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日本語を勉強中の中国人です。「東男に京女」という古い言葉があるようですが、その「東男」についてもう少し説明していただけませんか。先日、京女について教えていただきました。そこからくっついている「東男」という言葉に興味を持ち出しました。ちなみに、これは現代の日本人男性でも適用できる言葉なのでしょうか。それとも昔の日本人男性を示唆する言葉だけでしょうか。

また、質問文に不自然な日本語の表現がございましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

A 回答 (11件中11~11件)

東男が江戸などの関東の男、ということは分かったと思いますが、じゃあなぜ「関東の男はたくましいとされるのか」を説明します。



京都は8世紀後半に日本の首都として成立し、一応江戸時代まで首都=王宮がある場所、でした。そのため公家と呼ばれる貴族たちは武力や労働から遠ざかり、優雅な生活をおくっていたわけです。京都の優雅な生活は「源氏物語」などに出てきますが、鎌倉時代から戦国時代を経ても京都の公家の生活スタイルはあまり変わらなかったのです。

ですから「京の男は、風流で洗練されているかもしれないが、たくましさはない」とされていたわけです。また関西全体が武家よりも商業で成り立っていたので、関西には商人も多く、商売をする男性は物腰が柔らかい、という点も「たくましさに欠ける」という見方がされたのです。

それに対して東(あずま)つまり関東は「武士の拠点」であったわけです。まず平安時代を終わらせた鎌倉幕府があります。源頼朝は実は京男ですが、かれを匿い朝廷に反旗を翻すのに力を貸した北条氏や関東の武士たちは勇猛果敢で知られていて、平家物語に出てくる東国武士として那須与一の弓は西国(平家に従う勢力)の弓よりも強く(強いということは力が必要)などと描写されています。

また戦国時代の終わりごろ、徳川家がだんだん力をつけてきた時に、それに反対した上杉景勝の部下直江兼続が送った書状にも「東国の田舎者は武器を集めるぐらいしか趣味がない」と書いています。

歌舞伎の演目にするときに、コピーとして作ったというのはその通りなのですが、元々日本人の意識に「東国武士は勇猛果敢、京の公家はなよなよしている」というイメージが平家物語などで作られていたので、京女の対比として「東男」が成り立ったのです。
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この回答へのお礼

ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。興味深く拝見しました。大変いい勉強になりました。

お礼日時:2019/05/26 12:39

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