます。

怒りに囚われる自分がいます。

苛めを始めた相手。

その尊大な考えや、思いつきについて、はらわたが煮えくり返る。

許さない。

常にそう思います。


ですので、

勝って相手に謝罪させたとしても、ここは変わらないんですよ。

怒りから抜け出して救われると言う事はありません。

相手とは関係なしに、

先ほど述べました、その傲慢な発想に対して純粋に怒りを感じるんです。





何故6回の苛めに耐久できたか?

初回に対する怒りが消えてないからです。

どんなに立派に見えても、

どんなに普通に優しく見えても、

どんな人でも、突然傲慢な気分になり、苛めを先導することがあるんですよ。

この悪魔的な豹変について敏感に成ります。

さらに、そうなるだろう人物について、状況からわかるようになります。


「ああ、君は必ず私の苛めを先導するだろう」


こういうフラグがわかるんですよ。

ですから予め避けて通ることは出来ます。

しかし、それが出来ない場合もあります。

こういったとき、どうするのか?

どの様な流れで、どの様な手段で相手が苛めを始めるのか、考えます。

まだまだ時間があるからです。

若いときは、罠の様なものを対策として作っていました。

しかし、これは後味が悪いです。


正義を主張し、敵対させるという方法もありました。

これも疲れます。

悪意を隠している人がわかりませんし、迂闊であれば、損失も大きいです。

つまり、誰が敵に回るとか?、悪意を隠しているか? 

その可能性を考えてしまえば、心が休まらず、自分も長く持ちません。


結局、一つの回答を得ます。

人の性質を良く考えればわかることでした。


その解答とは、

・誰に対しても親身になって助言をする

ことです。普段からこれを実践し続けると言う事。

全く効果が無い助言では意味がありません。

「それをしない限りは救われない」

という、唯一無二の正解を助言することです。

勿論、その答えを得られるくらいになるまで、自分を磨くことが大事です。

(効果がある者であれば、そこまで行かなくてもよいのですが)


これをする理由をのべます。

・自分に敵意がある人は、助言を無視するからです。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いといいます。

私に悪意がある人は、私の助言だけは実施したくないと思い、唯一それだけが出来なくなります。

その助言を受けるまでは、偶然にしろ、実施が出来たため、それなりに救われていたわけです。


悪意を持って接する相手に助言をされる。

こうなれば明確な意思を持って、それだけはしたくないと成ります。

これで、あっという間に自滅をしていきます。



あるとき、

私の腹心の部下が失敗ばかりするようになりました。

どんな助力も無駄になる。そういう状況に転げ落ちたことがあります。

後で聞いたら、

「あなたの泣き顔見るまでは、へばりついてやる」

と思っていたそうです。

最初にあったときからだそうです。

理由について聞いたら、

「自分をちっぽけだと感じさせた。それが許せない。」

だそうです。

全く気がつかなかったんですが・・・。

信頼されていると思って、必死に考えて助言をしていました。

そのせいで、彼は色んな角度から自滅をし、不運に見舞われ続けました。

これを聞いたときは、あんまり彼が酷い状態なので、

責めるどころか、呆れましたが。

人を呪わば穴二つですね。



それまでは、好きな相手とか味方にだけ親身に接しようとしていました。

それからは、こうした選択は辞めました。

相手にも知性があり、死ぬ気で悪意を隠されたら、私には分からないわけです。

それを上回る知性で対抗するには、

私に悪意を抱けば自滅し、私に好意を抱けば栄達する。

そういう万能の手が必要なのです。




自分に悪意を持つ人は自滅をし、自分に好意を持つ人は救われる。

この一石二鳥の一手は、「相手が本当に救われる助言」をすることです。

これを誰に対してもし続けることで、

相手が悪意を隠しているのかを探る必要がなくなります。

相手が自滅をしたら、

「ああ、俺のこと嫌いだったんだ。」

と思えば良い訳です。



この完全解がある以上、誰かに悪意を持って接するというのは非常に危険です。

相手はこちらの悪意に気づくことすらなく、

こちらのほうが自滅するでしょう。


また、本当に心配してくれたと感じて、心が救われることもあるはずです。

これで悪意が収まり、結局、善意にかわって救われることもあります。


目の前の人を心配し、真剣に考え、ほんとうに効果がある助言をする。

これが最大の防衛であり、敵に対しての攻撃でもあります。



そのためには、常に「誰も彼もを救おう」として考える姿勢が必要です。

多くの練習ができるためです。


本当に効果がある答えを見つけられないと、先ほどの手が使えませんよね?

無責任でもいいや、と思って答えを適当に選んでしまうと、損をするんですよ。

無視されても、相手は損をしない。

意図的に無視された場合は、その相手が自滅する。

これくらいの正解じゃないと意味がないからです。



こうした練習をするためには、

自分の人生や経験だけではケース(バリエーション)が足りません。

日常から、他の人の事情を理解し、それを一緒に考えることが大事です。

少しでも効果がある助言をしようと、必死に考える必要があります。

そうしないと力がつかないですね。



そして、こうした姿勢での行動は(私の真意や狙いとは関係なく)、

他の人から批判されるものにはならないでしょう。


徳とはこうした合理性の元に成り立った、完全解です。

これから離れれば離れるほど損をします。



自分が悪意を持って誰かに接するようですと逆になります。

善意とは、もっとも厳しい攻撃的な防衛手段なんですよ。

これにより、悪意を持つ相手を滅することが出来る。

それを知って実践しましょう。


以上、ご参考までに。
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