痔になりやすい生活習慣とは?

この世の事柄は全て数式で表せると言うような数学的宇宙仮説がとても恐いです 自分や周りの人が機械のような気がするし シミュレーション仮説も肯定しているようで 本当にこの世は数式的なのでしょうか?

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A 回答 (4件)

大丈夫。


その「数式」には、不確定性原理(非決定論)が含まれています。
ゲーデルの不完全性定理に証明されたように、あらゆる公理系は
不完全(その公理系では証明できない公理が介在)なのです。
そうでなければ無矛盾ではあり得ない(Aと非Aを同時に導く)。

ユークリッド幾何学には平行線定理、物理学には不確定性原理、
論理学には不完全性定理。
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貴方が懸念しているのは数式的であるから、はともかく、


自分が操り人形であるかのような、運命が決まっているかのような、そういう状態を恐れているのではありませんか?
それが真実であるか否かは貴方自身で決めてください。
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いろんなことを複合的に誤解してます。



・この世の事柄は全て数式で表せるということと、その数式によって、決定論的に人間の意志を超えて物事が決まっているということは、全く別の話です。量子論のようなミクロの世界では、数式で表せても、全ての数値を厳密に予想できない、確率に似た(厳密には確率とは違うが)現象もあるかぎり、初期値と数式によって、すべてが厳密に決まるなどナンセンスです。

・シュミレーション仮説も、ある種のミクロ現象を拡大解釈した、ただの極論です。ラプラスの悪魔って知ってますか?たとえそうであっても、膨大なパラメータや、状況を管理して、現象を導き出すのは、論理的には可能でも、物理的には不可能です。

学術的な興味と、その学説の言わんとしていることのレベルを、きちんと分けて思考してくださいね。
似たような質問ばかりで、物理版が荒らしのつぶやきリストになっています。真面目に見ている人にとって、非常に迷惑です。
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何故数式で表せると怖いのか分かりません。


因果応報という言葉があります。簡単に言えば、原因があって結果があるという事ですね。
これを数式で表すと
f(原因)=結果 となります。
とある関数f(x)に原因という条件を与えると結果となって現れるということですね。
何も怖いことはないと思います。
表現する手法として数学や物理学があるというだけの話ですよ。
原因が感情だったり環境だったり心境だったり、もちろん様々なことが絡み合っていますが、それらを全てひっくるめて簡略化させたのが先ほどの式です。

むしろ何の要因も無いのに結果が出る様な事があれば、それこそ怖いです。
全く原因が無いにもかかわらず、突然死ぬことがあるかもしれません。
怖いですよね?
病気にかかる、高齢(肉体的に寿命)である、事故で重傷を負う、これらは死ぬ理由が分かっているから、死ぬという事を理解できるのです。(その原因に納得がいくかは別として)
死ぬ理由が分かるから、それを回避しようとする事ができるのですよ。
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Q数学に従わない自然現象ってあるの?人間の心以外で。

数学に従わない自然現象ってあるの?人間の心以外で。

大学で始めて物理を習ったのですが、
世界を数学で記述できることに感動しています。


そこで質問なのですが、
人間なり動物なりの「心」に関すること以外の全ての自然現象は、
基本的に数学に従うと考えていいのでしょうか。


数学に従わない自然現象、つまり、きまぐれに起きて数学では記述できない自然現象というものはあるのでしょうか。


もしも、無限の能力を持つコンピューターがあらわれたとしたら、
心、精神以外のあらゆるものを数学で記述することはできるのでしょうか。


よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 考え方が逆です。
 自然現象を記述できるように数学を作るのです。落下などの物体の運動を記述する数学がなかったから、ニュートンは微分を考案しました。もちろん、数学はいったん考案されたら、独自に発展していきますから、微分だって、その発展はニュートンが想像しなかったほどのもののはずです。
 19世紀末、物理学が完成したと思われていたことがありました。そのころ「もし、どの時刻でもいいから、全宇宙の全ての粒子の位置と速度(と質量と電荷)が分かれば、宇宙の過去から未来まで、すべて完全に計算できる、……原理的には」といわれていました。これをラプラスの悪魔といいます(あるいは神の計算機)。
 物理的に小さく小さく物事を突き詰めていくと、物事は確率でしか表せないことがはっきりしました。これを量子論といいます。あのアインシュタインも「確率だなんて、それは量子論が不完全だからだろう」と異議を唱えたのですが、さまざまな検証の結果によれば、やはり確率でしかいえないことは間違いありません。このことが分かってしまったので、過去も未来も確率でしか計算できないことが明らかになりました。つまり確かなことは分からず、せいぜい確率的に予想できるのが精一杯ということです。
 さらに言えば、人類は無限を制限なしに扱うことができません。たとえば、実際の計算は、どうしても有限桁でしか計算できません。もちろん、物事は無限に小さくできず最小の量(時間とか長さとか)があることはあるのですが、だからといって有限桁の計算でいいことにはなりません。
 本来は数字というのは、無理数が圧倒的に多く、これは無限の桁の数字でしか表せません。どうしても誤差があります。もちろん、現実の自然科学は誤差をも科学して、「これだけの誤差の範囲でこういう結果だから、こうなるはずだ」とやっています。しかし、もしその範囲を超えて無制限に判断しようとしたら、大間違いが起こります。
 バタフライ効果という言葉があります。これは気象予測シミュレーションで発見されたのですが、長い小数点以下の数字の最後の桁を四捨五入して計算したら、全く違う結果が出てしまったことに由来します。このとき誰かが「だったら、蝶(バタフライ)が1回羽ばたいただけで台風が起こってもおかしくない」とか言ったらしく、小さな差が大きな差を生むことをバタフライ効果というようになりました。
 以上のように、どう考えても、どんなに数学を工夫しても、あらゆるものを完全に数学的に記述することはできません。誤差や確率などなどは甘んじて認めなければならないのです。

 考え方が逆です。
 自然現象を記述できるように数学を作るのです。落下などの物体の運動を記述する数学がなかったから、ニュートンは微分を考案しました。もちろん、数学はいったん考案されたら、独自に発展していきますから、微分だって、その発展はニュートンが想像しなかったほどのもののはずです。
 19世紀末、物理学が完成したと思われていたことがありました。そのころ「もし、どの時刻でもいいから、全宇宙の全ての粒子の位置と速度(と質量と電荷)が分かれば、宇宙の過去から未来まで、すべて完全...続きを読む

Q数学的考えってどんなことですか?

幼稚な質問ですが、ご存知の方、教えてください。

私は学生の時、算数も数学もあまり興味がなくて微分/積分 関数、、、なんて
理解できなくても足し算/引き算あたりがわかれば生きていくのに
困らないだろうと考えていました。
しかし当時の数学教師が「数学的思考は人生の、きっと役に立つよ」と
教えてくれました。
成人した私は、しばしば周りの人間から「数学的考えができるね」と言われます。
自分では、何のことなのか、さっぱりわからないのです。
単に合理的、理論的という意味なのでしょうか?
そもそも、数学的思考って何なのでしょうか?
実生活で具体的に表現すると、数学的思考とはどういうことなのでしょうか?

Aベストアンサー

 
「数学的思考」と「論理的思考」はまた別なのですが、数学は論理的という考えが一般化しているようで、「違い」がどこにあるのか、なかなか理解しにくいようです。

簡単には、数学は論理的でもあるのですが、その使用する「論理」のレンジが狭いということがあります。「論理的思考力」は、もっとレンジが広く、広い世間知や経験や知識・教養などをベースにして、総合的に発揮される思考能力です。これは、数学の論理思考よりも、修得が難しいのです。

「数学的思考」とはどういうものか、とりあえず、それはデジタル的、解析的な思考法だと言えます。無論、数学的な形式論理思考は含まれます。

具体的に例で言いますと、何か会社で問題などがある時、その問題を、ステップや要素に分けて考え、問題の性質を、解析的に分析し、どう対応すれば問題が解決するか、ステップや要素の持つ意味や働きに応じて、「見通しの良い」回答が出せるような思考が、数学的思考と言えます。

「論理的思考」の場合、こういうデジタル的、解析的な思考も無論しますが、もっと総合的で、相互交差吟味などの内的検証や、無意識の直観の吟味など、非常に幅広い「思考力」を駆使して、ものごとの本質に迫ろうとする思考です。

数学的思考は、外から見ると、「問題の整理の仕方」が明晰、解決の筋道が、分かり易くステップ的デジタル的になているという風になります。実際、内部の思考処理でも、こういうことを行っていることになります。

これは自然科学の基本手法である、要素還元的な方法で問題を眺め、把握し、次に数学の問題を解く時のように、ステップ的な回答を出すような思考で、これが、数学的思考的だということになるのでしょう。

数学的な思考は、ある意味で、形式的な思考で、綺麗に問題を把握してエレガントな回答を出すように見えますが、総合的な論理思考ではないので、抜け落ちが出てきます。

数学的「形式性」の限界というか弊害があるのです。これは、あの人は、堅苦しいことを考える人だという評価にもなりますし、思考の余裕が狭いという評価にもなります。

質問者が述べている通り、「数学的思考」は、足し算引き算程度でも実は十分なのです。無論、証明のステップ的思考法というのは修得していなければまりません。しかし、訓練しなくとも、そういうステップ的思考が馴染んでいるという人もいるのです。

(金銭の損得問題で、どうすれば得か、ということを真剣に考えていると、微積分など習わなくとも、こういう思考は訓練されます。逆に微積分はできるのに、お金の損得勘定ができないという人も結構います。高校・大学程度の数学だと、答えが分かっているものがほとんどで、「解き方のテクニク」などがあります。しかし、現実世界の金銭問題は、場合場合で問題が異なり、正解のない問題もたくさんあるのです。こういう問題には、学校数学の思考法や解法テクニクはあまり意味を持ちません)。

問題について、デジタル的、つまり数字的に考え把握し、数字の計算をきちんと行っているというのが、おそらく、他の人に「数学的考えができる」と言われる根拠だと想定します。これは関係ない要素を切り捨てて、数値的に評価できる面を思考するということでもあるのです。

他の人は、人間関係の問題とか、感情の問題が入って、なかなかスパっと割り切れない問題を、数やステップで置き換えて、スパっと切って回答にするという「合理的」問題思考だと、数学的考えが得意という風に言われると思います。

数学と論理の関係は難しいです。以下の質問のわたしの回答も参照して見てください:

>No.272799 質問:(^_^.) 数学がよくできる人って、ほんとうに頭がよい人??
>http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=272799
 

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=272799

 
「数学的思考」と「論理的思考」はまた別なのですが、数学は論理的という考えが一般化しているようで、「違い」がどこにあるのか、なかなか理解しにくいようです。

簡単には、数学は論理的でもあるのですが、その使用する「論理」のレンジが狭いということがあります。「論理的思考力」は、もっとレンジが広く、広い世間知や経験や知識・教養などをベースにして、総合的に発揮される思考能力です。これは、数学の論理思考よりも、修得が難しいのです。

「数学的思考」とはどういうものか、とりあえず、...続きを読む

Q真空から素粒子とかエネルギーって本当に出てるんですか?

真空の何もない空間から、素粒子や
エネルギーが出てくると聞いた事があるんですが、
具体的には、何が出てくるんでしょうか?
詳しく教えてください。

また、規則性や法則性を以って、それらは、
現れるんでしょうか?
それとも、不規則にランダムに出てくるんでしょうか?

何卒、アドバイスのほどお願いいたします。

Aベストアンサー

 皆様が回答されておられる通りなのですが、私なりに回答してみます(実は、回答をどう書くか考えているうちにたくさんの回答が寄せられていました ^^;)。

>真空の何もない空間から、素粒子やエネルギーが出てくると聞いた事があるんですが、

 多分、量子論の不確定性原理から導かれる、対生成のことでしょう。不確定性原理というのは、今の場合、位置を正確に確定すればするほど、その位置でのエネルギーの大きさが確定しなくなるということです。
 つまり、原子などよりずっと小さい領域を物理的に解析してみると、そこでは大きなエネルギーが現れる可能性があるということです。このエネルギーにより素粒子がつくられます。つくられる素粒子は、普通の物質と反物質の対になります(これが「対生成」と呼ばれるゆえん)。
 なお、このような対生成で普通の物質と反物質ができても、すぐさま普通の物質と反物質が反応して消えてしまいます(対消滅といいます)。
 この対生成・対消滅により何らかのエネルギーなどが観測できるはずなのですが、今のところ、実際の観測では量子論から理論的に予想されるものよりはるかに小さい値しか得られていません(観測値は実質0とのことです)。

>具体的には、何が出てくるんでしょうか?

 理論的には、何でもでてくる可能性があるのですが、エネルギーの小さいものほど対生成がおきやすいので、ほとんどの場合、光子ができます(つまり光です)。光子の反物質は光子で、同じものなのですが、これもすぐ対消滅します。
 余談になりますが、対生成しても、対消滅が起きない場合があるという仮説があります。ホーキング博士が提唱しているもので、ホーキング輻射と呼ばれています。
 これは、ブラックホールの事象の地平面近くで対生成が起こったとき、対でできた一方の素粒子がブラックホールの強大な重力に引かれてブラックホールに落下し、残ったほうが宇宙空間に飛び出してくるというものです。残念ながら、これが観測されたことはまだなく、仮説の域を出ていません。

 さらに真空について踏み込んでみます。
 普通、真空というと宇宙空間のように何もない(厳密には星間物質がありますが、密度が小さいので今は無視します)空間を指します。しかし、量子論で突っ込んで考えた結果、観測できない素粒子で埋め尽くされているという仮説が出ています。この観測できない素粒子はヒッグズ粒子と呼ばれています(他に、ディラックが提唱した真空は観測できない電子で埋め尽くされているという「ディラックの海」という仮説もありますが、今は割愛します)。
 そこで、そのヒッグズ粒子がない空間が作れたとすると、それこそ本当の真空ということになります。そういう本当の真空の空間があるとすると、ヒッグズ粒子で埋め尽くされた普通の真空空間との間にエネルギーの差があることになり、エネルギーが取り出せるという仮説があります。
 ただ仮に仮説が正しいとしても、本当の真空を作るには膨大なエネルギーが必要とされており、現実にはできません。また、その真空から取り出せるエネルギーがどれくらいの量なのかについても諸説があって、未だに定まっていません。

 宇宙は現在膨張していることは観測事実として確定していますが、膨張の仕方については諸説あります。標準的な理論では、膨張の仕方は時間が経過すると、重力のせいで遅くなっていくとされています。しかし、宇宙の膨張の仕方が時間の経過とともに大きくなっていくと主張する物理学者も少なからずいます。
 つまり、宇宙が加速膨張しているということなのですが、もしそうだとすると、それが反重力のせいである可能性があります。つまり、反重力はあるのかも知れないということです。
 これらはまだまだ観測が不足で、盛んに議論はされているものの、確からしいところはわかっていません。

 皆様が回答されておられる通りなのですが、私なりに回答してみます(実は、回答をどう書くか考えているうちにたくさんの回答が寄せられていました ^^;)。

>真空の何もない空間から、素粒子やエネルギーが出てくると聞いた事があるんですが、

 多分、量子論の不確定性原理から導かれる、対生成のことでしょう。不確定性原理というのは、今の場合、位置を正確に確定すればするほど、その位置でのエネルギーの大きさが確定しなくなるということです。
 つまり、原子などよりずっと小さい領域を物理的に解...続きを読む

Q物理学で研究職につくには

現在、高3の受験生です。

僕は、将来は物理学で研究職につきたいと思っています。

そもそも、研究職につける人は、かなり限られると思いますし、
物理学という分野でも同じ事が言えると思っています。

それに僕は、そんなに天才的な何かがあるとは思えませんし、
高校時代から物理の難しい本を読んで、
大学レベルの事を勉強しているなんて事もありません。

それでも、やっぱり研究職につきたいと思います。

学校の授業でも物理が一番好きですし、
勉強してて面白いとも思えて、自分には物理があってるのかな~
なんて思っているんですが、
こんなくらいの考えで物理学科なんて行ったら、
痛い目見たりしてしまうでしょうか?

何か質問がよくわからなくなってしまったんですが(笑)

とりあえず、物理学科に行って、研究職につける人というのは、
どれくらいいるもんなんでしょうか?

Aベストアンサー

No.2です。補足です。

No.2で原子核理論と原理核実験を書き忘れるという失態を犯してしまいました。そういう分野もあります。その他、生物物理などもあります。

No.3の方が書かれていますが、物理は実力主義の世界なので、出身大学は関係ないです。
実力主義の結果として東大や京大の特定の大学出身者に偏る傾向があるということになります。
たとえば、東工大は東大出身の教授が多いのですが、それは東工大出身者をコネで採用するということをしていないので、実力で採用した結果そうなってしまうだけです。
しかし、東北大、名古屋大出身の優秀な研究者もたくさんいますので、ご安心ください。
物理学者になることだけが目標であれば、どうせ学部では基礎的な勉強しかしないし、教授と専門分野について語りあうことも一切ないので、旧帝大だろうが地方大だろうがどこでも一緒です。
でも、一般に優秀な者は入試程度でつまづくはずはないです。

さて、宇宙にご興味がおありとのことですが、大きく2つのパターンに分けられると思います。
1.数学が得意で、物事の原理を根本的に突き詰めるのが好き
2.漠然と宇宙が好き
1でしたら、初期宇宙などの宇宙理論、もしくは素粒子論がよいでしょう。
2でしたら、観測的宇宙論や宇宙観測がよいでしょう。

宇宙理論はかなり人気のある分野ですよ。
私は東大出身ですが、同期で宇宙理論に進んだ人は数人いました。
(全員、とても優秀な方でした。)
残念ながら全員、途中でやめていきました。
宇宙理論はそんな感じです。
だいたい、宇宙理論は各大学にポストが2つや3つくらいしかないわけです。
ある大学のポストが2つと仮定して、そのポストについている教授、助教授の年齢が55歳、45歳だったら、(定年が65歳なので)あと10年間はその大学では全く空きがでません。その一方で、毎年数名、大学院に入ってくるわけですから、おのずから競争は厳しくなります。そういう分野は博士課程を終えたあと、世界中を任期が2,3年のポスドクをやりながら転々とします。
たまにポスドクが切れちゃって半年や1年くらい無職になったりする人もいます。
そこまでして続けるというのは、物理が好きというのを通り越していて、物理教の狂信者といった感じですね。
で、諸国を転々として、日本に空きができたら帰ってくるという感じでしょうか。
だから、旧帝大で宇宙理論のポストにつこうと思ったら、それなりの能力と覚悟が必要でしょう。
しかし、基準を下げれば、結構簡単です。
日本には実はたくさん大学があって、地方大学で一般教養の学生に物理を教えるポストや、国際××福祉大学のような聞いたこともないような私立大学で文系の学生にエクセルやワードの使い方を教えるポストもたくさんあり、そういうのは割と簡単になれます。
理論でしたら、お金がもらえて時間があればどこにいようが研究はできるので、そういう手もあります。

ちなみに、宇宙観測に行った同期数人は、ほとんど研究者としてのポストか、JAXAや民間企業などで観測衛星の開発にかかわる仕事についています。宇宙観測も人気があります。

素粒子実験、物性実験は、博士号取得→助手→助教授とかなりスムーズに進むケースが多いです。

生物系では、博士課程の途中で助手になる人もいますし、分野によっていろいろですよ。

今は理系は修士まで行くのが当たり前で、優秀な大学院生も大勢いる一方で、学部の内容さえろくに理解していない本来大学院に来る必要もない大学院生も山ほどいるのが現状です。だから、遠慮することないと思いますよ。(意外かもしれませんが大学より大学院の方が簡単に入れます)
そこそこの大学を出て修士までだったら、希望すれば大抵どこでも就職できるので、とりあえず物理学科に行って勉強したらいいと思いますよ。
理論物理は人間の能力を極限まで鍛えるのに最適です。
物理をやめて今は他の分野の仕事をしている友人が
「場の量子論を経験した以上、他の分野の学問は簡単にしか思えない」
と語っていました。確かに数式には極端に強くなります。

ただし、修士で就職する場合、修士1年の終わり頃から就職活動を開始しなくてはいけないので、大学院に入って1年以内に決断する必要があります。長い間迷っている時間はないです。で、その時期はまだ場の量子論の初歩をかじりかけた段階だと思うので、さしずめ1950年代までくらいの物理しか知らないでしょう。物理の全体像を把握する前に続けるかやめるか決断しなくてはいけないということです。
博士課程まで行って博士号をとるのは簡単なことですが、そこまで行くと27歳なのでそれなりのリスクが伴うことを覚悟しておく必要があります。

最後に、
ノーベル賞を受賞した朝永振一郎(ともながしんいちろう)は、物理学者になると父親に話したときに止められたそうです。そんな道に進んでも高校の教師になるのが成れの果てだぞ、それでもいいのか、と。朝永さんは、好きだからそれでも構わないと思い、物理の道を選びました。
私もこれから進もうとする人に少し怖気づかせることを書いてしまいましたが、kiku511様は朝永さんのようにすごい才能があり、次々と大発見をして歴史に名を残すような学者になるかもしれませんね。

No.2です。補足です。

No.2で原子核理論と原理核実験を書き忘れるという失態を犯してしまいました。そういう分野もあります。その他、生物物理などもあります。

No.3の方が書かれていますが、物理は実力主義の世界なので、出身大学は関係ないです。
実力主義の結果として東大や京大の特定の大学出身者に偏る傾向があるということになります。
たとえば、東工大は東大出身の教授が多いのですが、それは東工大出身者をコネで採用するということをしていないので、実力で採用した結果そうなってしまうだけで...続きを読む

Q1000本のワインがあって、1つは毒入りです。

1000本のワインがあって、1つは毒入りです。
1滴でも飲むと、10h~20hで死にます。
今から24h以内に、毒ワインを自分のドレイに飲ませることで、判別したい。
これには最低何人のドレイを要するか?




以下がこれに対する僕の回答です。




結論から言うと1000人必要です。


まず0時から検査を開始します。

24時までに終わらせなければなりません。




まず0時にx人がそれぞれで一本検査します。

死ぬのは10~20時ですね
二本目を検査するためには
10時より後に飲まなければなりません(理由はAに書きます)
しかし4時より後に飲んだ場合は24時より後に死ぬ可能性があるため、毒を見逃す可能性があります。

ゆえに10時より後には飲めません。


A、もし10時以内に飲んだ場合
死んだとしても最初に飲んだワインによるものなのか後に飲んだワインによるものかわからないからです。
一本目の死ぬ可能性のある時間帯は10~20時
二本目を例えば9時に飲んだとしたら死ぬ時間帯は19~29時になります。
つまり19~20時に死んだ場合、その死が一本目によるものなのか二本目によるものなのかわからないからです。


ゆえに1人1本しか検査できません。

従って1000本には1000人必要です。





こういう答えがでたんですが、答えは10人なんだそうです…

先生にだされた問題だとか。


どうして10本になるのでしょうか?


困ってます。

1000本のワインがあって、1つは毒入りです。
1滴でも飲むと、10h~20hで死にます。
今から24h以内に、毒ワインを自分のドレイに飲ませることで、判別したい。
これには最低何人のドレイを要するか?




以下がこれに対する僕の回答です。




結論から言うと1000人必要です。


まず0時から検査を開始します。

24時までに終わらせなければなりません。




まず0時にx人がそれぞれで一本検査します。

死ぬのは10~20時ですね
二本目を検査するためには
10時より後に飲まなければ...続きを読む

Aベストアンサー

ついでに書いておこうかな(^^)
2進数                 10進数
 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1   1番目のワイン
 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0   2番目のワイン
 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1   3番目のワイン
 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0   4番目のワイン
 ・・・【中略】・・・
 1 1 1 1 1 0 0 1 1 1  999番目のワイン
 1 1 1 1 1 0 1 0 0 0 1,000番目のワイン
奴隷は上に1があればそれを飲む
 A B C D E F G H I J  10人

Qダブルスタンダードの身近な例

ダブルスタンダード(ダブスタ、2重規範)の身近な例があれば、教えて下さい。国際的政治問題でよく使われるみたいですが、スケールが大き過ぎて庶民感覚からズレます。もしダブスタが庶民から縁遠い言葉なら、理解を諦めようと思います。

でも、私の知人の庶民のアイツは、何故かダブスタってよく言う。聞く度に、アイツの定義するダブスタが何なのか疑問になったので、ここで質問してます。たぶん、法律用語だと思うのだが。

以下の例はダブスタですか?
A:お前の物は俺の物、俺の物は俺の物と宣するジャイアン。1重規範なら、お前の物はお前の物なら俺の物は俺の物、もしくは、お前の物は俺の物なら俺の物はお前の物。
B:お嬢さん可愛いから特別サービスで半額にしてあげるよと言う店長。1重規範なら、お嬢さんが可愛くてもブサイクでも定価で販売。
C:スピード違反を取り締まる際、違反者がセクシー美女なら見逃して、違反者が刺青している輩なら倍の減点を行う警察官。1重規範なら、違反者の容疑がスピード違反だけなら、超過スピードだけに着目して処分を決める。
D:普通は単価×数量で総額が決まるが、バナナの叩き売りだと大量にまとめ買いすると単価が下がるシステム。1重規範なら、多く買おうが少なく買おうがバナナの単価は同じ。

同一の事柄の判断に、異なる二つの基準を用いること。二重基準。(広辞苑より)ウ~ン、、、難しい。。。

ダブルスタンダード(ダブスタ、2重規範)の身近な例があれば、教えて下さい。国際的政治問題でよく使われるみたいですが、スケールが大き過ぎて庶民感覚からズレます。もしダブスタが庶民から縁遠い言葉なら、理解を諦めようと思います。

でも、私の知人の庶民のアイツは、何故かダブスタってよく言う。聞く度に、アイツの定義するダブスタが何なのか疑問になったので、ここで質問してます。たぶん、法律用語だと思うのだが。

以下の例はダブスタですか?
A:お前の物は俺の物、俺の物は俺の物と宣するジャイ...続きを読む

Aベストアンサー

やあ、これは面白い問題ですね。

ダブルスタンダードというのは、ある基準があって
その基準に甲をインプットすれば乙が論理必然に
アウトプットされる。
それなのに、丙がアウトプットされる、という
関係を言うのだと思います。

A:
お前のモノはお前のモノ、という命題は、俺のモノは
俺のモノ、というアウトプットを論理必然に導出するか
といえば、そうはならないと思われます。
この基準は、お前のモノはお前のモノ、と言っているだけです。
俺のモノについては何も語っていません。
従って、俺のモノは俺のモノということにはならないでしょう。
故にダブスタでは無いと思います。

B:
お嬢さんは可愛いから半額にする、というのが基準ですか。
それなら、同じように可愛いのに、半額にしなかった場合が
ダブスタになるでしょう。
それとも、誰にでも定価で売るのが基準であって、可愛いから半額
可愛くなければ定価、というのであればダブスタですね。

C:
これはBと同じです。

D:
これの基準は何でしょう?
相手が誰でも、どんなに大量に購入する場合でも、同じ単価に
なるように売る、という基準があれば、ダブスタになる
でしょうが、
こういう商売では、そもそもそういう基準では無いでしょう。

やあ、これは面白い問題ですね。

ダブルスタンダードというのは、ある基準があって
その基準に甲をインプットすれば乙が論理必然に
アウトプットされる。
それなのに、丙がアウトプットされる、という
関係を言うのだと思います。

A:
お前のモノはお前のモノ、という命題は、俺のモノは
俺のモノ、というアウトプットを論理必然に導出するか
といえば、そうはならないと思われます。
この基準は、お前のモノはお前のモノ、と言っているだけです。
俺のモノについては何も語っていません。
従って、俺のモノは...続きを読む


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