1. 神は 人間にとって・人間の生きるにとって究極の《根拠》であるが 人知を超えているゆえ 無根拠と言うにひとしい。
2. 無根拠という根拠であるゆえ 《神などはいない》派にとっても その信仰の言わば根拠となっている。
3. 《神は根拠がある。根拠である》説のほうが 力強いと言えるように思うかも知れないが そうではない。
4. 神が何らかの根拠として人知で知り得たのなら その根拠によるチカラは人知で知り得た範囲のことに限られる。
5. 無根拠であるほうが――または 知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾと言う意味での無根拠であるほうが―― そこよりさづかるチカラは 無限なのだ。
6. 無神論なる信仰のほうが 有神論よりその議論において歯切れがよく威勢が良い姿を呈しているのは そのためだ。
☆ ご見解をよろしくどうぞ。
A 回答 (7件)
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No.2
- 回答日時:
神を論ずるのは形而上学。
形而上学には根本的に根拠がない。
形而上学を排除する人間は、以下の警句を守りなさい。
語りえぬもの、それに関しては沈黙しなければならない。
ご回答をありがとうございます。
【Q:《語り得ぬもの》って何ですか?】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/12308627.html
☆☆ №6お礼欄 ~~~
《語り得ぬもの》という規定が ダメなんです。
《どこまで行っても 語り尽くせない。切りがない》というのでは まだ規定し得ていません。
むろん《途中で語るのをやめた》ではまったくダメです。
《語り得ぬ》というのなら なぜそう言えるのか? これこれこういう理由でそのものは語り得ない・・・と証明しなくてはダメなんです。
《不可知》というのは 何となく知りがたい・・・ではダメです。こういった理由で《知ることが出来ない》と論証し得たんだ とならなくてはなりません。
つまり わたしが語ろうとしてすでに語り得た――ひとつの仮説理論としては じゅうぶんに語り得た――とするのは 《知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾの何ものか》というふうに その問い求めるものを 規定したからです。
まとめて言えば:
人が何となく語り得ないものだなぁと思っているソレは 《不可知》ではないです。
《もし知り得ないと証明されたなら そのことだけでも 語り得た》ことになるからです。
まったく証明し得ないなら それはただの《未知》です。いづれ既知に成り得るというふうに認識されているものです。不可知とは言いません。
ですから われわれが形而上学で問い求めているものは 《非知》なんです。
英語で定義すれば こうです。:
《 incomprehensible incomprehensibility 》
(把握し得なさ自体が 把握しえないもの)
~~~~~
No.3
- 回答日時:
NHKかぶれ、ではないけれど。
私は騙されない!
人知を超えている、って、そんな馬鹿な。
この世に奇跡の一つや二つ、起こしたのなら兎も角、どこにもそんな形跡は無いと云うのに。
それに神は、とうの昔に釈尊によって、認知されていますもん。
しかも人類が誕生してから、神のいない時代なんて無いのだから、これが立派な根拠です。
ご回答をありがとうございます。
★ NHKかぶれ、ではないけれど。
私は騙されない!
☆ はい。NHKかぶれが 分からないけれど。
★ 人知を超えている、って、そんな馬鹿な。
☆ どの辞書にも出てますよ。
★ この世に奇跡の一つや二つ、起こしたのなら兎も角、どこにもそんな形跡は無いと云うのに。
☆ 奇跡というのは 物語化として人間がやはり忖度したものです。
★ それに神は、とうの昔に釈尊によって、認知されていますもん。
☆ 意味が分かんない。神は どの辞書にも載せています。《認知》されていますよ。
★ しかも人類が誕生してから、神のいない時代なんて無いのだから、これが立派な根拠です。
☆ 人びとに――神なら神という言葉として――知られ 心に抱かれてきました。
えっ? ええっ? どういうこと?
無根拠っていう言葉が 反発を生むのですかね。
無根拠という根拠である ですよ。
No.4
- 回答日時:
根拠がない前提での創造上でのお祈りですので
もし神が居たら人類は滅びるのでは?
その力は絶大であり人間が人間として生きれないでしょ?
自分の中の創造上の物体であって
自分の中に神を創ってるのであっていわゆる
神は夢を入れる空箱です
ご回答をありがとうございます。
★ 根拠がない前提での創造上でのお祈りですので
☆ こまかく・げんみつにまいります。
私見では 《根拠がない》という規定は 神について 曖昧さをのこします。
なぜなら 神は人知を超えているからには 《根拠が ある》とも《ない》とも 人知によっては決められないからです。
ただしいまここでは 或る種の簡便法として はじめに既に《無根拠である》と規定――つまりは 想定――して議論(つまり 神論)を始めるというやり方を問うています。
★ もし神が居たら人類は滅びるのでは?
☆ ん? その心は?
★ その力は絶大であり人間が人間として生きれないでしょ?
☆ いや 別の考え方(要するに 神についての人間の忖度)もあります。
神は 絶対性として 相対的な存在である人間にその《生きるチカラ》を与えているという見方です。これなら だいじょうぶです。
★ 自分の中の創造上の物体であって
☆ いいえ それは違います。神は 人知を超えているのですから 人間の想像もまた創造も お呼びではありません。
★ 自分の中に神を創ってるのであって
☆ そういう人・そういう場合は あり得ます。要するに 想像力をたくましくして 自分の神の像を描くという場合です。
このような言わば神観は 自由です。と同時に その想像の内容が 普遍性を持つとは限らないでしょう。
★ いわゆる神は夢を入れる空箱です
☆ そういう神観は 自由です。と同時に 一般に中身は 独り善がりです。
No.6
- 回答日時:
お久ぶりです。
私は信徒ではないのですが。
此の世で天国を観てしまった以上、(堕落天国ではありません)
神はいるのではないでしょうかね。
何故、私に天国が降臨したのかは謎です。
ご回答をありがとうございます。
そうですね。みづからの体験――いわゆる神体験――は 貴重です。
そしてただし同時に 哲学としての神論も それとしてなされなくてはならないとは思います。
主観にとっての真実を得た体験は それでもそのまま否が応でも・よきにつけあしきにつけ 主観的な神観に成りがちです。
経験合理性という基準を言わば超えてでも 体験は起きるわけですから その内容を哲学として理論づけるのは 言わば別の仕事になるのが しばしばです。
☆ そうですね。
無神論者という向きがこの世にはいます。けれども そうであっても――もし神は 普遍神であるなら――その見解(《無い神》派)にかかわらずその人にも 神は 同じ光をそそぎ同じ雨を降らします。
そういった・理論のための前提をおもく見る必要が 哲学カテでは 重要ではないでしょうか。
☆ お元気ですか。しばらくでした。
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