都道府県穴埋めゲーム

神社の人形を輸送で頼んだのですが封筒を開けて人形を見た瞬間にものすごい力を感じ
本当に効果があったのですが
人形は恐らくなんの紙でもよく誰でも使えるものと思います。

陰陽師は全く関係ない、神社の聖夜祭のものなのですが、恐らく遥か昔の陰陽師の教え?でしょうか。
伊達政宗ゆかりの神社に伝わる位のもののようです。

人形に一体何をしているのですか?
これわかる人いませんか?

元々は中国の異文化あんなバカみたいなものをわざわざ日本に持っていった日本人バカじゃない?と中国人はいってましたが明らかに効果がありました。

これは、神社に来てくださいとかなんか変な声も聞こえたんですよね?

A 回答 (4件)

科学では解明出来ない事柄の一つですね。


信じる、信じないの前に感じる人と感じない人がいますね。
現代人には失われつつ在る、感覚です。

古い神社には建立した謂れなどがあります、場所の選定にも、古の人の
感性が働いて折り何らかの理由が在る場合が多いのです。
古い神社の境内に入ると、何やらの静かさを感じる処があります。
出雲大社に行くと実感出来ますね。(感じない人も居ますが)

私の友人がお母さまの三回忌なので、下北半島恐山のイタコに会いに
行きました、言葉は東北弁なので半分も聞き取れなかったのですが、
「口調は生前の母そのものでした」と感激していました。

あまり拘るとオカルトに嵌まり、生きてゆく上に支障を来たす場合が
有るので程々にです。
時々、心の安らぎを求める程度には宜しい事と思います。
    • good
    • 0

同じものです。


平安時代の遺跡から、人名が書かれ木釘が打ち込まれた木製の人形が発見されています。
「まじない」も「のろい」も「呪い」と表記するように人を悪い方に呪うの良い方に祈祷するのも同じ作業なのです。
奈良時代、平安時代に「呪詛を行った」と失脚した人が結構います。ほとんど濡れ衣ですが、人形使って何かやっていればそうイチャモンつけられることもあったということです。
平安時代になって密教の方が強くなると、戦乱が発生した時に朝廷が「調伏」で呪い殺すよう命令しており、良い方悪い方は表裏一体の関係です。
    • good
    • 0

陰陽道は一般的に、吉備真備が始めたとされていますが、それ以前から成立しています。


人形を使った祭祀は平城遷都以降で、平城京跡の遺跡発掘でも発見されています。
昔は紙が貴重だったので、木の人形を使っていました。人形は穢れを移すだけでなく、目標の人の「気」のようなもの(正確な名前は知らない)と人形をシンクロさせ、人形を痛めつければ呪詛できるとされるようになり、去年の大河ドラマで全成が頼家を呪詛するために人形を使っていたようなことが行われました。これが後に呪いの藁人形に発展しました。
陰陽道は、陰陽五行説など中国の思想を取り入れてはいますが、土着の呪術と結びついて日本で独自に発展したものです。
陰陽道は平安時代に大いに発展しますが、カリスマ陰陽師の安倍晴明が藤原道長のお抱えであったように、権力者に都合が良いように占いや呪術を行うことで朝廷や鎌倉室町幕府に召抱えられ、暦作成も行いました。
が、江戸幕府は陰陽道を重視しなかったので、幕府の役人として召し抱えられる事はなく、暦作成も天文方に奪われて衰退しました。
明治になると明治政府によって修験道などと共に陰陽道自体が禁止されて、新興宗教である国家神道に吸収消滅しました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

木の人形、藁人形は間違いだと思います。
過去にノートを人形にしてムカつくやつの名前を書いて燃やしたところ
対象がものすごく具合がよくなった事例がありました。
その時に聞こえた声は
それ、払うやつだから!という声。

呪いの木人形は学校の資料集とかで読みました。

お礼日時:2023/02/27 08:53

人形は、穢れを移す媒体なので何もしていません。

ただの紙です。何かすでに入っていればあなたの穢れを移すことができません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そのうつすためにやる儀式?
何してンの?ってことが知りたいです。

もしかして、聞こえた声が関係するとなると。
誰でもできないって話になってしまうのですが。
昔から先祖霊を使って陰陽師はなんかしてたとか
よく聞きますがそういうことでしょうか!?
この辺って世の中あり得ないはなしとなっていますが
実際に晴明神社ではえぼしかぶった透明な人みましたからね。

超常現象けいなら誰でもは無理そうですね。

お礼日時:2023/02/26 22:47

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!


おすすめ情報