人生最悪の忘れ物

昔は処女じゃないと嫁に行けないとか言われたそうですが、なぜ昔はそんなに価値が高かったのですか?

今じゃ結婚するわけでもない初彼氏に捧げて、何人も付き合ったりセフレとか作ったりして擦れた状態で結婚するのが当たり前になってますが…

昔の人は女性の性行為に対して卑しんでいたのでしょうか。

A 回答 (11件中1~10件)

貞操観念が高かったということです


つまり民度がそれだけ高かった
現代は貞操もクソもなくて昔の人が見たら
売女が歩いているような世界です
自由と引き換えに大切なものを手放してしまったのが今の世です
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昔は処女じゃないと嫁に行けないとか言われたそうですが、


なぜ昔はそんなに価値が高かったのですか?
 ↑
価値が高いのではなく、それが
男女の倫理規範だったのです。



今じゃ結婚するわけでもない初彼氏に捧げて、
何人も付き合ったりセフレとか作ったりして擦れた状態で
結婚するのが当たり前になってますが…
 ↑
だから離婚がふえるんです。



昔の人は女性の性行為に対して卑しんでいたのでしょうか。
 ↑
これは産まれてくる子のことを
考えたからです。

男は、その子が自分の子か
判りません。
女性を信じるしかないのです。

だから、女性には、厳しい貞操観念が
要求されたのです。
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昔、女性は物でした。



物をあげる場合、綺麗な物をあげるでしょ。
汚れた物はあげないでしょ。

普通の女と商売女に分けられますから、普通の女は綺麗な物をあげるのです。

ま、政略的にとか利害関係が絡むとなると、話はややこしくなりますが。
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嫁に行く。

と、言う言葉でお分かりのようにそれは、女性は男性側の家族の一員になる事を示唆しています。男性側にはそれぞれの家のカラー、つまり男性の家系はそれなりの価値観を有するお家、と言う事です。

男性側の家族になるには、どこかの家族の色つきの女性では困るわけです。従いまして、女性の結婚衣装は、どこにも染まっていません。純粋です。と、言う意味で白無垢をだったのです。

どこかの家の色に染まるという事は、その家を継承する男性の価値観を身に付けてしまったから困るのです。それは、セックスによって女性は男性のものの考え方・人生感、簡単に言うと価値観です。この価値観を当該男性と結婚する以前に他の男性の色に染まってしまった場合に困るのです。従いまして、何色にも染まっていません。あなたの好きな色に染まります。と、言う意味の白無垢です。

女性が初めて身体を許した男性の知性を吸収し、それを一生死ぬまで抜けないという事は、今では、女性の観念と脳の働きから科学的にも証明可能なようです。したがいまして、昔の人の慣習は合理的だったのです。

余談ですが、色々な男性と性体験のある女性を見れば、家系を継承する男の妻に迎えるには難あり、と見ているだけで分かると思います。
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日本は性におおらかな国でした。

処女という概念はなかった。織田信長は経産婦(後家、生駒吉乃は出戻り)を愛人にしていた。出雲阿国は春をひさぎながら江戸へ行った。大繁盛。江戸の女は平均3回結婚した。
明治以降キリスト教の処女信仰と富国強兵政策に合致するので明治政府がプロパガンダを流した。
賢婦は二夫に見えず。結婚は1回切というのは徴兵された夫がいない間に妻が他の男とくっ付かないよう男を安心させるためでした。

昔の日本人の考えなら少子なんて起きない。

処女という言葉は、「結婚前の家に居る女性」を意味する中国語に由来し、男性と交わったことのない女性を指すようになりました。この用語は古く中国で「かわいらしい女性」を指す言葉としても使われていました。また、「処女作」や「処女航海」など、初めての経験を表す言葉として明治以降に使われるようになったのは、ヨーロッパ言語の訳語として採用されたからです。
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昔は血筋を守る跡取りの男の子を産ますために結婚をしたのです。

処女でないと誰の子供か分からないからです。
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#2さんが正しいです。



日本に「処女」という概念が入ってきたのは、西洋文明の受容時期、つまり明治以降です。

しかも「処女信仰」を受け入れていた(ように見せていた)のは上流階級だけで、庶民はまったく今まで通りだったし、戦後まで田舎は夜這いの風習があったことが確認されています。

また江戸時代までさかのぼると、町娘は茶屋などで働くと同時に売春を行なっていました。すごくわかりやすく書くと、当時の茶屋は、現代のタイのバービア(連れ出しパブ)と同じだったのです。

他にも江戸時代には出会い茶屋というラブホテルもありましたし、宿場町の飯盛り女は同時に売春婦でもありました。

職業として、というより「気に入った男がいて、お小遣い程度のお金をくれるなら気軽にセックスした」のです。
 ようするに援助交際・パパ活と同じ程度の気軽さで女性達はセックスしていた、わけです。

なので、現代のパパ活とか立ちんぼは嘆くにはあたりません。日本女性の伝統的な性に対する姿勢そのものだからです。
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日本で結婚関係なくセックスするようになったのは、そんなに昔からじゃないです。



50年くらい前は女性は22歳くらいまでに結婚しました。
男性も25くらい。
高卒何年かで結婚したのです。

男女とも大学進学率何高くなり、結婚年齢がどんどん遅くなりました。
すると男性は結婚するまでセックス我慢、なんてできなくなったのです。
好きだからセックスしたい、と女性に迫る。
セックスさせてくれないのはボクを好きじゃないんだろうと脅す。
セックスできないなら別れるとまで言い出す。

その結果が今です。
女性が未婚でセックスするのは、すべて男性の希望によるものです。
男性にとって都合がいいですね。
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●13歳で結婚するのが当たり前だったから


●そうでも言わないとめちゃくちゃになるから

この二つが大きいです。

平安・江戸時代レベルでは13歳などで結婚するのが当たり前になるので、それ以下の子供が経験をしているとなるといくら昔でもやばかったのでしょう。体があまりできていないでしょうから。

その考え方を引き継いで明治・大正・昭和と結婚適齢期が若干上がっていくわけですが。

昔は性に対する考え方がゆるく、取り締まるにも限界があり、夜這いなども当たり前、更衣室や混浴場のルールなども風営的に現代ならアウトなものばかりです。

今の時代では法律や警察というものがあり、ある程度の予防はされている状態です。しかも、30歳で結婚が当たり前なのに「結婚するまで処女を守るのが当たり前」というのは流石にやりすぎとは思います。もちろん経験人数が少なく済んでいるのはいいことだと思いますが。

あなたの言っている「セフレを作るのが当たり前」や「何人も付き合う」というのは流石に現代においてもやりすぎだと思いますけどね。若い頃に最高のパートナーとしっかり付き合って問題なく過ごせば普通に1人目でゴールします。
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結婚するまで他の男性と関係を持つべきではない、と言う考えは、明治になって始まった話です。


それ自体、日本が欧米と開国をしていく中で、西洋文化と共にキリスト教の教義が伝わってきたことも影響します。
当時においては、日本が欧米に後れを取ってはならないと積極的に学習していた時期だったので、そういう風習や教義も取り入れたのでしょう。

カトリックにおいては、結婚するまでは性行為自体を禁止しているのです。
それに倣って、結婚するまでは性行為をすべきではないという考えが定着していきました。

それ以前はと言うと、貴族や武士でも正妻の他に側室を設けるなど、重婚が一般的でしたし、男性が女性のもとに通って恋愛することの方が主流でした。
「夜這い」という風習も、そこから起こったものです。
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