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「人を殺してはいけません」 なぜですか?

A 回答 (237件中91~100件)

 日本国憲法で人は自由権を認められているのに、殺す自由が認められないのは、自由権より法律というルールが優先しているからです。

つまり法律で決まっているので、人を殺すのはダメなのです。
 例えば、無人島に1人でいるならば、何をしても構わない。しかし、2人になると自由がぶつかります。良い場所に寝るのはどっち?食料をとるのは? ということで、自由がぶつかるところではルールを設定する必要があります。
 これを人を殺すということで考えてみます。殺したいと思う人がいる。殺されたくないと思う人がいる。自由がぶつかるところです。おそらく殺されたくないと思う人が多数です。日本は多数決制ですから、殺すのは禁止というルールをつくったのです。
 もし、人を殺したいと思うならば、このルールを変えればいいのです。日本は民主主義なので、理論的には可能です。つまり、人を殺してもいいという考えを周りの人間に浸透させる→その考えを持った人が選挙に立候補→国民の多くが人を殺してもいいという考えを理解すれば当選→この考えをもった国会議員が半分以上→法律改正
です
 ということで、答えは法律で決まっているから、でした。
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こんにちは。



その人の時間や経験を奪うから、殺すのはいけないと
過去に書きましたが、
今また改めて考え直すと、その人の周りの人の思想に
影響を与えてしまう、とりかえしのつかないことを
してしまうからかな、とおもいました。
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他人に自分の人生を左右する権利はないから

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 殺してはいけないというのは法律、道徳的な考え方であってその考え方が正しいかは分かりません。

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「人を殺してはいけません」



基本的にはそうですね。でも例外もあります。
戦争、正当防衛(日本では自宅に侵入された場合のみ)、緊急避難。
では、そういう例外は、どこが違うから例外なのでしょうか。

これは、善悪をきちんと定義しておかないと答えられない質問です。
そして、多くの人は善悪を定義していません。
経験によって判断していて、それは何故かなんて、いちいち考えない。疑問にも思わない。
だから、答えが出なくなる。

では、善悪とは何でしょうか?
私なりの定義を述べると、
「善とは、その集団における利益もしくは秩序を守ると考えられること。」
「悪とは、その集団に損害をもたらすか、秩序を乱すと考えられること。」
です。

だから、アメリカの正義とイラクの正義は両立しない。
北朝鮮の正義は世界にとっての悪だったりするわけです。
なぜなら、「その集団」の部分が違うからですね。

では、人を殺すことはどのように考えられるでしょうか。
自分の身を守るために敵対者を殺すことは、自分一人にとっての善です。
でも社会にとっての善とは限りません。

日本では、強盗などの目的で自宅に侵入してきた相手から身を守る場合に限り、悪ではないと認められています。
そういう状況であれば、日本の社会秩序を乱すとはいえないと考えるからです。

米国では、自宅に侵入してきて退去命令に従わない場合や、自分に銃を向けた相手は殺してもいいことになっています。
そういう状況であれば、米国の社会秩序を乱すとはいえないと考えるからです。

倫理とは全人類にとっての善悪を(特定の文化の影響下にある集団が)考えたものです。
そして、国の法律は、国や国民にとっての善を規定したものです。
国民である以上は法律を守らなくてはいけない。守らないと国の秩序が保てないから。
すなわち国単位で考えた場合の悪だからです。

ほとんどの場合、ほとんどの集団において、人を殺すことは秩序を乱すことになります。
だから、ほとんどの場合、人を殺すことは悪です。

たとえとんでもない悪人であっても、勝手に殺してはいけません。
みんなが勝手に判断をして人を殺し始めると、社会の秩序が保てないからです。
逆に、秩序を保つためであれば、公的機関による死刑も正当化されます。

恐らくご存知のように死刑廃止論もありますが、議論が紛糾することが多い。
これは死刑が秩序を守るために役立つかどうかで論じられていないからです。
感情論で議論をしても、永久に答えにはたどり着きません。

戦争で人を殺してよいのは、敵国の兵士を殺すことが自国の利益となると考えられるからです。
この場合、人を殺せば殺すほど善であるという逆転現象が起こります。
ただしそれは戦争をしている当事者の国にとって善であるだけで、人類全体で見れば戦争は巨大な悪です。

「人を殺してはいけません」
これは、人間が社会を形成する生き物であることに由来するのです。
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「人を殺してはいけない。

私は人だ。だから、私を殺してはいけない。人を殺してはいけない。あなたは人だ。だから、あなたを殺してはいけない。」この意識は社会一般に広まっています。これを常識としています。この意識や常識を肯定する人によって、様々な説明がなされます。法律・道徳・宗教・倫理など、いろんな角度で説明できますが、一言でいえば「社会一般の意識だから」で答えられます。もし「人を殺してもいい」の意識が広まれば、法律・道徳・宗教・倫理を使って、いくらでも説明すればいいのです。
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こんな簡単な事もわからないんですか?



じゃあ「自由に人を殺しても構いません」という法律なり掟なり出来て自由に人殺しが行われる世の中を想像してください。

なんで人を殺していけないのかわからないんでしたら実際にあなたが殺してみては??
人を殺してはいけない理由がわかるかもしれないです。

はっきり言ってこの質問むかつきます。
もっと教えてgooを有効活用してはどうでしょうか?
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すごく永い話になっているので驚きました。



永くなる理由を考えたら解りました。

この質問は不完全です。「人を殺してはいけません」や「人を殺しもいいです」の命題には理由、状況、時代が足りません。

そもそも「いけません」や「いいです」つまり「良し悪し」は人間がその状況で決めていることで、地域や時代背景によっても変わってきます。決して、神や本能のような絶対的なものでは有りません。

たとえるなら、石器時代に1つの部族に1人の泥棒が入りその泥棒を撃退し殺したとすると、それは良いことでしょう。(今なら過剰防衛でしょう)

江戸時代の武士社会では、仇討ちを果たさなければ主家に帰参がかないませんでした。(今なら許されません。殺人になります。)

現代日本でも盗難車で事故を起こしながら、警官から30分逃げ回り、警官を轢こうとした犯人が射殺されましが、おそらくあの警官は無罪でしょう。

つまり、この質問は哲学的でも深い問題定義でもなく、不完全な質問だから、いつまでたっても結論が出無いんだと思います。

ぶっそうなタイトルなので、そろそろ閉めましょう。
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もしかして、質問者さんは殺したいと思っている人がいるんですか?


そうでないとこんな質問出ないと思います。
なんか怖いですよ。
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社会を守る必要があるからです。


そのための決め事です。それ以上の理由は、論理的にはありません。
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