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差別はいけないことだし、偏見はなくすべきだという前提で、お聞きしたいです。私は、知的障害と思われる男性に暴力をふるわれたことがあります。怪我をするほどひどいことをされたわけではありませんが、何度も続いたことと、なぜ暴力をふるわれるのか聞くこともできなかったこと、過去のQ&Aでも同じような体験をされた方がおられるように、私を殴った男性に限ったことではないこと・・・などから、知的障害者の方とうまく接する自信がありません。

また、ハンセン病がかつて業病と言われ差別されたことが、「理解できる」と思ってしまいます。見た目が恐ろしいから、差別的待遇をしてもいいとは決して思いません。でも、感染するとかしないとかではなく、「近寄りたくない」と感じてしまうだろうと思うのです。自分がそんなことを考えていることを相手に悟らせないように、極力普通にしよう、とするでしょう。でも、そんなふうに意識してしまうこと、それ自体が既に差別だと思うと、混乱してきてしまいます。

そういう気持ちを、どうしたらなくせるでしょう。よいアドバイスをお願いします。

なお、「それは誰もが持ってしまう感情だから、なくさなくてもいい」という類のご意見のみのご回答は、ご勘弁ください。既に友人などからもらった言葉ですが、それでは解決しなかったがゆえの質問なのです。

A 回答 (6件)

私もやはり、接点を持つ事だと思います。



質問者さんは経験として、被害に遭われたからその記憶が残っているのであって、もしも反対の経験をしていたならば、逆の感情を持てた可能性もあったと思うのです。
一般の学校では、身体や精神が不幸な事に普通と違っていると、入学を許可されないか特別のクラスに入れられてしまいます。だからお互いの理解がなされないばかりか、見かける事さえ特別な事になってしまっていると、私などは考えてしまいます。
もしも同級生や同じ学校にいろんな人がいたら、それがあたり前であり、偏見というものも随分少なくなるのではないかと、思うのです。

でも貴方自身が、そういう特別な気持ち(?)を無くしたいとお考えなら、手近な所から本やボランティア、身近にそういう人がおられる方から話しを聞く、等されるのが良いかと思います。
今こうして、質問された事が第一歩ですよね。
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この回答へのお礼

第一歩、と言っていただけたことが嬉しいです。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/20 23:05

こんばんは。



質問者さんはとても正直な方ですね。この質問をなさる時、すごく勇気がいったのではとお察しします。

知的障害者の方が乱暴な振る舞いをなさる時、その方なりの理由が何か必ずあるはずだと思います。障害ゆえに、自分の感情を言葉で表現できないもどかしさ、相手に伝えられない怒り、悔しさ、悲しさなど様々な荒波がその方の心にあるのだと思います。

>何度も続いたことと、
>知的障害者の方とうまく接する自信がありません。
質問者さんは、日常的に知的障害者の方と接しなければならない立場にいらっしゃるのでしょうか。

もし、質問者さんの意志でその方と接する立場(職業やボランティア活動)にいらっしゃるのであれば、その方がどんな状況の時にそういう乱暴な行為に及んでしまうのか、細かい洞察とそういう状況を生まない為の判断力が必要なのではないでしょうか。
それを行わないかぎり、相手の方とのコミュニケーションに自信が持てない状態が続くでしょうし、質問者さんご自身の安全も守れないことになってしまいます。
また、質問者さんが日常的に知的障害者の方と接する環境にないのであれば、お付き合いの仕方に自信がない以上、無理して接点を持つ必要なないと思います。

知的障害者の方に限らず、世の中、どうして暴力的行為に及ぶのか理解しがたい人も大勢います。そして、何故そのような行為に及ぶのか、その理由をいくら聞こうと努力しても、会話がかみ合わず、さっぱりらちのあかない人もいます。

知的障害者だから理解できない、という先入観を捨てることがご自身の差別してしまう心を薄れさせる第一歩だと思います。

ハンセン病患者の方については、#3の方の
>視覚情報だけで捉えてしまっていることがまずいと思います
と同意見です。
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この回答へのお礼

知的障害者の方と日常的に接する機会があるわけではありませんし、今後積極的に触れ合おうと思っているわけでもありません。ただ、「差別はいけない」と考える自分と、「○○の人は恐い」と感じる自分との整合性がうまくとれず、苦しいです。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/20 23:05

>そういう気持ちを、どうしたらなくせるでしょう。



差別する対象の方を理解するようにしてはいかがでしょうか。例えば知的障害者の方の暴力が気になるなら、何故知的障害者が生まれるかのメカニズム、障害者の心理分析、その肉親の苦悩や喜び、等を理解してみる努力をしてみてはどうですか。理解する為には、
1.図書館等で資料や本を読んで上記を理解する
2.知的障害者へのボランティアに参加して、知的障害者やその肉親とせっする機会を作って、どのような気持ちや行動を行うのかを自分で感じる
3.大学や施設で勉強をして理解する
を行動してはいかがでしょうか。

話を聞いて頭の中だけで考えるのではなく、自分で全力をあげて理解するように努力してみると、頭で考えている時とは別の理解が生まれるように思います。
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この回答へのお礼

理解が深まる以前の、相手を「異質」だと感じてしまうことはどうすればいいのでしょう。感じたことはそれと認めて、そのあと努力すればいいのでしょうか。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/20 23:05

お友達が言ってるようにそういう感情は誰でも持っています。

この内容だけを拝見しますと、質問者さんの場合は差別ではなくて生理的な感情が先立っているように写ります。

私個人の考えですが、差別とは人格否定だと思います。人格というかその人を人として認められないことだと思っています。

ハンセン病患者さんのことや、他の病気などのことについては、視覚情報だけで捉えてしまっていることがまずいと思います。目からではなく心から入った情報を読み取ってあげてはいかがでしょうか。
人として触れ合ったとき、こういう方々は健常者をうらやむところもあるかもしれませんが、人の痛みを良く知ってらっしゃいます。自分が特別な目で見られていることも知っています。

質問者さんが逆の立場ならどうでしょうか。
他人からの態度の一つ一つに心を痛めませんか?
だとしたら接する時に何が出来るか見えてきませんか?

みんな心を持っているんです。唯一つ、こういう人たちは社会的な部分でも阻害されてただけに不満をうまくぶつけられない環境にいるのです。

知的障害の方はそういう感情の起伏が激しいのだと思います。感情処理が上手くかないのですから、不満や苦しみを体現してしまうのだと思います。

自分自身が奉仕するにしろしないにしろ、係わっているのは生身の人間です。異質なものとしてのカテゴリーに無意識に取り込んでしまうのが一般ですが、違う視点からみたらもっと優しく接することが出来るのではないでしょうか。

受け入れられる基盤を作るためにも見る角度を変えて、自分の中にタフな精神力を培って接すれば、気持ちがつながって行くと思います。

神谷美恵子さんの著作にハンセン氏病者の治療とかかわりが詳しく述べられていて勉強になりました。

お時間があったらご覧になってみてはいかがでしょうか。
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この回答へのお礼

chitta1さんのおっしゃることはもっともだと思えます。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/20 23:06

知識を得ることだと思います。


障害者やなんらかの形で差別されている人達に対する知識を得ればまったくなくなるかはわかりませんが多少でも差別的気持ちは薄らぐと思います。
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この回答へのお礼

ハンセン病について調べている最中に、抱いた感想なのですよね・・・知ることで、なくせる感情なのでしょうか。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/20 23:06

その気持ちはなくせないと思いますよ。



過去に受けた暴力については、相手がたまたま知的障害者だったというだけで、「男性に暴力を振るわれたから男性不信になった」という場合と同じに見えます。その点はあなたも被害者ですから、余り気にする必要はないと思います。

その気持ちをなくそうと思っているだけでも十分にすばらしいことだと思えるのですが、それ以上に何を望んでいるのでしょう?

たとえば何かのきっかけでそういう感情が湧いてしまったときに他に親切などをして、あなたの心の中で帳消しにするというのはどうでしょう。
本質的にはこんな単純な足し引きで片付けられるものではないのですが、あなたの葛藤をちょっとでも解決できませんか。そうすることで誰も損をしませんし、かえって誰かがあなたに助けられます。(たとえ席を譲る程度のことでも)
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この回答へのお礼

帳消しにする、という考え方をすると、少し楽になれそうです。よいアドバイスをありがとうございました。

お礼日時:2005/04/20 23:06

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