文章を書くときに「呆れて笑いを失う、まったく笑えない」
みたいな状況を表したい事態によく直面します。
つい、失笑した…と書きたくなるのですが、それは誤用なので、
その間違った方の意味の熟語があれば教えて欲しいです。

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A 回答 (9件)

熟語にこだわるなら、先行コメントにある「茫然(呆然)」「唖然」あたりでしょうか。


 意味で考えると「閉口(する)」もアリでしょう。

 詳しくは下記をご参照ください。
【失笑 失恋 失効 失念 失禁〈3〉】
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12244668613.html
 以下は一部の抜粋(重言)。


 まず「失」の働きを確認する。 
https://kotobank.jp/word/%E5%A4%B1-521044#E3.83. … 
===========引用開始 
デジタル大辞泉の解説 
(略)

しつ【失】[漢字項目] 
[音]シツ(漢) [訓]うしなう うせる 
[学習漢字]4年 
1 なくす。うしなう。うせる。「失業・失点・失望・失恋/遺失・消失・焼失・喪失・損失・得失・紛失・忘失・滅失・流失」 
2 うっかり出してしまう。「失禁・失言・失笑」 
3 あやまち。しくじり。「失策・失敗/過失」  
===========引用終了 

(略)
 言うまでもなく、「失笑」の誤用は「1」の意味で解釈したのだろう。ただなぁ。〈1〉〈2〉で見た「国語に関する世論調査」だと6割超が誤用しているそうな。そんな●●がホントにそんなにいるんだろうか。 

 それは別にして、本題。 
「正用」の「失笑」の類語なら「苦笑」「苦笑い」「微苦笑」「薄笑い」あたりが近いかな。 
「誤用」の「失笑」の類語は……熟語限定だと浮かばないorz。 
「茫然(自失)」「唖然」あたりだろうか。 
 ちょっと捻って「脱力」かな。 
 熟語でなければ、「ドン引きする」「しらける」「呆れる」「言葉を失う」あたりだろうか。 
「言葉を失う」つながりで「閉口(する)」もアリかも。 

 こういう事態がさらに悪化すると、「失言」は「言葉を失う」こと、なんて珍解釈も出てくるのだろうか。なんだかなぁ。
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この回答へのお礼

結局、答えは「ない」ということでしたが、
多くの人に似た感じの意味を持つ表現を教えていただき、
とっても勉強になりました!
特に8さんの「失」の意味、「うっかり出てしまう」というのが、
とてもしっくりきたのでベストアンサーにさせていただきました。

でも「確信犯」や「役不足」とかもそうですが、
多くのかたが誤用されている言葉がありますよね。
間違っていても何となく伝わる、
むしろしっくりくるという場合もあるし、
言葉というのはある意味、多数決的な雰囲気もあり、
変遷したり淘汰されたりする歴史もあるので、
将来的に誤用が正しいとされる時代がくるかも知れません。

個人的には「唖然、呆然」だと「笑う」という要素がないし、
「苦笑」だと笑ってしまっているので、しっくり来ません。
「呆れて笑えない」という新しい熟語が、
生まれて欲しいと思いますが…

お礼日時:2017/02/08 18:48

No.8の方が挙げられた「失」の意味が


2 うっかり出してしまう。「失禁・失言・失笑」
ということで、改めて勉強になりました。わたしも、かなり失言が多いのですが、そんな意味を確認したことはありませんでした。

しっ‐しょう 〔‐セウ〕 【失笑】
[名](スル)思わず笑い出してしまうこと。おかしさのあまり噴き出すこと。「場違いな発言に―する」
[補説]文化庁が発表した平成23年度「国語に関する世論調査」では、本来の意味とされる「こらえ切れず吹き出して笑う」で使う人が27.7パーセント、本来の意味ではない「笑いも出ないくらいあきれる」で使う人が60.4パーセントという逆転した結果が出ている。(デジタル大辞泉)

 この補説ののような使い方のことですね。それに相当する別の言葉があれば、間違った使い方はなくなると思いますよ。よく考えてみると、間違ったことがなるほどと思われる言葉ですね。「笑いを失う」と読めますから。
 「笑っている場合か」というのはオーバーかな。
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シチュエーションとしては、「唖然とする」というのが思い浮かびます。


http://dictionary.goo.ne.jp/jn/4388/meaning/m1u/ …
驚きのあまりあきれて声も出ないさまを意味しますが、「笑えない」という要素が(それも含まれてはいますが)必須というわけではありませんので、ご質問の意図に合致しているかどうか・・。
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熟語だと無味や大味が思い浮かびましたが、ニュアンスがちょっとちがうかな。



つまらないということではなくて、「しらける、興ざめする、ドン引きする」という意味ですよね。
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失笑って、いわゆる「一人で爆笑」という誤用に近い意味ですよね。


ご質問の答えに近いかどうかはわかりませんが、笑止という言葉がありますね。ただこれはどちらかというと少なくとも心の中ではあきれ笑いしているニュアンスです。
youyou789さんの用法だと、絶句とか茫然自失とか、そちらの方が近いかもしれません。ちなみに私はそちらの意味で「失笑」を使おうと考えたことはありませんけど。
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苦笑でよいような。

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順当なところで


苦笑い(ニガワライ)辺りでしょうかね?、

苦笑いを浮かべた

こんな表現ですかね。
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熟語じゃないけど。



呆れてものも言えない。
言葉を失う。
茫然自失。
ドン引き。

とかですかね。
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失笑:こらえ切れず、我慢しきれず思わず笑う


苦笑:呆れて笑う
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(1)「行く」の尊敬語。
*洒落本・廓通遊子〔1798〕発端「すぐに御二階へいらっしゃりまし」
(2)「来る」の尊敬語。
*洒落本・廓通遊子〔1798〕発端「どなたもよふいらっしゃりました。きつひ御見かぎりでござります」
(3)「居る」の尊敬語。
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(ロ)形容詞の連用形、またはそれに助詞「て」を添えた形に付く。
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語誌
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〔一〕「入る」の尊敬語から転じた、「行く」「来る」「居る」の意の尊敬語。おいでになる。
(1)「行く」の尊敬語。
*洒落本・廓通遊子〔1798〕発端「すぐに御二階へいらっしゃりまし」
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無論、「軒を連ねる」でも良いですが、設問が「〇〇を並べる」であれば、その設問に対する解答としては「軒」を入れるべきじゃないですかね?
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そもそも「軒」と言う漢字は、中華料理屋くらいでしか、余り見かけない漢字ですけど。(^^;)
それを「のき」と読む慣用表現を知っていますか?くらいの出題意図かと思います。

耳慣れぬ言葉に違和感を持つのは仕方ないですし、自分の語感を大事にするのは良いこととは思いますが。
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Q重箱の隅をつつくようで恐縮ですが、敬語のことです。

テレビで、森友学園、籠池理事長の長男にインタビューしていました。
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「理事長は(中略)していらっしゃいます。」「ご自身で~~」と父親に対して敬語を使って、記者の質問に答えていました。
長男についての説明(肩書)は「籠池理事長の長男」とだけテロップが出ていました。

1.自分の親のことを他人に話すのに、親に対して敬語を使うのは間違っている。
2.長男が森友学園の職員、役員などで、父親が理事長という上司の立場だったとしても、外部に話すとき、内部の人に敬語を使うのは間違っている。

と思いました。
とくに、2、は就職した時などに、たとえ自分の上司でも、会社外の人には「呼び捨て」が礼儀だと、厳しく教えられたりします。

別に、特別に森友学園について、あれこれ言うつもりはありませんが、幼稚園や学校を運営する家の関係者(長男)なのに、敬語の使い方が間違っているのはなんなの?と思いました。

もしかして、最近はこれらは許容されているのでしょうか?

Aベストアンサー

ご存知のように尊敬語と謙譲語がありますが、「理事長は(中略)していらっしゃいます。」「ご自身で~~」などは尊敬表現に当たる。
ところで尊敬語の本質とは、「敬意を示したい、と自らが思う相手の行為やものごと」に対して使うものということが言えます。
なので、嫌な上役について話すときには(社内でも)尊敬語を使わないでしょう。
この場合、敬語を使わないのは間違っているといった問題ではなく、話者にとって、その上役が「敬意を示したい、と自らが思う相手」ではない、という事実を示しているにすぎません。
親や上役、以下まとめて「身内」と表現しますが、身内の行為に対して尊敬語を使うべきでないのは、身内を立てることにより、結果的に聞き手や第三者を低く評価することになってしまうから。尊敬語は、こうした性質を持った敬語なわけです。
以上のことを踏まえて言えば、それにも拘わらず、身内に対して尊敬語を使うのには、以下のような(論理的な)理由があることになる。
1.正しい尊敬語の使い方を知らない。
2.身内だとは捉えていない。(捉えてほしくない)
3.結果的に聞き手(記者)を低く評価することになっても差し支えないような相手(記者)であると判断している。
どれも、すでにみなさんがご指摘になっていることですが、敬語の本質から考えても妥当な指摘である、ということを蛇足的に述べさせていただきました。

ご存知のように尊敬語と謙譲語がありますが、「理事長は(中略)していらっしゃいます。」「ご自身で~~」などは尊敬表現に当たる。
ところで尊敬語の本質とは、「敬意を示したい、と自らが思う相手の行為やものごと」に対して使うものということが言えます。
なので、嫌な上役について話すときには(社内でも)尊敬語を使わないでしょう。
この場合、敬語を使わないのは間違っているといった問題ではなく、話者にとって、その上役が「敬意を示したい、と自らが思う相手」ではない、という事実を示しているにすぎ...続きを読む

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「ムシが好かない」
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そうです。
http://yain.jp/i/%E8%99%AB%E3%81%8C%E5%A5%BD%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84
特に判然とした理由があるわけではないが、世の中にはどうしても好きになれない相手というのがいる。
理由がわからないのは、自分ではなく、体の中の虫が、その相手を好きになれないからだ。
といった意味になるのでしょう。
言ってみれば、潜在意識を擬人化したようなものでしょうかね。
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http://e2jin.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-2cce.html

 また、次のブログによれば、今日(2009/05/16)は、芭蕉が奥の細道に旅立った日とされています。
『新暦の5/22頃には二十四節気の「小満」がやって来ます。この小満は旧暦の四月中気と呼ばれるもので、この日を含む月は、旧暦では四月となります。
 とすると旧暦の3/27は遅くとも小満の 3日前の日付となって、それより遅くなるということは無いはずですから、一番遅い旧暦の3/27は新暦の5/19頃となります。』
と、旧暦の3/27が新暦の5/22頃になってしまう理由が述べられています。

http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlwa/200905160.htm

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