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日本の神仏習合や宗教観は日本独自的なものといわれることは多いですが、宗教的なシンクレティズムは色んなところで起こっていますよね?

自分で調べた限り、仏教は外国の神様を取り入れる神仏習合をしていますし、中国やベトナムは道教・儒教・仏教の三教が習合・混淆し三教合一を行っています。
道教自体も複数の宗教が習合しています。
また、宗教観も中国の民族宗教では、日本同様に神様も仏様も同時に信仰しているそうです。

こうした点から、神仏習合は日本独自的なものとは言いにくいと思います。

しかし、素人の私が調べても分かるぐらいな事を知らずに専門家達が「日本の神仏習合は日本独自的なもの」とは言わないでしょう。
となると、何か東アジアのこうした宗教的なシンクレティズムと日本の神仏習合には何か違いがあると考えるのが当然だと思います。

皆さんはそれは何だと思いますか?

私は、「片方の宗教が一方的に吸収・融合すること無く、同じ敷地内・人の信仰心の中で共存・共栄している」ことかなと思います。

A 回答 (7件)

たしかに神仏習合など「多数の宗教が入り混じる」というのは世界中どこでも起きています。



たとえばキリスト教にカソリック・プロテスタント・正教会という宗派が存在するのは、土着信仰と融合していく際に教義などが取捨選択され、地域ごとに独特の内容になっているからです。

で、もうひとつキリスト教の宗派から見て取れるのは「どの宗教でも、力の強い国家や民族がその他に押し付けていく」ということで、東ヨーロッパが正教会になったのは、東方教会がのちにビザンチン帝国になる国家に保護され、帝国の支配拡大に合わせて勢力を拡大していったからです。

このやりかたはキリスト教・イスラム教に顕著に表れていますし、インドの歴史もその時代に強い王朝が保護する宗教が優勢になって、弱小宗教は取り込まれる(たとえばヒンドゥーに仏教が取り込まれる)というような形がほとんどです。

中国と日本以外の周辺国も、王朝交代に合わせて、主流となる宗教派閥が変わるので、それに合わせて土着信仰も変化していった、という歴史があります。
 東アジアの三教合一も秦・漢時代に皇帝の指導によって無理やり仲良くさせられた、というのが日本と異なります。

しかし、日本だけは「王朝の交代による宗教勢力の交代」などの国家勢力による土着信仰の圧迫もなかったし、その他のいわゆる宗教侵略も阻止してきました。代表的なのは秀吉から家康にかけてのキリシタン禁教化です。

また日本の朝廷は仏教を取り入れて国家宗教にすることをもくろみますが、とはいえ神道などを弾圧はしませんでした。明治になり逆に廃仏毀釈も起きましたが、とはいえお寺はいまでもかなりの数残っていて、単に「政治勢力としての力を失った」だけです。

これは世界的にみて非常珍しいといえます。特に「国家宗教として持ち込んだ仏教が土着信仰である神道を排除せず、神仏習合の論理を考え出して共存した」というのは世界的に例がない、と言っていいでしょう。

ちなみに、個人的な見解ですが、これの理由はまさに「天皇」にあると考えています。

それは緩やかなヤマト王権から大和朝廷に変化したときに、天皇が「全ての豪族は私の配下の貴族になれ、その代わり各豪族が信じる神々は私がすべて平等に祈りをささげよう」とやっただろう、ということです。

その名残が新嘗祭や大嘗祭で、天皇は「日本のすべての神々(仏もふくむ)に祈りをささげる」わけです。

これと同じことをやった国があって、それは古代ローマです。帝国になるまえの共和制ローマは、服従した民族の神々の神殿をローマの「神々の丘」につくり、服従した民族の王族をローマ元老院に取り込んだのです。

これによりキリスト教以前のローマは民族間の大きな争いが起きない「パックスロマーナ」を実現したわけで、天皇も同じことをやりその結果、現代でも天皇を君主にもつ日本の宗教は世界的にみて特殊ということになっているのだと考えています。
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この回答へのお礼

なるほど。参考になります。
そうか!日本は世界で唯一神話の時代から歴史が続いている国であり、世界一長寿な国ですもんね!
”「王朝の交代による宗教勢力の交代」などの国家勢力による土着信仰の圧迫がない”
この点は確かに他の国にはまず無い特徴ですね。
これにより三教合一のように無理矢理仲良くさせる必要が無く、天皇の存在によって帝国ローマとかで行われたゾロアスター教・マニ教・キリスト教・イスラム教達の王様に取り入る権力競争・つぶし合いも無かった。

そして、天皇という絶対的象徴がいたため、チベット仏教のように土着宗教が完全に混ざってしまうことがなく、天皇も仏教に敬意を払っていたためにヒンドゥー教のように仏教を滅ぼすことが無かった。

その結果、民間主導で儒教・仏教・神道の共存が行われた。こんな感じですかね?

お礼日時:2024/03/15 15:14

> ちなみに私の質問である、日本独自だと言えるような神仏習合は何だと思いますか?



質問の意味?が分かりません。
日本の刺身、アイヌのルイベ、ツングース系の先住民ナナイには、凍らせた生の鯉など川魚を薄切りにして食べる習慣があり、この食材および料理を「タラ」という。ユカギール人の間では凍った魚を薄く削った料理は「チャーカ」の名で、ニブフの間では「クンチョ」と呼ばれ、素材はチョウザメが一般的である。カムチャッカ半島北部に住むアリュートル人は冬季に釣ったコマイを冷凍保存し、凍ったまま削って食べる。
日本の下駄、裃、浴衣、羽織、チョン髷、芸者、三味線を日本独自と言うのであれば、日本の山伏のようなのも日本独自でしょう。
日本は島国で極東の地であり、日本から広がったものは珍しく、たいていのものは日本に流入し独自の変化を遂げています。
宗教の習合で、修験道は日本独自のものだと書いている人はいます。
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R1-01587.html# …
http://www.ubasoku.jp/presentation/shugendo.htm
http://www.kira.city.ibaraki.osaka.jp/annai/kouz …
しかし、修験が中国由来でもあることは間違いないです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%B1%E6%9C%B4 …
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
http://www2u.biglobe.ne.jp/gln/77/7726/772604a.htm
ところで『抱朴子』には道士の入山修行が挙げられていますが,それでは,まず九字などの呪文と禹歩を心得,凶日を避けて吉日に良い方角から入山すること,入山に先立って七日間斎戒し,諸神を祀って,入山符や魔除けの鏡を持って山に入り,穀断の上で修行がなされています。これを前述の山伏の峰入作法と比べますと,呪文,斎戒,諸神の祭,穀断などの共通の面が少なくありません。
熊野詣においては吉日や吉方位が選ばれ,護法を受けて出立しています。尤も山伏は峰入には鏡を携行しないで,魔除けには錫杖を用いています。また修験においては入山のときには禹歩を踏みませんが,羽黒修験の峰中の固打木の作法や,採灯護摩の火箸作法などは類似の所作がなされています。
ただ道士は一人で入山して山中の窟において仙薬を作り,不老長生を図ったのに対し,修験道においては集団で峰入して即身成仏を目的とする修行をしている点が大きく異なっています。
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こういうような差を大きな違い、日本独自と言い出すと、日本の宗教や政治、身分制度、民俗文化は、みな、日本独自です。山伏の服装や持ち物も日本独自でしょう。しかも、江戸時代には修験は、山岳修行するものも痛けれど、多くの場合、村里で家族と生活し、村人達のために活動していたのです。https://haruaki.shunjusha.co.jp/posts/5381 これは、確かに日本独自ですが、中国の街中にも祠堂、祠廟、関羽廟のようなのが結構あり、信仰や忠孝、崇拝など多いです。民俗という面でみれば、中国はキリスト教も含め、何だって受け入れていたと思います。
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この回答へのお礼

”こういうような差を大きな違い、日本独自と言い出すと、日本の宗教や政治、身分制度、民俗文化は、みな、日本独自です。”
むしろその情報を求めているのですが(汗)

何か”日本独自”という言葉に認識の違いを感じますね。

私とてここで質問する前にある程度は自分で調べています。
そのため、日本から海外に影響を与えた者の少なさは理解しています。実際、日本はシルクロードの最終到達地点の辺境ですからね。

また、古代中国の影響度・偉大さは凄まじく、日本の文化のほとんどは調べると中国に大きな影響を受けていたり、そもそもの始まりが中国だったりというのも重々承知です。

が、別にそれでも日本独自というものは存在すると私は考えています。そして、ここが認識の違いな気がします。

そちらの回答の言葉のトゲからすると、日本独自というのは日本発祥で、海外からの影響を一切受けておらず、海外に似たものが一切無いというものしか認めていないように感じます(間違っているかもしれませんが)。

しかし、私はそのようなものはほとんど存在しないと思っていますし、何よりも10の要素で成り立っているもののうち、10分の1程度でも他には無い特徴があれば、それはその国・文化の独自なものであり、その些細な違いこそが多様性だと考えています。

そして、私はその10分の1の違いを今回探しているわけですね。
前までは神様も仏様も一緒くたに考えて、祭っていたのが特徴だと思っていたのですが、

”中国の街中にも祠堂、祠廟、関羽廟のようなのが結構あり、信仰や忠孝、崇拝など多いです。民俗という面でみれば、中国はキリスト教も含め、何だって受け入れていたと思います。”

とあるように、別に日本だけの特徴では無いことを知りましたので、この情報だけでは日本の宗教の特徴を語るには不十分だと感じました。

そのため、日本人として自国の宗教のアイデンティティを知るため、そして中国人に「日本の宗教は中国文化に大きく影響を受けており、似ている部分も多々あるけど、唯一○○という独自性があるんだよ」と説明できるだけの知識を得るため、他の人の知識・意見を聞こうと思ったのが今回です。

そして、その初めの一歩として日本の宗教的なシンクレティズムと中国の宗教的なシンクレティズムの違い、日本独自といえる宗教的シンクレティズムは何があるのかを尋ねているわけですね。

お礼日時:2024/03/19 17:56

> ともかく、日本に比べると中国は皇帝による宗教の保護・推奨・習合や共存の強制・弾圧の回数が多いため、中国の習合の歴史と日本の習合の歴史を比較して語る上では、お上さんの存在を外すことは出来ないと考えました。



日本と中国で、政権・権力中央が働き掛けた回数の多少を比較するのは、結構難しいでしょう。 中国や朝鮮で科挙で儒教の正統的理解を重視する官僚登用制度があり、日本にはそのような制度はなかったとは思いますが、
https://www.y-history.net/appendix/wh0301-066.html
この程度のことならば、東大寺や国分寺を作ったり、寺檀制度で統制下にしたり、廃仏毀釈を強行した日本だって、結構なものでしょう。 ヨーロッパでも、宗教は政治と密約してたように思います。キリスト教にしても、中世だと、聖遺物やら魔術や悪魔も出てくるので、それなりに習合なのでしょう。
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この回答へのお礼

ふむふむ、なるほど。
そう言われると確かにそうですね。認識がまだ甘かったか。確かに檀家制度や東大寺建設などのことを考えると、お上による保護・推奨は行っていますね。
(まぁ、檀家制度は寺勢力の力を落として幕府の組織下におくことが目的だったそうですので保護とはちょっと違うかも知れませんが)

でも、お上さんからの宗教全体への弾圧が少ない、徹底されなかったのは間違いないですかね?
キリスト教の禁教と廃仏毀釈ぐらいであってますか?
比叡山焼き討ちや一向一揆は、宗教への弾圧というよりは宗教を利用して暴走している組織への攻撃であり、言うなれば大名同士の戦争って感じですもんね。限に比叡山も本願寺も後に再建されてますし。

ただ、廃仏毀釈も神道と仏教の分離が目的の行政改革であり、仏教排斥を意図したものではなかったそう(長年仏教に圧迫されてきたと考える神職者たちや神道寄りの民衆による暴走)ですので、そこまでお上さんからの強い強制は無かったようですが。実際、現在にも普通に仏教が残ってることから徹底もされていないのは明らかですし。

ちなみに私の質問である、日本独自だと言えるような神仏習合は何だと思いますか?
こちらに対しての意見はいただいていないので、気になりまして。教えていただけると幸いです。

お礼日時:2024/03/17 20:52

> 宗教観も中国の民族宗教では、日本同様に神様も仏様も同時に信仰しているそうです。


> やはり中国の習合・共存はお上からの強制があってこそなんですね。そして、お上さんによって排除もされる。
> この中国の強制された習合と、日本の無意識による自然の習合と民間主導による意識的な習合というのも重要そうですね。

中国の神仏混交、神仏習合が、強制されたものとみる根拠のようなモノがあるのでしょうか。
もともと山の神のようなものがあってそこに仏教も入り込んだのであって、強制ではないのでしょう。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nbs/7/0/7_K …
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT- …
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この回答へのお礼

下の方が教えてくださった「日本の文化とは何か 神道と東アジアの世界」やWikipediaにある内容から、皇帝による保護・推奨・強制・弾圧の歴史が複数回あったことからの判断ですね。

無論、これはあくまできっかけの話であって、それがずっと続いているとは考えてはいません。
そもそもあんな大きくで歴史の長い国土で続けられるわけが無いですしね。

そのため、民間による土着信仰と仏教の融合があったことも認識しています。
Wikipediaにある中国の民俗宗教はその証でしょう。(まぁこれは、民間信仰であって宗教ではなさそうですが…)

ともかく、日本に比べると中国は皇帝による宗教の保護・推奨・習合や共存の強制・弾圧の回数が多いため、中国の習合の歴史と日本の習合の歴史を比較して語る上では、お上さんの存在を外すことは出来ないと考えました。

これで回答になりますでしょうか?

もちろん、私のこの考えは、現在は情報を集めている最中のものであり、結論ではありません。現時点での仮想論です。

実際、今は仮想論を作り、調べ、否定・証明を行い、その情報から次の仮想論を考え、調べていくという流れを行っている最中と認識していますので、間違っている可能性は大いにあるとも思っています。

そのため、否定するような意見も参考の情報になるため、もっと色々な情報を教えていただけると非常にありがたいです!

お礼日時:2024/03/16 23:34

ネット検索「日本の神仏習合は日本独自的なもの」の結果、次のものがヒットしました。


https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s& …
P3/6の上部に次の一節がありました。
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これら先学者の概念をまとめ、整理して考えると神仏習合とは「わが国固有の神祇信仰・土着的信仰(神)と外来の仏教とが結びつき融合して現れた日本独特の信仰形態とその現象」と定義することができる。
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここにはシンクレティズムという語はでてきていません。
岩波新書の『神仏習合』義江彰夫にも、シンクレティズムという語はでてきていません。
中公新書の『日本人の信仰』梶村昇にも、シンクレティズムという語はでてきていません。
講談社学術文庫の『宗教学入門』脇本平也にも、シンクレティズムという語はでてきていません。
角川文庫の『知っておきたい日本の神様』武光誠にも、シンクレティズムという語はでてきていません。
徳間書店の『日本の文化とは何か 神道と東アジアの世界』上田正昭に、シンクレティズムの記載がありました。 
次の一節がそれです。
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
質を異にする二つ以上の宗教がふれあうことによって生じる意識的・無意識な融合現象を、シンクレディズムとよんでいる。この言葉はギリシアのプルタコスが造語したといわれているが、日本の場合においては、山岳信仰と密教・道教を融合した修験道や真言密教と神道が結びつい両部神道などは、意識的なシンクレティズムとして具体化した宗教であり、日本の宗教史の基層に根強く生きつづけた神仏習合などのありようは、無意識的なシンクレティズムということができよう。
シンクレティズムは世界各地の宗教史にみいだされるところであって、けっして日本のみの融合現象ではない。中国の仏教史にあっては、道教を篤信し、あるいは儒教を重視した立場から仏教を弾圧した、北魏の太武帝・北周の武帝・唐の武宗・後周の世宗によるいわゆる三武一宗の法難などもあったが、たとえば唐の皇帝の多くが道教を仏教よりも優先にした道先仏後、時にその逆の仏先道後の宗教政策をとったように、仏教と道教があわせて信仰された例は少なくない。そして中国でも仏教を受容して、道教と仏教が実際に習合した。漢訳仏典のなかに仏教受容以前に存在した道教の影響があったばかりでなく、東晋の時代には老荘思想によって仏教の理解をしようとする「格義仏教」が流行した。格義というのは「経中の事数を外書に擬配し、生解の例となす」たぐいであった。
朝鮮半島においても、儒教・仏教・道教の習合が展開した。たとえば『三国史記』が、高句麗の故国壌王九年(三九二)三月の条に「仏法を崇信して福を求む」ことにあわせて、「有司に命じて、国社を立て、宗廟を修む」と記すように、仏教と儒教があわせて重視された。
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
シンクレティズムを日本独自のようにいうヒトはあまりいないでしょう。
神仏習合を、神仏の信仰や崇拝儀礼などの混在ととらえるのではなくて、本地垂迹のように『○○仏は、◎◎神として現れた』のような俳優と配役のような理解の仕方をするのは、『◎◎神は、愛の神で勝利の神』のような理解の仕方とは結構違う気がしますし、日本の他には類例が少ないのかもしれません。
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この回答へのお礼

やっぱりシンクレティズムはあっちこっちで起こってますよね。
なるほど。日本の神仏習合を”『○○仏は、◎◎神として現れた』のような俳優と配役のような”ものと説明するのは、なかなか分かりやすく、そして特異性が表現できる説明ですね。

そうか。修験道や両部神道のことも習合を語る上では考えないといけないですな。

しかし、やはり中国の習合・共存はお上からの強制があってこそなんですね。そして、お上さんによって排除もされる。
この中国の強制された習合と、日本の無意識による自然の習合と民間主導による意識的な習合というのも重要そうですね。

お礼日時:2024/03/15 18:52

すいませんが中国には、仏教はありません、仏教らしいものしかありません


ベトナムや東アジアの仏教は、僧侶仏教(小乗)で
戒律を頑なに守っています、
他宗のまねはしません。シンクレティズムとは程遠い存在です。

誰が言いふらしているのか分かりませんが
日本の神仏習合は限られた部分だけで、神と仏は明確に分かれ、
教義も儀式も参拝の仕方も、全く違うのです。
冗談でも、神仏習合とは言えません。

一方的に吸収・融合しなかったのは、仏教の寛容の精神のお陰です。
歴史的に、仏教は他宗から、攻められても攻めない、
滅ぼされても滅ぼさないのです
あ、歴史を学ぶと分かりますが、中国の仏教はとっくに滅んでいます

同じ敷地内・人の信仰心の中で共存・共栄は、低レベルの宗教の
儀礼的な風習に限られ、やがて力ある宗教に統一されるのが歴史です。

中國は儒教の時代から仏教に置き換わり、仏教が滅んで、儒教や仏教や道教の要素を取り入れた異質の宗教、そして今は宗教はありません。宗教の残骸があるだけ。
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この回答へのお礼

なるほど!参考になりました。
”日本の神仏習合は限られた部分だけで、神と仏は明確に分かれ、教義も儀式も参拝の仕方も、全く違うのです。”
もしかして、逆に言えばこれが日本の神仏習合が特異な点なのでは?
神様と仏様を同一視したり、七福神を信仰したりはするが、宗教としての教義・儀式は混ぜることをしない。
他の国のシンクレティズム(神仏習合)ならぐちゃぐちゃに混ぜ合わしてしまう。
この、他の国からするとシンクレティズム(神仏習合)というのもおこがましいような、なんちゃって神仏習合が日本固有なのではと、思いつきました。

”仏教は他宗から、攻められても攻めない、滅ぼされても滅ぼさない”
確かに仏教は中国でもインドでもほぼ滅んでいますもんね。
あれ?じゃあ、天部の存在や、ボン教と融合して生まれたチベット仏教はどのように生まれたのでしょう?
仏教に取り入った、ボン教が仏教を吸収したという認識で合っていますか?

昔の儒教や仏教や道教の要素を取り入れた異質の宗教が今の道教(確かに日本と違ってぐちゃぐちゃだw)。
共産党によってボロボロにされた宗教の残骸が、Wikipediaにある中国の民俗宗教という感じですかね?

お礼日時:2024/03/15 15:01

日本の基本的な宗教は神道です。


神道があるところに、後から仏教や
儒教が入ってきました。

神道は多神教です。
だから、仏も孔子も、数ある神様の
一人(一柱)にされてしまいました。


中国の基本的な宗教は道教で
これも多神教です。
後から仏教が入り、儒教が出て来て
というところは日本と同じです。



皆さんはそれは何だと思いますか?
 ↑
天皇の存在だと思います。

天皇てのは神道の司祭です。
つまり、神道の親分。
それなのに、天皇の中には、仏教に帰依
した人が何人も出ています。

そうした天皇による神道が連綿と繋がって
来て、憲法に組み込まれ、国家システムの
1つになっている。

中国の道教は民間伝承に過ぎません。
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この回答へのお礼

なるほど。
そういえば、確かに何人かの太上法皇が存在してますね。
そう考えると、天皇の存在はかなり大きそうですね!

Wikipediaにある中国の民俗宗教が民間伝承・信仰(日本で言うミジャグジ様やなまはげ的な?)で、道教は宗教として成立していると思っていたんですが、違うんですかね?

お礼日時:2024/03/15 14:46

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