福岡では屋台の存廃問題があります。
屋台は迷惑との意見がありながらも「福岡の象徴」といって、マスコミも存続側として一方的としか言えない報道をします。
タウン誌は屋台の問題点・苦情を載せません。
なぜ屋台が自らの問題をたださないで権利ばかり主張してひいきを求めるのでしょうか?
私としては、まじめな屋台もあり、それらは応援したい、しかし環境整備と安全には協力してほしいと思います。

A 回答 (3件)

各地に屋台はありますが、福岡・博多は全国的にも確かに有名です。

他都市と比べれば博多の屋台はマナーが良いと思います。それはやはり指導要綱があり、全国的にも珍しい、屋台設置場所の水道・電気の供給です。普通だったらポリタンに水入れて、電気はうるさい発電器。珍しく役所と共存しているようにも思えます。

全国的に見たときに、博多の屋台のマナーの良さが目に付き、マスコミも敢えては叩かないのでしょう。

参考URL:http://www.sendako.com/text/world/hakata_japan.h …
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この回答へのお礼

情報ありがとうございました。一応努力してはいる部分はありますね。でも市の誇りになるくらい努力している店はどのくらいあるのでしょうか?

お礼日時:2005/03/11 23:20

 こんばんは。



 観光で一度だけ言った事があるだけなんですが、全国的にも珍しい、屋台の条例を作っているということで、行政も力を入れているのだと思っていましたが、色々問題があるんですね。始めて知りました。

 ただ、福岡市は条例に基づいて、ちゃんと許可を取って営業をされていると思いますが、私の住んでいる関西地方では、無許可で公園や路上で勝手に営業している業者が絶えません。ひどいのになると、昼間から歩道上に機材を置いて場所取りしている業者もいっぱいいます。
 悪い物どおしを比較するのもどうかと思いますが、一度、関西の屋台のひどさを見てください。少しは、寛容な気持ちになれると思いますよ。


http://www.city.fukuoka.jp/reiki2/reisys/reiki_h …

参考URL:http://www.city.fukuoka.jp/reiki2/reisys/reiki_h …
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この回答へのお礼

条例見ました。しかし「本当に守るの?」と疑問もわきましたし、苦情が公にならないのも・・・トイレや排水への経営者の認識が気になります。福岡の象徴なら倫理は重要でしょう。

お礼日時:2005/03/11 23:12

答えにはなっていないのですが、中洲の屋台は観光客相手なんで、「高い」ということが問題ではないかと思います。

しかも保健所の許可の関係で生ものが出せないので新鮮な魚介類は食べられない。にもかかわらず、高い。
博多出張は年6~8回ありますが、今は屋台に寄ることはないに等しいです。
権利も一代限り、と聞いていますが、儲からなくなれば店を畳むだけでしょう。

この回答への補足

地元の人はあまり屋台を好まないような気がします。観光客が多いような気がします。
郊外のラーメン屋の方が安くてうまいという話があります。

補足日時:2005/03/11 23:02
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Q問題と課題の違いにいて?

こんにちは、みなさん!!

【質問】問題と課題の違いは何ですか?会社で、よく、課題や問題と
    言った言葉がでますが、違いが明確に分りません。    

ご存知の方いらっしゃいましたらよろしくお願いします。

Aベストアンサー

問題は解決されるためにあり、課題は挑戦されるためにある,という人も居ます.
  http://blue.ap.teacup.com/motokuni/787.html

問題は、あるべき姿と現状のギャップ。
課題は、問題をなくすために解決すべきこと。
 http://d.hatena.ne.jp/y_mori/20080107/1199720488
問題は,未だ解決すべき事が分かっていない状態で,問題点がはっきりすれば,解決すべき課題となりますね.
  http://www.zukai.net/002moku/moku02.html
  http://dtcn-wisdom.jp/J-Edition%202/J26%20app%20N%20problem-subj%20J.pdf
  http://plaza.rakuten.co.jp/tomo1013/diary/200512140000/

Q死刑の存廃について

死刑を存置すべきだと考える人はなぜ、存置すべきだと考えるのですか?

もし、仮に死刑を廃止した場合、被害を受けた人や家族の気持ちが収まらない。
という意見が世論調査で多数を占めていますが、これは犯罪者を殺すことによって被害を受けた人や家族の気持ちは完全に収まるという根拠はあるのでしょうか?

殺しされたから殺し返すという殺すという連鎖で満足いくのでしょうか?


また、世論調査では凶悪な犯罪を犯した者は命をもって償うべきだという意見も多いです。

このように思う理由は何ですか?



最後になりますが、世論調査では死刑を廃止すれば凶悪な犯罪が増えると回答している人が多いですが、このことに対しては根拠がないですよね?

どのようなことからこのように思っているのですか?

Aベストアンサー

1,被害者遺族の気持ちが完全に納まる必要はないでしょう。
  少しでも納まれば、それで良しとすべきです。
  嫌ならそんなひどいことをしなければよいのですから。

  問題は、被害者というよりも、社会の報復感情です。
  惨たらしく殺しているのに、殺した本人は医衣食住つきで
  天寿を全うすることを、国家が保障する。
  これは何とも不公平でやりきれない。
  そういう想いです。

2,死刑の問題において、前提となるのは殺人ですね。
  殺人は、通常は感情にまかせ人を殺害する場合が多く
  その点から、死刑の抑止力が疑問視されている訳です。

  しかし、あるヤクザの幹部が発言していました。
  出入りで、機関銃とか爆弾を使わないのは、それで
  無関係の市民を殺害したら死刑になるからだ、と。
  つまり、殺人には計画的なものもあり、そういうもの
  に対しては、死刑の抑止力はある、ということです。

Q問題、課題、原因要因、目標、対策、現状把握の違い

タイトルの件、違いは何ですか

問題、課題、原因【要因】、目標、対策、現状把握の違いについて

自分の認識は、下記のとおりです

事例:会社の利益が平成23年度、前年比で100万円少なかった

1:現状把握
⇒売上、費用を全て調査
⇒印刷代だけ、前年比で、100万円多かった

2.問題
⇒会社の利益が、平成23年度、前年費で、100万円少ない

3.原因、要因
⇒印刷費用の使い過ぎ【100万円】

4.課題
⇒会社の利益の向上【100万円】

5.目標
⇒会社の利益を100万円上げる【平成24年度】

6.対策
⇒廃棄する紙の中から、リサイクルできる紙をプリンターに使う
⇒必要なものだけ、カラープリンターを利用する

以上、ご存知の方、いらっしゃいましたら、宜しくお願いします。

Aベストアンサー

 以前にも似たような相談がありましたよね。これらは問題解決のための科学的アプローチの要素です。時系列的には次のような流れとなります。


問題⇒現状把握⇒分析⇒課題⇒目標⇒原因・要因⇒対策⇒評価⇒処置

問題
 問題とは関心が持たれる事項、とくに望ましくない懸念事項です。
 ⇒会社の利益が平成23年度、前年比で100万円少なかった

現状把握
 現状を調査して問題に絡む事実関係を明らかにすることです。
 ⇒売上、費用を全て調査

分析
 現状把握した結果から課題が見えるようにすることです。
 ⇒印刷代だけ前年比で100万円多かった

課題
 改善に取り組むべき不具合(解決すべき事項)です。
 ⇒印刷代の削減

目標
 課題に含まれるべき要素であり、改善で達成すべき到達点です。
 ⇒前年並の印刷代(現状より100万円の節減)
 可能な限り年度の最終目標だけではなく毎月かせめて四半期ごとの中間目標も立てます。

原因・要因
 不具合は何かの結果であり、その結果を引き起こす大本の事項が原因です。
 原因には幾つかの要素からなることがあり、それぞれの要素が要因です。
 ⇒印刷費用使い過ぎの原因(「印刷費用使い過ぎ」は原因ではありません。それは結果であり、その結果をもらたす大本の事情が原因です)
 文面からでは原因は不明ですが、使用済み用紙のリサイクル管理手順の不備、カラープリントすべき判断基準の不備が要因としては考えられます。しかし、これらを完璧に実施しても100万円の節約になるかどうかの根拠が明らかではありません。更なる調査が必要です。

対策
 課題を解決する手段です。可能な限り原因(要因)を取り除くことです。
 ⇒使用済み用紙のリサイクル管理手順を整備して実施運用するう
 ⇒カラープリントする判断基準を整備して実施運用する
 ただし、これらを完璧に実施しても100万円の節約になるかどうかの根拠を明らかにしていないので、その調査結果によってさらなる対策が必要になります(つまり要因はもっと他にもあるかも知れません)。対策をすべて行ったら目標達成になる科学的な根拠が必要です。精神論ではいけません。

評価
 対策の結果が目標に対して達成できている程度を調べることです。
 ⇒毎月(または四半期)ごとにかかった印刷代を調べて前年同期と対比します

処置
 対策の結果が目標未達成のときに目標を達成できるように手を打つことです。
 ⇒毎月(または四半期)ごとに目標未達成なら挽回のための手をこまめに講じます。

 以前にも似たような相談がありましたよね。これらは問題解決のための科学的アプローチの要素です。時系列的には次のような流れとなります。


問題⇒現状把握⇒分析⇒課題⇒目標⇒原因・要因⇒対策⇒評価⇒処置

問題
 問題とは関心が持たれる事項、とくに望ましくない懸念事項です。
 ⇒会社の利益が平成23年度、前年比で100万円少なかった

現状把握
 現状を調査して問題に絡む事実関係を明らかにすることです。
 ⇒売上、費用を全て調査

分析
 現状把握した結果から課題が見えるようにすることです。
 ⇒印...続きを読む

Q死刑は自らの命で償うというオトシマエの問題

殺人の被害者遺族の中には、死刑を望まない人もおります。しかし、大半の遺族は苛烈な処罰感情に苦しんでいます。
犯罪被害者遺族の会の記事なんか読むと、加害者が死刑にならない
限り、自分達は再出発できないと言ってます。
しかし、そもそも被害者の遺族感情は死刑の是非と論じる根拠にして
はいけないと思います。
死刑は、利己的な動機で罪のない人の命を奪った罪に対して、自らの
命で償うというオトシマエの問題です。
例え、被害者遺族がバリバリの死刑反対派で、死刑だけは止めてくれ
と泣いて頼まれても冷徹に執行されるべきだと考えます。
みなさんは、どう思いますか?

Aベストアンサー

死をもって死を償う  

この考えは 形だけは対等価値に見えるが 加害者が死刑になったとしても 被害者遺族の気持ちは晴れない
なので 精神面では 対等価値では無いのです

だとしたら 死刑は 国という味方を持った殺人・・人命は 国よりも大切なのに・・・

Q問題と課題の違いは何ですか?

こんにちは、みなさん!!

タイトルの件、ご存知の方教えてください。同じ言葉のように思えます。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

問題は、クリアしなければ状況が悪化する。
課題は、クリアしなくても悪化はしないが、
クリアすることで成長につなげられる。

Q死刑の存廃について

死刑制度について、廃止すべきか存続すべきかについて考えていたんですけど、行き詰まってしまいました。

私が取り上げたのは「被害者問題」です。

もし、死刑を廃止したら、被害者の怒りはどこにぶつければいいのだろうか。故意に人を殺しておいて、何故犯人だけは生き延びているのだろうか。どんな事をしても、被害者が帰ってこないならば、せめて、憎き加害者の存在自体無き物にして、事件全てを忘れた方がよいのではないだろうか。犯人を死刑にし、無理矢理にでも、この事件は終わったんだと自分に言い聞かせ、忘れていこうとしたほうがいいのではないだろうか。

死刑は最低限の苦痛を与える方法によってのみ、その執行を認められている。被害者は、突然大きな苦しみの中で亡くなっていった。この犯人の死に方で、遺族は満足するか? 加害者が犯罪を反省していない場合、死刑によって加害者がいなくなったところでその犯罪に対する反省も答えも残らないのではないだろうか。
また、死には死をと言うのならば、目には目をがあってもいいはずなのに、体の一部に対する刑罰は許されていない。体の部分は許されていないのに、全体だと許されるのはおかしくないだろうか。

…ながながと書きましたが、ここでつまってしまいました。この先、まだ何か言えそうな気がするんです。
皆様のご意見・ご指摘をお願いします。

死刑制度について、廃止すべきか存続すべきかについて考えていたんですけど、行き詰まってしまいました。

私が取り上げたのは「被害者問題」です。

もし、死刑を廃止したら、被害者の怒りはどこにぶつければいいのだろうか。故意に人を殺しておいて、何故犯人だけは生き延びているのだろうか。どんな事をしても、被害者が帰ってこないならば、せめて、憎き加害者の存在自体無き物にして、事件全てを忘れた方がよいのではないだろうか。犯人を死刑にし、無理矢理にでも、この事件は終わったんだと自分に言い...続きを読む

Aベストアンサー

 死刑制度に反対する人の意見として、「被害者の遺族は加害者の死によって安息をもたらされることはない」、「加害者の死亡は問題の解決とはならない」等の主張があります。死刑によって何らかの価値が生まれることを当然に予定しているような主張です。しかし、そもそも刑罰は価値の生産ではないはずです。刑罰は、すでに発生した不条理への穴埋めであり、あくまで事後的なものでしょう。刑罰は常に不条理の後にあり、死刑も例外ではありません。死刑について語るならば、その適用を基礎付ける事実の考慮は欠かせず、また刑罰である限り、死刑が生産的である必要もありません。もちろん、刑罰には特別予防や更正の意味合いも含まれています。ただ、これらの効用はあくまで刑罰の二次的側面であり、刑罰の根幹にあるものは、発生した不条理への応報であると思います。

 死刑の適用された加害者によって大切な人の命を奪われた遺族の中には、悩みながらも加害者への理解を示し、あるいは死刑制度に対して否定的な見解を示す人たちもいます。そして、死刑廃止を訴える人たちはこのことを強く強調します。「死刑には意味がない」、「死んだ人間は返らない」と。しかし、このことは、被害者の遺族はこうあるべきであるというモデルとならないことは言うまでもありません。遺族に対して、「遺族はこうすべきである」とか、「遺族はこうあるべきである」等と言う権利は、誰にもありません。大切な者を奪われた人が、加害者の死を強く望み、死刑を訴えることは彼らの当然の権利であり、非難されることでもありません。依然として、被害者の遺族の多くが加害者の死刑を望んでいることは純然たる事実です。そして、それが、この上ない不条理に際した多くの人間にとっての、本当の心の叫びではないでしょうか。愛する者を奪われた人が、応報感情をさらけ出して加害者の死刑を望むことは何も恥ずべきことではなく、むしろ人間という動物にとって至極自然なことのように思います。

 刑罰は応報であり、死刑は応報です。最も考慮すべきなのは被害者の遺族ではなく、被害者自身です。すでにこの世に居ないからといって、被害者自身の感情を無視することは許されません。死刑が被害者の遺族にとって意味のないことであると語ることは、被害者自身の感情の説明を度外視したものにも聞こえます。もちろん、遺族も二次的な被害者であることは間違いありませんが、本当の被害者は、やはり被害者自身です。たとえ多くの遺族が、長年の苦悩と周りの支援によって不条理から立ち直れたとしても、天国にいるであろう被害者自身の傷は、未来永劫癒えることはないと思います。
 
 死刑が執行されても被害者は返ってきません。だから、遺族にとっても意味がないことだと言う人もいます。しかし、私は、加害者の死は遺族にとって(あるいは天国にいる被害者自身にとって)、ある程度意味のあることではないかと思います。死刑制度がなければ、大きな不条理に際した遺族は、死ぬまで加害者と同じ世界を共有しなければなりません。下手をすれば、恩赦で釈放された加害者と同じ社会で暮らさなければならないということもありえます。このような苦痛があるでしょうか。これはね経験したことのある人にしか分からない、しかし私たちも十分に予想できる、筆舌に尽くし難い苦痛ではないでしょうか。死刑が決定した加害者は、二度と社会へ出ることはありません(これが、死刑と終身刑および無期懲役との大きな違いでしょう)。遺族は、発生した不条理に、はっきりとした区切りを付けることができます。何も産まれませんし、何も返ってきませんが、しかし間違いなく、それは遺族にとって区切りとなります。その後、遺族がどのような気持ちで暮らせるかは分かりません。なお苦しむ人もいるでしょうし、苦痛を緩和される人もいるかもしれません。ただ、おそらく、区切りを付けることによって、気持ちの転換期になります。再び人生を歩みだすための、転換になると思います。

 日本の死刑制度においては、死刑は、ひとつの死に対する絶対的応報ではありません。あくまで、発生した不条理に対する総合的な応報です。どのような不条理に対して死刑を適用すべきかは、その時その時の社会が判断することです。多くの人が死刑の適用を主張するような犯罪は、死刑に値する不条理を有していると言え、逆に、そのような犯罪が存在しないのであれば、死刑制度は不要になります。現代社会においては、すべての事項がそうであるように、最終的な判断はその社会の構成員たる国民がすることになります。多くの国民が死刑制度の存続を望んでいる以上、それを持続させるべきだと思います。

 数年前までは、国際的には死刑制度は廃止の傾向にあると言われていました。しかし、廃止後の刑罰効果が思わしくないことや、国民の要望により、死刑制度を復活させる国家が相次ぎ、今現在の傾向としては、存置、廃止いずれとも判断し難いものになっています。そのことは、とりもなおさず国民が死刑を適用しなければ不条理であると考える事件が今なお発生していることを意味します。道徳や倫理、あるいは宗教によって死刑制度を非難することは、それぞれの価値観・考え方からすれば当然のことでしょう。ただ、死刑はどこまでも刑罰のひとつです。その存否を判断する材料は、その時その時の社会の状況、犯罪の性質、国民の感情です。何が正しいか、何が間違っているかというよりも、もちろんその社会の文化や習俗、倫理観や宗教等によって価値観を補強しながら、社会にとって何が必要かを論じることが第一義的であるように思います。そして、死刑制度について考えるときに重要なのは、事の順序として死刑よりもまず被害者の存在であり、遺族より被害者本人です。
 
 長々と書かせていただきまして、甚だご迷惑かと恐縮に思いますが、pikosukeさんが死刑制度について考える際に少しでもお役に立てたなら幸いです。
 

 死刑制度に反対する人の意見として、「被害者の遺族は加害者の死によって安息をもたらされることはない」、「加害者の死亡は問題の解決とはならない」等の主張があります。死刑によって何らかの価値が生まれることを当然に予定しているような主張です。しかし、そもそも刑罰は価値の生産ではないはずです。刑罰は、すでに発生した不条理への穴埋めであり、あくまで事後的なものでしょう。刑罰は常に不条理の後にあり、死刑も例外ではありません。死刑について語るならば、その適用を基礎付ける事実の考慮は欠か...続きを読む

Q「悩み」と「課題」の違い

上司に「仕事が忙しくて休む暇もない」ということを課題だと思って相談したところ、「きみ、それは課題ではなくてただの悩みだ」と指摘されました。上司に言われてよくわからないまま悶々としているのですが、悩みと課題の違いはなんですか?
自分の中では、
悩み・・・解決のしようのない漠然とした物 
課題・・・解決のしようがある論点
というように思うのですが、あっていますでしょうか?
また、最初に言った「仕事が忙しくて休む暇もない」というものの課題は「疲れて、労働効率が上がらない」・「納期が遅れている」という悩みから来る個別の問題ととらえればよいのでしょうか?

Aベストアンサー

認識論の立場からは、まず

あるべき姿と今ある姿の差を問題と呼び、その問題を解決するために具体的にどのような方策を取ったらよいだろうか、ということを課題と呼びます。

「悩み」は多くの場合単なる感想であり、ここから何が問題かを見つけ出すための生データであることが多いようです。


質問者さんは「仕事が忙しくて休む暇もない」と感じていらっしゃるわけですね。
しかしこれはどういう意味ですか?仕事が忙しいのは商売繁盛で良いことではありませんか?いわゆる「うれしい悲鳴」かもしれませんよね。解決すべき事柄は何でしょうか?
「仕事が忙しくて休む暇もない」というのは「仕事が忙しいことが原因で、休む暇がないという困ったことが生じている」という意味です。とすると、解決したい事柄は「休む暇がないこと」ですから、対策は、人員を増やすとか、暇な部署に配置転換するとか、転職するとか、受注を減らすということになります。

しかし、質問者さんがおっしゃりたいことはそういうことではありませんよね。
そこで「仕事が忙しくて休む暇もない」をこう書き変えてみます。
「休む暇がない程度に過剰に仕事が忙しい」
こう書きかえると、「仕事が忙しいこと」が解決したいことであるとわかります。しかし、これもやはり「うれしい悲鳴」かもしれませんから、「仕事が忙しい」ことからどんなまずい現象が生じているのかを言わなければなりません。それが、労働効率が上がらないことや納期遅れです。

すると、「労働効率が本来の効率(あるべき姿)から低下している(今ある姿)こと」および「本来守られるべき納期(あるべき姿)に遅れ(今ある姿)が生じていること」の2つが現象面に現れた「問題」です。そしてこの原因が「仕事の量が本来の適正な量(あるべき姿)を過度に超えて(今ある姿)しまっていること」が現象面の問題の原因となっている問題です。


以上まとめると、「休む暇がない程度に過剰に仕事が忙しいことによる、労働効率の低下および納期遅れの発生」が問題であり、「どうしたら仕事量を適正な量にすることができるか」が課題となります。

しかし、これはまだ本質的な問題ではありません。仕事の量が過剰であることの原因は何でしょう?そしてその原因のそのまた原因は?というように原因をさかのぼってゆき、これ以上さかのぼれない、というところまでさかのぼって得られたものが真の問題です。そして「どうやったら真の問題を解決できるだろうか?」が真の課題です。

認識論の立場からは、まず

あるべき姿と今ある姿の差を問題と呼び、その問題を解決するために具体的にどのような方策を取ったらよいだろうか、ということを課題と呼びます。

「悩み」は多くの場合単なる感想であり、ここから何が問題かを見つけ出すための生データであることが多いようです。


質問者さんは「仕事が忙しくて休む暇もない」と感じていらっしゃるわけですね。
しかしこれはどういう意味ですか?仕事が忙しいのは商売繁盛で良いことではありませんか?いわゆる「うれしい悲鳴」かもしれませんよね...続きを読む

Qタウンミーティングやらせ問題について

タウンミーティングやらせ問題について、報道されていますが、この問題は、どう受け止めたら良いのでしょう。

1.政治主導を強めるために、政治家が官僚を排除しようとしている。
2.政治主導なんてできるわけないと、官僚が情報のリークをしている。
3.その他

教えてください。

Aベストアンサー

3です。
強力な橋本派追い落としのために、世論をバックにつけているという
印象を持つためにタウンミーティングシステムを導入した小泉さんですが
そもそもこのシステムは、アメリカ型民主主義に馴染めない日本人には
無理なシステムなため、
自然に「丸投げ」になり「ヤラせ」状態になってしまいました。

結局、誰が得したか・・・
この前の選挙で圧勝した小泉派。
タウンミーティングであぶく銭を得た広告代理店の電通・博報堂。
損したのは
タウンミーティングの情報を得られず参加できなかったうえ
金を持ってかれた国民。
自業自得とはいえ、責任を押し付けられた官僚でしょう。

でも、一番の原因であり、一番の被害者は
傍観している日本人でしょうね。

Q目標と課題の違い

スケジュールを立てるときに 来週の目標と
来週の課題とあったら
この2つの違いを例えるとどんな項目がですか?
例でいいので違いを教えてください。

Aベストアンサー

自分なりに解釈すると、
1.目標は方法が定まっておらす、達成すべきでないこと。
2.課題は方法が定まっており、必ずやるべきこと

体重を10kg減らすのは目標とすべき。
夏休みの宿題は課題とすべきでしょう。

体重を必ず減らす方法は存在しないので、課題とはできないし、夏休みの宿題は方法があるので必ずやるべきことと思うのですが。

Q【タウンミーティングの意味と問題点について】

最近話題になっているタウンミーティングですが、目的と問題点について教えてください。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

目的については置いといて…(はっきり言ってよく知らない!)。
「問題点は何も無い」と思いますけどね。

質問者が「やらせ」だとか、文化省から謝礼を貰っていたとかマスゴミやサヨクが騒いでますけど、仮にやらせだとしても参加者の中で自分の意見とは違うと思った人はどんどん議論すればいいだけの話ですね。
むしろ最初の質問者の質問が呼び水になってミーティングが盛り上がれば反対意見を持つ人にとっても良い事だと思いますが?
こういった場においては、往々にして参加者が互いに遠慮して場が盛り上がらないという事になりますからね。
最も当局が最初からそれが目的だったのか-といわれると私からは何とも言えませんが…。

謝礼にしても、そういった「口火を切る」役を引き受けてくれた事に対するものと見ればまるっきり納得の行くものだと個人的には思いますが。


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