『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

クラシック作曲家は他の作曲家、たとえばブルックナーが3番の交響曲でワーグナーを引用したり、またジョン・アダムズが『Absolute Jest』という作品でベートーヴェンの交響曲第7番を引用しています。
ショスタコーヴィチは15番の交響曲で、ロッシーニやワーグナーを引用する一方、自作品を引用したりもしているわけですが、

他作曲家を引用する場合と、自作品を引用する場合の違いについて教えて下さい。

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A 回答 (5件)

No.2です。

「引用」と「パクリ(盗作・盗用)」は別物でしょう。
引用は、あくまで他の作品を意図的に使うわけで、いちいち許可を得ることはしないのが普通だと思います。

 ルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」(1969)の第3部は、マーラーはじめドビュッシーやラヴェル、R.シュトラウスなどを引用した「コラージュ」という手法で作られています。いくつ分かるかな・・・。


 ショスタコーヴィチは引用の天才で、交響曲第15番に限らず他人の作品、自分の作品を自由に引用して使っていますね。
・ピアノ協奏曲第1番の冒頭は、ベートーヴェンのピアノソナタ「熱情」の引用。「リスペクト」ととるべきか「パロディ」と考えるか。
・有名な交響曲第5番の第1楽章第2主題は、提示部では短調なので気づきませんが、再現部で長調になるとビゼー「カルメン」のハバネラの合唱にカルメンが乗せて歌うオブリガートの引用であることが分かります。
・いろいろな曲への自分のイニシャル(D-Es(=S)-C-H」の引用。スターリン死亡直後の交響曲第10番や弦楽四重奏曲第8番など。
・交響曲第11番「1905年」に、たくさんの革命歌を引用。体制へのすり寄りか、革命の原点へのオマージュか。(ショスタコーヴィチ自身は父親も含めて革命に共感していた)
・弦楽四重奏曲第14番は、弦楽四重奏曲を初演してきたベートーヴェン弦楽四重奏団の創設以来のチェロ奏者「セルゲイ・シリンスキー」に献呈され、自作のオペラ「マクベス夫人」からのカテリーナが愛人セリョージャを歌うアリアがチェロに引用されます。「セルゲイ」の愛称が「セリョージャ」なので。
・最後の作品となったヴィオラソナタには、ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」が引用されます。

 バルトークは、亡命先のアメリカで死の病の中で作った「管弦楽のための協奏曲」で、第3楽章「悲歌」に自作のオペラ「青髭公の城」から「涙の湖」の主題を引用するとともに、第4楽章「中断された間奏曲」に、直前にアメリカ初演されたショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」第1楽章の主題(侵攻の主題、これもレハール「メリー・ウィドウ」の引用)を嘲笑するように引用しています。体制を鼓舞するショスタコーヴィチを揶揄していると言われていますが、むしろこの曲のアメリカ初演権を争ったトスカニーニ、ストコフスキー、クーセヴィツキーやセンセーショナルに取り扱ったアメリカ音楽界を揶揄したのでしょう。

 思いつくだけで、いろいろな引用がありますな。
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この回答へのお礼

ありがとう

流石にyhr2さんの回答は頭脳明晰ですね。頭が下がります。自分ではあまり深く考察してはいなかったのですが、ここまで調べていただいて感謝しておりますと同時に、やはり私の知識は底が浅いと思いました。

お礼日時:2017/04/12 18:22

ブルックナーの曲は、ヴァーグナーに献呈されていますね。

普段耳にする3番の演奏は第3稿によるものですが、インバルの全集では第1稿を使用しています。突然、タンホイザーのモティーフが出てくるので、驚かされます。まあ、ブルックナーの交響曲もヴァーグナーのDNAを受け継いでいると言って良いでしょう。
アダムズが引用しているのは、第九の2楽章、スケルツォです。彼もベートーヴェンを尊敬していて、モティーフを取り込んでいるのですが、ミニマル的な要素も相俟って非常にヴィビッドな曲に仕上がっております。
ショスタコーヴィチの場合は彼の最後の交響曲ということもあり、人生の集大成的な面があります。幼少期にウィリアム・テルが好きだったと息子のマキシムが証言しています。ヴァーグナーからはトリスタンとイゾルデを引用しています。これも回顧的な意味合いだと思います。
まあ、旧ソ連のような体制の下では抑圧が生んだ産物と言って良いでしょう。日本のような平和ボケした国からは想像を絶する思想的な闘いがあったのではないかと思います。
現代の日本で彼の作品に接すると良い意味で中和されてしまい、彼の本質にはほど遠い所に居るのではなかろうかと危惧します。
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この回答へのお礼

Thank you

作曲家に対するリスペクトですね。

お礼日時:2017/04/12 18:16

他者の作品を引用する場合は「作家の許可を得なくてはならない」というのは大前提としてありますよ。



「著作権」というような権利意識がいつはっきりと表れたかは存じませんが、少なくともドビュッシーの時代には、例えばオペラなどの舞台作品に既にある戯曲を使用したいとなった時に、作家から許可を得るのに度々苦労している様子があり、使用許可を得るという話は既に常識だったようです。
許可の理由は様々で、その作家が元々作曲家の大ファンだったりすると話が早いのですが、そうでもない場合は多くは作家のご機嫌取り(何度も書簡で訴えたり)だったりします。あと、既に誰かが使用許可を得ていると他作家には許可が下りないということもあるようです。(被ると作曲家同士が不利益だから、そういう契約を事前に交わす?のでしょうか、わかりませんが。)この辺の権利問題についてトラブルがあれば、正式な裁判も起こっていました。
音楽に関しても、私の知る限りでは既に19世紀末には、誰がパクっただの最初に起用したアイデアだのということに既に非常にシビアだったようで、作家同士の揉め事でスキャンダルになることも珍しくありませんでした。
当時の作曲家や評論家が音楽作品を評する様々な言葉からも、「オリジナリティがある」「他の誰とも違う」ということの重要性は、音楽関係者達の頭の中に常にあったようです。

ドビュッシーの時代でそんなんですから、ワーグナーの時代に「全く寛容だった」とはとても言えないと思います。
「著作権の考え方が確立していない」ということと「他者の作品をなんでも勝手に自分の作品に取り込める」ということはまた別の話だと思います。著作権の意識が無くても、人の作品はやはり人の作品でしょうから。(勿論、民謡・童謡や、宗教音楽の時代の音楽など、あまりに古過ぎる音楽は別です。)
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この回答へのお礼

ありがとう

なるほど、為に成ります。gldfishさんの回答はネット検索した回答ではないので信頼感があります。

お礼日時:2017/04/12 18:12

19世紀までは「著作権」などという発想はありませんでした(今でも、その発想のない大陸大国もあります)。



フランツ・リストにしても、他の作曲家・演奏家にしても、当時流行していた音楽(オペラのアリアなど)を使って「〇〇による華麗なる変奏曲」とか「△△に基づくパラフレーズ」などをたくさん作っています。「即興」で行われたものも数多くあるので、現代まで残っているのはそのごく一部なのでしょう。
オリジナルの作者としては、宣伝効果もあるので喜んだのではないでしょうか。

現代のYouTubeなどでも、著作権で禁止する場合と、PR効果を狙って許容・積極的に活用している場合があるようです。

なぜ引用するのか、という「意図」については、いろいろあるのだと思います。
「パロディ」ということだったり、オリジナルに対する「リスペクト」「オマージュ」だったり、それを通じて「その時代」や「情景」「出来事」「社会的な背景」を思い起こさせたりすることもあるでしょうし、個人的な「思い出」「思い入れ」を想起させるものかもしれません。
ケース・バイ・ケースですが、真相は作曲者と「曲」そのものの中にしか存在しないのでしょう。
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この回答へのお礼

うーん・・・

著作権が問題あるとは言ってません。おっしゃるように様々な理由でしょうが、質問した私がバカでした。

お礼日時:2017/04/12 18:06

洋楽ポップばっかし聞いてる者です。



著作権が切れてる、演奏は自前、または自作品ということなら法律的に訴えられることは無いんでしょうけど、

正直何回もやられると「またか」→「芸が無い」→「クリエーターだろ」としか思えませんね。
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この回答へのお礼

うーん・・・

いや、著作権の事を質問しているのではなく、引用は問題ないのです。

お礼日時:2017/04/12 18:03

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Q東京芸大音楽学部、桐朋学園大学のレベルは世界的に見るとどの程度でしょうか?

クラシック音楽演奏者の養成学校として有名なのはジュリアード音楽院、パリ国立高等音楽院、ウィーン国立音楽大学などが思い浮かびますが、それでは日本の東京芸大と桐朋のレベルについてはどれくらいになるでしょうか?この2校の卒業生は国際コンクールの入賞者を結構出しており、そこそこいくように思うのですが。

↓このランキングによると東京芸大は100位にも入っていないようですが、これは「舞台芸術」のランキングであり、今回の主旨(音楽)とは違います。
http://violinear.com/world-university-ranking-result/

Aベストアンサー

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝統音楽を専攻する邦楽科が、
美術学部には日本画科があります。
これらを専攻した人の活躍の場は主に日本に限られます。
この二つの例からだけでも比較するのが無理だということがわかります。

ネット上の情報を見るときは、注意しなければならないことがたくさんあります。
リンク先のホームページは、公的機関や研究団体のサイトではなく、個人が趣味で作成しているサイトです。
作成者のプロフィールには、楽器も弾けない、楽譜も読めない、とあります。
引用したランキングがどういうものかも調べていないようで、記事そのものの内容も誤解を招くものです。

このランキングを見ると、聞いたことのないインドネシアの大学が並んでいたりして、
不自然であることがすぐにわかります。
調べたところ、この企業のランキング調査の対象に音楽大学が含まれるようになったのは2016年。
リンク先のランキングはその年の結果で、まだデータが集まっていません。
今年のランキングを見ると、東京芸大ではなく東京大学が突然38位に入っており、
大阪大学が100位以内に入っています。
https://www.topuniversities.com/university-rankings/university-subject-rankings/2017/performing-arts

このランキングについてはドイツでも「お粗末なデータに基づいている」として、
「das ranking ist kranking」という見出しで批判が書かれているサイトがあります。
「kranking」はダジャレで、「krank」は「病気」の意味ですが、
ミュンヘン音楽大学やザルツブルク・モーツァルテウムがこんなに評価が低いわけがないと論評しています。
http://blogs.nmz.de/wm2014/2016/04/01/musikhochschulen-im-vergleich-das-ranking-ist-kranking/

このランキングの選考基準は、卒業生が舞台芸術の世界で活躍しているかどうかとは全く関係がなく、
判断の基準になる評価指標は、以下の項目と評価配分です。

各国学者のビア・レビュー 40%
雇用者の評価 10%
学生一人あたりの教員比率 20%
教員一人当たりの論文引用数 20%
外国人教員比率 5%
留学生比率 5%
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0#QS.E4.B8.96.E7.95.8C.E5.A4.A7.E5.AD.A6.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.82.AD.E3.83.B3.E3.82.B0

つまり、この調査は完全に「学究的見地」から行われているもので、
卒業生が音楽の世界で活躍しているか、コンクールで入賞しているかは反映されていません。
上位にイギリスの大学が多いのは、イギリスの企業の調査による偏りのようにも思えますが、
同時にアメリカの大学がたくさんランクインしていることを考えると、
論文の査読と引用が評価指標の60%を占めることから、
英語圏の大学の評価が必然的に高くなるということでしょう。
東京大学がランクインしているのも、文学部や哲学科の学生や教員が、
芸術関係の論文を英語で書いているから、という可能性が考えられます。
音楽大学の場合は、卒業演奏や卒業作品であり、論文というのは、音楽学専攻をのぞけばほとんど問題になりません。
このようなランキングを発表している機関はほかにもありますが、方法は似た様なもので、
「舞台芸術」で検索しても、上のランキングとは全く異なり、
オーストラリアのシドニー大学が1位表示されたり、なぜか「工科大学」がランクインしたりしてします。
ドイツに優れた音楽大学がたくさんあるにもかかわらず上位に入っていないのも、上のような理由からでしょう。

では実際はどうかというと、ここにもやはり国ごとの学制、価値観、伝統、社会的評価の違いがあり、
単純に比較することは不可能です。

一般によく言われますが、日本の大学は入るのが難しく出るのが簡単、
欧米の大学は入るのは簡単だが出るのは難しい、ということがあります。
音楽大学も例外ではなく、東京芸大や桐朋学園の入試はレベルが非常に高いです。
ヨーロッパは、国と大学によって違うとは思いますが、日本ほどではなく、
入学後の学生全体の技術レベルという観点から言えば、
日本の音大生のレベルの方がむしろ高いかもしれません。
そして、芸大や桐朋で学んだだけでも、国際コンクールで入賞したり、
ヨーロッパの名門オーケストラに採用されるだけの力をつけられたりする可能性は十分にあります。
ヨーロッパの音楽関係者の間でもこれらの音大の名前はよく知られており、
「芸大ならば」、という信頼は持たれています。
しかしその一方、日本の音大生、音楽家は、技術はあるが音楽性がない、という批判は数十年前からあり、
この点はいまだに十分克服できているとは言えません。
たとえば、前々回のショパンコンクールでは、日本人参加者は一人も本選に進めませんでした。
コンクール後の審査員講評では、「日本の参加者は、楽譜通りに弾くだけでなく、もっと音楽を感じて弾かなければならない」
と指摘されました。前回のショパンコンクールでも受賞者は出ていません。

ヨーロッパの音大で、学内のクラス発表会などを聞くと、
技術的には荒削りでも、音楽的で、一人ひとりが個性的な演奏をのびのびとやっています。
このような日本の音大生、音楽家の欠点の原因の一つは、教え方にあります。
ヨーロッパの大学などでは、技術や音楽表現について、具体的かつ論理的に、
どうしたらよいか、なぜそうなるか、を明確に説明できる教師がたくさんいます。
日本の場合、やや曖昧な精神論で済ますきらいがあります。
教師と学生の関係も、日本では上下関係になる傾向が伝統的にあります。
ヨーロッパの学生は、たとえやっていることが間違っていても、
自分はこう考えたからこうした、という主張をし、教師と議論をします。
日本からの留学生に対する教師の印象も、先生に言われたことはきちんとやるが、
それ以上のことをやろうとしない、という評判を聞くことがあります。
こういった点は、大学のレベルの問題ではなく、民族性や気質の違いに起因するものでしょう。

コンクールでの業績も、必ずしも評価の指標にはなりません。
先ほど挙げたショパン・コンクールなどは、「ショパンの演奏はこうあるべき」という権威の認める演奏スタイルがあり、
それからはずれた個性的な演奏をすると、技術的、音楽的に優れていても落とされます。
そういうこともあって、現在ショパン・コンクールはヨーロッパの学生の間では人気がなく、参加者も減っています。
アジア人の入賞者が増えるのは、アジアの音大のレベルが上がったというより、
参加者の比率が変わったことに原因があります。
すべてのコンクールが不当な評価を下しているとは言えませんが、
審査員の中の特に力を持つ人が、自分の弟子を入れるためにほかの参加者を落とすとか、
審査員の息子が優勝したのが問題になり、次の回から、審査員の家族、親族は参加できないという規約に変更された例もあります。
コンクールの裏事情については、信用できる話からデマに到るまでいろいろあります。
ヨーロッパの若者には、当然、審査基準の不透明なコンクールよりも、
実力で地道にキャリアを積む方がよいと考える人が多くなります。
むしろそういうやり方が本来の行き方で、コンクールが盛んになるのは現代になってからですが、
そういう伝統が残っているヨーロッパと違い、日本などはやはり経歴や受賞歴が重視される傾向があるので、
どうしてもやらざるを得ないという事情はあります。

あとは、個々の音大の特徴や長所、短所があります。
ジュリアードなどのアメリカの音大も、どちらかというと技術は優秀ですが、
ヨーロッパの本格的で伝統的な演奏法とは少し異なる部分があると思います。
しかしその一方、ジュリアードなどは、かつて名教師と言われる人がいて、
そういう教師を求めてやって来る生徒がいました。
ヨーロッパの音大生にしても、一つの大学で学んだあと、特定の教師にさらに習いたいということで、
その教師が在籍する大学に移ってさらに研鑽をつむのはごく普通の道です。
芸大、桐朋の卒業生でも、海外で活躍しているような人は、
さらに欧米の音大で勉強をつづけた人が大部分と思います。

欧米の一流音大の学生でもダメな人はたくさんいますよ。
結局のところ、個々の学生が、何を学びたいのかという明確な目標意識を持ち、
それに一番適した大学や教師を選び、自分で道を選ぶものであって、
大学全体のレベルや名前による格の違いという話題は、通俗的なものになりがちです。

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝...続きを読む

Q吹奏楽で音楽的な事は学べないの?

私は吹部でフルートを吹いています。
それで疑問に思ったのですが、なんで吹奏楽はフラットばかりの調なの?と言うことです。

私は小さい時からピアノを習っていて、ピアノなら初級の頃からシャープが付く曲が出てくるのに、吹奏楽では一向に出る気配は有りません。
フルートが仮に♯1つならクラリネットやトランペットは♯3つになるので、指が回っても耳がついていけないでしょう。私の好きなモーツァルトのフルート協奏曲は♯3つのイ長調なので、吹奏楽では絶対に出て来ない調です。

それと吹奏楽は管楽器だらけなので、音程が合うはずもないのに、先生は音程が悪いと理不尽なことを言います。

最近気づいたのですが、全日本吹奏楽コンクールに出てくる大学は偏差値40台のFランですが、偏差値60台の大学はオーケストラの方が有名です。私も大学にいったらオーケストラに入るつもりです。

話が長くなりましたが、吹奏楽で音楽的な事は学べますか?フラットの曲ばかりで嫌になるし、音も吹奏楽は汚くて悲惨です。

Aベストアンサー

管楽器は、歴史的な理由から、FとかB♭とかE♭とかの楽器が多いですから、フラットの曲が多くなるのは仕方がないですね。

それに対して、弦楽器は、E、A、D 、G、C、とかに調弦するので、必然的にシャープ系の曲が多くなりますね。

吹奏楽という構成は、それはそれで魅力はあるとは思うのですが、いかんせん、オーケストラに比べて歴史が浅いのと、(そのせいもあって)天才作曲家があんまり吹奏楽の構成の曲を書いてないので、吹奏楽ならではという名曲があんまりない、ってのは否定できない部分がありますね。
あとは、日本独特の「吹奏楽コンクール」の功罪もあるんでしょうね。オーケストラには、コンクールなんてものはないわけで(全くないわけではないですが)。

Qピアノの曲なんですが、 最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、 その後に結構激しい(?)

ピアノの曲なんですが、

最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、

その後に結構激しい(?)曲になります。

曲名、わかる方いますか……?

Aベストアンサー

クラシックカテゴリーだからクラシックなんですよね…?なんだろ

これかな?
https://youtu.be/rNrTNZcktSA

Qクラシック音楽といっても、昔はポップミュージックのようなものだったのではないですか?

クラシック音楽は今でこそ厳かな音楽という感じで、ポップミュージックとは対極的な存在とし扱われることが多いですが、作曲された当時は今でいうポップミュージックのように広く人気のある音楽だったのではないでしょうか。

まあ、宗教音楽は違うとしても、それ以外のクラシックは全て当時のポピュラー音楽だったはずです。

バッハは宗教音楽を多く作曲しているから違うとしても、ベートーベンやショパンなんかは完全なポピュラー音楽だったのではないでしょうか。

Aベストアンサー

No.9です。きりがないので最後にします。

>権威というのはある程度の時間とその分野における支配的地位が必要です。確かにベートーベンの生存時はバッハは権威だったでしょう。でも、その曲が生まれた当時はその作曲家も若く、権威が持てたはずはありません。

時間のことを言っているのではありません。「権威」になるのは「大衆」に認められることによってではなく、その時点における「権威」に認められることによってそうなるということです。

バッハは、約100年「忘れ去られ」ていました。それを復活させ、「音楽の父」としてドイツ音楽の権威づけの基礎にしたのは、メンデルスゾーンやその時代の「批評家」たちです。その辺のからくりは、No.6に挙げた 岡田 暁生著「西洋音楽史―「クラシック」の黄昏」(中公新書)に詳しいです。

クラシック音楽(特にドイツ音楽)がどのように成立したかは、こんな本も読んでみるとよいかもしれません。
ご紹介したような本もお読みなった上で、あとはご自分で考えていただければよいと思います。私の説明を押し付けるつもりはありませんので。

ハンスリック著「音楽美論」(原著は1854年)
https://www.amazon.co.jp/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E7%BE%8E%E8%AB%96-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%9D%92-503-1-%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF/dp/4003350316

シューマン著「音楽と音楽家」(作曲家シューマン(1810~1856)の書いた音楽批評集)
https://www.amazon.co.jp/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%A8%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%AE%B6-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%9D%92-502-1-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4003350219/ref=pd_sim_14_2?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=MGRS25VPQ4NG24D0TDXQ

No.9です。きりがないので最後にします。

>権威というのはある程度の時間とその分野における支配的地位が必要です。確かにベートーベンの生存時はバッハは権威だったでしょう。でも、その曲が生まれた当時はその作曲家も若く、権威が持てたはずはありません。

時間のことを言っているのではありません。「権威」になるのは「大衆」に認められることによってではなく、その時点における「権威」に認められることによってそうなるということです。

バッハは、約100年「忘れ去られ」ていました。それを復活させ、...続きを読む

Qショパンの「黒鍵のエチュード」の最後のオクターブを急速に弾いているピアニストについて。

ショパンの「黒鍵のエチュード」の最後のオクターブ(楽譜)を物凄く速く弾いているピアニストについて教えて下さい。

Aベストアンサー

これで三度目なので、よほど知りたいのかな?
ショパン自身が指定した曲のテンポというのがありますし、
最後のこの部分だけをいかに早く弾けるかを目標にするわけではないので、
音楽的な意味から言っても上限があります。
また、速度だけでなく音量も要求されるので、
技術的な観点から言っても限度があります。

基本的に、曲の終盤に一気にテンポを速めて劇的に終わらせようという解釈と、
逆に、曲の終わりに少しゆったりさせて、大きさを出そうという解釈の二通りが可能です。
早めるという解釈のピアニストの演奏なら、テンポにそれほど大きな差は出ないと思いますよ。

早く弾くピアニストの場合、最初のオクターブの打鍵から、
最後のオクターブの打鍵の瞬間までにかかる時間はわずか1.2秒ほどです。
ここまでの単位になると、耳で聞いただけでどちらが早いかを聞き分けるのは無理でしょう。
ちょっと面倒くさかったですが、早く弾いていそうなピアニストの演奏から、
この部分だけを切り出してタイムを測ったところ、以下のような結果でした。

まず、全曲録音をしていて、全体的にテンポが速いことで知られているアンドレイ・ガブリロフの場合、
最初のオクターブの打鍵から最後のオクターブの打鍵の瞬間までのタイムは約1.17秒。

https://www.youtube.com/watch?v=j9298NtCVX8

サンソン・フランソワというピアニストは、曲全体はゆったりしたテンポですが、
この部分だけは早くて、ガブリロフと同じくらい。

https://www.youtube.com/watch?v=ZkO8rFqj5e0

ホロヴィッツとラン・ランを測ってみると、約1.24秒。

https://www.youtube.com/watch?v=UtbF78NApmQ

https://www.youtube.com/watch?v=WK0Ml2BiOAE

しかし、1.17秒とか1.24秒とか書きましたが、正確にタイミングを見て切り出すのは難しく、
これは誤差の範囲内ですので、上の4人は同じ(約1.2秒)と判断してかまわないと思います。
さらに下の4人も、最初の1音、2音だけ少し長めに弾く表現を加えているので、
全体のタイムは1.5秒前後になるものの、それ以降の速さは上の4人と変わらないので、
やはり同じくらい早く弾けていると言ってかまわないでしょう。

ポリーニ
https://www.youtube.com/watch?v=ve5tfzJINaY

プレトニョフ
https://www.youtube.com/watch?v=YkyFkGL70GE

ツィマーマン
https://www.youtube.com/watch?v=h5jHxXMcnPU

ペライア
https://www.youtube.com/watch?v=_CeyQMFETCI

これらの演奏を比較して、どちらが早いかというのはあまり意味がないと思うのですが・・・

なお、前の2回の質問への回答を見合わせたのには理由があります。
この部分を早く弾くにはどうしたらよいのかということだったのですが、
「この点に気を付ければ早く弾ける」というような、特効薬的な「コツ」があるわけではなく、
言葉で説明するのは困難だからです。
ピアノを弾くのに必要なあらゆる動作の基本が身についていることと、
それらを効率的に組み合わせられることが大前提です。
学習者がよくやるまちがいは、手の幅をオクターブにカッチリ固定してしまって、
腕に力を入れてひっぱたくというやり方で、これでは早く弾けない。
指だけの上下の動き、手首から先の「振り」、肘からの動き、肩からの動き、
こういったものをすべてうまく組み合わせて、余計な力を入れずに打鍵できなければなりません。
指使いは、「1+5」と「1+4」を適度に混ぜていかなければならないし、
跳躍の幅の違い(2度と3度)によっても動きが変わります。
打鍵の瞬間も、上から手を落とすような感覚のタッチと、逆に突き放すようなタッチを使い分けます。
余計な力を入れないためには、椅子の高さや、腹筋で状態が支えられているかどうかなど、
ピアノに向かって座る際の姿勢も問題になります。
つまり、0.1秒というごく短い間隔で連続するこれらのオクターブは、
その一つ一つで微妙に打鍵の方法(タッチや動きの組み合わせ方、力の出し入れ)が違ってくるわけですが、
これを全部言葉で説明するのはとうてい無理ですし、
説明したとしても、それを頭で考えてできるというようなものではないです。
一定期間直接指導するのでなければ伝えることができないもので、
中途半端な説明で誤解が生じるとまずいので、回答は控えたいという判断です。

これで三度目なので、よほど知りたいのかな?
ショパン自身が指定した曲のテンポというのがありますし、
最後のこの部分だけをいかに早く弾けるかを目標にするわけではないので、
音楽的な意味から言っても上限があります。
また、速度だけでなく音量も要求されるので、
技術的な観点から言っても限度があります。

基本的に、曲の終盤に一気にテンポを速めて劇的に終わらせようという解釈と、
逆に、曲の終わりに少しゆったりさせて、大きさを出そうという解釈の二通りが可能です。
早めるという解釈のピアニスト...続きを読む

Qこのような音楽について

Morning of puyopuyo https://www.youtube.com/watch?v=wvZFx6NuyEY
The Beatles In My Lifeの間奏https://www.youtube.com/watch?v=-eCh3y5VROM#t=1m30s
このアニメの最初の曲https://www.youtube.com/watch?v=0eXc0aA_2gs
マリオ&ルイージRPGのマメーリア城のBGM https://www.youtube.com/watch?v=3nntJWmDUJE#t=4s
これらのような音楽には共通の雰囲気というかカテゴリがあると思うのですが、これはなんと言えばよいのですか?バロック調ですか?

Aベストアンサー

楽器に「チェンバロ風」の音色を使い、ハーモニーよりも「旋律線」で音楽を構成し(ポリフォニー)、ベースがほぼ同じパターンを繰り返す「カノン風」ということで、「バロック風」(「バロック・テイスト」ないしは「バロック・フレーバー」)にしているということなのでしょう。

イメージしているのは、こんな雰囲気でしょう。
バッハ作曲「インヴェンション」より:
https://www.youtube.com/watch?v=x_drw3FD9CM

バッハ作曲「平均律クラヴィーア曲集」より:
https://www.youtube.com/watch?v=-l4bSK8jK0s&index=3&list=RDPruXW5a3Chk
https://www.youtube.com/watch?v=S3Xi1GklJ20&index=20&list=RDPruXW5a3Chk

バッハ作曲「フランス組曲」より
https://www.youtube.com/watch?v=955RrJs5uFo

Qピアノの先生・・・単純な疑問

大人でクラシックピアノを習っています。 5歳から12歳まで(日本で)と、大人になって6年間。
現在、海外に住んでおり、数年後の帰国を考え 先生探しを始めました。 日本ではピアノ人口が減っている、と聞きましたので。
まず、昨年、日本に一時帰国した際、銀座のYAMAHA 本店に行きました。もちろん、「大人のピアノコース」があります。 相談したところ、「あなたのレベルを教えられる先生は現在、一人だけです。」と言われました。 えっ? と思いました。なぜ?

次に自分の家がある街の先生をサイトで探しました。 思いのほか、たくさんいらっしゃいます。 桐朋や藝大院卒 といった素晴らしい学歴の先生も。 この先生方は「すべての年齢・レベル。音楽高校・音大準備も教えます。」と書いています。
そのほかの先生は 「幼児~子供 の 初級~中級」と言う方がほとんどです。
どうしてでしょうか? 音大をでて 先生をしているのであれば ほとんどのレベルの人を教えられるのではありませんか? 「子供に限る」というのは、変なクセがついていないほうが教えやすい、というのは理解できますが。なぜ、初級のみ?
謙遜??自信がない??

ちなみに、わたしは Mozart , Beethoven の Piano Sonata を数曲。 Chopin のノクターンやワルツを数曲 弾く、普通のレヴェルです。
ただ、現在、総合大学の音楽科で教授について習っていますが。 決して、飛びぬけて上手なわけではありません。練習量と努力だけで必死でついていっているおばさんです。

日本のピアノの先生、どうして?

P.S....わたしの住んでいる国には「普通の人よりちょっとピアノがひける。教会で聖歌隊の伴奏をしている。」というだけでピアノの先生の看板を上げている人がゴマンといます。わたしも最初は知らずにそういう町の先生についていました。(約半年)すぐに「本物のピアノの先生じゃない。」とわかりました。先生もほどなくして「私ではなくて、大学にいったほうがいい。」と言いました。
そして、現在があります。

大人でクラシックピアノを習っています。 5歳から12歳まで(日本で)と、大人になって6年間。
現在、海外に住んでおり、数年後の帰国を考え 先生探しを始めました。 日本ではピアノ人口が減っている、と聞きましたので。
まず、昨年、日本に一時帰国した際、銀座のYAMAHA 本店に行きました。もちろん、「大人のピアノコース」があります。 相談したところ、「あなたのレベルを教えられる先生は現在、一人だけです。」と言われました。 えっ? と思いました。なぜ?

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Aベストアンサー

私は学習塾の算数、数学、理科の講師です。
中学受験(御三家など)、大学受験を中心に見ます。
が、実は学習塾は教員免許は必要ありません。
私は高校数学の教員免許を持っていますが。

しかし、いつも思います。
自分の教える教科においては、教える側よりも圧倒的な知識を持っておくべきであると。
これは塾の先生や予備校の先生なら必ず感じるはずです。

普通の小学生を教えるなら、高校数学レベルは完璧。
御三家など目指す小学生やそれらの学校に通う中学生を教えるなら大学数学レベルは完璧。
などなど。

ですから、例えば大人の方で、高校レベルの数学をやり直したいと依頼があれば、かなりの知識を維持している人間でなければ対応出来ないと思います。
大人は自由に勉強の幅を自分で広げられます。
また、高校数学と言えど、入試レベルになれば大学内容が多々入ってきますから。
「大人のピアノ」となると、引くだけでは無く、歴史や背景、どんなピアニストがどんな曲調であるかとか、はたまたオーケストラや他の楽器など、自由に生徒さんが学習します。
それらの知識が生徒さんよりも圧倒的であれば教えると言う立場に立つのだと思いますよ。

私は学習塾の算数、数学、理科の講師です。
中学受験(御三家など)、大学受験を中心に見ます。
が、実は学習塾は教員免許は必要ありません。
私は高校数学の教員免許を持っていますが。

しかし、いつも思います。
自分の教える教科においては、教える側よりも圧倒的な知識を持っておくべきであると。
これは塾の先生や予備校の先生なら必ず感じるはずです。

普通の小学生を教えるなら、高校数学レベルは完璧。
御三家など目指す小学生やそれらの学校に通う中学生を教えるなら大学数学レベルは完璧。
などなど。

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Q佐村河内と音楽評論

先日、図書館から佐村河内守の交響曲第1番のCDを借りて来たところ解説に驚きました。
高名な音楽学者であっても作曲家の「背景ストーリー」に影響されてしまい、そのことによって音楽を語っているのですが、こういった専門的に音楽学を修めた人であっても、曲だけで語ることはもはや不可能な時代なのでしょうか?
なるほど、音そのものには意味がないわけで、たとえば親しみのない外国語は音声としか感じられないし、意味もわかりません。
それにもかかわらず、多くの人達が音楽から意味を読み取ろうとするために、件の音楽学者のような失態を演じてしまうと思うのてすが。

曲の印象としては、3楽章の終わり頃になって突然マーラー的なアダージェットになって鼻白んだのですが、曲の出来としてはどうなのでしょう?

音楽は説明しないと理解できないか?そしてこの曲の評価の2点についてお聞きします。

Aベストアンサー

こちらに、私なりの考えを書いてあります。
質問者さんは、この質問の #1 回答者さんですね。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9726907.html

そこの「お礼」に書かれている「岡田さんの著作」はこちらです。興味があれば読んでみてください。新書版で入手も容易です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
https://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%8F%B2-%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B2%A1%E7%94%B0-%E6%9A%81%E7%94%9F/dp/4121018168/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1496418078&sr=1-1&keywords=%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F


>こういった専門的に音楽学を修めた人であっても、曲だけで語ることはもはや不可能な時代なのでしょうか?

「音楽CD」は、「芸術作品」ではなく「商業製品」ですから。売れれば売れるほど、解説の執筆者の収入も増えるのでしょう。執筆者は音楽業界と一心同体なのだと思います。
CDの解説は、学術論文ではなく、拡販PR文章の延長線上です。もっといろいろ聞いてみたくなる、同じ作曲家の他の曲のCD、同じ演奏家の他のCD、同じ曲の他の演奏家のCDも買いたくなるための。「セカンド・オピニオン」ではないですが、1つの解説を金科玉条にするのは危険です。

>曲の出来としてはどうなのでしょう?

この作品の評価はよく分かりません。例の「贋作」公表以降、誰も語らなくなってしまいました。それまで、さかんに涙を流していた人も。その意味でも、「音楽」として聞かれていたのではなく、「音楽の背景」を聞いていたのでしょうね。
私はNHKか何かで放映された実演を1回聞いただけなのであまり語る資格はありませんが、そのときには「マーラー」と「ショスタコーヴィチ」を折衷したような内容で、曲の内容はともかく、オーケストレーションは職人技だと思いました。(その意味で、佐村河内氏の経歴からは書けないレベルの筆致で、第三者の手が入っているなと思いました。新垣氏の筆であることに非常に納得しました)

そういう「〇〇もどき」の曲が現代に作られることにも意味や意義はあると思います。何が何でも「独創性」や「新奇性」がなければ意味がない、ということではないと思いますので。
1980年代以降のペンデレツキなんて、そんな感じですよね。

こちらに、私なりの考えを書いてあります。
質問者さんは、この質問の #1 回答者さんですね。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9726907.html

そこの「お礼」に書かれている「岡田さんの著作」はこちらです。興味があれば読んでみてください。新書版で入手も容易です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
https://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%8F%B2-%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E...続きを読む

QBach の曲について

サテライト ラジオを聴いていて 「いい曲だなぁ。」と思い、曲名を見たら Well- tempered Clavier by J.S.Bach と出ていました。 調べてみたら BWV 846~893. is collection of two series of Pleludos and Fugues in all 24 major and minor keys, composed for solo keyboards by J.S. Bach. と、書いてあります。

日本語では、なんと呼ばれていますか。

Aベストアンサー

日本語では、#1さんのとおり通称「平均律クラヴィーア曲集」と呼ばれます。

第1集が24曲、第2集曲も24曲で構成されます。おのおの、1オクターブを構成する「12の音」(ド、ド♯、レ、レ♯、ミ、ファ、ファ♯、ソ、ソ♯、ラ、ラ♯(=シ♭)、シ」を基準とした「長調」と「短調」の「合計24の調」を1曲ずつ含みます。

当時、「調」によって「その調の音階」の調律が異なっていましたが(純正率)、これを「ほどよく調律」(Well- tempered)することで、「合計24の調」が自由に演奏できることになったことから作られました。
各々の調の「1曲」は、前半の「前奏曲(Prelude)」と後半の「フーガ(Fugue)」のセットでできています。

この「ほどよい調律」は、現代では「平均律」として完成されていますが、バッハの当時は数学的な「平均律」ではなく、「古典調律」と呼ばれる調律だったと考えられています。それを、和訳の通称として「平均律クラヴィーア曲集」と呼んでいます。その意味では正確な訳ではありません。
興味があれば、「純正率」(和音が美しく響く、周波数比が整数)、「平均律」(オクターブを数学的に均等に12分割)などについての説明を参照ください。「耳で聞く音の調和」と「物理的な音程」の「微妙な差」に関するちょっと奥の深い話です。
「平均律」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%BE%8B
「純正率」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%94%E6%AD%A3%E5%BE%8B
「古典調律」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%85%B8%E8%AA%BF%E5%BE%8B
http://gthmhk.webcrow.jp/agordo.html

なお、このバッハの曲にならって、ショパンやラフマニノフ、ショスタコーヴィチなどは、「24曲」の「前奏曲集」ですべての調を網羅するものを作っています。

日本語では、#1さんのとおり通称「平均律クラヴィーア曲集」と呼ばれます。

第1集が24曲、第2集曲も24曲で構成されます。おのおの、1オクターブを構成する「12の音」(ド、ド♯、レ、レ♯、ミ、ファ、ファ♯、ソ、ソ♯、ラ、ラ♯(=シ♭)、シ」を基準とした「長調」と「短調」の「合計24の調」を1曲ずつ含みます。

当時、「調」によって「その調の音階」の調律が異なっていましたが(純正率)、これを「ほどよく調律」(Well- tempered)することで、「合計24の調」が自由に演奏できることになったことから作ら...続きを読む

Q弦楽四重奏曲とへ長調の関係性について

ラヴェル唯一の弦楽四重奏曲の調性はへ長調です。
他の作曲家では、
ドボルザーク12番「アメリカ」
伝ハイドン17番
プロコフィエフ2番
ブリテン、リムスキー=コルサコフ
(ベートーベンは数が多すぎるので省きます)

前提条件が間違っていたら、質問が成り立たないのですが、へ長調と弦楽四重奏、あるいは弦楽器に何か関係性はあると思いますか?
(正解ではなくても、推論でもOKです。質問する側が正解かどうか判断出来ないので)

Aベストアンサー

弦楽四重奏というジャンルは、古典から現代まで膨大な作品が書かれています。
主要な作曲家の作品表を網羅した辞典などで統計的にのみ見た場合、
ヘ長調が占める割合は比較的少ないと思います。
ベートーヴェンの場合は16曲中3曲がヘ長調なので、多い方だと言えますが、
もっとたくさん書いたハイドンやモーツァルトではそれほど目立って多くはありません。
挙げておられる曲以外にも、シューマンやチャイコフスキーなど、
書いた曲数が少ない作曲家に限ってヘ長調の曲があるのはちょっと不思議ですが、
ヘ長調の曲に特に名曲が多いとも言えないでしょう。

弦楽器がよく鳴るかどうかは、調弦と関係します。
ヴァイオリンが一番良く鳴るのはニ長調とされており、
多くのヴァイオリン協奏曲の名曲がニ長調もしくはニ短調で書かれているのはよく知られています。
ニ長調の主要三和音を考えてみれば、4本の弦が共鳴して楽器が鳴りやすくなり、
重音奏法のときに開放弦を活用できるチャンスが多くなるというメリットがあると言えます。

弦楽四重奏の場合は独奏ではないので、すでにハイドンの時代から
あまり特定の調への偏愛というのは見受けられません。
ただ、シャープやフラットがあまり多い調は選ばれないということはあります。
通常は、多くても4つくらいまでの調にとどまっています。

響きの豊かさと演奏技巧上の都合を考慮すると、
いずれかの解放弦の音を主音とする長調や短調、
もしくはそれらの並行調で書くのは理に適っていますが、
ヘ長調にも同じ観点から見て大きなメリットがあります。
すべての弦楽器が共通して持つD線とA線は、
ヘ長調の音階上の音で、Aは主和音の第3音、
Dは下属和音の第3音に当たります。
また、もっとも近い関係調であるニ短調ならば、どちらも主和音に含まれることになります。
ですので、音響的にも奏法的にもこれらの弦が生きてくるということがあります。
それに加えて大きなメリットは、ヴィオラとチェロの最低音であるC線を、
ヘ長調の属音という重要な音として生かせるということが大きいでしょう。
特に4つの楽器の中で一番低く、バスを支えるチェロの最低音を属音として活用できるため、
四重奏全体の音域を広く使えることになりますし、
属和音を使用するさいには、当然残りのG線も活用しやすくなり、豊かな響きが出せます。

ヘ長調で書かれた弦楽四重奏曲を見ると、やはりこれらの条件がメリットになっています。
特に、楽器法の大家であったラヴェルは、このメリットを十分生かし切る書き方をしています。
時代を下るほど、作曲家はこのような技法にたけてくるので、
プロコフィエフのヘ長調も非常に演奏効果が高くなっています。

弦楽四重奏というジャンルは、古典から現代まで膨大な作品が書かれています。
主要な作曲家の作品表を網羅した辞典などで統計的にのみ見た場合、
ヘ長調が占める割合は比較的少ないと思います。
ベートーヴェンの場合は16曲中3曲がヘ長調なので、多い方だと言えますが、
もっとたくさん書いたハイドンやモーツァルトではそれほど目立って多くはありません。
挙げておられる曲以外にも、シューマンやチャイコフスキーなど、
書いた曲数が少ない作曲家に限ってヘ長調の曲があるのはちょっと不思議ですが、
ヘ長調の...続きを読む


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