よろしくお願いします。うちの母が隣人とのトラブルで悩んでます。
うちが元々この場所の住んでたんですが、となりに家が建つ際かなり家に距離が
近くて、いろいろ、近すぎるみたいな事を文句つけたらしいんですが、その件は
納得いってないような感じで、納得したみたいでした。

それから隣に人が住み、その件かどうかどうかは判りませんが、なんとなく
嫌がらせみたいに・・家の壁に水をかけられたりして、母が止めてくれるよう
言っても少したつと、また・・同じ事の繰り返し。
もうかなり、ゴタゴタしてるみたいで・・先の事を考えると心配です。

母はその水をかけられた時の写真とか取ってたりその事を近所の人に
相談してるみたいなんですけど、このままじゃどうにもならない気がして。
このような事は、市役所とかでやってる無料相談とか
弁護士さんとかに相談してみるとなんとかなるんでしょうか?
それとも、このままほっとくしかないんでしょうか?
よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

法律の面で色々な解決策があると思いますが、まず、「話し合い」ではないでしょうか?


何か文句を言ってしまったとかですが、そのことをお詫びするのと、今後の事を話し合った方が良いと思います。
お互いに持ち家ですと長いお付き合いになりますよね。裁判とか複雑になると、結果があなた様側に良いものであっても、何年、何十年もご近所と気まずいのは、どうでしょう?
話し合いをして、それでも解決しなかったら、対策をとるべきではないかと思います。
相手の方も同じ気持ちだと思いますよ。
参考にしてください。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。チョット自分の思いこみで、ゴタゴタの原因が全然ちがったのですが、母には話し合いができるのなら話し合いを、後は近所のおばさん達が母に教えてくださった、今住んでる地区のみんせい委員??良くわからないのですが、なんか相談事にのってくれる人らしいんですが、その人に相談してみたらと言ってあげたら、なんとか相談してみると言ってくれました。2年位ずっと
激しくゴタゴタしてたみたいなんで、心配ですがとりあえず相談してから考える事にしました、ありがとうございました。

お礼日時:2001/07/20 00:46

いつでも、何でも、そうですが、人のケンカと云うものは、その人と自分の頭の程度が同じだからです。

母には大変失礼な言い方かも知れませんが、よく考えてください。例えば、隣人より母の方が上流階級で、水をかけられても「あら、ごくろうさまネ」といった感じをもち、相手のすることを下品なそして卑劣な、又、幼稚なこととして考えるなら、ケンカにはなりません。そのような気でいれば、その人はそのことをしなくなるでしよう。勿論、クチに出してはいけません。自分の心の持ち方です。
それ相当な被害が出、社会的に見ても許されない程度なら、それなりの処置は国家(司法なり行政など)が考えてくれます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。確かに自分的にも、そう思いますし、近所の皆さんは隣の奥さんはチョット変だから相手にしないほうがいいと言ってるようで、母には先日、とちらかが大人にならないと、いつまでもそのままだよと言って上げたらちょっと気持ちの変化があったようでした。ただ、最初は植木に水をあげるふりして家に水をかけられたり、干してるフトンとか洗濯物を水浸しにされたり、網戸を洗うふりをして、洗浄液の入った水を、わざわざ2階にバケツで持ってきて手でうちに向かってまいたり最後にはバケツでうちにかけたりされてるようで(近所の人が見たらしく教えてくれたみたいなんですが)最初はその隣の旦那さんに止めてくれるよう言ったらしく、その後少しの期間は収まったみたいなんですが、また・・・段々とひどくなってる、と言ってました。その為、だんだん私も心配になってきて、どうしたら良いもんかと思ったのですが・・

お礼日時:2001/07/20 13:10

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Q母の土地の第一債権者になっています。このまま母が死亡し相続放棄するとどうなるのでしょうか

自営業だった母が店をたたみ多額の債務が残りました。
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公庫の担保になっていた土地の代位弁済をして私が第一債権者になっています。
このまま高齢の母が(80歳)他界したとき、相続放棄すると代位弁済した求債権はどうなるのでしょうか。
お教えください。
弁護士さんにご相談するのが一番良いのですが、ままならない情況です。どうかお教えください。

Aベストアンサー

>公庫の担保になっていた土地の代位弁済をして私が第一債権者になっています。

 代位弁済を原因とする抵当権移転登記は既になされたと言うことですね。

>相続放棄すると代位弁済した求債権はどうなるのでしょうか。

 相続放棄しても、求償権に影響を与えません。他の相続人に求償権を行使すればよいだけの話だからです。もちろん、抵当権の実行もできます。
 もし、御相談者が相続放棄したことにより、全く相続人がいなくなった場合、あるいは、他の相続人全てが相続放棄したことにより相続人が不存在になった場合、相続財産法人が成立しますので、相続財産法人に対して求償権を行使することになります。
 ただし、相続財産「法人」ですので、それを代表する者、すなわち相続財産管理人を家庭裁判所に選任してもらう必要があります。
 なお、ここでは求償債権の消滅時効は考慮していませんので、注意してください。

民法
   第六章 相続人の不存在

(相続財産法人の成立)
第九百五十一条  相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする。

(相続財産の管理人の選任)
第九百五十二条  前条 の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の管理人を選任しなければならない。
2  前項 の規定により相続財産の管理人を選任したときは、家庭裁判所は、遅滞なくこれを公告しなければならない。

(不在者の財産の管理人に関する規定の準用)
第九百五十三条  第二十七条から第二十九条までの規定は、前条第一項 の相続財産の管理人(以下この章において単に「相続財産の管理人」という。)について準用する。

(相続財産の管理人の報告)
第九百五十四条  相続財産の管理人は、相続債権者又は受遺者の請求があるときは、その請求をした者に相続財産の状況を報告しなければならない。

(相続財産法人の不成立)
第九百五十五条  相続人のあることが明らかになったときは、第九百五十一条 の法人は、成立しなかったものとみなす。ただし、相続財産の管理人がその権限内でした行為の効力を妨げない。

(相続財産の管理人の代理権の消滅)
第九百五十六条  相続財産の管理人の代理権は、相続人が相続の承認をした時に消滅する。
2  前項の場合には、相続財産の管理人は、遅滞なく相続人に対して管理の計算をしなければならない。

(相続債権者及び受遺者に対する弁済)
第九百五十七条  第九百五十二条第二項 の公告があった後二箇月以内に相続人のあることが明らかにならなかったときは、相続財産の管理人は、遅滞なく、すべての相続債権者及び受遺者に対し、一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、二箇月を下ることができない。
2  第七十九条第二項から第四項まで及び第九百二十八条 から第九百三十五条 まで(第九百三十二条 ただし書を除く。)の規定は、前項 の場合について準用する。

(相続人の捜索の公告)
第九百五十八条  前条第一項 の期間の満了後、なお相続人のあることが明らかでないときは、家庭裁判所は、相続財産の管理人又は検察官の請求によって、相続人があるならば一定の期間内にその権利を主張すべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、六箇月を下ることができない。

(権利を主張する者がない場合)
第九百五十八条の二  前条 の期間内に相続人としての権利を主張する者がないときは、相続人並びに相続財産の管理人に知れなかった相続債権者及び受遺者は、その権利を行使することができない。

(特別縁故者に対する相続財産の分与)
第九百五十八条の三  前条 の場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。
2  前項 の請求は、第九百五十八条 の期間の満了後三箇月以内にしなければならない。

(残余財産の国庫への帰属)
第九百五十九条  前条 の規定により処分されなかった相続財産は、国庫に帰属する。この場合においては、第九百五十六条第二項 の規定を準用する。

>公庫の担保になっていた土地の代位弁済をして私が第一債権者になっています。

 代位弁済を原因とする抵当権移転登記は既になされたと言うことですね。

>相続放棄すると代位弁済した求債権はどうなるのでしょうか。

 相続放棄しても、求償権に影響を与えません。他の相続人に求償権を行使すればよいだけの話だからです。もちろん、抵当権の実行もできます。
 もし、御相談者が相続放棄したことにより、全く相続人がいなくなった場合、あるいは、他の相続人全てが相続放棄したことにより相続人が不存...続きを読む

Q別居中の父が、愛人と勝手に養子縁組をしました。母はもちろん納得していま

別居中の父が、愛人と勝手に養子縁組をしました。母はもちろん納得していません。父の亡き後、愛人にも子として相続権があるのでしょうか?また、あるとすれば、実子である私と同等の権利なのでしょうか?また、この状況を解決するには、養子縁組の取り消ししかないのでしょうか?よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

すでに良回答が出ていますので、即効性のある#2さんの回答に蛇足します。

●民法806条の2
(配偶者の同意のない縁組等の取消し)

ご質問のケースのポイントはこの中の1項にあります。

◎1項
第796条の規定に違反した縁組は、縁組の同意をしていない者から、その取消しを家庭裁判所に請求することができる。ただし、その者が、縁組を知った後6箇月を経過し、又は追認をしたときは、この限りでない。

→民法796条
(配偶者のある者の縁組)
配偶者のある者が縁組をするには、その配偶者の同意を得なければならない。ただし、配偶者とともに縁組をする場合又は配偶者がその意思を表示することができない場合は、この限りでない。


ポイントは、質問者様のお母さんが『縁組を知った後6箇月を経過していない』こと、です。なのでこの申し立ては急ぐ必要がありますから、ご注意下さい。

ご参考までに♪

Qわかりにくいかもしれないのですが、わかってくださる方ご回答よろしくお願い致します。かなり前の話

わかりにくいかもしれないのですが、
わかってくださる方ご回答よろしくお願い致します。

かなり前の話になります。

今ではその人が彼なのですが、
私と彼は当時お付き合いしておらず、知人でした。

その当時、彼から商品を私用の為に購入させてもらっていました。

その時の商品が私の手元に沢山残っています。

しかし、最近彼とお付き合いをする事となり、彼の商品を新たに頂き、販売をさせて貰える事となりました。

彼との販売の決まりは、私が仕入れのお金を払うわけではなく、売れた場合、商品の売り上げの半分を渡すという決まりで仕事を始める事となりました。

ネットで販売を開始しました。


その販売の中に
以前彼から購入した、商品が沢山手元にありましたので、自分できちんと把握しておりましたので一緒に販売をしました。

売り上げのリストに

『あれ?これかなり前の商品だね』と彼も渡した商品ではないのに気付いたので、

『あ、それはお仕事で頂いた商品でなく、私が昔に私用で買った物だよ。』と言いました。

私は、以前購入した商品については
彼への売り上げにはならないと解釈していたのですが、

彼からは
『これも、もちろん売り上げの半分渡してくれるんだよね?』と言われました。

私は
『それは私が以前、私用で買った物だから、彼に渡す売り上げに入れなくてもいいよね?』というと、

彼は
『はぁ?渡すのが当然だろ!
俺が商品を提供してるんだから、お前も俺に同じく提供すべきだ。』と

その後、
彼は
『へ〜〜!そういう考えなんだね。
自分が買った物は自分のもの。俺が提供したものは半分?
常識ないよね!俺も売れる商品渡すのやめるわ。』と言われました。

でも、私としましては、
彼から昔買ったものはあくまで私が仕事をしようと購入した物ではありませんし、個人で使おうと自ら買ったものです。。


この様な状況は
やはり私が常識がないのでしょうか。

彼から商品として頂いたものと、私の私物を一緒に販売しなければ良かったというのは今思いますが、

私が昔に購入した私物も売り上げに支払うのは当然なのでしょうか??


ご意見頂けますと嬉しいです。

わかりにくくてすみません。

わかりにくいかもしれないのですが、
わかってくださる方ご回答よろしくお願い致します。

かなり前の話になります。

今ではその人が彼なのですが、
私と彼は当時お付き合いしておらず、知人でした。

その当時、彼から商品を私用の為に購入させてもらっていました。

その時の商品が私の手元に沢山残っています。

しかし、最近彼とお付き合いをする事となり、彼の商品を新たに頂き、販売をさせて貰える事となりました。

彼との販売の決まりは、私が仕入れのお金を払うわけではなく、売れた場合...続きを読む

Aベストアンサー

>私が昔に購入した私物も売り上げに支払うのは当然なのでしょうか??
いいえ。
「彼の商品を新たに頂き、販売をさせて貰える事となりました。」という約束(契約)以降に仕入れた商品の分だけでいいです。

>常識ないよね!…と言われました。
そのことば、そのまま彼に返しましょう。
でも、”常識ない”というか、お金にセコい彼に言っても理解はされないでしょう。
そんな彼とは別れたほうがいいでしょう。
金銭感覚は人に言われたからといって、簡単には変わりません。

Q遺留分では納得しない父の隠し子とその夫

 30歳の女です。先日、事故で両親が亡くなりました。父には私の妹になる隠し子がいました。遺言があり、それには私と弟が遺産の全てを相続する旨が書かれています。しかし、遺言にはその妹については何も記載がなく、別の私的な手紙の中である額の現金が妹の遺留分として用意されてることを知りました。父の他界を知った妹から遺産相続の請求がありましたが、妹はその用意された額では納得せず、さらに多くの相続を要求しています。困ったことに彼女の夫が妹に代わって、執拗に、時に凄みをきかせて請求してきます。私は妹についてはほとんど知りませんし、相続は遺言通りにするつもりです。最終的には弁護士に助けを求めるつもりですが、その前に穏便に納得してもらえる方法はないかと考えています。遺留分は父名義の財産で計算されており、実際の取り分より多めに用意されているようです。どなたかご助言お願いします。

Aベストアンサー

> 遺留分は父名義の財産で計算されており、実際の取り分より多めに用意されているようです。どなたかご助言お願いします。

実子:2人
非嫡出子(妹):1人

がすべての相続人で正しいか?両親の死亡が同時ならいいのですが、異時だと、早い方が遅い方に相続されることになり、父遺産に母遺産が含まれていたりで、複雑になります。

同時刻死亡だとすると、死亡者間で相続は生じず、すでに死亡した者として計算されます。非嫡出子は父遺産のみ1/5。

1分差でも父母の順ですと、母は父の生存配偶者として相続にあずかり、父の非嫡出子の法定相続分は父遺産の1/10となります。

母父の順ですと、父が母の生存配偶者として相続にあずかり、父の非嫡出子の法定相続分は倍(父遺産の1/5)となるだけでなく、父遺産には、母遺産の1/2上乗せされたうえで、遺留分計算となります。

遺留分は上記法定相続分のさらに1/2です。特に最後のケースだと遺留分が膨らみます。

そのうえで計算があっているなら、非嫡出子の住所地を受け持つ家裁に遺産分割調停を申し立ててください。妹夫をかかわらせないことです。

なお、蛇足ですが、現在最高裁大法廷で非嫡出子の相続分が嫡出の1/2であることの違憲かどうか審査されています。お急ぎください。

> 遺留分は父名義の財産で計算されており、実際の取り分より多めに用意されているようです。どなたかご助言お願いします。

実子:2人
非嫡出子(妹):1人

がすべての相続人で正しいか?両親の死亡が同時ならいいのですが、異時だと、早い方が遅い方に相続されることになり、父遺産に母遺産が含まれていたりで、複雑になります。

同時刻死亡だとすると、死亡者間で相続は生じず、すでに死亡した者として計算されます。非嫡出子は父遺産のみ1/5。

1分差でも父母の順ですと、母は父の生存配偶者として相続にあ...続きを読む

Q日本国の国歌が君が代、その根拠は?納得不能です…

日本国の国旗が"日の丸"というのは、それは理解でき、納得です。
しかしながら、日本国の国歌が"君が代"というのは、その根拠は?
全く理解できません、納得できません。
教えてください。
何故、我が国の国歌を"君が代"とするのですか?

Aベストアンサー

法律的なことを言えば、現在では「国歌・国旗法」で、国歌と国旗が制定されていますので「君が代」は正式に国歌である、といえます。
でも、これってなんとなく君が代を歌っておいて、後出しじゃんけんのような法律なんですね。


では、そもそも「国旗・国歌」ってなんでしょうか?

国旗や国歌というのは、実は西洋が東洋にやってきて「万国国法というものがあって、国家というのは、自分の国の国旗を持って他国と交流し、その交流の儀礼祭典では国歌を歌うんだ」と国際儀礼を押し付けたのが始まりといえます。

明治になる以前の徳川幕府の時代でも、それまでの中国や朝鮮(またはベトナムあたりまで)と付き合うのに国旗や国歌などを必要としていませんでしたので、急遽それらを制定する必要があったわけです。

日の丸については、それまで御朱印船に日本の旗印として利用してきた「日の丸」がありましたので、そのままそれを「国旗」ということにして利用を続けた、というのが実際のところであり、明治になっても「国家」そのものは徳川時代から継承されていますので、対外的に分かりやすく日の丸を利用し続けた、というところでしょう。

先に外国における「国歌」の地位を見てみますが、意外なほどあやふやであることが理解できると思います。

国歌については、西洋国そのものが近代化の課程で導入したものです。有名な国歌で言えば、フランスの革命歌である「ラ・マルセイエーズ」やアメリカの国歌「星条旗」などがありますが、フランス国歌は革命歌が、革命後もそのまま生き残り国歌の地位を得たものですし、アメリカの星条旗に至っては1931年に正式に国歌に昇格しており、それまでは別の歌(My Country, 'Tis of Thee)がアメリカの国歌でした。

この二つは法制化されて「国歌」なのですが、イギリスの有名な国歌である「国王(女王)陛下万歳」は法制化された国歌の地位は現在でも持っておらず、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(いわゆるイギリス国家)では事実上の国歌であり、英連邦国家(カナダやオーストラリア・ジャマイカなどを含む英国王室を自国王室と認知する国家)では王室の愛唱歌、または事実上の第二国歌の地位を占めています。
しかしいずれの場合も、法制化で国歌と定めているわけではありません。


翻って、日本の「君が代」の場合、第一君が代・第二君が代(現在の君が代)・第三君が代があったことが知られています。

第一の君が代は明治3年の明治天皇の閲兵式典(当時は薩長土肥の4藩兵の集合体)で薩摩藩軍楽隊が演奏したのが最初だとされています。これは、当時の明治政府顧問であったイギリス軍の楽隊長が「国家には国歌が必要である」と説いたためです。
しかし上記に書いたように、イギリスは現在でも法律に制定された国歌はありませんので、近代軍が式典を行なう時には国歌がないと格好がつかない(他国との儀礼上問題がある)としたものでしょう。
また第一君が代は、演奏した薩摩藩の砲隊長大山巌が歌詞を古い和歌から選定し、イギリスの軍楽隊長がメロディーをつけたマーチ的な君が代だったようです。

この第一君が代は非常に不評だったのですが、同時に国歌とは軍礼必要なものでありそれ以上ではない、という考え方も伝播したようです。

あまりにも不評だった第一君が代は、明治政府の意向でイギリス式軍隊からドイツ式軍隊へと、招聘する教官の変化によって、第二君が代に変化して行きます。特に歌詞はそのままでメロディーだけ変えたものが第二君が代として誕生することになります。

このとき、第二君が代を作り演奏する主体は主に日本海軍でありました。ようするに、各国の軍隊を直接お迎えする機会が多く、また外国に行って国歌を演奏する機会も多かったのが海軍だったからです(近代国家は各国に在国武官として軍人を派遣したり、同盟国などは頻繁に交流を行い、その主体は海軍であり、陸軍は海軍の艦船に分乗して他国に派遣された)

そのため、事実上、第二君が代が「国歌」としていろいろな場面で演奏されることになっていきます。
また、段々に近代国家として様々な制度が整いつつあった明治政府は文部省を主体として「国歌を制定すべきだろう」という機運が高まり、君が代の歌詞にさらにいろいろなものを取り入れた第三君が代を策定する作業に入って行きました。


結局のところ、第三君が代はあまりにも複雑な権力闘争に巻き込まれ「国歌」という地位を得るに至らず、(やはり権力闘争上、海軍だけで演奏されていた)第二君が代が、国歌という地位に落ち着いていくことになります。

特に君が代を国歌の位置に留めるになったのは、明治26年の文部省制定「祝日大祭日歌詞並楽譜」とう法律で、ここに文部省唱歌として「君が代」(第二君が代)が登場し、国歌として学校でも歌われるようになっていきます。

最初は「国歌」という名称ではなかったようですが、海軍が式典で同じ曲を国歌として演奏しており(当然に国旗を掲げるときに演奏されるわけです)、日露戦争の勝利が明治28年ですから、戦勝記念式典などで国民に広く「君が代」が認知されていった、という経緯をたどります。

これにより、戦前の「君が代」の地位が事実上固まり、それで居て平成11年までの109年もの長い間一度も法制化されずにきた、という経緯をたどることになるのです。

しかし、他国の国歌も法制化されている国家もあれば、していないで事実上の国歌である国もある、という状態ですから、君が代が法制化されずに事実上の国歌の地位にある、ということはなんの不思議も無かったわけです。

これが君が代が国歌になっていく経緯ですが、他国の歴史を見ても必ずしも法制化されているとはいえず、なんとも日本らしい国歌制定の歴史である、ともいえます。

日の丸が長い間、日本の事実上の国旗(というか国の目印)として御朱印船などで利用されていて、それが国旗になっていった経緯を是とするなら、国歌が君が代になっていった経緯を奇異に感じることは少ないのではないか、と思います。

法律的なことを言えば、現在では「国歌・国旗法」で、国歌と国旗が制定されていますので「君が代」は正式に国歌である、といえます。
でも、これってなんとなく君が代を歌っておいて、後出しじゃんけんのような法律なんですね。


では、そもそも「国旗・国歌」ってなんでしょうか?

国旗や国歌というのは、実は西洋が東洋にやってきて「万国国法というものがあって、国家というのは、自分の国の国旗を持って他国と交流し、その交流の儀礼祭典では国歌を歌うんだ」と国際儀礼を押し付けたのが始まりといえます。
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