素朴な質問なのですが、非常に気になってまして教えていただきたいと思います。

海外で生活している自分の周りには、イスラム・仏教などなど様々な宗教を信仰している友人が多くいます。
ある宗教では豚肉を食べれない、鶏肉が食べれないetc・・・と、きまり?がありますよね。

しかし、キリスト教に関しては、金曜日に魚を・・・と言うのを耳にしたことがあるだけで、他にはどういった飲食に関する習慣・決まり・禁止事項?があるのでしょうか・・・。非常に興味・関心があります。
(宗教自体に興味があるわけではありませんが・・・^^;)

宗教を信仰していない自分なので、全くの無知でして・・・。
しかし、周囲では宗教に関する一般知識の欠如から起こる誤解やトラブルを目にします。特に、食事などに関して。

このような問題を未然に防ぐためにも、いろいろ教えていただけたらと思います。

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A 回答 (8件)

思っていたよりたいへんそうですね。

失礼しました。ご質問の方ですが、ぶどう酒は象徴的にキリストの血と考えられているのでいいと思います。しかしewfさんの状況の場合、これは程度問題です。未成年の飲酒については法律が出てきそうですが、パーティーに法律などいらないのでガブ飲みしなければいいと思いますよ。ですからテーブルにワインを置くのはなんら問題ではないですよね。未成年の方がいて「飲みたい」といってもごちそうしてあげればいいですが、程度には気をつかってあげましょうね。ただし敬虔なプロテスタントの方はお酒を全く飲まない方もいますのでね。

ついでに飲食について重要なキリスト行事を書きますと。
・イースター(復活祭)・・・春分のあとの最初の満月の次の日曜日
「まあなんともむずかしい日にちなのですが、きれいに色づけしたたまごを
贈り物として交換します。キリスト復活を記念するんです。レントの期間たまごは食べません」
・レント・・・復活祭前日までの6週間半の期間です。
「水曜日からはじまると思うので計46日間、さらにそこから6回の日曜日を引きます。この40日間がレントです。ノアの洪水の日数でありモーゼが断食した日数でありキリストが断食した日数でありイスラエルの民が荒野を
さまよった年数でもあります。この期間に肉を食べない人がいますので
ewfさんの場合これに遭遇した可能性もなくはないです。」

カトリックやプロテスタントやその諸派、またはその国、または敬虔な人、そうでない人によって考え方は様々です。お酒を愛する神父さんもいればそうでない人もいます。むずかしい事なんですが、やはり何冊も本を読まないと基礎的なことでさえわからないところはたくさんあります。プロテスタントでも日曜ではなくユダヤ教と同じ土曜を安息日にしてるところがありますしね。たいへ~んです(笑)でもewfさんはとってもインターナショナル
な毎日を過ごされていてすばらしいですね。これからもパーティーがんばってください(笑)ご質問があればまた僕のわかる範囲でお答えさせていただきます。それでは。
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この回答へのお礼

再度、詳しいお話をありがとうございます。
お礼を言うのが遅くなりまして、申し訳ございません。

言われてみると、この”レント”に思い当たる節がありました。
大きな問題には成らなかったのですが、チョット困ったのを思い出します。

これからは、気をつけて彼らとの交流を続けてきたいと思います。
ホントにありがとうございます。
また疑問が出てきましたら、ぜひお願いします^^。

お礼日時:2001/10/11 16:15

少しだけお話させて下さい。

『豚肉を食べてはいけない』という
ことについてですが、旧約聖書でモーセはイスラエルの民に
健康を保ち、人が平和に暮らす規則を与えます。その中で
豚肉を食べてはいけないと諭すのです。野豚は死体を食し
その肉は油が多く、暑い国ではよくないというのが理由だそうです。
そして何よりも神の民が食するものではないということなのです。
それが現在のイスラム教で指示されているのではないでしょうか。
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今までの方のお答えで出てますが、基本的には自由です。

ちなみに、パンとぶどう酒は、イエス・キリストの復活の象徴です。
有名な絵画で『最後の晩餐』がありますが、あの時にキリストが言ったことからきています。
聖餐式といって宗派にもよりますが、一般の方はご遠慮ってとこもわりかしあります。

聖書の中には、うろこのない魚、地を這う動物(蛇)これは、アダムとイブを誘惑した罪の象徴の動物、蹄のない反芻しない動物(これはうる覚え)は、食べてはいけないってあるはずです。
でも、まもってるとこはあんまりききませんね。

回答へのお礼にあった、『目から鱗』も聖書の中の言葉が、語源ですね。
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はじめまして。

あまり詳しくはないのですが、知っていることだけ f(^^;)

allentown2001さんもおっしゃっていましたが、ワインはキリストの血、パンは
キリストの肉だと考えられているそうです。教会などで、儀式か何かをする時に、
入り口でワインとパンをもらわないと、その儀式を見たりすることは
できない場合があるそうです。ただ、キリスト教の人から見ると、
儀式を見たいがためにその場だけのキリスト教信者になるのは
不愉快みたいです。

家の近くにイスラム教の方が住んでますが、その人は、
豚肉は雑菌などが多くて汚いという教えがあるから食べない、
ということを言ってました。

ちなみに、うちの祖父が亡くなった時、お坊さんが
「ああ、肉とか食べても大丈夫ですよ。野菜と魚だけじゃつまんないでしょう。」
と言ってました。(^^;)
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この回答へのお礼

パンとワインの話も、どこかで小耳に挟んだ事がありましたが、
血と肉を意味するとは・・・。

ありがとうございます、また今度詳しいお話を聞かせていただけたらと思います。

お礼日時:2001/10/11 16:27

金曜日に魚を…に関しては、以前、自分の質問に回答を頂いたことがあります。

ご参考にURL貼っておきます

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=126469
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この回答へのお礼

ありがとうございます、
教えて頂いたページの話、楽しく拝見させていただきました。
やはり魚の話はホントだったのですね・・・^^。
目から鱗って感じです^^。

お礼日時:2001/10/11 16:20

はじめまして! えぇ~と、私キリスト教徒ですが(カトリック)、


特に食べてはいけないものは、ありませんよ。
魚の話も、聞いたことありませんが……プロテスタントかな?

役に立てなくてすみません
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この回答へのお礼

ありがとうございます、役に立たなくて・・・など、全然思ってないです^^。
どんな小さな情報でもホントありがたく参考にさせて頂いています。

それと、魚の話は聞き間違えだったかもしれませんね・・・^^;
どーなんだろ?
また、カトリックの方だそうですが、カトリックでは特別な日などに取る食事とかあるのでしょうか?

お礼日時:2001/10/05 16:46

はじめまして。

大変そうですね。キリスト教で食べてはいけないものは、これといってないですよ。
「金曜日に魚・・・」というのはよくわかりませんが(笑)
ただキリスト教の母体になったユダヤ教は厳しいです。
豚肉、らくだ、野うさぎ、鳥肉などたくさんあり過ぎます。
キリスト教はそれらを全て自由にしています。供えられた物でも食べていいんです。飲酒も大丈夫です。飲み過ぎはあまりよくないとされてますが・・・これは誰でもそうですよね(笑)コロンブスがヨーロッパに広めたタバコについてはキリスト教はノーコメントです。16世紀のことなので
新約聖書に書いてないんです(笑)どちらかというとあんまり歓迎はされてませんね。でも吸ってもいいんですよ。吸いすぎなければね(笑)
ewfさんがどちらにお住まいかはわかりませんが、飲食に関することは
住む地域によってだいぶ違うようです。日本人から見て規律が厳しく映るイスラム教でも国によって違うわけです。チュニジア(北アフリカ)では断食の月にジュース飲んだり、女性のヒジャーブ姿(体を露出しないようにする)なんかもないし、未婚の男女のデート(イランは禁止)もするしね。
場所によっては豚肉を食べるムスリム(イスラム教徒のこと)もいるし、お酒を飲む人もいる。日本在住のムスリムの方でもそういう人はいますしね。
でもみんなイスラムの伝統的な意識はもってるんですよ。同じイスラムでも
考え方が違うわけです。キリスト教も同じです。キリスト教と言っても宗派はたくさんあるので厳しさもまた違ってくるわけです。飲食の基本は先に
書いたもので間違いありませんが、でもそれなりに周囲に目はくばったほうがいいと思いますよ。状況に応じてね。ついでに言うと仏教もこれといった飲食の規律はありません・・・がこれもいろいろなんです(笑)
お酒がダメなとこ(インド)いいとこ(日本)とかね。暑い国はあまりお酒の必要がないのでダメで寒い国はいいらしいです。肉に関しても中国・日本とインドではやや違います。インドは他人が殺してきた動物肉は食べていいんです。自分が殺さなければいいんです。中国・日本は両方だめです。
でも日本のお坊さんはスーパーの肉を食べてますけどね。宗派によってはネギやニンニク、ラッキョウがダメなとこもあります(理由:精力がつくから、ホントですよ)いろいろなんですね。12月25日にサンタクロースに変身して子ども達を喜ばすお坊さんもいますしね(笑)こういう宗教上の問題はいろいろと大変なんですが、やはり「その地域はどうか?」というのが一番大事だと思います。教えてもらったり観察したりね。がんばって下さい。お体にお気をつけてね。
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この回答へのお礼

とても面白く興味のわくお話、どうもありがとうございます。
下の方も仰ってましたが、宗派によってだいぶ違うようですねー。

先日、友人とパーティを開いて、何人かが豚肉がダメと言うので、
チキン料理を大量に振舞ったのですが、その他にチキンがアウトっていう友人が出て来てしまい・・・。散々な目に逢いました。

それと、お酒に関してですが、ワイン(ぶどう酒?)などは未成年の信者でも飲んでイイのでしょうか?

お礼日時:2001/10/05 16:39

ewfさん、こんにちは。


一般人の意見として発言します。本当はちゃんとしたクリスチャンの方からの
コメントも有った方がよいかと思いますが。

キリスト教の教派によりますが、ユダヤ教・イスラム教のように飲食物について
の厳格な規定はありません。普通に人間が食べられるものならば大丈夫です。

ただし、一般信徒ではなく聖職者になると、酒を飲まないといった禁則はでてき
ます。

もっともカソリックやプロテスタント諸派など、キリスト教の教派によってけっこう
違いはあります。新約聖書に基づいて比較的飲食の制限が緩い教派もありますし、
旧約聖書の内容を重んじて、ユダヤ教並に厳しい教派もあります。

クリスチャンとつきあう時は、相手の教派まで確認しておいた方がよいでしょう。
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この回答へのお礼

早速のお返事ありがとうございます^^。
なるほど・・・一言でキリスト教と言っても様々な宗派があり、
それらの宗派によって、習慣などが違うのですね・・・。知りませんでした^^。

各宗派の食に関する習慣などもよろしかったら教えてください。
ありがとうございました^^。

お礼日時:2001/10/05 16:31

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【日本人のキリスト教徒ってイエズス会のことだったんでしょうか?】


日本に隠れキリシタンがいた踏み絵の時代です。

その当時のキリスト教=イエズス会のことを指していた?

今のキリスト教徒はイエズス会じゃないですよね?

キリスト教がイエズス会から日本に入ってきていつの間に違うキリスト教に乗っ取られたのでしょう?

今の日本のキリスト教ってユダヤ教でもなさそうですし何のキリスト教なんでしょう?

なんでイエズス会系から違うキリスト教系に信者がいつの間にか変わっていた。

不思議なことですよね。

Aベストアンサー

>その当時のキリスト教=イエズス会のことを指していた?
イエズス会ではなく「カソリック」を指していました。

キリスト教の簡単な歴史を書くと分かりやすかもしれません。
キリスト教は、もちろんイエス・キリストが1世紀の初頭に布教した内容が元になっているのですが、昔のことですからいろいろな地方でいろんなことを話したり、キリストが死んだあと弟子が話した内容が伝わっていたり、といろいろな教えがあったのです。ローマは最初、キリスト教を禁教にしていましたが、4世紀になるとキリスト教を信じる皇帝が即位したりして、キリスト教をローマの国教にしました。

この時、先ほどのようにいろいろな教え、いろいろな記録を集めて整理して聖書にしたのですが、2世紀にはローマの範囲外であったギリシャ周辺には「正教会」ができていて、正教会はローマの国教化には協力しませんでした。かれらはのちにプロテスタント、と呼ばれることになります。
また、のちにドイツになるあたりでも、キリスト教は布教されていたのですが、ローマの範囲ではない地域もあり、やはり国教化に協力はしませんでした。

このローマの国教化に参加してできたのが「カソリック」で、今のローマ法王につながっていきます。

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だから、イエズス会だけでなく、カソリックが弾圧を受けたのです。

鎖国後もイギリスとオランダは日本にくることを許されたのは、彼らがキリスト教でもカソリックではなくプロテスタントだったからです。

>今の日本のキリスト教ってユダヤ教でもなさそうですし何のキリスト教なんでしょう?
今の日本のキリスト教はいろいろな宗派があります。

2世紀にカソリックと袂を分けた正教会も日本に教会をもっていますし、明治以降はカソリックもきています。

>その当時のキリスト教=イエズス会のことを指していた?
イエズス会ではなく「カソリック」を指していました。

キリスト教の簡単な歴史を書くと分かりやすかもしれません。
キリスト教は、もちろんイエス・キリストが1世紀の初頭に布教した内容が元になっているのですが、昔のことですからいろいろな地方でいろんなことを話したり、キリストが死んだあと弟子が話した内容が伝わっていたり、といろいろな教えがあったのです。ローマは最初、キリスト教を禁教にしていましたが、4世紀になるとキリスト教を信じる...続きを読む

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信仰心が高い仏像は昔の宗教改革によって破壊されたので、いま残っている仏像って信仰心が薄かったショボイ仏像ばかりですよね?

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日本は仏教が中心ですが、キリスト教信者もいます。キリスト教に篤い学校・老人施設・病院などもあります。
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江戸幕府のキリシタン禁制は慶長17年(1612)、幕府直轄領での禁制、翌18年に、全国さらに外国まで広げたものですが、キリスト教禁令にはさまざまな要素があります。
 キリスト教布教当初から信仰が拡大するにつれ、キリシタン大名領では神社仏閣の破棄が行われました。そのことから民衆側からもキリスト教を邪教視する風潮がありました。同時に寺社の破棄は、日本の伝統的倫理観の破壊と恐れられたのでしょう。

 次に創造主の元の平等、つまり創造主の絶対性ですが、それが日本の封建領主の倫理観とは相容れなかった。欧州では支配者と創造主は同一であるという「神権政治」、そこから発展した、王の地位は創造主より授けられたものという「王権神授」という伝統的倫理観が土壌にあります。そのような倫理観がない世界(日本)に創造主の絶対性を重んじる思想は、主君・領主への忠誠より、創造主への忠誠を優先させます。このことが天下統一のさわりになると、豊臣秀吉は天正15年(1587)に禁教令を発します。

 さらには外交政策の面。徳川家康は和平外交を進めるため、当初は信仰を黙認していましたが、慶長5年、オランダ船リーフデ号漂着により、プロテスタントであるオランダ・イギリスと交渉開始。日本市場の拡大を図るため、ポルトガル・スペインの締め出しを計画。そこでカトリックへの不利な情報と中傷を行いました。つまりカトリック国の侵略的意図。信徒を利用した反乱計画などをは、当時の幕府としては「天下統一のさわりになると」いう危惧をより拡大させました。禁制により教会の破壊・宣教師の国外追放。信徒の東北・蝦夷地への放逐などが行われました。
 徳川家光はさらに厳しく禁制を行いますが、寛永14年(1637)の島原の乱による衝撃から、鎖国政策の徹底とキリシタン弾圧はより強固となります。
 カトリックの海外布教は、プロテスタントに対する対抗措置という面がありました。その点、海外布教を重視していないプロテスタント国とは幕府は貿易を行えたのでしょう。

参考
『国史大事典』(吉川弘文館)

 ただし、禁制も太平の世が長く続くことで形骸化していき、当初はキリシタン監視の意味でもうけられた寺請制度も、寺院側からすれば「檀家としての勤めを果たしていれば、裏でキリスト教を信仰していても黙認する」という事実もありました。領主も「良き領民としての勤め」を果たす限りは信仰も黙認状態でもありました。キリシタンであると暴露しても、領主の監督不行届と罰せられる危険性があったからです。
 現在でも「カクレキリシタン」の家では、寺院の檀家であり、神社の氏子であり、家には仏壇・神棚が祀られて、同時にカクレキリシタンである。その信仰体系は仏教・神道・民間信仰とキリスト教が混在した、いわゆるカトリック・プロテスタントとは異なる信仰形態ですが、キリスト教公認以後も、カトリック・プロテスタントに改宗せず、先祖が守ってきた信仰として「カクレキリシタン」として守り続ける家があります。

資料
『オラショ―魂の通奏低音 カクレキリシタン』(宮崎賢太郎・長崎新聞社)
http://www.nagasaki-np.co.jp/jigyoubu/book/kakure_book.html

『カクレキリシタンの信仰世界』(宮崎賢太郎・東京大学出版会)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4130104020/250-7207972-6663457

江戸幕府のキリシタン禁制は慶長17年(1612)、幕府直轄領での禁制、翌18年に、全国さらに外国まで広げたものですが、キリスト教禁令にはさまざまな要素があります。
 キリスト教布教当初から信仰が拡大するにつれ、キリシタン大名領では神社仏閣の破棄が行われました。そのことから民衆側からもキリスト教を邪教視する風潮がありました。同時に寺社の破棄は、日本の伝統的倫理観の破壊と恐れられたのでしょう。

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Qなぜ宗教は信仰する人々の考え方、人生に、大きな影響を与えるのでしょうか

なぜ宗教は信仰する人々の考え方、人生に、大きな影響を与えるのでしょうか。
 
 こんにちは。
 今期、大学で「自然科学概論」の講義を受けて、多くの科学者たち(例えば、コロンブスやガリレイ)の研究がキリスト教的世界観、自然観によって妨げられることがあったということに気づきました。
また、非常に重要で可能性に満ちた研究を聖書に反するものだとみなし、彼らを罰した(最悪の場合、殺そうとした)キリスト教徒に対して、驚きを覚えました。

(1)なぜ当時、科学者たちの研究に反対したキリスト教徒はここまで聖書の教えに沿っていたのでしょうか。
私の視点からだと、「異常」にも見えます(私が信仰心を持たないゆえに浅はかな発言であったら、ごめんなさい)。現在だったら「聖書の教えとは違うから、その研究をとりやめろ!さもなければ、罰を与える!」なんてことには滅多になりませんよね。

 また、コロンブスについてのビデオ観賞の際、魔女狩りなどの場面を見ました。
キリスト教は、他人を許したり、愛したり、ととても美しいイメージがあったのですが、教えを背くものを「異端者」と呼び、罰する姿は、残酷だと感じました。

(2)当時、キリスト教徒が他人を「罰する」「殺す」まで実行するような信仰心は一体どこから来たのでしょうか。

そして、最後に
(3)どうして宗教は人間の考え方、生き方に大きな影響を与えるのでしょうか。

(4)地球上にあるものをキリスト教的世界観・自然観からみなすときに伴う心理や理由について学ぶことが出来るような参考文献があったら教えてください。

コロンブスやガリレオの生涯に関する講義、そして自身で読んだ文献から、彼らがキリスト教の教えや聖書が原因でどんな困難に出逢ったかを知ることは出来ました。
その後、なぜキリスト教の教えや考え方が彼らに、人々に、そんなにも大きな影響を与えるのは、何故なのか、と興味を持ったのですが、このことについて研究している文献を中々探し当てることができません。どなたかおすすめの文献があったら教えてください。

以上です。
宗教について分からないことが多く、漠然としているので、感情論を伴ったり、自身の独断と偏見が介在していたら、申し訳ありません。
どなたか、お時間ありましたら、回答のほうよろしくお願いします。

なぜ宗教は信仰する人々の考え方、人生に、大きな影響を与えるのでしょうか。
 
 こんにちは。
 今期、大学で「自然科学概論」の講義を受けて、多くの科学者たち(例えば、コロンブスやガリレイ)の研究がキリスト教的世界観、自然観によって妨げられることがあったということに気づきました。
また、非常に重要で可能性に満ちた研究を聖書に反するものだとみなし、彼らを罰した(最悪の場合、殺そうとした)キリスト教徒に対して、驚きを覚えました。

(1)なぜ当時、科学者たちの研究に反対したキリスト教徒は...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
私はアカデミックな教育を受けておりませんし、研究者でもなく、
素人が一般向けの本を何冊か読んで思ったことです。

何が罪になるかは、その時代の法律や常識、社会規範などによって変化します。今の「普通」を大昔の時代にそのまま当てはめることは出来ません。科学は後から出てきたものですし、政教分離なんていうのも最近のことです。昔のキリスト教文化圏では、キリスト教が社会や文明の基盤でした。
また、既存の社会を揺るがすような新しいものが迫害されたり抵抗を受けるのは世の常です。キリスト教も初期に迫害を受けた時代があります。

それと、中世~大航海時代辺りはキリスト教と世俗の権力の結びつきが強い時代ですから、そこだけ見るととんでもない宗教のように見えるのではないでしょうか。
また、南米には宣教師も行きましたが、むしろ宗教は口実で、香辛料貿易をしたいとか銀を輸出したいとか領地を得たいとかいう、貴族や商人の思惑がありました。この人達は世俗の人、俗世間の人間です。

「なぜ宗教は信仰する人々の考え方、人生に、大きな影響を与えるのか」とのことですが、宗教は人々の間で生まれ、発展し、社会と関わりあって変化してきたものです。人間なしに宗教は成立しません。
また、人間の中には組織化された「宗教」とは別の「宗教心」というのがあるのだと思います。誕生を喜んだり、幸福や豊穣を祈ったり、死を悼んだり、死者を想ったり、神聖なものを畏怖したりという。原始人の骨と共に植物が発掘されています。死んだ仲間を埋葬する時に花を供えたらしいです。


>(4)地球上にあるものをキリスト教的世界観・自然観からみなすときに伴う心理や理由について学ぶことが出来るような参考文献があったら教えてください。

宗教学、文化人類学などで探すといいと思います。一神教と多神教とかも。
あるいは美術分野で「ルネッサンス」について読んでみるとか。
また、「ニューエイジ」もキリスト教文化圏から出てきたものです。

キリスト教だけではないのですが、宗教と生活や生き方について。

『イスラームの日常世界』(岩波新書、片倉もとこ)
『イスラーム世界の女性たち』(文春新書): 白須 英子
『ナバホへの旅 たましいの風景』(朝日文庫、河合隼雄)

「常識」は民族の数だけある・・・・西洋文明もその1つ。
『レヴィ=ストロース講義』(平凡社ライブラリー)

南米については最近、『物語 ラテンアメリカの歴史』(中公新書)というのを読みました。
自分はまだ読みかけなのですが『鉄・病原菌・銃』(ジャレド・ダイアモンド著)というベストセラーもあります。

心理については、
フィクションの小説なので客観的歴史というわけではないんですが、たとえば、
『カラマーゾフの兄弟』(光文社古典新訳文庫、新潮文庫など。フョードル・ドストエスフキー)
『ピエドラ川のほとりでわたしは泣いた』(角川文庫、パウロ・コエーリョ)

カラマーゾフは19世紀のロシア正教、「大審問官」の章が有名。
ピエドラ川は20世紀のスペイン・カトリックおよび新しい信仰。コエーリョはブラジル人で、若い頃カトリックの教育に嫌気が指して一度捨てたのですが、後年、違う形で信仰を持つようになったそうです。

ちなみに私はクリスチャンではありません。なので、マザーテレサの言葉を読んでいると理解不能なときがありますし、「19世紀あたりのキリスト教徒って神との戦いで大変だな」と思う部分はあります。
哲学はあんまり分からないんですけど、ニーチェとか。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2821689.html

ただ、一般の民衆は、哲学的に深く突っ込んで考えてはいないんじゃないかな。家がカトリックだからそのままカトリックとか、イスラム教の国に生まれたからそのままムスリムとか。日本だって田舎で実家が日蓮宗だったら、そのまま日蓮宗だったりするでしょう。中には自主的に改宗する人もいますけど。サッカーのフィリップ・トルシエ氏はゆえあってイスラム教徒になりましました。

色々宗派があって、考え方が少しずつ異なります。欧州ではキリスト教離れの傾向があるし、米国では宗教離れしている人がいる一方、進化論を否定する原理主義者がいたりします。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5983713.html

こんにちは。
私はアカデミックな教育を受けておりませんし、研究者でもなく、
素人が一般向けの本を何冊か読んで思ったことです。

何が罪になるかは、その時代の法律や常識、社会規範などによって変化します。今の「普通」を大昔の時代にそのまま当てはめることは出来ません。科学は後から出てきたものですし、政教分離なんていうのも最近のことです。昔のキリスト教文化圏では、キリスト教が社会や文明の基盤でした。
また、既存の社会を揺るがすような新しいものが迫害されたり抵抗を受けるのは世の常です。キ...続きを読む

Q日本でキリスト教が禁止されたら?

江戸時代のはじめごろ、日本ではキリスト教が禁止されました。その時代は踏み絵などでキリスト教を徹底的に排除しようとしましたし、キリスト教を信仰し続ければ死刑になっていました。しかし、隠れキリシタンも多数出現しました。

ここで2つ質問ですが、
1:キリスト教の禁止は徳川家光将軍時代だったように思いますが、なぜ当時の将軍は日本でのキリスト教の信仰を禁止したのでしょうか?
2:もし、現在日本でキリスト教の信仰が禁止されると、どうなると思いますか?

Aベストアンサー

> 1:キリスト教の禁止は徳川家光将軍時代だったように思いますが、なぜ当時の将軍は日本でのキリスト教の信仰を禁止したのでしょうか?
スペインによる植民地化を防ぐための政策だった。(下記url参照)

> 2:もし、現在日本でキリスト教の信仰が禁止されると、どうなると思いますか?
戦時中に英語が敵性語として禁止され、様々な言葉が日本語に置き換えられました(野球の「ストライク」→が「よし」、「カレーライス」→「辛味入汁掛飯(からみいりしるかけめし)」等々)。それと同じように、キリスト教の影響があるものを禁止されたり表現を変えられたりするのではないでしょうか。

参考URL:http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog154.html

Q宗教の信仰心が強い国ほど、戦争や紛争は多いですか?

宗教の信仰心が強い国ほど、戦争や紛争は多いですか?
イメージですが、そんな感じがします。

Aベストアンサー

teeokcxxwgaaさん、こんばんわ。

そうですね。私もそう思います。たぶん、識字率が低く、教育水準の低い国々ではまだ、その国や民族に昔から伝わる宗教的教義が道徳や法律の代わりになることが多いのです。また、宗教教義にのっとった法律や教育がまかり通っているところもあります。そういうところではある宗教の信者が隣の人が豚の肉を食べたところを見て、彼自身の宗教教義に照らして、悪魔の所業だと言ったり、ある宗教の信者が牛の肉を食べたところを見て、隣の人が野蛮人だと言ったりしているうちに自分たちの宗教教義を冒されているといった被害妄想から、憎悪を募らせ、闘争を始めるきっかけになっていると思います。
こういうところでは宗教指導者というのはカリスマ性があり、信者を武装させて、内戦を起こしたりします。また、國を乗っ取り、独裁者に収まり、隣の国の宗教と対立する場合は戦争を仕掛けたりします。




日本でも、平安時代から、室町時代まで宗教的対立や宗派間対立がありました。その中には、一向宗のように戦国大名に匹敵する勢力を拡大したものもあります。
しかし、江戸時代になると、天下泰平になり、そういう武装教団としての性格をなくしていきました。信者も戦国時代のように信仰と一蓮托生とを考える過激な生活ではなく、また、宗教が自分たちを絶対的に救済してくれるというわけではないと知り、自分たちの生活を中心に考えるようになりました。
ヨーロッパでも、キリスト教の教義は今でも残っていますが、中世のペスト流行の影響でヨーロッパ人も宗教が自分たちを絶対的に救済してくれるというわけではないと知りました。

先進国の人々がいまやこういう未開というか蒙昧な国々の人々に宗教が絶対に自分たちを救済してくれるわけではないということを知らせるべきです。

teeokcxxwgaaさん、こんばんわ。

そうですね。私もそう思います。たぶん、識字率が低く、教育水準の低い国々ではまだ、その国や民族に昔から伝わる宗教的教義が道徳や法律の代わりになることが多いのです。また、宗教教義にのっとった法律や教育がまかり通っているところもあります。そういうところではある宗教の信者が隣の人が豚の肉を食べたところを見て、彼自身の宗教教義に照らして、悪魔の所業だと言ったり、ある宗教の信者が牛の肉を食べたところを見て、隣の人が野蛮人だと言ったりしているうちに自分た...続きを読む

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キリスト教の国が戦争をしているので、キリスト教がいる限り世界平和は訪れることはないと思うんですが、信者は馬鹿ですか?

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自然信仰と言うのは、原始的な社会では普通に見られます。
イギリスのスートンヘンジも天文学的な機能があるといわれていますが、巨石信仰の一種であることは間違いありません。

ただ世界的に見て、日本のような山岳信仰を含めた自然信仰が残っている近代国というのは非常に珍しいといえます。
ヨーロッパについていえば、古代ローマ時代は多神教だったもの、その後発現したキリスト教が普及したために、一神教の世界で自然神が信仰されることがなくなり、多神教と共に消えていきました。
ただ土俗的な宗教観と微妙に習合して、今でも痕跡があります。たとえば、イタリアでは道祖神(日本で言う道端のお地蔵様)が古来から道々にあり、それが今ではキリスト教の聖者に姿を変えていたり、ハロウィンは古代のドルイド教のお祭りであったりします。ドルイド教は木や森に精霊が宿ると考える一種の自然信仰です(映画ロードオブザリングに出てくる、オークの古木神はドルイド教を手本にしているようです)

ほかの地域も似たような自然信仰があったものの、大陸でつながっている為、キリスト教・イスラム教・仏教が伝播して自然信仰と習合し、見た目では自然信仰の形は残っていません。
特に南アメリカ大陸はスペイン・ポルトガルの植民地政策のおかげで、土俗宗教が壊滅的な打撃を受けました。
また自然信仰は科学の発達により、「不思議」じゃなくなると消えていく運命にあります。
ギリシャ世界では太陽神アポロがかなり高貴な神であるものの、天文学の発展により、当時には太陽の運行や日食・月食の予想ができるようになっていましたので、だんだん自然信仰は(特に太陽信仰は)廃れていったようです。

その点、日本は海があったため宗教の伝播が遅く、古来からの宗教観が残っているのだと思います。

自然信仰と言うのは、原始的な社会では普通に見られます。
イギリスのスートンヘンジも天文学的な機能があるといわれていますが、巨石信仰の一種であることは間違いありません。

ただ世界的に見て、日本のような山岳信仰を含めた自然信仰が残っている近代国というのは非常に珍しいといえます。
ヨーロッパについていえば、古代ローマ時代は多神教だったもの、その後発現したキリスト教が普及したために、一神教の世界で自然神が信仰されることがなくなり、多神教と共に消えていきました。
ただ土俗的な宗教...続きを読む

Q精神科医とキリスト教

私はキリスト教徒で、心療内科に通っていますが、以前「キリスト教はいいですよ」と担当医にはなしたら、困った顔をされました。やはり精神科医は、「キリスト教は死ぬと天国だから自殺の引き金になる」と思っているのでしょうか?
精神科医とキリスト教について詳しい方、ご意見願います。
また、私個人は、キリスト教によって精神の安定が保たれていますが、たまに疑いが起こることもあります。
心療内科に通う身として、キリスト教とどう付き合っていくべきかもご意見伺えたら嬉しいです。

Aベストアンサー

No.7です。
ちょっと補足を。
私はうつ病を患ってますので、逆に、
自殺=キリスト教的には絶対の禁忌。
であることが、自殺衝動への強烈なストッパーになっているのも事実であります。
自殺=自分をこの世に生み出した神の全否定=自分の信仰の全否定=アイデンティティの崩壊
とつながっていくからです。
自殺衝動が起きると、自殺してしまいたい誘惑と信仰の間で身もだえし、「神さま、助けてください。苦しい。つらい。これでもまだ『生きよ』とおっしゃるのですか? 私にはまだ耐えられる力がありますか? この試みを耐え忍ぶ力をどうか私にください」と祈ります。
信仰がなければ、躊躇なく死の誘惑に身をまかすだろうにと。信仰があるからこそつらいと思うことさえあります。

西洋の映画で、キリスト教徒が自殺する場合、自分の命とともに、自分の神も宗教も参加しているコミュニティ(お墓に入れてもらえません)も何もかもかなぐり捨ててしまう決意や絶望感であると思います。

天国と地獄については、真っ向から「そんなものありませんよ」というプロテスタント信者はいないでしょう。日本の風土に「地獄と極楽」のイメージは根強くあるので、地域の風習や習慣をむやみに否定はしないのです。
大航海時代にカソリックが全世界に布教したとき、その地域の風俗・習慣をむやみに否定して不必要な反感を買うことはせず、むしろキリスト教の教義に結びつけて利用しました。日本でも「聖母マリアは観音さまと同じような存在」とか「極楽は神さまの国に行くことですよ」と、既存イメージを上手く利用して布教しました。この柔軟性がキリスト教が広く知れ渡った遠因でもあります。
天国と地獄についての認識は、キリスト教を深く知れば正しい認識に自然となっていきますから、それでかまわないと思います。

それから「私はキリスト教徒です」とおっしゃると、キリスト教の信者は「この方は洗礼を受けてどこかの教会に所属しているクリスチャンなんだな」と誤解しますよ。

最後に、私はカソリックについては全然わかりませんので、悪しからず。

No.7です。
ちょっと補足を。
私はうつ病を患ってますので、逆に、
自殺=キリスト教的には絶対の禁忌。
であることが、自殺衝動への強烈なストッパーになっているのも事実であります。
自殺=自分をこの世に生み出した神の全否定=自分の信仰の全否定=アイデンティティの崩壊
とつながっていくからです。
自殺衝動が起きると、自殺してしまいたい誘惑と信仰の間で身もだえし、「神さま、助けてください。苦しい。つらい。これでもまだ『生きよ』とおっしゃるのですか? 私にはまだ耐えられる力がありますか? ...続きを読む

Q民族宗教と民俗宗教の違い

タイトルの通りです

Aベストアンサー

いずれも宗教学上の用語ではなく、タダの俗語なので正確な定義はありません。定義が無いので、両者の違いを明らかにすることもできません。

以下、蛇足です。
宗教学上の分類では、宗教は世界宗教と自然宗教の二つに分けられます。世界宗教とは、開祖が実在し、教義がある宗教を指しています。これに対して自然宗教とは、教祖が実在せず、明確な教義を持たない宗教です。キリスト教や仏教、様々な新興宗教は前者に、神道や古代ローマの多神教などは後者に属します。
誤解しやすいことは、世界宗教は、世界中で信仰されている宗教を意味するものではない、ということです。例えば、ユダヤ教はユダヤ民族だけが信仰している宗教ですが、教祖の実在、教義の存在という定義を満たしているので世界宗教の一つです。世界宗教とは、特定の地域の自然環境や生活習慣と不可分に結びついている自然宗教とは異なり、世界中に伝播する可能性のある宗教という意味なのです。

質問との関連で言えば、民族宗教(おそらく特定の民族が信仰している宗教を指していると思われる)には自然宗教(例:神道)と世界宗教(例:ユダヤ教)の両者が含まれていることがわかるでしょう。特定の民族だけが信仰しているということは様々な歴史的経緯の結果であって、その宗教の内容とは関係が無いのです。

民俗宗教という用語は全く意味不明です。そもそも民俗とは、生活上の習俗を意味しており、宗教とは関係ありません。もしかすると自然宗教を指しているのかもしれませんが、最初に指摘した通り、このような用語は宗教学にはありません。

いずれも宗教学上の用語ではなく、タダの俗語なので正確な定義はありません。定義が無いので、両者の違いを明らかにすることもできません。

以下、蛇足です。
宗教学上の分類では、宗教は世界宗教と自然宗教の二つに分けられます。世界宗教とは、開祖が実在し、教義がある宗教を指しています。これに対して自然宗教とは、教祖が実在せず、明確な教義を持たない宗教です。キリスト教や仏教、様々な新興宗教は前者に、神道や古代ローマの多神教などは後者に属します。
誤解しやすいことは、世界宗教は、世界中...続きを読む


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