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不老不死というものはなぜ辛いのか。

閲覧有難うございます。
題名の通り、何故不老不死というものは辛いのでしょうか。もっというとなぜ死ねないという事は辛いのでしょうか
私はもし大切な友人が、好きな人が死んでしまったらと思うとゾッとします。それでしたら死なない方がいいのでは、と思います。
死という概念を怖いと思った方は多くいるのではないでしょうか。私もその内の1人です。
自分という存在がなくなり記憶もなくなり心もなくなってしまうのでしたら無くならない方が良いのではないでしょうか。
人は何故、死ぬのでしょうか
ここの所毎日考えてしてまいます。

其れ等がぐるぐると思考を行き交い、それだけではなくもっと違う哲学的な事までも考えてしまいます。
何故人間は思考を持っているのか、感情を持っているのか、死を怖いと思うのか、何故生きている命を頂戴しその命を食べ、生きているのか
何故このような事までをも考えてしまうのか


どうか皆様方の意見をお聞かせくださいませんか。
SFな回答でも、哲学的な回答でもお待ちしております
批判、中傷はご勘弁くださいませ。

A 回答 (9件)

昔、ブドウ球菌の治療でコバルトを受けていた人が何年にも及んでいたので


病院の先生が不思議がっていた時のことを思い出します。
そのとき、放射能で不老不死になっちゃったのかもしれない。絶対死ななくなったらどうする?
友達も子供もみんな死んで周りの人は後ろ指を指すのでは?何回も結婚する?
300歳で30歳くらいの人と結婚する?と聞いたことを思い出します。
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死は全てからの解放だと思います。


恐怖や苦しみからの解放でもあるし、肉体や精神的な繋がりからの解放でもあります。

私は看護師だからか…死というものは生と同じようにいつも隣あわせに存在しているものとして感じています。

死は時には甘い蜜のような存在になる場合もあるように思います。

確かに未知の世界である死に対して恐怖心を抱くことはあたり前かもしれないけれど……ただ単純に負のイメージしか持てないとしたら、それはとても幸せな人なんだろうなぁと思います。

私はやっぱり、最後の解放される瞬間があるからこそ日々全力で生きられます。
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人は皆、この世に生を受けたその瞬間から死への道のりを歩み始める


ゴールまでの道のりが長くても短くてもその道はいつか終わりが来る
始まり方が同じで終わり方も死という大きなくくりで見れば同じ
死への道。それは
引き返すことはできず
先も見えない
立ち止まることさえも許されない
なら
あとできるのはその道を、どう歩くか。
そしてどんな足跡をその道に残せるか
これらは人生という名の道でできる数少ないこと
私はそう考えたときに、死を受け入れ、
昨日の自分の足跡が人に誇れるほど素晴らしいものだった、と
そう誇れるような道の歩み方をしてやろうと決意してからは、それに近づけるようにと心掛けています

もう一つの死に対する考え(小2の時の発想)は
人は死ぬ
でもほかの人の記憶には残る
けどそいつらもやがて死ぬ
最終的には誰の記憶にも残らなくなる・・・
なら
歴史に名を残してやる!!!
そして語り継がれて人々の中で永遠に生き続けてやる!!!!!!
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例えばこの状態のまま地球上全員が不老不死になり、また子供を考えないものとするならば一部の方以外は半恒久的に幸せが続くでしょう。


不老不死が辛いといわれている本質として「孤独」があります。
もし孤独を解決できたなら不老不死は永遠の幸せになりますし、それを解決できないなら孤独という辛さにむしばまれ続けるでしょう。
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なぜ不老不死が辛いかは、自分だけそうなったことを想像しての話しでしょうが、愛する人との離別を永遠に味わうからでしょう。



何故人が死ぬかというと、地球の大きさが限られているからでしょう。
もし死ねなければ、人が溢れたら宇宙に行くしかなくなります。死ぬことも殺すことも出来ませんから。

なぜ死が怖いかは、安易に生命を絶つという方法で苦しみから逃れさせないためでしょう。それでも命を絶つ人はいますが。

なぜ命を食べて生きているかは、人間が地球上で文明を進化させ、誰もが幸福で生きられる世界を作りだす存在だからでしょう。
いわば主人公だからでしょう。独裁せず他者を排除せず主人公に相応しい存在となるべきものでしょう。
まだ人間もそこに向かって進化・成長の途中にあると言えるでしょう。
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死は必ず訪れるもの、絶対に避けられない!


その怖さを忘れる為に宗教が存在し、死後の世界を人に想像させるのでしょう。
でもそれは、人の世が存在していることが前提。
私は考えます、では地球自体が無くなったら人の魂はどおなるのでしょう?ビッグバンにより誕生したこの宇宙が、いつしか収縮しはじめて宇宙自体が消滅したらどおなるのでしょう?この世に永遠はありません、何億万年後の話かもしれませんが、その時は必ず訪れるでしょう。
その事を考えると人の80年はミジンコの一生とたいして変わらないように思えます。
そんな短い一生のなかで死を怖れて生きている時間はもったいない様にも思えます。
でも、そこを考えるからこそ命の尊さに気付けるのかもしれませんね。
「どおして人は生きているの?」
「ほら、生きててよかったぁって思う事あるだろ!だから生きてるんじゃないか!」
古い映画のセリフ、こんなんでいいんじゃない!
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質問の題名は「不老不死というものはなぜ辛いのか」となっていますが、題意を見ますと、なぜ死は怖いのかと同様の質問と思われますので、その観点からお答えしたいと思います。



死が怖いのは人間だけではありません。動物は全て死を怖がります。それは当然のことであり、もし死を怖がらない動物がいたら、そのような動物はとっくの昔に絶滅していたはずです。死を恐れるから、それから逃れようとし、その結果、種として生き延びることができるわけです。

ただ、動物との違いは、自分が「やがて死ぬことを知ってるのは人間だけ」だということです。

動物は進化の過程でさまざまな能力を身につけてきました。シマウマはライオンから逃げるため、早く走ることができ、鳥は空を飛ぶことができます。ヘビは毒を持っていて、これで自分の身を守ります。これは全て生き残るための能力であり、その能力を持たないものは滅びていきました。そして人間は何を持っているか。それは知性です。それは生き延びるための手段であり、シマウマが走ること、鳥が空を飛ぶこと、ヘビが毒を持つことと同じであり、知性だけが特に優れた能力と言うわけではないでしょう。

しかし、知性は別の問題を生みました。それは、自分がやがて死ぬということを知ってしまったのです。これは死を怖がるという特性と矛盾することになります。だからあなたのようにいろいろ考える人が出てくるわけです。(私もそのひとりですが…)

何故人間は思考を持っているのか…進化の過程で生き延びる方法として知性を身に付けたためです。
感情を持っているのか…感情は人間が持っている「生きなさい」という本能からの指令書です。死を怖いという感情に従っていれば、多くの場合、死から逃れることができます。
死を怖いと思うのか…死を怖がらなければ、生きていけません。
何故生きている命を頂戴しその命を食べ、生きているのか…そうしなければ死ぬからです。(動物はそんなことを考えません。生きるために当然のことと思うでしょう)
何故このようなことまで考えてしまうのか…すでにお答えしましたとおり、人間は進化の過程で生き残るために知性という能力を身に付けたためです。
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不老不死は脳も老化しないはずなので、「一般の人が何千年と長生きした」と言う状態と「不老不死の人が何千年と生きた状態」ではかなり違う気がします。




脳が常に若いと言う事は、脳のダメージを常にリセットされていると言う事です。たぶん不老不死は不死身ではありませんが、怪我をしても治ります。その治ると言うのは、一般人の治ると言うよりは、「元の状態に復元される」のが不老不死ではないでしょうが。もしも、一般人のように、新たな細胞が生まれ、怪我が治る。となると、それはもはや不老というのでしょうか。


元の状態が復元される事で、「治る」のなら、不老不死は常に若い状態(不老不死になった時点の状態)をキープし、異常があればリセットされるように出来ていると推測します。
(逆に、不老不死になる直前に、既に病気を患っているならば、永遠にその病の治療は不可となる?それともその病気も治ってしまうところからスタート?)

そうなると脳の異常(うつ病やTPSD)も常にリセットされるので、ストレス耐性は非常に高い可能性があります。
不老不死と言う限りない孤独と、生きることへの飽きなども、脳が若く常にリセットされるので、そこまで不幸に思わない可能性も高いのでは。



私が言いたい事は、不老不死を一般人の常識で考えてはいけないと言う点です。

世間一般の「不老不死は不幸」という描かれ方が多いのは、一般人の常識で永遠の命を考えているからである事と、誰も不老不死にはなれないのに、不老不死は幸福で最高という表現をして誰が喜ぶのかという制作上の都合かと思います。
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死は怖いのに、不老不死も怖い……



いつか死ぬから、今のうち、生きているうちにやりたいことやりきらなきゃ!みたいな感じは人間誰かしらあるんじゃないんですかねぇ。だから不老不死というのは、人によるけど、必死に何かをやり遂げよう!って意欲が無くなってしまいそうな気がします。(←勿論、人によりますよ。不老不死ならやりたい放題って人もいると思う)

不老不死だと自分の大事なものが消えていくしね……(←まぁこれも人によります。天涯孤独な人は例外でしょう大事な人がいなかったりしたら)

不老不死と無欲って完全なる無ですね(自分でもよく分からないけど)
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この回答へのお礼

ご解答ありがとう御座います。少し言葉足らずになってしまい申し訳ありません。私は死は怖いと思いますが不老不死は怖くないと思っています。しかし世間一般的に不老不死、即ち死ねない事は辛いというものを拝見したことがありますのでその様に質問にて記載させて頂きました。

確かにご解答者さんのように死ねなくなってしまったら日々のメリハリもなくなりやり遂げようとする気持ちもなくなってしまいますね......

完全なる無というものは考えたこともなかったです。
ご意見聞かせていただきありがとう御座いました。

お礼日時:2017/04/08 22:33

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