▲ (ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配) ~~~~~~
読売新聞 5/9(火) 7:42配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170509-0005 …

【ワシントン=三井誠】 数億円の値段がつくバイオリンの名器「ストラディ
バリウス」と、現代のバイオリンの演奏を聴衆に聞かせると、聴衆は現代のバ
イオリンの方を好むとする実験結果を、仏パリ大などの研究チームがまとめた。

論文が近く、米科学アカデミー紀要に掲載される。
 
このチームは5年前、ストラディバリウスと現代の楽器を弾いた演奏家でも、
音の評価に大きな差がなかったとする研究を同紀要で発表している。チームは
今回の研究で「バイオリンの作製技術が上がったのか、あるいは一般に信じら
れているほどの音色の違いがなかったのかもしれない」とコメントしている。

実験は、パリ郊外と米ニューヨークのコンサートホールで、音楽の批評家や作
曲家などを含む聴衆計137人の前で行った。ストラディバリウス3丁と現代
のバイオリン3丁を、演奏者にはどちらのバイオリンかわからないようにして
ソロで弾いてもらい、どちらの音色がよく響くかなどを、聴衆が評価した。
~~~~~~~~~~~~~
☆ この種の実験は ほかにもあったようです。

ストラディバリウスは 音色がちがっていて やわらかい感じを持って聞いた
経験があるのですが 実際には どうなんでしょう?

A 回答 (7件)

所謂、ブラインド(カーテン)テストで、わりと昔から公開実験のようなかたちで楽器(ヴァイオリン)やオーディオ機器(スピーカー等)の聴き分けに用いられてきました。



工業製品であるオーディオ機器と違い、製作者やその中でも個体差による出来不出来も大きくかつ歴史的にも貴重なヴァイオリンはこのようなテストでは常に興味深く、万人の関心を集めてきた経緯があるようです。

さて、件のストラディヴァリウス(以下、ストラド)と現代の楽器との比較ですが・・・

ある有名な老舗弦楽器専門の楽器商(過去1万本以上の古今のヴァイオリンを扱ってきた)の言葉を借りれば「腕9割、楽器1割の世界」だそうです。
つまり、演奏者の腕=奏者固有の音色・個性を表現するにあたりそれを楽器から引き出すテクニックが重要なのであり、それを助けるのが残り1割ほどである楽器だというのです。
なるほど、名演奏家などは幼いころから日々切磋琢磨し厳しい練習に励み、プラス生まれ持った才能も手伝ってコンサートやCDで聴けるあの音を出せるのです。
これは天才は99%の努力と1%の閃きという有名な言葉どおり。そして、完璧で素晴らしい腕に相応しい表現力ができる楽器を必然的に求めるのですね。それが名器といわれる17~18世紀のストラドやガルネリ・デル・ジェス(デルジェス)を頂点にした著名楽器群と言われています。この両者はヴァイオリンという楽器の黄金時代を築き、その形・音いずれも歴史的に見て頂点を極めた名工の名器に違いありません。

では、それに対し現代(近代)の製作者が作る楽器はどうでしょう?
結論から言って、ストラドやデルジェスに十分対抗出来る楽器は存在すると思います。
具体的な製作者名はここでは省きますが、例えば、オイストラフ、メニューイン、アーヨ、アッカルドといった著名な名演奏家やわが国の某ヴァイオリニストなども近代、現代の楽器を愛用し、実際にコンサートや録音でも使用しています。
但し、彼らがストラドやデルジェスといったこれらの中でも屈指の名器を所有し、愛用していた(いる)のは勿論です。
やはり、素晴らしい楽器であることは事実であり、古今の大作曲家たちの素晴らしいヴァイオリン音楽を表現・演奏するのにこれ以上のものはないのでしょう。
これらの楽器の歴史的価値、それに伴う貴重さゆえに美術品・絵画並みにとてつもなく高額であり、しかし、国家や財団が芸術のために特に彼らに終生貸与した例も内外数あります。

古い楽器と新しい楽器、この両方を持ち合わせている演奏家は普通に沢山います。
前者と後者をそれぞれ、枯れて柔らかく優しい音、みずみずしく反応に優れ健康的な音、というふうに捉えて楽器を作曲家・曲目により使い分けているのも表現上ごく自然のことです。尚、ストラドとデルジェスの両方を持っていた(いる)幸せな演奏家もいますし。

何より、名器を所有するというのが一流演奏家の証、そして夢であり=「いつかはストラディヴァリウスを・・・」、ブランド力というか、所有することにより本人の絶大な精神的支えになり、下世話な話ですが集客の大切な要素にもなります。
プログラムやCDジャケットに「17○○製ストラディヴァリウス使用」と書けば演奏家と同時に楽器にも自然とに関心がいきますよね。
特に欧米では名器所有はわが国以上に昔から多大なステータス性を持っています。(わが国以上に完全に階級社会ですので)
ですから、プロフィールなどにもまず名器といわれる古い楽器を一番に挙げ、サブとして近代・現代の著名製作者の楽器も所有というのが一般的です。

本来の質問の趣旨に戻ります。
実はこのようなブラインドテストでは実は微妙な問題が含まれています。

具体的に、
・ストラディヴァリは生涯数百本のヴァイオリンを製作。現在、世界中に存在する彼の楽器の中でも名器といわれているのはその中でもごく僅か。それらは代々、名演奏家から名演奏家へ、名家から名家へ、コレクターからコレクターへと渡っていき、まずこのような一般的な場所に出ることはない。

・だからこのような所に出るのはストラドの中でもまあ普通~それほどでもない出来の楽器か・・・また彼には二人の息子がいてそれぞれいい楽器を残してはいるが父を超えることはなかった。彼ら、または弟子の手による楽器に父親のラベルを貼ったものや後世になって全く他人が作った古い楽器にラベルを貼った贋作など、疑えばきりはない。

・楽器そのものはよしとして、演奏者が名手・一流でなければテスターや聴衆の聴き慣れてる所謂「ストラドの音」に聴こえない可能性も。せっかくの名器も可哀想。また、演奏者と楽器の相性もかなり重要で新しい楽器は鳴らせても古い楽器からは持ち味は引き出すことが出来なかった。テスト当日、演奏者はこの現代の楽器が手に馴染みいい音が引き出せた。

・このテストでのそれぞれの楽器の出来と純粋な音の評価はそもそも現代のものの方に最初から軍配が上がっていた。
仮に優れた個体のストラドと演奏者の場合、当然そちらに勝ちがあったかと。

等々・・・

というわけで結論は出ませんが、こういった考え方もあります。
作られてから300年も経っている楽器です。いくら名工が名器を作ろうとも経年とその間に修復を繰り返す内に、この先やがては朽ちてくるのは目に見えています。
そうなればそれに続く第2第3のストラド、デルジェスと云われるその次の年代の楽器たちがそれに取って代わるでしょう。また、現代の名工が作った楽器もいいものは残りやがては価値が出てくるのでしょうし・・・

ただし、はっきりと言えることは、
名器というものは誰が弾いてもある程度、素晴らしくいい音が出るものなのですね。(注:誰=一応、一定の演奏レベルを持った人)
これは古い・新しいを問わずです。
しかしながら、「ストラディヴァリウス」というブランド=付加価値が付くと誰しもその神秘的な魔力にかかり、他を排斥しがちな風潮にこのようなテストは科学的・客観的な観点から極めて意義のあるものではあると思われます。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 「腕9割、楽器1割の世界」だそうです。
☆ これは 意外ですね。つまり 腕がよければ よほどの悪質のものでなけ
れば うまく弾けて きれいな音が出せるとなりますね。

ここに 次のご指摘をはさみます。
★ 名器というものは誰が弾いてもある程度、素晴らしくいい音が出るものな
のですね。(注:誰=一応、一定の演奏レベルを持った人)
☆ 9:1の割り合いは 流動的なんですね。

★ これは天才は99%の努力と1%の閃きという有名な言葉どおり。
☆ いま ツッコミを入れようとするのは 質問の主題から離れて この諺だ
けに絞ってのことですが いくつかの解釈があり得るのではないか。

つまり 1%のヒラメキというのは それを得て ほかのすべての努力を――
以前のものも・あとのものも――裏打ちし得て すべてをみちびく。・・・と
いった解釈も出来るのでは? と。

つまり その数字の割り合いには こだわらないほうがよいのではと。




★ では、それに対し現代(近代)の製作者が作る楽器はどうでしょう?

★ 結論から言って、ストラドやデルジェスに十分対抗出来る楽器は存在する
と思います。
☆ というご見解なんですね。

たぶん いまの問題は 対抗から超えたのか? だと思います。質と量におい
てじゅうぶん超えたか。

そこんところについて 細かく知りたいとは思いました。

歴史ないし演奏〔家〕にかかわる事情を いくつか説明してくれました。割愛
することになりますが。




★ 本来の質問の趣旨に戻ります。 / 実はこのようなブラインドテストでは実
は微妙な問題が含まれています。

具体的に
・ストラディヴァリにも名器とそれほどでもないものもある。名器で実験した
か? の問題。

・そして 演奏者の腕の問題。

・実験の方法の問題(★ このテストでのそれぞれの楽器の出来と純粋な音の
評価はそもそも現代のものの方に最初から軍配が上がっていた。・・・と)。



★ しかしながら、「ストラディヴァリウス」というブランド=付加価値が付
くと誰しもその神秘的な魔力にかかり、他を排斥しがちな風潮にこのようなテ
ストは科学的・客観的な観点から極めて意義のあるものではあると思われます。
☆ ううーん。そちらの方へ持って行くのも どうでしょう。

お礼日時:2017/05/21 20:09

問題は、「勝った、負けた」では無いと思います。


その様な実験結果が出たとしても、今現在までのストラディバリウスの果たしてきた実践には、何ら関係が無い様にも思えます。
むしろ、プロの方も、アマチュアの方も、ストラディバリウスに肉薄する今日のヴァイオリン制作技術を、歓迎すべき事、ととらえたほうが良いと思います。
名ヴァイオリン奏者、ダヴィッド・オイストラフ、は、大量生産される廉価なヴァイオリンを弾いても名演奏をした、と言われています。
「勝った、負けた」の問題では無く、今日のヴァイオリン制作技術が向上した事を、素直に喜んだ方がよろしいと思います。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 問題は、「勝った、負けた」では無いと思います。
☆ そうですか。 もちろん そうでしょうね。

いまは ニュースとしての衝撃力がある限りで ほんとうのところは
どうなのか? が知りたいものです。

主観の問題だという基本を基本としたうえでです。


★ その様な実験結果が出たとしても、今現在までのストラディバリ
ウスの果たしてきた実践には、何ら関係が無い様にも思えます。
☆ ふうーむ。

★ むしろ、プロの方も、アマチュアの方も、ストラディバリウスに
肉薄する今日のヴァイオリン制作技術を、歓迎すべき事、ととらえた
ほうが良いと思います。
☆ でも 過去の栄光ではないですよね?

★ ~~~~
名ヴァイオリン奏者、ダヴィッド・オイストラフ、は、大量生産され
る廉価なヴァイオリンを弾いても名演奏をした、と言われています。

「勝った、負けた」の問題では無く、今日のヴァイオリン制作技術が
向上した事を、素直に喜んだ方がよろしいと思います。
~~~~~~
☆ ううーむ。今回の実験の結果には 或る程度 現実性があるとい
うご見解なのでしょうか。

いろんなバイオリン事情を知ることができればと思います。

お礼日時:2017/05/20 15:57

たまたまそういう結果になっから、ニュースになったのでしょうね。



「ストラディバリウスが勝った」実験も多くあるが、それはニュースになっていないだけなのでしょう。

「音」って、多分に「主観的」なものだし、演奏者、場所によっても大きく変わります。2つ並べれば違いが分かるが、時間的に前後して聞くと、意外に違いは分からないものです。
「こっちの方がよい音だ」と思い込んでしまうと、さっきの音がみすぼらしかったような気がするし、今の音が「ちょっとさえない」と思い込んでしまうと、さっきの音が素晴らしかったような気がするし。

オーディオの世界でも、ウン100万円の装置が10万円の装置に負けた、という結果はたくさんあります。なので、いわゆる「オーディオ評論家」諸氏は、絶対に「ブラインドテスト」に参加しませんし、オーディオ雑誌もそういう特集は組みません。ボロが出て実態がばれるから。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ たまたまそういう結果になっから、ニュースになったの
でしょうね。
☆ ということは 別の実験をすれば 別の結果が出るとい
うことですか?


★ 「ストラディバリウスが勝った」実験も多くあるが、そ
れはニュースになっていないだけなのでしょう。
☆ あぁ そういうことですか。

ん? ちょっと待って。別の実験の可能性ではなく すでに
行なわれているはずだという意味ですか。

★ 「音」って、多分に「主観的」なものだし、演奏者、場
所によっても大きく変わります。2 つ並べれば違いが分かる
が、時間的に前後して聞くと、意外に違いは分からないもの
です。
☆ でも 実験だけに限れば 結果は出ているとも言えるよ
うな気がします。レポーターや主催者の側に立つならば。

★ 「こっちの方がよい音だ」と思い込んでしまうと、さっ
きの音がみすぼらしかったような気がするし、今の音が「ち
ょっとさえない」と思い込んでしまうと、さっきの音が素晴
らしかったような気がするし。
☆ ううーん。やはり 《現代製》の側に立つと それでも
今回 結果が出たんだとは言いかえして来るでしょうね。

★ オーディオの世界でも、ウン100万円の装置が10万円の
装置に負けた、という結果はたくさんあります。なので、い
わゆる「オーディオ評論家」諸氏は、絶対に「ブラインドテ
スト」に参加しませんし、オーディオ雑誌もそういう特集は
組みません。ボロが出て実態がばれるから。
☆ ううーん。でも そういう話だと 音色の良し悪しを単
なる面子やプライドの問題に持って行っていませんか?

わいえいちあーる2さんの主観では どうなんでしょう?

お礼日時:2017/05/18 21:29

プラシーボ効果かな


他にもAIの開発した音楽は低評価だったり
障害者が作った音楽を高評価にしてみたり
オーディオの世界ではケーブルやハードディスクに拘ってみたり
実際の中身がそこそこであればあまり気にしないのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

あるいは 宣伝効果と言ってもよいのでしょうか。

絵画でも特定の画家を推奨するようですね。

ピカソなどは 最大限の反発をもこなして 推薦し売り出しが
成功したのだとか。

現代製のバイオリンは もうストラドに引けを取らないという
口コミやらがあって 功を奏したということでしょうか。

ちょっと邪推が入りましたが そういう傾向が無きにしも非ず
かも分かりません。


ううーん。いろいろですね。

お礼日時:2017/05/16 10:03

こんばんは!



この手の実験は、バイアス(先入観)が掛かっているか、いないかで結果に差が現れますね…。

事前にストラディバリウス(名器=良い音)とアナウンスされた場合と、事後に明かされた場合だと、明らかに後者の方には、バイアスが掛かっていないので、フラットな状態で音を純粋に聴くことができます。

ワインや日本酒の利き酒もしかり、牛肉なんかもそうですね…。普通の牛肉をブランドと偽っても、美味しく感じてしまったりと、人間の感覚は、バイアスによって、いかようにも左右されます!

参考になれば、幸いです!(^o^)丿
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 事前にストラディバリウス(名器=良い音)とアナウンスされた
場合と、事後に明かされた場合だと、明らかに後者の方には、バイア
スが掛かっていないので、フラットな状態で音を純粋に聴くことがで
きます。
☆ ううーん。それほど 先入観や 良し悪しを別として身について
しまった常識に人は 影響を受けますか?

いっそのこと はっきりとこれは ストラディバリウスであるとあや
まりなく知らせて 弾いてもらったらどうか・・・とは考えてみまし
た。

どうでしょうかねぇ。

お礼日時:2017/05/15 21:06

ストラディバリウスで演奏する演者は常々ロマンを感じているでしょうし、


それを知っている聴衆もロマンを感じるでしょう。
デジタルではないのですから聞こえ方は感情に左右されます。
単純な音の善し悪しだけを聞いているのではありません。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

おっしゃること よく分かります。ロマンまでは行きません
が よい音を聞いたという思い出があります。

全体としての受け取り方もあるでしょうし。

ただし:
★ 単純な音の善し悪しだけを聞いているのではありません。
☆ とは言っても その単純な音色などの良し悪しについて
も 評価は――それぞれですが――なされ得ます。

その結果が 現代製に軍配ということのようです。このあた
りを さらに突っ込んで解説していただければとは思いまし
た。

お礼日時:2017/05/15 20:29

聴覚というのは視覚と比較すると、その聞こえようがものすごく主観に左右されます。



ただストラディバリウスという楽器はそういった主観の範囲を超えて確かに良い音がするということで
特にここ半世紀ぐらいはストラディバリウスに如何に近づけるかが研究に的であって
中にはスーパーコンピュータで楽器をあらゆる箇所から分析したりしたそうです。
それだけ人智を尽くせば負けない楽器が生まれるのはある意味必然でしょう。今回のニュースはその成果でしょう。
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この回答へのお礼

あぁ そういう成果なんですか。――と思った途端 別の考えが
思い浮かびました。

ご回答をありがとうございます。

というのは それだけストラディバリウスに学び倣ったというの
であれば 聴きくらべをしたときには その現代製は 似通って
いるという評価が出てもおかしくないですね・・・とです。

ちょっと屁理屈かも知れません。


分析・研究の成果が出ているのであろうとは 思われました。

しゃれた応答はできませんので ご勘弁を。

お礼日時:2017/05/15 20:24

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No.3です。言うまでもないと思いますが、「~-er」「~-ist」にして「~をする人(もの)」にするのは、演奏、楽器だけに限りません。

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print (動詞)印刷する → printer (名詞)プリンター、印刷機

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クラシック音楽演奏者の養成学校として有名なのはジュリアード音楽院、パリ国立高等音楽院、ウィーン国立音楽大学などが思い浮かびますが、それでは日本の東京芸大と桐朋のレベルについてはどれくらいになるでしょうか?この2校の卒業生は国際コンクールの入賞者を結構出しており、そこそこいくように思うのですが。

↓このランキングによると東京芸大は100位にも入っていないようですが、これは「舞台芸術」のランキングであり、今回の主旨(音楽)とは違います。
http://violinear.com/world-university-ranking-result/

Aベストアンサー

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝統音楽を専攻する邦楽科が、
美術学部には日本画科があります。
これらを専攻した人の活躍の場は主に日本に限られます。
この二つの例からだけでも比較するのが無理だということがわかります。

ネット上の情報を見るときは、注意しなければならないことがたくさんあります。
リンク先のホームページは、公的機関や研究団体のサイトではなく、個人が趣味で作成しているサイトです。
作成者のプロフィールには、楽器も弾けない、楽譜も読めない、とあります。
引用したランキングがどういうものかも調べていないようで、記事そのものの内容も誤解を招くものです。

このランキングを見ると、聞いたことのないインドネシアの大学が並んでいたりして、
不自然であることがすぐにわかります。
調べたところ、この企業のランキング調査の対象に音楽大学が含まれるようになったのは2016年。
リンク先のランキングはその年の結果で、まだデータが集まっていません。
今年のランキングを見ると、東京芸大ではなく東京大学が突然38位に入っており、
大阪大学が100位以内に入っています。
https://www.topuniversities.com/university-rankings/university-subject-rankings/2017/performing-arts

このランキングについてはドイツでも「お粗末なデータに基づいている」として、
「das ranking ist kranking」という見出しで批判が書かれているサイトがあります。
「kranking」はダジャレで、「krank」は「病気」の意味ですが、
ミュンヘン音楽大学やザルツブルク・モーツァルテウムがこんなに評価が低いわけがないと論評しています。
http://blogs.nmz.de/wm2014/2016/04/01/musikhochschulen-im-vergleich-das-ranking-ist-kranking/

このランキングの選考基準は、卒業生が舞台芸術の世界で活躍しているかどうかとは全く関係がなく、
判断の基準になる評価指標は、以下の項目と評価配分です。

各国学者のビア・レビュー 40%
雇用者の評価 10%
学生一人あたりの教員比率 20%
教員一人当たりの論文引用数 20%
外国人教員比率 5%
留学生比率 5%
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0#QS.E4.B8.96.E7.95.8C.E5.A4.A7.E5.AD.A6.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.82.AD.E3.83.B3.E3.82.B0

つまり、この調査は完全に「学究的見地」から行われているもので、
卒業生が音楽の世界で活躍しているか、コンクールで入賞しているかは反映されていません。
上位にイギリスの大学が多いのは、イギリスの企業の調査による偏りのようにも思えますが、
同時にアメリカの大学がたくさんランクインしていることを考えると、
論文の査読と引用が評価指標の60%を占めることから、
英語圏の大学の評価が必然的に高くなるということでしょう。
東京大学がランクインしているのも、文学部や哲学科の学生や教員が、
芸術関係の論文を英語で書いているから、という可能性が考えられます。
音楽大学の場合は、卒業演奏や卒業作品であり、論文というのは、音楽学専攻をのぞけばほとんど問題になりません。
このようなランキングを発表している機関はほかにもありますが、方法は似た様なもので、
「舞台芸術」で検索しても、上のランキングとは全く異なり、
オーストラリアのシドニー大学が1位表示されたり、なぜか「工科大学」がランクインしたりしてします。
ドイツに優れた音楽大学がたくさんあるにもかかわらず上位に入っていないのも、上のような理由からでしょう。

では実際はどうかというと、ここにもやはり国ごとの学制、価値観、伝統、社会的評価の違いがあり、
単純に比較することは不可能です。

一般によく言われますが、日本の大学は入るのが難しく出るのが簡単、
欧米の大学は入るのは簡単だが出るのは難しい、ということがあります。
音楽大学も例外ではなく、東京芸大や桐朋学園の入試はレベルが非常に高いです。
ヨーロッパは、国と大学によって違うとは思いますが、日本ほどではなく、
入学後の学生全体の技術レベルという観点から言えば、
日本の音大生のレベルの方がむしろ高いかもしれません。
そして、芸大や桐朋で学んだだけでも、国際コンクールで入賞したり、
ヨーロッパの名門オーケストラに採用されるだけの力をつけられたりする可能性は十分にあります。
ヨーロッパの音楽関係者の間でもこれらの音大の名前はよく知られており、
「芸大ならば」、という信頼は持たれています。
しかしその一方、日本の音大生、音楽家は、技術はあるが音楽性がない、という批判は数十年前からあり、
この点はいまだに十分克服できているとは言えません。
たとえば、前々回のショパンコンクールでは、日本人参加者は一人も本選に進めませんでした。
コンクール後の審査員講評では、「日本の参加者は、楽譜通りに弾くだけでなく、もっと音楽を感じて弾かなければならない」
と指摘されました。前回のショパンコンクールでも受賞者は出ていません。

ヨーロッパの音大で、学内のクラス発表会などを聞くと、
技術的には荒削りでも、音楽的で、一人ひとりが個性的な演奏をのびのびとやっています。
このような日本の音大生、音楽家の欠点の原因の一つは、教え方にあります。
ヨーロッパの大学などでは、技術や音楽表現について、具体的かつ論理的に、
どうしたらよいか、なぜそうなるか、を明確に説明できる教師がたくさんいます。
日本の場合、やや曖昧な精神論で済ますきらいがあります。
教師と学生の関係も、日本では上下関係になる傾向が伝統的にあります。
ヨーロッパの学生は、たとえやっていることが間違っていても、
自分はこう考えたからこうした、という主張をし、教師と議論をします。
日本からの留学生に対する教師の印象も、先生に言われたことはきちんとやるが、
それ以上のことをやろうとしない、という評判を聞くことがあります。
こういった点は、大学のレベルの問題ではなく、民族性や気質の違いに起因するものでしょう。

コンクールでの業績も、必ずしも評価の指標にはなりません。
先ほど挙げたショパン・コンクールなどは、「ショパンの演奏はこうあるべき」という権威の認める演奏スタイルがあり、
それからはずれた個性的な演奏をすると、技術的、音楽的に優れていても落とされます。
そういうこともあって、現在ショパン・コンクールはヨーロッパの学生の間では人気がなく、参加者も減っています。
アジア人の入賞者が増えるのは、アジアの音大のレベルが上がったというより、
参加者の比率が変わったことに原因があります。
すべてのコンクールが不当な評価を下しているとは言えませんが、
審査員の中の特に力を持つ人が、自分の弟子を入れるためにほかの参加者を落とすとか、
審査員の息子が優勝したのが問題になり、次の回から、審査員の家族、親族は参加できないという規約に変更された例もあります。
コンクールの裏事情については、信用できる話からデマに到るまでいろいろあります。
ヨーロッパの若者には、当然、審査基準の不透明なコンクールよりも、
実力で地道にキャリアを積む方がよいと考える人が多くなります。
むしろそういうやり方が本来の行き方で、コンクールが盛んになるのは現代になってからですが、
そういう伝統が残っているヨーロッパと違い、日本などはやはり経歴や受賞歴が重視される傾向があるので、
どうしてもやらざるを得ないという事情はあります。

あとは、個々の音大の特徴や長所、短所があります。
ジュリアードなどのアメリカの音大も、どちらかというと技術は優秀ですが、
ヨーロッパの本格的で伝統的な演奏法とは少し異なる部分があると思います。
しかしその一方、ジュリアードなどは、かつて名教師と言われる人がいて、
そういう教師を求めてやって来る生徒がいました。
ヨーロッパの音大生にしても、一つの大学で学んだあと、特定の教師にさらに習いたいということで、
その教師が在籍する大学に移ってさらに研鑽をつむのはごく普通の道です。
芸大、桐朋の卒業生でも、海外で活躍しているような人は、
さらに欧米の音大で勉強をつづけた人が大部分と思います。

欧米の一流音大の学生でもダメな人はたくさんいますよ。
結局のところ、個々の学生が、何を学びたいのかという明確な目標意識を持ち、
それに一番適した大学や教師を選び、自分で道を選ぶものであって、
大学全体のレベルや名前による格の違いという話題は、通俗的なものになりがちです。

No.1の回答で充分と思って見ていましたが、どうも簡単にはいかなそうなので、少し詳しく解説します。
内外の音大の事情を直接知る者です。

大学というのは、それぞれ設置している専攻科目も違うので単純比較はできず、
ランキングはもともと無理で、意味もありません。

たとえばウィーン国立音楽大学は、「演劇・音楽大学」が正式名称です。
ヨーロッパでは、テレビドラマや映画よりも演劇の方が重要で、
ここの卒業生の多くが舞台俳優として活躍しています。
一方東京芸大には演劇科がく、音楽学部には日本の伝...続きを読む

Qピアノの曲なんですが、 最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、 その後に結構激しい(?)

ピアノの曲なんですが、

最初が学校のチャイムの音みたいなのが鳴るんですが、

その後に結構激しい(?)曲になります。

曲名、わかる方いますか……?

Aベストアンサー

クラシックカテゴリーだからクラシックなんですよね…?なんだろ

これかな?
https://youtu.be/rNrTNZcktSA

Q歌手(クラシック)の藤村実穂子さんも、森麻季さんも、色々な人が海外での人種差別が物凄く大変だと仰って

歌手(クラシック)の藤村実穂子さんも、森麻季さんも、色々な人が海外での人種差別が物凄く大変だと仰っている記事を見つけました。
藤村実穂子さんはオーディションで、君の歌は良かったけれど、ドイツ人を選ぶ。と言われたとか…。
よく、なんでもかんでも差別だと思いすぎだ、と言いますが、これは明らか差別ですよね?

オペラ目指して勉強(留学)してる人はこんなに大変なんですか?
実力があっても人種のせいでオペラに出られなかったり主役出来ないなんて、音大生の夢が無くなるような事実ですね……
黒人で活躍されている人もいますが白人ほどではないし、役も限定されるし、黄色人なら尚更…
外国人が歌舞伎しているようなものなのかもしれませんが…驚きです。

Aベストアンサー

やはりビジュアルは関係あるでしょう。
いくら寄せても発音、発声の限界もあるでしょうし
国や劇場にもよるでしょうけど
掘りの深さ、鼻の高さ、などだけじゃなくて
骨格とか。どうしても日本人は子供みたいになってしまう部分もあるでしょうし。
コンサートのオーでいションとなれば、同じ国の人であっても
外見で落とされるのなんて普通にありますよね?

イギリスのロイヤルバレエなんかだと日本人がトップに立ちますが
フランスのパリオペラ座なんかだと入るのもなかなか厳しかったり。
たださらにはやはりバレエでは黒人にはつらい環境ですね
かなり役がらが限られる。少なくともクラシックの主役は難しい。
比較的出身地が多様なABTでも
数年前にに初の黒人主席バレリーナというニュースが出たぐらいですから。
(男性なら他にもいたりしますが)
どうしてもクラシックではなく、現代ものなどの役が多いです。
ロマンティックな中世のヨーロッパ的古城に黒人のお姫様とか
白鳥というわけにはいかないのでしょう。
あと、体型もですね。筋肉や骨格がバレエの目指しているソレではないので。
もちろんコンテンポラリーという現在のバレエや、それをメインにした団体には
数は増えますが。伝統的な演目にはまず見ないです。
見た目をそろえるために身長制限で落とされることもある世界ですから。

でも、日本だってそれはあるでしょう

では白人が銀座に寿司屋を構えたらいろ物じゃなくて、どこまで実力を認めるのかなと。
「所詮日本の繊細な味の機微や、情緒は理解しないだろう」と思っている人も多いと思います
あるレベルまでは、日本の文化や料理に惚れこんでくれた外国人大好きという感じでしょうけど
自分たちの領域に踏みこんだり、仕事を取って替わるとなったときに
抵抗がない人も結構いるでしょうね。

一番日本の嫌だなと思うのは、相撲力士は外国からバンバン連れて来るわけですが
やはり外国人ばかりが活躍するより、日本人に活躍させたいという雰囲気がある。
人に寄っては差別ではない、同朋や同郷を応援するのは当然というだろう。
それは確かに致し方ないかもしれない

でもそれなのに一方で、イチローや本田は向こうで人気者になってほしい
自国選手と同様に扱われたい、とどこかで思っているだろうという報道や取りあげ方。
活躍した、声援を受けた、そんな話をニュースでちょいちょいやってますが
実際はいろいろと厳しいと思いますし
自国で相撲ファンがやっていることを考えてみろと思います。
なぜそれで能天気に外国にいった日本人が優しく受け入れられていると思うのか。
愛ちゃんが人気になると大喜びするけど
日本に来る外国人にはちょっと厳しいナーと思います。


ほかの競技でもそうでしょう。外国人を連れてきた選手と、日本人選手
差がわずかなら、自国選手を選ぶのでは。

もちろん劇場で使う、というのはその音楽家に経験を積ませ育てることにもなりますから
活動拠点を自国に置く可能性が高い歌手の育成という意味でも
差が圧倒的でなければ、自国の歌手が有利かもしれませんね。
外国人は終わったらどっか行っちゃうかもしれないし

日本でオペラやるときに日本人歌手よりちょっとうまいぐらいの韓国人が受けにきたら
自国の歌手を選ぶのでは。
見た目では大差ないですけど…。

あと地元だと集客力やスポンサーなども考えると
興業という意味では「強い」わけですから。
たとえクラシックだろうが興業はある意味ばくちです。
少しでも収益が確実に見込めるほうが強いんですよ

夢がなくなるというか、そんなことわかったうえで進んでいるでしょう。

あと楽器でもなんでもそうですが
点数のつくようなコンクール的な「お上手」な演奏は得意でも
個性とか、表現とかで殻を突き抜けられない、というのも日本の特徴かなとは思います。

やはりビジュアルは関係あるでしょう。
いくら寄せても発音、発声の限界もあるでしょうし
国や劇場にもよるでしょうけど
掘りの深さ、鼻の高さ、などだけじゃなくて
骨格とか。どうしても日本人は子供みたいになってしまう部分もあるでしょうし。
コンサートのオーでいションとなれば、同じ国の人であっても
外見で落とされるのなんて普通にありますよね?

イギリスのロイヤルバレエなんかだと日本人がトップに立ちますが
フランスのパリオペラ座なんかだと入るのもなかなか厳しかったり。
たださらにはやはりバ...続きを読む

Qクラッシックの新曲は

出てないのでしょうか?
出てないとしたら何故なんでしょうか?
出てるとしたら何故あまり売れないのでしょうか?
何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

Aベストアンサー

クラシック・・・ようするに電気を通さないで音が鳴る複数の楽器で構成される曲ということでいいですか?
それとも交響曲のように4部構成で。。。なんて注釈がつきますか?
私は映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズは現代クラシックの巨匠だと思いますが。
もちろんもう齢80を超えてるのですが。同じように坂本龍一や久石譲、「映像の世紀」でお馴染みの加古隆などもクラシック音楽としていいと思います。


>何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

 たとえば「四季」のビバルディの生年没年はは1678年3月4日 - 1741年7 月28日です。
バッハもほぼその時期で1685年3月31日- 1750年7月28日
モーツアルト1756年1月27日 - 1791年12月5日
ベートーベン1770年12月16日 - 1827年3月26日
ビバルディが生まれてベートーベンが死ぬまでにおよそ150年です。
ベートーベンが死んでからおよそ200年経ちますが、ベートーベン死後もたくさん名作曲家はいますよね?
バレエ組曲「火の鳥」のストラビンスキーは20世紀の作曲家ですし、「ラプソディ・イン・ブルー 」でお馴染みのガーシュウィンも20世紀の人です。

 現時点でビバルディもベートーベンもガーシュウィンも250年間の音楽を「クラシック」という範疇で我々は同じような感覚で聞いていると思います。
ひょっとしたらビートルズのイエスタデイなどもクラシックに入れてもいいかもしれません。

 クラシックという音楽ジャンルをどのように捉えるかと思いますが、音楽でも絵画でも映画でもドラマでも、そのジャンルの先駆者たちはやはりすごく、その後に続く人たち。。。いわゆるフォロワーはどうしても先駆者たちを超えるのは難しいようです。

クラシック・・・ようするに電気を通さないで音が鳴る複数の楽器で構成される曲ということでいいですか?
それとも交響曲のように4部構成で。。。なんて注釈がつきますか?
私は映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズは現代クラシックの巨匠だと思いますが。
もちろんもう齢80を超えてるのですが。同じように坂本龍一や久石譲、「映像の世紀」でお馴染みの加古隆などもクラシック音楽としていいと思います。


>何故、昔はベートーベンとか天才がいっぱい出たのでしょうか?

 たとえば「四季」のビバルディの生年...続きを読む

Q佐村河内と音楽評論

先日、図書館から佐村河内守の交響曲第1番のCDを借りて来たところ解説に驚きました。
高名な音楽学者であっても作曲家の「背景ストーリー」に影響されてしまい、そのことによって音楽を語っているのですが、こういった専門的に音楽学を修めた人であっても、曲だけで語ることはもはや不可能な時代なのでしょうか?
なるほど、音そのものには意味がないわけで、たとえば親しみのない外国語は音声としか感じられないし、意味もわかりません。
それにもかかわらず、多くの人達が音楽から意味を読み取ろうとするために、件の音楽学者のような失態を演じてしまうと思うのてすが。

曲の印象としては、3楽章の終わり頃になって突然マーラー的なアダージェットになって鼻白んだのですが、曲の出来としてはどうなのでしょう?

音楽は説明しないと理解できないか?そしてこの曲の評価の2点についてお聞きします。

Aベストアンサー

こちらに、私なりの考えを書いてあります。
質問者さんは、この質問の #1 回答者さんですね。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9726907.html

そこの「お礼」に書かれている「岡田さんの著作」はこちらです。興味があれば読んでみてください。新書版で入手も容易です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
https://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%8F%B2-%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B2%A1%E7%94%B0-%E6%9A%81%E7%94%9F/dp/4121018168/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1496418078&sr=1-1&keywords=%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F


>こういった専門的に音楽学を修めた人であっても、曲だけで語ることはもはや不可能な時代なのでしょうか?

「音楽CD」は、「芸術作品」ではなく「商業製品」ですから。売れれば売れるほど、解説の執筆者の収入も増えるのでしょう。執筆者は音楽業界と一心同体なのだと思います。
CDの解説は、学術論文ではなく、拡販PR文章の延長線上です。もっといろいろ聞いてみたくなる、同じ作曲家の他の曲のCD、同じ演奏家の他のCD、同じ曲の他の演奏家のCDも買いたくなるための。「セカンド・オピニオン」ではないですが、1つの解説を金科玉条にするのは危険です。

>曲の出来としてはどうなのでしょう?

この作品の評価はよく分かりません。例の「贋作」公表以降、誰も語らなくなってしまいました。それまで、さかんに涙を流していた人も。その意味でも、「音楽」として聞かれていたのではなく、「音楽の背景」を聞いていたのでしょうね。
私はNHKか何かで放映された実演を1回聞いただけなのであまり語る資格はありませんが、そのときには「マーラー」と「ショスタコーヴィチ」を折衷したような内容で、曲の内容はともかく、オーケストレーションは職人技だと思いました。(その意味で、佐村河内氏の経歴からは書けないレベルの筆致で、第三者の手が入っているなと思いました。新垣氏の筆であることに非常に納得しました)

そういう「〇〇もどき」の曲が現代に作られることにも意味や意義はあると思います。何が何でも「独創性」や「新奇性」がなければ意味がない、ということではないと思いますので。
1980年代以降のペンデレツキなんて、そんな感じですよね。

こちらに、私なりの考えを書いてあります。
質問者さんは、この質問の #1 回答者さんですね。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9726907.html

そこの「お礼」に書かれている「岡田さんの著作」はこちらです。興味があれば読んでみてください。新書版で入手も容易です。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
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Q世界最高のクラリネット奏者

趣味で、クラリネットを吹いています。

こんなことをいうと、笑われますが、
私は、ずっと以前に教わったクラリネットの先生が、世界最高のクラリネット奏者だと
思ってます。

あえて名前はあげませんが、茨城在住の室内楽にしかほとんど興味のない
クラリネット奏者です。

CDを聞いたら、世界でもこんなブラームスのソナタは、聞いたことはありません。
(No2しか、録音がありませんが)
それくらい素晴らしいクラリネット奏者です。

あと、Youtubeでシフリンのブラームスも、素晴らしいと思いました。
でもCDは若いときの録音のせいか、
あまり感動できなかった。

みなさんが、素晴らしい、世界でも最高のクラリネット奏者を教えてください。

もう中年で、感動することが少なくなってしまいましたf^_^;

どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

初めて、モーツァルトのクラリネット5重奏曲を聴いたのが、ハインリヒ・ゴイザー、ドロルツ四重奏団のLPでした。
なんて良い音色だろう、と思いました。
その後、ザビーネ・マイヤーの演奏するモーツァルトのクラリネット5重奏曲を聴く事が出来、2楽章は、息を飲む美しさでした。
アルフレート・プリンツ、ミュンヒンガー指揮、ウィ-ンフィルのモーツァルトの協奏曲のCDは、宝物です。

ご自分が習われた先生が、世界最高、と思われる、ということは、大変素晴らしい事だと思います。
そういう、音楽を通して、人と巡り合えるという事は、非常に大切な事だと思います。

Qクラシック音楽といっても、昔はポップミュージックのようなものだったのではないですか?

クラシック音楽は今でこそ厳かな音楽という感じで、ポップミュージックとは対極的な存在とし扱われることが多いですが、作曲された当時は今でいうポップミュージックのように広く人気のある音楽だったのではないでしょうか。

まあ、宗教音楽は違うとしても、それ以外のクラシックは全て当時のポピュラー音楽だったはずです。

バッハは宗教音楽を多く作曲しているから違うとしても、ベートーベンやショパンなんかは完全なポピュラー音楽だったのではないでしょうか。

Aベストアンサー

No.9です。きりがないので最後にします。

>権威というのはある程度の時間とその分野における支配的地位が必要です。確かにベートーベンの生存時はバッハは権威だったでしょう。でも、その曲が生まれた当時はその作曲家も若く、権威が持てたはずはありません。

時間のことを言っているのではありません。「権威」になるのは「大衆」に認められることによってではなく、その時点における「権威」に認められることによってそうなるということです。

バッハは、約100年「忘れ去られ」ていました。それを復活させ、「音楽の父」としてドイツ音楽の権威づけの基礎にしたのは、メンデルスゾーンやその時代の「批評家」たちです。その辺のからくりは、No.6に挙げた 岡田 暁生著「西洋音楽史―「クラシック」の黄昏」(中公新書)に詳しいです。

クラシック音楽(特にドイツ音楽)がどのように成立したかは、こんな本も読んでみるとよいかもしれません。
ご紹介したような本もお読みなった上で、あとはご自分で考えていただければよいと思います。私の説明を押し付けるつもりはありませんので。

ハンスリック著「音楽美論」(原著は1854年)
https://www.amazon.co.jp/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E7%BE%8E%E8%AB%96-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%9D%92-503-1-%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF/dp/4003350316

シューマン著「音楽と音楽家」(作曲家シューマン(1810~1856)の書いた音楽批評集)
https://www.amazon.co.jp/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%A8%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%AE%B6-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%9D%92-502-1-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4003350219/ref=pd_sim_14_2?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=MGRS25VPQ4NG24D0TDXQ

No.9です。きりがないので最後にします。

>権威というのはある程度の時間とその分野における支配的地位が必要です。確かにベートーベンの生存時はバッハは権威だったでしょう。でも、その曲が生まれた当時はその作曲家も若く、権威が持てたはずはありません。

時間のことを言っているのではありません。「権威」になるのは「大衆」に認められることによってではなく、その時点における「権威」に認められることによってそうなるということです。

バッハは、約100年「忘れ去られ」ていました。それを復活させ、...続きを読む


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