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ちょっとした疑問なのですが、文明が発達した民族、文明が発達しなかった民族では根本的に何が異なるのでしょうか?例えば、アメリカ大陸やオーストラリア大陸の先住民族は高度な文明は発達しませんでした。一方ヨーロッパでは文明が発達し広い地域を植民地としてきました。そこで「文明」が発達する要因とは何でしょうか?宗教?文化?生活習慣?人々の性格?気候?それとも稀代な天才の出現?血液型?等々、どういった要素が組み合わさって文明が生まれ、発達していくのかご存知の方がいましたらご教示願います。

尚、「文明」って何?って話もあるかと思いますが、言葉の定義まで広げると趣旨が変わってきてしまうので、ここではごく一般的な意味で使用する「文明」としてください。

《参考:goo辞書より抜粋》
ぶんめい 0 【文明】

〔civilization〕
(1)文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす。
「オリエントの―」
(2)人知がもたらした技術的・物質的所産。
「―の利器」

A 回答 (14件中1~10件)

(1) 地球上の全地域が同時に同レベルに発展する訳がありません。

文明の進み具合に、差異があって当然です。ただ、数百年単位の早い遅いは、「生命の歴史」では本来大した優劣にはならない。
(2) 人間だからこそ、その「わずか数百年分」の技術力の違いが大きく作用し、これまでの歴史を作ってきました。紙一重の差であり、たとえば未開の地の人でも、千年もすればいろんなもん発明してたでしょう。
文明同士の接触があと千年遅かったら、どうなってたかなんて分からないですよ。
(3) その僅かで大きな違いを生んだのはなにか?の問いには、「銃・病原菌・鉄」の内容が私にはしっくりくる。
(4) そして、一度人類間での優劣がついてしまったら、「賃金起源説」=「白人はちょろっと困窮したら最低保障以下生活といわれ、黒人は大量に死んだ赤ん坊に蛆がわいても当たり前の扱い」。そんな、地球が出来上がってますな。
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No.12の方の「文明が影響しあって発展した」っていうのをみて思ったのですが、外から文化を取り入れるというのは(文明の発展において)かなり重要な要素でしょうね。



8世紀後半バグダードでは人口150万人を超え、唐の長安と並び世界の中心だった。その繁栄の理由の1つは、他国の文献をたくさん翻訳し、他の文化に寛容だったから。でもキリスト教との対立の中、イスラム教が途中から保守的になったことでその繁栄はヨーロッパに取って代わられてしまった………

というようなことを何かの本で読みました。うろ覚えですが…。
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私もNo.8の方と同じ本を挙げようと思っていました。


うろ覚えですが紹介すると、いわゆる発達した「文明」は
地中海・メソポタミア・中央アジア・北インド・中国
にいたる東西軸の横一線上で成立した。
これらの土地は、
麦・豆・コメといった栽培に適した植物
ウマ・牛・豚・蚕といった家畜化に適した動物
が野生に存在していた。そして各文明が早くからシルクロードを通じて、影響(技術交流)しあって発展した。
と、いうものです。
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若干、テーマから外れるかもしれませんが……


気候風土と文化的性格の関連性ですと、和辻哲郎の『風土』なども面白いと思いまよ。

ものすごく簡単にまとめるとこんな感じです。

モンスーン型(日本、東南アジア)
→猛威をふるい、また豊かな恵みをもたらす自然。人々は自然を敬い、自然に従って生きる。資源に恵まれているため、あまり互いに争うことがなく、共同体を尊重する気質。

牧場型(北西ヨーロッパ)
→実りは少ないが、征服の容易な自然。人々は自然を支配し、自然をコントロールして生きる。自然の恵みに乏しいため、少ない資源をめぐって争いがおきやすい。

砂漠型
→死をもたらす自然と人間との戦い。ひとりでは自然に対抗し得ないため、共同体の結びつきが強力となる。厳しい自然の中で生き延びるために、厳しい戒律を持ち救済を約束する一神教がうまれる。
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 私にとっても興味ある問題です。

私が特に気になっているのは、日本では、なぜ四大文明のような文明が生まれなかったのか、ということです。確かかどうか分かりませんが、縄文土器が作られるようになったのは、今から1万6千年前だそうです。まだ氷河期の頃です。そんな昔から土器を使っていたなら、もっと文明が発達してもよさそうなものです。もっとも、三内丸山遺跡などを見ると、想像以上に文化的な生活をおくっていたようです。それでも、四大文明のような発達はしていません。その違いはどこから生じたか、というのが問題ですが、日本の土地柄が影響しているのではないかと考えます。文明の発達には、人口密度が大きく影響すると考えていますが、四大文明では、特定の地域に人が集まりやすい条件にあったと考えられます。すなわち、河口のような農作物が育ちやすい土地に人は集まりますが、そこから離れたところでは農作物が育ちにくく、他へは移住しにくい。たとえ他者に支配されても、確実に食料を得られる道を選ぶ人もいたでしょう。日本では逆にどこに住んでもあまり変わらない状況にあったのではないかと考えます。漁や狩りの比重が高ければ、肥沃ではない土地に執着する必要はなく、気候もあまり変わらない日本では、簡単に移住できます。ある程度人口密度が高くなってきたら、争いを避けるために、他の土地へ移住していったのではないでしょうか。ただ、こうやっていくと、いつかは飽和してしまいますが、その前に弥生人に取って代わられたのでしょうか。私の考えは、きちんとした根拠があるものではありませんが、少しは参考になればと思います。
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技術が発達する理由の1つに戦争があります。


他民族の侵入、内乱、権力争い、土地の奪い合いなどです。

例えば第二次大戦前の戦闘機の馬力は千馬力にも満たなかったのに、4年後には2千馬力になっています。
更に、ミサイル、ジェットエンジンの基本まで完成していました。

ヨーロッパは国が多く、戦争も多かったようです。

争いの無い世界では、技術は発達しにくいようです。

技術は退化もします。
古代エジプトでは地球の円周は計算されていました。
→中世のガリレオはそれでも地球は回っていると言って処刑されてます

ミロのビーナスの彫刻の技術は現在でも通用します。
→大仏はとても人間には見えません。

宗教は、技術を妨げる所があったかもしれません。
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ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」はいい本です。


http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=739939

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794210 …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
今度、図書館で借りて読んでみます。
上下巻で読み応えがありそうですね。

お礼日時:2004/09/16 16:34

 まず、文明が発生したのと植民地を持てる程文明が興隆したのは区別しなければならないと思うんですが。

実は僕も中学校の時世界の四大文明は、どうして発展途上国になったんだろうという疑問がありました。
 四大文明は大河の存在とそれによる大規模農業を必要としますが、最近ではそれは必要条件じゃないとする八大文明という考えかたも出てきているみたいですね。
 最初の世界帝国を築いたのはローマだと思いますが、当時(2000年前)の歴史家が分析していますので書きます。
 当時のローマ人は自分達のことを知力ではギリシア人に劣り、体力ではケルト(ガリア)やゲルマン人に劣り、技術力ではエトルリア人に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣っていると考えていました。それが何故ローマ人だけがあれだけの大帝国を500年にもわたり維持することができたのか?
 1;ディオニッソスは宗教についてのローマ人の考え方にあった、とする。人間を律するよりも人間を守護する型の宗教であったローマ人の宗教には、狂信的傾向が全く無く、それゆえに他の民族とも対立関係よりも内包関係に進み易かった。他の宗教を認めることは、他の民族を認めることであった。
 2;ポリビウスはローマ独自の政治システムの確立にあった、と考える。王制、貴族政、民主政の確立によりローマは国内の対立関係を解消でき挙国一致の体制を築くことができたのである。
 3;プルタコスは敗者でさえも自分達と同化する(ローマ人としての同等の権利を与える)彼らの生き方であるとする。
 これら3つの内どれかというんじゃなく、3つ全てでしょうが。
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現在の文明は結局は西洋文明ですよね。

他の文明は、それはそれで価値があるにしても、西洋文明ほどには世界に対して影響を及ぼしていない。

では、なぜ西洋文明が発展し、かつ広がったのかを考えてみますと、やはり西洋的な思想・哲学・宗教(宗教とは、つまりキリスト教)の影響だと思います。

キリスト教は、それが誕生してから少なくとも近世までは、人の精神的領域に影響を及ぼしたのと同時に、それ以上にキリスト教文明がある一地域の宗教だけにとどまらず、世界に広がっていく宿命のようなものを持っていたと思います。
聖書の中には、子孫を繁栄させよみたいな話とか、儲かった財産を(浪費したり貯め込んだりせずに)再投資せよみたいな話とか、自分の価値を高めて世の中への影響力を行使せよみたいな話とか、やや私の生半可な解釈かもしれませんが、そのような実利的な教えを含んでおり、その教えを堂々と(たとえ他文明と対立しようとも)貫けみたいなメッセージを内包しているように思えます。
このような強い信念に裏打ちされた文明と、他の文明とが例えばぶつかったとき、西洋文明が強く、言ってみれば連戦連勝だったのでしょう。

また、他の面から考えると、キリスト教的なものの考え方では、絶対的存在である「神」と各個人とが直接向き合うことにより、唯一絶対的な真理を追究するという方向性が出てきて、これが近代的な哲学および科学を生み出し、それらの結果が、現在の科学的文明・物質中心的文明につながっていると思います。
そして、科学の応用として、近代的武器や近代的戦術が生まれ、これがまた西洋文明がさらに世界に広がる要因となった(各国が競って植民地を建設した時期以降)わけですね。

そういうわけで、少なくとも現在の文明は、西洋的な思想・哲学・宗教の産物であるというのが私の考えなのですが。
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そうとうに難しい問題だと思います。

皆様がお答えになってる要素が様々に交じり合った結果だと思います。

まず人口がある程度ないとだめだろうとい条件はあるとは思います。しかしながら人口が多いのは食物が得やすいと言う事で、気候は良いはずですし、そう言う所ではあまり何も考えなくて良いでしょうから、逆に文明は発達しないのかなーとも思いますし、結局良く判りません。

マチュピチュやインカ帝国、ペルー古代文明は自然の厳しい所ですし、4大文明は気候の良い所ですので、矢張りどちらが良いのかはこういった自然条件ではないのでしょうね。
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