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友人から京都の祗園祭りで山鉾はいったい何の象徴か?と聞かれたのですが、今まで考えたり調べてことがなくわかりません。どなたか教えていただけませんか?

A 回答 (2件)

ご質問の意味を取り違えていたらごめんなさい




各々が意味するところは異なりますが祇園祭の起源から。

古くは祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれた行事がありました。
で、貞観11年(869年)に京を初めとして全国的に疫病が流行したとき、「祇園
牛頭天王の祟りである」と捉えて、平安京の庭園であった神泉苑に六十六本の鉾
(当時の国の数と同じ)を立てて祇園の神を祭って疫病退散を祈った事が原初の
形の様子です。

その後、天禄元年(970年)に「毎年の儀」(毎年行われる定例行事)となり
長保元年(999年)には雑芸者の無骨が大嘗会の標山に似た作山を作って行列に
加わったのが現代の山の起源とされています。

元の形は、手で捧げた鉾に台と車がついた形だった様子ですが、徐々に装飾性に
富んだものとなり、南北朝期からほぼ今のような形態の山鉾になったと見られて
います。

つまり、本来的には『疫病を払う』象徴(※)であるわけですが、歴史とともに
増加してきた山鉾の中には、異なったもの(意味合い)の象徴というものが混
じっているともいえます。

   ※このため、疫病退散の長刀を捧げる長刀鉾は、古来「くじとらず」
    といい、毎年必ず巡行の先頭にたちます。


参考までに。
昔、山鉾巡行の先陣争いが絶えなかったことから、応仁の乱後の室町時代から山鉾
巡行の順番はくじによって決められる事となりましたが、様々な由来で、長刀鉾
函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山の8基はくじを取
らない(巡行順番が決まっている)ことになっています


なお、各山鉾の縁起(意味?)は以下のHPなどを参考にしてくださいませ。

参考URL:http://www2.odn.ne.jp/gionmatsuri/manual/manual3 …
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この回答へのお礼

私の知りたいところを適切に回答してくださり ありがとうございました。疫病を払う象徴だったのが 時代とともに装飾が進んでいったというのは非常に参考になりました。非常にあらい言い方なのかもしれませんが、吸血鬼に対する十字架やにんにくのような役割と理解してもよろしいのでしょうか?紹介いただいたHPも細かく見て勉強していきたいと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2004/07/11 22:58

象徴というか、始まりについてはこんな感じです。




古くは、祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、貞観11年(869)に京の都をはじめ日本各地に疫病が流行したとき、「これは祇園牛頭天王の祟りである」として、平安京の広大な庭園であった神泉苑に、当時の国の数-66ヶ国にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神を祭り、さらに神輿をも送って、災厄の除去を祈ったことにはじまります。

参考URL:http://web.kyoto-inet.or.jp/org/yasaka/gionmatur …
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この回答へのお礼

日本全国での疫病を抑えるために国の数の分の鉾を作ったというのは 勉強になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2004/07/11 23:01

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