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専業主婦はバカにされていると思っている人が多い様に思います。そして「世間に認められたい」「認めて欲しいと思ってしまうんです」とのコメントも見ます。しかし、歴史的に日本という風土では、家とは元々は主婦のものであって、それ故に、大量の家事を行っていると考えます。江戸以前の一般人の夫は立場が弱い。なので、主婦は自分の持ち物である家庭が幸せであって欲しい為に、プライスレスで働くのだと思うのだが・・・
つまり、主婦が家を我が物と思えていない事が、この不満への命題の根本ではないだろうか?
家に対する評価の低下とは、この認識の欠如が原因か?
女性は我が持ち物を手放してしまったのか?

質問者からの補足コメント

  • ひとつの命題として「嫁姑は一般的に何故中が悪いのか・・・」
    Webを検索するに「姑と嫁の間に上下関係が生まれることが、嫁姑問題の大きな原因です」とあります。これは上下関係と言うよりも、家という所有物を巡っての、権力闘争と見る事が出来るのではないか。よって、世の夫共はこの争いに近づくことを避ける。嫁姑問題に関わることは、一国の権力闘争に加わることと同じであって、これ以上にない愚かなことは無い。

      補足日時:2023/07/11 13:10
  • さらに命題として「夫婦円満の秘訣とは・・・」
    Webを検索するに「夫婦円満になれない原因は?1 コミュニケーション不足、2 お互いを尊重していない、3 価値観の違い」等々ある様である。しかし、家とは主婦の物であると定義すれば答えは単純。居候的存在である夫とは、家の中ではひたすら妻の言う事を聞くのみ・・・これが夫婦円満の極意として帰結できる。

      補足日時:2023/07/11 13:36

A 回答 (9件)

「家産」という概念を出している時点で「家は誰が守るのか」という命題に対して肯定していることが理解できない、頭が粗雑な人がいるようだ。



現代の法律で言えば「財産は個人に属する」もので、明治民法以前はそうではなかった。
 逆にいえば「家産」に対して日本では《男性だけが相続するもの》ではなかったし、西洋社会は《男性しか相続できない》ものであったわけだ。

もちろん例外はある、なんでも例外はあるよ。
たとえば西洋社会の王族はその例外で女性君主も誕生している。しかし法律的にはこれは例外で《本則》は男性しか相続できない、というものだったし、女性に財産権は無かった。
 ただし、西洋の場合も「家産の相続権」であって《結婚しない女性、または未亡人には認められるが、婚姻中の女性には財産権が無い》というものに対して、日本では《婚姻中も財産権の主張ができた》という違いがある。

じゃあ、具体的にどう違うのか?というと実例として
・日本では婿養子すると、家産にタッチできない事例が多々あった
(必殺シリーズの「婿殿」は、家産にタッチできない)
・西洋では結婚すると、妻は家産にタッチできない事例が多々あった
(ダウントンアビーの伯爵夫人はアメリカ人で、アメリカなら個人財産なのに、イギリスでは結婚した時点で夫財産に組み入れられ、離婚しても返されない)

もちろん国家によって多少の違いはあるが「西洋諸国の近代民法の参考書」と言われるナポレオン法典の事例を提示しよう。
Interdiction d’accès aux lycées et aux Universités
(女性の)高校や大学への入学の禁止
Interdiction de signer un contrat, de gérer ses biens
(女性の)契約締結及び財産保持の禁止
Exclusion totale des droits politiques
(女性の)参政権の不保持
Interdiction de travailler sans l’autorisation du mari
夫の許可なく労働することの禁止
Interdiction de toucher elle-même son salaire
自分の賃金を(妻が)保持することは禁止
Contrôle du mari sur la correspondance et les relations
(妻の)社交は夫の指示に従うこと
Interdiction de voyager à l’étranger sans autorisation
夫の許可無く海外旅行することを禁止
Répression très dure de l’adultère pour les femmes
(女性のみ)婚外交渉は重罪
Les filles-mères et les enfants naturels n’ont aucun droit
非嫡出子はすべての権利を保持しない

これが本則であり「西洋女性は財産権・契約権・相続権を保持できない」というのは正しい。


さて、あえて引用しよう
>そもそも、家計の管理は、任されれば女中頭(じょちゅうがしら)でも出来ることでしょう。

上記のナポレオン法典からいえば、そもそも女性達は基礎教育しか受けられない。歴史的にみて「基礎教育しかうけられないなら、教育そのものを受けさせなくていい」という流れが社会にできるのは当然で、だから権利制限を受けて居た女性やアメリカの有色人種などは、諸権利を万能に持つ男性・白人に比べて著しく識字率などが低かった

引用した「女中頭でもできる」という内容を実現するには二つ条件があって
①会計管理できる程度の知識が教育されていること
②そもそも家計管理を任されること
です。

①については、西洋諸国はそもそも「女性達に教育を施さない」のですから、女中頭が家計管理できるとは限らない。この点日本では商家などで奉公した女性は必ず読み書きそろばんを習っているのと全然違う

②については、西洋は「そもそも女には任せない」わけで、中国なんかもっと徹底して「女に任せないようにするために宦官制度を作った」わけです。

>男は国政や国防や大事業で忙しいのに、家庭の経営までやってられるかい。
その通り、主人は大忙しで家計なんて細かくチェックはしなかったのは事実で、では西洋における家計管理は誰が担った?

答えは「男性の執事」、いいですか「女性」ではないんですよ。どんなに忙しくても《女には任せなかった》のが西洋のやりかたです。


この違いがもっとも色濃く出ているのが「後宮の会計管理は誰がやったのか?」という点で、日本の大奥は御台所と女官が会計管理を行っていたことは記録に残っている。
 さて、世界の後宮で日本以外《女性達が会計を担っていた文化》があるのか?調べてみればわかるだろう。

もうひとつ、この点が色濃く出ているのが「西洋には女性経営者(女性篤志家)がほとんどいない」ということ。
 日本では朝ドラのモチーフになるような女性経営者がたくさん輩出されていますが、西洋諸国にはこういう形での女性経営者などはほぼ存在しません。(アメリカは別よ。)


>長男の単独相続へ移行していきました。嫡子単独相続と言います。
ただ「厳密には行われなかったし、法整備もされなかった」という点を指摘しておきましょう。

またここには「婿」という認識が欠けています。そこを見ないと本質が見えてきません。

まず西洋諸国での相続には「婿」という概念が存在しません。この場合の「婿」とは「実娘に嫁ぐ男」という意味です。

日本の場合、商家などでは「番頭を婿に迎える」ということがよくありました。しかもドラ息子に商売を継がせず、有能な娘に「婿」を迎えて商売を継承する、という事例がたくさんあります。

これが可能だったのは「女性にも相続権が有った」からです。
逆を言えば、婿は「家産」にはタッチさせてもらえません。つまり「経営権はあるが、家庭経営はできなかった」わけです。

実際、会社経営者ならわかると思いますが、経営は帳簿をつけるのでガラス張りになります。そう簡単に大きなお金を作って懐に入れることはできない。
 だから「婿に経営を任す」といっても、実際は「有能な実娘が帳簿をみて監督している」わけで、その上で「有能な番頭」だから商売繁盛する、という仕組みです。

欧米にはこういうものはありません。


>また、宣教師のフロイスの観察によれば、16世紀(信長や秀吉の時代)の日本の夫婦は別産制だったそうです。夫は夫のお金を管理し、妻は妻のお金を管理するということです。妻が夫のお金をも管理していたのではなかったそうです。

なんか勘違いされているようですが、今の日本も「夫婦別産制」です。民法762条1項にちゃんと書いてあります。

しかし、現実には判例などで「夫婦の間の片方の稼ぎは夫婦共有財産」という扱われ方をします。
 ということは、フロイスの観察の時代だって、今の日本と何ら変わりなかったといえるわけです。

近年「三行半は男性優位の離婚法ではなかった」という説が有力になっています。今の日本人は前近代の社会構造を左翼的でフェミニズム的な《視点》で教えらえすぎています。

米の問題もそうですね。日本では「6公4民で庶民の暮らしは厳しかった」と教えられてきましたが、これに疑問を呈したのが留学生の「6公で取られた米は誰が消費したのですか?」という質問だったと言われています。

そこから、様々な見直しがされて、今では「5項5民であったとしても、そもそも検地自体が江戸時代を通じて数回しか行われず、その間、技術革新で農地の収益が高くなったり、特産物生産で豊かになった庶民の実情」があったとされるようになってきました。

日本の家は「女のもの」であり、今でも「女の既得権益」です。
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座います。紫式部に清少納言・・・女は強し・・・

お礼日時:2023/07/12 10:19

結局、頭が粗雑なんだと思います。


第1に、所有と管理の違いについてです。たとえば、社長(オーナー社長を除く)は会社の管理者であって、所有者ではありませんね。昔の日本の家もそうです。主婦が家計を管理しても、家産の所有者ではありませんでした。
ところが、その区別が付いていないのが、「家とは元々は主婦のもの」という質問者さんであり、「質問者様の認識は正しいです」という回答者さんでしょう。財産権を所有と管理に分けて考えてみたこともないらしく、「西洋諸国ではローマ時代に女性が諸権利を失います。諸権利とは財産権」「相続権などです」などとウソをおっしゃるのです。
権利をかなり失ったとは言え、少し残っていました。令嬢は(あたかも生前相続のように多額の)持参金を与えられ、嫁に行くことがありました。その持参金は夫が管理するのですが、離婚や死別で妻が実家に戻るときは、夫側が妻に返済したりしました。つまり、持参金は妻が所有し続けたりしました。
ここで「したりしました」とは、婚前契約次第でいろいろなケースがあったということです。それが(フランス民法などを経由して)、次のように日本の民法にも名残りをとどめています。

(夫婦の財産関係)
第七百五十五条 夫婦が、婚姻の届出前に、その財産について別段の契約をしなかったときは、その財産関係は、次款に定めるところによる。〔引用終り〕

これには、「日本では婚前契約を交わしてから結婚する人なんていないだろう」と思うかもしれませんが、新しいルールというより、昔のヨーロッパの制度に由来する条文だそうです。「別段の契約をしなかったときは」、妻の持参金は夫のもの(管理だけでなく所有も)という法律も、昔のヨーロッパでは見られたでしょう。
そんな法律だけ見れば、「女性に財産権はなかった」と早合点するでしょうが、実際は契約次第で女性側が財産権を主張できたのです。
たとえば、15世紀ごろのスペインの王女カタリーナ(英語名はキャサリン)は、イングランドの皇太子アーサーと結婚しますが、半年もたたないうちにアーサーは病死してしまいました。カタリーナ側のスペインは、持参金の返済を要求します。なるほど、イングランドは返済しなければなりません。しかし、それの支払いを回避しようとして、「アーサーの弟のヘンリーと再婚してください」と言い出しました……。

第2に、「日本女性の地位は男性と対等であったといえます。」「日本の場合、律令制の時代に男女平等の権利になり、それが失われたことはありません。」なんておっしゃるのは、歴史の捏造でしょう。
日本の歴史は南北朝期(14世紀)を画期として大きく変わります。それまでは女性も男性に準じて分割相続にあずかることもあったのに、それ以降は女性の財産権がかなり否定され、長男の単独相続へ移行していきました。嫡子単独相続と言います。

「財産権がなければ家計を握ることはできません」なんてのも、所有と管理を分けてない粗雑な考え方ですね。そもそも、家計の管理は、任されれば女中頭(じょちゅうがしら)でも出来ることでしょう。奥様はそれを監督することもあれば、数字に暗くて監督は名目だけの場合もあったでしょう。
そもそも、昔の「上級階級」とやらには、家宰という人がおり、家長に代わって「家庭の経営者」をつとめていました。西洋なら執事ですか。上級階級ともなれば、男は国政や国防や大事業で忙しいのに、家庭の経営までやってられるかい。奥様は元お嬢様で、何もできない人だったりします。
家計の管理や家庭の経営は、上級の使用人でもできることです。それを雇えない(女中さんが一人だけとか、ゼロとかの)場合、西洋では夫が、日本では妻が働かされていました。

また、宣教師のフロイスの観察によれば、16世紀(信長や秀吉の時代)の日本の夫婦は別産制だったそうです。夫は夫のお金を管理し、妻は妻のお金を管理するということです。妻が夫のお金をも管理していたのではなかったそうです。
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座います。

お礼日時:2023/07/12 10:16

#5です。

お礼ありがとうございます。

補足の件です。
>ひとつの命題として「嫁姑は一般的に何故中が悪いのか・・・」
Webを検索するに「姑と嫁の間に上下関係が生まれることが、嫁姑問題の大きな原因です」とあります。これは上下関係と言うよりも、家という所有物を巡っての、権力闘争と見る事が出来るのではないか。

はい、その通りです「この家を運営する首相は誰なのか?」をめぐって、嫁姑はし烈な争いを行います。そしてこのようなし烈さがあるのは「日本だけ」です。

またヨーロッパの例で申し訳ないですが、たとえば家父長制で女性に財産権がないと、嫁姑の争いは起きにくくなります。「起きない」とは言いませんが、少なくとも日本のように「家事・育児の方針について姑が細かく口を出して嫁と喧嘩になる」という事例は多くありません。

これの理由は「姑だろうと嫁だろうと、どちらも自分の夫の指示で家事をやっている」からです。権限がないのですから、争いが起きにくいわけです。

また相続権が無いことも大きく影響しています。イタリアは特に「夫はマザコン」だと言われる国ですが、これも「母親の老後対策」が関わっています。

つまり《夫が死んだあと、財産を相続する息子と良好な関係を築き維持する必要がある》ということです。だから母親は息子を「マンマのパスタは世界一」と洗脳し、老後の一人身になったときに息子から「マンマのパスタをいつまでも食べたいから、長生きしておくれ」と援助をもらうわけです。

イタリア女性は日本女性ほど、夫がマザコンであることを気にしません。
日本の場合、世界的に珍しいほど「マザコン男」を嫌う傾向があり、これも《結婚した後、夫が姑の味方になったら困る》という嫁姑の権力闘争があるからです。

日本の嫁姑問題はまさに「一国の権力闘争」ですが、世界の他の国はそうではありません。

>さらに命題として「夫婦円満の秘訣とは・・・」
居候的存在である夫とは、家の中ではひたすら妻の言う事を聞くのみ・・・これが夫婦円満の極意として帰結できる。

その通りです。大いに賛成します。
#5に「夫を躾ける」という点を書きましたが、日本の伝統的な男女分業なら、妻は専業主婦であり、家庭内の偉大な権力者ですから夫は躾けられていいのです。
 その代わり妻は家母長として、夫を含めた家族の幸せに責任をもつわけです。

これが「うちの夫はこどもでまるで長男みたいな位置」というやつです。
サザエさんの波平さんなんて、まさにそれ、家庭内ではちゃぶ台の前か自室か縁側に座っていますが、お茶の催促と「御飯まだ?」以外は家庭内のことにまったく口を出しません。

これが日本の男女分業で、あり「家は妻のモノ」という日本の伝統的な男女対等主義です。
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座います。
>嫁姑はし烈な争いを行います。
>そしてこのようなし烈さがあるのは「日本だけ」です。
直観的に多分そうなるだろうと思いましたが、実例をご指摘頂きまして非常に納得しました。

お礼日時:2023/07/11 15:37

専業主婦はバカにされていると思っている人が


多い様に思います。
 ↑
最近、そうした傾向が目立ちますね。
金銭万能主義の弊害です。

人間も動物の一種として、子孫の
健全な育成が第一義的命題なのです。

仕事とか金儲け、というのはそのための
手段に過ぎません。

それなのに、
金を稼がない専業主婦はお荷物、
というのは主客転倒です。

専業主婦は健全な子を育成し
犯罪を減らし
家庭を団らんの場にしてくれる
重要な存在です。




つまり、主婦が家を我が物と思えていない事が、
この不満への命題の根本ではないだろうか?
家に対する評価の低下とは、この認識の欠如が原因か?
女性は我が持ち物を手放してしまったのか?
 ↑
なるほど。
そういう考え方もあるんですね。

ワタシは、金銭万能とジェンダーなんて
思想の影響だと思っていました。


○女性の社会進出が最も進んでいる
スエーデンの話。

大学生が100歳の老人に尋ねた。
「何が最も重要な変化でした?」
彼は、世界大戦、原子力発電、テレビ、携帯、パソコン、
宇宙衛星などを予想した。
しかし、老人の回答は彼の予想できなかったものであった。
「それはね、家族の崩壊だよ」

老人の介護は家庭の中で行われてきた。
しかし、今ではほとんど公的機関の手に委ねられてしまった。
女性は家の外で働くようになり、生産に寄与するようになったため、
公的機関が老人や子供の面倒を見ることになった。
こうして人々は、公平で平等な社会をつくりあげた。

女性達は非生産的な家庭から解放されて、
家庭外で自分を生かすことができるようになった。

しかし家庭を崩壊させたコストは高く付いた。
社会福祉は公的支出の2/3に達している。
その福祉の仕事に就いているのは女性である。

何のことはない。
女性は80%近い税金を払って他人の老人、子供の面倒をみているのだ。
そして、自分の家族は他人が面倒を診ているという図式。
福祉国家は家族でさえ助け合わない社会を造ってしまったのです。



犯罪統計によると、スウェーデン国内では、
2020年に約157万件の犯罪が報告されています。
2020年の日本の犯罪件数は約92万件(犯罪白書)であり、
人口規模(日本:約1億2000万人、スウェーデン:約1000万人)
で比較すると、スウェーデンでは非常に多くの犯罪が発生しています。
(日本 外務省)
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座います。
>スエーデンの話。・・・・
なるほど反面教師ですが、非常に参考になる事例と思います。

お礼日時:2023/07/11 12:33

無知な回答が多いようですが、質問者様の認識は正しいです。



少なくとも「欧米などの世界標準の女性の地位」から見たら、日本女性の地位は男性と対等であったといえます。(平等じゃないところに注意)

まず、世界の歴史の中での女性の地位を見てみましょう。
「奴隷と同じ」もしくは「家政婦扱い」です。

西洋諸国ではローマ時代に女性が諸権利を失います。諸権利とは財産権・契約権・相続権などです。ほかにも参政権などが無かったのですが、これは別の理由があります。

西洋諸国の女性達がこれらの権利を付与されたのは19世紀になってからで、完全に男性と「平等な権利」になったのは、1964年のフランス民法改正になります。

イスラム教国や途上国などでは、いまだに女性に諸権利が無い、という国や民族がたくさんあります。たとえばタリバンが掌握したアフガニスタンでは「女性は布を被ること」と指示がでましたが、女性が布を被らないと罰せられるのは父親か夫で、つまり女性には権利がない(だから義務もない)わけです。

日本の場合、律令制の時代に男女平等の権利になり、それが失われたことはありません。
 
さて、財産権・契約権・相続権がないとどのような生活になるでしょうか?バカな回答をする人たちはこの点を全く考慮していません。

財産権がなければ家計を握ることはできません。だから家計管理するのは夫の仕事になります。実際、世界の国々では男性が家計管理してきました。
 日本においては、室町時代には女性が家計を握っています。だから南蛮人が「男は女に頭が上がらない」と評するわけです。南蛮人からみれば「女が男と対等に金の話をする」時点でものすごいカルチャーショックだったわけです。

そんな日本は室町時代になると、男女の役割を分担します。いわゆる「男は外・女は内」です。西洋諸国や世界のほとんどの国では「男が仕事をし、家計管理も男が行い、子供の成長に責任を持つのは夫(父)」で、これを家父長制と呼んだわけです。

日本ではこの時代になると夫は外向きのお金(幕府や藩の予算や商店の商い金)を扱いましたが、家計は妻が担っていました。江戸幕府の大奥ですら正室と女官が家計管理をしています。
 日本は伝統的に「妻が家計管理し、妻が家庭内で権力をもつ」構造なのです。この時点で、日本では「家は女が守るモノ」だったわけです。

そういう目線で見てみると、日本独自の「女性の権力の強さ」が実は随所にあることが見えてきます。

たとえば「正室と側室(妾)」
これ日本で生活していると当たり前すぎて気がつきませんが、たとえばイスラムの多妻制と比べてみると明らかに違いがあります。イスラムには「正妻」という考え(地位)がないのです。

なんで「正妻」という地位がないかというと《必要ない》から、家父長制では《家庭内のすべてのことは夫が決める》ので、妻に権力がまったくなく、そういう意味では《すべての妻が無権力で平等》だからです。

日本の場合「正妻・正室」と「側室・妾」は明らかに地位が異なります。
正妻の場合、まず家計管理の権限があります。夫が得た給料を全額自分で管理し、側室などが不自由なく暮らせるように気を配るわけです。これが大奥になると正室が監督して女官たちが管理するぐらい大きなお金が動くことになります。

 ちなみに中国やアジアでは宦官という「一物を切り取った男性」が管理していました。普通の男性だと妻たちをたぶらかせて「自分の子供を領主の地位につけさせる」ことが可能になるので、それができないようにした男が管理していたわけです。これをみても、世界の中での女の地位が如何に低いか、権利がどれほどなかったかわかると思います。

また日本の正室は家計だけではありませんでした。結婚した女性の仕事はもちろん跡継ぎの男児を産むことですが、産むことができない正室もいて、その場合側室や妾が産んだ子供が跡継ぎになるわけです。

ところが面白いことに、家庭管理権を握っている正室は個々でも力を発揮します。日本の場合「側室や妾が産んだ子供は、一旦正室の養子にしてから跡継ぎとする」のでした。

これは《正室が家庭内の権力者であり権限がある》ということを考えれば当然です。もし側室の子供がそのまま跡継ぎになるなら、側室が家庭内で権力をもつことになり、それは日本では家計管理などの権限を奪い取る、ということになるからです(イスラムの多妻制は妻に何の権利もないので、どの妻の子供が跡継ぎになるかは夫が決めます)

このような事例をみても「日本では《家庭》というものに対して女性=妻が非常に大きな権限を持ってる」のです。

これは現代でもまだ生き残っていて、たとえば「夫を躾ける・夫はATM」というような言葉になります。

そもそも、世界のほとんどの国では夫が家計管理するのが伝統で今でも一般的ですから「夫はATM」なんて状況は生まれません。

 また日本では家事をするときに妻が「夫は家事ができない、だから躾ける」というような言い方をします。
 これそもそも非常におかしい言い方なのですが、日本人はまったく気がつかないのです。

この場合の妻の「夫は家事ができない」は実は《私の基準での家事になっていない》ということで、一人暮らしが長かった夫が「僕が一人の時はこうやり方で問題なかった」と言っても全く認めないわけです。

つまり「妻が思う、妻基準の家事のやり方」だけが日本の女性にとっての「家事」であって、これはつまり「主婦が家を我が物」だと日本の妻たちが無意識に思っているからです。

>家に対する評価の低下とは、この認識の欠如が原因か?

少なくとも戦後の民法改革で「家」という考え方は否定されてしまいました。なので表立って「家」という考え方をする人はどんどん少なくなっています。

でも「家庭」という言葉に置き換えると、日本の女性達の権力は強いし、権利は男性以上にあり、そこに無意識の伝統的な「家」制度が透けて見えるわけです。
 
なにより、この点について日本の女性が無自覚であり、それでいて「西洋型の男女平等が正しい」と信じ込んでいることが問題をややこしくしています。

>女性は我が持ち物を手放してしまったのか?

上記に書いてきたように、日本人が目標とする「男女平等」は西洋型のモデルであり、そこには「家」という概念は存在しません。「家庭」という概念はありますが、元々《男がすべてを決める》という日本とは真逆のやり方をしていたので、そのまま日本に当てはめるわけにはいきません。

実際、西洋では夫は家事育児をしてきませんでしたが、妻が行う家事育児は「労働」であって、上級階級などは妻ではなく家政婦や乳母が担ってきました。これは「家庭の経営者である夫からみれば、家事育児の労働部分は誰にやらせてもいい」という認識だったからです。

なので、今の欧米でも「男女平等」とは「夫と同等に家庭にお金を入れ、同等に家庭運営の権利を持つこと」を意味します。元々「夫が持っていた権利を妻にも半分渡す(義務も半分貰う)」という認識が西洋型なのです。

ところが日本では伝統的に「家庭運営は女性の義務であり権利」でしたから、夫が家庭内で妻に頭があがらないし、給料を全額搾取されて小遣いしかもらえないのが当たり前なのです。

日本人はこのような表面的なことは覚えていても、それが「女性の家庭における権力の強さ」だという認識は持っていません。

そこに西洋的な男女平等が入ってくると「夫が家事をしないのはおかしい、家事は無償労働だから、分担しろ」ということになるのです。いや、これを誘導したのは初期のフェミニズム指導者であったともいえます。

日本の女性は家庭における権力者です。もし無償労働がイヤなら、家政婦でも乳母でも雇えばいいのです。それが西洋型の男女平等です。
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この回答へのお礼

詳細にご回答有難う御座います。
非常に参考になりました。

お礼日時:2023/07/11 12:25

残念ながら、質問者さんは独学しても理解があべこべになっていませんか。

勉強の仕方を習ってないのかも。

> 「女は三界に家無し」の出典をWebで探しましたが、余り見つからず

出典が見つからないのは、これが俚諺だからであると理解すべきでしょう。つまり民衆文化ですよ。
「三界」は仏教用語ですが、これが仏教の教えであるなら、仏典などに出どころがあるはずです。しかし、それがないということは、世間の人が仏教用語を拝借した俗諺である(三界の意味も違ってるし、仏教の教えでもない)と思われます。
また、なぜ「朱子学」を持ち出すのですか? 儒学者がわざわざ仏教用語を拝借して格言を作りますか?
そして、俚諺・俗諺などを広く集めて編んだのが『譬喩尽』(1786年)などでしょう。つまり、『譬喩尽』は出どころではなく、その逆です。ことわざが広まり伝わったのを、のちのちの世になって集録したものです。それを、ことわざが「比較的新し」いことの根拠にするのは、あべこべなのです。

> 安土桃山時代に来たキリスト教宣教師の記録にも堺町人の様子を「日本の夫はみな妻に頭が上がらない」と記録していますので、

当時の堺は特異な街だったのであり(都市国家あるいは自治都市)、日本の典型とは思われません。外国人が日本を瞥見した記録から、自説に都合のいい所だけつまみ食いするのですか?

> 平安時代は「通い婚」ですから女が家を守っています。

いいえ、違います。妻は実家にいるのであって、その実家の主は妻の父です。つまり男です。
よろしいですか、当時の妻は実家を出て新居を構えたのではありませんよ。

堀田力と上野千鶴子の対談でも、上野が「女系と女権とは異なる」と指摘していました。二人とも京大出で、堀田は検事としてロッキード事件の捜査で名を揚げ、上野はフェミニズム研究で東大教授になりました。
堀田が上野に調子を合わせようとしてか、「日本は昔から女が強かったんですよね。奈良や平安時代も……」なんてことを言うと、上野はそれを窘(たしな)めました。
実権を握っているのは、妻の実家の男性集団(妻の父や叔父や兄など)であり、女性が実権を持っているのではないということです。たとえば藤原氏の摂関政治もそうですよね(天皇が藤原氏の屋敷に通い婚したりしていた)。
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座います。

お礼日時:2023/07/11 12:12

その認識は間違っています。


歴史的に日本では「女は三界に家無し」でした。婚家は主婦のものではなく、夫やじじばばのものです。じじばばが亡くなり夫に先立たれた後は、大きくなった長男のものでした。
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座います。
平安時代は「通い婚」ですから女が家を守っています。それから下がって安土桃山時代に来たキリスト教宣教師の記録にも堺町人の様子を「日本の夫はみな妻に頭が上がらない」と記録していますので、伝統が公家から民衆へ引き継がれ一般的な日本人は女尊であった事が推測されます。武士や豪商など特権階級や例外的な男尊の家もあったと思われますが、歴史的には女尊です。また「女は三界に家無し」の出典をWebで探しましたが、余り見つからず譬喩尽(1786)日本晴伊賀報讐(1880)位で、比較的新しく朱子学・仏教の影響からの物の様にも思われますので、歴史的に民衆文化だったとは言い難いと考えます。

お礼日時:2023/07/10 15:58

家は夫婦のもので、家事はその家に住む者全員に責任がある。


だから、その認識は間違っています。
家事はやって当たり前で、報酬も感謝も休みもないので、普通の仕事よりやりがいを感じにくい、というだけです。
ちゃんと家族が協力したり、言葉に出して感謝してる家では、専業的に家事をやってる人でも幸せなんじゃないの。
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座います。
バテレンの宣教師が「日本の夫はみな妻に頭が上がらない」という記録が残っていますので、歴史的には女尊の傾向が強かったのは事実。「家は夫婦のもの・・・」は近代啓蒙思想の影響ではないでしょうか。

お礼日時:2023/07/10 14:46

そのとおりですね。


家にいる専業主婦は自分の好きなように部屋の雰囲気を物理的にも精神的にも作れてしまうので、そういうやり甲斐をもってプラスに考えて主体的にやると不満も生まれないし、幸せになりますね。
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座います。家は幸せであって欲しいもの。

お礼日時:2023/07/10 14:30

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