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女王卑弥呼は表に出ずひたすら占いに明け暮れ、女王の占いの結果を民衆に伝えるのは弟の務めだった。
卑弥呼が亡くなった後、なぜ民衆に伝える役目の弟が王になり、男による万世一系を唱えるようになったのですか?

質問者からの補足コメント

  • 卑弥呼が死んで、男王が立った後から、巫女には生理があるから女王には、なれないと決めたんですか?
    男王が立った後から、男しか神道の長(天皇)にはなれないと決めたとなると、巫女の存在を否定しないことには、男が民衆の王として認められなかったからですか?

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/05/08 13:54
gooドクター

A 回答 (10件)

女王陛下のOO7で御馴染みの大英連邦は、長々と勤しむようですが、四神獣面鏡なのやら水晶玉にアンドロメダ・マジェラン星雲でも写っていたのか邪馬台国女王卑弥呼、他界したら、宿命なのだか、衰退、滅亡が、本、ノート、講談の読み書きのように、その国にのこされたいた、とでもなるのでしょうか。

 宿命は、宿命を呼ぶ。 その筋で、わるくなったら、変えるに変えられない。 そんなのもあるのかもしれないです、ね。
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卑弥呼が始まりと思うのが間違い。


天皇はその前からいた。
神武天皇は卑弥呼より古いでしょう。

卑弥呼が表に出ぬというのは御簾の蔭に隠れていたということでしょう。

偉い人が御簾の蔭に隠れて人々の前に姿を見せぬのは、
神聖な神ということですね。

昔はほとんどそうですね。
親しい人、特別な人しか逢えず。
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>男は権力争いしてもよいが、女が女王になり、男を立てずに男と争いになると、女も権力争いをするのだから男が王になるべきだと、男から意味不明なバッシングが待ち受けているのですか?



意味不明です。質問者様は私へのお礼欄に「男は権力争いしか頭にあらず、うんざりしている人も沢山いるので、もう女でよいんじゃないでしょうか」と書かれています。

つまり女性に変えるという事は同時に「権力争いしないこと」を期待しているわけです。

女になっても権力争いがあるなら「権力争いしか頭にあらず、うんざりしている人」達にとってなにも門外解決になりません。

ですからお礼のような意味合いで「女性が権力者になるなら、権力争いしない、と証明する必要がある」と書いたわけです。

もし女性になっても権力争いするなら「権力争いしか頭にあらず、うんざりしている人も沢山いる」から女性に変える、という理由は成り立たない、と言う話であって「男から意味不明なバッシング」をしていないです。

念のため書きますが、日本の天皇に限らず「権威・権力」というのはその力を保持している正統性や正当性が必要で、天皇の正統性は「男系」であることです。

そしてその理由は今までの回答で説明してきました。

もし天皇を女性または女系に変えるのなら、変えるための「正当性」が必要で、質問者様のいう「男は権力争いしか頭にあらず、うんざりしている人も沢山いる」というのが正当性をもつためには「女性・女系になったら権力争いをしない」という信用に値する何かが必要になります。
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女は害しかもたらさないから

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>卑弥呼が死んで、男王が立った後から、巫女には生理があるから女王には、なれないと決めたんですか?



違います。戦争の神は男性のみを保護するからです。「生理が有るから穢れている」と言うのは男女を区別する基準を示しただけのことです。

天皇の宮中祭司の特徴は「日本全国の神々すべてに祈りを捧げる」ということです。
 「日本の神々すべて」というのが特徴で、これはつまり「天皇の配下になった豪族たちの氏神全部を天皇がお祀りする」という事を意味します。

日本の限らず古代の人々は「自分達の神に祈る人が居なくならない限り、自分達の民族(豪族)は滅びない」と考えていたので「天皇が配下の豪族の神々を祈り続ける」ということは、その豪族が戦争で負けて一族が消えても【天皇がいるかぎり、豪族の氏神も自分達も永遠に生き続けられる】という意味だったのです。

このための「保障」が「戦争に勝てる強いリーダー」であり、豪族たちが貴族になって支えた王権、そののちの大和朝廷とは「自分達がずっと生き残り幸せに暮らせる国造り」だったのです。

宮中祭司はヤマト王権が確立されてからずっと続いている儀式です。それが現代まで続いているのは、日本に住む人々が「天皇が続くことが自分達の生活が続くこと」と認識していたからです。

>男は権力争いしか頭にあらず、うんざりしている人も沢山いるので、もう女でよいんじゃないでしょうか。

全然かまいませんが、しかし「女が権力争いしない」という根拠はどこにもありません。それがない以上は説得力をもって「女でいい」とはいえませんね。
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この回答へのお礼

男は権力争いしてもよいが、女が女王になり、男を立てずに男と争いになると、女も権力争いをするのだから男が王になるべきだと、男から意味不明なバッシングが待ち受けているのですか?

お礼日時:2021/05/08 17:21

#2です。

お礼ありがとうございます。

>平和な世では女王の統治が相応しく、戦乱の世では男王の統治が相応しいということだとすると、平和が訪れた現在、なぜ男王なのですか?

平和・戦争というより「他の土地や集団から収奪するものがない時代」と「他のものを奪ってでも自分達が生き延びたい時代」の違いです。

実際、世界を見渡してみても集団的な農耕社会に移行する前は女神を信奉する女系社会ですが、農耕社会に移行すると男性の権力者を頂点とする男神信仰及び男尊女卑の社会に変わっています。

農耕のレベルが一定以上に進むと、作物を生産する農民人口以上の食料を作りだすことができるようになるからで、それはつまり職人や商人そして兵員、さらには貴族階級という階級制度を生み出すわけです。

卑弥呼の時代は原始時代から古墳時代に変わる過渡期で、古墳を作るには農耕生産性が上がり埴輪などを作れる職人が必要になるわけで、卑弥呼の時代は余剰人員を産む生産性がかなり少ない時代だったといえます。

しかしその後、寒冷化に打ち勝つために農業生産性を高める努力とそれを横から見て収奪したい集団が出現したのは、他の地域の歴史からみてほぼ確実で、それが各地の豪族の誕生と最終的に王権を手に入れる天皇の出現につながるわけです。

その後は日本列島が統一されつつ、蝦夷などの朝敵、元寇などの異敵を打つ時代になり、天皇の権力が強まり、それは「戦争に勝てる男の指導者」である必要があったわけです。

これが変化したのが平安時代で藤原摂関政治ぐらいから天皇は実権を失い、権力よりも「権威」だけになったといえます。

ただ「権威」というのむしろ厄介なもので「前の権力者が死んだあと、後を継ぐのは【どのような資格を持つ者なのか?】を巡る争い」に発展しやすかったといえます。

こうなると権力争いをする人々が現れ、天皇という権威を争うことで、ますます「男性のみ」という形になっていくわけです。そこに「女性でいいんじゃない」という説得は意味がないというか、横から突然権力を奪いに来た奴ら、と見做されることになります。

日本の天皇制が現代まで続いているのは「異民族戦争をほとんどしていないから」で、国内的には「男性だけが後継ぎになれる」ということを守ってきたから現代まで続いたのです。
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この回答へのお礼

男は権力争いしか頭にあらず、うんざりしている人も沢山いるので、もう女でよいんじゃないでしょうか。

お礼日時:2021/05/08 15:58

天皇の一番大事な御勤めは宮中祭司です。



そして、其処には、、女性は入れません。

男性しか入れない、清い場所だからです。

理由は、女性には、「生理」があり、昔から、生理は

汚らわしいもの、、とされています。

歴代天皇の中で女性の天皇は8人おられました。

男性天皇の「継ぎ」としてでした。

それらの女性天皇の時は、宮中祭司は、一部、中止されていたそうです。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

昔は栄養が足りてなかったらしく、30歳くらいで止まってしまう感じだったようです。

お礼日時:2021/05/08 12:34

卑弥呼と天皇家のつながりは証拠がありません。



天皇家が男系になったのは3世紀から地球が寒冷期に入り、日本でも食料が不足し始めたからです。

卑弥呼の時代の大動乱は、その先がけだといえ、つまり「食料が足りないから、自分達の部族の生き残りのために近隣部族の田畑を収奪する」という戦いが起きる時代に入ったわけです。

卑弥呼の時代は実は一旦寒冷化が収まった時期で、だから戦争が収まったのでしょう。卑弥呼の死後4世紀には再度寒冷化が始まり、日本国内が大戦争になったでしょうし、その中で頭角を現した戦争指導者が天皇家の始祖であったわけです。

その後天皇を中心とした王権が出来るにしたがって、強大な権力による指導ができるようになり、戦争が収まり、やがて大和朝廷につながったわけで、つまり男性が戦争指導者からそのまま「飢えを退治するリーダー」になっていったからこそ、天皇家は男系だけなのです。
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この回答へのお礼

平和な世では女王の統治が相応しく、戦乱の世では男王の統治が相応しいということだとすると、平和が訪れた現在、なぜ男王なのですか?

お礼日時:2021/05/08 10:43

皇室は大和朝廷の時代から始まりました


邪馬台国は関係ありません
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