現在の日本仏教は葬式ばかりに熱を上げて、精神の救済は二の次に見えます。
一生懸命に修行をしている僧も居るのでしょうが、大部分は葬式と観光で食っていませんか?

仏教関係に詳しい方教えてください

A 回答 (5件)

御指摘の通りです。



日本仏教は葬式産業株式会社、観光株式会社に
成りはてました。
宗教団体ということで、税法など各種の特権も
あります。
その特権を維持するため、大政党の重要な票田に
なり、政治を歪めています。

どうしてこうなったのか。

これは徳川幕府の時代にまで遡ります。

徳川幕府は、キリスト教を怖れ、檀家制度を
導入しました。

これが仏教を堕落させました。

競争原理が作用しなくなった、日本仏教界は
死体に群がるハイエナ産業へと発展してしまった
のです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
参考にします

お礼日時:2017/05/14 07:06

語り尽くせませんので あしからず



今 僧侶は仏教の講義すらできない 無学な無能な僧侶だらけです

昔は 僧侶と言えば 学識 見識があり民衆とよく交わり
尊敬されていたのです

修行とは 学び 布教し 仲間との法論です
そんな僧侶 聞いた事がない

アホ見たいに 荒行をやったり 滝に打たれたり 山の中を歩ったり
座禅を組んで 悟った気分になったり
釈迦は このような修行を完全に否定しているのです
詳しくはカットします

自分を飾るため 尊敬されたいための 特別に見られたいためです
少なくとも 普通の人の模範ではありません 
できるのは お札やお守りを売り 冠婚葬祭で金儲けぐらいです 無残です

これは 江戸時代 寺受け制度があったため
僧侶は 何もしなくても 守られたために 堕落したのです
葬式に僧侶が必ず行く制度です
死んだ人を仏と言ったのも僧侶の金儲けの おせいじです
死んだ人に戒名を付ける  金儲けのためです
何処の経典にも 戒名を付けろ とはありません
   寺受け制度の悪弊について 詳しくはカットします

我々一般人にも責任があります
何故 無能な 欲張り僧侶を威張らせておくのか 

少なくとも 東南アジア諸国の僧侶は尊敬されています
財産を持たない 酒を飲まない 遊ばない

仏教は東南アジア諸国 又チベット等のある小乗教(僧侶仏教)と
日本にある大乗仏教(在家仏教)と しかありません
中国 韓国の仏教は 断絶した仏教です  詳しくはカット

本来の仏教は
人間を強くします 
人間を善くします 
人間を賢くします
 そんな説法聞いた事がない

仏教は正しいのです 奥が深く 生活万般に役に立つのです
しかし 僧侶は 役に立たない

語り尽くせませんので おわり



お寺にある お墓の中の父親のお骨を引き取る時
30万取られた
下らん経典を読んだだけで 腹が立つ


法則 http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage17.htm
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この回答へのお礼

解りました
参考にします

お礼日時:2017/05/17 11:28

そもそも、仏教関係者が何が善で何が悪か把握できていない事が問題。


この善悪というものは、一般社会的善悪、法律で判断できる物事の善悪ではなくて、
仏教教義上の善悪の事です。
仏教関係者というのは、僧侶・学者の事です。
そうした、仏教関係者ですら善悪の判断が出来ないのですから、政治的立場にいる人間は
なおさら分からない。一般の民衆においては、全くその様な概念も持たず、ただ祖先からの
『宗教的習慣』を引き継いだだけで一生を終えるのです。

どうしてこうなってしまったのか?

そこには、仏教が日本に伝来する時代的背景もありますし、その時に既に日本には『天皇』という
者がいて、統治の中心をなしていました。その天皇の命により基本的な日本仏教の基盤が出来てきました。
その後、鎌倉時代に入り、天皇に代わり幕府が統治の中心となっていきますが、相変わらず権力が上で
宗教は下といった体制に変化は表れてはおりません。次第に、高官に取り入り寺院の寄贈、宗派の保護を
受けようとする似非坊主が蔓延るようになるのです。権力者も自分に甘い言葉をかける糞坊主の戯言を
信じ、宗教的善悪も判断しようともせず、信仰している振りをして御仏の御加護を願うばかりの信心を
続けて行きます。また、鎌倉時代には、一般には僧が葬儀の儀式を執り行う事はなく、僧の仕事と言えば
宗教的行事(公で執り行われる儀式)の祈祷が主だったようです。当時の僧は、僧籍を持っていると国から
金銭が支給されていたようです。仕組みから言えば、公務員的な立場にあったと言えるでしょう。ですから
布施が無くても生きる事はできたのです。

江戸時代になると、檀家制度が確立され寺院がその地域の戸籍を把握するようになります。この檀家制度
は今でいう役所の働きで、宗教的教義とは何ら関係ないものなのです。この檀家制度が後に一般的な葬儀
を執り行うまでになるのです。

その後、日本は明治維新をむかえ、近代化に入っていき先ずが、宗教的な習慣はそのまま残ります。
太平洋戦争後、米国の介入により憲法が制定されますが、ここでは『信教の自由』と『公的な宗教への
介入を禁止する』といった文面が入ります。これによって、教育機関の次元では『宗教的教育』はできなく
なります。せいぜい歴史的な背景と著名な僧の略歴等が社会科の教科書に登場する程度です。
一般の民衆はどうかというと、『信教の自由』をうたい文句に勝手な解釈で宗教を判断するようになります。

また、現在の日本には様々な宗派がありますが、そのルーツを辿ると開祖が勝手に判断したり、途中で納得
して適当に宗派を起こしてしまったようなものも少なくないのが現状です。特に浄土真宗などはいい加減な
宗派としか言いようがありません。

宗教的善悪が分からぬ者が宗派を開いて、それに賛同し盲目の民衆が得体の知れぬ物を拝むという事が、
どれほど罪深いものなのかを知る由も無く、平和な日本人は今日も参拝を続けるのでしょう。

仏教と言えば、教主釈尊にたどり着きますが、釈迦の真実の教えは日本にしかありません。本来、釈尊は
民衆の苦しみを解いて本来の衆生の生きる目的にかえそうと、正しい法を説いたのです。
その法を曲げて、お寺を開いても民衆に災いを降り注いでいでいる様なものだという事を、日本人は知らな
過ぎる。『神が偉い』、『天皇が偉い』、『総理が偉い』などと言っても、その『真実の法』すら分かって
いない人たちをどんなに崇めようとも、『真実(正しい)の法』に依らなければ本当の幸せを築く事はできない。

いくら位の高い僧に拝んでもらっても、盛大に葬儀を執り行ったとしても、最終的衆生目的である『成仏』を
する事は、永遠にない。『南無阿弥陀仏』なんて拝まれたら、即地獄行きです。
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この回答へのお礼

若干難しかったけど何と無く解りました

お礼日時:2017/05/14 11:28

日本って、暗黙の了解で、楽しいことは神社、悲しいことは仏教と、分担を決め、両者共存の道を選んだの、葬式ばかりに熱をあげるという感じになっています。



宗教って、基本は3大儀式+4準大儀式なんですが、出産、七五三や結婚、豊作の儀などの明るく楽しいほうは神社担当なので、残るは死に対しての恐怖をなくしていく、これから死んでいく人用が仏教なんですね。ところが、神社では喜びの感謝を捧げるだけで、精神の救済はなし、それで親が躾や精神の救済を。

ところが、戦後は、衣・食・住も満足にない状態になり、親はとにかく子供を餓死させないように長時間を必死に働き、躾や精神の救済を教える余裕がなくなった。親の必死の努力で、日本の経済は突起するところまで発展したが、いかんせん、躾や精神教育を受けていないのが、大人になり、結婚し、子供を作ったが、ベースがないので手探り状態。ちょっとした挫折で神経衰弱や自殺をする者まで。そこで、また、躾も受けてこなかったのが、カウンセラーなんて商売繁盛に。

宗教で精神救済ができるのは、親のしつけを受けてきた人だけです。日本では、宗教の力では救えない心の貧しい人が多すぎます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
参考になります

お礼日時:2017/05/14 06:10

貴見のとおりです。


しかし、観光寺院は限られています。大概は葬式関係の収入がメインですが、核家族化や葬式に対する考え方も変わってきて檀家も減り寺の経営もなかなか大変なようです。それに跡継ぎがいないということで寺が次々と潰れていっています。

寺を維持するために葬式という一種の事業も否定はできませんが、衆生を教えで導くという佛教本来のあり方が蔑ろにされていることは否めませんね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
日本仏教の堕落ですかね?

お礼日時:2017/05/14 07:09

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