出産前後の痔にはご注意!

理由なのか言い訳なのか、よく分かりませんが、前例がない、と云う発言があります。

「前例がない」と云う事にはどの程度の力、説得力、があるのでしょうか?
どうもどうも、というのと同じくらい万能なのですか?
前例はないけど、、、と云う発展?はないのでしょうか?
前例がないと云う言い訳?への説得力ある反論は、過去に何かありましたか?

私は無知だから、適当な質問文を作れないので、質問の真意は推測して頂くしかありません。
回答、宜しくお願いします。

質問者からの補足コメント

  • 前例がない、と云う“説明”に負の面を感じての質問でしたが、事柄に依って、或いは視点によっては正の面のあることを学びました。

    有り難うございました。

      補足日時:2019/08/06 19:22
  • プンプン

    ベストは怒り!です。

      補足日時:2019/08/06 19:24

A 回答 (11件中1~10件)

「前例がない」=「決断する勇気も知能もない。

」と言うことでは?

どのようなものにも、最初があったはずで、その最初の決断が「前例」になり、
「前例」が重なるほど、「自分は判断の責任を負わない。」ということ。

要するに「無能だ」と言っているのと同じ。

一番顕著なのが「法曹界」でしょう。
裁判官様は偉いらしいが、何も生み出さす、「前例を追認するお仕事」でしょう。

裁判員制度とか始めて、自分たちが手を抜く事を覚え、国民に責任を
なすりつけながら、出た判決が「前例」と異なりすぎると、平気で
判決を変える。

裁判員の方々が貴重な時間を費やし、悩み抜いて出した結論を、「前例」と言う
相場から外れたら、裁判員を無視する。

「前例がない」なら「作れよ!」と思うのは、短気のせいだろうか。
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前例がない



深く係わる気がない

てな
意味あいだと
思いますね
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ある犯罪を犯した人が、過去にこれ程度の罰を受けた。

その犯罪に似た犯罪を犯した人が、今、受けるべき罰はどの程度か?と考えた時に、前例によって、その程度を決めるのは妥当な判断だと思われます。公平性もある。時代によって変わるけれど。

でも、最近の組織のトップは、重い罪が管轄の組織内に生まれても、禿を見せてフラッシュを浴びればそれで済むから困る。あんなの何にもならん、何の意味もない戯式でしょ。牢屋入れよって思いません?ヤクザでも指切って落とし前つけるのに。侍の世なら切腹ですよ。それを禿見せておわるたぁ、ほんと、軽い責任だよね。だから不祥事が続く。大した責任取らなくていいから、社会が容認してるから、手を打つことを怠ける。不測の事態が起こってても、平常状態が前提で提起された既知の前例に甘んじる。だから惨事が防げない。もっと言えば、前例はあるはずで、それを発掘してないだけか、見えてないか、見てないだけではないですか。

で、責任者が禿見せて終わる前例を重ねてるから、ほとぼりが冷めたら終わる前例を重ねてるから、また次の似たような事件が起こっても、修正できない。そんな社会になってるなら改革しなきゃダメだと思う。要するに、同じような失敗を積み重ねるバカな社会ってことなんだから。

リスクを事前に回避すればたくさん褒美が出るようなシステムにすれば、切腹するシステムよりは効率上がりそうですけどね。みんな一生懸命になって隠れた、或いは顕在している火種探して消そうとするでしょ。火事も減るよ。

そして、前向きに新しいことを始める時のリスクはリスクと言わずに投資と思えばいい。小さな投資から初めて、伸び具合に合わせて事業を大きくすれば沢山のチャンスが生まれ、活かされるんじゃないですか。事業が生まれた時から大木だったなんてありえないんだから。
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前例がないという人は議論がしたいのではなく失敗や立場が脅かされることを恐れているだけだと思います。


なのでそういう人に反論することはやめたほうが良いでしょう。ご自身の考えを通すには、今の時代にはいろいろやり方がありますから起業するかフリーランスになって働くなど今居る枠から飛び出して仕事をすることを考えてみるのも良いでしょう。
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そのセリフを誰が言うかで 実際問題として 違って来ます。



また ふつう あたらしい施策をやろうという側の人間は そうは
言わないでしょう。

つまり 現執行部と言いますか その地位から引きずり降ろされな
いかぎり取りあえず権限のある人間が そう言うと あたらしいコ
トを起こすという提案は 却下であるという答えを表わしています。


★ どうもどうも、というのと同じくらい万能なのですか?
☆ そのセリフが例の印籠のごとくであるというのでもなく 権限
が誰にあるかだけの問題だと言ってよいでしょう。



対策:

・ 正攻法として 説得力を嫌が上にも増すということ。

・ 手段を選ばないというほど差し迫っているときには 執行部の
さらに上の地位にある者を丸め込みます。

・ 漸進主義で行くとすれば 自分〔たち〕が執行部に入ることを
目指す。




☆ 問題は 前例がないと言われて ひるんでいては 何にもなら
ないということでしょう。
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前例から学ぶということが、人間社会を安心して過ごすためにとてつもなく有効な方法であることを論証します。

実際、前例に従わない場合の危険は、事実の重みを認識せずに、未熟な理屈に頼ってしまうところにあるのです。

未熟な人ほど、自分たちの未熟な論理展開を認識ぜずに、論理万能だと思い込む傾向があります。私は数学的論理を道具として日頃使っている物理学者です。その分野で経験して行けば行くほど、論理展開に関して現在の人間のレベルが未熟であり、自分が正しいと思える論理をもとに事実を演繹することが危険であるかを知るようになります。実際、自然科学では、まず事実を認識して、その後付けとして説明や理屈が付きます。決してその反対に、思索や論理的な考察が先にあって、そのことから事実を演繹しようとはしません。繰り返しますが、そのような手順を取らないと、机上の空論となり、見当違いの論理展開で支離滅裂になってしまうからです。

単純な世界である物質の振る舞いを対象にする物理学ですら、そのようなアプローチをしないとこの世界に対する有意義な理解が得られないのです。人間の振る舞いは、個人的にも社会的にも物理学の対象にする物質の振る舞いの比べて桁違いに複雑な振る舞いをします。そんな複雑な問題に対する信用のできるアプローチは、自然科学以上に、まず人間の振る舞いを観察してその事実を知ることです。そして、その事実の理解の説明の理屈は後付けとして出さなくてならない。それと逆の順番ではありせん。また、事実の重みは、それの寄って来たる理屈をたとえ深く理解していなくても、その事実を認識してそれを上手に整理して参考にすることで、これから起こることが効率良く予測できる点にあります。歴史から学ぶというのは、このことなのです。なぜそのような出来事が起こったかという説明は歴史はしてくれません。しかし、歴史はこういうことが起こった場合にはこういうことが起こって来たという前例、すなわち事実を教えてくれるのです。前例に従うという人間の知恵は、人類が痛い目に遭いながら繰り返し経験した来た反省から手に入れて来たのです。

この世界の認識には、「事実」による認識と「論理」すなわち「理念」による認識の全く違った認識法があり、その両方とも大変重要な認識法なのです。そして、昔の人は、まず「理念」を論じ、その理念に合わせるように事実を理解しよとして来ました。しかし、自然科学的世界観が生まれて、まず「事実」を認識して、その事実に合わせるように論理や理念を後付けとして提示することの生産性に人類は気がついたのです。

そして、「前例に従え」という人類の知恵は、まさに、理屈を言う前に事実の重みを認識するという自然科学的な世界観の重要性を見事に言い当てた言葉です。
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「前例がない」と言ってしまうことは、可能性を放棄することだと思います。


否定的な言霊によって、可能性を封じるというか
一定の枠に収めるというか。
これに対して、「前例はないけど、やってみよう」というのは、
可能性を開拓することです。

このように、否定的と思える言葉でも
前向きな言葉を付け加えるだけで、劇的に変化します。
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「前例にない」という言葉は、歴史的に見て法律よりも重い鎖となって決して許されない場面もあれば、逆に追い風となる場面もあります。


 許されない場面は、生活面で多いような気がします。例えば、学校生活とか社会生活。
追い風になる場面は、各企業の開発分野で多いような気がします。例えば、新商品開発で「前例がない」じゃあやってみようぜ、という感じかなと思います。昭和時代の話では、お茶や水のペットボトル、初代ステップワゴンなど数多くあると思います。
 私が従事してきたような普通の職場では、この両極端が絡み合いますが、抑止力として働くことが多いような気がします。

何故、こういうことが起きるかというと、変わらないことと常に変化し続けることが絡み合っているからではないかと思います。
 人の心は大昔も今も、そして国が違っても変わりません。ですから、幼いころに親や地域社会から教え込まれた宗教の教えや倫理観の影響を強く受けることになります。
 もう少しつきつめると、理性は心に操られ、心は本能から逃れられず幼いころ教えられた宗教観や倫理観に縛られている・・・ということになると思います。

一方、人を取り巻く環境は時代とともに常に変化していますし、自然環境は地域によって大きく違うものの太陽が西から昇ることはないという普遍性も併せ持ちます。
この変わらない人の心の本質と常に変化し続ける技術や倫理観などの影響を受けて、「前例にない」は、時に大きなブレーキとなり、また時にはアクセルの役割をはたすのではないかと思います。
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殆どの場合前例がない=リスクが高いという意味です


逆説的にリターンが高いという認識もあるので

前例がないから、(危険だから)やめる
前例がないから、(危険だけど)すすめる
両方ありえます。もちろん
前例がないけど、自分を信じてやってみるという
考え方もありますが、その場合前例があってもなくてもどうでもいい話です。
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「前例がないことをやって失敗したら全てあなたの責任だよ」という文脈で使われます。

こう言われると、誰しも責任を押し付けられたくないから口をつぐんでしまいます。

ただ「前例がない」が100%悪いとは思いません。
長い時間の積み重ねの中で先人も色々悩んだ結果、そういうことをしなかったから上手くいったのであり、その結果前例がない訳です。
いわば諸先輩たちの経験則を尊重することでもあるわけです。

もちろん時代の変化とともに、過去の経験則の意味も変わるから、前例の有無だけで判断することは出来ませんが、それでも新しいことを主張するなら誰もが納得するような根拠を示す必要はあるでしょう。
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