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亡くなった父を「看取れた」と言えるか、みなさんの考えを教えていただきたいです。
長文です。

7日の午前中に、癌治療中だった父が亡くなりました。
父、母、姉、私、弟の5人家族です。
姉弟の中で私だけ結婚しているため実家を出ておりますが年始から父が入院し、余命宣告(余命一ヶ月)(実際はモルヒネ投与から3日で逝去)を受けた為、いつでも病院に駆けつけられるよう実家帰省しておりました。

6日に家族全員でお見舞いに行った時は、モルヒネ投与のせいか基本的にずっと寝ていましたが、たまに目を覚まして今何時?(釣り番組を楽しみにしていた)と話したり、点滴や酸素チューブが痒いのか体をかいたり、さすってあげるともう大丈夫と話したり、夜勤務の看護士さんが挨拶に来た時に返事をすることも出来ました。

明日(7日)から泊まりで見守った方がいいかもしれないと看護士さんに言われ、面会時間終了に伴い帰宅しました。
しかし23時ごろ、病院から電話があり、声かけに反応しなくなってきたということで、予定よりはやく母が泊まり込みで見守ることになりました。
私達姉弟は7日の面会時間(10時)に向かう予定でした。

9:20頃母から電話があり、容体があまり良くないから面会時間の10時を待たずはやく来た方がいいかもしれないと言われ出かける準備をしていました。
9:35頃母からすぐに来てほしいと言われ急いで家を出て、9:45頃に病室に入った時に、心電図の脈拍は0で、一番下の白い数値が30くらいでした。
母に、1.2分前に脈拍が0になったけど、全ての数値が0になるまでは聞こえてると看護士さんに言われたから声をかけてあげてと言われ、まだ暖かい体をさすって、よく頑張ったね安心して天国に行ってねと声をかけると、数値が50まで上がってまた下がってを繰り返し、だんだん体温が下がっていきました。

9:55頃祖母と叔父叔母が到着し、同じように体をさすり声をかけました。
その時も一番下の数値は少しだけ上下しました。

10時過ぎにお医者さまが来て、近親の親族が全員集まった状態で死亡確認をしました。

亡くなる直前は、もう目も開けられず、声かけにも反応しなかった父が、パッと目を開け、体を起こそうとする仕草をしたそうです。(6日のお見舞いの時は少しだけ体を起こせた)
それが叶わないと悟ると何かを言いたそうにし、声を出す体力もなく悔しそうに涙目になると、目を閉じ段々と脈拍が落ちたと母が教えてくれました。

脈拍が0になる瞬間に一緒に居たのは母だけで、もう少し早く呼んであげれば良かった、もうすぐ子供たちが来るよと声をかけたら、脈拍が戻ったりしたんだよ、父は頑張ったんだよと母は泣いていました。
看護師さんにもどうにも出来ない程どんどん脈拍が下がったので、誰も母を責めないし、後悔しないでと声をかけましたが、もっと早く呼んであげれば良かったと泣いていました。

親族全員で死亡確認が出来たこと、まだ暖かい体温が下がっていく様を感じられたこと、父に声をかけ体をさすったこと。
父をみんなで「看取れた」よと母に伝えましたが真面目な母のことなので、後悔していると思います。

何をしていても悔いは残るのかもしれませんが、私達姉弟が1回目の電話ですぐに家を出ていれば、あの時赤信号に捕まらなければ、もっとはやく走っていれば…たった1.2分なのに…
父の脈拍が0になる瞬間を母一人で見守らせてしまったこと、父と母に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私達姉弟と祖母叔父叔母は、父を「看取れた」と言っていいのでしょうか。

何か考え事をしていないと、勢いよく病室に入った時の、母の「パパ、子ども達がきてくれたよ!」って泣き声と光景が頭に浮かんで涙が止まりません。


どうか辛辣な意見はご遠慮ください。

A 回答 (9件)

貴方の心に、どう受け止められているか?が重要だと思います。


よく、神様、仏様といわれますが、その存在は人間の内側にあると思います。人の心に生きていると思います。
ですので、貴方は、お父さんの亡くなる直後とかより、お父さんとのいままでの思い出を大事にして、お父さんとのいい思い出を思って、生きることが、お父さんにとって、良いこととなると思っています。
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看取れたのではないかと思いますよ。


私の父親は、一昨年に亡くなりましたが、寝室で私の知らぬ間に亡くなっていました。
あなたは見送ってあげられたので、良いのではないでしょうか?

それから、亡くなられてから四十九日の法要までは、この世にいて、家族や親戚、知人、友人の所に行きますので、名前を呼んであげれば近くに来られると思います。
目には見えなくても居ますので、目の前にいると思って、お話をされると良いかも知れませんね。
あの世(霊界)で幸せに暮らせるように
私は『死ぬ15分前に読む本』という本を読んであげました。
この本は、死んだ後どうしたら良いかが書かれているので、亡くなられた方に読んであげると良いようです。

やれることはやってあげたいですから
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ちゃんと 看取れていると思いますよ。


看取りとは その瞬間の事を言うのではないですから。
其処へ行き着くまでの間 何が出来たか。
ちゃんとお世話が出来て会話する事が出来ていたなら
それが看取りだと思いますから。
何をどんなにしたとしても 後悔は残ってしまうものだモノ。
これからの人生を お母様とどう生きてゆくかを考える事に時間を費やしてくださいね。
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私が29歳の時に母が、44歳の時に父が亡くなりましたが、いずれの時も後悔しかありませんでした。


残された家族にとって身内の死はとても辛いことです。
しかし考え方を変えると、故人はようやく現世から解放されて自由の身となったのです。
母も父ももう痛みに苦しむことはなくなったんだと思えるようになった時、私の後悔は薄れていったように思います。
あなた方は十分に看取りましたよ。
それは誰よりもお父さんが理解していらっしゃるはずです。
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十分看取れたと言える。


私の祖母なんて脳梗塞で道路上で倒れたので。
病院には運ばれたものの、意識なしで生体反応の徐々に落ちた頃やっと家族が1人2人病院に。

人間産まれるのは1つの方法だけど。死に方は千差万別。
良いご臨終だとうらやましいくらい。

ご冥福をお祈りします。お力を落とされないようお母さまを大切にね。
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評価するのは回答者ではなく、亡くなられたお父さんです。


そしてあなたのお父さんに対する想いです。
面会時間は本来は友人知人対象の面会可能時間です。他の患者さんの安息の弊害になるからです。
面会時間と赤信号に止まったことにこだわっているのが不思議です。
精一杯看取ったのならお父さんは喜んでいるはずです。
医療に専念するのは病院スタッフの勤め、親族は病人の心を支える役目。
面会時間だから赤信号に止まったから・・・は全く関係ありません。
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家族の方が


お父様の最期の時に
同じ場所にいたか、つまり、看取れたかどうかよりも、
お父様の余命いくばくもない時に、お父様の事をどれだけ思っていたかの方が、
重要に感じます。

少なくとも、お父様の最期に
立ち会うために全力を尽くしたことは間違いありませんので、天国のお父様もきっとわかってくれているはずです。

そして、
お母様がこの事で悲しむことをお父様は望んでおられません。
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立派な方ですよ


あなたの御尊父様も御母堂様も。
御母堂様は、直ぐに貴方の元へ行きますからね?と言ってたのでは無いでしょうか
それを、御尊父はお止めになりたかったのです  

そうしないと、自動車事故であなた方が代わりに死ぬことになるから。
だから、御母堂は生きて、命のリレーを続ける必要があります

御母堂によろしくね
御姉ちゃん
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痛いほど貴方の気持ちがわかります。


父を亡くして3年過ぎました。

あの時の情景は忘れません。忘れられません。
でも、暖かい父の手をずっと握って、擦って。
看取れたか?と問われるとどうなのかわからないけど、最期の瞬間まで、父とどう向き合えたか。

今も辛いです。
でも、遺されたものは生きていかなければ!
お父様に安心して頂けるよう、貴方の笑顔が1日でも、増えますように。

近しい非との死は、本当に耐え難く、心がつぶれそうになりますね。

でも、お父様の生きてこられた今までを思い出され、その方の子供であることを誇りに、これからの人生を進んでください。
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この回答へのお礼

みなさま、暖かい励ましのお言葉ありがとうございます。
とても救われました。

葬儀の際にお坊さんに「心臓の停止と脳死は違う」と教えてもらいました。
心臓が止まってから少なくとも10〜15分は聴覚は残っているから貴方達の声はお父様に届いていますよ。と言われました。

母に、父と最後まで一緒に居られて良かったね。最後まで一緒に居てくれてありがとうと伝えました。
今後は父の分まで、より一層母を大切にしようと思いました。

みなさまのお言葉で、本当につらくて悲しかった日々を乗り越える事が出来ました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

お礼日時:2018/01/26 23:55

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