dポイントプレゼントキャンペーン実施中!

(特に文系)大学生はやはり、
遊ぶ&大学名(肩書き)をゲット>>学び なのでしょうか?

大学で学ぶということが、世の中では軽視されていると感じて悲しいです…

特に教育関係者ではなく、ただの新卒OLが思うことです。 

大学での専攻とは無関係の業界の会社で働いています。


私は要領が悪く、学校の試験で問題を時間内に素早く解く、というようなことは下手でした。

でも、レポートやディスカッションなどで、授業で学んだことに対して意見をもつのが

私個人としては、とても面白いなと感じていました。

しかし、そうした

学ぶこと、学ぶ中身、それに対して考えをもつこと、
そうしたことを楽しむこと

というのは、世の中では「どうでもいいこと」なのでしょうか。

学生時代の勉強とは、ただの「作業」であり、それで得られた「処理能力」を

企業が使おうとしている、

働いているとそんなふうに感じます。

処理スピードがあることも、そこまで得意じゃない私からすればすごいことだと思います。

けれど、 

大学生たち、世間、会社の、大学教育を軽視するような風潮を感じて

大学での学びが面白いと思っていた自分が、
何だかバカにされていると感じ、
自分の感覚はやっぱりズレているのかと感じ(色々と人とズレていることが多いです)、

虚しくなります。

A 回答 (1件)

私は理系ですが、社会人になって大学で勉強した「知識」に関しては 1/10 以下しか使っていません。

(ひょっとして 1/100 以下か?)

そもそも、大学とは「職業訓練学校」ではないので、「即仕事で使うもの」など教えてはくれません。
また、逆にいえば「大学を出たからといって、その道のプロ、エキスパートになっている」わけでもありません。

大学では、もっと幅広く「社会に出てから使うであろう(使うかもしれない)基本、基礎」や「もの事の見方、考え方」を学ぶところだと思います。
そして、それを「実地に使ってみる、応用してみる」ケーススタディを「卒論」という1ケースだけ体験します。それも、高級な(レベルの高い)ケーススタディであることは少なく、ふつうは「やってみました」程度のことが多いと思います。
(理系では「卒論」の1ケースでは不足なので、修士に進んで「もう1ケース(少しレベルの高いもの)」を体験しないと使いものにならないことが多い)

そういった「基本、基礎」と「なんちゃって応用事例1ケース」を学んだ程度で、社会に出て働き始めることになります。
就職した企業や組織によって、そこで「応用」するのは学んだもののごく一部にすぎません。また、大学で学んだこととはあまり関係ない「ケーススタディ」を、その組織の中で「OJT(On the Job Training)」として積み上げていくことになります。
そのケーススタディは、大学で学んだような「純粋理論」であるわけもなく、いろいろなことを組み合わせたり寄せ集めたり、必要なら最新動向を学び直したり調べたりしながら、試行錯誤で進めていくことが多いです。
でも、その時に、大学で学んだ「基本・基礎」があるかどうかが大きく影響します。(その時点で「0から学ぶ」ような時間はない)
「基本・基礎」を学んでいれば、「使えそうか、使えないか」「簡単か、難しいか」という「あたりをつける」「一次判断をする」ことができます。
大学で「面白そう」と興味本位で首を突っ込んだことが、ひょんなことで役立つことも多いです。
そういったプロセスを何年か(あるいは何十年か)積み上げることで、ようやく一人前のプロ、エキスパートになっていくのだと思います。

「すぐに役立つ浅い知識」よりも、「幅広く応用の利く基本、基礎」「物事の見方、考え方」といったものの方が、社会に出てからは役立つと思います。
その意味では「学問」だけでなく、交友関係、世界・社会・世間を見る目、「人間というもの」を知ること(恋愛や社会的弱者との交流の経験、文学・哲学に触れることなど)も結構大事です。それは決して「遊び」だけではない、「人生経験」でもあります。

どのような人生を送って、そこで何をするかは人それぞれ。
「社会があなたに何をしてくれるか」ではなく、「あなたが社会に対して何をしていくか」という観点でものを見ていけばよいと思います。
「他人に流される」のではなく「自分で進んでいく」という生き方。

ちょっと長く、とりとめがなくなりました。
テキトーに読んでください。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!