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病床生活からの一発見

萩原朔太郎 病気といふものは、私にとつて休息のやうに思はれる。健康の時は、絶えず何かしら心に鞭うたれる衝動を感じてゐる。不断に苛々して、何か為ようと思ひ、しかも何一つ出来ない腑甲斐なさを感じてゐる。毎日毎日、私は為すべき無限の負債を背負つてる。何事かを、人生に仕事しなければならないのだ。私が廃人であり、穀つぶしでないならば、私は何等か有意義の仕事をせねばならない。所が私といふ人間は、考へれば考へるほど、何一つ才能のない、生活能力の欠乏した人間なのだ。文学の才能すらも、私には殆んど怪しいのだ。

上記の文の中にある「私が廃人であり、穀つぶしでない」は、A「私は廃人であるが、穀潰しでない」なのか、B「私は廃人でも穀潰しでもない」のどちらの意味になります?

文脈から読み取れば、Bになるような気がするのですが、皆様の意見を教えてください!!

A 回答 (5件)

句読点に意味があって、と考えるのであれば、


「  私が廃人であり、穀つぶしでないならば、私は何等か有意義の仕事をせねばならない。 」
《 私は何等か有意義の仕事をせねばならない。》が主文でしょう。
《 私が廃人であり、穀つぶしでないならば、 》は前文、前置き。
主文を合理的に繋げているのだと想定すれば、
《 私が廃人であり、穀つぶしでないならば、 》は
《 (私が廃人であったり、穀つぶしであったり)ではないならば、 》か
《 私が廃人でもなく、穀つぶしでもないのだから、 》だという意味でしょう。

そして、この段落の提言(私は何等か有意義の仕事をせねばならない)を受け入れることができない形で、次の段落に続くのでしょう。

私は駄目だ! この意識が痛切にくるほど、自分を陰鬱にすることはない。結局して、自分は一個の廃人にすぎないだらうといふことが、厭らしい必然感で、私の心を墓穴の底にひきずり込む。しかもそれが、殆んど或る時は毎日なのだ。私はこの苦痛をまぎらすために、どうしても酒を飲まずに居られないのだ。しかも酒を飲むことから、一層悲痛になり、絶望的になつてしまふ。
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言うとおり「廃人である」「穀つぶしではない」だろうね。



「何一つできない」廃人ではある。
しかし(他人に完全におんぶにだっこになる)穀つぶしとはちがう。

ということで。
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そうだと思いますッ!

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Bです。


廃人でもなくて穀つぶしでもなかったら、有意義な仕事をしなければいけなかったのに、(そうなっていないから)・・・私といふ人間は、考へれば考へるほど、何一つ才能のない、生活能力の欠乏した人間・・・と続きます。
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Aだけど、その問は良くないね。

後の文も影響する。
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